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おはようございます、🍄言葉のファンタジスタまゆみ🌏です。 今日も来てくださりありがとうございます。お帰りなさい。
この番組では、アートと言葉で自由と希望に導く🍄言葉のファンタジスタまゆみ🌏が、人生を豊かに生きるマインドのヒントを伝えする番組です。
今週、めっちゃ暑いみたいなんでね、皆さんね、お気を付け頂ければと思うんですけれども、
3連休が終わってお仕事だっていう方もいたりとか、いろいろだと思うんですが、私はね、あんまり休み関係ないのと、みんなが休んでると逆に頑張りたくなるっていうね、
あんまり楽なところがありまして、そんな日々を過ごしておりますけれども、 今日15時からね、ゆかちゃんとナラティブアートを書いて感じたこととか、
そういうのを聞くっていうコラボをしますので、よかったら聞いてください。
今日ね、インスタ、なんかね、部屋をさ、片付けたりしてたんですけど、すごいちっちゃなこと、なんかごちゃごちゃっとしてたのが全然気にならない時もあるんだけど、
なんか微妙に何かが倒れてるとか整ってないのが急に気になる時ってありませんか?
今日そういう日で、なんか微妙にここ気になるとか、なんか掃除したりとか、ちょっと片付けたりとか、なんかそんなのをね、過ごしておりましたけれども、
なぜ芸術、あ、なんかたまたまね、あのインスタで流れてきたやつがすごく良かったので、あのそれをシェアしたいなと思うんだけど、
なんか私もさ、やっぱりその作品作りをしている上で、こっちかな、こうかな、なんかこうかな、なんかこれ、なんかアートってそのもの、
アート自体さ、そのものさ、なんか生活の中でさ、アートなんて飾ったりしたことありませんっていう人の方がさ、なんか大半だったりするじゃないですか、日本だと特に、どうかな、ちょっとわかんないけど、
あの絵が常にこの自分の生活の中にあるっていう人は、まあ海外だとなんか結構、あのそういう授業もあったりするからもうちょっと馴染みがあると思うんだけど、
なんか日本ってそこがまず土壌がないとか、なんかなんで私は絵を描きたいと思うんだろうとか、すごいそういう問いをなんかここのところ立てたりしてるんだよね。
で、たまたまインスタで上がってきたのが、なんかすごくこうウルウルってきたんだけど、あのなぜ芸術が生きる上で大切なのか。
芸術は答えのない問いに耐える力を教えてくれる。正解がない世界に慣れることは生きる上で大きな支えになる。
効率では測れない時間を教えてくれる。一枚の絵の前に立つ時間は何も生み出さないようで心を満たしてくれる。
言葉にならない感情に形を与えてくれる。うまく説明できない悲しみや切なさ、喜びを一枚の絵や一曲の音楽が代わりに語ってくれる。
自分だけの感じ方を許してくれる。誰かと違う解釈をしていい。芸術は正しさより固有性を尊重する世界だ。
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痛みを美しさに変える力を見せてくれる。苦しみの中から生まれた作品は生きることそのものを肯定してくれる。
孤独を癒す友になってくれる。一冊の本、一枚の絵が誰にも言えない気持ちに寄り添ってくれることがある。
時代を越えて他者と繋がる感覚を与えてくれる。何百年もの前の作品に心が動くとき、人は孤独でないと知る。
美しいものを見分ける目は生き方そのものを美しくしていく。何を選び何を大切にするかの感覚を育てる。
自分自身の内側と向き合う時間をくれる。作品と向き合うということは結局自分自身と向き合うことでもある。
効率も正解も求められない時間が実は一番心を満たしてくれる。 芸術は飾りではなく生きることそのものを支える静かな土台でもある。
っていうね、素敵ではないですか。そしてこれですね私が響いたのが、なぜ
悩みながらも芸術を続けているあなたへっていうのがあって
これ開けないのかな?どうやったら開けるのかな?
うまく開けない。あれ?うまく開けないな。
あれ? なぜ芸術が生きる上で必要なのかじゃなくて、悩みながらも芸術を続けているあなたへ。
お金にならないのになぜ続けているのか。それは続けずにはいられない何かがあなたの中にあるからだ。
評価されない時間も無駄じゃない。誰にも評価されない日々の積み重ねがいつかの作品の土台になっている。
才能があるかどうかより続けているかどうかがあなたを作っていく。続けること自体がすでに才能である。
生活のためだけに生きていたら生まれなかった何かをあなたは今確かに生み出している。
評価は後からついてくることもあれば生きている間についてこないこともある。それでも作ることに意味がある。
神は神主ポスが岩を押し上げ続ける姿の中に幸福を見た。結果ではなく続ける行為そのものに意味がある。
不安になるのは本気だから。適当にやっている人はこんなに悩まない。
誰かに認められるために作り始めたわけじゃなかったはず。その原点を思い出してほしい。
逆境の中で作られたものほど後から誰かの心を強く動かすことがある。今までの苦しさは無駄になっていない。
あなたが表現し続けることで同じように悩む誰かがまだ諦めなくていいと思える。それも立派な仕事である。
誰も見ていない場所でそれでも手を止めなかった時間は消えない。続けているあなたはもうすでに何者かだ。
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悩みながらも芸術を続けているあなたへ。お金にならなくても認められなくてもそれでも作り続けているその姿はすでに立派な生き方だ。続けてほしい。
これは芸術に限らないと思うんですね。あなたが何か情熱を持ってやっていること、誰も見ていない場所でも手を止め続けていたことっていうのは
誰が見ていないんじゃなくて、自分が見てるしね。その自分が続けていることに誇りを持っていいんじゃないかなと思うんですね。
それが本当にさ、自分のわからないところで誰かを反問のように何かを与えていることを信じてやり続けるということが大切なんじゃないかなってことも思ったし
やっぱり私自身も絵を描いている途中で悩むっていうか、自分の表現を模索するっていう部分では
技術面もそうだし、自分が何のためにしているのかとかすごい問うわけですよ。
昨日もGPTと問ってたけど、今日も問ってたわけですね。答えはないんだけど、でもやっぱり例えばトルコでやった時とかも
やっぱりシンボジウムがアートの力にできることは何かみたいな、アートの力でできることはないか何かっていうようなテーマだったんだよね。
やっぱりそれが私の中にトルコだったらすごく自分の中の柱になってたし、私一個人のアーティストが何ができるのか、何を心に残せるのか、どんな場を作れるのか
たった一滴かもしれないけどその一滴が、もちろんそこに仲間がいたからいろんな一滴があったと思うんだけど
私が投じるその一滴がどんな反問を作ることができるのかっていうのがあると思うんだよね。
リール動画であげたんだけど、プラハの町を朝散歩している時に、プラハ城まで行って帰ってきた時に川の近くを歩いてたんだよね。
そこにカモも泳いでたんだけど、魚がポチョンって波紋を作ったわけ。
その波紋をずっと見てたんだけど、川の流れがあるから少なくともその波紋が消える可能性はあるわけよ。
でもずっと見てたら、その波紋はじわーってゆっくり、すっごい広がっていったのね。消えることなく。
人の行為って、なんかそういうものなのかなって、私はすごい波紋のようなもの。
私たちが生きているのって、ほんと波紋のようなもので、ものすごく弱くて、強くて、優しくて、緩くて、
なんかそういうものなのかなぁなんて、すごいその波紋を見て思ったんだよね。
だから、ちっちゃなことで、一気一浮するんじゃなくて、
そういう中で、その続けていることとか、あなた自身が何か情熱を持ってやっていることとか、すぐ形にならないかもしれないけれども、
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何かやっぱりそれをする、あなた自身がそれをやりたいと思った衝動が何かあったはずなんだよね。
なんかその原点をやっぱり大切にしたらいいんじゃないかなぁなんてことをね、思いました。
ということでね、今日からもまた暑いと思いますけれども、
どうぞね、体を冷やしすぎず、冷たいものを飲みすぎずに、元気でね、お過ごしください。
何か感じたことがあったら、ぜひコメントしていただければと思います。
それでは、15時からゆかちゃんとナラティブアートについてお話ししたいと思います。
素敵な1日を、いってらっしゃい。