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おはようございます、🍄言葉のファンタジスタまゆみです。
ボンジョルノ、イオソノマユミ、ピアチエレ、初めまして。
さて、今日は、私は昨日ね、フィレンツェに移動して、新しい町というかにね、こちらに来て、友人と合流をしました。
昨日は、町をね、ふらふら散歩したり、あの、ちょっと、アルコール飲んだり、カフェでお茶したり、
寝室のお店に行ったり、みたいな感じで、一度来たことがある場所なので、もう一回同じ場所に訪れる、みたいな感じで、町を歩いていたんですけれども、
ゆったりとしたね、流れでね、ぶらぶらとおしゃべりしながら過ごしていました。
それでね、昨日すごい思ったことっていうのは、どんなことかっていうと、
2つあってね、これをぜひ皆さんにもシェアしたいなと思ったんですけど、
時間の概念っていう曖昧さの話と、もう一つが、どこにいても自分がいる場所が一番の場所になっていくっていうお話をしたいと思います。
まず最初に時間の概念の話で言うと、2日前ね、マユミーとか、今日の10時からとか言われたっけな、
サマータイムが終わって、今日から日本との時差は7時間から8時間になるよって言うわけですよ。
で、え、何がどう変わったの?って気がついた時には、もうそのサマータイムが終わって、
昨日までは東京との時差は7時間だったのが、8時間に変わったわけですよ。
で、あとはね、だから今日から夜が早くなるよって言うわけ。
確かにあれ昨日もっと日が長かった感じがするのに、もう4時ぐらいでなんかちょっとうっすら夕暮れ風になってきたな、みたいな感じなんですよ。
で、時間の概念の危うさっていうのをすごく感じたんですね。
何時だからこれしようとか、あれだからこうしようって時間の概念って本当に曖昧なもので、
誰かがその時間の概念を作った方がみんなが共通で認識できるだろうっていう、
ただのなんかあやふやな概念なんだなっていうのをね、身にしみて思ったんですよ。
急にはい、今から8時間ですとか2時間ですとか、時差何時間ですとか、
あとは自分の体の体内時計の眠い眠くないとか、夕暮れなのか朝なのかとかっていうタイミングっていうのは、
人によって全然違うわけだけれど、この時間の概念というものは本当に一人一人の思い込みでしかないんだなっていうことをね、
なんかものすごく体感したんですね。
つまり皆さんが何か時間に縛られて、この時間だからこうしようとか、
自分の感覚、例えばお腹すいてないのに12時だからお昼食べようとか、朝だから起きようとかっていう時間のタイミングって一体何なんだろうっていうこと。
ただ一つ言えることは朝日が昇り、夜は日が沈むっていうこのリズムは変わらないということ。
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その感覚とむしろ太陽とともにリズムを合わせて生きていくっていうことの方が自然だし、
体の声を聞いてお腹すいてるのか眠いのかこうしたいのかどうしたいのかっていうのを決めることの軸の方がずっと大事なんじゃないかなっていうことを改めて思ったっていうことが、
まず時間の概念というものに対する問い。
もう一つがすごく不思議だったんですけど、フェスティバルデルオリエンテでも、
サウジで一緒だったリーダーとのブースでちょっといろいろ絵を販売させてもらったりお手伝いさせてもらったりしたんですけど、
しかも前回東京で名古屋から会いに来てくれたタイコウチのサウジの仲間とかが、
前回東京で一緒にお茶したご飯食べたよねみたいな人が、お前みさんみたいな感じでイタリアでまた会ってるわけですよ。
さらにはフィレンツェに移動したら、つい最近も一緒に彼女がやったイベントに参加して会って、
じゃあ今度はフィレンツェで会ったっていうね。
あれ?なんか私結局どこにいても、会う人が変わってないわけ。
この不思議、まず。
あれ?私確かに東京、山梨からフィレンツェ、イタリアに移動したのに、会う人や共通の認識で会う世界は変わらない。
つまり私は移動したけれど時空がそのまま移動してるから何も変わってないってことにも気づいたんですね。
イタリア今回2回目っていうのもあるのかもしれないし、ヨーロッパはある程度雰囲気に似てたりすることも多いっていうのもあるかもしれないですけど、
電車で見てる景色が、糸杉とポプラの木がによってここは海外なんだなって思うんだけど、
なんか日本の田舎風景って思うような不思議な感覚もあったりして、
しかも本当に今回電車で移動って一人なんで、飛行機も全部移動に関してはほぼ私一人なんですけど、
その一人の時間もすごく安心安全幸福感の中にいて、とってもスムーズに全てが流れていくわけですよ。
どこに行く?何をする?とか、なんかイタリアってもっと電車の時間通りじゃないイメージがあるんだけど、めちゃくちゃ時間通りだし、
全てがスムーズで、あれ?なんか本当に場所っていう概念さえも不確かなものだなってすごく思ったんですよ。
未来のビジョンや自分が感じていることっていうのがリアルなのかリアルじゃないのか、
はたまたSNSに関しても、SNSで信頼関係を結んでいる人とリアルであるのかオンライン上で会話をするのかだけの違いで、
心のつながりの距離感というのは変わらない。だから私にとって、本当に場所が移動しただけって、
私が私の世界であること以外に何の変化もないんだなと思ったんですよ。
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ということは逆を言うと、自分がどういう感覚でいて、何を感じたくて、何を大切にしているのかということを、
常にブレなければ、どこに行っても変わらないってことなんですよ。
例えば誰かを楽しませようとか、会話の中でちょっと楽しい気持ちにさせようというのを、日本でも私は一緒なわけですよ。
つたないイタリア語とかで会話したりすると、普通に喜んでくれたりするわけですよ。
そういうのも、日本で私がスタバの方と会話すると一緒な感じだし、結局場所や人は変わっているけど、私自身が変わっているわけじゃないんですよね。
なのでまとめると、時間という概念の不確かと、それの中に生きることの無意味さっていうのと、
場所という概念自体も、あなたがどこで何をしようと、あなたの世界はそこから生まれていくんだよっていう、この2つが非常に今回の旅に関してはすごく思ったんですね。
これがすごい、とにかく不思議な感じで、今まで経験したことのないリラックス感っていうのかな。
なんかあんなにドキドキ緊張してたのに、行く前までは来てしまえば、なんかめちゃくちゃスムーズ。
もちろん守られているというのもあると思いますけれども、なんかそんな感じなんですね。
なので、これが今回、今フィレンセーからお伝えしたことでした。
ということで、フィレンセー中期のプロジェクトも40のパーツと中心の作品で出来上がっていて、今22名まで仲間が集まっているんですけど、あと18名枠があるんですね。
このパーツ一人一人が一つになって大きな作品になるっていう、スイミーみたいなね。
なんか一人一人が自分、今の時間の概念も場所の概念も超えて、自分がその場所でいて、自分が欲しいもの、自分が感じたいものの場所の中で生きていくっていう人が増えている時に、
スイミーってわかります?小さい魚のつまりなんだけど、大きな大群のように見せることができるわけですね。
そういうふうに一人一人の、一人一人はそうであっても、一人一人がそういう生き方をしたら大きな力になっていく。
私は心の平安からしか世界の平和はないと思っているし、それを一つのフィレンセーに展示する中期のマンダラで表現しています。
なのでよかったら、この私のコンセプトに賛同してくださる方は、私のアートのオーナー権になっていただけたら嬉しいなと思います。
その作品はいずれ展示した後に皆さんに贈呈するという形で、一つのこのプロジェクトに参加してもらいたいなと思います。
プロジェクトパーツオーナーのみだと1万5千円という金額で枠を別で作りましたので、よかったら応援。
そして私も一人一人の心の平安から一日一日を生きていくよという宣言の思いを一つにした時に、
同じ思いをした都市が集まった時に、それはパワーになります。
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ぜひ力を合わせてみんなで一つの世界を作っていく、そんな私の絵をモチーフに使っていただけたらなと思います。
ということで、皆さんも今日一日素敵な一日になることをお祈りしております。
アディオース、またね。
いいねやコメントお待ちしております。
申し込みフォームは概要欄の中に貼ってありますので、そちらからお願いいたします。
またインスピレーションアートもどこでも変わらず募集してますので、あなたに必要なメッセージとアートをお届けします。
今ならね、こちらのイタリアからお届けすることができるかもしれません。
それではまたね。アディオース。