「行かない理由」の奥にある、自分への言葉
2026-06-26 02:38

「行かない理由」の奥にある、自分への言葉

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今日は、潜在的に自分に語りかけている言葉の重要性について話したいなと思っています。
例えば、飲み会があって、その飲み会に行かないという判断をしたとしましょう。
この時に、理由っていうのは、いくらでも作れるかと思います。
大事なのは、もちろん相手への配慮っていうところ。 これは大前提として必要になってくるのかなと。
何回も何回も行かないって言ったら、それは声かかんなくなってきますよね、という当たり前の話かなと思います。
その一方で、自分自身が本質的に、なぜそこに行かないのかっていうところを、
しっかりと突き詰めて考えるっていうのが、すごい重要なんだなと思っています。
例えば、自分は次のキャリアのことを考えているから、あまり飲み会とかで時間を割くことが難しいと思っていたり、
もしくは、まだ飲み会が楽しめないなという思いがあったり、もしくは面倒くさいなという思いがあったり、
いろんな考えがあるんですけれども、そこと正面から向き合うっていうことがすごい大事だなと思います。
自分への忌ましめでもあるんですが、例えば飲み会っていうのは、僕自身昔は全然楽しめなかったっていうタイプです。
これはなぜかというと、過剰に緊張しちゃったりしたんですね。
何かちゃんとしたことは言わなきゃみたいな、そういったのが自分のプレッシャーになって、喋れないみたいなことが起こっていました。
ここと正直に向き合うと、何が見えてくるかっていうと、結局人と向き合ってないっていうことなんですよね。
別に自分がいいことを言うとか言わないとか関係なくて、その場の空気が楽しければいいっていうのが一つの大きな飲み会の目的かなと。
そう考えると、ただ楽しい場を作ればいいじゃんみたいな、自分の恥ずかしさとかどうでもいいじゃんみたいな感じになってくると思うんですね。
ここをちょっと反らしたまま、何かめんどくせえなみたいな感じで過ごしてると、それがだんだんと悪い方向に向かっていってしまう恐れがあるなと思ってますので、
一つ一つの自分の意思決定について背景というのを深く探るということ、これをぜひとも実践し続けていただければなと思います。
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