今回は、SHE株式会社 プロダクト本部長 開発ユニット長 森 久太郎さん(https://x.com/qsona)をゲストにお迎えしてお届けします。全3回の対話、お楽しみください。
<今回のトーク内容>
事例を「抽象化」して語る。登壇の悔しさからの転換/腕っぷしよりチーム開発へ。自らの弱さと向き合う転職/ボトルネックは技術から組織へ。EMへの転換点/目標設定は苦手?「川下り型キャリア」の歩み方/コードも組織も同じ。手段に縛られない「課題解決」
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サマリー
本エピソードでは、SHE株式会社の森久太郎さん(Qsonaさん)をゲストに迎え、彼のキャリアパスを深掘りします。プログラミングとの出会いから、サイバーエージェントでのエンジニア経験、そして課題解決を追求する中でマネジメントへと移行していった経緯が語られます。特に、登壇経験から得た学びや、技術から組織へとボトルネックが移り変わる経験、そして「川下り型キャリア」とも称される目標設定が苦手な自身の働き方について、具体的なエピソードを交えながら解説しています。
ゲスト自己紹介とキャリアの始まり
日本最大級のエンジニアコミュニティQiita、プロダクト開発部部長の清野俊文です。
この番組では、日本で活躍するエンジニアをゲストに迎え、キャリアやモチベーションの話を深掘りしながら、エンジニアの皆さんに役立つ話題を発信していきます。
今回からのゲストは、シー株式会社、プロダクト本部長、開発ユニット長の森久太郎さんです。よろしくお願いします。
よろしくお願いします。
今日は旧ソナさんってお呼びする形で大丈夫そうですね。
はい。旧ソナという名前で、17歳ぐらいの時に自分でつけたニックネームを20年間引きずってるっていう感じで恐縮なんですけど、旧ソナという名前でやらせていただきます。
では旧ソナさん、本日はよろしくお願いします。
はい。よろしくお願いします。
森久太郎さんとお送りする1回目のテーマは、課題解決を追いかけたらマネジメントにたどり着いた、です。
ということで、早速お話いろいろお伺いをしていきたいなと思っているんですが、今回ゲストとしてお誘いをしたきっかけがですね、以前ファインディーさんのイベントでご登壇されているところを拝見しまして、そこでちょっとお話をさせていただいて、今日に至るという感じで、実はまだそんなにいろいろお話をしているわけではないかなと思うので。
その懇親会でお話しして、僕が結構喋るの好きなんでちょっと喋りたがりですみたいなことを言って、お誘いいただいた覚えがあります。
はい。なので、僕もまだ旧ソナさんのことあんまり知らないところも多いかなと思うので、まず1回目はですね、キャリア含めいろいろ旧ソナさんのことをいろいろお伺いできたらなと思っています。
ありがとうございます。
はい。ということで、まず最初にお伺いしたいなと思っているのが、今されていることですね、自己紹介的にまず今されていることについていろいろお伺いできたらなと思っています。
はい。C株式会社という会社で、プロダクト本部長と開発ユニット長という肩書があるんですけど、大筋スタートアップにおけるVPオブエンジニアリングみたいな役割をしているかなというふうに思っています。
そうですね。最近は結構、当然開発ユニットっていうソフトウェアエンジニアとかデータエンジニアとかプロダクトマネージャーが集まっている組織のリーダーをやっているので、そこのプロダクトの開発生産性の向上みたいな感じのトピックについてはずっと手帳的にやっているという感じです。
それから開発生産性を経営的あるいは事業的な視点にどう転換していくかみたいな観点でもやっていたりはします。
あと結構、今そんなにエンジニアリングマネージャーを多く社内に立てられているわけではないので、実質そのピープルマネジメントというかエンジニアリングマネージャーの役割も兼務している状態でして、大体ユニット内にそうですね、20人弱ぐらいのメンバーがいるようなチームでやらせていただいています。
まさに組織を作っていくというところと引っ張っていく育てていくというところをいろいろされているんじゃないかなと思うんですが、いわゆるファーストキャリアとしてはもちろんエンジニアとしていわゆる開発というところもいろいろされていたんじゃないかなと思っています。
なのでそこにちょっとルーツを探っていくというところで、そもそもプログラミングっていつ始めたんですかってところからお伺いしたいなと思っています。
たぶん16歳ぐらいの時かなと思いますね。で、その頃はあんまり何も分かってなかったので、本当に一番最初にやったのはそれこそなんかベーシックとかC言語とかで1から10まで足し算しましょうみたいなのをやってやってたんですけど、
なんかちゃんと意味のあるプログラミングをしたなって初めて思ったのがおそらく17歳だったと思うんですけど、当時ですねCGIでやる人狼が流行ってまして、いくつかあったんですけど掲示板で人狼をやって、人狼って1日ごとに狼を吊るすみたいなことをやるんですけど、
実時間で本当に1日をかけて掲示板でやっていくスタイルもあったんですけど、身内でやってた、あのちょっと話長くないですけど、当時そのIRCっていうチャットツールを使っていて、そこは僕は音楽ゲーム、コナミの音楽ゲーム結構遊んでたドラムマニアとか、そういう音楽ゲームの集まりのコミュニティだったんですが、その中で人狼が流行ったんですね。
で、当時その人狼がパールで書かれてたんですよ。僕らが遊ぶ人数とか、あとその役職者とかを増やしたいとか、なんかそういう細かいことをカスタマイズしたくなったっていうのが初めてで、その時に初めてそのパールのコードを開いて、あの全然何もわかんないのにメモ帳、Windowsのメモ帳で開いて、で、あのパールの本買ってきてふだふだやって、
あのドルアイをドルイチと書き間違えて4時間溶かすみたいな、そういうのをやって、っていうのが一番最初の意味のあるプログラミングの経験かなと思ってます。
そうなんですね、ありがとうございます。16歳、17歳って言うといわゆる高校生ぐらいの人ってことですよね。
その16歳の本当に最初の最初を触ったきっかけって何だったんですか。
何だったんですかね、なんか本当に最初は何だったのか、本当に一番最初は覚えてないんですけど、それもコミュニティがあって、なんかぷよぷよのコミュニティ、ぷよぷよ2チャンネルというゲームやってたんですから、
それもIRCでやっていて、当時僕は高校1年だった時に5歳上の東大生がいたんですね。
その彼はその後Googleで活躍して、エンジニアとして活躍してたんですけど、今考えると贅沢だなと思うんですけど、その人にプログラミングのお題をもらって、それを自分で書いてみるみたいなことをやってることは覚えてますね。
そうなんですね。ルーツ的なところで言うと、本当にゲーム、インターネットのコミュニティみたいなところからやってる人もいたりとか、自分がやってるところのゲームってところで色をカスタマイズしていくってところで触りだしたり。
そうですね。
そんな感じだったんですね。なるほど。本当に勉強ベースというか趣味ベースでやりたいことベースで始めてたってことですね。
はい。
大学での学びとファーストキャリア
ありがとうございます。そこから大学に入られるのかなと思うんですけど、大学でもコンピューターをやってたんですか?
そうですね。当時は僕は東京工業大学、理学部の情報科学科っていうところに入ったんですが、当時は今ほど情報の人気が高くなかったので、比較的物理学科とかの方が人気で、情報科学科っていうのは入りやすかったんですけど、
僕はなんか結構プログラミングも好きっちゃ好きだったんですけど、高校の時は結構数学が好きだったんですよね。なので、理論の方が好きだなと思って、情報工学科っていうよりはなんとなくその仕組みを理解するみたいな方が好きで、情報科学ってちょっと面白そうだなと思って、それぐらいのイメージで入りましたね。
結構面白かったんですけど、ただなんか実際にプログラミングするとかなんかちょっと逆に挫折して、数学とかその情報理論系の単位の方が取れるんですが、あんまりなんかコードを書く単位はなかなか来ないみたいなことが起きてました。
大学ではそんなにプログラミングをガツガツやってたわけではないですか?
でもちょっとアルバイトとかでコード書いたりとかはあったんですけど、大学生の時に本当に今の大学生とかすごい優秀な方多いじゃないですか。
逆にそうじゃないと1年目にプロエンジニアとしてのキャリアをスタートするのが新卒でも難しいみたいな結構競争率が高い状況になってると思うんですけど、当時僕が卒業したの2013年ぐらいの頃はそこまでではなかったので、
大学の時めちゃめちゃプログラミングを頑張ってすごい例えばOSSやってたとかそういうことは全然なかったです。ある程度は書けるみたいなぐらいな感じでした。
じゃあそういう感じでやりつつで、いわゆるファーストキャリアとしてはエンジニアになられたって感じですか?
そうですね。サイバーエージェントに入って、ゲーム部門というところだったんですけど、ソーシャルゲームのサーバーサイドの開発をやっていました。
当時ちょっと面白かったんですけど、ノードJSが0.10K、0Kなんで0.10で、エッグマックスクリフト5ですね。
エッグマックスクリフト2015になる前のJavaScriptのコードをひたすらサーバーサイドで書いて、データベースはMongoDBだったんですけど、それを新卒でそのスタックでコードを書いて、ソーシャルゲームのサーバーサイド実装をやるっていうのをやってました。
そうなんですね。じゃあファーストキャリアとしてはいわゆるゲーム開発されてたってことですね。
じゃあやっぱり高校時代からそういうゲームの方が結構好きだったって感じですかね。
僕は結構ゲーム好きで、小学校というか、そうですね、幼児の頃から将棋をやっていたんですけど、将棋は中学2年生ぐらいまで結構真剣になってた。
結構これは余談というか、僕は当時埼玉県で将棋をやってたんですけど、当時自分の周りで将棋をやっていてライバルだった子が、すごい人数プロになって、タイトルホルダーとかもタイトルといて、僕はなんの自慢にもならないんですけど、
最近結構ミルショー、将棋の観戦者とか増えていて、会社の人にそういう話をしたらすごい驚かれて、僕は10人ちょっとぐらいプロになって、ミルショーとかみんな知ってるじゃないですか。
えーそんなにすごかったの?みたいな言われて、当時はね、みたいな。
何もすごくないですけど。
将棋やっていて、その後はネットでやってたぷよぷよみたいなのにハマったりとか、あとは最近だとスプラトゥーンとかやるんですけど、結構その育成系ではないリアルスキルっていうんですかね、自分のスキルだけで戦う、ゼロサムの対戦ゲームがすごい好きなので、そういうのに関してはずっと興味があって、今でもすごい興味あるんですけど、
ただ新卒でゲーム部門に配属されたのは別にすごくそれを希望したというわけじゃなかったので、たまたま当たったという感じですね。
キャリアの転換点:発信と言語化能力の向上
そうだったんですね。でまあそこでいわゆるゲーム開発はされていて、キャリアチェンジというか、いろいろされてるんじゃないかなと思うんですけど、そこからのいわゆるキャリアとしての転換みたいなのってどのタイミングで起こったんですか?
ありがとうございます。これはちょっとどこを転換点とするかは結構悩ましいところがあるんですけど、転換というか一つやっぱり自分のベースとなっている経験としては、JavaScriptのコミュニティの影響ですね。
僕は当時サーバーサイドのJavaScriptを見て入ってたんですけど、ノードJS0.10系の頃ですけど、やっぱコミュニティがすごい熱くて、ノード学園古川さん、当時から古川さんが主催、コミュニティのリーダーとしてやってらっしゃったんですけど、
そこにやっぱりものすごい腕の強いエンジニアが集まって発表とか議論とかしていて、そういう回の二次会みたいなのにちょっと参加させてもらってもらったんですけど、めちゃめちゃWebアセンブリの議題でもめっちゃ盛り上がってて、ついてきないけど面白いみたいな、
なんかそういう当然みんなもOSS触るでしょみたいな、そういう中にペーペーですけど、参加させていただいていて、すごくみんなもちろん自分たちの仕事は一生懸命やるのに、そういうコミュニティ活動とか発信とかOSSとかもそういうのもやるみたいなのが当たり前みたいな環境に、
そうですね、キャリアのスタートの時にいられたら今考えてすごいハッピーだったことだなというふうには思いますね。なんで当時ノードと文豪でやってたのか、RDBでいいだろうとかちょっと思わないとないですけど、でもそういうコミュニティに入って勉強できたみたいなすごく自分の現体験としてはあります。
で、その中で1回ですね、ノード学園祭に1年の1回のイベントに登壇させてもらったことがあるんですね。それはプロポーザルを書いてで、通していただいたんですけど、その発表がちょっと今考えるとですね、落台点というか、ちょっと発表者視点でいうと結構惜しいんですけど、ちょっとその聴衆の方々からするとそこまで意味があることを伝えられなかった。
ということで批判もあったし、ちょっと悔しい思いをしたんですけれども、その頃からやっぱり発信っていうことに関してはすごくこれ今でもずっとですけど、継続して自分のキャリアを司っている一つになっているなというふうに思っています。
それは何かというと、当時の発表でいうと結構そのそもそもノードJSをサーバーサイドで使っていて、しかもなんか本番運用していて大量にユーザーが来ているみたいな状況って日本にそうそうないわけじゃないですか。
なんで事例としてはめちゃくちゃ面白かったはずなんですよね。なんだけど、それを十分に一般化中小化してしゃべることができなかったことによって、なんかちょっと悔しい思いをしたわけなんですけど、やっぱりでもそこの具体的な事例としては本来面白かったはず、先進的な事例もあったはずなんですよね。
で、それをもっと中小化して一般化して話せるようになると、それはその後のキャリアとしてもそういう機会、登壇の機会とかもらうこともあったんですけど、やっぱりフィードバックもすごいもらえるし、自分の頭の中でもすごい整理されるというか、より技術を深く理解するきっかけにもなるし、その結果が自分のエンジニアリングにまたつながってくるっていう感覚をそのサイクルみたいなのを持つことができて、
それは一つの転換というか、良かったことだなというふうに思います。
そうなんですね、ありがとうございます。今の登壇をしていろいろ批判をもらいつつ、ただその中でやり続けてっていうところで、本当にちょっと発信のところはまた後半の方でも回があるので、そこにもちょっといろいろ取り入れしていきたいなと思ってるんですが、
それをやっていくところで、結局なんて言うんですかね、もともとはサイバーエンジニアさん入られて、エンジニアとしてお仕事されていてっていう感じだったかなと思うんですけど、具体的に何が変化したのかなというのがちょっと気になって。
はい、登壇を発信を通して自分の何が変化したかってことですよね。
これちょっともう一個転換点として一個覚えてることがあって、これは2017年か8年ぐらいのことなんで、キャリアの5、6年目ぐらいなんですけど、SQLアンチパターンという本を臨読会を社内でしていたんですね。
で、その最終回にですね、T和田さんをお迎えして、T和田さんに来ていただいて、いろいろ質問するみたいな会話をやらせていただいたことがありますと。
で、その時にいろいろ用意してた質問をするんですけど、とにかくその答えが深い、めちゃめちゃ。
要はAを聞いてるんだけれども、そのAという質問に対してそれをちょっと例えば一段抽象化したり深く掘ったBであったりCとか、それに至る歴史のことを踏まえてこういうことがあったよというのを踏まえた上でAに対して回答するとこういうことだよねみたいなのを、
しかもその場で即興ですよね、こっちがいきなり質問当ててるわけなんで話してくれるっていうのを聞いて、これは本当にすごいというか深みというかレベルの違いみたいなことで感じたのと、
シンプルにこうなりたいなって思ったんですね。
その時の自分はちょっと言語化力が弱かったんですよ。
で、言語化力が弱かったんだけど、それに共鳴する何かをすごい感じて、そうなりたいというふうに思いました。
で、それ以来、より発信だったりとか登壇とかを通しながらも、さっき言ったように一段抽象化とか、他の事象とのつながりとかを考えながら、本質的なことってなんだっけみたいなのをより考えて発信するように、ちょっとは当時よりはね考えたかなと思うんですけど、あれはちょっと一個転換点だったかなと思いますね。
組織への関心とエンジニアリングマネージャーへの転身
言語化能力みたいなものを磨いていかないとなっていうのに気づいたし、実際それを磨いていくっていうアクションをいろいろと捉え始めたっていうところが、いわゆる転換っていうところだったかなと思うんですけど、今のお話だけの文脈でいうと、すごいエンジニア文脈の話が、エンジニアリングベースのお話がメインストリームかなと思っていて、
つまり今ってどっちかっていうと組織を見ていらっしゃったりもするじゃないですか、なんかそこら辺のこう何て言うんですかね、自分の動き方とか向き合っていく問いが変わったタイミングとかっていつなのかなってちょっと気になってました。
ありがとうございます。これはあります。まず僕は前職はスタディサプリというプロダクトを作ってました。スタディサプリ、当時クイッパーという会社だったんですけど、クイッパーという会社に転職した理由は結構明確に当時覚えていて、チーム開発の経験が乏しかったんですね。
その前は結構マイクロサービスを真剣にやってたんですけど、少ない人数で多くの実装をするということで、あんまり例えばコードレビューであったりとか、アジャイルなチーム開発みたいな文化が強かったわけではなくて、それはそれで僕の腕っぷしを鍛えるにはすごく役立ったんで、いっぱい実装したし、いっぱい設計の議論したし良かったと思うんですけど、チーム開発力低いなというふうに思ったんですね。
当時、広木大地さんのエンジニアリング組織論への招待という本を会社の本棚にあったんで手に取って読んだんですけど、正直その時すごいピンとこなかったんですよ。
これはこんなに売れてる本なのに、自分がピンとこないのは多分自分のレベルが低いに違いないと思ったんですけど、実際低かったんですけど、チーム開発をちゃんと学ばないとダメだなと思ったっていうのがその転職の一つのきっかけでした。
実際転職して、チーム開発の文化があるところに行くとすごく学びがあって、もちろんマージャイルだったりスクラムの方法論みたいなのもそうですけど、実際にその文化としてどういうことが根付いているかとか、例えば当時、エンジニアリングマネージャーとして活躍していた大童さん、大童雷さんという方のワーキングアウトラウドみたいな記事って今でもよく参照するんですけど、
そういうチーム開発を司るような文化がたくさんあって、すごい学びがあったんですね。そういった面でエンジニアリングとかアーキテクチャ、設計と組織の面っていうのも結構学ぶことができたんですけど、
その上で入社して半年後ぐらいから、約2年間にわたって、当時そのスタディサプリを実質的にリニューアルというか、完全にリニューアルではないんですけど、スタディサプリは当時高校生向きに強かったのを中学生向けにリニューアルして出すっていうのは、ほぼフルスクラッチで開発するというプロジェクトをやっていて、
僕はそこはどっちかというとアーキテクトというか、もちろん自分で開発もするし、設計に関して結構責任を持つ立場として入らせていただいてやっていました。
約1年半から2年ぐらいかけて、それをリリースすることができたんですが、その中でボトルネックっていうんですかね、プロジェクトの成功のボトルネックが技術から組織に移り変わる瞬間があったんですね。
特にリリースより手前のところは、やっぱりどういう技術で作るかとかすごく大事だし、技術の設計によって、当時の技術選択によっていかに少人数で早く作れるか、堅牢なものを作れるかということが大事だったんですけど、
リリースすると、そこから先は技術もそうですけど、フロー効率というか、よりプロダクト改善をしていくっていうのは大事になってくるっていうタイミングで、どういう組織構造だったり、どういう組織文化とか行動推奨することが、よりプロダクトを早く改善することにつながるかっていうところ。
ボトルメーカーが移り変わるような瞬間があって、その時たまたま当時のエンジニアリーマネージャーから、ちょっとエンジニアリーマネージャー降りたいから、次やりませんかという声をかけられたんですね。文化としてエンジニアリーマネージャー、プレイヤーと行き来できるという文化がすごい良かったと思うんですけど、それでちょっと機会をもらってエンジニアリーマネージャーをやることになりました。
ただ、その時僕は自分からすごくエンジニアリーマネージャーっていうキャリアを見てたとかではなかったので、逆に言うと目的どおり分でエンジニアリーマネージャーになった感じなんですよね。
そうすると必然的に、すごくピープルマネジメントとかそういうところでやりたいことがあるというよりは、プロダクトとして成功するために何が必要なんだっけってエンジニアリーマネージャーになったっていう、当時キャリア始まってから10年ぐらい経ってたのかな。35歳だったんですよ。
エンジニア定年節。まさにその年みたいな感じだったので、割とそこから先は必然的にプロダクト成功のためのボトルネックが技術だったら技術でやるし、組織だったら組織でやるし、人だったら人だったらやるし、みたいなことでやってきたんですけど。
なので、転換点としてそこでエンジニアリーマネージャーどう?って声をかけてもらったっていうのは1つあるかもしれないなって思います。
今のお話聞いていて、全体通してなんですけど、目的取り分ですごいキュウソノさん動いてらっしゃるんだなっていうのはすごいお話聞いていて感じていて。
課題解決への情熱と「川下り型キャリア」
ちょっと1個気になったのが、本当に最初の頃っていわゆるノード学園みたいな、本当にすごいエンジニアの方たちが集まってるコミュニティのところに入って指揮を受けて、発信をしてみて、それでいろいろ自分の課題にも気づいてっていうので改善サイクルを回してってやってたわけじゃないですか。
最初のスタートはやっぱりエンジニアとしてのコンテキストを強く持ってらっしゃったんじゃないかなと思っていて、やっぱりどうしてもマネジメントになるとちょっといわゆるテクサみたいなところからまた違ってくるじゃないですか。
考えないといけないこととか向き合わないといっていうのが。
そこに対しての目的ドリブンで動くのは、僕も目的ドリブンで動くのを大事にしてるタイプであるので分かりつつも、いわゆる人間としての興味関心みたいなところで言うとどうだったのかなというのがちょっと気になって。
ありがとうございます。
僕は自分の人生というかキャリアで言うと全然目的ドリブンというかじゃないんですよ。
そうなんですか。
例えばビジョンがこういうところにあるから、そこに向かって例えば大谷翔平じゃないですけど何歳に何を成し遂げたいからこれをやるみたいな。
そういうのはもう全くなくて、ただ川下り型キャリアで目標設定ではめちゃくちゃ苦手みたいな感じなんですよね。
なのでちょっとエンジニアにマネージャーとしてやったときは、課題解決が好きというのがあるかなと思ってるんですね。
エンジニアとしても、それこそ最初の人狼CGIを直したかったみたいなのはあると思うんですけど、問題解くの楽しいじゃないですか。
数学の問題解くのも好きみたいな色々あるかもしれないんですけど、結構問題解くのも好きですね。
それをエンジニアにマネージャーになったときに、僕は当時結構自分のことは悪くでもない人間だと思ってたので、
エンジニアにマネージャーっていうのはもうちょっと成人がなるものだと思っておりまして、
先輩たちを見ても本当に人間として素晴らしい人ばっかりになっていて大丈夫かと思ったんですけど、
なってみて思ったのは、もちろん自分が大人にある程度慣れたから慣れたっていうのもあると思うんですけど、
結局やっぱり課題解決の仕事なので、課題を解決するという意味ではエンジニアもエンジニアにマネージャーも同じっていうところはある。
だんだんエンジニアやってると、この課題解決しても全体の課題解決しないなみたいなことに気づくことあるじゃないですか。
それがちょっと嫌だったっていうのもあるんですよね。
僕は結構副業とかやることもあるが、基本的には会社組織に属したいと思ってる人間なんですけど、
その組織におけるちゃんとした課題にアプローチしたいって気持ちは多分あるんだと思うんですよね。
ある程度エンジニアとして課題解決できるようになってきて、その課題解決に飽きたときに次にどう進むかってなったときに、
より難しい技術の課題を解くのか、技術を理解をしつつもうちょっと軸を変えた課題を解くのかっていうところで、
僕はその後者を選択したっていうイメージですね。
ありがとうございます。
あんまりエンジニアマネージャーになったときの抵抗とかコード書けなくなるみたいなのはあんま感じなかったんですね。
それは結局コードの課題解決したり、スチーム開発うまくいかないのどうしたらいいんだっけとか、
どこどこでいろんな問題解決を時々で真剣に考えるっていうのを繰り返していたらそうなっていたみたいな感じなのと、
めちゃくちゃ当時スタディサプリにいたときに、僕より先にアーキテクトからエンジニアマネージャーにもなった人がいて、
その人に、僕なんかすごい素敵な方だったんですけど、マネージャーになること意外だったんですよね。
意外だったので、なんでというか、アーキテクトからマネージャーになる上での難しさとかなかったのかって聞いたんですけど、
いや一緒ですよと。結局エンジニアリングもその全体のプロセスを見てうまくいってないところを改善していくっていう行為であって、
まとめと番組告知
それは別に対象がシステムであっても人間とか組織であっても変わらないみたいなことを言われて、そうなんだみたいな。
そうなんだと思って、それを信じてマネージャーになりました。
ありがとうございます。
森さん、今日はありがとうございました。
まだまだお話ししたりないので、次回も森さんとお送りします。
ということで、本当に今日は森さんのキャリアについていろいろお伺いできて、すごい面白かったなと思っています。
お話聞いていて感じたのが、こういうことを言うとおかがましいかもしれないんですけど、ちょっと僕とタイプ似てるかもな。
似てますか。ありがとうございます。
やっぱりその問いを解くっていうのが僕もすごい好きなのと、やっぱり問いを深掘っていくと手段っていうのが技術とかに絶対収まらないんですよね。
絶対全部やらないといけなくなるみたいな。やっぱりその感覚はあって、僕は1年目の終わりくらいからいわゆるマネジメントをやってるんですけど、エンジニアで入ったわけですね。
ただそれでもここまで続けられてきているし、面白いなと思えているのは、やっぱりそういう問いを解くっていうところの部分なのかなっていうのは今お話聞いていて、改めて自分もそこは多分好きなんだなって今回は思いました。
ありがとうございました。
ありがとうございます。
さて、この番組では感想や次回ゲストへの質問、リクエストなどお待ちしております。番組詳細欄にリンクありお気軽にご投稿ください。
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お相手はKiitaプロダクト開発部部長の清野俊文と、
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