毎週毎月アップデートされてる感はめちゃめちゃあるなと思っていて。
大変ですよね。
そうですね。
でもその、なんですかね、
ナラティブセラピーとか、ちょっとワードを出してみると、
AIアプローチとか、結構聞き方どう聞くか、
みたいなところの話とかもどんどん出てきたりとかもして、
その概念を持ってきたときの花屋さんが、
なんか興奮してるな、楽しいんだろうな、みたいな。
のもなんか感じたりして、
私もそれをどんどん取り入れていくのはすごく好きで、
かつクライアントさんに、
じゃあ次のワンワンでどう提供できるかみたいな、
実践の場がそこにあることもすごくいい場だなと思っていて、
どんどんブラッシュアップされてる感はありますよね。
そうですね。
そういう実践の場をいただけてるってことは非常にありがたいなってやっぱ思うし、
試してみたいことがあるっていうことも、
なんかすごいいいなとは思っていて、
会社の経営とかって言ったら、
何だろう、稼がなきゃいけないよね、
なんか売らなきゃとか、買ってもらわなきゃって話がどっかでついてくるときに、
これは自信持って買っていただいて、
なんかいいなって思えるものとか、
金額と合ってるかどうかはまた相手の判断ですけど、
自分たちが続けていくためにも応援してくださいという形で、
お金をいただけるっていうときに、
両親の過酌があると、
やっぱなんかちょっと嫌な気持ちになるんだなと思ってるんですよね。
そういう意味では、真面目にやってるからってことではなくて、
きっと可能性があるからっていうところを、
一緒に作らせてもらってるなとかって素直に思えるので、
もちろん今この瞬間、何かしらの成果も出してるつもりもあるんですけど、
それ以上にクライアントさんも一緒に作るところに関わってもらう、
関わってもらえてる、それをお願いできるとかっていう関係が、
今やってることだったらずっとやれそうな気がするので、
そこに僕の精神的な負担が少ないのがすごいいいですね。
嫌なものを売るのはすごく嫌な気持ちになっちゃうんで。
いいものだよと信じながらちゃんと提供できてるっていうこと自体が、
もっと学びたくもなるし、もっと提供したくもなるしっていうことですよね。
だからこれだと思うものを見つけたと思ったら、
見つけてきたんですけどって言って、たのみさんに喋るときに、
たけたのみさんが興奮してみたいなことで言うと、それはもう、
やった1個見つけてきましたみたいな感じの、
取ったぞーみたいなところが多分出ちゃうんでしょうね。
そうなんでしょうね。ありがとうございます。
おそらくここまで聞いてもらっている方、まだワンワンでいろんなことが起きていくんだろうなとか、
結局いいことが起きていくんだろうなって、
それについての学びがどんどん深まってるんだろうなみたいなことは、
伝わったのかなと思うんですけど、
結局どんな方のどんな困りごとに、
サービス自体だったりとか、
この番組でこれから話していくこととかが、
届いていくとよりいいだろうなみたいなのってあったりしますか?
どうなんだろうね。それこそ、
ポッドキャストってどうですかって言われたときに、別に特にって話を最初にしましたけど、
ポッドキャストって読者って言うんでしたっけ?
リスナーさんですかね。リスナーでいいんですかね。
リスナーさんがどんな人がそもそも聞いてくれるのか分かってないし、
何とも言えないので、まずはでも、
自分の中にある感情というか、
今やってる事業とか、提供してるものに対する感情が、
ちゃんと表現されているっていうことがあれば、
それに反応する人が聞いてくれるのかなぐらいだから、
学びがどれぐらいとか、
理論が分かってどうこうとかっていうのは、
結果になるかもしれないけど、今あんまりよく分かんないですね。
結構みんな101嫌いなんじゃないかと思ってるんですよね、そもそもが。
そうなんですね。
僕も会社の中にいるときに、上司と、いわゆる101、
それこそ20年前とかだから101って概念、言葉はなかったですけど、
上司との評価面談みたいな感じで、
一対一で会議室に呼ばれて、何か話をするとかっていうのに、
いい印象なんてゼロですもんね、だってね。
呼び出されるみたいな感覚なんですかね。
上司に、だから101っていうか、
上司に評価されるとか、
確かめられるっていうんですかね。
そういう感じが101にあるから、どうしてもこっちが、
してもらう側だとすると、受け身というか問い詰められるまでいかないけど、
とにかく何か答えを、
あなたは正しい答えを持ってますかってことをずっと聞かれるような場?
みたいな印象があるので、
101って嫌だろうな、みんなもそうなんじゃないかなって思ってるってことですかね。
そうなんですね。
でもそんな印象だった101からここまで、
101っていいじゃんって思ったのって、
相当な色々があるんだろうなと思うんですけど、
なんかシンプルに今聞いててすごい気になりました。
そんな印象から、なぜこう。
そういう意味では、今組織の中の101の話をしてるので、
今僕の、自分が会社員やってた頃のことを思い出しさせて言ってるわけですけど、
組織を離れたところでの101っていう意味でいくと、
僕はずっとここ10何年、企業家支援っていう形で、
企業家との事業作りとか、
そういうところに関する、
創業支援における101、
メンタリングとかって言い方をする時もありますけど、
何かしら話を聞いて、一緒に考えるっていうことを10年ぐらいやってきてるので、
そこの101っていうか、1対1で話すっていう行為に関しては、
すごい楽しかった。
今でもやってるんですけど楽しいし、
相手のことを聞きつつ、やりたいことを一緒に考えるみたいなところは、
単純に同じ101、1対1で話すっていう点においても楽しかったので、
なので101、組織の中の101、上司との101っていうのと、
企業家と一緒に何かを生み出そうとする101っていうのは、
全然違いましたね、そういう意味では。
確かにそうですね。組織の中で、
ちょっとじゃあ今月分の、みたいな感じで読み出されるのと、
何か生み出したい人、主体的に動いている人に、
どうしたらいいかみたいなのを話すために101をするっていうこと自体は、
確かにそうですね、同じ101でもちょっと違う形ですよね。
シチュエーションっていうか、そこに上下関係があるかないかっていう風に言っちゃっていいとは思ってるんですけど、
組織ってどうしても横の関係で話すこともあるでしょうけど、
基本上司が部下にとかっていう話になってくると、
やっぱり上司が評価する人で部下は正しいこと言わないと怒られるみたいな感じのところが
大かり少ないからきっとあると思うんですよね。
でも企業家と話すときとか話して聞かせてもらうときは、
もちろん聞く方が立場がちょっと下と言ったらあれですけど、
やっぱりやりたいなその人だから、やりたい人に聞かない限りは
こっちは何にも話しようがないというか、みたいなことがあるんで、
やっぱり主導権がむしろ聞かれる側にちょっとあるニュアンスだなと思ってるので、
そこの聞く側に主導権があるのが組織の101で、
聞かれる側に主導権があるのが企業家との関係みたいなところで、
ちょっと立ち位置が違うような気もしますけどね。
このあとですね。
でもよくありましたよ。ごめんね。
どうぞどうぞ。
企業家でもアクセラレータープログラムとか、
なんちゃらみんなでプレゼンして、
勝ったらメンタリングがついてますみたいなやつがあったりするやつがあるんですけど、
僕はそういうところの審査員になるようなことはないんであれですけど、
そこに出た人が言うには、
そうやってせっかく勝ち取って、
メンタリングとか一対一やってもらうんだけど、
その人のマーケティング論とか、
その人のビジネス論みたいなことを、
押し付けられるみたいなことを言うこともあるんで、
企業家との101でやっても聞く側っていうか、
こっちがワーワー言っちゃうっていうのはあるにはあるみたいですけどね。
なるほどですね。
せっかくたどり着いて獲得した101で、
思ってたのとちょっと違うものをいっぱい与えてくれちゃう。
こっちがいろいろ聞いて、いろいろアイデアを一緒に作れたりとか、
今自分が思っているものが広がっていったり、
より確からしくなったりするのをきっと期待していると思うんだけど、
そういうことじゃなく、相手の論っていうんですかね。
何かを一方的に言われて、
直させられちゃうというか、
みたいなことになるようなケースもあるみたいですけどね。
なんかそれって、
それももしかしたらいいんじゃないかって思ったりもするんですよ。
間違ってるよ、絶対これが合ってるって思うんだったら、
言ってくれた方がいいって思ったりする視点もあるかなって、
あえて思ったりもするんですけど、
それでもやっぱそれが違うって思うっていうのは、
なんでなんですかね、受け取れないからみたいなそういうことなんですかね。
思うに二つあって、
一つは僕個人のことというか、
もともとの考え方が、
起業家寄りというか、
自分のことは自分で決めるっていうのが大前提にあるから、
結局その中の専門家の人というか、
審査員の人みたいな人が、
何かあれこれ言ってきたとしたって、
その人が言ったからやるなんてことはそもそもないというか、
自分がどうやるかを自分で決めるところにいるのが、
起業家というか起業家的なとこが自分にもあるので、
あーしろこうしろって言われるのはそもそも嫌だというのが一つ。
そこで地続きですけど、もう一つは主体性っていうんですかね。
自分で選んで自分でやるって言ったら、
上手くいかない時も自分がどうしようかなと思えるんですけど、
あの人に言われたからその通りにやったのに上手くいかなかったってなると、
相手のせいにしちゃうと思うんですよね。
それって何の意味もないじゃんと思うから、
答えを誰かが言ってくれることを待つとか、
待つ自分にないし、
プラスそういう構造の関係性っていうのが、
本質的にあんまり意味なくないと思っちゃうんですかね。
最後は自分の責任でやりきるみたいなところに、
つながりにくいみたいなことなんですかね。
厳密に言うと、昔の自分はたぶんそれで、
今のではいはいそうですって言えたと思ってるんですけど、
自分で決めて自分で責任でやっていくっていうところもそうなんですけど、
一緒にやっていくっていうことでいいと思ってるので、
全部の責任を自分で決めて自分でやったんだからお前が全部やれとか、
最近はちょっと緩くはなってるんですけど、
ただ根っこは主体性は誰が持つべきですかって言ったら、
やりたい人がやっぱり持つっていうこと。
ただ持ってるけど、経験とかリソースとかが十分じゃないから、
誰かに借りたりとかなんとかってあっていいと思ってるので、
助け合うでいいと思ってるんですけど、
ただスタートの起点はやっぱり始まりの人が、
自分の意思とか主体性を持って始めるというか、
言い続けるというかが大事なんだと思ってますけどね。
なんかその起業家さんとのワンオンワンをしてくる中で、