1. ミスリル伊藤の喋って喋って60分!!
  2. 第三十九回【俺のセガ道0:SC-3..
第三十九回【俺のセガ道0:SC-3000、SG-1000とSG-1000IIの時代】
2024-04-27 1:18:57

第三十九回【俺のセガ道0:SC-3000、SG-1000とSG-1000IIの時代】

SEGAのコンシューマーハードデビューを飾った、SC−3000、SG -1000、SG-1000IIについて喋ってます。 本当は、マークⅢ/マスターシステムについて喋ろうと思ったんですが、色々調べるウチに、それ以前のセガハードについて今回は喋っております。 ⚫︎BBブロス STAGE 185 【ワールドヒーローズ】横尾公敏さんスペシャルインタビュー! https://open.spotify.com/episode/18BBHwWpu6AGWLUu9MtApC?si=m3SbZxPaRhyJ7VwS4hP2cw ⚫︎BBブロス STAGE 184 「ワールドヒーローズ」 https://open.spotify.com/episode/2SPubh4qL3SfE0nwaZH1ya?si=isLnLRrsTlavpMrSNSm0qg ※番組コメント等は、#しゃべ6 でお願いします。 ※メールからのお便りもお待ちしております。 ※お寄せ頂いたコメントは、番組内で紹介する可能性があります。 番組公式 Xアカウント https://x.com/syabe6_podcast?s=11&t=sfoZQzs_14mZk_KJNvuewA お便り用メールアドレス syabe6@hotmail.com


感想

まだ感想はありません。最初の1件を書きましょう!

00:03
お疲れ様です、たくです。
今回はですね、セガマーク3とマスターシステムについてね、喋っていきたいと思ってたんですけれども、
まあいろいろあってですね、この回実は結構取り直しております。
最初はね、あのー、なんていうんですかね、まあウィキペディアさんとかをね、見てね、喋ってたんですけれども、
全然テンポが悪かったりとか、まあなんか上手いこと喋れてないなーと思ってね、資料を作ってたりもしてたんですけれどもね、
調べれば調べるほどですね、結構ね、やっぱもういろいろ枝分かれしていきまして、
これはやばいなーと思って、まあ資料も作って、まあそうですね、台本みたいなのもね、まあ作っちゃってたんですけれども、
そうなんですよ、上手いこと撮れないなっていうこともあって、
そうなんですよ、最初に収録したのがですね、1ヶ月以上前なんですよね。
気がついたらですね、もうその間ね、別の回をアップしていったりはしてるんですけどもね、
まあそんなこんなでね、まあやっとね、この僕の中では、
最初に手にしたセガハードであるセガマークスリー、そして2番目に手に入れたセガハードマスターシステム、
このね、2つをね、ちょっと喋っていけたらなーと思って、まあこれから喋っていこうと思うんですけれども、
まあね、この2つ、まあマークスリーとね、マスターシステムっていうね、
名前は違うんですけれどもね、これ皆さんご存知の方いらっしゃいますでしょうかね、
まあ1985年の10月20日にセガマークスリーっていうのがね、発売されて、
まあ2年後の1987年10月18日にね、マスターシステムがね、発売されたんですね。
この2機種っていうのがですね、まあなんていうんですかね、
まあ上位機種とかでもなんでもなくてですね、まあ同世代機だったりするんですよね。
でまあマスターシステムがね、マークスリーっていうね、先に発売されたセガマークスリーにね、
FM音源ユニットとかね、あと連射をするための、
あのマークスリーでは別売りのオプションで売られてたラピッドファイアユニットっていうのがね、
もう標準で装備されたっていうね、マシンなんですけれどもね。
まあ動くソフトはね、だからどちらも一緒なんですけれどもね、
まあまあマスターシステムだったりすると、でプレイすると、あのFM音源対応ユニットと言われなかった、
FM音源対応ソフトですね。だったりするとまあ、きれいなFM音源でゲームがプレイできると。
03:05
そういう意味合いでですね、実際にはね、上位機種でもなんでもなく、
まあ今で言うと、任天堂スイッチとね、有機ELモデルみたいな感じなんですからね。
ちょっとだけあの、性能自体は変わってないんですけど、一部だけ何かが良くなってたりとかね。
そんな感じですね。決してね、PS5とPS5 Proとかね、
そういうね、上位互換とかね、任天堂DSとニューニンテンドーDSみたいなね、
そんな違いもなくてね、本当にあの、なんなんでしょうね、
ハードとしてはバージョン1.いくらにもなってないような感じなんですかね。
まあマーク3で、別にオプションで、別売りのそれらのユニットを付ければ、
なんていうんですかね、環境としては可能なんですけども、
それを最初から付けてるよって言うだけでもので、
動くソフトもまるで一緒っていうね。
まあそういう感じなんですよね。
まあちょっと、この辺は今のゲーム、コンシューマーハードではなかなか見られない感じだと思うんですけれどもね。
まあそもそもね、こうやって僕も軽く今説明しましたけど、
そもそもそのマーク3とかね、マスターシステムについてね、
どうなんですかね、僕も自分が買ったからとか周囲に、
まあね、友達が、やっと僕の持ってるマーク3で知ったっていう人もいっぱいいたりとかして、
知らない人は本当に、このいわゆる85年とか、
それこそマスターシステムが出る87年当時もね、通ってきたことのない人とかね、
知らなくても全然別に困る必要もなかったっていう、
当時ファミコン前世ではあるんでね、
本当に知らない人は知らない、プレイしたことはプレイしたことのない人はね、
全くプレイできないとか、やる気もないみたいな感じのハードだったのかなと思うんですけれどもね。
まあ今回はね、そんな、まあ、あえて言うならやっぱりマイナーハードって言ってもいいのかな。
マイナーハードでありね、ニッチなところあったと思うんですよね。
まあそんなね、セガマーク3とね、そしてマスターシステムについて喋っていこうかなと思ったんですけれども、
まあそうするとね、このマーク3っていうのとマスターシステムっていうのはね、
まあ特にマーク3がいいかな、マーク3ってマーク3っていう名前になってるわけですから、
その前があるんじゃないのかっていう話になりますよね。
で僕もいろいろとね、まあ存在は知ってるんですけれども、
調べていくとね、僕があの、あまり、当時はやっぱりファミコンの方に意識が行ってたっていうところもあって、
06:10
この前のセガがね、コンシューマーハードに参入してきた経緯とかね、
特にセガって言ったらアーケードゲームメーカーだったわけですよね、それまでね。
まあコンシューマーに入ってきた経緯とかね、
まあこれより前のね、ゲーム機に関してもね、
だからまあそうですね、マーク3以前のセガのハードにもね、
ちょっと喋らないとなぁと、改めてね、思いね。
まあそこでね、調べてわかったら結構面白いことなんかもあったのでね、
まあそれらも含めてね、喋っていけたらと思います。
ではね、まあセガマーク3とね、マスターシステムのね、話に入る前にね、
軽くセガがコンシューマーゲーム機を開発した経緯についてね、
まあ喋っていきたいと思うんですけれども、
セガは1983年7月15日にSC3000というね、ホビーパソコンを発売します。
価格は29,800円。
ちなみにこのSCというのはね、セガコンピューターの略で、
3000というのはですね、約3万円という価格が由来で、
桁を一つ減らして3000になったということらしいんですね。
まあどうなんでしょう。
今も昔も、この数、何千という数字好きですよね、日本人ね。
何かと言うとあの、万なのにね、なぜか一つ減らして、
3000ってセガは言うんですけどね。
これ意外とね、本当にね、まあソニーが何かプレステの、
プレステ2以降かな、なんか1万万台とかなんか言ってたのはあったんですけれども、
やっぱりね、何千万台とかって好きですよね。
栄養ドリンクもね、タオリン3000ミリグラムって言って、
リポビタンで3000みたいな感じでね、なんかやってますけどね。
ミリグラムだから、グラムにしたら300で済むんじゃねえのか?
とか思うんですけどね。
やっぱ3000とか好きなんですよね。
やっぱまあその名残、名残というかそのルーツだなかどうかわからないですけど、
昔からね、なんかこの3000とかね、4000とか5000とか好きですよね。
数字としては万の方がデカいんですけどね。
万とは言わせないんですよね、なぜかね。
まあね、そんなことはどうでもいいですけどね。
まあそのSC3000のね、方に話戻すとですね、
まあね、ホビーパソコンという言葉、どうでしょうかね。
09:00
このSC3000というのがね、当時ホビーパソコンとして発売されたということなんですけども、
まあこのことはどうなんでしょうね。
皆さんご存知ですかね。
特にね、昨今あまり聞かない単語でもあるんですが、
まあこれはね、その言葉が意味する通り、
ホビー、つまり趣味に特化したPCという認識で、
まあいいんじゃないかなと僕は思ってるんですね。
かなり雑ですけどね。
というのもですね、実はですね、具体的な定義っていうのがね、
まああまりないということが一つと、
まあ今で言うところのね、コンピューターであったりとか、
まあパソコンですね、パソコンと当時のパソコンの状況が違うっていうところもありますし、
特にこのホビーパソコンっていうのがね、
まあ、なんて言うんですかね、今のね、
ゲーミングPCともまたちょっと違うっていうところもありまして、
でまあね、そういうのもありまして、
具体的にね、違うところってじゃあ何なんだっていうところをね、
まあね、これからまあ説明するSC3000のね、機能でね、
まあちょっとわかってもらえるのかなと思うのがね、
このSC3000がね、本体にはキーボードとカートリッジスロットがね、
備わってるんですね。
テレビに出力して使用するパソコンなんですね。
さらにゲームの演算実行に特化したパソコンとして設計されたこともあるんですよね。
だからホビーパソコンとかゲームパソコンとして言われていたみたいなんですね。
まあちなみにね、この時期にはね、このセガのSC3000以外にも、
まあ本体にキーボードとカートリッジスロットが備わっている、
いわゆるそのホビーパソコンと呼ばれるね、ジャンルのものはね、
いくつか存在するんですね。
でまあ、ここまでね、聞かれててね、
まあ僕と同世代ぐらいの方だったらね、
お気づきの方もいらっしゃるかと思うんですよね。
まあそれってMSXと同じじゃないかと。
実はね、これ確認が取れてないんですけども、
当時MSXをね、意識していたんじゃないのかなと個人的には感じてます。
ただね、MSXの発売はね、実はね、SC3000のね、
約4ヶ月後の11月なんですね。
まあまたね、このSC3000の発売価格がね、
29,800円というのもね、
後に販売されるMSXよりも数万円安い価格設定でね、
先行して販売するということとともにね、
MSXへのアドバンテージを出したかったんだなと思ってるんですけどもね。
まあね、ここまで聞いて、なんかちょっとパソコンとしてはね、
ホビーパソコンがわからない方がね、もしいらしたらね。
12:03
テレビに出力するっていうこと自体がね、
あのちょっと変わってるって思っていただければね。
まあ今のテレビだとね、解像度の高い液晶テレビだったりするんですけども、
かつてのブラウン管テレビですね。
っていうのはやっぱり解像度が低いっていうところでね。
まあそんな中でね、
あのこの83年当時っていうのは、
まだまだあの家庭にパソコンが普及してたっていうわけではないので、
まあそんな中でね、
まあいわゆるパソコン、あとオフコンなんて言葉もありましたけどね。
まあそんなものはだいたいがね、
ブラウン管モニター、CRTモニターって呼ばれるね、
専用のね、モニターがあるんですね。
テレビよりも解像度が高いっていうね。
もちろん今の液晶モニターに比べるとまだまだ低いんですけれども。
ただアナログテレビ、アナログ放送を受信してた、
あのかつてのブラウン管テレビより若干解像度良いものなんですけどね。
まあそういうのに接続して使うっていうのが、
いわゆるパソコンとかね、だったりするんですけども、
このホビーパソコンっていうのはだいたいが、
ご家庭にあるテレビに接続して使うっていうことが1点と、
だいたい本体とキーボードとカートリッジスロットを備えてるっていうね、
ちょっと今だともうあんまり見ないパソコンのね、形っていうんですかね。
まあキーボードが壊れたら交換ができないじゃないかっていう話だったりするんでね、
今の感じだったりするとね。
当時ね、こういう形のホビーパソコンっていったりとかね、
あとまあその、どうでしょうね。
まあゲームパソコンなんていう言われ方もしてたみたいですけどね。
ただゲーミングPCと違うっていうのはですね、
ゲーミングPCって今ね、よくあるあれはですね、
そもそもパソコンとしてちゃんと機能しますよね。
いやホビーパソコンがパソコンとして機能しないっていうわけではないんですけれども、
簡単に言ってしまえば、やれエクセルで表計算しますとかね。
今だったらあの、何でしょうね、メールを送るためにメールを書きますとか、
まあワープロ機能がありますとか、プレゼンの資料作りますとかね。
いろんな生産性のあることもできる上で、
ゲームもできるんだけれども、もっとすごいゲームを動かしたい時に、
そのすごいゲームをね、
ちゃんと再生っていうんですかね、プレイできるように、
さらにチューニングしたっていうかね、パーツを増設してるっていうね、
グラフィックボードとかですかね。
とかを入れてるっていうのをゲーミングPCなんて言うんですけどもね。
まあこの頃のね、このホビーパソコンなんかは特にね、
15:01
まあいわゆるね、まだまだ83年当時は、
そのパソコンで一般的な業務、事務業務をね、
するっていうことがね、本当に多分少なかったと思うんですよね。
まあ僕83年当時、その小学校3年生なんですけれども、
例えばうちの学校の職員室にね、パソコンなんてものはなかったですし、
まあどっかにね、行くとね、
会社さん見たとしてもね、パソコンなんてなかったですよ。
帳簿は全部手書きみたいな時代の話なんでね。
まあそんな時にね、じゃあこのMSXでやったりとか、
それこそSC3000とかね、セガのこの。
で、会計処理とかもね、やらないんですよね。やれないでしょうし。
まあそういうのでね、コンピューター自体がかなり希少だった時代に、
そのコンピューターの機能の一部というかね、
そういうのが気軽に使える。
まだ一般庶民に手の届く価格で、
パソコンの機能の一部が使えるっていうぐらいので、
ホビーパソコンとしてね、出てたと。ゲームパソコンとしてね。
出てたっていうぐらいの認識で、もし知らない方がいたらね。
いやもう分かんないですけど、僕もね色々と調べてて今これ話してるんですけども、
いやお前分かってないよと。
実はうちの親父の会社ではSC3000で経理処理してたんだみたいな感じの人もいるかもしれないんですけどもね。
MSXでやってたよみたいな感じのところがあるかもしれないんですけども、
僕が知り得る限りではね、やっぱりあまり聞いたことがないですね。
確かMSXは後々テレビのテロップを入れる機械か何かに確か使われてたという噂は聞いたことがあるんですけども、
これもね僕の中では不確かなので何とも言えないんですけどね。
という感じでね。
分かりやすいところで言うとファミリーベーシックとか、
ああいう感じにちょっと近いところはあるのかもしれませんね。
だからファミコンにファミリーベーシックを組み込んだみたいな本体っていうのが、
このSC3000っていう機種だと思っておいてください。
だいぶこれ雑ですけどね。雑ですけども。
でもこの当時ね、どうなんでしょうね。
僕はちょっとあまりSC3000っていうのはテレビCMでもちろん見てたんですけれども、
なかなかお持ち屋さんでも箱を見たりとかするんですけども、
実物を見たことが当時なかったんですよね。
今回これをやるにあたって色々調べてて、
意外と当時こういうこと分かってたら俺も欲しかったなって思ったのかですよね。
18:00
MSXよりも前に発売されていてさらにMSXよりも価格が安かった点で、
この秘密っていうのがPCとしての機能を別売りのカートリッジで販売するなど、
ある意味今考えるとユーザーがそれぞれ使用したい言語やプログラム機能といったことを
チョイスして購入するという、当時としては結構ベーシックが
だいたいのパソコンとかホビーパソコンもそうだし、
パソコンにもだいたい組み込まれてたとは思うんですけどもね。
それを思うとね、まずは本体を買ってくれと。
欲しいのがあるのであればそれの機能を使う。
あなたが選んだねっていうことは結構先進的だったと思うんですよね。
実はこのSC-3000だけでも海外へのOEM販売など、
その後も日本国内ではあまり知られてないんですけど、
このSC-3000だけで初年度だけで日本国内では数万台売れてるみたいなんですね。
ちょっとはっきりとした数字がわからないんですけども、
ただ国内外を合わせると初年度だけで20万台以上販売したということでね。
セガのコンシューマーの初のパソコンとしてはホビーパソコンですね。
ホビーパソコンのデビューとしてはある種成功を収めたというか、
ある程度の実績を出したと言ってもいいかもしれませんね。
特にね、先ほどからちょいちょい話を出してるね、
アスキーが提唱して、家電業界各社が参加を表明してたね、
MSXへの対抗としてね、セガは自身のSC-3000に加えてね、
つくだオリジナルっていうオセロであったりとか、
ルービックキューブの国内での販売権を持ってたかな。
あと、スライムっていうね、ドラクエのスライムじゃないですよ。
昔ね、ゴミ箱から、ゴミ箱のポリバケツって言うんですかね、
あれに入った容器でドローッとしたね、おもちゃ。
おもちゃって言うんですかね、あれは一応。
そのスライムのね、日本での販売権とかを持ってたつくだオリジナルですね。
とね、業務提携を行ってね。
つくだ側からはね、オセロマルチビジョンっていうね、
互換ゲーム機も出していたりとね。
このね、SC-3000、そしてね、この後に話すSG-1000の企画で動くね、
ハードをね、この83年当時にね、3機種もリリースするなどね、
MSXとかね、ファミコンとね、渡り合える環境っていうのはね、
それなりに用意していたみたいなんですね。
21:04
ただね、先ほどから言っているSC-3000なんですけどね。
それ以上にね、業績が良かったのがね、ここから話すSG-1000というゲーム機なんですね。
ちなみにね、SGはね、セガゲームの略です。
こちらもね、発売日はSC-3000と同じく、1983年7月15日。
価格は1万5千円。
まあ、ここまで話しててお分かりだと思うんですけども、
この7月15日っていうのはですね、実はNintendoのファミリーコンピューターとね、
発売日が全く一緒です。
このSG-1000ね、先ほど話したホビーパソコンであるね、
SC-3000のね、ゲーム機能だけに特化したね、マシンとしてね、
またね、セガがその後ね、ドリームキャストに至るまでリリースし続ける
コンシューマーゲームハードのね、最初のマシンとなります。
まあ、いわゆるね、それこそセガのゲームハード1号機ですね。
SC-3000はまあいいとして、なんでSG-1000を出したのかっていうとですね、
SC-3000がね、発売前の段階でね、もうすでにね、受注数だけでね、
数万台の売上を計上していたことにね、
ある程度ね、自信を得たこととかで、
同時期にね、任天堂がゲーム専用機を開発中であるとね、
聞きつけたね、当時のセガ中山社長のツルの一声で開発がスタートしたらしいんですね。
こちらのね、SG-1000というのはね、もともとはSG-2000としてね、
7月下旬発売で価格を19,800円を予定していたみたいなんですけれども、
任天堂がね、ファミコンをね、14,800円で販売すると発表したことからね、
価格を15,000円にしてね、その型番もね、
SG-1000としてね、ファミコンとね、同じ発売日にぶつけてきたんですね。
まあ、後々のね、任天堂のファミコン以降のね、
躍進プリをね、知ってる方とか、それしか知らないというんですかね、
っていう方だったりすると、
まあ、任天堂がファミコンを出すんだからそんなのに合わせて、
ゲーム機を出すっていうこと自体があっていう方もね、
もしかしたらお若い方だったりすると思うかもしれないんですけれども、
当時のね、任天堂っていうのは多分なんですけれども、
セガにとってもね、倒せない相手じゃなかったと思うんですよね。
何しろ家庭用のゲーム機っていうのを出してはいたし、
スマッシュヒットも出してたんですね。
で、他にもですね、アーケードゲームでもドンキーコングですね。
特にこのドンキーコングっていうのが海外でね、
24:02
大成功を収めていたというところはあるんですけれども、
じゃあそれ、日本でもどうだったのかっていうとね、
まあ日本でもある程度ヒットはしてたんですけれども、
当時アーケードゲームで大ヒットしたっていうところで、
やっぱり日本人の記憶に残ってるっていうところでは、
インベーダーゲームだったりすると思うんですよね。
あと任天堂っていうのはまだ当時ゲームウォッチとか出してて、
これもスマッシュヒットを出してるんですけども、
やっぱりね、コンシューマーゲーム、いわゆるテレビゲームだったりとか、
そのホビーパソコンっていうね、市場っていうのはまだね、
未開拓とまでは言わないですけども、
全然どこが、いわゆる派遣を、
今で言うところの派遣を取ってるっていうわけでもなかった時代だったりするんですね。
だから任天堂が出すんだったらっていうことでね、
対抗心燃やしちゃったと思うんですよね。
決してセガとしてはね、だから無視していい相手ではなかったっていうことの裏返しで、
対抗策としてゲーム機能だけに特化してSC-3000からね、
ゲーム機能だけに特化したSG-1000っていうのをね、
対抗で出したんじゃないのかなと僕は思うんですよね。
無視していい相手でもないし、でも倒せないと思ってた相手でもなかったと思うんですよね。
ここまでね、お聞きになられていてね、
だからこの当時のセガがね、いかにね、
強気ってわけではないんですけども、まだまだね、
野心が溢れていたっていうところじゃないのかなというね、
勝負の掛けっぷりでね、負けるんですけどもね。
ただね、この当時でも実際には先ほども話したように、
テレビゲーム機市場とかね、
ホビーパソコンっていうね、市場の両方にね、
セガが参入するっていうのはね、ある意味強輪っぷりっていう感じもするんですけれども、
非常にまだこの当時っていうのは市場の規模が小さかったっていうこともありますし、
何せSC-3000のね、受注だけで数万台出たっていう、
これをね、数万台前段階で受注受けたっていうことでね、
自信を得ることができるんですから、
今数万台って言われたらやばいって多分思うと思うんですよね。
だけどやっぱりそれぐらいね、
やっぱり本当に日本全体がまだまだ日本だけじゃないとは思うんですけれども、
世界的にもコンピューターとかね、
そういうものがまだまだ未知のものだったとかね、
そういうところはね、一部のね、
ジャンルに興味を持った人たちだけのものっていうことで、
27:05
世間一般には浸透していなかったっていうところはあったんじゃないのかなと思うんですよね。
だからこそ各社がね、いろいろ出して頑張ってはいるんですけども、
結局どこも王座を取れなかったっていうのがね、
だからこそニンテンドーも参入できただろうし、
もちろんセガっていうのも参入できたんじゃないのかなと思うんですよね。
特にゲーム機っていうのが当時本当に、
セガにとっても、ニンテンドーにとってもそうだと思うんですけれども、
どちらかというとこのファミコン以降、
ファミコンの形っていうのがいわゆるスタンダードになっていくんですけれども、
ファミコンが登場したとき、特にセガもね、
同時期にSC-3000とSG-1000を出してるんですけども、
別売りのね、カートリッジでベーシック機能を追加するとか、
あとこのSG-1000に関してはですね、
キーボードやカートリッジを別売りで買って付けることでね、
SC-3000と同様の機能が使えるっていう拡張性を持たせたりとかね、
本当にコンピューターゲームというかコンシューマーゲームですよね。
家庭用ゲーム機の雛形がね、まだある程度定まっている。
今と比べるとね、将来性とかね、その将来がどうなるかがね、
今以上に未知数だったからできたことだったのかなと、
僕自身はね、やっぱり今回調べてて感じましたね。
ちなみに僕自身はこの随分後のセガMk3から購入していてね、
マークスリーっていうね、セガマークスリーっていうね、
まあ商品名になったりするんで、略すというかね、
そのままマークスリー、マークスリーって呼んでたんですけどね。
まあそういうわけでね、自分の友人とかとの間でも
マークスリーっていう言葉で呼ぶっていうことで、
それより以前のマシンをね、マークワン、マークツーなんて呼んでたんですけれどもね、
まあこれを呼んでたのはね、多分僕の周辺だけなんじゃないかなとは思うんですよね。
まあね、で、SC-3000、そしてSG-1000の方に話を戻すとですね、
SG-1000の方もですね、販売台数の方ね、さっきちょっと言っちゃったんですけれども、
まあね、やっぱり皆さんもそれはご存知だと思うんですけれども、
やっぱりファミコンには負けたというのは事実でね。
あのSG-1000がね、初年度16万台販売され、最終的には40万台。
30:05
それに対してファミコンは初年度だけでも44万台と。
ファミコンにね、2倍以上の差をあけられたんですね。
これに加えてその先ほど言ったSC-3000がね、まあ国内で数万台ということでね。
まあこれでね、完全に負けたと言われれば負けたっていうことになるんですけども、
それでもね、セガはね、それまで販売していた業務用基板、いわゆるアーケードの基板ですよね。
だいたい数千枚でヒットって呼ばれてたらしいんですね、この時代っていうのは。
インベーダーっていうのは別格でしょうから、あれだけの社会現象になると。
ただ、一般的にはやっぱり数千台がヒットって呼ばれてるね、アーケード基板に比べたらね、
やっぱりそうですね、仮にSC-3000が4万台ぐらい売れたとして、
SG-1000が初年度だけで16万台ですか20万台ですよね。
同一の基板がね、一気に20万台も売れるっていうことは、
その数千台でヒットって言われてた業務用基板の規模感と比べると、やっぱり全然違うと思うんですよね。
その違いでね、規模感の違いでね、やっぱりセガはね、このSC-3000でね、
そしてね、SG-1000以降ね、コンシューマーハードにも未来を感じてみたいで、
特にね、このSG-1000の16万台っていう販売台数でね、
コンシューマーゲームハードメーカーとしてもね、スタートしていくんですよね。
このね、SG-1000なんですけどもね、グラフィック面ではね、実はファミコンにちょっと劣っていたんですね。
僕もね、当時見てたんですけれども、ただあの、いわゆるカセットビジョンですね。
エポックス社のね。とかその他の、当時ファミコン以前に出てたテレビゲーム機に比べると、
確か単色じゃなかったので、自分のキャラクター。2色ぐらいは使えたのかな。なんですけどもね。
ただファミコンに比べると若干劣っていたというのは、いなめないところではあるんですけれども、
本当に一歩足りない感じですね。
それがね、当時ファミコンがよくできていたというところもあったと思うんですよね。
この当時、ファミコンと比較するとちょっと面白いところが、このSG-1000っていうのはね、
もう一つね、後のセガハードでもね、多分このSG-1000だけなんじゃないかなというね、
33:03
ある形状がありまして、それがね、コントローラーのデザインなんですね。
実はね、ファミコン以降はね、いわゆる皆さんがね、プレステでもいいですし、XBOXでもいいですし、
現行のスイッチですね、任天堂で言うとね。
いわゆる横長というんですかね。
左側に左手で方向キー、アナログスティックを押さえてですね、
で、右手でボタンを押すっていう。
これが基本的にはデフォルトっていうんですかね、だと思うんですけれども、
実はね、このSG-1000はですね、コントローラーが縦長なんですね。面白いことに。
でまあ、両サイドにね、縦長の箱をね、イメージしてもらって、両サイドにね、
その箱の上の部分ぐらいですね、両サイドに一つずつボタンが付いてるんですね、左右にね。
で、その箱の真ん中にはですね、ジョイスティック状のね、
ジョイスティック状と言われる、レバー状だったかな、スティックがね、一本ピンと立ってるっていう感じですかね。
実はね、このデザイン自体はですね、当時はね、テレビゲームとしてはこちらの方がね、意外とスタンダードだったような気がするんですね。
それこそね、カセットビジョンとかね。
スーパーカセットビジョンでもそうだったんじゃないかな。
あとあたりのハードとかもね。
あと高速線っていうね、あの辺のいくつかのハードではね、見られたコントローラーの形状で。
ただセガもね、このSG線ではやっぱりその当時としてはポピュラーだったこの形をやってるんですけれどもね。
まあこれが最初で最後の、いわゆるこの縦長というかね、の形状のコントローラーになります。
で、まあここでね、セガはね、翌年の1年後ですね、SG線のね、後継機を出すんです。
ちょっと早すぎる気もするんですけどね。
それがね、SG線2。この2はね、ローマ数字の2ですね。
ちなみにね、SG線2、後のね、マーク3の前世代であったことから、僕自身はね、周囲ではね、周辺ではね、僕の周辺です。
セガマーク2を称していたんですけどね。正式な名称ではないんです。
ただこれマーク2というのが出た人は、マーク1の人よりも多いような気がするんですけどね。
まあこのSG線2というのもね、前年のね、SG線のね、後継ではあるもののね、次世代機というわけではないんですね。
36:03
何せ基本性能は全く同じでね、変更されたのはですね、本体とコントローラーのデザインのみなんですね。
本体はね、この後に出るね、セガマーク3に非常に近いデザインになっているんですね。
でまたコントローラーの方もね、SG線と同日にね、発売されたね、あのファミコンを意識したようなね、横長のコントローラーに変更されてね、
いわゆる方向キーとボタン2つっていうね、ABボタンみたいな感じでね。
まあ確かABとは言わないんですけどね、1ボタン2ボタンって言うんですけどね、確か。
まあこのコントローラーはね、後にね、そのままではないんですけども、マーク3以降もね、この横長のコントローラーが採用されています。
でね、このSG線2と合わせる形でね、カートリッジ以外のメディアも発売されるんですね。
それがね、マイカードって呼ばれるね。正式名称はセガマイカードって言うのかな。
で、カートリッジスロットしかね、SG線2ね、そしてSC3000もですし、オセロマルチビジョンもそうですね。
カートリッジスロットしかないんですけれども、カードキャッチャーというね、
まあカートリッジスロットにね、そのカードキャッチャーっていう周辺機器を挿すとですね、
まあそこにね、さらにカードをね、挿し込むという手法をとっていてね、
まあ今考えるとね、後のメガドラタワー的なね、メガドラタワーの思想的な感じって言うんですかね。
挿してさらに挿すみたいな感じになるんでしょうね。
まあね、そんなセガマイカードなんですけれどもね、
イメージとしては、わかりやすく言うとPCエンジンのヒューカード、
まああれに非常に似た形状でね、
まあ開発はね、そのヒューカードと同じくね、三菱樹脂さんですね。
まあそういう意味でね、PCエンジンに先駆けて発売されたゲームロムカードとも言えるんですけれども、
当然のことながらですね、互換性はありません。
まあ僕もね、かつて両方ね、PCエンジンも後々買うんで、
まあ両方所持していたんですけれども、
売る覚えで申し訳ないんですけれども、
確かね、マイカード、今回このセガのSG1002と一緒に発売されるね、
セガマイカードの方がね、ヒューカードよりもね、PCエンジンのヒューカードよりもね、
厚みがまず薄かったのと、一回りぐらいは、一回りから二回りぐらいはね、小さかったんですよね。
だからね、PCエンジンのね、カードスロットにはね、このマイカードはね、刺さるんですけれども、
刺さるっていうか入るんですけれども、薄くてね、しかも寸法も小さいんでね、固定もできなかったように覚えてるんですよね。
39:08
最大容量がね、このセガのマイカードっていうのはね、256キロビット、まあ32キロバイトですね。
後にね、販売されるね、マークスリー専用のね、マイカードマークスリーっていうのが出るんですけどもね、
それでもね、最大で2メガビット、64キロバイトとね、容量的な問題があってね、
結局ソフト供給のね、セガのこの当時のソフト供給のメインとまでは至らないんですよね。
SG-1002本体のね、発売以降ね、マークスリー登場後もね、一定数のタイトルが出ていたんですけどもね、
まあただただ、やっぱりそうですね、マークスリー以降はね、また大容量ロム化っていう感じで、やっぱりその役目を終えてしまうんですけどね。
まあここからはね、あくまでもね、まあ僕のね、個人的な主観による考察なんですけどもね、
このマイカードでのね、容量問題をクリアするためにPCエンジンっていうのはね、
PCエンジンのヒューカードですね、ある程度厚みを持たせてたのかなーっていうこととね、
まあどうなんでしょうね、厚みを持たせていたっていうこととですね、あとはですね、寸法も違ってたりするのかなーとかね、
今にして思うとね、そんな風にね、考えたりするんですけどもね。
まあ何せね、ヒューカードの容量っていうのがですね、PCエンジンのヒューカードの容量っていうのがですね、
PCエンジン本体同時発売のソフトってね、もういきなり2メガビットっていうね、
あのーセガマークスリーのね、マイカードとほぼ同じっていう、そっからスタートしてるんですね。
でまあその後ね、容量もね、段階的にね、増えていくんですよね。
最終的にはスト2ダッシュの20メガというね、カードラベル面ですらもね、少し盛り上がったものまで出ていたんですよね。
ただね、まあまあ、これのマイカードの問題を解決するためにデカくしたとかね、僕今一瞬思ったんですけども、
そもそも寸法と厚みが一緒だったりするとね、間違えて刺されるっていうね、それぞれにね。
それもそれで具合が悪かったでしょうから、普通に刺さらないようにっていう、保安的な面でやっぱり薄かったりとかね、厚みを持たしたとか、そっちの方が有力なのかもしれませんね。
話しといて何なんですかね。
まあね、ここまで話しといてですね、やっとね、SG1000とね、SG1000Ⅱのね、ソフトについてね、触れていこうと思うんですが、
このSG1000、SG1000Ⅱのソフトというのはね、全部で75タイトルになるんですね。
42:02
75タイトルしかないっていうのが正しいのかちょっとね、表現に困りますけども。
その中にはね、オセロマルチビジョンを出しているね、つくだがね、8タイトルリリースしていまして、これ以外のね、67タイトルというのがね、すべてね、セガからのリリースになるんですね。
ただね、これらすべてをね、セガが開発していたわけではなく、開発協力にはね、コンパイル、アルファ電子、ジャレコなどね、相当たるメーカーがあったんですよね。
当時ね、セガもファミコンに対抗するべくね、サードをパーティー集めにはね、必死だったんですけれども、
すでにね、他社ハードに提供中だったことが理由でね、断られたためにね、打開策として、他社のね、アーケードゲームメーカーに開発費などを与えた上で、
他社が開発したタイトルをセガブランドとしてね、セガがリリースするというソフトもね、あったみたいですね。
セガギャラが何かはね、その典型だったみたいなんですけどね。
ちなみにね、ここで出てくるね、他社ハードってね、僕言ってますけども、これはね、ファミコンだったという可能性はね、極めて低そうでね、
先に述べたね、ナムコのギャラがね、これに関してもですね、実はね、SG1000のね、後に発売されるね、MSXをはじめね、いくつかのハードでね、
まあナムコはね、参入していたんですね、すでにね。ただどれもですね、僕先ほど言ってたように、この当時、ハード自体は結構軍用拡張してたっていうこともあってですね、
ナムコはね、自社ブランドでね、すでにもう、いくつかのパソコンであったり、ホビーパソコンであったり、他のゲーム機もね、参入していたかとは思うんですけれども、
どれもね、数千本程度でね、売り上げが古っていなかったんですね。そんな中ね、ファミコンが発売されてもね、実はナムコは当初ね、様子見といった状態だったところにね、
当時のナムコの中村社長からね、スタッフの方々に、なぜ絵が綺麗なファミコンで出さないのかと言われてね、スタッフの方達も慌てたらしくてね、
急遽ね、ギャラクシアンの試作を作りね、完成したのは、その試作が完成したのはね、84年の3月末だったそうなんですね。
そのね、試作を持った中村社長がね、任天堂へ交渉へ行くね、実は半年近く前にはね、セガギャラガっていうのはね、市場に出ているんですよね。
おそらくなんですけれども、この当時というのは、ゲームが動くっていうことだけを考えるとね、本当に軍用拡挙してたっていうのは先ほども言った通りなんですけれども、
45:01
これはね、僕が思うにセガってやっぱりアーケードゲームメーカーっていうところですよね。
簡単に言うとナムコからしてもライバルの一つだったと思うんですね。
一方でね、他のゲーム機、例えばエポック社のカセットビジョンだったりとかね、任天堂のファミコンにしてもそうなんですけれども、
結構他のコンシューマーゲーム機だったり、それこそホビーパソコン、パソコンっていうのはナムコからすると、
ナムコだけじゃなくてもいいんですけれども、アーケードゲームをそれぞれ出してるメーカーからすると、
ライバルではない会社ばっかりだったんですよね。
だからそこにはやっぱり自分たちのブランド名を出してリリースしても、あんまりイメージが落ちないと思ったんでしょうね。
で、逆にセガっていうのがやっぱりゲームセンターでね、肩を並べるライバルだったりするんで、そこにね、
ナムコがね、ソフトを出すっていうことになると、当時どうだったんでしょうね。
セガに負けたみたいな感じに捉えるような人もいたのかもなーっていうことをね、危惧してあえて出さなかったっていうところもあるんでしょうかね。
はい、ではね、そういうわけでね、このSG-1000、SG-1000Ⅱのソフトラインナップというのはね、
ファミコンにね、先駆けて発売されたタイトルやね、セガだけじゃなく他社のアーケード作品もね、思った以上にね、多いんですよね。
セガのね、当時のアーケードは軒並み移植されていた印象で、トランキライザーガンの移植であるサファリハンティングっていうね、これ名前変わってるんですけどね。
あと、モナコGPとかね、SG-1000よりもね、数年前にアーケードで登場していた作品の移植や、
チャンピオンベースボールといったね、SG-1000登場の数ヶ月前にね、セガがアーケードで出していた作品の移植なんかもね、出てるんですね。
まあなおね、このチャンピオンベースボール、開発はね、アルファ電子、後のADKですね。
ワールドヒーローズシリーズが有名ですかね。
ここでね、このアルファ電子に関連した話をちょっとしますね。
僕も大好きなポッドキャストで、ブライト・ビット・ブラザーズさん、BBブロスさんですね。
その中でですね、185回っていう回でですね、ワールドヒーローズのね、開発に携わられていてね、
現在は漫画家としてご活躍のね、横尾紀水さんに番組パーソナリティーの長谷川さんがインタビューをされてるんですよね。
48:00
そのインタビュー内でですね、横尾さんがアルファ電子が最初に野球やサッカーをアーケードでリリースしたっておっしゃってたんですよね。
その作品というのがね、最初の作品というのがね、こちらのチャンピオンベースボールのアーケード版だったりするんですよね。
さらにね、SG1000にね、移植されたね、この移植版の方もね、任天堂のファミコンのベースボールに先駆けて数ヶ月前にリリースされてるんですよね。
というわけでね、アルファ電子のお話はね、BBブロスの185回の横尾さんインタビューの回で詳しく聞けるのでね、
その前のね、第184回のね、ワールドヒーロー図解と合わせて聞いてみてくださいと。
サクッとね、BBブロスさんに乗っかってしまいましたけどもね。
話をね、再び戻すとね、セガがほとんどの作品をね、自社ブランドでリリースしているわけですが、
中にはね、コナミの侵入者イントール君やコナミのハイパースポーツといったね、タイトルに社名までね、入れてリリースされた他社作品もあったんですよね。
まあ、とはいってもね、リリースしているのは結局セガなんですけどね。
まあただ、どうでしょうね、このセガのSG1000、SG1000Ⅱね、この頃っていうのはね、アーケードからの移植というのがね、
やっぱりラインナップとしてはね、多い印象ですね。
まあ、このね、セガのね、ホビーパソコンSG3000とね、つくだの互換機、オセロマルチビジョン、
そしてまあ先ほどから言っているセガのゲーム専用機のSG1000とSG1000Ⅱね、
まあこの4機種で動いたソフトっていうのがね、
83年からね、まあね、登場した83年から徐々に増えていくんですが、
85年のね、25タイトルおきにね、翌年86年には8タイトルね、87年には2タイトルとね、減っていくんですね。
まあこの最盛期ともいえるね、85年には何が起きたんだと。
実はね、85年10月にはね、セガマークⅢが発売されます。
セガマークⅢ登場以降はね、セガマークⅢ専用というね、ソフトが出てしまいね、
それまでの規格であったね、SG1000などのね、規格はね、
この今まで言ってきたタイトルっていうのはね、全機種用と言われるようになったんですが、
マークⅢ専用ソフトはね、あくまでマークⅢと、
この後に出るマスターシステムでしかね、動かせないため、セガもね、
開発をね、マークⅢ用にね、移行していくんですよね。
まあさてね、まあそんなね、マークⅢ登場以前のねソフトね、
51:05
アーケード移植が多かった中でもね、
任天堂のね、ファミコンにね、
まあどうなんでしょうね、
先駆けてね、販売されたね、
タイトルはね、先ほども言ったようにね、
結構あるんですけれども、
まあ今回はね、どちらかというとね、
まあこういう特集内容ですしね、
まあセガをね、用意書してるんでね、
ファミコンに先駆けたという点をね、
もう一点だけね、アピールしたいなと思ってね、
探したんですね。
そしたらですね、
ファミコンに先駆けたものでね、
ハンケモノのタイトルの登場時期ですね。
これがね、おっと思って僕もね、
これは先に出てるなって一瞬思ったんですね。
それがですね、後々よく考えてみたらですね、
そもそもファミコンはですね、
なんと恐ろしいことにですね、
83年7月15日ね、
本体と同時にすでにハンケモノを一作出してるんですね。
それがポパイだったりするんですね。
ただ、それ以降ね、
実はニンテンドーはね、
ハンケモノをね、ファミコンではね、
あのー、
確か出してなかったと思うんですよね。
で、まあ実際にね、
そのポパイの後にね、
ファミコンで出たというのがね、
85年11月にね、
バンダイからリリースされたね、
筋肉マン、マッスルタッグマッチだよね。
まあこれサードパーティーのソフトにはなるんですけれども、
まあこれがね、ある意味こう、
みんなが知ってるアニメとかね、
漫画、まあポパイもみんな知ってるかな、
なんですけれども、
まあね、
この筋肉マン、マッスルタッグマッチまでね、
だいぶ開くんですよね、だから。
まあセガはね、
実はですね、
ハンケモノがね、
あったんですね。
これがね、
しかもコンシューマーね、
アーケード衣装が多いって言われてるこのね、
SG1000、SG1000Ⅱのね、
中ででもね、
珍しくね、オリジナルタイトルなんですね。
コンシューマーオリジナル作品ですね。
ハンケモノで。
それがね、
84年4月発売のね、
ゴルゴ13。
そして翌5月にはですね、
オーガス。
これはね、
超時空戦記オーガスというね、
マクロスの後番組としてね、
放映されたね、アニメなんですけどもね。
ゴルゴ13とね、
このオーガスっていうね、
どうですかこれ。
なんとも言えない微妙な香りのするハンケモノでしょう。
ちなみにね、
54:00
僕はね、
どちらもシューティングらしいんですけども、
ゴルゴはいいとして、
オーガスはね、
もうあの、
どうなんでしょう、これ知ってる人は、
知ってるのかなっていう話なんですけども、
マクロスは大ヒットしたんですけども、
これがねちょっとね、
超時空シリーズ第2作目ということでね、
結構ね、
期待された割にやっぱり、
デザインがいろいろありましてですね、
ロボットのね、
おもちゃは売れないわ、
アニメもなんか、
っていう話になってきましてですね、
当時マクロスのスポンサーをやってて、
マクロスのおもちゃをやっていた、
タカトクトイスというおもちゃ屋さんがね、
一気に窮地に落ちるっていうね、
まあその後にね、
オーガスの後番組では、
タカトクトイスは完全にやられてしまって、
倒産してしまうというね、
そのきっかけを作ったアニメとしても、
ちょっと有名なんですけどもね、
まあそれはまあまあいいんですけども、
ただね、
そういう微妙なものをね、
同時セガがね、
ハンケモノとしてリリースしてるっていうのもね、
ちょっとこの、
まあ何なんでしょうね、
この当時からセガらしい、
セガらしいかなあっていうね、
セガらしいというか、
セガの香ばしい香りがやっぱり、
この頃からプンプンしてるんですよね、
まあ僕こういうの好きなんですけどね、
意外とね、
というわけでね、
実際ね、
SG1002ね、
後のマーク3でもそうなんですけれども、
バンダイの影はね、
セガのところにはね、
全く降りてこないんですね、
残念ながら、
というわけでガンダムなんてものは出てこないんですね、
セガのね、
このマーク3マスターシステムに至ってもね、
まあね、
そんなことを喋ってるんですけどもね、
ちょっとね、まあ他にもね、
興味深い背景を持っているゲームで言うとね、
コンゴボンゴというね、
ゲームがあるんですね、
まあこのコンゴボンゴというゲームね、
タイトルではね、
このタイトルではね、
コンゴボンゴというタイトルで家庭用ではね、
出てるんですけども、
その数ヶ月前にですね、
アーケードでTipTapという名前でね、
生け神通信機っていう会社と、
セガがね、
開発してるんですよね、
おそらくプログラミングを含めて、
そっちはもうこの生け神通信機が
やっていたんじゃないかなと思うんですよね、
でもパッと見がね、
ドンキーコングなんですよ、
まあそこまでドンキーコングって
言い過ぎたらダメかな、
でも僕自身もね、
当時ね、テレビCMでね、
コンゴボンゴっていうのがね、
出るっていうのはね、
見たし、今回ね、
この企画するにあたって、
当時のCMをもう一回ちょっと
YouTubeで見たんですけれども、
あったあったって思ったんですけども、
当時ね、こういったね、
テレビゲームとかね、
LSIゲームとかね、
あとパソコンでもいいんですけどもね、
まあ、
今で言うところの、
ドンキーコングライク的なっていうんですかね、
まあパクリと言っちゃダメなんでしょうけども、
57:00
まあこういうのってね、
結構あったと思うんですよね、
みなさんも多分ね、一つや二つぐらいはね、
覚えてると思うんですよね、
ドンキーゴリラ的な名前のね、
なんかわかんないですよ、そういう感じのね、
クレイジーコングとかね、
なんか知らないですよ、そんな名前でね、
なんかドンキーコングじゃねえかよ、
これは見たらね、
まあそういう名前でね、
なんかありうというかね、
まあそういうのがね、
結構あったっていうのはね、
うーん、みなさんも多分
どっかではね、
みなさんはっていうか、
僕と同世代の方だったらですよ、
今年僕50ですけどね、
僕に近い年齢の人だったらね、
あーなんかそんなのあったかもなーみたいなね、
一瞬、
わかってもらえるんじゃないかなと、
思うんですけれどもね、
ただね、
このね、コンゴボンゴね、
そしてその元のね、
ティップタップですね、
アーケードのね、
これはひと味違うんですね、
実はですね、
この開発に参加している
池上通信機という会社、
そもそもがですね、
任天堂と一緒にね、
ドンキーコングの開発をね、
行っていたんですね、
まあただドンキーコングはね、
アーケード登場からね、
日本だけに留まらずね、
世界的に人気となったんですね、
特に日本でね、ファミコンが登場する以前にね、
アメリカではテレビアニメや
キャラクターグッズなどが出るほどの
人気作となっていたんですよね、
まあそんなドンキーコングなんですけども、
アーケードをね、
基盤を、
アーケード基盤をね、
任天堂が池上通信機に
無断で複製したことからね、
池上通信機がね、
契約不履行でね、
裁判座にしたんですね、
まあこの裁判ね、
後々話し合いによる和解となっているんですけどもね、
この裁判ね、
そもそも池上、
東京地裁ですね、
東京地裁に池上通信機がね、
申し立てたのがですね、
83年7月20日なんですよ、
そうなんですよ、
ファミコン、
そしてね、SG1000、
SC3000、
あと、
これファミコンと同時発売なんですけども、
ドンキーコングね、
ファミコン版のドンキーコングの発売日から、
たった5日後なんですね、
ちなみにですね、
ディップタップ、
ディップタップじゃなかった、
ドンキーコングがね、
アーケードに登場したのはね、
これよりね、
2年以上も前のね、
81年7月っていうね、
時期だったんですね、
まあこれもあくまで僕のね、
まあ考察的な考えなんですけれども、
池上通信機とね、
セガはね、
まあこのコンゴボンゴ、
そしてね、
アーケード版のディップタップをね、
発売するにあたってね、
正当化するためにね、
この発売、
あのー、
なんていうんですかね、
83年の7月にね、
1:00:01
申し立てをしたような気がするんですけども、
まあ今回調べてみてね、
コンゴボンゴのね、
発売日がね、
発売日というか発売時期っていうのまで
わかるんですけれども、
それが、
83年7月というところまでしか
わかっていないんですけれども、
ローンチおよびニアローンチ的な
作品だったところで、
任天堂からの横槍を
防ぐ意味でも、
裁判に打って出たんじゃないかと、
思うんですよね。
まあ当時はね、
僕もね、任天堂とセガがね、
水面下でゴリラを巡ってね、
裁判しているとはね、
知りませんでした。
まあこれがね、
後に言うね、
セガ・任天堂・ゴリラ裁判ですね。
知らないですよ。
その名前なのかどうかは
僕はね、
ちなみになんですけどもね、
さらにね、
ちなみにが続きますけども、
このね、
池上通信機がね、
東京地裁にね、
申し立てたね、
83年7月20日、
その翌日になるね、
21日、
任天堂は東京証券取引所
一部に上場しております。
まあ今現在も東京証券取引所
一部にね、
ずっといますけどもね、
任天堂ね。
まあなんか色々とね、
濃くてね、意味ありげだなぁとね、
僕は勝手にね、
妄想考察がね、
はかどるんですけどね。
まあ僕だけだとは思うんですけどね。
はい、というわけでね、
まあ、
ここまででね、
ちょっとかなり、
時間がかかってるということで、
まあ今回はね、
一旦ここまででね、
SG1000、
SG1000Ⅱ、
あとSC3000ね。
まあ、
Wikipediaさんなんか見るとこの辺りをね、
SC3000シリーズっていう風にね、
まあまあ全部同一、
ゲームとしてはね、
同一企画が動くんでね、
まあオセロマルチビジョンもそうですしね、
まあ一括りにしちゃってるみたいなんですけどね。
まあ今回ここまで
喋ってももうすでにね、
1時間超えてるっぽくてですね、
まあね、
マーク3のことまでね、
話し始めると多分、
もう1時間ぐらい
喋る羽目になるような感じだったんでね、
まあ一旦ここらで
締めようかなと思うんですけどね、
いかがでしたでしょうかね。
僕もね、そのマーク3から
購入したってのを何度も言ってるようにね、
なんですけれども、
このSG1000のね、
SG1000Ⅱのね、
時代っていうのはね、
1:03:02
リアルタイムというかね、
本体はね、
持ってないって、
あれだったんですけども、
ただマーク3買ってから、
やるゲームに
困ったっていうかね、
SG1000から入ってる
友人とかもいたんで、
まあ彼らからね、
ソフトを借りてね、
プレイすることはありました。
で、そうですね、
ファミコンとかをやってて、
僕の場合マーク3に移った
っていうこともあるんで、
言ってしまえばね、
ファミコンにちょっとグラフィックを
劣ってるっていうSG1000のね、
この時期の
ゲームっていうのは、やっぱしょぼかった
っていうのがあるんですよ。
でも、しょぼかったっていうのは
グラフィックだけであって、
うーん、
あの反応というんですかね、
キーレスポンスだったりとかね、
そういうのは決して悪かったっていう認識は
ないんですよね。
で、中には、
ああ、ファミコンで出てるあれって、
それよりも先にこっちで出てたんだ
っていうね、当時、
だから86年とかかな、僕、
その時にそういうのを知ったりする
タイトルもいくつもあったりするんでね。
あとですね、
あの、
ちょっとね、触れてないんですけども、
ロードランナーって皆さん、
ハドソンのね、あのロードランナーがね、
すごいイメージあると思うんですけれども、
これはね、SG1000、
セガも出してるんですよね。
で、ファミコン版はもちろん
ハドソンが出してるんですけども、
このセガの方はね、
なんと開発にコンパイルが入ってるっていうね、
どうです?今聞くとちょっとやってみたくなるでしょ、
どういうのかっていうね。
まあ確かグラフィック某人間っぽかったんで、
あの、今一つ、
なんか魅力はね、当時あんまり
ファミコン版のほうに
僕の中では負けたんですけども、
ただ開発コンパイルだって言われてるとかね、
で、同じステージが
あの、ファミコン版とね、
展開されてるのかどうかっていうのも、
ちょっと僕もね、いまだに分かんないんですけども、
考えるのを一回やってみてもいいかなー
と思ったりするんですよね。
まあそういう感じでね、
いろいろとこの時代の
ね、セガの
なんかゲームのね、
まあ、
コンシューマーハードに対する
意識っていうのも
ちょっと面白かったりはするなー
と思うのが一点と、
やっぱり、これはね、
あの、ファミコンと
発売日が同じ、
このセガのSG1000、
SC3000なんですけれども、
やっぱりファミコンとね、
比べた時に、
その
売れ行きとかっていう
ところではなくてね、
やっぱり
面白いぐらいにね、コンセプトが
違うよなーっていうのもね、
今回調べてて分かったんですけども、
やっぱりセガのね、ほうは、
もうアーケードからの
移植っていうことを
念頭に置いた、
やっぱり環境づくりというんですかね、
1:06:00
そういうのをやってるかなーという
イメージがすごい強いですね。
現にソフトの大半がやっぱり
アーケードからの移植だったりするっていうところがね、
やっぱあるんですけども、
もちろんこれはね、ファミコンにもね、
あったりはするんですけれども、
ね、ただのちのち
というか、まあね、
早い段階でやっぱり
それができないということをファミコンは
知ってて、あのね、
ファミコンのサードパーティーだったりとかもね、
含めて、
まあどっかで気づいたんでしょうかね。
で、そもそも任天堂自身が、
うーん、
最初からの
山内博社長ですね、
当時のね、
は、あの、
面白いものを作れば売れるんや、
みたいな感じのね、
確か思想だったと思うんですよね。
任天堂自身は。
つまりアーケードに固執してない
っていうところがね、
これが意外とやっぱり明暗を分けた、
最大の要因だったんじゃないかなと、
僕は思うんですよね。
まあだからといってね、
まあセガのこのSG1000とか
SG1000Ⅱがね、
悪かったのかっていうと、
ビジネス的にはね、
負けちゃったっていうところはあるんですけれども、
でも無駄ではなかったよなっていうのは
やっぱり思います。
まあ、僕もね、
いくつかのゲームさせてもらったし、
当時ね、
やっぱり、
僕がね、まだ
ファミコンを所持する前に、
いやファミコンを所持した後も
遊びにちょくちょく行ってたこの中にね、
あの、
忍者プリンセスっていうね、
ゲームがね、
当時アーケードで出てたんですけども、
これがね、出てるんですよ、セガには。
まあこの忍者プリンセスはね、
ご存知の方もね、
いらっしゃるとは思うんですけれども、
ちょっとまあ、
名前出していいのかって
いろいろ悩むんですけども、
僕はね、でもね、
ある意味セガのね、
中で、
最初にこの人の名前を覚えたっていうぐらいね、
僕が最初から崇拝してた
プログラマーの一人ですね、
セガのね、
中雄二さんがね、
なんか研修科なんかで
最初に作ったのが、
アーケードにね、
あの、
出来がいいからなのか、ちゃんとできてるからなのか、
ちょっと理由はちょっと忘れましたけど、
あの、
アーケードに出たっていう、
ほぼほぼ中さんが作られたっていう感じでね、
まあその、
忍者プリンセスなんですけどもね、
僕その、今回やるにあたって、
ああ、そういえば忍者プリンセスってあったなと思ってね、
たぶんね、
僕がね、よくバカな名前で、
いわゆるこのミスリル伊藤だったりとかね、
そういう変なカタカナと名前をね、
足すっていう、
ルーツは意外と忍者プリンセスなんじゃないかな、
とか思ったりするんですよね。
何せ忍者だけどプリンセスなんだみたいなね。
しかもね、
今だったらウケるんでしょうけどもね、
80年代前半にね、
1:09:00
忍者だって言ってんのにピンクのね、
忍びの衣装着てて、
たしか、
女の子を、
なんか金髪の女の子だったと思うんですよね。
当時もポップですけどね、
今思うとね、
たぶんもっとポップに見えるんだろうな、
とか思いながらね。
あれをなんかね、
持ってる子がいてちょくちょく遊びに行った覚えはありますね。
そういう意味で、
そうですね、
意外と手にはできなかった
ハードではあるんですけれども、
まあなんか思い入れ、
っていうか、
今回調べてみると結構やっぱり、
セガらしいなあと思いながらも、
別にね、
バカにする意味じゃなくてね、
なんか、
なんて言うんすかね、
愛らしいっていう意味の、
セガらしいなあっていう感じがすごいね、
方々からね、
感じ取れる、
あの、
ハードだなあと思ったからね。
何せマーク3とね、
マーク2じゃない、
マーク2って言ったらダメだな、
SG1002か、
SG1002と、
ほぼ同時期にマイカード出す
って言ってんのにね、
マイカードのスロット付けてないっていうね、
ちなみに、
マーク3はね、
まあ次回ね、
言いますけども、
次回改めて言いますけども、
カードスロット付いてますからね、
カートリッジスロットとね、
一緒にね、
この辺のちょっとね、
ワンテンポ遅れとるかなみたいなところのね、
この可愛さがね、
僕はなんかすごい好きでね、
やっぱり今回そういうのもやっててね、
あの、
セガらしくて面白いよなあ、いいよなあ、
愛すべき会社だよなあ、
こういうところなあと思いながらね、
今回だからやってて、
まあね、
意外とセガってやっぱり、
面白い会社だよなあと思いますね。
で、あとね、
今回これをやるのにあたってね、
確か去年だったとは思うんですけれども、
セガをね、
代表するね、
社員さんの中に、
奥成洋介さんというね、
方がいらっしゃると思うんですけれども、
まあ奥成洋介さんね、
今セガで偉い方だと思うんですよ。
メガドライブミニだったりとか、
僕もね、あんまりセガの動画とかは
あんまり見ないんですけれども、
そのメガドライブミニとかのね、
発表の時とかにね、
よく出てらっしゃったりとか、
うーん、
現在の立ち位置はどういう役職かとか、
詳しくは存じないんですけれども、
なんかセガっていうとこの方を
最近はね、すごい思い浮かべることが
多くてですね、
なんか僕もかつて、
何度かセガに関する
ツイート、
ツイートだったと思うんですけど、
ポストじゃなくてね、
向こうにやるとやっぱいいねしてくれてたりとかね、
覚えてるんですけれども、
そんなね奥成さんが、
多分去年の7月15日とか、
そうなのかな、
多分その辺だったと思うんですけども、
1:12:00
まだ奥成陽介さんが
奥成少年だった頃ですよね。
奥成陽介くんだった頃だと思うんですよね。
嬉しそうにね、
SC3000をね、
買ってもらって、
それを抱えて喜んで、
嬉しそうな顔して、
写真に収まってるっていうのをね、
その、
ツイッターに上げててね、
僕はその写真を見たときに、
すごいいい写真だなと思ってね、
当時ね、
それが、
奥成さんはSC3000っていうね、
そのハードにね、
未来を感じて、
嬉しそうに買ってるんですよね。
あれって多分まあ別に、
ファミコンでもね、
他のゲーム機でもいいと思うんですよ。
カセットビジョンでもね、
何でもいいと思うんですけども、
まあ奥成さんはそのSC3000をね、
手に取ってその嬉しそうにしててね、
まあ後にね、
まさか自分がセガの社員になるとは、
当時は思っても見なかったでしょうけども、
あの写真がね、
僕の中では結構今回、
記事を、記事というか今回ぐらい、
この企画をやるにあたってね、
結構頭の中からね、
離れなかったかなと思って、
ああいう少年が他にも、
何人もいたんだろうなと思うとね、
なんかね、
今の子供が、
スイッチを買ってもらったっていう、
以上にね、
やっぱ貴重だったとは思うんですよね。
そういうのって。
まあ今はね、今で、
それがスマホだろうが、パソコンだろうが、
ゲーム機だろうが、
ねえ、お子さんは親に買ってもらうんですけども、
ねえ、ただ、
それってもう、
ある程度親もね、
理解した上で買ってるじゃないですか。
そういう文化としても、
熟成されているもんですから、
だけど、
オクナリさんが、
そのSC3000っていうのをね、
買った時のあの、
にこやかな顔っていうのはね、
買ってもらったことの嬉しさとともにね、
何かを勝ち取ったような顔っていう感じにも見えてね、
だからこそね、
なんかすごい僕も親近感を感じてね、
すごいあの時の、
なんか嬉しそうな顔してるなーっていうのはね、
思い起こされてたんですけどもね、
まあ、
それもね、ちょっと思い出してね、
今回ちょっと探したんですけども、
なかなか見つからなくてですね、
まあでも、またなんかの、
機会にはね、
あのー、
出してくれるとは思うんですよね。
特にオクナリさんは、
あのー、ちょっと今調べながら話しますけど、
いくつかね、
本も作る、あのー、書かれてると思うんですよね。
確か。
あのー、
なんでしたっけ、セガハード戦記っていうね、
まあこちら僕ちょっといまだに、
まだ読んでもないんで、
何とも言えないんですけども、
結構興味をそそる内容だとは思うんでね、
まあね、
ちょっと、
時間があればまたね、
買って読みたいなーとは思うんですけどもね。
まあそんな感じでね、
結構お待たせした上にね、
1:15:01
お待たせしたというか、
まあまあ告知はしてないんですけどもね、
今回のね、セガ特集ね、
これ最初はマーク3を
喋ろうと思ってね、
考えたらね、
資料を作った方がいいなと思ってね、
そしたらね、
マーク3に至るまで、
までの話でね、
こんなにね、
内容濃かったかって思うとね、
この後がね、
まだね、濃いとか、
言うとプレッシャーになるんですけども、
でもちょっとまたそれはそれでね、
あるんでね、
でまあ僕自身もね、
思い入れが強いのは、
どちらかといえば、
SC3000とかSG1000というよりは、
マーク3だったりするんでね、
まあね、そこに至る前でもね、
もう60分超えになっちゃってるっていうことでね、
一体どうなるのかちょっと分かんないんですけどもね、
早々にね、
またあの続きをね、
とって喋りたいと思います。
でまあね、
もしよかったらね、
まあこれ聞かれてる方で、
SC3000とかSG1000とかね、
SG1002でもいいんですけども、
この辺のね、
セガのゲームにね、
ちょっと思い入れのある方で、
あれはああだったよ、こうだったよとかね、
まああとこのゲームが面白かったみたいなね、
感想がね、
教えていただけたらね、
またハッシュタグ、
あのしゃべろくで、
ひらがなにしゃべって書いた後、
数字の6入れてもらって、
ツイートしていただいたらまたね、
僕が拾いに行って、
まあ番組内で紹介させていただこうかなとも思ってるんで、
まあよろしくお願いしますと。
あとね、
最後になりますけども、
この辺の世代のゲームもね、
どうでしょうかね、セガさんね。
ミニとかでね、
出すってのはしんどいんだったらせめてね、
スイッチでもいいですし、
プレステでもいいんですけども、
なんかまとめて、
一本のソフトとかにね、
出せる分だけでもいいんで、
出してもらえないかなとは思うんですよね。
これはね、後継のマーク3でもね、
思うんですけどね。
あたりさんなんかもそういうことやってますしね。
いやまあ、ねえ、
セガさんはこれは、
可能なんじゃないのかな、
やろうと思えばっていうね。
ねえ、そういう感じでちょっと
考えてたりするんで、
なんかぜひともね、
もちろんね、
グラフィック的にはファミコンに負けてるとは言ってね、
一定数SG1000、SC3000、
というかこの世代で、
このファミコンじゃなくて、
あえてこっちをやってたっていう人もいらっしゃるし、
でしょうしね。
で、むしろ、
僕みたいにね、
1:18:01
マーク3から触ったとかね、
逆にファミコンしか触ってなかったっていう人も、
じゃああの時のセガってどんなんだったんだろうっていうのをね、
興味も持ってる人も、
まあいるでしょうから。
ねえ。
そういう人たちに向けてもね、
どうでしょうかね、リリースしてもらえると、
嬉しいなとか思ったりはしますけどね。
まあなかなかね、ニッチっていうことで、
商品化ならないのかな、
わからないですけどね。
まあそんな感じでね、
ぼちぼちね、
終わっていきたいと思います。
まあ次回ね、早めにね、マーク3についてはね、
また喋ってる回を、喋ってるっていうか喋る回をね、
まあ早急に撮って、
アップしていきたいと思います。
まあそれではね、今回はこのあたりで、
失礼したいと思います。
それでは聞いていただいてありがとうございます。
01:18:57

コメント

スクロール