1. ミスリル伊藤の喋って喋って60分!!
  2. 第四十回【俺のセガ道1:マーク..
第四十回【俺のセガ道1:マークⅢ/マスターシステムの時代】
2024-04-27 1:34:29

第四十回【俺のセガ道1:マークⅢ/マスターシステムの時代】

SEGAマークⅢ/マスターシステムについて喋ってます。自身が初めて手にしたSEGAのゲームハードということもあり思い入れたっぷりかと思ったら、意外に薄っぺらいです。 SEGAハードの発売周期がおかしい/赤い光弾 ジリオン/版権ゲームのお手本「北斗の拳」/SEGAハード、海の向こうに渡ってみれば… ※番組コメント等は、#しゃべ6 でお願いします。 ※メールからのお便りもお待ちしております。 ※お寄せ頂いたコメントは、番組内で紹介する可能性があります。 番組公式 Xアカウント https://x.com/syabe6_podcast?s=11&t=sfoZQzs_14mZk_KJNvuewA お便り用メールアドレス syabe6@hotmail.com


感想

まだ感想はありません。最初の1件を書きましょう!

00:03
はい、お疲れ様です。 前回ね、あの
セガのね、SG1000、 SC3000、 SG1002
について、まあ喋っていったんですけれども、まあそもそもは今回のね、この企画っていうのは、僕が人生の中で初めて入手したハード、セガハードがですね
セガマークⅢだったんですね。で、まあ人生の中で2番目に
入手したセガハードは、セガマスターシステムということで、まあ意外とね、なんかあのセガのハード
結構ね、歴代のセガハードって、なんか結構いろんなところでやっぱりいじられるというか、振り返られる機械って
まあまあファミコンとかスーパーファミコンもそれあるんですけども、
セガのハードもそれなりにそういうふうに振り返って 脚光を浴びる瞬間というのがあるんですけれども、なんでかメガドライブとかサザンとか
ドリームキャストとかっていうのに比べると、このマークⅢマスターシステムって結構マイナーなんですよね。
でまあ、もっと言うとね、それより前のハード、SC-3000だったり、SG-1000、SG-1002もね、
それはマークⅢマスターシステムが
ちょっと日の目見にくかったら、当然そっちもね、日の目見にくかったりしますよね。まあで、まあ僕はね、
そのマークⅢマスターシステムっていうのをやっぱり買って、掃除して、まあプレイしてたっていうね、時期があったんで、
これについて喋っていきたいなって思ってたらですね、 まあ最初はね、
ペラペラとね、 喋ってたんですけど、まあまあもともとはね、
もう今ボツになってるね、 内容はですよ。
ですけど、まあねえ、
なんて言うんですかね、考え持って、
wikipedia さん見持ってっていうところで、意外とね、情報も、
なんて言うんですかね、まあ 不確かってわけではないんですけども、まあwikipedia さん見ながら喋ってたっていうこともあって、
ちょっとなかなか雑な仕上がりだったんで、
そうなんですよ、結局1ヶ月ぐらいかかってですね、もう1ヶ月過ぎちゃってるんですけどもね、
今現在に至ってね、
まあ今日撮り直しているという感じですね、あの、 資料を作ったりとかですね、まあそんなことをしながらね、
ということで、 まあ今日はね、やっと前回からSG1000からSG1002、
まあそしてSC3000のことなんかを喋ってて、 でも今回やっとあの僕が所持してた、それこそねマーク3マスターシステムのことについてね、
03:05
喋っていこうっていうことでね、 やっとまあ本題っていうかですね、
に来れたっていうことでですね、 だから今回はねー
どれぐらいの長さになるのかわかんないんですよね、 というのもね、まあそれはお前がハマってたからいっぱい喋るんじゃ
ないのかっていうふうに期待されると困るんですけども、 実はですね、まあセガのマーク3マスターシステムってのは確かに持ってるんですけれども、
そうなんですね、そんなにあのプレイ期間が、
どれぐらいあったかっていうことも、 ちょっと後々関係してくるんで、
その辺も込みでね、まあ ちょっと話していけたらと思うんですけどね、
そういうちょっと悲しいハードっていうところもね、 反面あるところがあってね、
その辺もね、込みでちょっとペラペラと喋っていけたら、 いいかなと思っております。
それではね、 まあそのマーク3の件から、
件っていうの言い方もあれですけど、 まあセガマーク3のことからね、喋っていこうと思うんですけれどもね、
セガマーク3の発売日っていうのがですね、 1985年10月20日、
価格は15,000円ですね。 でまぁ、
ここでね、やっと本体にね、 今まであのカートリッジスロットだけはね、
SG-1000もSG-1002も 搭載されてたんですけども、
SG-1002からね、 出たっていうね、セガマイカードっていうね、
カード形状のゲームソフトが出たっていうのを 前回にお話ししたと思うんですけど、
まあやっとね、ここでね、確かSG-1002と ほぼ同時期に発売されたはずなのに、
なんとね、セガマーク3からやっと、 このカートリッジスロットに加えてね、
カードスロットもね、標準装備でね、 カードキャッチャーっていうね、
カードを読み込ませるためにね、 カートリッジスロットに挿すね、
カードリーダーみたいなのがね、 いちいち装着しなくても読み込めるよっていう。
えー、ちょっと1年遅れましたね。
でまぁ、ちなみに僕はやったことがあるんですけど、 このマーク3のカードスロットに、
カードキャッチャーを挿して、 それでもマイカードって読むのかなって読めるんですね。
いや、1回2回それをやって、バカな絵面だなと思って、 まあ二度とやらなかったですけど、
1回2回ぐらいはやっと。
でね、まあまあ、ここでね、前回のね、 おさらいの意味でね、
今一度ここで言っておきたいんですけど、
06:03
1983年7月15日、
SG-3000、コンピューターのほうですね。
ホビーパソコンで。 そしてSG-1000、こちらゲーム専用機ですね。
これが1983年7月15日にこの2機種が堂々発売されました。
そしてその1年後、1984年7月ですね、
SG-1002発売です。 1年後ですよ。
そしてその翌年のね、1985年10月ね。 1年3ヶ月経ちました。
それが、
マーク3発売ですよ。どうですか? こんなに毎年毎年本体ってね、
出るもんなのかって思いません? 僕もちょっとね、今回調べててね。
僕はマーク3からだったのでいいんですけど、 これ本当にね、
SC-3000とかね、
SC-3000はまたパソコンっていうね、 あれがあるんですけど、
SG-1000買った人からしたら、 本当に毎年毎年買ってた人っていうのもね、
いたんじゃないですかね。 どうなんでしょうね。
こんなにでも本体って毎年毎年出るなんてね。
こんなにね、毎年出るってどうなんでしょうね。 でね、僕もちょっと調べたんですよ。
こんなに頻繁に毎年出るハードってあったのかな、 過去って。
この83年とか85年もそうなんですけど、 オリジンもバブルですよ。
日本はね。
だからまあ、どうなんでしょうね。 僕はそれを、
まだ小学生なんで、謳歌してるっていう気持ちは まるでないんですけども、
例えば親がね、金持ってるから、毎年毎年ね。
しかも同じ種類のね、同じメーカーの 同じ規格のゲーム機をね、
毎年毎年買うかっていう話なんですよ。 よくわかんないですけどね。
今回調べてみてですね。
どうなんだろう、この同世代機とかね、 この近辺のね。
ファミコンはもうおなじみのね、 ファミリーコンピューター、任天堂のね。
これだけなんですよ。
あのツインファミコンってのはシャープですしね。
で、ニューファミコンとかAVファミコンと呼ばれるのは、 あれはずいぶん後に出てる機種なんで、
スーパーファミコンよりもね。
これもね、全然違うじゃないですか。
でね、近いところだとね、この後に出るね、 PCエンジンっていうのがね、
近いって近いんですよね。 本体のバリエーションが確かにいくつか出てるんです。
でもね、あれだってね、87年のね、
初代PCエンジンですね。 ワイトというかベージュという、まあ白ですよね。
その初代から2年を経てやっと、 廉価版やモデルチェンジ版が出たりね。
あと用途や機能の違いによる独自本体みたいなのを 出してたりね、してあんですけどね。
09:02
セガはね、毎年モデルチェンジですからね。
しかもね、最初のモデルの翌年にいきなり出たのは、
フレイフィールね、もう感覚ですよね。 遊ぶ感覚がちょっと変わるコントローラーね。
まあ大幅な変更というかね。 まあそれは縦持ちするような
コントローラーからね、いわゆるファミコンと同型っていうか、 同じような
デザインのね、コントローラーに。 翌年にはもう変わってる。
これだけで多分ね、SG1000とSG1000Ⅱでね、 結構同じゲーム機ではあるんですけども、
アドバンテージ違うと思うんですよ。 それをね、なくなく手に入れたらね。
その時点でね、次の年にもう一回1万5千円出して ゲーム機買ったわけですよ。なくなく手を出したり。
それで終わりだろうと思ってたらね、 その翌年にはね、
前の2年よりもね、もう良いものが出ちゃってるっていうね。 ここまでの3機種をね、本当に全部買ってきちゃった人っていうのはね、
今思うとね、本当のセガ信者ですよ。 それがもうセガ嫌いになってるからどっちかだと思う。
多分ネットがこの頃はなかったから良かったんでしょうけども、
今ならね、結構大炎上とか大クレームになりかねないですよ。 完全版商法とかレベルじゃないですからね、やってることはね。
毎年本体買わせるっていうね。 ただね、この翌年はね、
この85年のマーク3発売以降は何事もなく、この翌年はね、 ハードの方は出ずに過ぎ去るんですよ。
ただ、マーク3発売からね、1年は持ちこたえたんですよ。2年後には。
10月18日ですよ。 本当に2年とね、2年経ってないんですよね。
2年っていうか、まあ
1年と363日ぐらいですかね。
10月18日にね、セガマスターシステムが登場するんですよね。
まあね、これでね、SG1000から続くね、一連のセガのハードは一旦止まるんですよね。
まあいわゆるね、SG1000から確かにマーク3っていうのは性能が上がってるんですけれども、 いわゆる同世代機と言っていいと思うんですよね。
ある意味ね、まあそのね、ハードがね、 一旦止まるんですよ、ここで。
87年10月18日。 何せね、
マーク3でもね、 ファミコンより色鮮やかだったのに、そこにね、FM音源とね、
12:02
マーク3ではね、連射機能っていうね、マーク3の方だとね、周辺機器を出さないとね、
出さないとっていうか、周辺機器を買わないとね、実現できなかったね。
まあいわゆるオプション機能をね、別途買わなくちゃならなかったので、標準装備してね。
本体はマーク3のね、15,000円からね、 たった1,800円のね、アップのね、16,800円。
まあ2年で出しちゃったっていうのはどうかっていうのもあるんですけど、 まあもう完璧でしょ、でもこれでね。
もう最終形ですよね。 事実この後ね、これでね、1987年10月18日でね、
マスターシステムが発売されたらね、このいわゆる先ほども言ったように、 SG線から続く世代の
セガのね、ハードはね、一旦ここでね、 ハードのもう、何て言うんですかね、デザイン変更とかもなくね、ここでやっと止まるんですね。
いわゆる、だからマーク3っていうのはこの型のね、 最終形態、もう完璧ですよ、完成形ですよ。
僕もそう思ってました。 僕も完璧だと思いましたし、
そう思って、 当時買いました。
なにせマーク3っていうのは、 86年当時にアメリカで、まあデータ、
マスターシステムっていうのは、 86年に、
北米向けに作られたマーク3だっていうことで、 まあ本体デザインが変わったりとかね、
周辺機器がいろいろとね、ついてね、 発売されたっていうやつなんで、それを日本に逆輸入する形で、
だからアメリカの北米のマスターシステムとも若干違うんですよね。 例えばFM音源だったり、
ラピッドファイヤーだったり、標準搭載されてたり。 逆にアメリカのと、
より良くなってるんですよね、そういう機構的、 機械的な意味ではね。
アメリカのやつっていうのはもう、 中にはいくつかのモデルがあったんですけども、
一番有名なのはやっぱりあの光線銃ですね。 光線銃ユニットって言うんですかね。
それが同梱された パッケージがアメリカで売られてた。
そういうのはもうファミ通さんあたりのゲーム雑誌って、 当時僕も耳にしてたんで、目にしてたんで、
87年のね、日本でのね、ある意味、 外戦的な意味も込めて、
発売されたっていうのをね、しかも1800円でね、 アップグレードした状態でね、
1800円高くなったというだけでね、 リリースされたっていうことなんで、
まあもうこれはもうご主義だっていうところも あったんでしょ、僕も。
買いました。 完璧だと。
15:00
これ以上の上はねえだろうというふうに 思ってたんですね。
ただね、そんなね、
僕の思いとは裏腹にね、 この1年後、
88年10月29日には、 あのメガドライブが発売するんですよね。
結局1年しか持たないんですよね。 このマスターシステムもね。
持たないっていうかね、1年でね、 セガのね、新たなハードが出てね、
お役御免っていう、 まあでもある意味お役御免的なところですよね。
ちょっとだからまあそういう意味でね。 毎年毎年出してるんですね。
先ほど言ったようにね、僕は、 85年のね、10月20日。
まあこの発売日にマーク3を買ったわけではなくて、 年が明けてからだと思うんですよね。
それこそ、北斗の剣かな。 あれが出た後ぐらいだと思うんですよね。
買ったっていう意味では。 まあそういうこともあって、僕自身がね、
その親戚、親戚じゃない、友達のね、 お兄さんがあの、
何本ゲーム持ってたんですよね。 もうそれを見せてくれたんですよね。
で、それに感化されてですね、 特に北斗の剣に感化されて僕、
買っちゃったっていうことで、これがですね、 どうでしょう、86年の7月20日に北斗の剣って、
日本国内では出てるんで、まあ少なくとも、 僕はやっぱり発売した年、
85年には買ってないっていうことで、 北斗の剣以降だったと思うので、
僕ね、覚えてるのは秋口だったと思うんですよね、86年。 その頃だったんでね。
86年の秋口でマーク3を買って、 でもね、覚えてるんですよ。
マーク3を買って、結構遊び倒してたんですけども、 逆にマスターシステムを発売日に買ってるんで、
僕自身はやっぱり毎年のように、マーク3から マスターシステムの翌年には買ってるっていうことですね。
今これ見て、ちょっと資料を見てね、 俺一年ごとに買ってるわ、一応ね。
そんな感じでね。結構意外とね、 だからマーク3から
性能がね、ちょっとグラフィックの 表現能力が変わったっていうことでね。
それまでのSC-3000、SG-1000、SG-1002ね。
あとオセロマルチビジョン、互換性をね。 互換機ですね。
18:01
前回お話しさせてもらったと思うんですけれども、 それとの互換性は維持しつつ、
グラフィック面を強化したマシンというのが このマーク3なんですね。
これまでに出た機種もね、それなりに 成果を収めていたんですが、
もともとホビーパソコンであるSC-3000を ベースにしていることからね、
セガが得意としていたアーケード作品の 移植っていうのがね、
当時性能面では弱かった点を克服するためにね、 開発がこのマーク3というのをスタートしたらしいんですよね。
ただ、このコンシューマー開発の目論みと アーケードの補充がね、
微妙にずれてしまうんですよね。 というのもね、
マーク3発売の半年前に、 アーケード部門はハングオンをリリースしてしまったんですね。
その後もね、スペースハリアーを出すなどね、 マーク3登場時にはもうすでにね、
アーケードでは16ビットCPUによる新たな表現能力とね、 そこから来る新たな体験というのを提示してしまってね、
自社のアーケード最新作の移植をマーク3で実現するっていうね、 点ではね、また差をあけられるんですよね。
人気最新アーケード作品っていう意味では、 特にその当時セガは体感器を出し始めた頃だったんで、
テーブル型の筐体のものに関してはある程度、 まだ移植の道はあったんですけども、
ただやっぱりあの、皆さんもそうだと思うんですけど、 スペハリだったり、ハングオンだったり、アウトランだったりってやっぱりやりたいわけ。
アーケードで出てるもの。それのちょっと完全移植っていうのが ちょっと難しかったということでね。
この辺にね、セガっぽいなーっていうね、 誇張が取れてないところ。
まあ、感じもしますしね、セガっぽいなーっていうね。
まあ、このね、マーク3発売のね、 1ヶ月ね、ちょっと前なんですよね。
何かっていうと、85年10月、 この1ヶ月前に、1ヶ月前に言わず、
実は任天堂はね、あの、あの伝説のね、 スーパーマリオをリリースしてるんですよ。
そういう意味でもね、何かいろいろとね、 タイミングの悪さみたいなのもね、あってね。
セガらしいですよね、そういう意味でもね。 ただね、当時の任天堂はね、すでにもう、どうなんでしょうね、
コンシューマーオンリーって言ってもいいの、 いいんじゃないかなと思うんですけどね。
21:01
まあ、それに加えて、それに比べるとね、 セガっていうのは、やっぱり当時、
まだまだ活躍の舞台というか、 それはコンシューマーではなくアーケードだったんですよね。
だから、アーケードの比率というか、 アーケードにすごい力を入れてて、
コンシューマーっていうのは、やっぱりまだまだ、 アーケードほどの力を入れてないっていうのが、
社風の問題っていうのもあるんですけど、 ただ、でもそれでもね、アーケードとコンシューマーって、
両輪で行ってたからこそね、このいわゆる、 アーケードとコンシューマーのね、
なんていうんですかね、補聴が合わないっていうところもね、
起きてしまった悩みなのかもしれないんですけれどもね。 これはね、ちなみになんですけども、
僕がやっぱり当時いくつかで聞いてた話によると、 やっぱりそもそもセガってのはアーケードゲームの
メーカーっていうこともあって、やっぱりアーケードに、 社内ではね、基準を置いてたっていうところがあるんですね。
で、僕が聞いたのは、学歴によってアーケードの方の開発に行くか、
コンシューマーの開発に行くか、 その学歴によって完全に左右されるっていう話まで聞いたことがあります。
具体的に言うと、大卒ならアーケードの開発にね、 開発職を希望している人だったら、だとは思うんですけれども、
学歴で大学卒業してたらアーケード行けるんですよ。 だけど高卒とか専門学校だったりすると、
コンシューマーに入れられるっていう話が、やっぱり当時言われてたみたいで、 例えばなんですけれども、
後にね、ソニックの産みの親になるね、中雄二さん、 実は大学行ってらっしゃらないということで、コンシューマー開発の方に行ってらっしゃるんですよね。
あと、聞いた話によると、例えばアーケードの方の開発で、 例えばミスばっかりしてる人がいるとか、
お前そんなミスばっかり繰り返すと、コンシューマーの方に配置転換するぞっていう、 いわゆるその左線的な意味合いでね、コンシューマーの開発を部署に飛ばすぞっていうね、
今となったと、学歴で配置場所が変わるっていうのは問題でしょうし、
いわゆる脅しの意味合いで、お前コンシューマーに飛ばすぞみたいな感じで使われてたけど、 これも今となったら問題なんですけれども、
80年代っていうのはそういうね、やっぱりコンプラ的にはね、 まだまだ問題のあった時代だと思うんですよね、今の価値観に比べると。
24:04
そんな感じだったので、ただ僕からすると、
やっぱり中祐治さんがコンシューマーの方でプログラムをしてくれてたっていうことで、 国土の件と出会えたと思うんですよね。
先にソフトの件については後々も話をするんですけれども、 前回でも僕話してたと思うんですけども、
忍者プリンセスっていうゲーム、あれ中祐治さんがやってらっしゃるんですけども、 今回もマーク3に至っても中祐治さんの功績っていうのが結構大きかったりするんですね。
まあ僕がやってた北都の件だった方がね。 実は中祐治さんがプログラムを組まれてて、非常にあの敵の雑魚的なバランスっていうんですかね、
動きのバランスね。ステージごとに攻撃方法が変わる。 ゲーム全体のクオリティなんかもね、非常に良かったっていうのだけは覚えています。
楽しかったですね。あんまり出しちゃ悪いんですけども、東映動画が作ってたファミコン版とは到底比べ物にならないぐらい。
ハンケンのゲームでここまで面白いもんってあるんだ。 当時はハンケンを使っただけで売れるっていうね。
そういう実績もファミコンでは出ちゃってしまってたことがあって、 いわゆるハンケンイコールクソゲーなんていう認知も僕の中にもあった中で、
セガの北斗の剣は、マーク3用の北斗の剣っていうのは非常にクオリティが高くて、 キャラゲーでもこんなに面白いもの作れるんだってね。
非常に感心したし感動した作品だったりするんですよね。 これも中央裕司さんが携わっていらっしゃいますし、この後もね、
ソニックに至るまででもね、やっぱり結構僕は中央裕司さんの作品、 当時は知らなかったんですけど、
触れて楽しませてもらった。 当時ね、このセガが学歴であったり、
バツとしてコンシューマーに回すっていう、 先ほど言ったように今のコンプラでは
到底受け入れられないような施策を当時やってくれてたからこそ、 僕は中央裕司さんの作品に出会えたのかなぁとは思ったりはするんですけど。
ただね、トータルで見てみても、85年から88年の10月に発売されるメガドライブまで、
たった5年しか稼働時間というかね、 現役のセガを代表する現役コンシューマーゲームとしての
27:03
在籍期間を持たされてないっていうね、やっぱりその
第一線に立てた時期って非常に短いハードっていうことも、 関係してか、やっぱり当時は
持っている人間も少なかったですし、後々、 やっぱり日本国内ではリスペクトされるっていうこともあんまり
振り返られることもあんまりなかったのかなぁという原因はね、やっぱりその
まあそれなりにファミコンよりはもちろんグラフィックの能力が強化されてますし、
いいタイトルっていうのも結構あったんですけれども、 やっぱり在籍期間が短かった現役として、
そういうこともあって、やっぱりファミコンに飽きた人たちって当時いたとは思うんですよね。
まあそういう人の受け皿になる前にメガドライブが出ちゃったとか、
まあそういうところもあって、やっぱり
まあなんていうかね、非運なハードっていう側面も非常に今回調べてて、
まあ非運なハードだったかなぁっていうふうには感じましたね。 それではね、まあマーク3ね、
登場した頃にね、先ほどアーケードのコンシューマーとではね、
やっぱり部署的な部分でも格差があるみたいな話はしたんですけれど、
ただやっぱりマーク3っていうのは一度出しちゃうと、それで頑張るしかないっていうことで、
先ほども述べた僕、中雄二さん、プログラマーのね、
この方はやっぱり僕が尊敬するプログラマー、セガをね、代表するプログラマーの一人だったんですけど、
この方だけじゃなかったとは思うんですよね。 やっぱりコンシューマーチームというんですかね、この方々が
やっぱりそのアーケードをね、なんとか追いつこうっていうふうに頑張っていたんだなぁっていうのはね、
すごいわかるという話に、まあ先ほど言ったようにね、アーケードで出ている16ビットのCPUで動く
スペースハリアーであったりとかハングオン、アフターバーナーっていうのをね、なんとかマーク3に移植しようっていうことでね、
いろいろ試行錯誤してね、まあ、
移植実現してくれるんですよね。まあもちろんね、やっぱりアーケードに比較したらちょっとっていうところはあったとは思うんですよ。
まあ僕もね、アフターバーナーなんかは結構やっぱり、
30:01
スピード感はね、確かにアーケードには劣ってたけども、アーケードにはない独自要素みたいなのが逆にね、
コンシューマーに移植したらこうなるよなぁっていうところもね、わかってたんで、まあすごい、それはそれで、
アーケードはアーケード、コンシューマーに移植したやつっていうのはね、こういうふうな仕上がりになるんだなぁっていう中でね、オリジナル要素を入れてくれてたおかげもあって、
それはそれで楽しましてもらいました。
でですね、まあ今回ね、まあね、いろいろと見てた中でですね、
SG1000の頃から、83年からスタートしたこのね、最初のセガのコンシューマーハードなんですけども、
83年と84年のね、SG1000 IIまでの間っていうのに比べると、今回のこのMk3からね、
本当にね、ちょっとだけなんですけどもね、風向きっていうのが変わった感じもするんですよね。
で僕はね、当時はね、その風向きが変わったんだなっていうところまでは認識をしてなかったんですけれども、ただやっぱり今回調べていて、やっぱ当時って、
その、それまでのね、セガのハード、SG1000とかSG1000 IIのね、
が現役だった頃に比べると、確かに変わったかな、ハードというかソフトのね、ラインナップにしてもね。
っていうのは若干、Mk3から変わっててもね、
やっぱりあの玩具店、ゲームソフト売ってるセガをね、取り扱ってる店のラインナップであったりとか、いろいろ見てて、
裸んでもやっぱり、まあ本気なんだなって風に思ったかどうかは別なんですけども、
若干変わったのかなっていうのは、やっぱり多少ね、小僧なりにちょっと感じてたのも事実でね。
例えばなんですけども、それまで周辺機器っていうのは、100%、
まああの公式じゃないね、認可を取ってないっていう、出てた、多分認可を取らずしてね、出してた周辺機器なんて一個もないと思うんですよね。
このセガに関してはそれまでね。ただこのMk3からはね、やっとね、ライセンスを受けた多社製の周辺機器がね、
出てくるんですよね。そのジョイスティックでやったりとかね。でもそれですらね、やっぱりファミコンに比べるとやっぱりそれまでなかったものですから、
この85年の10月以降のMk3っていうのはね、そういう意味でもね、ちょっと変わったかなって思うんですよね。
あとね、今回調べててここも大きな変化点だろうなと思うのは、SG-1000以降ね、アーケードの移植っていうのがやっぱり多かったとは話してたと思うんですよね、前回でもね。
33:06
でもね、今回ね、前回もコンシューマーオリジナル作品っていうのは非常に少なかったんですけども、今回のMk3っていうのはね、やっぱり一段とね、SG-1000からね、
アーケードばかりだったっていうところを見直したっていうところがあってね、いわゆるオリジナルの作品の数がね、一段と増えてるっていう感じがあってね。
例えばなんですけども、先ほども話したポクトの剣、あとアシュラっていうゲームがあるんですね。
パッと見はファミコンの戦場の狼よりカラフルになったような、ああいうね、上からの見下ろしの縦スクロールのね、
シューティングのような、アクションシューティングですね、なんですけども。
わからない人はね、まあ動画検索してもいいと思うんですけども、まあ一番わかりやすい画面構成のイメージとしては、
戦場の狼だったり怒りに近いと思うんですよね。で、このね、アシュラっていうのはね、実はね、北米、アメリカだけなんですけれども、
乱暴怒りの脱出っていうね、あの映画ありましたね。
まああの映画のゲーム版、ゲーム作品としてね、北米ではリリースされていたりしますね。
またこのマーク3からね、他にもオリジナルアクションとして、まあ後にアーケードにも出たんですけども、
アレックスキッドのミラクルワールドね、このアレックスキッドのシリーズっていうのがね、
で、始めたのもこのマーク3からですね。特にアレックスキッドっていうのは、
まあセガが持つイメージキャラクターとしては最古参のイメージキャラクターでね。
まあそれでも数年ですけどもね、言ったようにメガドライブであのソニックがね、大ヒットしてからというもの、今に至るまでもやっぱり
セガの看板キャラクター、マスコット的な位置づけはやっぱりソニックに奪われたまんまなんですけれども、
だからそんなに在籍期間は短かったんですけど。
まあそれでもこのアレックスキッドの主人公、アレックって言うんですけども、この男の子がね、
セガの看板キャラになり、まあなっていた時期っていうのはね、
まあそこそこ何年か、数年なんですけども、あったんですよ。
まあこの時点って言うんですかね、アレックスの次ぐらいに来るのがオパオパだったりするんですけどね、ファンタジーゾーンに出てくる。
まあそういう感じでね、このアレックスキッドが出たのもマーク3です。
あとね、北斗の拳以外にも判件物っていうので言うとね、ハイスクール鬼面組ね、懐かしいですね。
36:01
あとスケバンデーかね。
あとアンミツヒメね。
これもね、アンミツヒメも確かスポンサーにセガが入ってたと思うんですね。
このアンミツヒメは日本以外ではね、アレックスキッドにキャラを差し替えられて、
アレックスキッドハイテクワールドっていうタイトルでね、国外では販売されていたらしいです。
あとですね、赤い光弾ジリオンとかね。
あとロッキーとかね。
他にですね、懐かしのコンパイルのシューティングのシリーズでね、アレスタっていうのが出たのもこのマーク3からなんですね。
海外名で言うとパワーストライクって名前で売られてたと思う。
あとですね、RPGをマーク3で出したんですね。
87年10月18日に、PCからの移植作品ではあるんですけども、
このマーク3版に対してはですね、セガが開発をね、移植開発をしていたということで、
ハジャの封印ね、これはファミコンでも出てたと思うんですよね。
ちょっとあの独特なね、マップとメタルフィギュアでね、現在地をね、指し示しながら冒険するっていうロールプレイングですね。
であとですね、まあセガのね、コンシューマー発にしてオリジナルRPGになるんですけどね、
現在もシリーズとしてはね、続いてるんですけども、
ファンタシースターシリーズね、その第一作ですね。
これが、87年10月20日にね、登場してるんですよ。
当時、僕もね、その1週間前の12月12日発売のね、アクターバーナーを買って、
約1週間後にね、ファンタシースターも買ってたんで、この時期というのはね、本当に個人的にマスターシステムにね、ドハマりしていました。
皆さんどうですか?マスターシステムとかマーク3持ってなかった方だと、87年の12月、年々末商戦ですよね。
この頃、セガの方でファンタシースターとね、アクターバーナーが出るっていうのはね、どれくらいの方がご存知なんでしょうね。
確かに当時ね、アニメにタイアップしてたんですよね。
アンミツヒメとか、赤い抗談ジリオン、こっちのほうにもタイアップしてたんで、
そちらでもCMとかをいくつか放映してたんで、もしかしたら存在自体は知ってる方っていうのはいらっしゃったと思うんですけども、
39:10
まあこの当時はマーク3所持してたユーザーの中で狂気乱舞できた時代じゃないですかね。
だいぶニッチな狂気乱舞ですけども、そういう感じでですね。
この後にね、いろいろと、まあ反県者が確かに多いんですけどもね。
そんな中でですね、これちょっとね、よれる話になるんですけども、
あの赤い抗談ジリオン、実はこれは反県者ではあるんですけども、ゲームとしてはちょっと変わった反県者で、
確かにテレビアニメになっている、セガがスポンサーを務める赤い抗談ジリオンというアニメがあるんですけども、
この赤い抗談ジリオンね、いわゆるジリオンっていうね、おもちゃがあるんですね。
これを反則するために作ったアニメが赤い抗談ジリオンなんですね。
経緯としてはセガが作ったおもちゃの反則アニメとして作られたアニメを、さらにもう一回セガのゲーム機でね、ゲームとして出すっていうね。
あのセガはですね、このね、それまでね、まあいく、まあまあセガこのジリオンっていうね、
物は何かというと、いわゆる光線銃と的ですね、をセットにして販売してたんですね。
ただその的っていうのはね、ジリオンという光線銃を買った時に一緒にセットになってるんですけどね。
まあその的っていうのを服にも装着することによってね、サバイバルゲームっていうのですかね、打ち合いですよね人との。
そういうのができるっていう設計になってまして、80年代ね、アメリカではね、安全にサバイバルゲームができる光線銃がね、流行った時期があったんですね。
まあフォトンなんかがね、有名なんですけれどもね。まあこの流れは今だとナーフとかになるかもしれません。
何せセガ、セガじゃない、あのアメリカではね、サバイバルゲームをするっていう、いわゆるおもちゃの銃で打ち合うっていう行為をすること自体がね。
本物の銃が出回っている国なので、極力おもちゃとわかるような銃っていう形をね、
制裁を取った状態で、そのゲーム用の銃、おもちゃの銃を作らなくちゃいけなかったわけで、
まあそんな中ね、フォトンっていうのが成功してた中で、まあそのね、アメリカでのね、人気にあやかって日本でもその流れをね、日本国内でもね、
起こそうとして出したっていうのがこのセガがね、開発したジリオンというおもちゃなんですね。
それまでにも本当にセガっていうのは、ちょっと変わったって言ったらあれですけど、ロボピッチャとかね、ちょっとした玩具はね、それまでにも出してるんですよね。
42:10
まあ多分その辺の流れだとは思うんですよね。また確かこの時期はセガトイズなんていうブランドもなかった時期だったんですけど。
ちなみに先ほど出たロボピッチャね、CMキャラクターはね、後にね、セガの社員にして広告党になったというね、
ゆかわ専務、若彼氏頃のゆかわ専務がされてるんですよ。このゆかわ専務、当時専務じゃなかったと思うんですけど、ロボピッチャの時から。
それ以外にもですね、SG1000の頃だったかな、これより前に、いわゆるセガのハードにつなげて、テレビにね、絵を描けるね、テレビお絵かきっていう主演機器がやっぱりあるんですけども、これにもね、お父さん役としてね、しれっと出てるんですけどね。
まさかその後ね、リアカーを引いてね、自社のハードを売りさばくっていうCMをね、スーツ着てやるとは思ってなかったんでしょうけどね、この頃。
そんなね、それは良いとしてですね。おもちゃを出したかったっていうところがあったんでしょうね。
これの反則番組としてね、セガ初のメディアミックス企画として放送されたアニメが、この赤い抗談ジリオンっていうアニメになるんですけどもね、アニメ自体のスポンサーがね、もちろんセガということもあってね、アニメ内ではマスコットキャラにファンタジーゾーンのね、オパオパが出てたりとかね。
でまぁ、先ほども言ったようにね、このアニメをモチーフにね、最終的にはゲーム作品を出すんですけども、このマーク3用で2タイトル出してるんですね。
でまぁ、これはね、結構面白い経緯で、おもちゃを売ろうとして反則アニメ。反則アニメなんですけれども、それの出来が良いからっていうことで。
確か当時、アニメ雑誌なんかでも結構人気、このジリオンに出てくるキャラが人気者としてね、取り扱われてたと思うんですよね。
でまぁ、そういうこともあって、ゲーム作品は2作品も作られてるんです。
でまぁ、このアニメ自体は、曰くというかね、いい意味でね、ちょっとね、ある会社のデビュー作と言われる作品でね、今となって。
たぶんね、アニメマニアの方であればね、ご存知の方も多いのかもしれないんですけども。
プロデューサーは石井光久さん。
この石井光久さんがね、新たに設立したタツノコ制作文室っていうところがありまして、いわゆるタツノコプロなんですね。
石井光久さんっていうのが元々タツノコプロの方なんですけども。
45:02
この人がタツノコ制作室、文室っていうのを作りまして、そこが制作を担当してるんですね。
で、キャラクターデザインっていうのはですね、後藤隆之さんという。
この当時はですね、別の会社にね、存在していたんですね。
この後藤隆之さんがね、このアニメ版ジリオンの方はね、キャラクターデザインされてたんですけどね。
このアニメ版ジリオン自体はね、タツノコプロっていうね、タツノコプロ名義でね、応援されていたんですけどね。
後藤さんのね、所属するスタジオチャイムという会社とね、この石井さんのね、タツノコ制作文室っていうのは後に合併するんですね。
で、まあもうここまで言ってもお分かりの方も結構いると思うんですけど、石井さんのi、後藤さんのg。
このね、それぞれの頭文字を取って、IGタツノコっていうのができます。
後のプロダクションIGが設立されるわけです。
ということでこのジリオン自体はね、プロダクションIGのいわばデビュー作なんですね。
まあこの他にもですね、まああの他にもまあ、いろいろとね、セガはね、セガというかマーク3っていうのは意外とね、ちょっとそういう意味でね、
今となってはあの、ちょっとした追い風だったりとかね、この歴史にちょっと名を残すというか、まあ歴史的なところに関わったよなぁみたいなこともちょいちょいあったりするハードでもあるんですよね。
まあ深くはね、まあ今回は掘り下げませんけど。さてそれではですね、この他にもですね、
マーク3マスターシステムについてちょっとですね、まあソフトの方で、国内のね、方に限った話で言うと、まあセガといえばね、もう一個面白いショットがあるんですけれども、
うーん、ワンダーボーイって皆さんご存知ですかね。なかなか意識がないですかね。
あのセガではですね、これはSG1000の頃からワンダーボーイっていうタイトルのゲームが出てたんですね。
まあこれ実はハドソンの方で、ファミコンソフトとして移植されてるんですよね。結構こっちはワンダーボーイは有名なのかな。
あの高橋明治の冒険島ですね。顔をね、高橋明治の顔にすり替えたっていうことでね、おなじみで。
まあ本家のね、ワンダーボーイよりもね、爆発的にファミコン版の高橋明治の冒険島がね、売れてるっていうことでね。
48:09
まあどちらかと言うとね、本家だったはずのワンダーボーイよりもね、広めを見ちゃった作品があるんですけどね。
その続編のね、ワンダーボーイモンスターランドっていうアーケードでね、移植されてね、
スーパーワンダーボーイモンスターワールドというタイトルでね、88年の1月31日にね、
マークスビーでね、マークスビーバスターシステム向けにね、移植されて、販売されてるんですね。
これも実は皆さん知らないと思うんですよね。
しかも88年1月31日っていうところがね、ミソで、実はそのね、前年にね、PCエンジンとね、同時発売されたタイトルにね、ビックリマンワールドってあるんですけどね。
これがね、もう完全にキャラクターをビックリマンのキャラにね、差し替えたっていうところでね、出てる。
こちらも多分有名なのかな。
スーパーワンダーボーイズのモンスターランドですね、アーケードのね。
これを完全にキャラを差し替えただけっていう、しかも出してるところもハドソンですしね、PCエンジンのね、ビックリマンワールドはね。
もう高橋明治の冒険地場の時と全く同じ手法でやってるんですね。
しかもあの、PCエンジンのローンチでやってるんでね、ご存知の方も多いと思うんですよね。
ただこれ、セガからしたら自分のところでね、先に移植しようと思う方もできたはずなんですよ。
ただ、あえてなぜかね、PCエンジンのね、ローンチの方にビックリマンワールドを出してね、それがちょっと落ち着いた頃のね、1月翌年の1月31日にやってるっていうね。
これなんかセガの優しさなのか何なのか、よくわからないんですけどね。契約的な問題だったんですか。
ハドソン取り決めをやってたのかどうかっていうのはね、ちょっと今回調べてる限りではね、わからなかったんですけれどもね。
このモンスターランドはですね、まあセガの本体ね、マーク3マスターシステム用に移植された時っていうのは、モンスターワールドっていうタイトルに変わっちゃってるんですけど、他にもファミコンでもね、移植されておりますよね。
まあそれはね、今回は僕は触れないんですけども、こういう風な感じで、意外とねセガのアーケード作品っていうのは形を変えて移植されてたっていうこともありまして、まあただなぜか自社ハードでは後回しにしてるっていう面白い傾向もね、実はこの頃あったっていうことです。
51:04
これもね、もうちょっと掘り下げるといろいろと多分面白い話も出てきそうなんですけれども、まあね、あんまりそこを掘り下げると危ないんで、危ないってことはないんですけども、まあやめときましょうかね。
で、まあまあそうやってね、ちょっと余裕をかましてるっていう感じのセガなのかなーってね、当時僕は思ったんですけどもね。
まあそんな思いながらもね、もうこの翌年の1月31日まで待ってられないんですよね、僕からしたらね。
というわけでね、モンスターランドやりたさのためにね、PCエンジン本体とね、あのビッグリバンワールドを僕買いましたからね。
我慢できなかったっていう感じでね。
なんかまたこれがね、先にマスターシステムマーク3の方でね、動くソフトがね、セガから出てたらまた僕もPCエンジン買ってなかったのかもなーみたいな感じもね、ちょっと見え隠れするんでね。
まあそういうこともあって、本当にハドソンにね、移植させて、PCエンジンの立ち上がり、ローンチの時にね、起爆剤にしたっていう感じだったのかな、ライバル企業の性格が。
これ謎なんですよね、本当に謎で当時も。
ちなみにあの、なんで家庭用ではね、家庭用というか、マスターシステムマーク3の時には、スーパーワンダーボーイ、モンスターワールドって言うんですけどね、アーケードではワンダーボーイ、モンスターランドって言う。
なんでワンダーボーイの前にもスーパーが付いてるのかっていうとね、旧来のワンダーボーイっていうのが実はそのSG1000のソフトでね、出てたっていうこともあってね。
後々、マーク3用ソフトとしてね、もう1回ワンダーボーイ移植されるんですね。
色鮮やかになって。それをコンシューマーでスーパーワンダーボーイっていうタイトルでね、販売しちゃったもんで、その直後、スーパーワンダーボーイっていうタイトルになってね。
アーケードで出たバージョンよりもずいぶん長いタイトルになっちゃった経緯があるんですよね。
まあそんな感じでね、これ実はここまででね、もう88年にメガドライブっていうのが出たっていうこともあってですね。
実はマスターシステムっていうのは後々ね、89年のね、ボンバーレイドっていうタイトルを最後にね、国内での販売を終えてしまうんですよね。
54:07
まあ僕もね、ちょっとそうですね、この後で言うと、ボンバーレイド以前ですと、他に面白いというかね、やっとセガ初のね、いわゆるサードパーティー製ソフトがね、終盤も終盤なんですけど、入ってくるんですよね。
まあそれがね、88年の4月17日ですね、ソロモンの鍵ね、それとあの、すいません4月17日のソロモンの鍵よりも前には88年の3月25日ですね、まあそれでも数週間前なんですけどね、アルゴスの十字犬という。
このアルゴスの十字犬もね、アルゴスの戦士っていう名前をね、まあ判件の関係上ですよね、権利の問題でタイトルを変えざるを得なかったっていうところはあるんですけれども、発売してるのはサリオという会社でですね、このサリオという会社、実はね、後衛、今では後衛テクモの管轄になるのかな、あのテクモのね、関連子会社だったみたいですね。
ただこのサリオという会社、実はですね、まあパッケージソフトとしてはこの2本しか出してなくてですね、でまあこの2本っていうのが唯一ね、マーク3で出た、まあサードパーティー製ソフトでですね、まあこの2本もね、結局のところ88年とかになると、アルゴスの戦士もソロモンの鍵もね、ファミコンで出ちゃった後に出てるんですよね。
まあもちろんね、どちらがアーケードにね、より近いかって言われたら、あのマスターシステムマーク3版のこのね、後に出してるやつの方がまだグラフィックとしては近いのかなっていう感じですけどね。特にアルゴスの戦士に関しては、ファミコン版はね、ちょっと独自にアレンジ切っちゃってるんでね。
まだアーケードに、でもそれでもね、アーケードベタ移植でもなかったらしいんですよね。ステージ構成上で。まあただ、まだアーケードに近い出来だったって言うことはね、僕もちょっと聞いててね。まあこのサリオっていう会社が、まあまあ晩年ちょっとセガの方ではね、出したって言うこと。
ソフトはね、国内ではね、先ほど言ったように、ボンバーレイドっていうゲームをね、最後に終了してしまうんですよね。まあここまででね、まあ儚くもね、短いね、マスターシステムのね、マーク3マスターシステムの人生はね、終わったかに思えたんですよ。
57:15
ただですね、ここからが色々とね、面白いことが海外では起きるんです。
ちなみにですね、セガマーク3のね、販売台数ですね、これは日本国内でしか流通してなかったということもあって、まあこれウィキペディアさんで調べた数なんですけども、70万台。
で、セガマーク3のね、北米移植、北米進出のね、デザインということでマスターシステムっていうのがね、出たんですけれども、これが一番早くてですね、マスターシステムの発売時期としてはですね、86年6月なんですけどね、まあアメリカでもね、多少は頑張ったんですよ。
でも、アメリカのコンシューマーゲームハードのね、およそ10%程度の比率しかね、結局をシェアを獲得できず、まあそれでも日本のね、日本でのマスターシステムの売り上げが40万台ですね、マーク3と足したって110万台ですからね、それに比べたらアメリカでのね、
マスターシステムの販売台数というのは330万台でね、まあ約3倍ですよ。
で、こっからが面白い動きをするんですけれども、まあ、欧州ですね、ヨーロッパね、ここではですね、680万台っていうね、なかなかの数字を出してくれてるんですね。
これはですね、テレビ企画をね、各国でね、フランスや東欧とかね、各国で放送方式が違ってたんですよね。
まあそれにね、いち早く対応してたっていうところもありますし、まあね、日本では先ほど言ったようにサリオっていう会社がね、まあいわゆるね、アルゴスの戦士とね、ソロモンの鍵ぐらいだったんですけども、この欧州ぐらいからになるとね、まあいくつかのサードパーティー製ソフトがね、入ってきたということでね、だいぶ検討してくれてるんですよね、マーク3が。
まあ最終的には欧州ではね、ネスですね、ファミコンがね、830万台出たということで、勝負には負けたんですけども、それに対してでも680万台というね、まあなかなかの数字でね、比率としては悪くなかったと思うんですよね。
1:00:02
ここからね、さらに面白い事態が起きるんですね。
先ほど言ったように、89年。
89年になると、実はメガドライブが日本国内では出ておりますし、最後のソフトのね、ボンバーレイドっていうのが89年の2月頃だったのかな、確か出たのかな。
なんですけども、ブラジルはですね、その89年ね、日本でね、最後のソフトが出てからリリースされてるんですね、ブラジルでは。
ただ、このブラジルっていうのはですね、テレビ企画がですね、PALM方式って呼ばれる方式なんですね。
もちろんセガはここでも迅速に対応するんですね。
さらにブラジルのほうでビジネスされてる、言ってしまえばブラジル地元のガングメーカー、テックトイ社っていうところでね、代理店契約を結んでたんですね。
それに加えて、このテックトイ社っていうブラジルの国内にある会社にね、製造拠点としてね、ブラジル国内でのマスターシステムの製造もね、依頼してたということがあってですね。
これがね、結構響くんですね。ファミコンと売り上げの差をね。
というのもですね、ブラジルではですね、自国で生産してないソフトに関しては高い関税をね、義務づけてたんですね。
で、まあ、任天堂は当時、まず放送方式、PALM方式っていう方式に対応していなかったということを一点と、現地に代理店を作ってなかったんですね、そもそも。
で、さらに現地に生産拠点も持ってなかったということもありまして、参入が立ち遅れたんですね。
で、まあ代理店は後々作られたかもしれないんですけども、簡単に作れるとは思うんですよね。
ただ問題はやっぱり、現地での生産拠点を確立できなかったことでね、この差がね、マスターシステムの大きなアドバンテージになりましてですね。
大量にブラジル国内で流通させることに成功したんですね。
そうなるとどういうことが起きるかっていうとね、ファミコンね、NESに関してはブラジルでもね、名前は通ってたらしいんですけども、
出回るのは、いわゆる違法海賊版のね、ソフトであったりとか、任天堂が出してもない違法海賊のね、ハードだったりするんですね。
任天堂がね、そのまま他国で生産したね、ファミコン、NESですよね、それをね、ブラジルに流通させようとすると、高い関税が出てしまう。
1:03:10
そういうこともあってですね、ブラジルではですね、もう日本国内ではマスターシステムがね、完全にメガドライブの影に隠れて、ソフト供給も終わった後なんですけれども、
とてつもなくシェアを拡大するんですね。どういったことが起きるかというとですね、実はメガドライブが出た後にもですね、
国内だけじゃなく世界的にもですね、でもブラジルではマスターシステムの市場っていうのがね、長らく形成され続けてですね、
89年から出たんですけれども、なんとね、2012年時点でもね、いまだに、いまだにっていうか当時でもね、マスターシステムとね、メガドライブがね、合わせて販売されていたっていうね。
で、最終的にはね、2016年にはね、800万台にまでね、販売台数を到達させたらしくですね。
で、実はですね、このマスターシステムというのはある意味、ブラジルではとてつもない認知度、人気を誇っているハードになるんですね。
現在はですね、ちょっとカートリッジをね、差し替えたりする、いわゆる通常のね、マスターシステム本体がね、どこまで流通しているのかというのはわからないんですけれども、
現在ね、ブラジルではね、いまだにね、マークスリーのゲームというのはね、遊ぼうと思えばね、容易く遊べる環境が作られているんですね、このテクト医者さんのおかげでね。
というのもですね、現在マスターシステムエボリューションというタイトルで、まあ商品名ってですね、132タイトルを収録し、
まあ、一部ね、その132タイトルの中にはね、日本国内でのみ流通していたね、ゲームギアのソフトもね、同梱されているというかね、収録されているということでね、いわゆる今の日本で言うと、
まあ、ミニハードと呼ばれるね、メガドラミニみたいな、あんな扱いに近いと思うんですよね。
まあそういうものがね、今現在もね、このテクト医さんのね、ホームページであったりとか、たぶん小売店にもあるとは思うんですけども、360レアルという価格で、これ日本円に換算すると1万円ちょっとで買えるんですけれどもね、いまだ現役で実は動いてるんですね、そういう意味ではね。
で、まあ、カセットをね、差し替えたりすることのできるハード自体が2016年ぐらいまでね、販売されてたっていうのも、たぶん教育的だとは思うんですね。
1:06:02
ファミコンとね、同時期に出たシリーズの最終形態ではあるんですけれども、まあただ、ファミコンですらここまでは生きながらえなかったんでね。
まあ89年から販売されて、これだけのネースを持ってたっていうことでね、僕もあのテクト医さんのホームページに行って、このマスターシステムエボリューション見たんですけども、本当にあのゲームギアで登場した、あのソニックドリフトがね、日本語のパッケージがそのまんま映ってました。
で、今ソニックって言いましたけど、実はゲームギアのソフト自体が、そもそもあのマスターシステムと実はまるで同じハード構成であることから、日本国内では販売されなかったマスターシステムのソフトっていうのがいくつかね、海外ではあったんですよね、海外製ソフト。
それは後にね、ゲームギア用ソフトとしてね、日本でもね、プレイすることが可能だったのが一部あるんですけれども、実はね、日本ではね、ありえないと思われてたね、タイトル、いわゆるソニックですらマスターシステム版が存在するんですよね、海外ではね。
それ以外にもですね、まあ日本ですと、晩年にね、本当にあの、晩年なんですけども、確かメガドライブが出る、あのー、1ヶ月前か1ヶ月後ぐらいの話だと思うんですけども、マーク3版のね、Rタイプっていうのがあるんですよね。
ただ、そのRタイプはね、他国でも出てるんですけども、逆にね、メガドライブでしか日本では出てない、大魔界村ってあると思うんですよね。後にPCエンジンにもね、あのー、大魔界村出ました。
あの大魔界村、実はね、マスターシステム版が存在するんですね。日本国外で売ってる。おそらくブラジルでも売ってたとは思うんですけれども、それぐらいね、ブラジルではね、手厚い扱いを受けまして、最終的にブラジルではどれぐらい売れたかというとですね、なかなかにすごい数叩き出してるんですよね。
えーとね、ブラジルではですね、なんと800万台トータルで売ってます。ちなみにもう1回言いますけど、日本ではマスターシステムの販売台数40万台です。そう、約20倍ですね。
最終的にね、マスターシステムの世界出荷台数はね、1850万台っていうね、これはWikipediaさんに書かれてるんだ、数なんでね、どこまで本当かわからないんですけれども、ただね、今現在でもね、そのマスターシステムエボリューションっていう名前で、ブラジル国内ではね、現地製造が行われているっていうことで、
1:09:12
やっぱりすごい評価されたソフトだった。ソフトというかハードであり、ソフトもそうだったとは思うんですけどね。これはね、僕もね、今回調べてこんな事態になってるとは思わなかったんですよね。
まあ確かにね、テックトイという名前はね、僕もね、過去に見たことがありまして、それは何かっていうと、駿河屋さんだったと思うんですけれども、テレビのAV端子に挿して、本体はメガドライブのコントローラーの形をしてて、おそらく40本か30本ぐらい。
そのコントローラーの中にね、ソフトのデータだったり、本体のエミュレーションなのか、まあそういうのが入っていたりとするというね、メガドラTVっていうやつが売られてたんですよね。で、これがテックトイさんが作られたもので、おそらくなんですけれども、ブラジル本国ではこのメガドラTV的なやつでそのマスターシステムもあったと思いますし、
このマスターシステムエボリューションというね、今回僕が紹介したミニハードもね、まあその一環だったのかなと思う。これがね、まあマスターシステム、日本ではちょっと最終的にはメガドライブの影に隠れて、1年で姿を消したという印象にはなってるんですけど、世界ではずっと違ったんですよっていう話ですね。
まあね、ちょっとね、僕もブラジルから取り寄せてもよかったんですけども、取り寄せ方がわかんないんでね、ちょっとなかなか難しいんですけどね。特に日本では出てない、海外でしか出てないタイトルっていうのもいくつかあるんで、それにも興味がありますしね。
まあなかなか今回こうやって調べない限りはわからなかったんですよね。
まあただこのブラジルであったり欧州であったり、北米でもマスターシステムでもね、10%のシェアを獲得してたっていうことでね、ここからの後のメガドライブではね、日本以上にセガのハードとしてね、
高い売り上げを記録するようになったっていうね、まあ下地というんですかね、そういうのがこのマスターシステムで海外では作られてたっていうことをね、まあちょっと言いたかったかなというのが今回のね、まあ面白話というか、いい、まあ実はマスターシステムもちゃんとやってたんですよっていう感じで。
1:12:00
僕も調べて非常にちょっと面白い結果だなと思って感心しました。
はい、というわけでですね、まあマーク3のことを喋りたいって思ってね、いろいろ喋っていったんですけども、どちらかというとハードでやったりとかね、いろいろそっち方面の話が多かったかなとは思いますし。
僕の中で印象深かったっていうか、なんであのハードがマーク3マスターシステムっていうのはね、結構セガハード、他のセガハード以上に奥底にずっとついてまわってくるのかなと、歳をとればとるほどそういう感じがするんですよね。
っていうのは多分最初に手に入れたセガハードだったっていうことがまあ要因の一つとしては大きいと思うんですよね。
ただ当時ファミコンでもね、いろんなゲームが出てた中でファミコンより色鮮やかだったっていうのはもちろんこちらもでかい理由の一つだと思うんですよね。
そんな中でですね、やっぱり先ほども話してたと思うんですけど、北斗の件ですね。
マーク3版北斗の件。 当時ゴールドカートリッジなんつってね。
セガはマーク3からカートリッジをゴールドカートリッジなんつって、大容量ロムカートリッジを採用するんで、そういう名前のブランド名を出してたんですけれども、
まあそのね、男の子が好きそうなゴールドなんていう言葉を使ってたりとか、外箱にも金をあしらってたりとかね。
なんかファミコンに比べると、そういう子供騙しっていうよりは子供が好きそうなところを微妙に攻めてくるセガがあったりとか。
あとは、そうですね、ファミコンにはない面白さ。
ファミコンだったらクソって言うのかなって思うようなやつが意外とセガだと可愛げを感じるというね。
これはね、たぶんなんですけども、絶対的な王者に対抗しようとしてるっていう節が逆にね、持ってるユーザーからすると愛情を持ってしまうみたいなね。
1:15:01
そんなところもあったのかなと思います。
それでね、事実、中にはファミコンでは無理な表現もありましたし、グラフィック的な部分は当時そうでした。
あとあとPCエンジンに抜かれてしまうっていうところは残念ではあるんですけれども、またPCエンジンともちょっと違った感じかなというのも、
PCエンジンが出た当初も、僕もそちらも買ったんですけれども、やっぱりPCエンジンのソフトラインナップってほとんどがハドソンで占められてたと思うんですよね。
僕が持ってたのも、最初に買ったのってザ・クンフーだったり、先ほど言ったビックリマンワールドだったり。
ビックリマンワールドはまだね、ワンダーボーイね、そちらの匂いがするからまだいいんですけども、やっぱりクンフーであったりとか、後にRタイプね、移植してたじゃないですか。
まあ、そのデッキの良さだったり、他のPCエンジンソフトにしたってハドソン性能ソフトってのはやっぱりよくできてたと思うんですよ。
まあそれに負けちゃってるってのも分かるんですけども、マスターシステムね、マーク3はね、これらはこれらでね、非常に頑張ってるっていうね、好印象もあったところも事実だし、
まあね、ファミコン、そしてPCエンジンにはね、やっぱり国内製ハード、国内のブランドっていう匂いがプンプンするというか、当たり前なんですけどね。
逆にセガなんですよね。セガってね、国内のメーカーなんですけれども、マーク3、そしてマスターシステムとね、なんかこの
うーん、当時のアメシャ、キャデラックほどではないんですけど、あのゴツイ感、ゴテゴテした感じみたいなね。
なんかその、セガっていうのがね、ずっと持ち続けてるね。 わざと思ってるような気もする、不器用感みたいなね。
うーん、そういうのがすごい体現しているハードでもあったかなぁと思うんですよね。 そしてね、やっぱり僕がこのマーク3で、やっぱり楽しませてもらったゲームのいくつかにね、関わってた中悠司さんっていう、この人の存在がやっぱり大きかったと思うんですね。
ファイナル、あ、違う、ファンタシースターしかりね。 うーん、今ファイナルとか言ってましたけども、やっぱり
ね、ドラゴンクエストだったり、ファイナルファンタジーだったりが出るね。 ちょっと前の話ですよね。ドラゴンクエストで言うと3の発売前だったと思うんですけれども、
やっぱり あの
ダンジョンのスクロールはね、 当時
コンシューマーハードではすごいと思いました。パソコンでもあれほどのものが当時存在していたのかどうかわかんないんですけども、
1:18:08
やっぱりそういう意味でね。 マスターシステムマーク3に関しては、僕の中ではやっぱり多大なリスペクトを送りたくなる
かなぁと思うんですよね。 まぁ何にしてもね、最終的にはファミコンには負けるんですよ。
ただ、ファミコンって よくできた子だったと思うんですよ。本当によくできた子だと思うんですよね。
任天堂のハードであり、任天堂っていう会社が 当初から
面白いものさえ作れば売れるっていうことを本当に研究に研究を重ねて作ったソフトたち
結構多かったんですよね。そういうのもあって、 もちろんサードパーティー制のゲームに関しては
やっぱりちょっと問題ありなソフトもいくつも出てたんですけども、それも込みで市場を形成しているっていうことと
なんかそれも込みでわざと プロデュースしている節もあるようなね、今となってはファミコンに関しては
思ったりするんですよね。 だってあの
ファミコンのソフト、他社制のサードパーティー制のソフトも1回任天堂でチェックを受けるんですよ。
だったら時の旅人、なんでOK出したんですかって思いません? 僕はね、その話を任天堂がそういう品質管理みたいなことをやってるって聞いたら
なんであのゲーム出したかな、そしたら止められただろう、任天堂っていうのがね。 いくつか何本か存在しますよ。
だけど出してたっていうのは、なんかそれも込みで拡作してたのかなって、後々になるとちょっと妄想したぐらいにね。
まあ任天堂のね、ファミコンっていうのが本当によくできた子だとは思うんですよね。
でその後からね、マスターシステムよりも後から出てきたね
あの PC エンジンもね、本当によくできた子だったと思うんですよ。
ファミコンっていうのがやっぱり天才肌なよくできた子だったのに対して、ちょっと努力はしてるよなっていうのが
PC エンジン、やっぱこれそれでもよくできた子なんですよ。 一方のあのセガね
SG-1000 SG-1002 あと SC-3000ね
から始まるこのね 一連のやつ。毎年毎年ねハードを出すわけじゃないですか。
こんなに毎年出るのはモンスターハンターぐらいですよ。あれだってソフトですけど。 もうよくこんなに出したなぁって思います。今回調べて改めて思いましたけど。
で、よくできた子というよりはね、もうベタベタにね、泥臭いぐらいに努力家なんですよ。
1:21:01
肌から見てて。 努力家だよなセガはって僕当時思いました。でもどこかに海外の匂いもするんですよ。
っていうことでなんかね、まぁ メガドライブもね愛すべき海外のハードみたいな感じの雰囲気出してましたけど
そのね濃度がねやっぱりメガドライブぐらいになると若干薄まってるんですけども
マスターシステムとかマークスリーって結構それが強かった印象が やっぱり今でもありますよ
まあそれだったからこそのっていうのもありますし毎年毎年ハードを出してたからっていうことも ありますから
市場としてはね日本国内では特にニッチになってたと思うんですよね ただブラジルでのね
先ほど話したようなねまぁある意味大躍進と言ってもいいと思うんですよね そういうのもね実はあったりとかね
海外での信用セガに対するねブランド力のね 信用度の高さってこういうところからこの時期からもあったんだろうなぁ
っていうのをね今回調べてて改めて知ることができました まあそれもね今回特殊をやったっていうね
マスターシステムのことちょっと調べてしゃべろうと思ってね調べてみたら非常に 面白い話が出てくるんでね
勉強にはなりました まあねあとはねこれ
本当に当時のよくできたファミコンね よくできた子であるファミコンでは経験できなかった
まあ本当に努力家で まあね泥まみれなぐらいに練習するんですよ
セガマスターシステム君っていうのはマークスリー君というのは天才肌のファミコン 君と pc エンジン君よりもね下手くそだから本当に泥まみれになってね
練習終わってるぞってのに泥まみれになってね 練習してるみたいな感じなんですよおそらく
だからこそね よくできた子以上にここお前ダメだろうっていうね
まあそういうところも込みでまあね人間と一緒でね 完璧よりもちょっとね
失敗したりするところもある方が魅力的に見えるってあるじゃないですか あれに非常に近いんですよ実はセガのハードって歴代でもそうなんですけども
このマークスリーマスターシステムもそうですよね そんな感じがしました僕は今回調べててやっぱり
まあ そんなマスターシステムもね
今となってはねできる機会が本当に少ないんですよね というのもあの竜が如く一連の竜が如くのセブンガイデンだって8でもあるのかな
本当にあの辺でゲーム内ゲームとしてね一部 プレイすることができるっていう程度で
まあミニハードなんていうのはまず出てないですし ただね
1:24:03
判件的な問題があるっていうタイトルはねやっぱ仕方ないかもしれないんですけれども マークスリー版が存在するとか
マスターシステムマークスリーマスターシステムでのみ出てたっていうねゲームをね やっぱりひとまとめにして売ってはどうかなと思うんですよね
このねなかなかここに着目されない理由の一つに今わかったんですけどよく考えた アーケード版を当時のアーケード版を移植すれば
マスターシステムマークスリー版入れなくてもいいかっていうね そういう発想にもなるかもしれないんですけどもまあミニハードは無理でもね
マークスリー何十インワンみたいなねゲームソフトスイッチとプレステ5ぐらいでね まあ出してあげてもいいんじゃないのかな僕みたいなね
当時を マークスリーマスターシステムで
楽しんでたおっちゃん今となっておっちゃんにしたらねそれはそれでやっぱりちょっと 惹かれるんでね
魅力的に見えるんで そういう環境がちょっと今後セガさん用意していただけると嬉しいかなぁと思うんですよね
まあ特に海外でしか出回ってなかったっていうゲームなんていうのはねぇ まあ今日本国内でねそれをね出したらまた評価変わってたりもするでしょうしそもそもその
国内向けの当時のソフトをね いったいどんだけの人がとなの当時ね
プレイできてるのかっていうのもハナハナね疑問だったりはするんで まあそういうね
レトロゲームとか過去作異色っていう中にね このマークスリーマスターシステム時代セガのゲームだったりとかね
そのまあマークスリーマスターシステム時代に
あの出てた 他社版権だけどセガが出してたっていうゲームもね込みで
意外とセガ頑張ってるな異色って 開発もセガがやってるのに
他社製のアーケード作品だけどっていうのをね 比較するのにもいい
資料にはなるんじゃないかなぁと思うんでね そういうのもやっていただけると
ちょっとファンとしては嬉しいかなと思います いや僕ね実はね
第1回とかの時にも言ってたのかな ゲームが好きでいろんなハードは買わせてもらうんですよね
全てとは言わないですけども でも
この頃で言ったらファミコン マークスリーマスターシステム pc エンジンで後々メガドライブ
ね まあとどうでしょうプレステサターンね
64ね いろんなハードを買わせてもらう中でそうですね
1:27:02
どれが一番とかっていうのはなかなか 決めてプレイはしないようにしてるんですよね
どんなに頑張ったってマークスリーマスターシステムでスーパーマリオが動くなんて ことはなかったですし
それは最初からわかってるわけじゃないですか 一方でファミコンにはサードパーティーのね
ドラクエドラクエだったらファイナルファンタジーもありますし でもこれが逆にセガのハードでは
ビープだったりとかねビープメガドライブとかでもやってたんですけど 異色希望のソフトなんですね
出てますけど まあ動かねえだろうなぁと当時思ってたんで
それでね 考えるとやっぱり
ファミコンには あのハードあのハードじゃないあのソフトはなかったけどそれでもいいハードだったよなっていうふうに
当時も今もやっぱり思えたんで まあ本当に
在任期間が短かったですけどね
転校してきたあいつは努力家で頑張ってて面白いんだけども また転校しちゃったなぁみたいなね
卒業式目前にまた転校かあいつはっていう感じのね 本当に儚く切ないハードだったなぁっていうのもね
だからこそね輝いて見えてたのかもしれないですけどね まあそんなね優秀なファミコン君と pc エンジンくんのね
相 まあ
対抗馬としてね非常に頑張ったマーク3マスターシステムというハードに関して やっぱりもうちょっと最終的にはプレイできる環境を用意していただけると嬉しいなぁっていう
最後の最後にセガさんへお願いという感じですか まあこんな感じで長々とね
まあ僕の思いつきでね久々にまぁちょっと1から ゲームの特集会みたいなのをね真面目にちょっとやりたいなぁと思っ
今回撮らせてもらいました そもそもはね本当にあの今だからこそ言いますけど
3月の20日ぐらいに上がってたんですよ あと後聞いたらひどすぎてですね
撮り直し 資料を作ってやろうということもあってその資料もなかなかね
やっぱりあまりにも情報量が膨大で ねどれを喋ってどれを喋らないかみたいなのを抽出したり
まとめ上げたりとかね最終的に今喋ってるのこれ 最後のね方はもうだいぶ
資料とかね あの
ちゃんともうまだ完了する前にね 箇条書きにしている分だったりとか
そうですねウィキペディアさん見ながら喋ったりもしてるんでね 拙いところもあるかとは思うんですけどね
まあまあまあ 僕にとってはこれが限界かなところで今回
1:30:03
もう これで行っちゃおうかなって思ってますね
そもそもね 頭悪いですから僕自身
そんなにね かしこまってやること自体も間違ってたんだろうなぁと思いますし
だからといってね適当すぎるのもね やっぱりダメだよなぁと思ってるんで
まあそんな中でね 本当にね
失ったというかね ミステイクだけでね
ミステイクというかNGテイクだけで どうなんでしょう
8や9ぐらいは言ってるような気がしますね 特にあの前半部分なんかはまだ完全台本に近い資料を作ってたもんで
ちょっとね今回の特集 このマーク3以降の回に比べたらまだね
ペッタペタに大根役者が棒読みしてますみたいな感じのね ところもあったかもしれないんですけどまぁその辺もご容赦いただいて
あとはまあ 僕みたいに当時セガをね
愛して傾倒していた人っていうのもいたと思うんでね またなんかそういうね
僕も結構変わったゲームも当時やらせてもらいました やらせてもらいましたって自分で買ったんですけどね
周りに持ってるやつあんま少なかった 買うしかないなぁっていう感じだったんですけど
ただまぁそんな感じで また僕が今回挙げたタイトルでもね僕やってないタイトルもあるんで
ロッキーやってないですか ジリオも意外と実はやってない
まあ そんな感じで
なんか俺はこれやってましたよみたいな感じのねお話 あのメールの方でも結構ですね概要欄とかからメールアドレス
クリックするなりやっていただけるとまぁ 遅れると思うんで
またツイッターとかでね twitter じゃない x なんかでもね
ハッシュタグしゃべろくでね言っていただければ僕拾いに行きますんで もちろんね別にあるマーク3マスターシステム知らなかったですっていう人からもね
そういうなんか感想とかご意見いただければまあ それも紹介させていただこうと思うんでね
また良かったらねこのマーク3マスターシステムセガについての何か思い出とか ある方がいらっしゃったら
まあ 送っていただけると助かります
まあ僕もね ちょっとまた次回もねゲーム関係の喋れればと思って今言ったんですけども
うーん 次回はねすでにも収録終終わってるんですよ
ただ長いんです そしてゲームの話ってほどゲームの
ことを喋ってなくていいですね あの
1:33:00
ちょっと先に言うという予告みたいになるんですけど この番組ついにねゲスト
呼ぶこと呼ぶっていうか 半分本人出たいっていうところもあったとは思うんですけどね
ゲストの方に出ていただいてですね だらだらとね
喋らせてもらってるんですよ 僕はそのゲストさんが出てくれるっていうおかげで
今までに比べたら楽ができると思ったらね 結果年間やっぱり比率としては
9位1位で僕が喋ってる気がした回でね本当にも おっさんたちがし居酒屋で喋ってるだけじゃないかよ
みたいな番組ないようになっちゃってるんでね 今どうしようか悩んでいるところなんですけど
そのゲストさんの言葉ある ほぼほぼ脳編集で
あげようと思っている 近々そちらの回も出てい
出せるとは思うんですよ またねゲーム関係のこともちょっと喋っていけたらなぁと思ってるんで
今後とも聞いていただけると嬉しいです まあそれではね長々と喋ってきましたけどね
今回もぼちぼちここらでね 終了させていただきたいと思います
聞いていただいてね本当にありがとうございました それでは
01:34:29

コメント

スクロール