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お疲れ様です、たくです。
今回はですね、ちょっと懐かしい、ゲーム業界のね、懐かしいのをね、ちょっと喋ろうかなと思いまして、今回扱うテーマはですね、デジキューブです。
デジキューブって皆さん覚えていますか?
僕はそれなりにお世話になりました。
コンビニでね、ゲームを買うっていうことをね、当たり前にした会社ですね。
今もね、ゲームはね、コンビニでも買えるんですよ。買おうと思えば。
ただそれは、今とはちょっと違うんですよね。
例えばダウンロード用のプリペイドカードが売られてたりとかですかね、今一番目立つのはね。
あと、各コンビニの端末とか、何かしらネットだったりとかで、前もって予約したりとか、発注した上でコンビニでお金を払って受け取るとか、先にお金を払ってコンビニで受け取るとか、そういう感じなのかな、今のは。
ただこのデジキューブっていうのはね、何気にジュースとかお弁当を買いに行くような感覚で、あ、これ出てんだ、このゲーム出てんだって言って、ついでにゲームを買うとかね。
何かしらマンガを買うようなね、金額は全然違いますけど、衝動的にゲームを買うっていうことをコンビニでやらせてくれた、最初にして最後なのかもしれませんね、今ふとこうやって喋ってて考えたら。
そんなね、デジキューブっていう会社が存在してたあの時代、今はデジキューブについて喋っていこうかなと思いますので、今若い人がこれ聞いてるかわからないんですけど、そんなことがあったんだっていう感じでもありますし、
だいたい僕のこの番組聞いてる人、デジキューブぐらいだったら知ってくれてると思うので、懐かしいなっていう感じで聞いていただければと思います。よろしくお願いします。
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はい、それではですね、今はなきデジキューブについて、まずは軽く説明をしますね。
デジキューブっていうのが何かと申しますとですね、1996年の2月、コンビニエンスストアにおけるゲームの販売を主たる目的として、スクエアが設立した会社っていうふうに書いてあるんですね、ウィキペディアさんなんかを読むとね。
スクエアのゲームソフトのサウンドトラックCDや、アルティマニアなどの攻略本の出版事業とかね、オリジナルのゲームタイトルの販売も行っていたりとか、後にね、旧エニックス、ナムコ、カプコン、カルチャーコンビニエンスクラブなども出資したということでね。
今挙げたメーカーの商品なんかも並んでたりするんじゃないですかね。
ちなみにね、デジキューブの由来なんですけども、デジタルとキューブを合わせた造語ではあるんですけども、親会社のスクエアってね、四角ですよね。四角を意味していますよね、スクエアってね。
四角を多角化して立方体、キューブにするという意味でね。要はスクエアがデジタルでもっと多角化したいっていう願いを込めてデジキューブっていう名前にしたっていう感じで。
意外とセンスあるネーミングしてるなと思ってね。ああなるほどと思って、今回調べてね、面白い面白いと思ったんですけどね。
このデジキューブがね、実際にコンビニ店頭で存在していたっていうのがですね、実は1996年の2月6日ぐらいから2003年の11月26日頃までと思われます。
なんでこの日なのかっていうのも後々説明するんですけども。ではね、デジキューブ、そしてスクエアが角さくしたコンビニ流通について軽く説明していきましょうかね。
当時ね、この96年当時っていうのがですね、実はコンビニは全国に3万店以上あったんですよね。すべての店舗で取り扱いがあったわけではないんですけれども、いくつかのコンビニブランド、例えばセブンイレブンでもいいですしね、ファミリーマートとかでもいいんですけどもね。
例えばセブンイレブンとかをやっちゃうと、当時でも1万店近くあったのかな?1万店行ってなかったかな?まあそんなもんだと思うんですけど、一撃でワンブランドを抑えただけで、その1万店近くを市中に収めるっていうことで、それだけ販路が増えるっていうことなんですよね。
そういうわけでですね、販路の拡大としてはね、非常にスクエアからすると魅力的に見えたんでしょうね。だからそこに目をつけて、コンビニ流通っていうのを新たに販路拡大のために、スクエアはね、そのために子会社ベジキューブを作ったっていうふうに言われてますね。
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最終的にね、どれくらいのコンビニで取り扱われたかっていう、ちょっと店舗数はわからないんですけれども、当時取り扱われたコンビニブランドをね、今から呼んでいきますと、まずセブンイレブンさんね。次ファミリーマートさんね。
で、ここからがちょっと懐かしいですよ。サークルK、そしてサンクス。これ後にね、サークルKとサンクスが合併しますよね。サークルKサンクスになっちゃってね。今となってはこれファミリーマートに吸収されてますよね。
あとですね、3Fっていうね。これね、3Fっていうのがあるんですね。3Fさんは今も実はちゃんと存在するんですよね。あとですね、四国スパーっていう、SPARっていうスペルでスパーっていうのがあったんですよね。これ関西にもあったんですよね。
あとですね、現在はですね、ローソン高知っていう。ローソンの中でも高知はなんか特殊なんですかね。で、あとですね、ローソンの一部地域のみっていうふうにね、言われてるんですね。なんでこの一部地域のみかっていうとですね、この当時なんですけれども、ローソンっていうのは、ロッピー、今ロッピー2っていう機械だと思うんですけど、当時ロッピーっていう初代ロッピーがあったんですよね。
で、これで何をしてたかっていうと、あのー、任天堂と提携してたんですね。で、えーとね、覚えてる方いらっしゃいますかね。あのー、ロッピー、初代ロッピーの端末にはですね、スーパーファミコンのカートリッジスロットとゲームボーイのね、初代ゲームボーイのカートリッジスロットがついてまして、そこに何をやるかっていうと、まあ白いね、SFメモリーカセットとかね、GBメモリーカセットっていうのかな。
あのー、要はね、書き換えができたんですよ。昔で言うファミコンのディスクシステムみたいに。あのー、内部は多分おそらくフラッシュメモリーの、あのー、ロムだとは思うんですけどね。ロムっていうかラムになるのかな。まあ、そういうサービスをやってたりとか、ローソンっていうコンビニがね、今では違うんですけど、今三菱商事だったと思うんですけど、親会社は。
当時はね、えーとね、大阪の絵坂にあってですね、なぜそこにあるかっていうとですね、もともとローソンっていうのは、もう今は亡きね、大英。大英の、まああのー、まあ当時、まあ別部門というかね、あのー、これだいぶよれるけど、あのー、大展報っていうのが80年代にありまして、要はどこそこ大きなショッピングセンターを作るなよっていう法律があったんですね。
そこでローソンは考えたのが、これを同じようにセブンイレブンの、伊藤陽稼働も同じ考えだったと思うんですけど、コンビニエンスストアっていうのを作ろうっていう話になったと思うんですよね。
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で、大英はそれでローソンっていうブランドをね、アメリカから引っ張ってきたんですね。まあ伊藤陽稼働は、これがセブンイレブンだったっていうだけの話なんですね。
で、要は何が言いたいかっていうと、ローソンっていうのは簡単に言うと大阪発祥の企業なんですよ。
で、任天堂ってね、実はあのー、京都の発祥の、まあ京都の発祥というか今も京都の会社なんですけども、任天堂ってあのー、多分なんですよ、多分関西経済界みたいなの横のつながりがあるんですかね。
やっぱりそのー、経営者同士で横のつながりがあってやっぱり手をね、合わせて力を合わせて頑張っていきましょうみたいな話があったんじゃないですかね。
例えば任天堂ってあのね、ゲームボーイ系のあの辺の、ゲームボーイだけじゃないかな、スーパーファミコンとかファミコンでもそうなんですけど、シャープとね、すごいあのー、業務提携みたいな感じでいろいろとね、やり取りしてると思うんですけども、
それと同じようにあのー、当時ね、大阪の企業だったローソンとも手を合わせて、で販路をちょっと拡大してたっていうところがあったと思うんですよね。だからローソンっていうのは基本的にはあの、任天堂と手を合わせ、あのー、タグを組んでるところがあるんですよね。これ今も多分続いてると思うんですよね。
あのー、なんか任天堂スイッチとかもそうなんですけども、なんかローソンでやたらと見るかなーとか思ったりはするんですよね。
まぁそんな感じでね。
あのー、だからこれでデジキューブの取り扱いがそのー、一部、地域のローソンに限られてたっていうのは多分そういう背景があったんじゃないのかなーと思うんですよね。
まぁちなみにこのー、僕調べたら3Fっていうのが昔大阪にもですね、あのー、一部なんですけどあったんですけども、今はね、つぶれてなくなってるんですけど、どうなってんのかなーって調べたら、あのー、これもね、3Fっていうのも今はローソン3Fって、やっぱローソンに吸収されてるみたいな感じでね。
ローソン意外といろんなところ吸収するんですよね。昔からね。
まぁそれはでもファミリーマートも一緒か。
さてね、まぁそんなね、これだけのコンビニ、結構当時としては、いろんなコンビニでデジキューブの販売用の銃器って見られたんですけどもね。
デジキューブの屋台骨を支えたのはね、やっぱり多くがスクエアのゲーム作品でね。
まぁとりわけね、これはもう多分ご存知の人は、当時のデジキューブを知ってる人だったら大体がすぐわかると思うんですけども、やっぱりファイナルファンタジー7ですよね。
昨今リメイクされてたりとかする、あのファイナルファンタジー7ですよね。
プレイステーション初のファイナルファンタジーでもおなじみのね。
これがやっぱり大きく貢献したっていうのは、もう多分当時のデジキューブを知ってる方だったら多いんじゃないでしょうかね。
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どれくらいすごい貢献したかっていうとですね、初期出荷220万本のうち8割近くの約170万本ほどがデジキューブに割り当てられたっていうね。
これは当時多分小売店からは多くの反発を買ったと思うんですよ。
しかしながら既存の小売店を敵に回してでも断交したFF7のデジキューブでの販売ね。
当時コンビニで予約すると先着で50万名に限定ガイドブックを付けるなど、明らかに一般の店舗とコンビニでの格差を当時僕自身も感じてました。
当時ね、これ覚えてる方多いんじゃないですかね。今もyoutubeとかでもあると思うんですけれども、
プレイステーションね、当時広告いろいろやってたと思うんですけども、プレステでFF7が出るぞっていうただの告知ですらソニーはCMしてたと思うんですよね。
これ覚えてらっしゃる方もいると思うんですけどもね。つまりFF7ってソニーにとっても肝入りのタイトルだったっていうのは当時はもうご存知のこと多いと思うんですよね。
だから発売の何ヶ月も前からFF7はプレステで出るっていうのをね、告知CMを流したりとか、その後も定期的にCM、広告、雑誌、記事ね。
さらにはもう先行して発売されたトバルランバーワンっていう格闘技ゲームに体験版をつけるなどね、大ヒットさせるための下地はね、出来上がっていたわけですよね。
そこに来てね、いざ蓋を開けてみたら、販売店のどこまで察知してたのかわからないんですけども、
やっぱり最終的にはここまで入ってこないとは思わなかったみたいなことを、僕の知り合いの中古ゲームショップの当時僕が行きつけだった店も言ってましたからね。
それぐらいコンビニ、つまりデジキューブでの納品を優先してたんですよね。
だから今、知り合いが店員やってるっていう中古ゲーム屋さんに、僕は僕でコンビニで抑えた後に、数時間ぐらい経過した後ぐらいに様相見に行ったんですよね。
どんな感じかなって言ったんですけどね。
そしたらもう商品なんかないんですよ、ファイナルファンタジー7のね。
やっぱりそれでもね、買いに来るお客さんは発売日当日ですからいるんですよね。
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お子さんだったり、お母さんだったりとか、お父さんだったりとかね。
その中で、店員のお兄さんが言うんですよ、その知り合いがね。
FF7は次いつ入るか、どれくらいの数入るかわからないんで、その先の7-11で買った方が早いですよ、なんて言ってるんですよ。
たぶん在庫まだ残ってるんじゃないですか、みたいなこと言っててね。
そんなの目の当たりにして結構、ゲームっていうのがね、なんかゲームの販売方法っていうのがまた一つ変わったんだなっていうのを実感した瞬間でしたね、あの時はね。
それを僕、やっぱりFF7っていうとその内容とかよりも、当時その販売手法がちょっと変わったっていうことで。
そこがすごい記憶に残ってますね。
FF7のコンビニ優先流通の買いもあってね、後にレジキューブのキャッチコピーにもなるんですけどもね。
ゲーム買うならコンビニだっていうことが定着するんですよ。
この後にね、FFタクティクスやサガフロ2、バイオ2にダビスタやグランツーリスを持ってね、結構取扱い商品は多岐に渡ってくるんですよね。
まあそれらがね、特徴的なね、デジキューブ専用の銃器に色取りを与えてね、いろんなソフトが入るんでしょうね。
このデジキューブっていうのがオープニングでもちょっとしゃべったんですけれども、今現在と繰り返しにはなるんですけど、
今現在もコンビニでゲームっていうものを入手する術っていうのはないわけではないんですよね。
先ほど言ったようにローソンであれば、ローソンだったらロッピーかな、でファミマはファミボートだったと思うんですよ。
ああいう機械を使って、前もって発注、前もって予約をすれば手に入れることができます。
またはダウンロード用のプリペイドカードを買うとかね。
だけどこの当時96年っていうのはまずダウンロード販売がない時代っていうことが一つと、
何よりもね、今やりたいから買いに来たとか、
ふっと何かを買いに来たついでに、ああこれ出てんだって言って衝動買いするっていうことが、
今現在のゲームだとね、ダウンロードのプリペイドカードは別としてもね、
パッケージがすぐに手に入るかっていうとそういうコンビニないと思うんですよね。
ただこのデジキューブっていうのはそれを可能にしてくれたっていう販売方法なんですよね。
ちなみに皆さん覚えてらっしゃいますかね、
デジキューブの専用重機の中央にテレビモニターが埋め込まれているんですけれども、
当時はね、今のようにネットによる回線での映像送信とかではなくですね、
スカパーのチャンネルをデジキューブがですね、1チャンネル購入してですね、
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反則用番組やプロモーションをずっと流してたんですね。
また当時はね、ヒット作といえどもね、お店が開かないと買えないわけですけども、
デジキューブの強みっていうのはコンビニ販売っていうことで、
やっぱりコンビニといえば、必ずしもとは言いませんけども、
基本やっぱり24時間営業っていうところが多いんじゃないですかね。
つまりね、ゲームショップとは違いね、
欲しい時にね、先ほども言ったように、いつでも買えるという状況はね、
売り上げも上がるってね、この当時少なくともね、
デジキューブそしてスクエアは思ってたんじゃないですかね。
で、先ほどね、僕もFF7の話ちょっとしてたんで、
FF7の話ついでに、当時僕どうやって買ったかっていうのをね、
ちょっと恥ずかしい話なんですけどね。
僕もね、FF7をね、コンビニで買うと、
えっとね、当時ね、サンクスだったかな。
サンクスで買ったと思うんですよ。
家の近所、当時住んでた家の近くにある。
で、そこでやると、いわゆるね、攻略本っていうんですかね、
が付くっていうことをね、テレビCMとかでも知ってたんで、
こう予約しますよね。
で、まあ僕もね、さすがに当時は、
まあね、ちょっとシャニ構えたやつだったんで、
日付が12時を過ぎたら売ってくれるんじゃねえかなって思ってたんですよ、
発売日のね。
まあでもね、さすがに日付が変わってね、
11時50分台くらいからスタンバってね、
買うっていうのがちょっと恥ずかしいんでね。
早朝のね、4時とか5時くらいにね、
だいぶ早起きして買いに行きましたよ。
でも、もぞもぞしてすぐにレジにはいかないんですよね。
何だったらね、もう恥ずかしさを隠すためにですね、
何気に今食べたいわけでもないのに、
ポテチとかジュースとかね、
ちょっとね、別にあの、見る気もないのに雑誌を軽く立ち読みしたりしてね、
そしたらね、覚えてるのは、
4時とか5時くらいに自分と同じ年齢のね、
シラフのやつなんか普通コンビニにいないんですよ、平日。
それがね、5、6人いました。
同じように、やっぱりジュースと何か買ってるんですよね。
胃を消して僕が行ったんですよ、確かその時に。
で、まあわざとらしくね、買ってね、生産する時にね、
わざとらしく財布の中から、
あ、すいません、これとかももう買えたりしますか?とか言って、
徹底に聞いたのは覚えてますよ。
ファイナルファンタジーのね、予約の日をね。
すっごいシラジラしく聞いたりしてましたよ。
そしたらまあ、お店のね、お兄さんも、
あ、行けますよ?みたいな感じでね。
あの、行けますよ?って言って、
僕がファイナルファンタジーの袋っていうかパッケージをもらって、
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外出る頃にはね、僕の後ろに数人並んでましたからね。
聞こえてたのかどうかわからないですけどね。
みんな元気んだなぁとか。
まあ、僕も人のこと言えないですけどね。
それぐらいね、当時はね、
うぼって言うかね、バカだったなぁと。
もうね、一生懸命でしたね、僕もね。
まあ、そんなことはね、まあまあいいんですけど。
で、まあね、ここまでね、話しててね、
今現在のようなダウンロード販売なんてものが日本国内にね、
特に今週までは皆無だったんですよ。
96年からこの2003年当時までのね、
いわゆるパッケージ販売がもう、
主たる時代のコンシューマー。
そんな時にね、コンビニ流通という手法に乗り出したデジキューブにはね、
まあ明るい未来しかないと思われていたのになぜ倒産してしまったのかなっていうのもね、
この後ちょっとね、いくつか喋っていけたらなぁと思うんですけども、
実はね、そこにはね、いくつかのね、要因があるんですね。
実はですね、まず当時デジキューブの中でも取り扱われるゲームソフトの中でね、
僕らユーザー側からするとね、最も有利なのが、やっぱりデジキューブの親会社、
スクエアのソフトが手に入りやすいっていう状況だったりするわけでしょうね。
当時ね、この時期っていうのは、デジキューブが稼働してた時期っていうのは、
今以上に、今現在だとスクエアはスクエアエニックスとなんですけども、合併してますけども、
スクエアとエニックスが合併してますけど、
こんなスクエアとエニックスが合併する前で、スクエア単一でも、
今のスクエにどうなんでしょうね、ラインナップどころじゃないぐらい販売ソフトを出してたんですよね。
それは多分デジキューブも見据えたからだとは思うんですけどもね。
もちろんスクエア内製もあれば多分外部製作っていうのもいっぱいあったと思うんですけどもね。
それらのスクエアから発売されるソフトっていうのが、
比較的、やっぱり小売店よりはコンビニ、デジキューブで買えるっていう、
買いやすいっていう状況が作られてたわけですから、それはやっぱり有利ですよね。
とりわけ当時、FF、ファイナルファンタジーといえばメガヒットコンテンツですよね。
デジキューブの屋台骨を支える格好の商材になるわけですね。
この時期ね、僕も振り返ってびっくりしたんですけども、
今現在FFってそんなに頻発して出ないと思うんですよね。
この時ですね、なかなかなんですよね。
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96年にFF7が出てるんですけども、ちょっとここから開くんですけども、
その間はファイナルファンタジータクティックスだったり、サガフロンティアだったり、
いくつかのタイトルがやっぱり穴を埋めていくんですけども、
でも99年にはFF8、2000年にはFF9、2001年には、これプレステ2に入りますね、FF10、
2002年には一部問題作?って感じもしないでもないけど、FF10Ⅱっていうね。
もうぶっちゃけですね、FF頼みなところがあるんですね。
これらのFFが発売された月っていうのは、他の月に比べても比較的売上が倍増したと言ってもいいくらい、
顕著に売上が上がったんですね。
ただし逆に言えばね、これ以外の月は売上が安定しないんですね。
このFF頼みっていうところがやっぱりちょっと大変だったのかなっていうところはありますね。
もちろん先ほど先日した通りね、FFっていう名のつく作品が毎年7に発売されているのに加え、
スクエアな他のブランドね、そして一般の小売店でも販売されているソフトもね、
当然デジキューブでも扱われているわけですから、実際には実は悪くないようにも思えるんですよね。
やっぱり24時間やってるっていうところと、一部ね、これは当時言われてるところもあったんですけども、
基本低価販売っていうところなんですね。
この当時、特に99年とかね、98年とかこの辺ぐらいになるとね、
さすがに実は94年、プレステ12月3日に発売されていますけど、
最初の1年ぐらいはほぼほぼ低価でどのソフトも売られてたんですけど、
時間が経つにつれどんどんやっぱり、最初の初周からちょっとお安く売られてるもんってあるんですよ。
そんなすごい売られやすくではないんですけども、
例えば5800円だったら、5800円低下だったら49%になってたりとか、
5200円ぐらいになってたりとか、本当に微細な値引きではあるんですけども、
ただ、デジキューブで扱うソフトっていうのは、
低価プラス税、本当に低価販売が基本なんですよね。
その辺があるので、ちょっとそれも言われてたところはあるんですけども、
ただそれでもね、やっぱり24時間やってるっていうことで、
どうなんだろうなと思って、僕は売れるんじゃない、売れてるっていうか、
27:00
それなりには扱うタイトルによって業績は悪くないような気もしてたんですね。
僕だったりするとですね、僕当時この頃っていうと、
夜遅くまで仕事をしてることがあったんですね。
具体的には言いたくないんですけど、雑誌の編集とかをしてたんですよ。
今でも覚えてるのが、武士道ブレードっていうタイトルがあったんですよ。
確か武士道ブレードはコンビニ先輩、当時スクウェアの中にはね、
コンビニ先輩っていうタイトルもあったと思うんですよね。
コンビニ先輩じゃないタイトルも当然あったんですけど、
確か武士道ブレードはコンビニ先輩ではなかったような気もするんですけど、
どっちだったかなぁ。
ただね、僕ね、発売日ちょっと変えなかったんですよね。
で、仕事でごちゃごちゃしてるうちに、周りのね、
同僚とか部下とかの話を聞いたら、あれ面白いっすよみたいな話を聞いたんですよね。
で、僕も締め切りで、作業で3時とか4時ぐらいで、電車もない時間帯にやっと仕事終わったって言って、
当時ね、リエ姉さんに車で迎えに来てもらってたんですね。
ちなみにちょいちょいたまに話に出てくる息子がね、
まだ血の見子に等しかった子供。
チャイルドシートに座らせてね、夜中の3時にね。
チャイルドシートに子供を乗せて、迎えに来させるわけですよ、僕はね。
ここまで言ってて、今、僕自分で言ってても思いますけど、
鬼っていうか鬼畜っていうか、最低ですよね。
そっからまっすぐ迎えに来てもらって、ありがとうって言って帰ればいいんですけどね。
そっからですね、梅田っていうところにあるんですけど、会社はね。
大阪の中心、大阪駅ですよね。
そっからですね、帰りの道すがらにある全コンビニを漁りましたからね。
全コンビニ漁ったんですけど、牛のブレードだけがないんですよ。
14、15軒目ぐらいでやっとですね、僕の家南の方なんですよね、大阪のね。
南の方って、南場も南って言うんですけど、それよりもまださらに下なんですよ。
梅田っていうのはどっちかっていうと大阪の方で上の方、北の方なんですけどね。
なんかしながらどんどんどんどんコンビニね、色々探していくんですよね。
セブンイレブンもない、あのセブンイレブンもない、このファミマもない、
このサンクスにもない、あのサークルKにもない、みたいな感じで。
僕ね、今でもそれ覚えてるんですけど、さっきも一瞬コンビニの取扱ブランドで覚えてる、
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今はないんですけどねって言ってた3Fっていうのが当時寺田町っていう場所にありましてですね、
そこにね、ラスイチあったんですよ。
それ見つけて歓喜した時には6時過ぎてましたね、朝のね。
で、翌日は昼過ぎから出社したらいいからって言われてたから、そういうことできたんですけどね。
そうやってね、僕の物欲の衝動にね、24時間対応してくれてるっていうことで、
そういうような買い物の仕方をね、デジキューブっていうのは結構やってくれたかなと思って、
許容してくれたかなと思ってね。
そうですね、デジキューブの思い出っていう中でね、もうちょっと喋るとですね、
デジキューブね、よくも悪くもね、コンビニ物流っていうところが最大の売りであるとともに、
最大のネックでもあるんですよね。
それが何かっていうとですね、以前も話したんで、僕の中学高校ぐらいはね、
鹿児島県っていうところに住んでたんですけども、
実は最近撮った回でも喋ってると思うんですけども、
コンビニが地方に行くとそんなにね、都心部なんかに比べると、
そんなに近場にはすぐにあるわけでもないし、そんなにポンポンあるわけでもないんですよ。
だからとなるとですね、当時僕は大阪に出てきてて、大阪で生活して、
コンビニが意外と近くにあって、それこそ会社から家に帰る間に、
十数軒探し回ってブシドーブレードを入手したなんてことは言えるんですけども、
やっぱりその地方によってはね、逆に自分の住んでる町にはおもちゃがあるけど、
そこでは取り扱ってくれない、取り扱えない、入荷がないファイナルファンタジーね。
でもコンビニに行けばあるけども、コンビニまでは車を飛ばして45分かかるんです、
30分かかるんですっていう人もね、やっぱり日本全国そういうところもあったと思うんですよね。
現にうちの友人は当時ね、それをすごい嘆いてましたね。
自分の住んでる町にはおもちゃ屋もあればゲームショップもある。
当時ブルートっていうね、中古屋さんがあったりとかね、
そのあったんですよ、ワンパク小僧とかね、そういうところもあんのにそれをすっ飛ばして、
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コンビニがあるのは隣町だって言うんですけど、隣町っていうのは田舎に行くと町の区画がでかいもんで、
自転車なんかで行けないんですよね、すごい遠すぎて。
山をいくつか越えないと行けないぐらいのね、すごい距離になるんで。
だからそれで当時うちの友人、車の免許持ってたとはいえ、
仕事終わってから、もう発売日当日にね、仕事終わってから引き取りに車で行って、
帰ってきたらもう、ちょっと夜遅くなってたみたいなことをね、ぼやいてて、
これはこれでちょっとなーみたいなことをね、ぼやいてた友人が何人かいましたよ、地元のね、友人たちはね。
そうですね、まあそういう感じでね、必ずしも、これ都会だと便利だとは思うんですけれども、
やっぱりコンビニがね、何メートルごとに必ずあるっていうわけでもない代物だったりはしますしね。
やっぱりどうしてもね、人口に比例して件数ってあると思うんですよね。
そうなるとやっぱりどうしてもね、東京だったり、まあ大阪、神奈川、やっぱりそういう、どうなんでしょうね、
その人が多いところにはね、これでもかっていうぐらいコンビニあるはずなんですけども、
逆にね、本当にない地域っていうのは大変だったろうなぁと思います。
それ以外ですとね、やっぱりちょっと当時を思い起こすと、
これはね、別にコンビニオーナーさんとかコンビニに対してのクレームとかっていうふうに受け取ってほしくないんですけども、
ただコンビニごとにこれの扱いが変わってくるよなっていうところが、
デジキューブっていうのは当時、デジキューブを扱うっていうことは冒頭でもちょっと話し合ったと思うんですけども、
サントラとか、あとスクエアのゲームの攻略本、アルティマニアね、
ファイナルファンタジーとかで皆さんお世話になった人いるんじゃないですかね。
これがね、だいたいデジキューブの重機の横ぐらいの本棚に置いてあったりするんですよ。
それは全然いいじゃないですか。
だけども、ある店はどうでしょうかね、僕が行っているお店でもそんなに多くなかったかな。
本当に僕が知っている数十軒のお店でもそれ知っているのが1軒か2軒ぐらいだったんですけども、
独自でお店でやっていたのかちょっと分からないんですけども、
今だと本屋でよく見るシュリンクって言うんですか、ビニールでね。
要は立ち読みできないようにしてくれてたんですよね。
ってことはあんまり汚れたりとかね、やらないじゃないですか。
逆にほとんどのコンビニでね、普通の漫画雑誌ですね、ジャンプとかマガジンみたいな感じで、
アルティマニアも置かれているわけですよ。
36:00
そうするとアルティマニアってね、表紙カバーになってますよね。
さらに帯付いてたりしますよね。
それを誰かが立ち読みしてまた本棚に戻すんですよね。
それ繰り返されていると帯がもう破れたりとかね。
下手したらね、そのブックカバーですら破れているとかね。
変なシワが入っているとかね。
そういう一部ちょっと買いたくないなっていう状態。
でもそれしか置いてないしなみたいなね。
これらへんの取り扱いをね、もうちょっと綺麗にしてもらえたら、
また売上にも響いたんじゃないのかなとはね、ちょっと今にして考えてみるとね。
ちょっとそんな風に思いましたかね。
まあね、でもデジキューブいろいろ、この当時スクエアもね、
やっぱり別にファイナルファンタジー以外でもね、
先ほど言ったトバルだったり、ファイナルファンタジー、タクティクス、武士道ブレード、
あと武士道ブレード2とかもあったのかな。
結構ね、今回ちょっとね、あまりタイトルとかは、
デジキューブオンリーのタイトルって実は存在したんですよね。
あとアメリカ横断ウルトラクイズとかね。
ポリゴン吹き止めさんが出てくるやつでね。
アタック25とかね。
なかなかチャレンジングなこともしてたりしてたんですね。
あとね、スクエア、確か初の野球ソフトも確かこの当時出してたと思うんですね。
っていうことで、今とはまた違った。
スーパーファミコンのロールプレイングとかで、
ファミコン、スーパーファミコンの特にロールプレイングで
一時代を築いたスクエアとも違う、
ちょっといろんなものに手を出してたスクエアって感じがして、
あの当時、96年からこの2003年の間っていうのは、
いやもちろん全部が全部成功したとも言いませんし、
面白かったとも言わないですよ。
だけどなかなかね、デジキューブっていう流通網を持ってしまったがために、
とりあえず球を出さなきゃいけないっていう感じで、
ロールプレイングさえ出したらいいんですけど、
それは毎月毎月出せるわけでもないですし、
やっぱりね、こじんまりした中でも面白さだけはすごい感じることができるっていうような作品だったり、
もちろんスクエア内製だったり、外注だったりね、いろいろあったと思うんですよね。
こういうことをやってくれたから、
もしかすると武士道ブレードみたいなのはね、
ああいうのはね、スクエアっていうブランドで出せたのかもなぁとか思いますしね。
他にも僕の大好きなタイトルで言うとフロントミッションオルタナティブとかもね、
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デジキューブで攻略本出してたんですよね。
すごいその前フロントミッションオルタナティブの回でも言ってたんですけども、
蛍光ピンクの表紙の最速攻略本だったりするのかな。
当時デジキューブで販売するっていうことを念頭に置いてるからか、
本ちゃんの攻略本とは別に最速攻略本つってね、
攻略本でもね、複数回ビジネスチャンスを狙ってたっていうのもこの時期じゃないですかね。
そういう意味でね、いろいろと叩かれるところもあるんですけども、
僕は結構デジキューブっていう存在が非常にありがたかったかな、当時は。
僕みたいなね、仕事終わったなって言って、
とぼとぼと家路に帰ってる最中にコンビニでゲーム買えるっていうのはね、
もちろん仕事中に抜け出してゲーム買いに行くのもありなんでしょうけども、
そういうのとはまたちょっと違った感じで、
仕事にしてて気がついたらか、出てたなって言った時にも、
コンビニでね、売り切れてなかったら買えるっていうね、
ちょっとした大人のたしなみ的な楽しみは、やっぱり良かったかなと思います。
でね、これ僕はね、あともう一つ、今こうやって喋ってて思い出したんですけども、
何度も言うようにデジキューブは24時間営業のコンビニで置いてるっていうことで、
多分ね、こういう需要あったと思うんですけれども、
僕がね、中でもやっぱり見て、今でも覚えてるのが、
僕がデジキューブを使わなくなった、
っていうか、使わなくなった頃かな、
それこそ多分デジキューブ晩年の頃だったと思うんですよ。
倒産するね、ちょっと前とかの時期だったと思うんですけども、
パチンコ、パチスロのソフトとかも扱ってたんですよね。
僕当時ね、パチンコもやらなかったし、パチスロも売ってなかったんですけども、
当時はね、アルゼっていう、今で言うとユニバーサルっていうね、パチスロメーカーですね。
当時アルゼっていう名前に一瞬社名を変更しましてですね、
花火とか花火百景とか、そういう感じの人気パチスロ機種が出てたんですよね。
多分当時パチスロ売ってた人とかだったらご存知だと思うんですけど、
あれのシミュレーターソフトっていうのもデジキューブで確か取り扱ってたと思うんですよね。
僕はもうデジキューブとか、ゲーム買わなかったりしてた時期だったんで、
ちょっと欲しいタイトルが逆になかったっていうところがあるのかな。
で、その頃にですね、やっぱり普通に買い物に行った時にですね、
パチンコパチスロで買って、いい気分になっているお父さんがですね、
お父さんだったかな、おじさんぐらいの人がですね、
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ちょっとほろよいき気味にですね、花火が入っているソフトをね、
コンビニのレジで買ってたりとかして、
ああ、こういうゲームソフトとの触れ合い方っていうのもあるよな、みたいなね。
その人はたまたまパチンコパチスロのソフトだったんですけども、
例えばなんですけども、今ね、小売店にね、
酔った勢いでゲーム買いに行く人っていないと思うんですよね、なかなかね。
だいたい小売店が、ゲーム売ってる小売店、
だいたいよくても平均的には8時ぐらいで閉店しちゃうんじゃないですかね、
あの家電量販店とかをね。
で、コンビニだったりするとね、どっかでお父さん一杯引っ掛けてみたいな感じで、
たまたまね、子供のお土産だって言ってね、
買っていった人もいるかもしれませんし、
なんかね、酒の力を当てにするわけではないんですけども、
なんかそういうね、ちょっと変わったマーケットの動き方っていうのも、
実際はあったんじゃないのかなと思うんですよね。
それがね、どれぐらい市場に反映できたかどうかっていうのがね、
まあちょっとね、この後話すところで繋がってはくるんですけどもね。
ここまでね、ちょっと今一瞬ね、ちょっと話し寄れて、
僕がね、デジキューブのね、話しちょっとしちゃって、
デジキューブの思い出って言うんですかね。
やってたんですけどもね。
ここまで話しててね。
ファイナルファンタジーダロミだったところはあるんですけども、
それでもね、コンビニで売るっていうのは、
やっぱり小売店にとっては脅威だったと思うんですよね。
で、しかもファイナルファンタジーとか、
一部スクエアのタイトルは1000倍に近いと言ってもいいぐらいね、
比率が全然違うんですよね。
本当に明るい未来しか見えないんじゃないかって思うんですけども、
なんで悪化したのかっていうところですよね。
そして2003年でね、
自己破産する羽目になったのかっていうね、
それをね、ここから話していこうと思うんですけどね。
まあ、いくつか要因はあるんですよね。
でもね、僕が中でもやっぱり一番大きいんじゃないかなと思うのが、
最大のね、要因ではないかなと思うのがですね、
このデジキューブ。
このデジキューブがやったコンビニ物流通においてですね、
実はね、これは日本ではね、
このゲーム流通においてはね、
おそらくデジキューブしかいまだやってないと思うんですよね、
この規模ではね。
初めて返品っていうのをね、受け入れたことですよね。
あの実はね、
ゲームの流通で日本と諸外国でね、
最も違うのはトンやシステムの有無とかではなくて、
この返品制度の有無なんですね。
基本的に日本のゲームソフトの販売は、
末端の販売店、
まあ要は僕らから、一般ユーザーからすると、
45:03
買いに行くお店さんですよね。
この販売店は収入をした時点で、
もう買い取りになっちゃうんですよ。
トンやから買おうがメーカーからね、流通仕様が。
つまりは過剰に在庫を抱えると、
売れなければもう不採になるわけですよね。
ただデジキューブっていうのは、
各店舗の初回出荷本数をね、
コンビニ、例えばセブンイレブン何々店、
ファミリーマート何々店とかあると思うんですよ、
各店舗の。その出荷本数をね、
それぞれの店の出荷本数をデジキューブ側が設定するっていう条件で、
返品を受け付けてたんですね。
だから、例えば、
セブンイレブン新宿店ってそんなにあるのか分かんないですけど、
セブンイレブン新宿店にはファイナルファンタジーセブン、
100本だって言っても実は10本しか売れなくて、
90本はもう余っちゃったみたいなことになったとしたらですね、
90本返品してもね、大丈夫だったっていうね。
返品を受け付けてくるんですよね。受け付けてくれてたんですよね。
これ一般の小売店、家電量販店とかではないんですよね。
僕が知る限りは、もしかしたらすごい大きなね、
ヨドバシとかね、
超大手のね、
メガショップだったりすると何かしらそういうのがあるのかもしれないんですけど、
基本的にはこういう返品制度っていうのはないんですね。
これ海外、アメリカとかだと逆にね、
あるんですよね、この返品制度っていうのが。
だから日本のメーカーと海外のね、
ゲームメーカーの違いってそこになるんですよね。
日本、例えばそのね、スクウェアがファイナルファンタジー、
先ほど170万本売りましたとかってあるんですけども、
日本の場合出荷したその時点でお金になるんですよ、それが。
あとはお店で在庫になろうが、全部売り切れようが、
もうメーカー側にはお金が入ってるんですよね。
これ海外、アメリカではね、特にアメリカが県庁なんですけども、
アメリカ、今回100万本発注したから100万本履けたって、
お金は1回入るんですよ。
だけども2週間後ぐらいに、
いや、あの店は売れ残ったからこれだけ返してきたって、
そのお金返さなくちゃいけないんですよね。
っていうことで、
売上がそのまま自分たちの利益にすぐにならないっていう、
なんでだったらプールしといてね、返品に備えてね、
お金プールしとかなくちゃいけないっていうね、
このシステム結構違うんですよね。
でですね、この返品制度っていうのをね、
やってしまったがために、デジキューブっていうのはね、
これが結構大きな足かせになったんじゃないかなっていう風に
僕は考えて、そうとも言われてますね。
で、実はですね、この返品制度っていうのはね、
もちろんやっぱりコンビニからするとね、
48:02
デジキューブ側からはね、やっぱりウィークポイントだったと思うんですよね。
ただ、各コンビニオーナーとかコンビニブランドの本部とかからしてもですね、
すごい好意的に受け入れられたと思うんですよね。
当時のプレステの、サターンのソフトも確か取り扱ってたと思うんですけども、
この辺のソフトってだいたい1本5800円とか6800円とか、
ファイナルファンタジーで7800円、8800円とかいったのかな。
で、これらの商品がね、言ったら入ってきて、
最も旬な時期を過ぎたらもうやっぱ売れなくなるわけですね。
で、それをノーリスクで返品して引き取ってもらえるっていうシステムは、
本当にコンビニオーナーの人からしたらですね、
要は扱う商品の金額としては結構、
ゲームソフトって高単価とか高額になるもんね、1本。
考えたらやっぱりすごい受け入れ、好意的に受け入れられたと思うんですよね。
しかもこの当時のコンビニの客単価、
つまりこの客単価ってお客さん1人のね、
消費金額の平均っていうのがおそらく600円程度の時代だったと思うんですよ。
今でもそんなに変わんないんですよ。
700円とか800円までいくのかな。
そんな中ね、低価販売のデジキューブのソフトの利益っていうのは、
たぶんね、利益だけですよ。
ソフト売った後、お店に入る利益が600円とか700円あったと思うんですよ。
ちょっと高額なファイナルファンタジークラスになると、
1本売ったら1000円利益になるんですよ、お店のね。
これはもうコンビニ側からしたらメリットばかりなんですよね。
反面デジキューブはこの返品制度っていうのを導入したおかげでですね、
業績が要は思うように上がらなかったとも言われてるんですね。
そこに加えて、当時のスクエアと任天堂っていうのはね、
ここであまり詳しくは言わないんですけど、
この2000年当時かな、やっぱりプレステに入ってから、
いろいろと確執があった時期なんですね。
2001年ぐらいになると結構デジキューブも息切れが結構きつくてですね、
やっぱり任天堂の商品も取り扱いができないっていうことでね、
この時期の任天堂っていうのは64とか扱ってた時期なんですけど、
64がPSに比べて、プレイステーションに比べると不審というか不調ではあったものの、
それでもやっぱりどうなんでしょうね、
ソフトの数がプレステほど多くないっていうことは、
売れるソフトっていうのが見えやすかったっていうところもあるんですよね。
51:00
あとですね、64以上に売り上げが良かったっていうのは、
ゲームボーイ、そしてポケモン関連のね、
取り扱えば売り上げに貢献できる商材っていうのは、
やっぱり任天堂側はいくつも持ってたのも事実なんですね。
ただね、親会社のスクエアと任天堂の確執っていうだけでね、
ちょっと取り扱えないと。
デジキューブっていうのは子会社なんで、何の関係もないって一見思えそうなんですけれども、
それがあんまり関係ないとも言えないのが、
当時の任天堂っていうのは独自の流通である初心会、
要はトン屋さんがあって小売店さんがあるっていうね、
つまりトン屋と小売店さんをものすごく大事にしてたっていうのが、
任天堂のやり方だったんですね。
それに対して反旗を翻してるっていう節があったのが、
例えばソニーの独自流通だったり、
さらにスクエアもね、どっちかっていうとそっち寄りなんで、
それをやっぱり任天堂側からは良しとは思えなかったところもあったと思うんですよね。
そういうこともあってね、2000年代初頭っていうのは、
実は任天堂とスクエアっていうのはなかなかの状況だったんですよね。
2001年、当時のスクエアの鈴木社長が、
当時の社長が鈴木さんって言うんですけども、
この方がマスコミに対して、
GBA、ゲームボーイアドバンス向けに是非ともソフトを供給したいとね、
力強くアピールしたんですよね。
マスコミ関連を通してファミ通だったり、
多分日経とかにもそういうこと言ってたと思うんですよね。
そしたらですね、もう同じ月ですね。
同じ月に、当時の任天堂の山内社長、
この山内社長ってご存知の方もいらっしゃると思うんですけども、
ファミコン、そしてスーパーファミコン、64とね、
いわゆる花札トランプの任天堂からテレビゲームの任天堂に変えたね、
創業家の3代目になる方なんですけれども、
山内博社長なんですけどもね。
この方が鈴木さんのゲームボーイアドバンス向けに、
是非ともスクエアのね、うちのソフトを供給したいなんてアピールされたところでね、
それまでがありますから、それまでの確実がありますから、
山内社長を言うわけです。
何を言っても自由だが、契約する意思はないし、
将来的にも可能性は低いですねってね、
突っ跳ねる方だったんですね。
大度の大人がね、この言い草ですからね、当時ね。
で、まあ、この後ね、2001年ね、同じくこの7月にはですね、
デジキューブの株主総会ではですね、
ある株主からね、提名するデジキューブの売り上げに対してね、
54:00
土下座してでも任天堂の商品を扱えるようにするべきなんじゃないかって言われるんですよ。
そうするとデジキューブの某野社長っていう方がですね、
言うんですね、この株主さんにね、
土下座してなんとかなるものならいくらでもしますよと返すほどね、
両者の関係は当時本当に最悪だったんですね。
まあ、ちなみにですね、この後ね、2001年12月、
この鈴木さんからですね、社長が和田洋一さんに変わりまして、
この方がスクウェアの新社長になるんですね。
翌年の2002年6月にはですね、
任天堂も山内さんから岩田さんに社長が変わり、
さらには2003年4月にはですね、歴史的合併と言われたね、
スクウェアとエニックスの合併でね、
その後両者の関係っていうのは少しずつ改善されてね、
だいぶ経ちますけども、スクウェア、エニックスとして、
ファイナルファンタジー、タクティックスとかかな、
確かゲームボーイアドバンスでね、出るんですよね。
で、まあね、現在はね、もうあの、
この2社っていうのはね、もう皆さんもご存知の通りね、
任天堂ハードでもね、スクウェア、エニックスのソフトに供給されてるんですよね。
まあただ、当時ね、その返品制度っていうのを取り入れたこと、
それがやっぱり足枷になって売り上げ、
要は売り上げも経ったんだけども、返品も結構あったっていうところで、
要は利益が残りにくかったっていうことと、
やっぱり底上げするっていう、販売数をもっと上げるっていうことで、
任天堂のソフトを取り扱いたかったけど取り扱えなかった。
さらにはですね、ここからがまたね、
このスクウェア・エニックスっていう、スクウェア・エニックスっていうかね、
スクウェアですね、まだ2001年ですね、
7月、わかる方いらっしゃいますかね、
スクウェアはですね、もう一発やらかしてるんですね、実はね。
ソフト供給のごたごた以外にもですね、
2001年7月、全世界に近いのかな、これ。
日本とアメリカでは公開されましたよね。
映画ね、ファイナルファンタジーね。
もう歴史的な大失敗って言われてる、あの映画ね。
これの負債額がでかかったんですね。
でもこれ映画は別にデジキューブ関係ないって皆さん思いますよね。
ただこれ関係してくるんですよね。
この映画の大失敗でですね、
スクウェアはですね、多額の負債を抱えることになるんですね。
この負債をね、何とかするために、
当時保有していたデジキューブの株の一部を売却してですね、
スクウェアはその株を売却した利益を映画の負債に充てたんですね。
57:05
その後もですね、デジキューブを取り巻く環境っていうのはですね、
ソフト販売以外にもいくつか手を出すんですね。
例えばですね、2001年でも2002年でもいいんですけど、
この当時ちょっと早すぎたかもなっていうところで、
音楽配信販売っていうのをやるんですね。
今だとね、ちょっとピンとこないと思うんですけども、
この当時ってのはまだインターネットとかね、
ありましたよ。ありましたけども、ナローバンドって呼ばれるものなんですよ。
今みなさんがね、扱ってるもの、
そうですね、アナログ回線でつないでる人って多分いないと思うんですよね。
少なくともこの放送、この放送っていうか、
このポッドケースをアナログ放送で聞けないと思うんで、
データがデカすぎるんでね。
ブロードバンドって呼ばれるものを使ってると思うんですね。
それが光なのか、ケーブルなのか、Wi-Fiね。
あとは携帯のね、過去キャリアだったりね。
宅内だとADSLとかあるのかな。いろいろありますよね。
ADSLってもないのかな、さすがに。
まあそういう感じでね。
ただこの当時っていうのは、2000年当時っていうのはまだ、
音楽をダウンロードして買うっていうことができないんですよね。
まだね、まだちょっと一般的ではなかったんですよ。
そしたらどうするかって言ったら、
コンビニに行ってダウンロードして売るっていうね。
そういうやり方をやろうとしたんですよね。
ただこの時はね、まだスマホもなければ、
iPodとかもあったのかな。
あ、あったか。iPodはないんですけども、
実はこのデジキューブとね、
音楽配信でゴタゴタした会社が、
リキッド社っていうところがありましてですね。
いわゆるiPodって言えばわかるかな。
iPodとかってあれ、いろいろな呼ばれ方してますよね。
ああいうの、MP3プレイヤーとかデジタルオーディオ、
あとシリコンオーディオとかね。
要はオーディオ機器の中にね、
記憶媒体が入ってて、
それに音楽のデータを入れて、
持ち歩くっていうことだったりとか、
再生するっていうことですよね。
これを、いわゆるMP3プレイヤーっていうのが、
実はこの当時いくつかの会社が作ってたんですね。
その一つがリキッド社って言って、
そことですね、ちょっとゴタゴタ揉めてたところもあって、
今回はそれに関しては詳しくは言わないんですけども、
ちなみにリキッド社ってのも、
AppleがiPodっていうのを出したら、
当時いろんな会社が出してたんですけど、
AppleがiPodって最高発なんですけど、
これが全部を押し倒してね、
1:00:02
業界一位に踊り出るっていうね、
そういう事態が出たんで、
このリキッド社ってのもね、
その後あんまり聞かなくなりましたけどね、
そういう感じでね、
音楽配信事業っていうのをやろうとしたんですけど、
これもね、うまくいかず、
あとですね、今となっては当たり前になってるんですけども、
銀行ATM事業にね、乗り出すんですけどもね、
3羽銀行っていうね、銀行がありまして、
ただこの3羽銀行っていうのがね、
後にIY銀行、IYバンクっていう、
今で言うセブン銀行のシステムに
曲がりする形になったのかな、
それでこのデジキューブ側が出資してた、
力を入れてた3羽銀行のこのシステムっていうのが、
結局生産、引き取らなくちゃいけない、
引き払わなくちゃいけないっていう状態になったんで、
これもね、結局利益としてはね、
残るどころか負債を抱えるっていう形になったりとかね、
いろいろね、
いくつかのコンビニを使ったサービスを
いこうとはするんですけども、
やっぱりコンビニってね、
賞味期限が早いんですよ、
僕も仕事やってて思うんですけれども、
やっぱり流れが早いっていうんですかね、
例えばどれくらい流れが早いっていうと、
今コンビニでもドーナツなんか売ってないですよね、
昔なかったですか、専用の重機みたいなのがあって、
重機っていうんですかね、レジ横にね、
ミスタードーナツかっていうくらい、
いろいろおいしそうなドーナツ置いてあったじゃないですか、
一時、僕が仕事やり始めた頃、
今のね、その仕事やり始めた頃、
まさにその絵が始まるかっていう時だったんですけど、
ある程度1年もたなかったんじゃないですかね、
結局ね、コンビニのサービスって、
もうコンビニって多分4,50年続く
事業なんですけども、
時代の流れを敏感に察知して、
いるもの、いらないものっていうのをすごい速度で、
捨てていって、取り入れていってっていうのを
繰り返しだったりするんですね。
そこに挑むっていうことは、
デジキューブとしては、メリットはすごい大きいとは思うんですけども、
デメリットもその分でかいっていうことを、
やっぱりどうなんでしょう、熟知してなかった、
把握してなかったっていうのも、
事業の失敗に繋がったのかなと思います。
例えば音楽配信販売とかも、
あと数年遅ければとか、
このATMっていうのだって、
もうちょっと状況が整ったり変わったりすれば、
今頃はコンビニのATMの大半は、
デジキューブが牛耳ってたかもしれないとかね、
いろいろあったと思うんですよね。
こういうタイミングに乗り遅れたっていうのもあったのかなとは、
1:03:01
読み違えたというか、
そういうのもあって、
結局残念な結果に終わったということで、
負債総額も結構な金額いってですね、
最終的にはちょっとですね、
僕も今、
ちょっとね、
そうですね、どれくらいかな、
ちょっと今調べてる最中で言うと、
負債総額は90億まで上がったみたいですね。
2003年11月26日、
この日にですね、
実は、
負債総額95億ということですね。
普通だったら、
この規模の会社であると、
会社構成手続きっていうのを行うんですけれども、
デジキューブはですね、
会社構成手続きっていうのに入ることなく、
即破産手続きに入ったんですね。
これ結構異例なことだと思うんですよ。
大体会社構成法とか、
会社を再建する方に一旦は舵を切ろうとするんですけれども、
もう無理だっていうことでですね、
即破産手続きに入ってるっていう、
結構これは本当になかなか僕も今回調べてて、
珍しいなと思ったんですけどね。
2003年11月26日にこの手続きを開始したんで、
たぶん軒並み、
ここからほどなくして、
コンビニ各店頭から銃器がなくなったり、
これよりも前にも、
音楽配信系の銃器に切り替わってたりしてたのは、
僕も知ってたんで、
なかったとは思うんですね。
あってもお飾りみたいになってた状態ですかね、
2003年11月ぐらいだったりするとね。
この破産手続きに入ったらもう、
各コンビニからね、
あの銃器、ゲームの商材、
いわゆる在庫も全部引き払われて、
徐々になくなっていき、
会社としてはね、
2006年4月にすべての破産手続きが集結してて、
デジキューブっていうのは、
その短い生涯に幕を下ろすんですよね。
そんな感じでね、
デジキューブについてね、
ちょっと悲しい感じもするんですけども、
時代の流れに乗ったようで、
乗り切れなかった、
いろいろな不運があってね、
定着しなかったサービスかなと思うんですよね。
何かが変われば、
昨今はさすがにダウンロード販売とかもね、
主力になりつつあるっていうことなんですけれども、
1:06:00
まだまだパッケージ買う方もいらっしゃるんでね、
もう少し延命できたような気もするし、
なんかあれが残ってたら、
なんか違うゲームライフが見えてたりとか、
なんか僕の中でね、
違うゲームライフがあったのかなとか、
あれがあったら、
違うスクエア・エニックスが見れたのかなとかね、
いろいろ想像はしたりしますね。
何よりもやっぱり96年以降、
本当にあの、
スクエア・エニックスというかスクエアがね、
本当に多角的になんかいろんなソフトをね、
出してくれてたっていう話をさっきもしてたんですけども、
それが全部ダメだったっていうわけではなくて、
結構面白いものも出してくれてて、
まぁ後々あれが失敗だったみたいな判断をしちゃってるからね、
トバルにしろ、
ブシドー・ブレイドにしろ、
なんかあの頃に置いてきたブランドって、
いまだにないんですよね。
いまだにあんまりいじくられてなかったりするじゃないですか。
それこそクロノ・トリガーは
結構浴びるけど、
クロノクロスはHDリメイク、HD一色かな、
この前されましたけども、
あれだってもうちょっとシリーズみたいなの続けてもよかったんじゃないのかなとかね、
いろいろ考えたりはするんですよね。
なんかあの時代に結構スクエアって、
このデジキューブの失敗だったり、
映画の失敗とかいろいろな心残を舐めてきたから、
なんか、
置いてきたまんまにしてるもの、
今でも置き忘れてきたまんまのものがあったよなーっていうのでね、
その一つで今回ね、
デジキューブっていうのをちょっと喋ってみました。
はい、ということでね、
今回も、
いろいろどうなんでしょうね、
結構懐かしいな、
デジキューブって思いながらね、
ふとね、
急に気になって、
いろいろと調べて、
喋らせていただいたんですけれども、
まあ本当はね、もうちょっといろいろ、
あんまりいい話っていうんじゃなくて、
どっちかっていうと、
ちょっと後ろ向きな話ばかりが、
見えてたかなっていう時もね、
っていうか資料の中にはね、
1:09:00
あったんで、
あんまりそっちは、
調べないように、
見ないようにはして喋ってるんですよね。
だから一応、歴史的な感じだったり、
システム的な感じだったりとかはね、
そのままお伝えした中で、
喋らせてもらいました。
どうでしたでしょうかね。
デジキューブ、前のところでも多分、
言ってるとは思うんですけども、
まあね、無くなってしまったんで、
残念かなとは思いますし、
まあでもいいサービスだったような気はします、
僕は。
あれがあったから出会えたタイトルっていうのも、
絶対あったんで、
あのサービスがコンビニでね、
行われてたから、
まあ小売店の人には申し訳ないですけど、
小売店ではなくて、
コンビニで買い物をしたと。
コンビニで買い物をしたからこそ、
ファイナルファンタジーの時に話してたわけ、
あれじゃないですけどね、
なんかジュースと何かを買って、
ゲームソフト買って、みたいなね。
パッと見ね、その小さなビニールの小袋だったら、
数百円しか金使ってないだろうっていう感じなんですけど、
パッと見、
8000円、9000円くらい使ってるんです、みたいなね。
パッと見、誰もそんなに高価な金を、
商品を入れてるとは思わないものがね、
意外とそんな感じでこいつブラブラ下げてるな、
みたいな感じで、
ああいう金の使い方みたいな感じのもあったろうなと思ってね。
だからそうですね、ちょうどね、
この96年からこの2003年くらいまでの間っていうのは、
まあそのね、何度も言うように、
スクヤさんに結構僕は期待してた時期もあったんで、
いやそれこそ、
発売日の前は、
興奮して眠れずに、結局日付過ぎて、
すぐに撮りに行ったみたいなね、
12時過ぎてから行けるだろうって撮りに行ったタイトルって結構ありましたよ。
あのね、
ファイナルファンタジーの話してましたけど、
それ以外だとね、
ファイナルファンタジータクティクスとかね、
これファイナルファンタジータクティクスはね、
タクティクスオーガとかの松野康美さんがね、
スクエアに来て、
最初に手がけたソフトだったんでね、
タクティクスオーガをね、
ファイナルファンタジーの世界観でやったらみたいな感じなんでね、
ちょっとタクティクスオーガとはだいぶ変わってしまったんですけどね、
あれはあれで悪くなかったかなと思ってたし、
その後のね、
ベイグラントストーリーなんかも興奮して、
1:12:02
やっぱり同じように、
日付過ぎてから買いに行った覚えがありますね。
意外とやってみたら、
なんか俺には理解が及ばないなみたいな感じで、
大苦戦してね、
いまだにクリアできてなくて、
いつかまたもう一回挑みたいなと思うタイトルではあるんですけどね。
そんな感じでね、
あの頃って結局そういう興奮して眠れないな、
発売日が待ち遠しいなって、
あと数時間なんだけどって言って、
日付変更線またいだからって言って売ってくれるだろうって言って、
そんなこっちの欲求にね、
ゲームショップって答えれないじゃないですか。
朝の10時に来い、11時に来いみたいな話ですから。
それをね、
ちょっと対応してくれたっていう意味では、
なんかやっぱ面白い、いいサービスだったかなとすごい思います。
まあね、
この96年から2003年っていうのをね、
ちょっと僕ね、
前のところ収録した後ですね、
ちょっと休憩がてらり、
あの、
wikipediaさんでね、
見てみたんですよ、それぞれの年にね、
なかなかいろんなことが起きてたんだな、やっぱりと思ってね。
まあ、今ね、
あの、これ、
エンディングで喋る内容なのかどうかはわかんないですけど、
例えばね、
96年はね、1月8日にね、
これ今から2000、何年かな、
2003年ぐらいまでドッと言っていくんですけども、
あの、
もう本当に、
僕の偏見でピックアップした話題ばっかりなんですけどね、
まあ僕の中でいかにすごかったのかっていうのがわかるぐらいのね、
だからあの、
ピックアップした中でですね、
2003年ですかね、
あ、あったあった。
2003年じゃない、96年ですね。
96年1月8日、日本テレビの人気アニメね、
後に人気アニメになる名探偵コナンがね、
放送開始されるんですよ。
96年の1月8日から放送開始。
そっからですね、ちょっとするとですね、
2月27日ね、
任天堂ポケットモンスター赤緑が発売です。
これで翌年ね、
97年以降からね、
アニメなどのメディアミックスによる長期的ブームとなり、
ロールプレイングゲームにおいて、
販売本数世界一を記録したっていうことらしいですね。
でまぁこの96年はね、
ちょっと2月から飛んでですね、
11月23日、バンダイが携帯ゲーム機
タマゴッチを発売するんですね。
いや、なかなかでしょう。
そして翌年の97年ね、
1:15:03
前の年でね、
発売された
ポケットモンスターね、
97年になったらアニメになるんですけれども、
さくっと通り過ぎますけど、
97年いきなり12月16日ね、
この日のテレビ東京及び系列各局で放送された
97年の12月16日にね、
放送された
テレビ東京で放送された
ポケボンのね、
第38話を主張した多数の人がね、
光花瓶製発作を発し、
病院に搬送されるっていう、
いわゆるポケモンショックと呼ばれたね、
事態が引き起こされましたね。
これ確か当時すごい話題になりましたもんね。
97年でしょ、12月16日だったんですけど、
これ僕今調べてないんですけど、
この後ね、
確かね翌年の9月とかね、
すごいね、
半年どころじゃなかったと思うんですよね。
翌年の秋口ぐらいまで
放送がなかったと思うんですよ。
放送再開にあたって、
当時のテレビ東京の社長さんとか
そういう偉い人が、
この度はって言って謝罪して、
なんでこういう事態が起きたのかっていう説明をね、
して、その後にポケモンがスタートしたっていうのを、
僕たまたまね、
当時、たぶん僕ポケモン見れる時間帯なんかに、
家にいないんですけど、
当時確か木曜日、
今も木曜日なのかな?
木曜日っていうのが当時僕雑誌の編集してた頃って、
締め切り明けで、
2週間に1回だけ早く帰ってこれるのかな?
それでたまたまこれを見ることができた。
だったと思うんですよね。
だからテレビ東京って今でこそね、
やっぱりそれなりにすごいね、
いろんなドラマだったりアニメだったりっていうのがあるんですけども、
まだまだこの97年当時っていうのは、
やっぱり今以上にね、
テレビ局としての地位っていうのかな?
なんかポジションがやっぱり下に見られてた時に、
本当にポケットモンスターっていうのは、
あのテレビ東京っていうのをね、
代表するコンテンツの一つだったんで、
やっぱりテレビ東京側も、
これに賭けてたっていうところあったと思うんですよね。
こういう時代になっちゃってっていうの。
だからこそ、この再開する時にはね、
社長さん自らがご挨拶されてたと思うんですよね。
こういう時代だったんですよね、97年っていうのは。
翌年の98年になるとですね、
1月28日にですね、
仮面ライダーサイボーグ009などで知られる漫画家の、
1:18:01
石ノ森翔太郎さんがね、
石ノ森翔太郎先生がですね、
お亡くなりになられると。
飛んで7月25日ですね、この日がすごいんですよ。
7月25日、ご存知の方も多いと思うんですよね。
これ当時、覚えてる方多いと思うんですよね。
和歌山独物華麗事件ね。
これが発生した日なんですよね。
で、この同じ日に、
マイクロソフトWindows98、日本語版が発売されるっていうね。
これ7月25日ってすごい日ですよね、この日ね、98年のね。
で、こっからですね、
さらに10月21日にはですね、
任天堂がね、ゲームボーイカラー発売ですよ。
この前の年にはポケモンショックがあったりとか、
でもその前の年に出たポケモンとかのね、
影響でね、完全に息吹き返したハードっていう感じでしたもんね、
ゲームボーイはね。
で、ついにね、カラーが発売されるっていうね。
でですね、この10月21日のゲームボーイカラーからね、
約1ヶ月後、11月27日にはですね、
セガエンタープライズスが家庭用ゲーム機、
ドリームキャストを発売。
すごいですね、そういえばそういう時期だったなって思いながらね、
僕も後々ね、買いましたよ。
この時ね、ゆかわ専務ね、
出られてCMしてましたもんね、
タッキーと一緒にね。
後にこのゆかわ専務はね、
いろいろあって、
プリペイドカードのクオカードのね、
創業者っていうんですかね、社長になられるんですよね。
ちなみにゆかわ専務、
ゆかわさんはですね、その後、
数年前にお亡くなりになられてるんですけどね。
でですね、1999年、
5月19日。
これアメリカでの5月19日なんですけどね。
スターウォーズエピソード1ファントムメナスがね、
アメリカで公開されるんです。
日本公開は7月10日なんですけどね。
でまぁ5月、99年の5月30日ですね。
西村ひろゆきが2チャンネル、
現5チャンネルを開設。
そしてですね、10月20日にはフジテレビ、
ワンピース放送開始ですね。
すごいですね。
ファントムメナスと2チャンネルとワンピースは
同じ年に出てきてたんですね。
そしてですね、2000年になると1月1日。
もうお分かりだと思うんですけどね。
僕ぐらいの世代の人だと。
コンピューターね。
まぁ基本的にはWindowsだったと思うんですけども。
2000年問題の発生が注目されましたけどね。
まぁ大きな問題も起こらずにね、
無事年越して、
何も問題なかったっていうね。
ちなみにあの、
どうでもいいですけどまた今度ね、
1:21:01
何かの折りがあったらあの、
この2000年1月1日っていうのは、
2000年問題って我が家ではね、
ある2000年問題があるんですけどね。
これあのね、
リエ姉さんに今度出てもらった時に
喋ってもらおうかと思うんですけどね。
彼女に2000年問題が発生したっていうだけの話なんですけどね。
でですね、あと1月30日ですね。
2000年のね、
1月30日から
仮面ライダークーガが放送開始ですよ。
仮面ライダーシリーズが約10年ぶりに復活し、
平成仮面ライダーシリーズの第1作目となるっていうね。
織田斬上主演のね、仮面ライダーですね。
そしてですね、このね、
2000年3月4日ですよ。
ソニーコンピューターエンターテイメント、
プレイステーション2を発売。
発売後3日間で、
98万台を売り上げたっていうことでね。
この時ね、
確か、
DVDプレイヤーっていうのが日本国内でね、
10万台ちょっと、
12、3万台ぐらいしか普及してなかったんですよ。
ただ、このプレイステーション2でね、
たった3日間で98万台。
これ以降もまだ売れ続けたっていうことで、
DVDっていう映像メディアが、
ドッと注目をされるメディアになったんですよ。
映像記録メディアとして。
だからどうでしょう。
プレイステーション2、
当時買われた方とかね、
買ってなくてもね、
当時知ってる方だったりすると、
いわゆるね、レコード店、CD店、
みたいなところで、
ひっそりと隅っこの方で売られてた映像記録ソフトね、
セル用のビデオとか、レーザーディスクとかと、
の新手のメディアとして置かれてた
DVDソフトっていうのが、
一気に日の目を見たんですね、
このプレイステ2のおかげでね。
何だったらコンビニでも、
おもちゃ屋でもね、
ちょっと大きめのおもちゃ屋だったりすると、
ゲームソフトとかと一緒にね、
映画のDVDとか売られるようになったのも、
このプレイステ2が契機って言われてますね。
このプレイステ2が発売された、
DVDが出た、
あの市場をね、
映像記録メディアの新たな市場を
築いたっていうことでね、
ゲームに新たな波が来たっていうことはね、
終わるものもあるんですよね。
この、この年ね、
2000年12月31日をもちましてですね、
東京都世田谷区双子玉川にある
ナムコワンダーエッグが閉園したんですね。
僕行ったことないんですけどね。
1:24:00
名前だけしか知らないっていうね。
そして2001年10月、
初代iPodが発売ですね。
当初はマッキン特殊専用であったが、
革命的なデジタルオーディオプレイヤーとして
話題になりヒットしたんですね。
僕もこの当時ってのはまだ仕事をMacでやってたもんで、
だから周辺の人間がiPodを買ってたし、
よく周辺の人間から言われました。
買わないんですか?って言われた覚えがあるなと思って。
いや、すごい便利だなと思ったんですけどね。
そんなiPodもね、
今となってはもう今、
あんのかな?ないような気もしますね、さすがに。
iPhoneで十分だっていう感じでしょうね。
そして2000年、とんで2002年にはですね、
いきなりもうね、
2001年10月のiPodしか言ってないんですけど、
2002年はですね、2月22日。
ごろのいい日ですね。
この日にですね、マイクロソフトが家庭用ゲーム機、
XBOXを日本国内で発売っていうね。
だからあれなんですね。
意外とマイクロソフトのXBOXっていうのは、
プレステ2から約2年後に発売されたんですね。
そうなんですよ。
意外とね、いろいろあったみたいでね。
2003年はじゃあどうなんだって言うとね、
特にね、僕が、ちょっとなんか、
キラ臭い事件とかね、
そういうのはあんまり言わないほうがいいかなと思ったんで、
ゲームとかね、エンターテイメント系で、
あんまり大きなものがなかったんで、
2003年はちょっと割愛しますけど、
こうしてみるとね、
いろいろ、今ね、僕が言ったこの96年から、
大体2002年ぐらいまで言ったんですけども、
ほんのちょっとだったと思うんですよね。
僕がポックアップしてるのは少なかったんですけど、
それでもいろいろあったなっていうのは思い出されますし、
そんな時代をね、別にデジキューブだけが
頑張ってたわけでもないですし、
他もね、いろいろあったとは思うんですけども、
こういうね、今もね、
毎年のようにいろいろなことが変化していってますけども、
この時はこの時でやっぱり変化していってた時期だったと思うんで、
そこにね、上手く乗ったようで乗り切れなかったっていうところが、
デジキューブの悲しさ、悲哀かなと思いながらもね、
ちょっとノスタルジーに浸りながらね、
今回は喋ってみましたけど。
何度も言うように、
フラッと立ち寄ってコンビニでゲーム買うっていうのが
やっぱり良かったよなぁと思うっていう。
ただそれだけなんですけどもね、
なんかそういうね、もうこれからそういうことって、
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パッケージはないのかなぁ。
なんかね、どうなる?
まぁまぁないか、やっぱり。
ちなみにね、デジキューブとは違うんですけど、
デジキューブはね、ソフト在庫して売ってるっていう感じなんですけど、
コンビニでね。
デジキューブと似てるっていう言い方がどうなのかわからないんですけども、
なんかそれぐらいおかしな状況だなぁと思うのは、
スイッチのね、あつまれどうぶつの森、あつ森ってあれ、
コロナ禍だったかな、あの頃。
あれ発売された頃だったと思うんですけども、
僕あの頃は大阪の梅田に、淀橋にね、
別県で買い物に行ったことがあるんですよね。
それこそ、白物家電か何かを買いに行ったんですよ。
なんか炊飯器コーナーとかね。
あの辺行ったんですよ。
踊り滝とか書いてるようなね、レジの横とかにね、
炊飯器が並んでたりとかね。
あと、コーヒーメーカーみたいなのが置いてあったりとかね、
そんなコーナーですよ。
レジでいざ買おうと思ったら、レジ横にね、
なんかちょっとおっきめのお菓子買って思ったら、
よく見たらあつ森のパッケージが売ってて、
よくよく見たらね、
なんでこんなところに売ってるんだって聞いたら、
いや売れるもんで、つってレジの人が言うんですよ。
で、よくよく見たらその当時、淀橋のね、
いろんなフロア、もうあの、
美顔器とか売ってるようなところのレジですらあつ森が売っててね。
ゲーム売り場じゃない、すべてのレジのカウンターに、
あつ森が置かれてるっていうね。
どこの階でもどこのレジでも買えるっていうね。
それを見た時にやっぱりすごいなって思いながらね、
なんかちょっと馬鹿げてるけどなぁと思いながらね、
なんかあれっぽい雰囲気をちょっと感じたなぁと思って、
デジキューブっぽい雰囲気を当時感じたなぁっていうのを今はね、
思い出しましたけどね。
あれもね、あれでちょっとすごい当時ブームになりましたんでね。
どうなんでしょう、淀橋カメラさんぐらいしかそんなの、
すごいことはやってなかったと思うんですけどね。
今後他のタイトルとかでも、
ああいうことをやっていくのかどうかわかんないですけどね。
全然話色れましたけどね。
今回ね、こういうデジキューブのことをね、
まあまあ調べて、
まあ喋ってみたんですけど、どうでしたでしょうか。
多分ね、僕みたいな思い出とか、
デジキューブに対する、
対するっていうかデジキューブがあったから買えたっていう人もいたりとか、
話してましたけど、
僕が当時高校の時に住んでた実家のあったところでは、
逆にデジキューブが扱ったからこそ入手しにくくなったっていう思い出を
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持たれてる人もいるとは思うんですよね。
そんな感じで、皆さんどうでしょう。
デジキューブのなんかいろいろ思い出とかあったらまた、
なんか教えていただければまた番組で紹介したいと思います。
多分あると思うんですよ、みんな。
どうなんでしょう。僕なんかはもう成人してましたけども、
あれ中学生高校生ぐらいの人だったらまた、
ちょっと違った思い出になるんじゃないですかね。
中学生高校生なんかあのコンビニでね、
ファミチキとか買いそうじゃないですか。
ファミチキ買っていつもファミチキむしゃむしゃ食いながら、
ほしいなあのゲームって思いながらね。
いつかは買ってやるなんて思いながら、
デジキューブの重機を眺めてたりとかしたなんて思い出もあるとは思うんですよね。
だからまあそんなね、多分もうね、
今となってはなくなってしまったものではあるんですけど、
なんか多分皆さんそれなりに思い出があるとは思うんですよね。
またそんなのあったら教えてくださいということでね。
今日もね、ベラベラと喋っていきましたけども、
ここらでお別れしたいと思います。
本日もですね、長々と聞いていただいてありがとうございました。
それでは、さよなら。おやすみなさい。