お疲れ様です、たくです。 今回はですね、
なんというか、中古ゲームショップの思い出。
いや違うな。 ちょっとね、いろいろ中古ゲームショップね。
しかも、最近の中古ゲームショップに関しては、 語っているのかな?語ってないのかな?
今、実はこれ、オープニングは、本編部分を撮った後に撮ってるんですけれども、
一応本編部分というのは、最初は中古ゲーム屋さんのね、僕が生まれて初めて行った中古ゲームっていうね、
いわゆる業態に初めて足を踏み出した時の思い出とかね。
まあ今となってはもう無くなっている中古ゲームのやり方って言うんですかね。
そういう感じで営業してた店ばかりなんですけども、 お喋った後にですね、
80年代中盤ぐらいからどうでしょう? 中古ゲームショップっていうのがね、
フランチャイズでね、結構日本全国できたと思うんですよね。
ワンパク小僧とか、テレビパニックとか、ブルートとか、
ドキドキ冒険ちまってのもあるのかな? なんかそういうね、
ありましたよね。どうでしょう? 僕は多分本編でも言ってるんですけど、
なぜかブルートとね、相性が良い。 相性が良いというより、
だいたい家の近所にブルートしかないみたいなね。 新しくゲーム屋できた!中古ゲーム屋できた!
そしたらやっぱブルートだったみたいなね、 そうなんですよ。
簡単に言うとね、僕が住んでるところの、 例えばね、
右へ500メートルぐらい行くと、 昔からブルートがあると。
この左側に300メートルぐらい行くと、 新しい中古ゲーム屋できたぞ!
やっぱブルートか、みたいな。 前に700メートル行ったら、
やっぱブルートか、みたいな感じだったんですよ。 僕ね、なんかね、いわゆる当時のね、
僕の周りの中古ゲーム屋さん。 これ90年代とかかな?だから90年代2000年
前半ぐらいのかな? そんなね、先ほど言ったブルートとか、テレビパニックとか、
ワンパク小僧とか、ドキドキ冒険縞とかね。 なんか忘れてるなぁ。
そういうね、ああいう中古ゲーム屋さんっていうのも、 あれはあれで良かったよなぁ、みたいな。
結構行ってたりするんですよね、 新品と中古を売ってるっていう、
そういうゲームショップとして、 新品と中古を置いてる店もあれば、
僕の時はまだまだシステムが確立する前に 出会ったっていう感じですかね。
僕が初めて中古ゲーム屋さんと呼べるような、 中古ゲーム屋さんって言ってもいいですかね、
どうなんでしょう、そういう業者に出会ったっていうのは、 僕が小学校4年生の時にですね、
小学校4年生なんで、 1984年当時だったと思うんですけども、
友人に教えられてですね、ある日、 日曜日の朝ぐらいだったと思うんですよね。
自転車漕いで、一緒にお店っていうか、 そこに行ったのを覚えていますね。
当時住んでいたのがですね、 大阪の大東市っていう場所でですね、
JR隅野道駅っていうのが近くにあって、
普通のマンションの前に連れて来られたんですよ、 友達に言われて。
当時はだから物珍しいんですよね。
ファミコンのソフトが、 ファミコンの当時カセットって言ってたな。
ファミコンのカセットが中古で、 安く売られてる店があるぜって言われて、
日曜の朝叩き起こされたのを覚えてますね。
なけなしの小遣い持って、自転車漕いで、 小学校4年の小僧がですね、
僕ともう一人と、3人ぐらいで行ったのを覚えてます。
連れて行かれたのがですね、隅野道っていうところの 駅の近くにある普通のマンションなんですよ。
もうちょっとその時点でおかしいじゃないですか。 店と思うわけじゃないですか。
僕のイメージはおもちゃ屋さんみたいなところなのかなと 思ったんですよね。
行ったらですね、普通の2D系ぐらいのマンションの一室に 友達に連れて行かれるんですよね、隅野道の駅の。
当時の僕からするとね、 本当に入るまでは怪しさマックスなんですよ。
何せね、今から40年も前の話ですが、 やっぱりね、お店って言えばね、
それなりに商業テナントというか、 お店らしい出立ちするわけじゃないですか。
それがね、人が住む居住施設でね、 そんなやらないわけですよね、
そういうお店なんていうのはね。
それがね、普通のマンションに連れられて、 エレベーターでですね、3階だか4階に連れられて、
何丸何号室みたいなところにね、来るとですね。
ドアがね、開きっぱなしでね、自由に入れるような状態で、 玄関で靴を脱いで入るんですよね。
もうおかしいですけどね、今思い出すのね。
そうするとね、あの、何て言うんですかね、 台所みたいなところかな。
台所っていうか、入ってちょっとしたらですね、
おじさんがね、手打ちのレジ。
昔はね、あのポスレジみたいなの。 ポスレジってバーコードがピッていうやつじゃなくて、
テンキーみたいなのが付いてあるレジですね。 手打ちするね。
手打ちのレジをですね、なんかねずみ色というか、
ねずみ色っていうか、何て言うんですかね、 黒じゃないですけど、ジム机ですよね。
そういうのにね、ジム机にね、そのレジをね、 手打ちのレジを置いてね、椅子に座ってね、
いらっしゃいってね、 こういう感じの低いトーンでね、言うんですよ。
あとはね、もうその2D系だったと思うんですけど、 2D系ぐらいの広さだったと思うんですけど、
あとは普通に家具も何もない、 そのマンションの部屋中にね、
あの、厚手のビニールみたいなね、のに入れられたね、
ファミコンのカセットがね、 箱割りとか箱なしとかね、
その部屋のね、壁面中にね、 壁紙が貼ってある壁面にですね、
あの、厚手のビニール袋にみたいなのに入れられてですね、 貼り付けられてるんですよ。
で、そのビニールにはね、 手書きの値札が貼られてるんですよ。
あの、何て言うんですかね、シール状のもんでですね、 縁がね、赤いやつで角丸みたいな感じのね、
やつで、なんかボールペンで書いた1500円とか 3000円とか2000円とか書かれてたのもね、
だいたい霧がいいんですよね。
で、まあそのビニールね、 画鋲で貼り付けられてるんでね、
あ、気に入ったのがあったらね、 まああの、おじさんに言うわけですよ。
おじちゃんあそこにあるあれ買うよ、 みたいな感じだったと思うんですよね。
そしたらおじさんがね、わざわざポコポコ歩いてきて、 画鋲を剥がしてね、
時にはあの、僕その後何回かそこを通うんで、
あ、もうそれちょっと画鋲持って取ってきてよ、 みたいな感じで言われたりもするようになるんですけど。
まあね、その日曜の朝ですよね、それ。
これね、確か秋ぐらいだったと思うんですけど、
僕はね、それが人生で初めて知った 中古ゲームショップでしたね。
で、まあその後はね、まああの、
ね、先ほど言ったように何度かここも利用するようになるんですけれども、
えーとね、ちょっとね、このお店ね、
だんだん出入りしづらくなるっていう状況になったんですよね。
まあそれはね、また後々喋りますけど、
それぐらいに出たらしいんですよね。
あ、すいません。81年じゃないですね。
83年創業らしいんですよ、ここが。
83年ってなかなかですよね。ファミコン出た頃ですもんね。
これがまあね、1号店とかが出た直後ぐらいだったと思うんですよね。
僕84年、85年だったら1年、2年経った頃だったりするんで、
まあ大阪のね、堅い中っすら怒られるのかな、大東市に。
まあでも、郊外のね、そういうところまでは、
こういうドキドキ冒険島なんてのはまだ来てないわけですよ。
で、そうなると多分ね、大阪でもこれですからね、
多分全国でこういう中古扱う業者、いわゆるリサイクル業者っていうのが、
多分どうなんでしょう。この頃っていうとやっぱり古本とか中古レコードみたいな。
そういうものぐらいしか多分中古で売買する。
あと中古車とかね。わかんないですけど、中古車やってる人が
多分中古ゲーム扱わないと思うんですけど、中古レコードとか古本とかね。
小さいものを扱ってる人だったりとかするとやるかもしれませんし、
あとね、僕が見た中ではやっぱり小じんまりした街の本屋さんとか、
あと駄菓子屋とか模型店とかね。
そういうところがやってたりもしてたんじゃないですかね。
多分ね、これ聞かれてるね、皆さんとかもどうでしょうかね。
多分ね、全国的にこういうのあったと思うんですよ。
今にして思うとね。
なんでそれやり始めた?みたいなね、クエスチョンマークね、みたいな感じでね。
急にファミコンの中古売買を始めたね、多業体みたいなのを知ってる方っていうのは
いっぱいリスナーさんの中でも、僕と同世代ぐらいといらっしゃるんじゃないですかね。
なんかね、多分今にして思うとなんですけれども、
ちょっと前かな、10年、15年ぐらい、20年ぐらい前なのかな。
ついでにトレーディングカードを取り扱い始めましたみたいなね。
コンビニとかね、いろんなとこあったと思うんですよ。
お菓子屋さんでもいいですし、そろそろ書店でもいいんですけど。
そういう感じで、子供たちに人気だから、ブームだからっていうので、
ガングの、多分ファミコンっておもちゃの問屋経由だったと思うんで、
そこと取引するってほどじゃないけど、みたいな感じで、
やり始めたっていうところが多かったんじゃないですかね。
僕はね、噂でしか知らないんですけれども、
ちょっと僕の家から離れた場所なんで、行ったことはないんですけど、
87年以降ね、毎年のようにゲームハードがリリースされ、
これらもね、ファミコンほどじゃなかったとしてもやっぱり大きな市場を形成していくことになるんですよね。
専門店としてもゲームを扱う商売が出るのも至極当然な流れだと思いますよね。
さらにハードが発売されて、だいたい1,2年もすれば中古市場っていうのは、
この頃になるとそれなりの物量が形成されていったと考えれば、
ゲームショップがね、新品と中古両方扱うというのもまた自然な流れなんじゃないかなとは思うんですよね。
今回こういう話をするにあたって、いろいろと調べてて、
いわゆる業界最古産って言われているのが、現在の埼玉県埼玉市、当時は浦和市って言ってたんですかね。
そこに出店されたドキドキ冒険島北浦和店というのが、
ゲームソフト販売のフランチャイズ店法最古産らしいですね。
ここがね、83年出店だそうですね。
しかしながらフランチャイズ型のゲーム専門店というのがですね、
当格を表すようになるのは、やはり80年代後半まで待たなくちゃならないんですが、
どうでしょうかね、リスナーの方々で、
この頃ね、80年代後期ぐらいになると、
いわゆる新品中古ゲームの専門店なんかに出会った方も結構いらっしゃるんじゃないですかね。
先ほど言ったドキドキ冒険島っていうところですね。
そこ以外だと、ブルート、ワンパク小僧、テレビパニック、カメレオンクラブなどね、
これ以外にもね、この頃というのはね、店舗数の規模は置いておくとしてもですね、
非常に多くの中古ゲームショップブランドが立ち上がったんですね。
そしてね、これらのゲームショップブランドの中でね、
91年にはですね、こういうゲームショップブランドの中でも、
当時有力だったとされる7社がね、
任天堂にファミコンの商標使用許可を申請し、正式にライセンス契約を結んでいるんですね。
これは何かっていうとですね、当時店の看板や店舗入り口の置き先のテントっていうんですかね、
あそこによくファミコンショップなんて書いていたりしたのを皆さん覚えてませんかね。
まああれですね。
他にもですね、それぞれのチェーンだとですね、
お客さんに商品を手渡す際に使われるビニール袋というか、コンビニ袋っていうんですかね。
かっこよく今風に言うとショッパーってやつとでも言うんですかね。
さらにはね、ブランドによってはちょっとした冊子とか印刷物、そして裸のソフトを入れるための各ブランドのロゴや店舗名の入ったオリジナルのケースとかね、
様々な多くの反則物が当時作られたわけですね。
そこにね、ファミコンショップっていうワードやね、ファミコンっていうワードが入っていたということでね。
ニンテンドーもね、実は87年頃からだったと思うんですけど、
ファミコンのソフトパッケージや広告などね、
ファミリーコンピューター、ファミコンはニンテンドーの商標ですっていう一文を添え始めてね、
さらにはFFマークっていうのもね、新たに付け加えることで正規品ということを認知させるような行動をね、取り始めていたんですよね。
ニンテンドーはね、いわゆるコピー品対策という名目があったと思うんですね。
そういうことで、権利を主張するような文言を入れ始めたわけですがね、
これらゲームショップもね、91年にもなると、
一つのブランドでもね、一つのブランドそうですね、中古ブランドでもですね、
日本国内にね、数百店舗をフランチャイズ展開するブランドもね、
複数出てくるんですよね。
そこでですね、それら有力ブランドが集まってね、
ニンテンドーと商標使用を契約したという流れですね。
ここで注目なのはですね、この7社のうちね、僕自身が知り得る限り、
ドキドキ冒険自慢、ブルート、ワンパック小僧、テレビパニック、カメレオンクラブというのはですね、
新品も扱うんですけれども、中古も扱ってるっていうことですね。
ここでね、ちょっとお断りなんですけども、今回調べていて、
やはりね、現在営業されていない業界から撤退しているなどね、
まあいろいろな理由でね、現在情報がわからない企業っていうのがありまして、
今話しているね、ニンテンドーとね、契約を交わした7社のうちの2社っていうのもですね、
実は僕自身もよくわからないんで、名前などはちょっと今回控えさせてもらっています。
話を戻しますとですね、この91年にですね、ゲームショップブランド7社がニンテンドーと商標契約した際ね、
ニンテンドーはそれら販売店がね、中古売買を行っているということをね、
知った上で商標契約を結んだという事実なんですよね。
つまりはね、ニンテンドーはこの時点で中古売買に関しては否定する姿勢をとっていないということなんですね。
ここからはね、僕の勝手な妄想・考察になるんですけれども、
ニンテンドーっていうのは当時ね、初心界流通の真っ只中だったわけですね。
つまり、トンヤ流通ですよね。
そしてね、ニンテンドーというのはですね、ファミコン以前からもね、
トンヤ、いわゆる物流とですね、小売店をね、非常に大切にしているという話もよく聞く話で、
小売店は全てが中古売買を行っているわけではないし、中古しか動かないというわけでもないと。
新しいソフトが出たら、それはそれで動くということをね、客観的に見れてたんじゃないんですかね。
大切なのはね、小売店側が儲かるということですよね。
引き続き取扱いがあること、それすなわち市場であったりとかお客さんの維持、増加につながると考えてたんじゃないですかね。
事実ね、ニンテンドーはね、正規特約店であるニンテンドーエンターテイメントというシステムをね、
同じくこの91年に発足してるんでしょうね。
いわゆるファミコン、ゲームボーイ、スーパーファミコンしかは扱わない売り場なんですが、
金のマリオが置いてあった店舗って言えば、当時ね、ニンテンドーエンターテイメントを知らなかった人でもね、
覚えてたりはしませんかね。
こちらのね、ニンテンドーエンターテイメントの契約内容の詳細はね、今回はちょっと省きますけども、
その条項の一つにね、中古販売の禁止を謳っているんですね。
このね、91年にはニンテンドーとライゼンス契約を行ったこの7社はね、
翌年の92年にある2つの団体を作るんですよね。
1つはですね、ジャパンテレビゲームチェーン協会、略称は頭文字をとってJAGって言います。
で、こちらはね、94年に出たプレイステーションに淡泊した中古販売禁止問題から96年には解散しちゃうんですよね。
で、そしてもう一つがね、エイリー団体でね、この7社がね、作った7社会という団体なんですけれども、
実はこの7社会、前述のJAGほど知名度はないんですよね。
ただ、非常に面白いことをね、やった団体でもあるんですよね。
今回ちょっと軽くそれを紹介するんですけども、この7社会ね、つまり中古ゲームショップがですね、とあるソフトを販売させたっていう事実を作ったということですね。
そのソフトというのがですね、ニンテンドーのファミコンウォーズなんですね。
ファミコンウォーズはね、もうご存知かと思いますが、88年にニンテンドーがファミコン用ソフトとしてリリースした
ニンテンドー初のウォーシュミレーションゲームですね。
当時パソコンではね、おなじみだったシミュレーションゲーム。
とりわけウォーシュミレーションゲームはですね、PCではよくあるものなんですけれども、家庭用ゲーム機となるとですね、
アドバンテージの高さから当時ほぼなかったと思いますね。
そんな中、煩雑なシステムを陥落し、それでいて奥深い戦略が楽しめるファミコンウォーズは、
登場とともにファミコンでシミュレーションウォーゲームを根付かせたタイトルの一つだったりしますね。
ちなみにね、パソコンでは有名だった大戦略も、ファミコンではですね、このファミコンウォーズの数ヶ月後にリリースされているんですよね。
このファミコンウォーズでですね、後のファイヤーエンブレムの礎を築いたとも言われているんですが、
当時の人気もなかなかのものでですね、中古ゲーム市場では発売から4年経っても販売価格がね、
4,000円から5,000円前後で、時には定価の5,500円と変わらない価格にまでなったそうなんですよね。
そこでこの7社会、ジャグと同じ中古ショップブランドですから、
この7社のチェーン店が当時全国に1,000店舗以上あったことから、
5,000本発注を約束してニンテンドーに再販を依頼したそうなんですよね。
実はね、この再販版のファミコンウォーズ、88年当時のものから一部改善が行われていて、
データが飛びやすかったと一部でも言われていたバックアップ機構がですね、改良されているらしいんですよね。
それでいて価格も同じ5,500円のままというね、ちょっと話は結構逸れてしまいましたが、
ファミコンウォーズの再販をね、させてしまうほど、
当時の中古ゲームショップっていうのはですね、
全国的にもある意味おなじみの業態、商売としては定着していったんですよね。
さあ、ここからがね、結構暗い話になっちゃうのかなっていう感じなんですけども、
まあそんなね、一時代をね、築いたかつての中古ショップブランド、
その多くが現在はどうでしょう、見かけなくなったと思うんですよね。
そこについてここから喋っていこうと思うんですよね。
いくつかの要因はあるんですよね。
まずはね、プレイステーションの発売が挙げられますよね。
どうでしょうか、もう古すぎて覚えていない人もいると思うんですよね。
あの馬鹿売れしたプレイステーションなんだから、
ゲームショップも儲かっただろう、みたいな感じでね、
そう思っている方も多いんじゃないですかね。
94年12月に登場したプレイステーションね、
販売元であるね、ソニーコンピューターエンターテイメント、SCEですよね。
このSCEはですね、このプレイステ発売に関してですね、
いくつもの画期的な策を打ち出すんですね。
その中で大きなものとして、トン屋を通す流通からですね、
同業他社への在庫転売禁止はユーザー側からは非常に分かりづらい話なんじゃないかなと思うんですよね。
これ実はですね、プレイステーション以前から普通にテレビゲームソフトを販売する店舗では存在していたので、
これをしていないとおいてもですね、各店舗がですよ。
販売店側からは在庫転売による売り上げの形状とか、それによる仕入れというのは知られていたことなんですよね。
実はユーザー側からするとですね、いわゆるワゴン品なんかがこれによる恩恵だった可能性が非常に高い場合があるんですよね。
ゲームのクオリティと販売価格、実売価格も比例しないわけなんですよね。
そうなるとまあ面白くないから売れない、それが過剰在庫。
在庫処分や在庫転売でね、別の店舗で驚くような安さで売られているという、
何々セールとかで広告に載っているっていうパターンとかですね。
あと面白さも折り紙付きなんだけど、作りすぎて大量に在庫を抱えている。
つまりはクオリティは高いんだろうけど、何かしらの理由があってさほど売れないというパターンもあるわけですね。
それもやっぱりその店、店舗で抱えるには余剰在庫なんで、ケース単位で転売されるといったことが古くからはあったんでしょうね。
これはちなみにあったって僕言ってますけど、必ずしも全ての店舗がやっていたっていうわけではないんで、そこだけはご理解ください。
これはね、何もね、安く売れ残ったものがね、転売されるといっただけじゃないんですよね。
やっぱりお客さんってどの販売店にしてもですね、大切なんですよね。
そうなるとですね、あのお店に行けばあるっていう信頼って本当に大事なんですよね。
だから時にはですね、正規の仕入れ値よりも高くなって、お店側に利益がないに等しいとか、
何なら転売価格がそもそも販売価格を超えているというかね、
そういう稀なケースもあったりするんですよね。
そういう涙むぐましい努力をしてですね、地元のお客さんを大事にしていた販売店というのがですね、
全国には結構たくさんあったと思うんですよね。
何せ再販にね、再販売するためにも製造に時間がかかりすぎるというのがですね、
当時のカートリッジ型ソフトの難点だったりするわけですよね。
そうなると、こういった店舗間での在庫転売というのもですね、
中古ゲーム販売が自然と発生したようにね、発生するものなんですよね。
さてね、長々とSC、ソニー側に対するショップ側の苦悩をね、
96年頃からですね、2002年ぐらいに出たソフトのパッケージ裏なんかにですね、
隅っこの方ですかね、ノーリセールなんてアイコンがね、
載っているのを覚えている方いらっしゃいませんかね。
まあなんかね、今で言うところのプラスチックとかね、ペットとかですね、
リサイクルマーク的な感じで、本当に隅っこに表示されていたと思うんですよね。
このノーリセールっていうのを書いた中古ソフト撲滅キャンペーンの説明がですね、
なかなかすごくてですね、今から読みますね。
僕当時書いてあったのを読むんですけど、
ゲームソフトメーカーはソフトウェアの無断複製、中古販売は一切許可していません。
中古ゲームソフト売買の撲滅にご協力くださいって書いてあるんですよね。
もう撲滅ですからね。
そしてあの、無断複製と中古売買が同一扱いなんですよね。
なんか違うと思うんですけどね。
無断複製っていうのは、例えばマスターになるやつを、
例えば僕が1本買っておいて、僕がそれを複製して、
あとはね、100本でも200本でもね、
メーカーには僕が複製しようがね、
僕が買った1本だけの利益はメーカーとかには入ると思うんですよね。
だけどそこから僕が例えば1000本作ったって1円も入らないわけですよね。
ですけども、中古ソフトっていうのは、中古売買っていうのはですね、
例えば中古ゲーム市場にね、1000本ゲームが流れたとするじゃないですか。
それ誰かが最初に新品として1000本買ってるわけですよね。
この時点ではメーカーに1000本分の利益は入ってると思うんですよね。
だからそれがただ単に、1000本が誰かの手に渡って、
またお店に戻って、また渡ってっていう、
その繰り返しのはね、確かにメーカーには利益は入らないですけどもね。
だから全然意味合いが違ってるとは思うんですよね。
で、このキャンペーンを歌っているCSAっていうのはですね、
主な事業としてはですね、東京ゲームショーとかですね、
そこで開催されている日本ゲーム大賞とかが有名なんですかね。
このコンピューターエンターテイメント協会ね、
日本の大手コンピューターゲーム関連企業のほとんどが会員となっているんですが、
ここで注目すべきはですね、ニンテンドーの立ち位置なんですよね。
こんな大きな団体ですから、もちろんニンテンドーが入っているのは当然と思われるかもしれませんが、
入ってなくはないんですよね。
ただこういう言い方は大変失礼ですよ。
でもね、ニンテンドーより下の企業が正会員として名を連ねている中、
ニンテンドーはですね、特別参助会員っていう結構特殊な立場を取っているんですね。
まあSCEIのね、PS・ザ・ベストっていうのはですね、まあそれまでのね、実験的なやつに比べると、やっぱり規模的にはだいぶ大きな種類がですね、
まあラインナップに挙げられる種類、そしてその期間がですね、非常に長かったことでですね、
これは中古売買で整形を立てるというかね、収入源にしている、まあいわゆるゲームショップブランドのそれぞれのところからすると、
結構頭の痛い問題だったんじゃないのかなと思うんですよね。
例えば1年ぐらい経ってもですね、4000円ぐらいをキープしてるとかっていうゲームって、ロールプレイングでもなんでもいいんですけど、あったと思うんですよね。
ただPS・ザ・ベストっていうのは基本どうでしょう、よほどのことがない限り、あのプレステ1の頃っていうのは2800円が確か相場だったと思うんですよね。
で、そうするとですね、あの中古価格が4000円で売られてたのが、PS・ベストに出て、まあ2800円で売られると、下げざるを得ないんですよね。
そうするとそれまでそれこそ買取価格が2800円より高かったっていうやつも、PS・ベストが出たおかげでですね、2800円で売らざるを得なくなるってことは買取価格の方が高かったわけですから、
まあ赤字になりますよね、その2800円で売ってる時点でね、あの価格を合わせるように。
2800円のベストが出てるってことはそれより下げて売ってるはずなんですよね、2500円とかね。
まあそういうことがあってですね、まあいわゆるね、その中古の価格をソニー側がね、PS・ザ・ベストでコントロールしてたとかですね、
まあもっと言うと一般のお客さんに中古を買うぐらいなら、まあ過去作ね、値段を安くするんでこっち買いなよっていう風に誘導してるとも取れるんですよね。
まあ誘導してるとも取れるという、まあその通りなんでしょうけどね。
ただこれね、僕ちょっとこれはわからないんですけれども、
あのプレイステーションもそうですし、あのサターンもサタコレって出してましたよね。
で、ドリームキャストも出してたんですよね。
で、えーとあとですね、XBOXなんかも出してたと思うんですよね。
プラチナコレクションっていう名前でね。
でですね、これベストが出るとするじゃないですか、そうすると新品、
それまでお店に在庫としてね、はい、残ってた新品っていうのは、
どういう扱いになるのかなっていうところがちょっと気にはなるんですよね。
例えばベスト出すんで、今までお店に置いてある新品の在庫があるんでしたら引き取りますよ一旦っていう風に
ソニーさんが言ってたのかどうかっていうところが気になるところなんですよね。
僕の予想なんですけれども、おそらくそれはしてないような気がするんですよね。
もうすでに出荷した、お金、仕入れ、お店さんに納品してるってことは、
お店売り上げも立ってるわけですよね、ソニー側としてはね。
それをまたですね、仕入れ値で、当時の仕入れ価格を返金するみたいな対策を取ってたかっていうとね、
ちょっとそれはどうなんだろうなっていうのがね。
というのもですね、これ僕が経験した、これはプレイステーション・ザ・ベストではないんですけれども、
当時、360ですね。360のあるソフトなんですけれども、
XBOX 360はですね、プラチナコレクションっていうのを出してたんですよね。
僕、そのプラチナコレクションになったタイトルをね、
その発売日に買いに行ったことがあるんですよ。
確かね、ロックスターが出してたテーブルテニスっていうね、卓球ゲームだったと思うんですけれども、
これをね、買いに行ったらですね、
もうちょっとどこの店かは言うのはやめときますけど、関西では有名な家電量販店なんですけれども、
まあ僕はだいたいね、今も当時もそうなんですけど、
だいたい棚にね、そのパッケージのサンプルみたいなのが置かれているわけですよね。
発売日だったんで、テーブルテニスのプラチナコレクションのパッケージのサンプルがあったんで、
それを手に取ってレジまで持って行くんですよね。
そうするとレジの女性の方だったんですけども、
僕に確認してくるわけですよね。
こちらのプラチナコレクションの、こちらの方でいいですか?って言うんですよ。
はい、いいですよ。
よかったらこちらのプラチナコレクションじゃないパッケージの方もあるんですけれども、
いかがですか?って言われたんですね。
はあ、っていう感じになるんです。
こちらの方は、古いパッケージの方はプラチナコレクションと同じ値段なんですか?
いや、こちらは定価の方の6千いくらだったか7千いくらですって言われた瞬間に、
僕もピクってきましたからね。
本当にその時ね、もう言っちゃったんですけどね。
お前マジか?って言う感じ。
お前頭おかしいんじゃないか?みたいなことを言った覚えがありますね。
今日これ発売する、安くて発売されるからこれ買いに来てんだろ?みたいな感じで。
なんで同じものなのに高い古いバージョン買わなくちゃいけないんだよ。
お前責任者連れてこい!みたいな感じで僕言った覚えがあるんですよ。
もうその女の子ね、半分泣きそうな声出してましたけどね。
ひぃー!みたいな感じになってたんですけどね。
まあ責任者が来て、どうされましたか?みたいな感じでね。
いや、今日からこれ、あの、廉価版が出るって知って僕は買いに来たんだと。
なのにこの子はね、この子はねなんて言われるか。
こいつはねって言って、価格の高いやつを俺に売りつけようとするんだよって。
どういうことだよお前?みたいな感じでね。
僕と同じように活服のいいね、メガネつけたおじさんだったんですけどね。
まあまあ客の立場、僕の客の立場になってね、分かってくれたんです。
あ、お客様のおっしゃることごもっともですと。
うちの授業の教育がなっておりますんですみませんでしたと。
もうひらやまりされましてですね。
家電量販店がね、押す半身タイガースの皿をなぜかいらねえのにくれたっていうね。
だいたいここまで言うとね、分かる人には分かる家電量販店ですね。
家の近所に、僕のね、家の近所にあるやつなんですけどもね。
半身押しがもう、目に、まあまあ目に余るぐらい半身押しをしてる家電量販店なんですけども。
まあそれは良いとしてですね。
今にして思うとね、結構僕のゲームを買うときのね、不愉快な記憶の一つだったりするんですけど。
だからいまだに覚えてるんですけども。
まあね、これちょっと今ふとね、こうやって話して思い出したんで、話してるんですけども。
てことはおそらくなんですけども。
発売、まあまあ、もともとのテーブルテニスが出て1年なのか、それぐらい経ってたと思うんですよね。
で、新たに、廉価版としてテーブルテニスっていうのがまた出るわけですよね。
これシーレネも当然、販売価格が安いんで、シーレネも安くはなってるんですよね。
だけど前の、まああのね、初めて出た初回版というんですかね。
この初期ロットっていうんですかね、初期ロットってほどでもないかな、ロットってほどでもないと思うんですけど。
こちらがですね、回収されてないと思うんですよね。
メーカー側が例えば返品とかを扱うとかね、そういう対策取られてないから、
まあお店さんからしたらね、新品しか扱わないお店だったとしてもですね、
同一商品なのに価格帯が違う2つが出てくると。
そうすると、まああのね、普通常識的に考えたら、
お客さん、買い店である僕らはね、安い方を取りますよね。
全く同じものだったりすればなおさらね。
ってことはですね、その初回版ね、最初のね、フルプライスで売ってた頃の価格っていうのは下げざるを得ないんですよね。
下げざるを得なくて、そのプラチナコレクションと同じ金額に合わせるぐらいならまだいいんですけども、
なんならパッケージが古いっていう理由で、さらにそこから数百円ぐらい落として売らなくちゃいけないっていうね。
まあそういうふうにしてるお店さんも当時存在しましたし、
まあこれはね、中古屋さんだけじゃなくて、もしかしたらこのプレイステーション・ザ・ベストとか、
いわゆるね、この辺の廉価版パッケージっていうのはですね、
本当に新品しか扱ってないお店さんからしてもちょっと、
在庫泣かせというか、そんな感じだったのかもしれませんね。
ただ少なくともね、そういう、
廉価版が出るから旧来のパッケージはいくらで引き取りますよっていう対策を取ってたかどうかっていうのは、
僕もね、ちょっと販売店側じゃないんで、あまりその辺の対策を取られたのかどうかは知らないんですけども、
もしこの辺ご存知の方がいらっしゃったら教えてほしいんですけれどもね。
まあただ中古屋さんはこれ結構もう本当に泣きたくなるような状態だっただろうなぁと思ったりするんですよね。
でまあこういうのをね、やっぱりソニーは別途手を打ってたっていうことがありますね。
でまあもう一つはですね、これ意外に思われるかもしれないんですけれども、
ゲームユーザーの緩やかな現象っていうのがもう始まってたんですよね、実は。
例えば中古売買、先ほどから話してるソニーの、
まあいわゆるドッキン法違反っていうことがもう完全に認められたと。
そしてCSAの中古販売が、中古販売は違法だと言い張っていたCSAですね。
こちらの方も、じゃあ中古販売は合法ですよと。
あの最高裁でね、出たっていうのが2002年でしたけども、結局のところですね、
この2002年っていうのはですね、この業界緩やかにユーザーがね、ゲームユーザーがね、減少していた、もう真っ只中だったりするんですよね。
これはね、僕もちょっと実のところを言うと、あんまり実感が少ないというかね、そんなにないんですよね。
というのもですね、今回ちょっと調べてて初めてわかったんですけども、
ゲームユーザーがね、減少し始めた年はいつなんだっていうのを調べたんですよね。
そしたらね、結構意外な年代が出たんですよね。
多分ね、この番組聞かれてる人っていうのはね、プレイ時間とかはちょっとわかんないですけども、
やっぱりゲーム好きな人とかが多いと思うんですよね。
しかも年齢的には僕と近かったりとか、そういう人だったりするんで、
僕50なんで、その方々だと思うんですけども、近い人だと思うんですけども、
そうするとですね、この年代はまだゲームしてましたよねっていう年代なんですけども、
実はですね、ゲームユーザーの減少がスタートしたと言われる年はね、1997年なんですよ。
どうですか、意外に思いませんか、97年って。
この97年っていうのは、確かファイナルファンタジー7かな、プレステーションで出てたね。
あれが発売された年なんですよね。
確か年明けというか2月と遅めだったのかな。
そんなにゲームユーザーが減ってるっていう印象を持ちにくい年ではあるんですけども、
実はですね、ここから減ってるって言われるんですよね。
というのもなぜかというと、97年がピークだったらしいんですよね、業界の売り上げっていうのがですね。
ここからゲーム人口も含めて、やかに減少傾向に入ってですね、
2000年代に入るとですね、より顕著化していくんですよね。
確かに2000年代、特に2002年とかあの辺あたりぐらいから、
任天堂がね、いわゆるゲームユーザーをね、ゲーム人口を増やすみたいな感じでですね、
任天堂それまでも別にアドバンテージの高いというか、
難しいゲームばっかり出してたってわけではないんですけれども、
よりちょっとライトユーザーを獲得するっていうことにね、
ちょっと舵を切ってた時代だったりするんですよね、この2000年代初頭からっていうのは。
ノートレブームとかそうですよね。
あとメイドインワリオとかですね。
リズム天国とかね。そういうのもそうだと思うんですよね。
いわゆるこれまでのゲーマー、ハードコアゲーマーとかね。
いわゆるゲーマーっていう層に受けるものだけじゃなくて、
もっとね、カジュアルにライトにゲームに触れてもらおうっていうふうに舵を切った時代がこの辺からだったと思うんですよね。
まあこの辺からですね、ゲームユーザーが減るっていうことは当然高利点にもね、
まあその影響って当たり前なんですけど出てくるんですよね。
これがね、結構高利点の売り上げに響くっていうことはやっぱりね、
店舗維持に関してもちょっと難しくなってくるっていう時期がこの頃だったと思うんですよね。
そしてですね、これと連動するような理由の一つなのかなと思うのがですね、もう一つあってですね。
まああの、衰退したもう一つの理由としてはですね、
中古ゲームショップ事業に特化しすぎたためっていうのも僕はちょっとあったんじゃないのかなと思うんですよね。
例えばその、ブルートであったりワンパク小僧であったり、カメリオンクラブとか、なんかいろいろありましたよね。
ドキドキ冒険島とか、今僕が言ってるブランドっていうのは適当に今上げてるんで、
この事業主さんたちがそんな感じだったかっていうことはわかんないんですけども、
いわゆるね、皆さんのお近くにもあったりとか僕の近くにもあったっていうところもそうなんですけども、どうでしょうか。
またね、パッケージソフトっていうのはですね、よほどの人気タイトルとかでもない限り、
最近は、いわゆる廉価版として売られることがね、いわゆるプレイステーションザベストのパターンですよね。
あの感じがもう最近は少なくなってきてですね、やっぱりあれもね、物流コストとか製造コストも含めてやっぱりかかっちゃうんでしょうね。
だったら、ダウンロード版の方をね、プライスダウンしてやるとかですね、
セールっていう風にしてですね、一定期間とかですね、安くで供給するとかですね、
そういう風に今は動きになってるんですかね。
この辺はね、一番有名、有名ってこともないんですけれども、
やっぱり僕がね、たびたびあげちゃってるんですけど、カプコンさんのね、
例えばモンスターハンターだったりとかバイオハザードとかね、
あの辺っていうのは本当に、中古の売買とかっていう風なことを意識してるのかしてないのかわかんないですけども、
やっぱりどうせね、もうこれ以上はこの値段で売れないっていうことはわかってるから、
だったらっていうことで価格をどんどん下げてね、
みんなの手元に届きやすいような価格にどんどん下げて、
それでソフトの売上本数はね、稼いでますよね。
これはね、本当に非常に上手いやり方だなと思います。
中古ゲーム屋さんの立場からすると、これは結構頭痛いというかね、
もう勝負しようがないですもんね、ここまでされるとね。
今となってはね、どちらかというと、かつてのゲームショップみたいな感じの売り方っていうのは、
ちょっともうしんどくなってきてるんだろうなーっていうので、
このダウンロード版の売り方、プライスダウンの仕方、セールの仕方っていうのを見るとね、
やっぱもう時代的にはもうちょっと難しいよなっていうのはね、すごい感じますね。
そんな感じでね、今回はね、いろいろとね、中古ゲームを扱っていた、
いわゆるかつての80年代中期ぐらいから登場してきた、
中古ゲームって言ったらダメだな、
ゲームショップブランドをね、ちょっと懐かしいんで、
いろいろとね、しゃべってみました。
中古ゲームの、最初はね、中古ゲームは僕の思い出っていうところからスタートしたんですけれども、
だんだん80年代中期ぐらいからは、いわゆるゲームショップっていう専門の業態ができて、