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真の愛のある皆様、アロハです。愛のギブネス探求所へようこそ。 この番組では、誰一人、何一つ取り残さない世界を目指し、ビジネスからギブネスにシフトした、
カナダ在住愛のギブネス探求レポートをお届けしております。 ということで、皆さんお元気でお過ごしでしょうか。夏休み待たなかですが。
というわけで、ちょっと前回から間が空いてしまったんですけども、今日のテーマはですね、 ギブネス始めて1年経ちました。というお話をしたいと思います。
はい、そうなんですよ。7月28日、昨日になっちゃったんですけど、 ギブネスね、去年の7月28日からギブネスやります。ということで宣言しまして、丸々1年経ちました。
はい、ということで本当にですね、本当にですね、皆皆様の皆様のおかげでここまで、ここまでってまあまだね、まだ1年、たかが1年、サルド1年ですけど、
はい、皆さんのおかげです。ありがとうございます。というところで、今日はね、ちょっとこの1年、ギブネスシフトして1年ね、ちょっと振り返ってみたいなと思っております。
はい、ということでまあ本当ね、振り返ってみると、始める前はただただ怖かったなっていうのがすごくあります。
怖いですよね。だって全部無料でやるって、今までね、これやったらいくらいただきますみたいな、これはいくらですみたいな感じで、
お金もらってやってたこと全部無料で解放するって、いやいやそんな無理やろうとか、あとはまあそんな全部ただにしちゃったらね、
いやじゃあこれもこれも、あれもこれも、あいちゃん全部やってよみたいな、ただだからみたいな感じで、そういうね、なんかくれくれ星人みたいなね、そういう悪い奴にね、
搾取されたらどうするとかね、まあそういうね、まあいろんな不安がね、無料ってもうすごい衝撃的じゃないですか、今資本主義生きている私たちからしたら、
まあどうすんだってことでね、本当にただただ怖かったなっていうのがありました。始める前はね。
うん、なんだけど、まあですがまあ父を見取ったりね、あとまあそれを、父を見取ることでご先祖様とかね、いろいろ自分の命のルーツみたいなことを
気づかされたりとか、あとはまあ生き甲斐探求、生き甲斐というもの、生き甲斐生きる意味ですよね、それの探求っていうことがまあ自分のね、
今世でやるべきことだというふうにご指名にね、指名に気づいてからですね、なんか本当に何かに運ばれるように気づいたら、まあビジネスからギブネスにワールドシフトしてたなというふうに感じています。
この辺の経緯のね、細かいところはノートとかでもちょっとね、記したり、フェイスブックにもずっと書いてきてるんですけども、
ちょっと時系列でちゃんとまとめたいなって思ったりしますが、はい、遡っていただいてもいいですけど、
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なんですけど、まとめてまとめて、まあ1年経っての感想としては、まず生きてる、生きてるですよね、生きてます、なんとかやってこれてます、サバイバルで生きてますということですね。
まあこれ本当にそのまあ終始報告もその11月からね、やり始めて、そこから感覚見てみると、まあマイナスの月があったりプラスの月があったりいろいろなんですけど、
まあ本当にプラスマイナス、本当に一月分っていう感じで、一人分の一月分っていう感じで、なんかすごく困ることもなく、すごくお金が余ることもなくってこういう感じで、本当に一人分循環してるなっていう感覚があります、生きてますっていうことですね。
でもう一つは、ますます生きてますっていうことですね。サバイバル、サバイブ、なんとかやってる、ギリギリやってるっていうところからスライブって英語で言うんですけど、命を、自分の命とか才能っていうのをますます発揮している、反映させているっていう感覚はすごくあります。
あとはもう本当気づきだらけですね。とにかくね、自分の中にこり固まってこびりついているその執着とか思い込みとか、それってお金に対するものが大変だったりするんですけど、お金って命とね、つながってると思い込んでるからね、なのでそれがね、どんどんどんどんそのギブでやることで取り払われていくっていうか、まだまだあるんですよ、全然まだまだあるんですけど、
まだこんなやつここにいたか、みたいな。そういうものをね、一つ一つ解放していっている、気づきの甘いしてるなというふうに思います。あとはまあ本当自由研究ですね。まあその自由の本当の意味っていうのがね、わがままっていうの本当の意味ともつながるんですけども、自らによるっていう、自らによるっていうことが自由。
それを自分に対して許す、相手に対してその自由であることを許すっていうことの、そのことの本当の意味っていうかね、真意っていうか、それをね、ちょっとすごく体感しているなうでございます。
まとめて一言で言うと、もう私はビジネスには戻れないっていう、その一言に尽きるなというふうに思います。それはね、たびたび言ってる、本当に自分を自由に開放して、無限に開放していいんだっていうこの開放感っていうことと、あとまあお金によらない世界、お金に依存だし、なんだろう、お金を担保にしなくていい世界っていうのを作っていっているっていう、
そのことの面白さとか喜びっていうね、ことはすごく感じますし、まあなんだろうな、お金ってただのエネルギーだから、執着するのも良くないし、それを悪いものとして扱うっていうのも良くない、ただただバランスだよねっていう、そういうレイヤーの話もあるんですけど、
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でも今の地球とか今の世界を鑑みて、やっぱりあらゆる苦しみの原因っていうのが、そのお金っていうことのね、お金を、お金そのものっていうよりはお金にまつわるその仕組みとか、人の、なんていうのかな、執着っていうものが生む闇だったりとか、そういうシステムが腐っちゃったりとか、そういう思念みたいなね、
そのお金にまつわるエトセトラっていうのがもう本当に限界に来てるんじゃないかなっていうふうに思いますし、あとはまあ地球の資源的に見ても、一人分でもういいじゃないっていうか、一人分だったら行き渡るのに、まあその恐怖とか足りなかったら死んじゃうみたいなその恐怖を植え込まれて、
いっぱいね、稼がなきゃって、追い詰められたりとか、奪わなきゃって戦争しちゃったりとか、そういうね、いろいろ世界で起こっていることを鑑みて、もういいんじゃないかなっていう、お金の世界はもういいんじゃないかな、もう十分体感したんじゃないかなっていう、人類のためにも他の命のためにも地球のためにも、ちょっとそろそろ本当に次のね、お金のいらない国にシフトしないと、
マジでやばいぞっていうのは、はい、あります、はい、っていうのもあるけど、まあ人類的なそういう思いもあるし、個人的にこんなに、あのなんだろうな、楽しいし心地よいし、面白いっていう、そういう意味で、ダブルの意味でもうビジネスには戻れないなというふうに思っております。
まあとはいえね、1年ね、やったからって本当にまだピヨッピヨッピヨッピヨッ子、ピヨピヨピヨッ子なんですけど、本当にまあただただね、ずっとこう道の途中なんだなっていうふうに思ってます。
本当にね、まあまあとりあえず今はなんとかなってるけど、これからどうすんだとかね、老後2000万、何?問題?とかね、なんとかいろいろ言ってくるじゃないですか。
まあそういうね、不安がちょっと太いを言ったりとか、あとこれよくあるんですけど、なんかこんなちっぽけな自分がね、ギブネスとかやる権利あるんか?みたいなね、なんかそういうふうに自分を貶めたりとか、あとはね、これもよくあるんですけど、私は今最も価値のあることをできてるんか?みたいなね。
それってめちゃくちゃ生産性にね、とらわれてるやん?みたいなツッコミ入るんですけど、まあそういうふうに自分をね、ジャッジしたりとか、まあまあまあそういうこともある。
でもまあ大体ね、そういうモヤモヤが出てくる時って、ほんと生理前だったりとかね、するんですよね。
これもほんとギブネス、元祖ギブネスのスグルさんと壁打ちしてもらった時に、やっぱり男の人と女の人のバイオリズムって違うもんで、寝たらね、また元気が戻るみたいなね、そういうホルモンのね、動きじゃない時もね、あるんですよね。
我々女子、女子、女性たちはね、本当に月のバイオリズムでね、生きてるっていうね、そういうね、あのまあどうしようもなくね、ほんと別の生き物にみたいにね、もう揺らいじゃうとかね。
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なんかそういう感情的にね、あのめちゃくちゃになっちゃうみたいなね。
なんかそういう期間はね、月の半分ぐらいあるんじゃない?3分の1ぐらいね、もうね、別の生き物になっちゃうっていうね、ぐでぐでになっちゃうっていう。
そういう女性である自分が、本当にその無限でね、自由であるギブネスっていう生き方を選んだならば、まあ本当にね、大変。大変な時もあります。月に半分ぐらいね。
なんだけど、まあまあ揺れてはね、また戻ってくるっていう繰り返しだし、まあ同じところに戻ってくるっていうよりは、まあこの1年経たみたいに、
螺旋状にね、ちょっとずつちょっとずつ気づいて手放して、でまたやっていくっていうね、そういう繰り返しをやっているな。
螺旋状でね、少しずつ和平にしているかなっていうふうに思ってます。
まあそうね、そうなのよね。揺らぐ生き物ですが、まあそんな自分だけど、ギブネス1年やっておりますって感じです。
まああとはね、その1年、1年にね、そのフェーズがいろいろあったなっていうふうに思ってて、
それをFacebookでもシェアしたりしたんですけど、まあざっくりこの1年の変容をまとめてみると、
まあ第一形態ですね、変換フェーズと私は呼んでますけど、第一形態変換フェーズは、
まあビジネスをね、そのままギブネスに置き換えました。
ホームページにね、あるサービスをちょっとね、棚下ろしっていうか整理しながら、
お値段をね、全部ゼロにした。置き換えたっていうのが第一フェーズでありました。
で第二形態、まあこれは手放しフェーズと呼んでますけど、
まあ制作代行は基本的にやめますっていうことで、
ディレクションとかね、そのプロデュースみたいなところにシュートしていったっていうフェーズもありました。
でもって第三形態、これはまあ共鳴循環フェーズと呼んでおりますけど、
まあ何をやるやらないってね、もうそのこれをやったって、
まあさっきの生産性にとらわれないじゃないですけれども、
何をやるっていうことから、何をやらないか、
むしろそのある、ただあるっていうことを払い清めるっていうことにフォーカスしているっていうね。
まあこれもまた深いんだが、まあこんな感じのね、ただいま29日時点。
はい、29日火曜日時点のNOWでございます。
なんだけど、本当にね、まあ仏教的に言ってもですね、
私たちって本当に変容、瞬間瞬間でね、変容し続けているし、
目の前に何があるかないかっていうようなことで、
その関係性によってその因果が紡がれるわけなんで、
だからギブネスなんでこれはやります、これはやりませんみたいな、
そういうなんか明確な境界線みたいなものは、
本当にますますなくなってきているなっていうふうに思います。
なんでまあ、制作代行辞めますって宣言しましたけども、
まあやる時もあるし、やらない時もある。
その人が自分でできるようにお手伝いするっていうような時もある。
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やる時もあるし、やらない時もあるなっていうふうに思います。
まあ本当ただただね、目の前の命、御縁のね、
その関係性とその、その関係性がどういうふうにね、
響いているのかなっていうことを感じながら、
今私にできる最も価値のあることをやる。
もしくは、ただある。
まあそんな感じなのかなというふうに感じております。
はい。
まあこれってですね、ほんと最近なんかギブネスっていうことと、
まあリュウゲンさんとね、テトラさんのホロス宇宙塾のね、
で教えてもらってるその密教的なね、世界観が、
すごいギブネスのね、シンクロする、
シンクロしてきてるんですけど、
まあこのギブネスのこの道ですね、
でまあなんか仏教用語で言うと、
なんかほんと即身成仏。
身に即して仏となるっていう、
なんかそのプロセスっていうことなのかもしれないなっていうふうに感じてます。
なんか即身成仏って言うと、
すぐにそのイメディエイトリーというか、
すぐに仏になるっていう、
瞬間的に仏になるっていうことじゃなくて、
身に即すっていうことですから、
なんかその自分の身に即すってことでもあり、
その場その場の状況に、
あのなんていうのかな、
合わせて仏となる。
まあそれが今私にできる最も価値のあること、
ということなのかなというふうに感じたりしてます。
まあ仏ってね、
すごい崇高な存在じゃないですか。
だからまあ仏に、
じゃあお前仏になれとんのかっていうふうに聞かれたらね、
いやいやまだまだ全然っすっていうふうに、
あのまあ返すしかないんですけど、
でもなろうとしているっていう、
なぜならその仏っていうのがね、
それぞれの命、
私だけじゃなくて皆さんそのもの、
みんなの命の本性、
本当の姿だから、
そこに帰ろうとしているっていう、
その道そのものが、
きっと未熟であっても、
まだ到達していなくても、
きっとその道そのものが、
今私にできる最も価値のあることなんだろうな、
っていうふうに感じてます。
はい。
まあ密教とギブネスのね、
関係性がすごい面白いんですよね、
最近。
まあまあでもね、
悟りとかそういうふうに書くとすごいね、
ストイックなんですけど、
なんか私の最近のギブネス探求としては、
いかにおせんべいとかね、
ポリポリかじったりもしながら、
でもただ私が私である、
っていうだけでその命をね、
循環させて生きるかっていうね、
そこをなんか追求したいなっていうふうに、
最近は思ってます。
なんかギブネスっていう生き方って、
本当に一部のね、
めちゃめちゃゴリゴリマッチョみたいな、
スピリチュアルゴリゴリマッチョみたいな、
人とか本当に天才さんにしか、
できないようなね、
芸当なんじゃないかっていうふうに、
思われがち?
とても私にはできないっていうふうにね、
思われがちだったりすると思うんですけど、
まあそうじゃなくて、
まあそうじゃないからこそ、
この私、マッチョでもね、
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天才でもなんでもない、
生理が来るたびにね、もう揺れてね、
ゾンビになってるっていうね、
まあそういうただの私がね、
実践することで、
なんかそれをね、
証明してみたいなっていうふうに、
思うわけです。
なので、まあ実験している
わけなんですよね。
はい、せんべい文明、せんべい文明ね、
ちょっと目指しております。
とにかくね、
本当にこの1年
振り返ってみると、
特にこの最近数ヶ月、
第3フェーズですね、
第3フェーズにおいて、
こんな私がギブネスなんてやる資格あるのかな?
っていうふうに、すごくこう、
自分の中でこう、
問いがね、
問いを自分で自分に
突きつけていたなっていうふうに思います。
こんな私って何かというと、
大体そういうこと考えるのは生理前なんですけど、
こんな私って何かというと、
自分は全然ね、
そのギブネスとかやってるけど、
苦しみもあるし、いろんな子供に対して、
パートナーシップ人間関係に対して、
いろいろね、苦しみもあるし、
惑うこともあるし、
答えがわからないときもあるし、
バカなこともするしってね、
そういう自分がね、
ギブネスとかやってていいのかな?
それでこんな私がね、最高のことできるのかな?
最も価値のあることできるのかな?
っていうね、そういうことにね、
ちょっと苛まれることも
多い第3フェーズだなっていうふうに
思うんですけど、
だけど、もうそれでいいんだっていうね、
そう、今、
今、私にできる
最も価値のあることなんで、
今、世界で一番価値のあることじゃなくて、
いいわけなんですよ。
私にできる最も価値のあること。
だから私にしかできない、
この今の私にできる
ことが必ずあるわけで。
うん、なんですよね。
そういうふうに、
最近は思っている、
思っています。
で、本当に、まさにこの間の、
先週のホロス中熟で感じたことなんですけど、
そうなんですよね。
母殺業っていうか、
そう、だから、
母殺さん、そうなんですよ。
母殺業だなっていうふうにこの間ホロス中熟で
感じたんですよね。
だから、弱いままで、
苦しいままでも、それでも誰かに対して、
世界に対してこうできることがある
っていうふうに、
うん、なんか今の答えとして、
はい、ホロス中熟での
学びがすごく答えになってくれてるな
っていうふうに感じてます。
だってね、
ギブネスって、
誰でもできるんですよ。
マジで。
マジで誰でもできるんですよ。今すぐに本当に。
権利なんかいらないし、
資格なんかいらないし、
どこにいてても、何をしてても、
本当に何を持ってても、持ってなくても、
今すぐに、誰にでも始められること
なんですよね。
そう思ってるんです。そうなんです。
はい、そうなんです。
で、始めてしまえば、
本当に私はこの1年、
感じてきたように、
本当に今まで見えなかった世界、
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なんだけど、ずっとずっと
実は見たかった世界っていうのが
見えてくるんじゃないかなっていうふうに
思ったりします。
はい。
そうなんですよ。で、この間のホロスがね
すごい良かったんですけど、リュウゲンさんが
その仏、お釈迦様がね、
あの亡くなられる最後にね、
亡くなられる前の最後に発した
言葉っていうのを紹介してくださったんですけど、
それが、めっちゃかっこよくてですね、
それがね、
見よ、この世界は美しい。
生命は歓喜なり。
っていうね、これを最後に残して
亡くなられたっていうね。
で、もっとお釈迦様もね、
大王女じゃなくて、本当になんかお腹を
壊して苦しみながら亡くなられた
っていうようなエピソードがあったと思うんですけど、
本当お釈迦様もお腹が痛いことに
苦しんでっていうね、
そういう本当に悟りを開いた、
そして悟りを
みんなにね、対して
開かれ…
開いてくれた
そんなお釈迦様も
最後まで苦しんでたっていう、そういう人間的なね、
お腹痛いっていうようなことに苦しんでた。
それでも、その放った言葉、
この世界は美しいんだ。
命っていうのはね、喜びそのものなんだっていう風にね、
言われたっていうね。
それが、なんかその世界観、
その世界っていうのがギブネス
始めると
見えてくるんじゃないかなって思ってるし、
私はそのようにね、ちょっと感じて
おります。ということで、
まあちょっと長尺にまたなってしまいましたけどね、
はい、今日でね、
今日で、はい、2年目、
2年目突入しました。ということでますますね、
今私にできる
最も価値のあることを無料で
やっていきたいと思います。
はい、みなさん、この1年ね、
サポートしてくださったみなさん、本当に
ありがとうございます。これからもね、
どうぞどうぞよろしくお願いいたします。
はい、というわけで今日はこの辺で
失礼いたします。
今日も素敵な1日をお過ごしください。
バイバイ。