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こんにちは、ブルッセルからHazeです。
このチャンネルでは、ベルキーノ大学院に留学中の私、Hazeの日常をお届けしております。
今、喋っているのが朝です。
録音するのは、午後とか夕方にしてて、その方が声が出やすいからなんですけど、
今日は、えっと、なんだ、あの、ポッドキャスト、他の人が喋っているポッドキャストを聞いて、
自分の生い立ちを喋ってみようかなって思ったので、今喋っています。
ちなみに、花粉が結構来てるって前回とか喋ってたんですけど、
花のスプレーを使うようになってからそれがすごく効いてですね、めちゃくちゃ楽になっています。
はい、というわけで私の生い立ちなんですが、
私、何度か言ってるんですけど、ものすごい動画多いです、今まで。
生まれは横浜です。一応、生まれは横浜なんですが、その時の記憶は一切ないですね。
で、その後に、両親が同じ会社で働いてたんですけど、
そこに通勤、私がいながらそこに通勤するのが大変だったそうで、
その会社のすぐ近くにもう一軒家を借りるんですね。
そこの記憶もぶっちゃけないです。外から見た記憶しかなくて済んだ記憶はないんですが、
うちはその2軒、一時期はその2軒持ってたらしくて、
それからその2軒目の会社に近い方に引っ越しまして、
3軒目の家が東京の下町の板橋になります。
下町って言うと東の方の、もともと江戸だった方だと思うんですけど、板橋もかなりの下町です。
そこには10歳まで、小学4年生までいたので、一応そこが私の地元というか育ったところということになります。
出生地は横浜ですけど、出身は板橋ということになります。
ここで思い出すんですけど、大学の時に留学するための学校に行ってた時に、
遠足っていうか宿泊っていうのがあって、そこの博覧会で私の同級生たちがイベントをやってたんですけど、
出身地かな?生まれた場所はどこですか?そんなような質問があったんですよね。
生まれた場所は横浜なんで神奈川って答えたんですけど、都道府県で答えてって話で。
それを書いたら、その泊まりの夕ご飯のテーブルが出身地ごとのテーブルみたいになっちゃって、
当然私神奈川県のテーブルに入れられたんですけど、記憶がないわけですよね。
おばあちゃんとか神奈川にいるからその話はできたけどっていう、すごいアウェイな時間を過ごしたっていう覚えがありまして、
出身地、だいたい生まれと育ちって一致してる人が多いわけですけど、
私のようにすごい移動してるっていう人もいるので、
その質問を考えた人は一致してる人だったからなんてことなく生まれはどこですかって書いたんだと思うんですけど、
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苦い思い出っていうか、そんなことがありました。
そして板橋なんですが、板橋はですね、保育園で言うと、
これ私何喋ろうかなってさっき考えてて思い出したんですけど、
私実は保育園3つ変わってるんですよね。
それもなんかものすごいんですけど、最初は両親の会社が保育園持ってて、
なんかとても進んだ、当時はすごく進んだ取り組みで、
大きい会社の、大きい会社なんですね、いまだにみんな知ってるっていう会社で働いてたんですけど、
そこがグループ会社、系列だったんです。
その系列の皆さんの社員の子供が行ける保育園っていうところがあって、
そこに行ってたんですよね、最初は。
それが亡くなったのかな、亡くなったのと私たちが板橋に行ったタイミングだったんだと思うんですけど、
そこから歩いて本当に近くの私立の保育園に行って、
私そこ結構会ってたと思うんですが、
なんかノートに昔書いたことあるんですけど、
結構ね、日本民族じゃない子が何人かいるようなところで、
住んでた家の近くにも障害のある人とかが結構いるみたいなところだったので、
そんな感じの保育園だったんですよね。
保育園通っている間に、私は弟が生まれます。
弟が食物アレルギーがありまして、かなり食事が制限されちゃうんですよね。
それに対応してくれる栄養士がいるっていう保育園に弟が入るんですよ。
そこは全然歩いて行けるんですけど、私が通ってた家から保育園は角を曲がってすぐのところだったので、
そこよりはちょっと遠いっていうところだったんですけど、
なぜかそこに私も一緒に行くと言いまして、移動。
それが保育園の一番最後ですね。年長の都市に入ったので、
そういうわけで保育園3つ行ってるんです。
3つ目の保育園はね、広くて効率なんですけどね、そっちの方が。
なんかプールとかあったし、ドッチボールとかしてて、
私立の保育園の可愛い小さい庭とか、ドレスがあってお姫様ごっことかしていた私からすると、
なんかすごい野蛮な感じで、
プールもすごい浅いんですけど、炎のようだから、結構怖かった覚えがあるし、
みんなすっぽんぽんで一緒にシャワー浴びに行くみたいなところだったんで、
当時からちょっと恥ずかしいなっていう感じがありましたね。
そんな保育園に行って、この保育園はね、1日目はみんなよくしてくれました。
けど2日目からは一切それがなくなるんですね。
別にいじめられてたわけじゃないんだけどね。
なかなか当時から思ってみればシャイだったっていうか、
ちょっとブチ気な感じになってしまったなという気がします。
ただ保育園3つ行ったんで、その後の小学校では、
クラスの友達はほぼみんな知ってましたね。
もうすでに知ってるっていう感じでした。
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はい、そして小学校入るんですけど、
板橋の小学校がすごく小さくて、
私のとこは1,2年は2クラスありましたけど、
20人ぐらいですね。20人ぐらいのクラスが2つ。
3年から一緒になって、それ以降はずっと1学年1クラス。
それは上も下もそうでしたね。1学年1クラスのとても小さい学校だったので、
私たちのクラスネーターみんな知ってるし、
それぞれの兄弟が何年生にいるとか、名前とか顔も知ってるみたいなそんなところ。
あとは帽子、学校の帽子とか名札とかもあったし、
上履きとかの体操着、体育着の指定とかもあるような、
ちゃんとルールはかなりあるとこだったんですけど、
学校が小さかったっていうのもあるのか、
音楽の先生が別にいたりとかしてましたね。
なので環境は良かったんじゃないかなっていう気がします。
あと学童もその小学校の中に建物があって、
いまだにあるんですけど、そこに小3までは通いましたね。
うち友働きだったので。
小4になってからは児童館に放課後は行って、
友達と遊んでいたっていう感じの、
いい環境だったなと思いますね。
通学路を守らないと先生に言われるし、私も言うみたいな、
そういう本当にみんな知ってて、いい子で、
守られている感がすごくありましたね。
下町だからっていうのもあるし、小さいからっていうのもあるんですけど、
そんなような環境で、私は勉強ができて、
絶対音感でピアノも弾けて、絵でも表彰もらっているような子供でした。
体育は一切できなかったんですけど、
それで学級委員とかもやってたくらいだったんで、
周りから一目置かれている、男子からも先生からもっていう感じの、
向かうところ敵なし、みたいな感じの無敵な小学生でした。
そしてそんな楽しく過ごしていた私なんですけれども、
小学校5年生で札幌に転校するっていうことになります。
その理由はですね、主には弟の健康上の理由ですね。
アレルギーがあって、アトピーもすごい出ていて、
当時私たちが住んでいた家が、幹線道路が交差しているところにあって、
検査したらすごい空気が悪かったらしくて、
その後に木を植えるとかって私たちが引っ越すぐらいになってたような地域だったんですね。
別に体感としては空気が悪いなとか思ったこと一回もなかったんですけど、
それが一つあったのと、
あとはその会社でですね、両親どちらも何の問題もなく会社で働いていて、
大企業なんでいい環境だったんだと思うんですけど、
なんかその日本の景気が落ちてくるっていうのもあったし、
グループ会社があっていうこととかもあって、
そのタイミングでその会社が北海道、
北海道もともと全国で一社だったのを北海道の会社に分けると、
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それで人を募集しているっていう話になりまして、
うちの父親が北海道の人で、
おばあちゃん北海道にいるし、お皿なじみとかもいるしっていうのがあって、
北海道で再スタートを切った方がいいかなって思うことがあったみたいですね、親的には。
あとは北海道は杉花粉がないので、うちの両親花粉症なので、
それもなくていいなと思ったみたい。
弟がちょうど小学校に上がるタイミングで両親が希望して転校するっていうことになったんですけれども、
こう話していくとですね、父親は地元に戻る。
母は花粉症なくていいなと。
弟は健康にもいいし、小学校上がるタイミングだしよかったっていうことなんですけど、
私だけがすごく不利益をかぶったという感じなんですよね。
私は思春期に入るところでしたし、
好きだった地元とか友達とか環境とかを自分では選択権なくですね、奪われてしまうっていう、
すごいすごいそういう経験でしたね。
それまで自分たちが住んでいた家が不動産で貸しに出されるわけなんですけど、
自分が住んでいる家に値段がついて載っているっていうのを結構思うものがあるんですけど、
そんな環境になりまして。
転校したくないって言ったこともあるんですけど、
言われた母は多分その時困ったんだと思うんですね。
母的には前に聞いた時には転校って楽しそうって言ったじゃないよっていう反応だったので、
それ以降私何も言えなくなってしまったんですよね。
今までの日常がこれからも続いていって欲しいのになって思いながら転校するっていうことになりました。
転校後の話については長くなったのでここで分けます。
次回もお楽しみに。ヘイズでした。