過去の挫折と気づき
Chikara💪Charge💪Radio
おはようございます。いや、こんにちは。Chikaraです。
今日もスタイルフォーを撮らせていただきたいと思います。よろしくお願いします。
今日はこの後1時から、宮剣さんとMCH懲戒儀ね、チャーケンのMCH懲戒儀コラボをいつも通りやりますが、
いや今ちょっとね、あーやっぱりちょっと改めてこれは言っておこうと思ったんで、
チャーケンとはちょっとまた違う話だけど、話をちょっと入れておこうと思いました。
何かというと、こないだの僕、ちくわさんと先週の金曜日ですよ。
ベロッベロに酔っ払って、4時間飲み終わった後、
もう本当に路列も回らないぐらいベロッベロに酔っ払って、2時間ぐらい喋ってる中で、
僕なりにはこれ本気でちょっとね、思った話をしていたんです。
何かというと、こないだの僕が作った楽曲の、タイガーホースという曲にも僕が実は込めた思い出もあったんだけど、
知らなきゃそれすら知らないわけで、知らないことすら知る術もなくっていうね、その2行が歌詞にあるんだけども、
これすごい大きなやっぱりね、僕にとっては重たい言葉というか大きな気づきだったんだけども、
やっぱりあの、知らないことすら知る術もなくっていうのはそう、
自分でいくつかの思いはあるんだけど、1個は自分がかつて諦めたこと、やってみたけど難しいと思ってやめていたことって、
今もできないと思い込んでるケースがものすごく多いんじゃないかと思ったんです。
僕にとってはそれは歌を歌うことだったり、ギターを弾くこと、楽器をかき鳴らすこと、バンドっていうものをやること多分諸々なんだと思う。
で、歌を作ること、歌詞を書くこと、そういったものも諸々そうなんだろうなと今は思うんだけども、
思い出そうとしても、どんなに思い出そうとしても、僕がそれを自覚して諦めた。
今、もうこれで僕は諦めたぞっていう自覚をしたタイミングっていうのは、いくら思い出そうとしてももう思い出せないんですよ、今僕はね。
だから本当にやろうともしていなかったのかもしれないし、
でも軽い感じで、何年何月何日の何時何分ぐらいの1分ぐらいちょっとやろうかなって試したっていうタイミングが一瞬でもあったかもしれないし、
それすら自分には記憶がなくて。
だから知らないことはもう知るすべがないというね。
で、諦めたことは諦めたことすらわからないという。
僕はそれがものすごい怖いなと思ったんです、この歳になって。
多分49年間だけど僕にとっては、もうその積み重ねしかないんだろうなと思ったの。
僕の人生、まあ僕って言いましたけど、多分みんなもそうなんじゃないかという気持ちはあるんだけど、とりあえずまずは僕と言いますけど、
音楽への再挑戦
僕の人生は多分それの積み重ねで今に至ってるわけで、
今僕ができるもしくはできないと思っているものもその中でたまたまのタイミングがあって、
今できると思っているものばかり、もしくはできないと思い込んでいるものばかりなんだなと思ったの。
で、ちくわさんとのコラボの中では、自覚しているものとしたら逆にね、
例えばの例で言ったのは、小学校の時って僕はすごく坂がかりがもう何度練習してもできなくて、
放課後練習してもできなくて、
補助器具みたいな坂を先生が作ってくれて、足でタッタッタッと駆け上がりながらクルッと、
木箱みたいなのに足ひっかけてクルンと回るみたいなもん。
やってもやってもあんなのも全然無理。もう何度やっても無理だったんですよ。
でも大人になってからとか、大学生とかかな、やった記憶があったけど、
公演とか、あと娘が公演行った時に自分もちょろーんとやってみたら、
もう超余裕でしょ、坂がかり。楽勝じゃないですか。
それ多分腕の筋肉とか腹筋とかそのあたりの筋力なんだったと思うんだけど、
でも超楽ですよ。
でも、やってみなきゃ超楽じゃん、できたじゃんが気づかなかったはずで、
それが今回僕は音楽に対して、超楽とは言わないけど、
全然無理。立ち打ちもできない。僕には何もできないっていう、
ひどすぎる状況ではないんじゃないかっていうのはちょっと感じたんですよ。
音楽を作ったり、歌詞書いたり、歌を歌うこともない。
自分が、自分としては成長できている。実感が持てるから。
それはもう誰がっていうんじゃなくて、自分自身として。
だからそれはやっぱり、この年だからかもしれないけど、
今がそのタイミングだったっていう感じなんですよ。
だから逆に言うと、かつて諦めたかもしれない時代は、
たまたま僕はそのタイミングになかった。
僕の何かしらが準備が整っていなかっただけっていう、
それだけなんだっていうふうに本当に思いました。
これもいろんなことに通じると思う。
仕事だろうと、家族のことだろうと、人付き合いだろうとそうでしょうし、
もしかしたら僕は、その人の感情を理解する、
理解し合う、共感し合うっていうことも、
たまたま49年間は僕の準備ができてなかっただけかもしれない。
だから今からそれを、僕は僕なりに味わって深掘りしていったりするんじゃないかっていう、
単に今そういうタイミングが来たなっていうふうに思いましたよね。
だから僕はどうしてなんだろうな、これは無理とかできないって思い込んでたものも、
いや今やってみたらできるかもよっていう、
本当にちょっとね、そういう気軽な感じに思えるようになってきた気がします。
だから皆さんもね、なんかこう、昔やってダメだったなーとかって、
あー苦い思い出とかってあったりするでしょうけど、
いや今またやってみたら違うことあるかもしれませんよっていう、ちょっとね思いましたよね。
で、そういう意味で昨日、昨日ですよ、ギター買ったんです。
初めて音を出した家でね、出した音は収録しとこうと思って、
そっそりスタイフポチッと入れたんで、楽器の音が鳴っているのはバレてもいいけど、
喋っているとバレるの嫌だったんで、ちょっとすごい小さい声で収録しましたけど。
あの時収録の中ではちょっと音鳴らさなかったんだけど、
僕大学の時にFのコードがもうできなすぎてやめた記憶はばっきりあったんで、
わかるでしょ?何やったか。僕Fのコードを押さえてみたんですよ昨日。
そしたら何があったと思います?絶対に出ないと思ってたの。
もう無理。なんだこれは。こんなギターなんかもうやめるっていうぐらいの記憶がはっきり残ってたFコード昨日ね。
あの、押さえましたわ。人差し指ギュッギュッってやって、中指薬指小指でしょ。
じゃーん。一発で出たよFコード。いやもう感動だよもう僕は。感動感激。これだと思った。
だから僕には無理と思った時代があった。自覚していたものも今やったらできることがある。
新たな発見と気づき
で、これはもう僕ははっきり思いました。
それはもう自分の中の自己満足ではあってもいいと思うし、
だからいや本当にちょっとね感激しましたね。
さらに僕は自分が思ったことを、なんていうの、Fコードを本当に一撃で出たよ。
うわーって思った。何があったわけじゃないもんね。
僕がなんかしたわけじゃないし。だってギターなんか触ってないんだからそれかな。
大学のときでしょ。25、26年?26、7、8、9年ぶりくらいにギター触ったわけでしょ。
何があったんだろう僕にはと思う。
ね。ということで。
何の話かというと、まあだから諦めてること、もう僕にはできないことをと思っていたこととか、
それはまたタイミングがくればできたりするから、
まあ諦めずに持っておいたほうがいいだろうし、
むしろ自分が蓋をしたと自覚さえしておけば、
その蓋をタイミングを見て自分がまた開け直せばいいだけなんで。
だから諦めた。でも一回諦めた自覚を持った、見つめて持った上で、
またどこかで開ければいいなというふうにちょっと感じましたね。
みなさんどうですか?なんか積極さくなったかな?
いやでもちょっと感激した話と気づきだったんで、
ちょっとまた喋ってみました。
ということで、この流れだとちょっとタイガーホース聞いてほしいな。
ということで今日はこの後ちょっとタイガーホース流してみます。
あの歌詞もいい歌詞かけてると思うのでちょっと聞いてみてください。
では今日聴いてください。タイガーホースどうぞ。
タイガーホースどうぞ。
泥にまみれた靴底みたいに 全て洗い流せるなら
傘などささず 雨粒残さず その身に全部浴びればいい
かつては暗く重たい空にも 雨漕い心踊らせて
探し歩いた水たまり なぜ今は避けて歩くの
知らなきゃ それすら知らないわけで 知らないことすら知る術もなかった
タイガーホース 孤独な胸に そんな深い日々があるなら
ホース止まれ ただ沈んでいけばいい
比べられないけれど ちゃんとわかるような気がする
自分の深さを抱えた君は 本当の痛みを知ってる人だから
耐えれる訳が見つかるまでは 耐える理由探さなくて
深いあの場所で あの君が見える あの君を知っているから
今日もじゃないってことを 自分の糧に