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2025-12-02 16:00

🔤 日本の英語教育現場での先生ガチャとか教育事故とか

【日本人はやればできる子】
実は…英語が話せないのって、方法ミスってただけ!🙈😅
〜雑談でも真面目な話でも、常に根っこにあるのは「自信を持って英語を話せる日本人を増やしたい」という想い〜

ホスト:ちじゅ|つい本音が出ちゃう熱量高めの人
毎日1%の人生向上を目指してます❣️
🔤 英語を通して人生に向き合う ― ECHOアプローチ 考案者・ 型破りな語学コーチ(主に英語・独語コーチ)|元英会話講師 ➡ 日本の英語教育にメスを入れる異端児🔥
🌍️ 日本・英語圏での経験を経て、今はドイツで七転び八起き中
🔥 座右の銘:やらずに後悔するより、やって後悔!(自慢:失敗・挫折の数は人より多め 🤣)

関心事
🗣️ 言語習得法・雑談力・異文化理解
⏳ プロダクティビティ(コスパ/タイパ)
🧠 自己成長ハック・認知科学

私との出会いが、あなたの語学学習のゲームチェンジャーになりますように!🤩


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サマリー

教育事故という言葉を用いて、日本の英語教育現場における問題点を考察しています。具体的には、発音の矯正や古い教育スタイルが英語嫌いを生む原因として指摘され、教育システム全体の見直しが求められています。また、先生ガチャや教育事故について考察し、親や大人が教育現場に関心を持つことの重要性を主張しています。さらに、子供の教育経験が将来に与える影響についても触れています。

教育事故とは何か
こんにちは、ちじゅ|です。今回はですね、ちょっと激しいんですけども、教育事故についてちょっとお話しさせていただきたいと思います。
教育事故っていう言葉は私の造語ですので、そんな言葉は存在しないんですけれども、
今日は教育事故とか先生ガチャっていう私が作ったようなそういった言葉が出てきちゃうような内容で
やや激しいのかなぁとか思うんですけども、先日ですね、私リンクトインっていうSNSがありまして、そこにちょっと記事をね、
出させていただいたんですよ。でまぁその中でちょっと書いたことが、先生ガチャって結構あるよね、みたいな話をさせていただいたんですよ。
で、これは2つのね、
なんていうかな、私が直接経験したのが一つで、もう一つはSNSで見かけた投稿の話をね、主にさせていただいたんですけど、
まず一つ目のSNSで見かけた、他のSNSで見かけた、小学校の英語の授業参観の話をちょっと
載ってて、でそこでちょっと私が、あらまあと思った話がありまして、それをね、あの紹介したんです。どういうことかっていうと、まあ
えっとね、その方が、ある人がね、あの授業参観にちょっと行ってみてって言われたらしくて、でまぁ本来の親じゃない人だと思うんですけど、英語ができる人なのかな?
が、あの授業参観に、ちょっと小学校のね、授業参観に行ってみたらしいんですよね。そしたらね、クラスにね、一人びっくりするほど発音が綺麗な子がいたらしいんですよね。
で、まあね、きっと自然な英語にたくさん触れて、YouTubeとかね、海外アニメを見たりして、まあ自然に身についた、
まあ宝石みたいな発音だったんじゃないかな?って私はね、そこでね思ってたわけですよ。ふんふんとね、わくわくしながらね、そのSNSの投稿を読んでたんですけど、
ああいいねいいねとかって思ってたんですけど、そしたらね、その書いてあった内容がね、ちょっとね、ありありと目に浮かんできたんですけど、でちょっと私はね、ちょっと固まっちゃったんですけど、
なんとね、その子の発音をね、その周りの子供たちがもうクスクスと笑ってね、おまけに、そして先生までもが、ちょっとそれ違うよと、私の発音はちゃんと真似してよねっていう感じで、
まあ片言ぽい発音方向にね、修正、矯正をしようとしてたっていうことらしいんですよね。
だからまあ言ってみれば、ノンネイティブの発音にわざわざ直すっていうようなことが起こっていたっていう記事を私は読みましたね。
でちょっとそれはいかんのじゃないかと思うと、これって普通に教育事故っていうものじゃないの?っていうことを私は書いたわけなんですよね。
でまあ私が思うにですよ、笑った生徒たちをね、優しく悟して、その上でその子の発音を褒めるべきじゃないのかっていうのが私の考え方なんですよ。
私だったらそうするんですけどね。笑った生徒たちをね、叱る必要はないと思うんですけど、優しく悟せばいいじゃないですかね。
でも本来伸ばす、伸ばしてあげる側が一番最初に率先してその目を潰しに行くってどうなんでしょうねっていうね、これはもう英語嫌いを生んでしまう教育事故現場そのものだみたいなことを私は書いたわけなんですよ。
現代の英語教育事情
でもう一つはね、私の身近な、すごい身近な話なんですけど、今年なんですけどもね、私日本にすっごい久しぶりに、7年ぶりなんですけど日本に帰ったんですけど、その時にね、妹がおりまして、妹の老い子の英語の話になったので、英語がね問題っていうかあんまり好きじゃないみたいなそういう話になってて、
でまぁせっかくなんで、ちょっと教科書などをね見せてもらったんですよ。でその前にですね、私日本の最近の教育はどうなっとんのやっていうことで、ちょっとネットとかでも調べてたんですよね。で最近の英語の教科書っていうのは本当に話す方向、コミュニケーションに結構シフトしてる感じがあったんですよね。
高校とかは全然違うと思うんですけど、中学校だったら割とこの会話の方に向かってる感じのテキストになってて、で私の子供の頃って言ったら、This is a penの時代ですから、もう全く違う感じになってて、なるほどねと、最近は文科書も違うねと、こんなものを教科書で推薦したりするんだねみたいなふうには思ってたんですよね。
で、あのその見せてもらったのも、ホライズンっていうね、私も昔ホライズンっていうのを使ってたと思いますけど、あの頃と全く違う感じの内容で、本当にこうもう絵がたくさんあって、もう話す方向に持っていくようなカリキュラムっていうか、あの内容になってたんですよね。
で、確かに私がネットで調べたのと同じような感じだねと思って、いいじゃないみたいな感じで話はしてたんですけども、そしたらまた別の資料をね、持ってきてくれましてね、それがね、あのバインダーみたいなやつでね、プリントがね2センチぐらいまとめてあるやつなんですよね。
あのうちの老い子が全部まとめてるわけなんですよ。あの2ケツパンチでパチッとこう押してですね、2センチぐらいの厚さになってるんですけど、それがもう本当に永遠と文法のなんちゃらとか綴りのあの仕方、書き方、あのなんか音符みたいな5本線みたいな、そんなやつの4本線かなのやつでそこにきっちりこう埋めるような
なんか昔やりませんでした?そんなやつ、あの英語のネイティブが見たらゾッとするようなやつですけど、それでねもうきっちりと綴りの練習をするみたいな、あとは文法のなんか穴埋めがとか、なんか読解みたいな、翻訳みたいなもうそんなものばっかりのプリントが教科書の4倍ぐらいの厚さになってるんですよね。
そうそう。なのでね、私もヒーッとか思って、だから本当にこう、学校側っていうかその上がね文科省が時代に合わせてまあちょっと変えてきた努力っていうのは確かに見えるんですけど、現場がね、もう現場があんな風にしちゃったらこれはもうね、古いスタイルにもう逆戻りしちゃってるっていうことなんですよね。
で、まあそのせっかく会話寄りに作られた教科書はもうちょっともうね、スルーしてるわけじゃないんでしょうけど、そっちよりもプリントに次ぐプリントでそっちの方をやってるっていう感じで、追い込むね、そんなのしたくないけどもそれやらないとテストの点数ならないですからね。先生が全てですから。教室の中では。だからね、それをやるしかないみたいなことを言ってて、まあね、それを聞きながら、
なんとまあせっかくの教科書がプリントで台無しだわねみたいな、これも教育事故じゃないのかみたいな、そういうふうに私って思ったわけなんですよね。だからまあこれって本当にこういい先生もいらっしゃると思うんですけど、これって先生ガチャっていうかね当たり外れがすごい激しいんだなあっていうことで、で、子供っていうのはやっぱり先生を選べないじゃないですか。
子供の未来を守るために
先生がもう正しいつづり、文法とか読解がもうこれこそが正義だっていうふうに信じてたら、子供はもうそれに従うしかなかったりとかするんですよね。なのでもうこの当たり外れの触れ幅がもうでかすぎっていうふうに私は思っちゃってね。で、その外れた時のダメージっていうものがもう洒落にならないじゃないですか。
英語って一旦嫌いになると回復が本当に難しいと思うんですよね。だからもうこれは立派な教育事故ですよっていうね。で、まあ私のその記事の締めくくりとしては、モンスターペアレンツのようにね、もう何でもかんでも文句を言ったりするとかそういったものは全然ね、よくはないけれども、しかもそのね、自分が英語がまあある程度できるということであれば、英語マウントを取りたくないっていうのも当然だと思うんですよ。
ただまあ、子供の未来が先生ガチャ運で決まるっていう、そういった構造っていうのはやっぱり変えていかなきゃいけないんじゃないかなと思うし、で、やっぱりね、結構その英語のね、嫌いになるっていうその子供が英語嫌いになっちゃうっていうのは、もちろん才能でもないし、もう性格でもないし努力不足でもなくて、ひょっとしたらその大人側のね、
アップデート不足っていうものが原因のことも多いんじゃないかなっていう、そういうのがあるので、もう子供っていうのは本当に守られるべき存在であって、時代遅れに巻き込まれる存在じゃないから、もう全部ね、学校っていうのはもうよしなにやってくれてるはずだというふうに学校にもう全部任せるんじゃなくて、
教育現場への関心
まあ、親もね、もう大人も、私たちの世代も、親の世代もね、もうちょっと教育現場に関心を向けてもいいんじゃないか。で、必要であれば建設的なね、声は上げていってもいいんじゃないかなっていうような、そういった締めくくりをしながら、私の記事をね、書いたわけなんですよ。
で、それでね、そうしたらね、最後にコメント欄で、まあよろしかったら、ポジティブなね、経験やこういった親ガチャならぬ先生ガチャを見た経験とかがあれば、ポジティブ、ネガティブ関わらず、よかったら教えてくださいみたいなふうにしてたら、まあ結構ね、意外にね、半分くらいはね、私の先生はね、こうでね、
本当に楽しい授業をさせてもらってとかね、カタカナ英語だったけど、あのこっちが頑張って話すと、もうすっごい笑顔で褒めてくれたんですよっていうね、カタカナ英語だけど、その英語で褒めてくれたみたいなコメントを書いてくれた人もいて、私はそれはラッキーですねとかっていうようなコメント返しをね、させていただいたりとかしたんですよ。
コミュニケーションは何たるね、コミュニケーションの基本っていうものがわかった先生じゃないかなというふうに私はね、それを読んでて思ったんですよ。
なのですごくね、そういったコメントを書いてくださる方もたくさんいて、でその反面ね、やっぱりあの自分はちょっと当たりじゃなかったみたいな、あんまり好きじゃないみたいな英語は好きになれなかったみたいないうふうにね、
あとは一般論的に、あるいは自分の意見を述べてくれる、自分の経験というよりは意見を述べてくださる方なんかもいらっしゃるっていうような、
まあだからコメントはいろんな方が混在してたんですけど、その中の一つがね、ちょっとね、あの結構批判的にね、私の記事が批判的で、先生っていうのは給料も低いし、
あんまり環境がよろしくないんだから先生だけをいじってもしょうがないんじゃないかみたいな批判コメントを私いただいて、でまあそれも私は真摯にね、コメント返しっていうかしたんですけど、
そういった問題があるときに何かを議論したい場があるとするじゃないですか、そういったときにはマクロとミクロと両方をね、見る必要があって、社会が悪いんだから、環境が悪いんだから、
そういった先生も守られるべきだみたいな、それはそれで私は論じられてもいいと思うんだけど、第一義的にですよ、まずは子どもがそういう状況に至ってるっていう、そこを指摘するのは全然悪いことじゃないと私は思うんで、
ミクロマクロ両方が必要なんじゃないかっていうような、そういった内容でね、私はねコメントを返させていただいたっていう経緯があるんですけど、何でしょうね、本当にいろんな人がいろんな考えの人がいるなあっていうふうに私は思ったんですけど、
でもやっぱり何はともあれですよ、構造的な問題とか社会的な問題ってそれはもうありますよね、どこまでいっても完璧にはならないと思いますよ、完璧な社会なんてないと思うし、ただまあその中でやっぱりそのミクロとマクロの視点、両方を持ってね、議論というか問題解決に至ればいいんじゃないかなという私の考えはやっぱり批判をされても変わらなかったということでございます。
教育事項とかってね、あるいは先生ガチャっていう言葉を私も使っちゃうと激しいっていうのはわかるんですけど、でもやっぱり自分がそういう先生とかに当たってないから、みんなそうだろうと思ったらそうでもなかったりするし、いろんな経験をする人もいるし、やっぱり子供の時の経験っていうのは本当に大きいから、
下手したら一生回ってきちゃうっていう、もうただ一回の出来事でも大人になるまで大人になっても忘れられないっていうこともあったりとかする、本当に多感な時期だったりとかするので、やっぱりこうまず最初に守られるべきは子供であって、
それは大人だって弱者とかいるし、先生も環境が悪かったりとかっていうのもあると思いますけど、でも子供と比べると大人はやっぱり職業選択の自由もあるし、やっぱり声も出していけるし、でも子供にはほとんど発言権はありませんから、しかも義務教育でやらされてるっていう意味なので、やっぱりまずはそっちを守るのが先なんじゃないかななんていうふうに私は思っています。
子供の経験の重要性
はい、すごく長くダラダラと喋ってしまったんですけれども、やっぱり子供をみんなで守っていくっていう社会がまずはあっていいんじゃないかなというふうに私は思っています。
はい、では以上です。またね!
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