季節の移り変わりと近況報告
おはようございます。今日も聞くとホッとリラックスするラジオを聞きに来てくださってありがとうございます。 心理セラピストの松川ちえです。
今日は9月の7日ですかね。 なんか9月も本格的に9月になってきましたねって、何を言ってるんだっていう感じですけれども、
私いつも月が変わって何日か、最初の何日かって、まだ心と体と感覚的にその翌月に追いついていない感じがちょっとあって、
ようやく9月が7日ということで、やっと体が9月だなぁっていう感じになってきましたね。
時代にというか時の流れにちゃんとついていけてないというかね、なんとなく9月になったばっかりの9月1日2日3日ぐらいまでって、なんかちょっと8月引きずってるというかね。
ぼーっと生きてたらいけないですね。 今日は9月の7日の月曜日。
ちなみにですね先週の週末に、私ね高校1年生のめいこちゃんもいるんですけれども、その高校1年生のめいこちゃんの文化祭に遊びに行ってきました。
なんかね、なかなかないから、私ほら普段身近にね高校生とかいないので、めいこちゃん以外はね。
なので、高校の文化祭行くなんていうことも彼女から誘われなかったら行かなかったと思うし、めいこちゃんが高校行くときにね、受験するときに私受験のサポートをしたので、ずっとねうちに滞在してたんですよ受験の。
本番のときに中学3年生の本当に受験シーズン真っ只中の2月かな、2月の10日間ぐらいうちに預かってて、受験の送り迎えというかね、学校に受験しに行くのをついて行って、
試験が終わるまで待って、試験が終わったら一緒にうちに帰ってきてご飯食べさせてみたいなね、なんかそういう親かみたいなことをねやってたんですけれども、なので今回めいこちゃんが無事に高校に入学して文化祭で、
クラスで役割というかね、やってるところをちょっと見ることができてですね、なんか嬉しかったですね。頑張ってるんだなぁとか、楽しんどのくらい楽しんでるのかはね、ちょっともちろん本人の心の中までは見えないので何とも言えないですけど、
でも千恵ちゃん文化祭来てよって私をね誘ってくれるぐらいだから、たぶんね本人もそれなりに楽しみにして楽しんでた行事なんじゃないかなというふうに思います。
高校生の頃の文化祭のことなんて覚えてます?もう私全部忘れちゃいましたね。全部忘れちゃいました。何も覚えてない。本当に何も覚えてないです。何やったか何もやらなかったのかすら覚えてないぐらい全く記憶がないですね。
子供の成長と親の葛藤
まあいいや。今日はですね、ちょっと思い通りにならない時っていう話をしたいなと思っています。本題に入るまでちょっとおばばかトークが長かったんですけどね、すみません。
小さい子供とか小さくなくても高校生中学生高校生とかになってもそうですよね。思春期とかになってくると余計そうかもしれません。
小さい子とか子供って最初は親の所有物じゃないけど、赤ちゃんの時なんか本当に成すがままじゃないですか。大人のね。されるがままだし、自分で歩けないし、まだ喋れないしとかね。
そんな感じだと思うんですよ。一番最初の頃って赤ちゃんの頃って。だけどだんだん3歳になり4歳になり、性格とか自我というものが発達してくるとですね、個性が出てきて好き嫌いが出てきて自分の意思が出てきてね。
そうなってくると当たり前なんですけど、私が言うまでもないことなんですけど、思い通りになんかいかないわけですよね。
私は子育て自分が子供だりしてないから本当に何も偉そうなことは言えないんですけど、でもおめいこちゃんとかね、おいこちゃんとか見てるだけでも、本当にね、子供を育てるって並大抵のことじゃないなというのはね、本当に思います。
自分以外の一人の人間を保護して育てるっていうことのプレッシャーというか責任の重さっていうのはすごいものがあるんだろうなと思うんですけれども、でも一つ覚えておいていただきたいなって本当に思うのは、子供といってもやっぱり別々の人間ということですね。
もう本当私に言われたくないよっていうぐらい当たり前のことかもしれないんですけど、どんなに自分に近しい存在、自分の血がつながった存在とかであったとしても、でもやっぱり別の人間で自分の意思があって、自分のやりたいことやりたくないことがあって、個性があって、
そういうことを考えたときに、やっぱりいくら愛しててもね、ムカつくこととか、腹が立つこととか、同じか、言われて悲しくなること言われたとかね、ちっちゃい子だったら例えばママなんか嫌いとかね、そういうことを言ったりすることもあるじゃないですか。
そういうふうに反抗されるとか、言うこと聞かないとか、わがまま言われるとか、自己主張が激しすぎるとか、そういったことに日々直面してね、何とかかんとかやっているお母様たちの苦労を思うとね、本当に頭が下がるばかりではあるんですけれども、
でもね、本当に何回言っても足りないぐらい大事だなって思うのが、相手をね、相手を条件付きで認めてあげるとか、条件付きで愛してあげるとかっていうのは、やっぱりそこは本当の愛ではないというか、真実の愛ではないっていうふうに私は思うんですよね。
あなたが言うことを聞いてくれるんだったら愛してあげるとか、あなたが私のニーズを満たしてくれるんだったら好きでいてあげるとか、あなたが成績が良くて勉強ができてとか、スポーツができてとか、わからないですよ、どんな条件をね、自分の子供に望んでしまうのか、コミュニケーション能力高くなってほしいとかかもしれないし、IQ高くなってほしいとかかもしれないし、
わかんないですけど、自分の望むことを満たしてくれるんだったら認めます、満たしてくれないんだったら認めませんっていう、そういうやり方で人と関係していくっていうのは、あんまりね、最終的には健全じゃないなっていうふうに思います。
もちろんね、親として子供が未成年だった場合、ある程度自分が管理しなきゃいけない面っていうのは当然あると思うし、宿題あんないんだったらおやつあげないよとかね、そういうこともね、やっちゃう時もあるとは思うんですけど、そういうので全部ダメとか言ってるわけじゃなくて、
そうじゃなくて、人間関係で真実の愛ってどういうことなのかなっていうのをね、いつも覚えていてほしいなと思うんです。
それはやっぱりね、無条件なんですよね。無条件の愛、無条件の受け入れ、無条件の許し、それが相手を一人の別の人間として尊重することであり、本当の愛かなというふうに思うんです。
バイロン・ケイティの教え:思考と感情の探求
親子関係の話とはちょっとずれますけれども、昨日ね、私、バイロン・ケイティさんのYouTube見てたんですよね。
バイロン・ケイティさんってご存知ですか?アメリカ人のザ・ワークっていうワークを開発したというかね、やってらっしゃる素晴らしい、本当に素晴らしいんですよね、ケイティは。
本当にすごい人なんですけれども、日本語で無理矢理説明すると、各社って言ったりするのかな、悟りのティーチャー、悟りのティーチャーっていうふうにケイティ自身は名乗ってないですけれども、
おっしゃってることは完全に非人間だし悟りだし、深いことをね、いつも、私は本とか動画で触れてるだけなんですけれども、本当に言ってること、本当にすごい真底、真実だなと思いながら聞いてるんですけれども、
昨日ね、バイロン・ケイティさんの動画で見てて、すっごい印象的だったのが、若い女性がね、ワークをしてたんですよ。
彼が、付き合ってる彼が、前の彼女と親密そうにしてるのが、本当に許せないみたいなことをね、言ってたんです。
それは、ケイティが言ってたのは、条件ついてるんですね、みたいなことを言ってたんですよ。
あなたが、誰のことをどんなふうに思うか、親密性をどんなふうに感じるかっていうのを全部、彼女の許可を取ってから、いろんなことを思わなきゃいけない。
あなたの許可を取ってから、人を好きにならなきゃいけない。
誰かの許可を取って、付き合ってる彼女の許可を取ってから、他の人を、あの人のことは見つめてもいいよ、あの人のことは好きだと思ってもいいよ、あの人のことは可愛いと思っていいよ、って許可制なのね、全部って。
いうようなことをケイティが言ったんですよね。
これってだから、割と多くの人は、女性の感覚、特に女性だったらわかるんじゃないかなと思うんですよね。
他の人のことを見ないでよ、みたいなね。
男の人と仲良くしないでよ、みたいな。
そんなことをされたら、私は傷つくのよ、みたいな。
そういった気持ちって、経験したことある人はすごく多いんじゃないかなとはもちろん思うんです。
でもケイティが言ったのは、その思考が問題なんだっていうことを言ったんですよね。
あなたは彼と元カノが仲良さそうに、例えば話しているとき、親密そうにしているときに、あなたの頭の中でどんな思考が生まれているのっていうことを言ったんですよね。
その時の思考は、許せないとか、私が2番目になるなんて嫌だとか、元彼女と仲良くするなんてひどいとか、信じられないとか、彼は不誠実だとか、そういうような思考が出てきていたわけですよね。
それに対してケイティが言ったのは、じゃあその思考がもし全く何も頭の中に浮かんでなかったとしたら、同じ光景を見た時にあなたはどう思うのっていうようなことを聞くんですよ。
元彼女と仲良くするなんてひどいとか、私を裏切ってる行為だとか、私は2番目の女なんだ、ひどい悲しいとか、そういう思考が一切なかったら、
彼と元彼女が仲良さそうに何か話してたり親密そうにしているというシーンを見た時に、それらの思考がなかったらあなたはどうなるんですかって聞いたんですよね。
そしたら、穏やかで優しい気持ちになりますっていうところにたどり着いたんです。
これね、結構時間をかけてここまでたどり着いているので、パッと言われて去ってそこに思考のない世界に行けるかって言ったら、すぐはいけないと思うしね、段階はもちろんあるんですけど。
って考えると、やっぱり同じ風景を見て、同じ光景を見て、頭の中に否定的な自己観念とか思いとかがわーって湧いてて、感情悲しいとか寂しいとか裏切られた怒りとかそういうのがわーって湧いてたら苦しいわけですよ。
だけど、それが一切何もなかったら、その思考や感情が一切なかったら、ただある人とある人が喋っている、楽しそうに喋っている以上っていうだけの光景なわけですよね。
てことはですよ、ケイティーが言ったのは、じゃあね、彼の言動が問題なんじゃないじゃない、っていうようなことを言ったんですよね。
あなたの頭の中で考えていること、感じていることが問題なんじゃない、それに気づいたっていうことが大事なことですよ、みたいなことをね、おっしゃってたんですよね。
私もね、本当に本当にその通りだなと思いながらね、見てました、その動画を。もしね、興味ある方いたら、概要欄に動画のリンク貼っとこうかな、YouTubeであったので貼っときますけれども。
そう、私たちって苦しんでいる時はいつも、いつもですよ。いつも必ず自分の中で否定的な思考やネガティブな感情が鳴り響いている時です。
もちろん、そういう風になったきっかけはね、その相手の言動だったかもしれないです。
彼が元彼女と仲良くしているという言動を見て、刺激されて、うわーって苦しくなったのかもしれないですよ。
そうなんだと思いますよ。だけど、でも、やっぱり自分が苦しんでいるのは自分の思考と自分の感情のせいなんです。
だから、相手のことをコントロールして、自分に都合のいいような相手の言動に直そうとして、それで自分の苦しみを除去しようとしてもダメなんですよね。
本当の原因は自分の中にあるからですね。
これ、なかなか難しいことだと思います。
だって、彼が元彼女と仲良くしていて、ハッピーな人って多分いないじゃないですか、あんまり。あんまりいないと思うんですよね。
だから、そこから私の思考と感情が問題なんだっていう、私の思考と感情に取り組んだ方がいいんだっていうところにね、どれだけの人が立てるんだろうっていう感じですよね。
でも、そこに一緒にチャレンジして、相手をコントロールすることじゃなく、相手を思い通りに操ることじゃなく、相手を自分の意図の通りに、自分が気持ちいいように相手に変化してもらうとかコントロールするとかっていうことじゃなくて、
そういうのは全部諦めて、諦めてというか相手に委ねて、そして私たち自身はやっぱり自分のことを見つめていきませんかっていうのはね、本当にそれが一番パワフルに一番楽に一番最短距離で私たちを幸せにするルートなんですよっていうのは思います。
結論:相手ではなく自分自身と向き合う
はい、ということで、今日はですね、相手を思い通りにするのが本当の愛じゃないよっていう話をね、ちょっと長くなっちゃったな、最後まで聞いてくださった方、貴重なお時間をありがとうございます。
はい、ということで、今日も最後まで聞いてくださってありがとうございました。
じゃあ、またねー。