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おはようございます。今日も聞くとホッとリラックスするラジオを聞きに来てくださってありがとうございます。心理セラピストの松川ちえです。
今日のテーマはですね、いつも正反対のことも正しい、という話をしたいなと思います。
この前ですね、何日か前に久しぶりにちえなおチャンネル、YouTubeを更新しまして、概要欄に後でリンクを貼っておきますけれども、
これぐらい大したことない人より恵まれてるからには要注意っていうタイトルで、何分だったかな、18分か、18分37秒の動画をアップしております。
あの結構ないですか、何かストレスがかかった、嫌な出来事があった時についついね、いやこのぐらい大したことないから大丈夫とか、
私はまだまだ恵まれてる方だから大丈夫、もっと大変な人がいるから、っていう風にして、ついついね、自分の感じているストレスや痛みや苦しみを変に過小評価してしまうっていうことってないですか?
私はねすごくあったんですよね、今でもあるかな少し、そういう風に多くの人がやってしまいがちなこと、言ってしまいがちなこと、考えてしまいがちなことだと思うんですよね。
いやいやまだまだこのぐらいならなんとか大丈夫、もっと大変な人もいる、私は恵まれてるっていう風にね。
こういう風に考えることが、いつもいいわけじゃなくて、その裏で本当は自分が感じていた痛みや苦しみを我慢しちゃうんじゃないかっていうことをね、私たちというか、私とnaoちゃんがyoutubeで語っているわけです。
でもこれっていつもいつもそうじゃない真逆のことも正しいんですよね、正しいんですよ。
だけど結局そのどっちの立場に立つかとか、この場合どうするかっていうだけの話で、どっちの意見も正しいんですよ、Aの意見もBの意見も正しい。
っていうのはどういうことかっていうと、このぐらい大したことないとかね、もっと大変な人がいるとか、私はまだ恵まれてるっていう風に思うことも時には正しいわけですよ。
だってそうやって考えて、自分の苦しみだけどっぷりに酔っ払った状態にならないっていうことじゃないですか、それって。
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私は恵まれてるからっていうのは、辛いことがあったかもしれないけど、何かストレスを感じる出来事があったかもしれないけど、それでも自分にはこんなにありがたい持っているものがあるとかね支えてくれる何かがあるっていうことに目を向けてるっていうことでもありますよね。
それってすごく素晴らしいことだし、すごくいいことだと思います。
辛い時にも、辛い辛いってそっちを見るんじゃなくて、いやいや私がこの状況でも、もし恵まれてるものがあるとしたら何だろうとか、この辛い状況でももし自分がラッキーだなって思うような何かがすでにあるとしたら何だろうって探してみるとかね。
そういうことを試みるっていうのもすごく素敵なことだし、重要な人生を前向きに生きていくための大事なスキルかなとも思うんです。
それとか、自分よりもっと大変な人もいるっていうふうに周りを広く見る、視野を広く見る。
辛い時ってついつい自分が悲劇のヒロインになりがちなんですよ。
悲劇のヒロインってわかりますかね、何言いたいかわかるかな。
自分のかわいそうな自分に酔っ払うというかね、こんなに辛いんですっていうところに縮こまってそこにずっとどっぷり使ってしまうというかね。
そういうのもね、あんまり良くないっちゃ良くないじゃないですか。
だから、いやいや、もっと大変な人もいるよとか、このぐらい大したことないよとか、そういうふうに思えたり言えたりしたら、
それってある意味ね、すごく自分に力をくれる視点だと思うんです。
これぐらい大したことないよって、それがたとえ痩せ我慢だったとしても、
大丈夫だよ、大したことないよっていうことで自分を奮い立たせることができたりすることもあると思うんですよね。
だから、このこれぐらい大したことない、私は恵まれてるっていうのもすごくポジティブに使えばね、すごく良いものだし、
こういうふうに考えましょうっていうのもね、とっても正しいと思うんですよ。
だってね、本当に自分の苦しみだけにどっぷりと使ってて、何か良いことあるかって考えたらね、あんまりないかなと思うんですよね。
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ずっとその辛い気持ち、悲しい気持ち、やりきれない辛さみたいなものを半数してもね、半数してるだけだとなくならないですから、
そういうふうに考えるんじゃなくて、いや大丈夫、このぐらい大丈夫、私は恵まれてるっていうふうに前向きにしましょうっていうのもね、私は結構実はありだと思うんです。
で、でも、でもですよ、同時にそうやって自分の苦しみに蓋をして、自分の痛みに蓋をして、誤魔化して我慢することで、苦しみが無駄に長引いてしまうっていうこともね、ものすごく痛感してるわけです。
心理セラピストとしてね、仕事をしたり自分の癒しをしたり、クライアントさんの癒しをしたりしてるうちに、すごく痛感してるわけですよ。
ああ、こういう耳障りのいい言葉、前向きな言葉、ポジティブな言葉で自分の痛みに蓋をして我慢してしまう、なかったことにしてしまうことで、長引かせてるとかね、余計にこじらせてるとかね、そういうこともすっごく多いわけです。
もう力入っちゃうけど。だからやっぱり心理セラピストとしては、その言葉で蓋をしないでほしい。このぐらい大したことないよとか、私は恵まれてるんだからっていう言葉で、自分の心の中の痛みから目を背けないでほしいと思うんです。
だからそういうふうにポジティブな言葉で蓋するんじゃなくて、ちゃんと自分の感じた心の痛みとか苦しみをちゃんと見てあげましょうよっていうのもすごく思ってるんです。
これってどうですか?矛盾してるっちゃしてますよね。最初に言ったことと真逆のことも思ってるわけです、私。こういうことって多くないですか。私は恵まれてるからこのぐらい大丈夫っていうふうに考えて視野を広く持って前向きにいきましょうっていうのも正しいと思う私もいるし、
いやいやその言葉で蓋しないで、ちゃんと痛みや苦しみをきちんと取り扱って、ちゃんとケアして、そうしていかないと無駄に長引くよ、そういうことしないとねって思う私もいるわけです。両方正しいと思うんですよ。何かがあった時にこのね、どっちの作戦でいくのか。
今回はよし前向きに自分をねポジティブに持っていこうっていうふうにいくのか。いやいや今回は自分の痛みや悲しみに思う存分感じてあげてきちんとケアしてあげるっていうそういうしっかりした時間を取ってあげようっていうふうにいくのか。
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まあどっちでもいいと思うんです。でどっちもねもちろん正しいしいいんですよ。だからこんなふうに何かを一つ主張しようとするとその真逆のこともいつも、いやいや真逆のことも正しいよなっていう自分もいるわけです私の中に。いつもいるんです。
皆さんもそうじゃないですか。何か一つのことを絶対こうって思っててもいやとはいえそうじゃない時もあるよなとか。あるじゃないですか。
それこそ何かもっとざっくりした例で言うととにかく人に優しく受け入れてあげて柔らかく対応していくのがいいというそういう一つの正しさもあるし。
いやあの強くねきっぱりとした自分の主張をね強くちゃんと主張した方がいいっていう正しさもあるしこれもだってどっちもどっちもあるしどっちも正しいじゃないですか。時と場合によってね。
だからこんなふうに自分の意見を持つ自分の主張をするっていうことはまあとっても難しいことですよね。
Aという意見の側に立とうとするとBという意見を否定することになる。だけど本当はAもBもどっちにもそれぞれの正しさっていうのがあるっていうことを知ってるんです。
と私は思ってるんですよね。ただ今この瞬間自分がどっちに立ってしゃべろうかなっていうことです。
はいということでね今回の知恵なおチャンネルのyoutubeでは私は恵まれてるから大丈夫とかもっとひどい人もいるんだからとかこのぐらいまだまだこのぐらい大したことないから大丈夫っていう言葉は要注意だよそういう言葉を言って自分の気持ちに蓋をするんじゃないですよっていう立場で話をしています。
でもそのね言葉が間違ってると思ってるわけでも実はないんです。でもまあこういうことをさ、両極端な意見をどっちも正しいんだよAもBもどっちも正しいんだよって言ってると結局何なのって言いたいことがねわけわかんなくなってくるじゃないですか。
だからまあ一つのテーマで話すときはどっちかの意見を確かに否定してしまうことにどうしてもなります。
だけど私、なおちゃんもそうだと思うんですけど私もね、ある主張をしてるからといってそうじゃない側に立ってる人とか意見とかやり方とかねツールとかそういったものを完全にこう憎んでね否定して絶対違うみたいな感じで言いたいわけではないないんです。
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なのでいつも両方の正しさがある。もうどっちの意見も正しいっていうのがね、今日ちょっと話してみようかなと思ったことでした。
はい、今日も最後まで聞いてくださって。あ、そうだ前回のね放送でイヤホンが片耳なくしちゃったよって言ってたんですけどちゃんと見つかりましたのでありがとうございます。
コメントくださった皆さんね優しいコメントに私はとっても心が癒されました。皆さんが見つかりますようにってね書いてくださったから見つかったんじゃないかなというぐらいすごく力をもらいましたね。
本当にありがとうございます。はい、そんな感じで今日も最後まで聞いてくださってありがとうございました。じゃあまたねー