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#97 オフ会で気づいたこと
2026-09-07 24:35

#97 オフ会で気づいたこと

・人見知りって本当?
・「居酒屋のブッダ」に救われた
・私の正解とは
長尺になってしまいましたが、気づきや自分の思いについて話しました。
※発信「ハウツー」的な具体的な学びといったそういう話には全く触れてないです、個人的な気づきでしかないので、ビジネス的な期待値を裏切らないように、ここに書いておきます。
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00:00
先日、約150人の企業家さんたちが集まるセミナー、オフ会に初めて参加してきました。 今までは、同業のイメコンさんたちと小さく集まるということしかしてきてなかったので、初めての経験でした。
自分の立ち回り方や、これからの発信などについて気づきが多かったので、今日はそこを言語化していきたいと思います。
まずね、私、大前提として、めちゃくちゃ人見知りなんですよ。 っていうか、人見知りだって思ってきました。
前情報がある付き合いはすごく得意なんですよ。 例えば、ツイッターで知り合ったリズミの友達と、初めましてして、一日一緒に過ごすとか、
あと、小柄さんなんかもインスタでつながって、コミュニティ作って、みんなでワイワイ過ごしたりとか。これって、SNSの前情報が多いから、うまくチューニングして立ち回れてるって思ってたんですよね。
でも、よくよく振り返ってみれば、先生同士の研修なんかでも、割とすぐ打ち解けることができていたし、
先日のセミナーやオフ会も、どちらかいらしたんですか?とか、どんな発信してるんですか?とか、なんでそれやろうと思ったんですか?とか、
結構、共通項から膨らませていくことができたなっていうふうに思ったんです。
で、私が人見知りだって思っていた原因は大きく一つあって、それに気づいて、私、ママとの会話がめちゃくちゃ苦手なんですよ。
なんでかなって思った時に、その人、ママの個性、個人的な部分が、あまり会話の中で感じられないんですよね。
だれだれちゃんのママ、だれだれくんのお母さんっていうふうな、みんな仮面をかぶってるような状態で、その人の個人が見えづらいんですよね。
で、その個人が見えない状態での仮面舞踏会みたいな環境で話を深めるってことが、すごく私にとっては難しいっていうことと、
あと、子育てに関するトークがとっても苦手なんです。
今、だれだれくんはサッカーのられごとをしていて、そこにだれだれくんとだれだれくんも一緒でとか、そういう子育ての子供の会話っていうのが苦手なんですね。
なんでかっていうと、基本的に自分の子育てと比較して、自分責めにつながるから。
これはね、いろんなものに対して今まで自分責めしてきて、一個一個紐解いていったんですけど、
子育てに関してとか、母親としての劣等感っていうのは、かなりに未だに根深いものがあるなって思ってるんで、なかなか払拭できないし、
03:01
結構ね、そういう手の話にアレルギー症状みたいなの多分あります。拒絶反応みたいな。
だから、すごくママ友会話って、めちゃくちゃ私にとっては相性が悪いというか、難易度がバカ高いんですね。すごい。
だから、そうやって自分を責めちゃうとか、子育てしてて、こういうネガティブな思いを抱えてきたとか、
なんかそれについての解像度は、個人的に高いかなっていうのは思うんですけど、
そういうところをうまく、まだまだ軽やかにしながら、ママ友とうまくやっていくっていうのは本当に私にとっては難しいことで、
年一回ぐらいね、保育園のママ友の輪にたまたま入らせていただいてるんですけど、奇跡的にね。
で、集まりがあるんですけど、そうやってみんなはサッカーの練り事をしてるとかいう共通点とかで盛り上がってるんですけど、
私何してるかっていうと、基本的にそのグループって男の子ばっかりなんですよ。兄弟関係も含めて。
だけど、一人だけお兄ちゃん側の方、小学4年生の方に女の子が一人だけいるんですよ。
だから、その女の子とめっちゃ盛り上がってます。
え、何?韓国のアイドル何流行ってるの?今教えてとか。
やっぱね、その人の個人が好きだと思ってることとか、仕事のこととか、頑張ってること、大切にしたいこと、そういう話をするのが私は大好きで、
で、何だろう、そこの誰々君、誰々ちゃんっていう自分の子たちの話から、
ママの本質的な部分っていうのかな、に入ってく方法が私は未だによくわかんなくて、
すっごくママとの関係が苦手。
それを多分自分の中の人間関係の組み方のイメージとしてすごく大きく持ってて、
だから私って人見知りなんだってめちゃくちゃ思ってました。
でも確かにな、なんかよくわかんない集まりとかで目の前に隣の人、目の前っていうか近くに隣の人とかがいたら、
なんかやっぱ天気の話とかでうまく入ってくのやっぱめっちゃ苦手ですね。
そうやって考えると人見知りなのかもね。
だから、なんかそうやって人とつながるのが苦手で、
手帳とかジャーナリングとかAIと喋ってみてるとか、
自己理解の心地よい殻の中にずっといた人間だったので、
そうやって初めましての人にたくさんアタックしてつながっていくっていうことができたのはすごく大きかったなって思います。
06:00
ほんとね、パーティーとかすごい苦手だし、
なんか一人でいるっていうことが、
なんかすごい周りから見たときにはあの人ぼっちになってんじゃんみたいな。
孤立してんじゃん。
輪の中に入れてないじゃん。
残念だねみたいな。
自分を俯瞰して厳しく見る目ですよね。
監視カメラですよね。
っていうのが今まではあったから、
なんかそういうのが、
常に外側から見てそんな自分が恥ずかしくて、
そういうね、
みじめな思いするんだったら、
そういう集まりなんて行かないほうがいいやって。
大人数でそんなね、
はっちゃけるなんてみたいな。
飲み会は未だに苦手ですよ。
飲み会は未だに苦手だけど、
目的がはっきりしてないじゃないですか飲み会ってあんまり。
職場とかのね。
結局ああいう飲み会ってさ、
自分たちが築いてきたものって正しいよねみたいな。
でも、
自分たちと同調できないものを、
なんか批判したりするんですよね。
悪口言ったりとか。
っていう構造が私飲み会すごい好きじゃなくて。
だから嫌なんですけど。
でもああいう企業家のね、
親睦会とかになると、
やっぱりお互いの事業を紹介しあったりとか、
思いを伝えあったりとか。
で、新たなそれぞれの課題や学びが見えてくる。
っていう明確な目的があるので、
なんか、
やみくもに飲んだりとか、
食べたりするのと違うなーって思って。
なんかそういうところも含めてすごく好きですね。
で、最後に、
この親睦会、
お会い、
パーティーが、
その一人の状態とか、
辛くなくなって軽やかになった考え方。
っていうのを一つ話して、
この回は終了しようと思うんですけど。
夏休みに、
職場の図書室で、
非常勤のね、
自分とかないからっていう、
東洋哲学の本を読んだんですよ。
あの黄色い本で、
新名Pさんという方が書いた本。
なんか電車でも行っとき、
なんか中に広告貼られてた、
ポスター貼ってあったなっていう記憶があるんですけど、
あれが図書室にあったんで、
借りて、
そう、読んだんです。
で、
ブッダっているじゃないですか。
あの仏教で有名なブッダ。
が、
すべてはつながっているっていう風に、
考えたそうなんです。
で、それを引き継いだ、
涼寿。
涼寿でいいのかな。
あの、竜。
うん。
竜の字に、
樹木の寿って書いてある。
涼寿って読む方だったと思うんですけど、
なんか涼寿が、
すべてはつながってるっていうブッダの考え方から、
九っていう概念、
考え方を、
編み出した。
うん。
そこに、
つながったそうで、
で、
そのブッダの、
すべてはつながっているっていう考えから、
09:01
えっと、
言葉というもので、
それぞれ、
概念が決まっている、
関係性とか、
そういったものって、
決まってるよね。
それは言葉の魔術によるものなんだって、
言ったんですよね。
うん。
たとえばだから、
友達とか、
えっと、兄とか、
そういう関係性も、
言葉があるから、
そういうものになってるわけであって、
違う言葉で切り取ったら、
それは違う概念になるだろうみたいな、
ちょっと私は説明が下手くそで申し訳ないんですけど、
だからそういうのを言葉に前提としてるから、
うん。
言葉、
これは私の解釈になっちゃうけど、
言葉をそれで概念として手放したら、
その概念はなくなるわけで、
結局みんなつながってるよね、
みたいな感じなのかなって私は思ったんですよ。
で、えっと、
新名Pさんが、
その空の状態っていうのを、
えっと、
何個か例えていって、
えっと、卒業式、
卒業した後の教室、
うん。
そこに今までは、
えっと、三年二組がいたんだけれども、
もうそれは、
あの、概念として、
言葉として三年二組がいたわけであって、
まあ、卒業っていうのを迎えたから、
もうそこに、
そのクラスは存在しないっていう、
虚無感とか、
あと、
えっと、
あれですね、
同棲とかしてて、
別れた後の部屋っていうのも、
うん、今までね、
それぞれね、
彼氏彼女が住んでいたのに、
まあ、そこの関係性がなくなって、
虚無、
みたいな。
で、
三つ目が、
すごい私にとっては大事だったんですけど、
飲み会のぶった、
あ、居酒屋だ。
居酒屋のぶったっていう考え方が、
新名Pさんが言ってたのがあって、
なんか、
その飲み会とかしてる時に、
こう、
どっちの輪にも入れなくなることってあるじゃないですか、
自分の座ってる席でね、
うん、
なんか、
その状態が、
空だって言うんですよ、
新名Pさんはね、
うん、
あ、今私は居酒屋のぶった状態だ、
みたいな、
なんか、
どっちのその輪にも所属してなくて、
うん、
なんか、本当は、
なんかこう、
どう動くこともできるっていうか、
みんな繋がってるんだけど、
今たまたま自分はこの、
今の概念、
この解釈の中では、
今一人である、
それをなんか、
ぼっちとして捉えるのかとか、
休憩として捉えるのか、
これ私の補足ですけど、
ぼっちとしてとか休憩とか、
結局言葉で全部意味付けされてるから、
なんかその意味付けって、
もっと自由だよね、
みたいなことが言いたいのかなと思って、
私この居酒屋のぶったってめちゃくちゃ気に入って、
で、
それが、
その新牧会でめちゃめちゃ発動したんですよ、
そうだから、
せっかくね、わざわざ足を運んで、
こうやってたくさんの企業家さんたちと初めて、
出会いたんだから、
今までの私だったら、
パーティーとか飲み会とかすごく嫌いで、
12:01
もう端っこにじーっと座ってて、
なんか誰か、
なんか一人、
なんかこう心を繋がれそうな人を何とか一人につけて、
その人にかじりついて話してるっていう感じの人間だったんですよ、
でもせっかくこれだけ、
たくさんの人と出会って、
いろんな考えが聞ける場なんだって思ったら、
いや頑張んなきゃってすごい思って、
で、
その時のお守りだったのが居酒屋のぶったでした、
なんか一人とね、
そうやってこういろいろ話して、
で、
ちょっとインスタ交換しませんかみたいになって、
これからもいろいろ教えてくださいとかね、
いう話になって、
で、
解散するじゃないですか、
その後しばらく一人になりますよね、
料理取ったりとか、
あとなんか片手に飲み物持って歩き回ったりとかする時、
やっぱり私はあの時間が怖かったから、
今までそういう場面を避けてきたんですよ、
でも、
いや私は今居酒屋のぶっただ、
飲み会のぶっただってすごい思って、
なんかその瞬間にいる自分すらも、
なんかちょっと誇らしく思えたんですよね、
すっごいなんかそれに私は救われて、
昨日頑張ることができたんですよ、
放送するの多分もうちょっと先なんで、
昨日とかじゃないと思うんですけど、
そう先日そうやって頑張れたのね、
だからやっぱりなんか本を読んで、
いろんなものと出会うって、
なんかすごく大事だし、
で、
なんかそうやって思いがけないね、
そう、
なんかこう言葉っていうのかな、
あの居酒屋のぶったとかがね、
そうやって自分の人生を切り開く何かに繋がっていくって、
いやすっごいことだなと思って、
ほんとに、
なんか私もそういう瞬間になんかなれたらなってすごい思う、
だからブログ書いてるし、
なんかラジオこうやって喋ってる部分もあるし、
でもなんかやっぱインスタのリールとかって、
その入り口でしかなくて切り口でしかなくて、
なんかそんな気づきはなかなかね、
30秒1分の中で難しいから、
なんかそういうのもうまくね、
そんな気づきも与えられるようになったらいいんだろうけど、
一応ファッションの人でやってるしね、
そう、
だからなんかそういったところで改めて、
なんていうのかな、
言葉と出会うってやっぱりすごいこと、
魔術だしね言葉ね、
さっきも言ったけど、
あと本当に人見知りかどうかって、
やっぱその自己定義ってやっぱほんと難しいですよね、
ちょっとこの話はもうちょっとまたね、
どっかでやりたいと思ってるんですけど、
で、
発信の方の話を別尺で撮ろうかと思ったんですけど、
なんかね、
ライトにアクセスして、
ライトにこう聞いてもらうっていう話じゃない感覚なので、
ちょっとあえてこの回長尺になっちゃうと思うんですけど、
このままちょっと私が行き着いた発信の話まで、
15:03
ちょっとしようかなと思っていて、
でね、
私ってその発信の、
ハウツーとか王道とかビジネスとかって、
どんなに効率の良さとか、
王道の方法があったとしても、
やっぱり自分の納得感がないと、
それを取り入れることができないんですよ、
だから、
かつて二人コンサル受けてたんですけど、
やっぱりそれぞれの方がおっしゃる、
これが正解っていうことに、
なんか自分の納得感がないと、
私はなんかその通りにできなかったんですよね、
そういうこと聞けないやつなんです、
嫌な生徒なんです私、
で、
それを取り入れたいし、
取り入れたこともあるんですよもちろん、
だけど、
なんか結局しっくりこない自分とか、
で、
先生も先生の方でさ、
で、
そうやって自分の言ってること、
言うこと聞いてくんなかったら、
嫌じゃないですか、
こうやったらうまくいくのに、
なんでこの人やってくんないの、
みたいな、
ね、
だから私は、
先日のそのオフ会の方も、
なんていうのかな、
フロントっぽいところっていうの、
手前みたいな商品で、
お世話になってるっていう感じで、
なんか伴奏型みたいな、
いわゆるバックエンドって言われ方するね、
一番売りたい商品みたいな、
ところの講座っていうのは、
あまりこう、
なんだろう、
もうみっちりコミットしようとしては思ってなくて、
もう分かってるから、
言われた通りにした方がうまくいくけれども、
その言われた通りにできない自分っていうのが、
もういるから、
だから、
私はたぶんね、
誰かにがっつり伴奏してもらうってやり方が、
たぶんそもそも向いてない人なんですよ。
すごくね、
自分の納得感とか、
あと自分らしくやりたいっていう気持ちが、
ほんとに強くって、
手段とか問わず、
派心人格とかも問わず、
ほんとにそこを、
そのやり方をトレースしてやり込めば、
伸びるかもしれないし、
売上にもつながるかもしれないし、
もっといい方法がもちろんあるんでしょうね。
でもそれに染まることができたら苦労しないっていうか、
でもどうしてもそれだとしっくりこないぞって、
私はなっちゃうから、
たぶん続かないんですよね。
しっくり感とか納得いかないとかいう感じに、
すごく敏感だから、
だからイメコンも16回受けてきたんですよ。
どこかに自分のしっくりくるベストアンサーが、
タイプの中に眠ってると思ってたんですよ。
必ずどこかで何かの新しい診断で掘り当てれば、
18:03
絶対に出会えると思ってたんですよ、そういう結果に。
でもダメだったのって、
それではいきつかなかったのって、
もっともっと自分の納得感のあるように、
診断結果を咀嚼しなきゃいけなかったりとか、
自分なりのスタイリングに落とし込まなきゃいけなかったから。
自分としてどうかっていうことに、
すごくこだわりが強いし、
言われたことをすぐに取り入れましょうとか、
セミナーでも話あったけど、
それできてたら苦労しないよっていうか、
どんどん自分が自分でなくなる感覚みたいのが、
すごく怖くて、
そこにすごく敏感だし、
こだわりが強いんですよね。
それぞれの世界に、
それぞれの王道みたいのがあって、
うまくいく方法っていうのがあって、
そこに染まることができたら、
すごく楽なんだと思う。
楽っていうか、もちろん大変ですよ。
そこに染まってやっていくってことも、
すごく大変、すごいですよ。
だから染まってできるってこと。
教員でも、
教員としての理想の人格みたいなのが、
漠然とあって、
こういう風な先生、
こういう風に学級経営をうまくやるとか、
こういう風に生徒に、
毅然として生徒指導を行うとか、
行事運営、公務文書、
こういう風にスマートにできるみたいな、
やっぱりそこに、
レジェンド的なかっこよさとか、
素晴らしさってある。
きっと発信もそうなんですよ。
教員もそうで、
だけど、
そういう、
教育公務員として、
理想的な自分みたいな、
そこの型にはまりきるというか、
そういうのに自分を当てはめようとしていく。
そして、
教育公務員としての立ち振る舞いを、
自分の本来の人格とは別で、
演じ切っていくってことが、
私にはもうできなくなってしまったから、
教員を辞めたわけであって、
専任をね。
そうだから、
また発信は発信で、
回るための発信とか、
売れるための発信とか、
していくために、
なんていうのかな、
自分のありたい姿みたいのを、
削ったりとかしてまで、
やるっていうのは、
正直私は、
教員辞めた意味ないじゃんって、
思っちゃうんですよね。
どっかでも言ったけど、
時間かかる人なんだ私。
逃げって聞こえるのかもしれないし、
誰かから逃げって思われても、
いいのかもしれないです。
自分のやり方、
納得感のあるやり方で、
21:00
お客様に、
必要だって思っていただけるお客様に、
届けていければ、
たくさんとかじゃなくて、
憧れますけどね、
たくさん回って、
たくさん届いて、たくさんフォロワー増えて、
すごい憧れるし、
なりたい気持ちももちろんあるんですよ。
もちろんねそりゃ。
じゃないと続けないし。
でもそこまで、
私振り切れないなって思って、
いろんな人の、
いろんな考え方とか、
いろんなやり方っていうのを、
ちょっとずつ学びながら、
自分にできる方法で、
取捨選択をして、
自分らしくやっていきたいなって、
私はすごい、
たくさんの人たちと出会って、
改めて感じました。
それが私の正解なんだと思います。
人それぞれ正解があって、
でも私は、
誰かの正解じゃなくて、
やっぱり自分の正解で生きていきたいし、
誰かの正解がそのまま、
自分の正解になって、
気持ちいい人もいる、
安心できる人もいる、
うまくいく人もいる。
ただ私が、そうじゃない。
面倒くさいひねくれ者だけ、
なんだと思います。
だから私正直、
会いたい人いっぱいいるんですよ。
発信者の方でも、
普通誰か一人についていく、
みたいなやり方。
発信者側の方とかも、
人によっては、
浮気しないでください、
言い方される方もいるんですけど、
私はいろんな人の、
いろんな考え方を吸収して、
自分の、
やり方、
こだわってるようで偉そうで、
恥ずかしいっていうか、
生意気なこと言ってるようなんですけど、
別に生意気言ってるつもりとかじゃなくて、
ほんと染まれるならば、
染まれるって言っても言い方も変か、
その通りに全部、
ついてきますって言って、
できるなら、
どんなに苦労しないことか、
そうやってうまくいかない自分に、
散々葛藤をし、
散々自分責めをして、
散々苦しんできて、
でもそれが、
自分なんだって思ったんですよ、
もうその自分を受け入れるしかなくなっちゃったんですよ、
だから私は、
そうやってね、
一人の人を信じたりとか、
してる人とかにとっては、
なんだこいつって思うかもしれないけれど、
私はそういう人間なんだなって、
改めて、
理解したっていうところで、
この言葉は、
自分なりの気づきとして、
置いておきたいなって、
思いました。
めちゃくちゃ長くなってしまいましたが、
24:02
これからも、
頑張ります。
頑張りたい、頑張る気持ちは、
めちゃくちゃある。
自分なりの方法で、
頑張る。別に誰かの方法に、
設定染まってないから、
染まってないって言うと言い方失礼ですね。
誰かの方法を、
そのまま全部できないから。
誰かを否定したいわけでもないんですよ。
でも、やりたいんです。
私は。
ということで、
今日もご視聴ありがとうございました。
24:35

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