働く理由と仕事への価値観
突然ですが、皆さんはなぜ働きますか? 収入を得てやりたいことを叶えるため、あるいは仕事そのものがやりがいになっている人もいるでしょう。
仕事に求めることも人によって様々ですよね。 仕事内容そのものにはしっくりきてないけど、収入的に優先してそこで働きたいとか、
勤務形態、拘束時間といったところや、 あとは仕事そのもののやりがいを求めることもあるでしょう。
教員時代の経験と葛藤
私は最初教員をしていて、高校時代の恩師に憧れて、 あんな先生になりたいなぁと思って先生になったんですけど、
教員としての仕事は好きでした。 子供と関わっている時間とか、先生方も基本的に真面目で一生懸命な集団なので、
すごい好きでしたね。 そういった面では自分にも合ってるなって思ってました。
ただね、私はすごく人間関係の摩擦に弱くて、 とにかく自分が折れてでもいいから平和でいたい、超平和主義者なんですよ。
だけど教員ってね、やってると摩擦を強いられる場面が結構あって、 生徒指導そうですよね。
前回、ないものにフォーカスよりあるものにフォーカスの話したと思うんですけど、
ないものを指摘しなきゃいけないんですよ。 それがしんどい。
そしてその生徒指導の報告を電話で親御さんにするんですけど、 ここでももっと摩擦が生まれることがあります。
あまり多くをここでは語らないですけど、
それを受け入れてもらえなかったりとか、反発受けたりとか、 ちょっとクレーム的な視点につながったりとかっていうところで、
平和主義者にとってはめちゃくちゃきついです。
あと多分どっかで喋ってるけど、 体育祭合唱コンクールの行事の前のドラマですよね。
そう、なんか終わり良ければ全て良しかもしれませんが、
あの途中途中の担任としての舵取りは本当に辛くて、
なんか一個間違えたら、だってもう学校行きたくないっていう生徒が クラスに出てきたりとかする可能性があるわけじゃないですか。
なんかそれってめっちゃ人生背負ってますよね。 やっぱこうやって改めて考えると。
そうやって3年間だけれども人生に寄り添える仕事ってめちゃくちゃ素敵だし、 人生に寄り添いたいんですよ、私は。
でも時としてそういうレベル、そういう形の関わり方っていうのは、 本当に私は望んでるのかなって思ったりもするんです。
だからもう二度と担任持ちたくないって思ったんですよね。
あともうね、教員人格を演じ続けることに疲れました。
教育公務員として振る舞うことにも疲れました。
もっとフラットに自分が自分のままの状態で働きたいと思って、 今のフリーランスと非常勤という働き方に至ったのかなと思います。
社会的な欠乏感と自己肯定感
やっぱりそういう大人同士の摩擦って、社会的な欠乏感っていうのかな、 満たされない大人が多いから辛く当たったりっていう場面があるのかなって思うんですよね。
もっと余裕があれば、そういう生徒指導の指摘とかって、 寛容的に受け入れられる部分もあるのかなって思うんですよ。
でもそうやってそこで、摩擦、攻撃っていうものに繋がるっていうことは、 やっぱりどこか欠乏感がある世の中なのかな、なんていうふうに考察をしたんですね。
ってなると、いつも話してますけど、 自分が自分の味方でいることってすごく大事。
それが自分を満たすっていうところの土台になると思っていて、 じゃあまずやっぱり自己理解と自己需要だよねっていう、私のいつもの展開になるわけです。
理想の世界と自己充足
だからこう、何だろうな、作りたい世界、こうなったらいいなっていう世界があるんですよね。
自分が自分を満たせる状態、自分と仲良くしている状態。
で、自分が満たされる、自分のコップがいっぱいになると、 そのコップの水を他者に分け与えられるようになる。
他者を許したり、寛容になったりできると思っていて、 自分を満たして他者と心地よく繋がるっていうところ。
お互いに寛容であることを心地よく繋がれる。
で、それぞれのないものじゃなくて、自分にも他人にもないものじゃなくて、あるものにフォーカスしてお互いを寛容にしていられて、
それぞれの強みを出し合いながら輝ける社会。
そんな世界になったらいいなと思ってるんですね。
だから私は、地球みんなが最強パーティー、パーティーっていうのは、 宴会であり、あと小さなチームですね、舞台。小さなチームがたくさんいる。
お互いに寛容でありながら強みを出し合って、 よりそれぞれのパフォーマンスやモチベーションを上げて、みんなが軽やかに輝いて生きていける世界。
そんな地球であってほしいなって思います。
一人でいたい人は一人でいてもらっていいと思うんです。 これ無理やり巻き込むとかの意味ではないので。
ただ、必要な時には誰かと繋がれるっていう可能性もしっかり持っておきたいなとは思ったりします。
そうやって作りたい世界がある。
ファッションを通じた自己理解
で、その入り口として、じゃあどうしようか。
自分を知って、自分と仲良くなって、自分を受け入れて、自分を好きになるっていうところですね。
の入り口としてファッションっていうこちらもお決まりの展開です。
なので、私が今こうして、イメコンの仕事をしているっていうのは、やっぱりそうやって作りたい世界があって、その入り口の手段がファッションなんじゃないかな。
自己理解っていうのをすごくライトに。
だってファッションも自己理解ですよね。イメコンか。イメコンも自己理解ですよね。
自分を知るっていう入り口になるし、しかもそれで見た目が華やかになっていく。
華やかっていうか自分らしくなっていく。自分らしい魅力を放っていく。
で、その魅力がアップするってすごくわかりやすいんですよね。鏡に映った自分が。
で、モチベーションパフォーマンス上がるし、すごくこう、還元したものがわかりやすい。
なので、ファッションをやってるっていうところですね。
働き方と価値観の優先順位
だから、原点に考える話なんですけど、働き方って自分の優先順位を決めてるんですよね。
ファッションも色々ね、そのライフスタイル好き、キャラクター似合うっていう風な中で優先順位決めながら、
服選びしてるんですけど、働き方もそうですよね。
そうやって自分が大切にしたい価値観を明らかにするっていうのが働き方も一つ、そうなのかもしれませんね。
働き方を知ることは自分の価値観、大切にしたいものを掘り下げるということなんでしょうね。
なんかそういうのって結構日常のモヤモヤの中に落ちてる気がしますね。
モヤモヤから見出す価値観
私もそもそもは、生徒指導嫌だなとか、やっぱり一番は保護者対応の摩擦ですよね。
で、攻撃とか感じた時に、なんでこんな気持ちよく繋がれないんだろうなって思ったのが大きなきっかけなので、
やっぱりそういうモヤモヤの中に自分が望んでる大切な価値観ってあるような気がします。
だからね、モヤモヤした時には、そういうモヤモヤしちゃった自分を責めたりするんじゃなくて、
じゃあこのモヤモヤにはどんな価値観、メッセージ、自分の叶えたい何かが潜んでるんだろうっていう視点で見てあげると、
結構モヤモヤも楽しめるかもしれないし、いつも思うんですけど、ネガティブってすごい大切なメッセージをはらんでるんですよね。
なので、ぜひこれを機に、どんな仕事のことに対して、どんな優先順位で自分は決めてるんだろうっていうのを考えると、
自分の取説が充実してくるので、一つ自己理解の入り口としてもとってもいいんじゃないかなと思います。
心地よさと納得感の重要性
気をつけてほしいというか、理解してほしいのは、そういう盛大な地球がどうとか社会がどうとかいうビジョンがあるかないかじゃないです、全然。
それはそれぞれの納得感の中で、どこを求めるかになってくるので、そういった壮大なことが正解なのは絶対ないです。
そこは勘違いしないでほしいです。
壮大とかじゃなくて、もういつも言ってる通り、一番大事なのは自分の心地良さと納得感です。
もう80数回ラジオ喋ってきてるんで、もうそろね、もう私のなんか話の展開とか言いたいことって、もうなんか似たような言い回しになっちゃいますよね。
でも、そこが軸としてあってぶれないので、そういうもんなのかなって喋りながら思いました。
ちょっと自分について振り返るきっかけになったら嬉しいです。
では、今日もご視聴ありがとうございました。