PICTURE(絵画) + WELFARE(福祉) = PICFA(前)
2024-12-15 08:53

PICTURE(絵画) + WELFARE(福祉) = PICFA(前)

OA日時:2024年12月15日(日)
出演:ゲスト 原田啓之さん(医療法人清明会 障害福祉サービス事業所PICFA施設長)
聞き手 田中 みずき(RKB)
説明:
日本初、医療法人内の、障がい者がアート活動を仕事としておこなう施設を立ち上げた原田さん。
その活躍は国内のみならず、世界的にも注目されています。
障がい者の方々の「人生がひろがる」活動としての「アート」とは?その熱い思いを伺います。 
https://picfa-shop.jp/

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スピーカー 1
サンデー・チェンジメーカーズ。 これまでの常識を超えて、新しい時代を開くチェンジメーカーたち。
社会や地域を支えるスターたちの思いを届けます。 この番組は、スタービル博多祇園の提供でお送りします。
スピーカー 2
こんにちは、田中瑞希です。 RKBスタービル博多祇園スタジオからお送りします。
さて、今日のチェンジメーカーは、医療法人生命科医 障害福祉サービス事業所PICFA施設長の原田博之さんです。
スピーカー 1
原田さん、よろしくお願いいたします。 よろしくお願いいたします。
スピーカー 2
まず、PICFAなんですけれども、アルファベットでPICFAというふうに書いて、PICFAと読むんですね。
この名前にはどういう意味が込められているんですか?
スピーカー 1
これですね、障害者施設なので、結構悩んだんですよ。どういう名称にするか。
僕は最初に掲げたのは、世界で活動できる施設名称にする。
いろんなヨーロッパ、アメリカ、アジア、利用者といわれる障害を持っている人たちと一緒に出かけていってとかね。
あとは作品を展示するだとか、海外の企業と仕事をできるような障害者施設にしたいと思ったので、名称とロゴはものすごく悩みました。
実は申請を出す2時間前まで、実は決まっていなかった。
最後の最後までねばって?
アート、創作活動を仕事にするというところなんですけど、アートっぽい名前にしすぎてしまうと、ちょっと突出した感じになりすぎる。
ただ福祉施設なので福祉っぽい名前をつけると、なかなかちょっと福祉臭くなるというか、固くなりすぎてしまう。
ですのでピクチャー、絵とか写真のPICと、福祉って今ウェルビーングって言い方するんですけど、僕が学生の頃はウェルフェアっていうのが言い方だったので、ウェルフェアっていうA字のFAをとって、PICとFAをかけてピクファという造語を作って、ネット検索してみたんですよ。
一見もヒットしなかったので、アートと福祉を両立させるっていうのでピクファというネーミングをつけました。
スピーカー 2
そうですか、最初の構想から我々が知っている、いわゆる作業所っていうんですか、そういうのとは全く違うものでしたね。
03:00
スピーカー 1
そうですね、だからその思いは結構強かったですね。
スピーカー 2
どうしてそこまで福祉事業に対して熱心に活動を始めたんですか。
スピーカー 1
兄が、2校上の兄が知的障害があったので、結構幼少期からいろいろと親の苦悩みたいなのを見て育ったんですよね。
実際に一緒に学校に行っても知的障害が兄だけ浮いてるとかね、一緒に天神にそれこそ博多に遊びに行けば走ってどっか行ってしまって迷子になるとかね。
そういうことが結構多かったので、そういうところで障害のある人のことを特性を、いわゆる健常者って言われる人たちが知ってくれてたら、走り回ってる兄貴を、
お母さん後ろにいるよとかね、声かけてくれる人が街中にいてくれたらとかね、そういうことを世の中に広めていきたいと思ったので、どちらかというと、親が死ぬとき、あと任せたって笑って死ねる仕組みを作りたいと思ったのが、僕の福祉の最初の思いですね。
スピーカー 2
確かに親御さんにとっては、自立できるかちょっと不安なお子さんを残していくのは本当に心配だし不安でしょうからね。それは今から大体何年くらい前になりますか。
スピーカー 1
僕がですね、アートを仕事にするという施設に携わったのが2002年の頃ですね。実際に施設を立ち上げるときに福岡市からは、実はNGだったんです。
前例がないっていうのと、そんなことできるわけがないっていう、健常者の人でもね、通常アーティスト、作家って言われる人たちが、それ一本で食っていくってなかなか難しいじゃん。本当に一握り。そこに障害者であり、障害者施設がチャレンジするっていうのは無理なんじゃないかっていう。
なんとか競技を進めながら、ラジオで言えないようなこともありつつ、認可をしてもらい、2002年から活動を始めたっていうですね。
ピクファは2017年に、ちょっと僕が独立するような形で病院の中に作ったので、2017年からですけど、アートを仕事にするってことは初めて今23年目になります。
スピーカー 2
今はだいぶ変わってきましたか?
スピーカー 1
いや、もうだいぶやっぱり変わりましたね。変な話、仕事、企業の方からピクファの絵を使わせてくださいっていう連絡はもう黙ってても来る。ただ、22年前っていうのは橋にも棒にも引っかからない。なので、アポイント取っても会ってもらえないんですよ。
06:09
スピーカー 1
アポイントを取らずに、福岡市儲かっている企業ってネットで売って、上から順に行くと。大きなビル行けば、今みたいにカードあれしないと入れないっていうビルはなかったので、そのまま7階に上がって社長室をノックして、コンコンどうぞガチャって入ると誰?って言われるところからスタートっていう。
スピーカー 2
すごい行動力。いやー、だけど無理だよって言われた時、正直どう思われました?
スピーカー 1
そうだよなっていうのはちょっと思いました。結局前例がないっていうところが、障害者施設を作るっていうところで怖かったと思うんですよ。
スピーカー 2
失敗はできない、させられないっていうことで。
スピーカー 1
結局、それが失敗してしまえば路頭に迷う人たちを増やしてしまうので、行政としても。ただ、僕は結構行けるっていう実感があったのは、日本福祉大学っていう大学に僕行ったんですけど、そこで結構研究したんですよね。
いわゆる自閉症だとか、発達障害の人たちが好きなこと、それから多動ってよく言いますけど、椅子に座って、このラジオの収録も2秒と座ってられない人たち。ただ、好きなことだと集中して7、8時間ずっと座りっぱなしとかね。
そういう人たちがいるんで、絵を好きな人たちって結構たくさん、当時から研究しているときから多かったので、それを仕事にしたらいいじゃないっていうのが発想だったので、僕はどっちかっていうと、生産性も上がるし、好きなこともできるし、それに魅了される企業っていうのは絶対出てくるはずっていうのはもう、信じるしかなかったっていう。
スピーカー 2
そうなんですね。来週は、PICFARが軌道に乗っていく過程、あるいは魅力っていうものをもっと伺っていきたいと思いますので、また来週もよろしくお願いいたします。
ありがとうございました。
スピーカー 2
詳しくは、スタービル博多擬音で検索。
スピーカー 1
サンデー、チェンジメーカーズ。この番組は、スタービル博多擬音の提供でお送りしました。
08:53

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