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解くべき課題を解きたい
2026-09-14 57:54

解くべき課題を解きたい

「合気道的からだづくり」はいいぞ/文化人類学が着目される理由/パプアニューギニアのパブリックとプライベートは日本と真逆/コテンの深井さん/計画経済はうまくいかないのでは/解決領域と組織形態/レントシーキングが常態化している日本/あらゆる問題を国が解決できるわけではない/3人の青木

感想

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サマリー

合気道的体づくりを継続する中で、忙しさによって自分の体を顧みなくなることや、参加者同士の関係が育つ様子が語られます。文化人類学への関心から、パプアニューギニアの貝殻通貨や、家族・共同体がパブリックで仕事がプライベートになる日本との価値観の違いが紹介されます。資本主義、脱成長、計画経済、組織のヒエラルキーをめぐって、短期利益では扱えない社会課題に誰がどう取り組むべきかが考察されます。教育の画一化やレントシーキングへの批判を通じて、国が担う課題と民間が担う課題を見分ける必要性が示されます。中長期的な社会課題に取り組みながら収益性も確保する企業への期待と、自身の福祉・若者支援の働き方の見直しも語られます。最後に、深井龍之介、クラシコムの青木氏、格闘家の青木真也という「3人の青木」への敬意と影響が述べられます。

合気道的体づくりと身体を思い出す時間
廣瀬 始まりました、ケアラジです。ということで、今日も配信していきたいと思いますが、今日は9月の、歯切れが悪いですね。
14日、月曜日ですね。なんかね、急に連日配信するっていう感じ。はい、いつも通りなんですが。
ここからね、ちょっと忙しくなりそうなので、取り溜めというか、してるという感じですね。
9月の12日か、土曜日は、おきしんぺいさんに来ていただいて、合気道的体づくりを。
これ、ハットリーではもう5回目になるんですよね。早いもんで、もう5回、間に1回、ノマディックさんでね、ノセノ。
ノマディックさんで1回挟んでるんですけど、それを合わせるともう6回目。大阪の北節では6回目の合気道的体づくりということで。
それぐらい回数続けていくと、期間年は半年強になってきて、最初に参加してくれた方で空いてた方が来てくれたりとか、
あとはもうずっと初回から参加してくれてる方もいるし、今回初めて参加しますっていう方もいるし、
ご夫婦で参加されてて、ちょっとお子ちゃんがね、ちっちゃいんで、まだね、かわいい、1歳もなってない。
連れてきてくれるだけで、僕としては本当に癒しでありがたいんですけど、ご主人が参加されて、次、奥さんが参加しますみたいなので、
次、ご主人がオブザーブっていうかね、お子さんの面倒を見てみたいなことも起きてて。
やっぱり、複数回ずっと続けていくっていうことは、コミュニティづくりって言っていいのか、人間の営みとしてやっぱ大事だなっていうのを改めて感じたところですね。
この後、発信すぐしてなと思ってるんですけど、日程が近くで10月3日の土曜日になるんで、
ここが10月3日で、次10月31日が10月分。年内最後が多分11月末ぐらいになるかなと思うんで、
ちょっと気になっている方は、ぜひこの直近の10月末、ちょっと期間詰まってるんですけど、
今回参加したかったんだけどっていう方がいらっしゃったら、ぜひ参加いただけたらと思います。
機動的体づくりは、ちょっとずつ技が増えたりとかして、ずっと連続している方は学びがあって面白いんじゃないかなと思うんですけど、
この回の中でも伝えたんですけど、8月は開催がなくてですね、日程が合わずというのもあり、仕切り直そうかみたいな話もあったんで、
一旦8月なしにしたんですけど、8月僕がむちゃくちゃ忙しかったのもあって、
オフィスの新設だとかフェルマータがあって、多忙を極めていたんですけど、それ以外にも他者支援の仕事もあり、
いろんなものが重なって、自分の体をかえり見る時間がほとんどなかったなということに改めて気づきましたね。
自分の体観察する時間もあったり、呼吸法を毎回やるんですけど、こんな落ち着いて呼吸をするの久しぶりだったなみたいなことになって、
あんまりよろしくないなっていう、自分の普段の生活をかえり見たりして、
でもこういう機会があって本当に僕としてもありがたいですし、皆さんも忙しくされてたり、自分の体だったり、
何か気になることがあったり、もちろん仕事以外にも子育てのことだったり、普段の生活のことだったり、
いろいろ多分気になることがあると思っていて、そんな中でちょっとこう、
液動的体づくりを通じて、自分のこと、自分の体ですよね。
自分の体をちょっと思い出してもらうような時間が作れたらと思ってて。
僕もなんかいろいろ体のことを思い出しましたね。
ここちょっと痛いなとか、痛みすらちょっと忘れるぐらいのね、良くないですよね本当に。
ちょっと左膝がね痛かったりとか、これはあの回の中でも話したんですけど、
今週末、そうだもう8回目のワッパルでの合宿に行ってくるんですけど、毎年4泊5回行ってて、後半の2泊3回行くんですけど、
その合宿に行ったら、なんか穴掘ったりね、バラスって言って砂利を運んだり、そういう野外作業をするんですけど、
そんな中でも、穴掘る時に、僕も結構アドレナリンが出る方なんで、若者と一緒にではあるんですけど、割とスタッフもグワッてやったりするんですよ、作業を。
その時に、たぶん木の根っこを掘るみたいなのも結構あって、根っこ掘って凹凸をなくすみたいな、やっぱり安全にしたいんでね。
グワッとなってて、思いっきりツルハシを振り落とした時に、もちろん先っぽが足に突き刺さろうもんならもう偉いことなんですけど、
っていうよりかは、絵が膝に思いっきり当たって、その時はアドレナリン出てるんで、もちろん痛いんですけど、
それが5年前とかの時かな、結構作業量が多かったんで、今は若者に合わせて作業もコンパクトにしてるんですけど、
毎年このちょっと梅雨時期とか、ちょっとずつ寒くなってきた時になんか痛くなるんですよね。
そんなことも、あれなんかちょっと左膝痛いぞみたいなのに気づいたりね、最後この時期そうだったみたいなとか。
そんなことはどうでもいいんですけども、でも皆さんにそういう時間を取ってもらえたら嬉しいなと思って、
その後にキッチンフジヒロさんに行ってランチを食べるという流れも定着してきて、良かったですね。
いろんな話が出て、でもやっぱり働き方に悩んでるっていう方が多いですね。
たまたまなのもあるし、あるとは思うんですけど、そういう会話になって僕ももっか自分の働き方に悩んでいるので、
またちょっと青木さんに話を聞いてもらったりして。
その後にハムとホントっていう場所に青木さんもお連れして、
イベントできたらいいなーっていうのをずっと思っていて、この合気道的体づくりも8月かな。
8月とかに一旦ハム本でできたらいいなーと思ってたんですけど、なかなかオープン直後で忙しいのもあるし、
主催者っていうかね、菱田いこまさん、一般社団法人だと思うんですけど、
石橋コモンズという団体が主体としてこのハムとホントの運営をしていて、その中にハム横山さんであったりとか、
僕はウェブとかサポートしてもらっているハムの部分ですね、ハムとホント。
曲がり書房さんという本屋さんが入ってたり、また有学者さんだったかな、ボードゲームとかそういうことで子どもたちと関わっている団体さんが入ってたりとか、
いろんな団体さんが入って運営しているのがハムとホントなんですけど、青木さんといこまさんもちょっと引き合わせることができたというか、
いろんな共通点もあったりね、お話も面白かったんですけど、別に慌てずに何かできる形を模索していけたらなと思っているというところですね。
文化人類学とパプアニューギニアの公共性
そんなことで12日終わって、昨日は家族と出かけて一日オフにしようと思って、
次女がノート買いに行きたいとか文房具系、女の子って文房具好きですよね、キャップとかノートが買わなあかんとかっていうので、奥さんも休みだったんでね、3人で買い物行って外食したりして、
ゆっくりできたから良かったかなという感じではあるんですけど、やっぱり働くことみたいなのって、青木さんもおっしゃってることですし、
あと最近ちょっと前の番組なんですけど、国養がやってたシリーズで、働くことの人類学っていうポッドキャストのシリーズがあって、それは国養の取り組みの一環ではあるんですけど、
若林圭さんって、もともとワイヤード雑誌の編集長で、国庁舎は編集プロダクションであり、今多分本屋さんもやってるのかな、古本屋さんみたいな、若林圭さんがホストになって、
文化人類学者の松村圭一郎さんでしたっけ、と若林さんがホストになって、文化人類学の学者さんとか、いろんな方をお招きしてやってる番組があって、何かで見聞きして聞いてみようと思って聞いたらめちゃくちゃ面白くて、
文化人類学に向く自身が結構、ここ数年ですね、興味があって、これはもう何回もこのケアラジアで言ってるプシコナウティカの存在も大きいですし、松島武先生のイタリア精神学のことを扱った本ですけど、
あとは、ティム・インゴールドとかの本とかを読んだり、直近だと急に具合が悪くなるの、磯野真帆さんも医療分野ですけど、文化人類学出身で、
で、ハムと本と設計されたの、奥田さんもバックグラウンドに文化人類学があるということで、なんかね、この文化人類学っていうのが、今かなりフォーカスされてるなぁと感じて、僕も興味関心があって、
やっぱり、人間がどう生きていくかっていうことを突き詰めていくと、文化人類学には行き当たるというか、気がしますね。
だから、こうやって文化人類学がフォーカスされていることは必然というか、AIがこれだけ台頭してきた中で、じゃあ人間ってどうやって生きていくんだっていう風になって、ここからさらに注目度が高まっていくんだろうなという分野ですよね。
そうそう、やっぱり人間がいかによりよく生きていくかっていう視点を考えるときに、やっぱりこう歴史的背景だったり、いろんな文化を知るってことはすごく大事だと思うので、で、その働くことの人類学のシリーズで、
ちょっとお名前とか忘れちゃったんですけど、最初はパプア・ニューギリアのフィールドワークをした方をお招きして、なんかお金についての話だったんですけど、貝殻の通貨をね、まだ使ってる、
そういうちょっとコミュニティがあると、集落があるっていうので、その話中心に番組は進んでいくんですけど、で、貝殻の通貨っていうのも結構特殊で、1枚1円みたいなことではなく、貝殻を多分何十枚集めたのを1単位として扱うみたいですね。
ただそれはそれで、もちろん何かと交換したりはできるんですけど、普通の通貨っていうんですか、もう別に流通してて、ただその貝殻の通貨も特別なものとして使われるみたいで、それをお葬式の時はみんなに配ったりとか、
あと婚姻の時はそれをたくさん持っていくっていうのが、なんかステータスになってるみたいな話で、そういう文化人類学的側面からも面白い話だったんですけど。
僕は、通貨の話以上に面白いなと思ったのは、やっぱり、何て言うんですかね、そういう、別に未開の文明みたいな感じではなく、特殊な進化を遂げてる文化圏だなと思ったんですけど、
このパブリックとプライベートの、何て言うか、位相がちょっと日本とか先進国とは違っていて、いわゆる子育てであるとか、家族のこと、自分たちが所属してるコミュニティ部族のことっていうのが、その人たちにとってはパブリックなんですよね。
逆に仕事っていうのは、パブリックなことの下にあるっていうか、その方のエピソードで面白かったんです。
やっぱり、普通に通貨を稼ぐための仕事っていうのもその中にはあって、それが警察官的な働きだったり、救急車の運転とかね、そういうやっぱり、いわゆる日本だと福祉と言われるようなコミュニティを維持していくのに必要な機能ですよね。警察とか。
警察とはちょっと福祉とは違うかもしれないですけど、そういう公共が担うようなものっていうのはあるんですけど、今、公共という言葉を使いましたけど、それはどっちかっていうと僕たちがパブリックと思ってる感覚とちょっと違ってて、
例えば、その学者さんだと思うんですけどがフィールドワークしてて、仲良くなるらしいんですよね。やっぱり。どっか行くんやったら連れて行ったるわみたいな感じで、それが救急車だったりパトカーだったりするみたいですよね。
で、日本だったらこれはありえないですよね。そのパブリックな用途で使うものをそのプライベートで使うなんて、とかね、あの、ほんまにアホらしいですけど、消防官の方がどっかコンビニとか入ってるのを見て批判が起こったりしますよね、日本だと。
それはもうアホらしいなと思うんですけど、意識としてはやっぱりそういうパブリックな人たちがプライベートな時間を過ごしてると、その業務時間なんでね、っていうのは有識事態だみたいな価値観が前提としてあると思うんですけど、それがもう真逆なんですよね、その文明の中でね。
なんで家族の一大事に、そんな救急車なんか運転する場合じゃないみたいな。
それはすごく面白いっていうか、日本社会を客観視するためにはすごく視差に富んでいるなって思う。それ面白いなと思う。
資本主義・脱成長と社会課題の資金調達
ランチの時にチラッとそういうのも話したりしたんですけど、そこが今この時代の転換点の中で、
資本主義社会の中では、資本の増大に寄与する人間っていうのが優位に置かれていて、例えば税金をどれだけ収めてるかとか、そういうふうな社会でやってきたわけですよね。
もちろん資本主義っていうことを全部悪いわけじゃなくて、やっぱりそういう利己的な人間のエネルギーっていう、自分が豊かになるんだみたいな。
欲望ってすごく必要で、やっぱりパパニューギアの文明の中でも、家族のことだけやってる人が人望を集められるかっていうと、そうではないみたいで、
やっぱりちょっと経済的な部分でも有力者であるとか、ビッグマンっていう言い方されてましたけど、そういえばビッグネーム的な人っていうのはやっぱり人望を集めると。
当たり前の話ですよね。その人の近くにいたら仕事がもらえるとか、ちゃんと仕事になるみたいなところですよね。
そこはあんまり変わりないんですけど、そこのウェイトの違いなんだなっていうのはすごく思いますよね。
資本主義社会の行き詰まりみたいなのが言われる中で、やっぱりそれを見直していかないといけない。
経済成長、これはまた経済成長をどう扱うかっていうのは複雑な議論があると思うんですよね。
一時、斉藤公平さんをはじめ、脱成長がすごく持ち上げられたんですけど、
社会主義国家と言われる国って、やっぱり独裁性ですよね。今の世界を見ていく中で、
ロシアであり中国であり、純粋な社会主義国家とか純粋な資本主義国家っていうのもないですけど、
日本は資本主義ではありつつ、システムはほぼ社会主義ですよね。
国民解放権があり、全然雇用の流動性も高くないので、すごい社会主義的な国だなと思うんですけど、
アメリカとかに比べると、脱成長がいいのかっていうと、それはそうとは言えないぞみたいな。
じゃあずっと同じ事業とか同じ体制とか同じ市場、同じシステムでずっと継続できるのかっていうと、そんなことはないので、
やっぱり手小入れしたりとか、時にはやっぱり大幅に作り変えていく必要があると思うんですけど、
特にこの国っていうことを考えると歴史があって、どんどんステークホルダーがたくさん出てきて複雑化して、
意思決定のプロセスにもすごく時間がかかるし、やっぱり今の投票システムだと、
人口比のことを考えると、やっぱり上の世代の人が多くて若者が減っているわけなので、なかなか社会構造を変えづらいですよね。
だし、ここから税収というのは減っていくので、分配で何とかうまくやっていこうというのもかなり厳しくなっている。
という中で、脱成長という選択肢って、僕的にはあんまり有効策には思えないんですよね。
やっぱり進行分野で、日本の国として考えたときも、やっぱりそういう進行分野みたいなところで、
外貨含めて稼いでいくということは必要でしょうし、
そういう産業を作って雇用を生み出すということも必要でしょうし、
そういう作り直すエネルギーを必要と考えたときに、ちょっと脱成長って危険ですよねっていう。
すごく計画経済だとかね。主にちょっと斉藤浩平さんのロジック批判みたいになっちゃうんですけど、
ほんまか?みたいな。この時代に計画経済ってマジですか?みたいな気はしていて、
やっぱり資本主義の良いところと、社会主義的な良いところと、
あとはやっぱりヨーロッパ圏の思考のフレームワークっていうんですかね。
これはこの前の、僕が好きでずっと拝聴してるインサイドビジョンっていうね。
経営者向けのポッドキャストですけど、高木新平さんという方が経営者の考えとか深く聞いていくっていう、
1時間今日の番組なんですけど、そこで古典の深井龍之介さんが2回目のゲストで来られていて、
僕はもう何というか深く共感しつつ、深井さんの覚悟みたいにすごく感じたんですけど、
ここではもちろん計画経済みたいなことは話には出ず、中長期的な視点に立って、
立った時の課題みたいなものにやっぱり人類は取り組んでいく必要があって、
3つぐらいアジェンダを取り組むべきものをアジェンダとして挙げられていて、
それは紛争の解決であったりとか、あとは民主主義のアップデートですよね。
あともう1個ぐらい何かあった気がするんですけど、
3つのイシューみたいなものに人類は取り組むべきだったが、
でも誰も取り組まないと。
なぜかというと、やっぱりこれが資本主義が限界だと言われている要因だと思うんですけど、
僕も全く同じように捉えているっていうか、
そこに対して別に僕がアプローチできているわけではないんですけど、
アプローチしたいっていう深いさの考えみたいなのをすごく共感して、
それはやっぱり資本の集め方の仕組みですよね。
そういう資本を集める時って株式が今はやっぱりメインになっていて、
株式の仕組みっていうのも僕も理解しきれているわけではないんですが、
やっぱり上場して、上場することによって株価がバンって上がったりするんで、
それで資金調達をするっていうのが、
やっぱり株主に対しては利益を分配していくわけですけど、
上場はやっぱりすごく右肩あたりの成長率が求められたりするわけですよね。
それがあるからこそ株主は資金を投入するわけなので、
上場する企業っていうのはいろんな仕組みを整えて、
市販機計画を立て、そこでこれだけ利益が上がりましたみたいな、
その成長があるからこそ調達ができるっていうのは株式市場であるので、
それぐらいのことは僕でもわかるんですけど、
それがゆえにやっぱり短期に利益が見込めないこと、
成長が見込めないことっていう社会課題はどうしてもやっぱり放置されちゃうんですよね。
僕的には前回も含めて仕事をしたいんだっていうことを言ってたと思うんですけど、
僕が言う仕事っていうのはやっぱり本当に必要なことであり、
もちろん儲かればいいんですけど、儲からなくてもやるべきことはあるやんっていう、
まさに深井さんがおっしゃったようなことを僕も考えて、
自分なりの実践として福祉という領域でこの13、14年働いてきたんですよ。
介護含めてね。13、14年は言い過ぎですね。
丸13年とかになるのかな。
でもやっぱり持続可能性がないっていうことに気づき、
それでもなかなかそこを抜け出せずにいたわけですが、
そう、そうなんだよ。
このフィールドで何とかしなきゃって思ってたんですけど、
その若者支援を続けていくために企業したり、個人事業をやってみたり、
そういう企業者のそれだけが理由じゃないですけど、
何かやっぱり本当に自分の中で、
本当の課題にコミットしたいっていうのはあるんですよね。
そこをいかに自分の生活だったり経済的な豊かさも確保しながら、
どうやっていったらいいんだっていうのを結構今考えてたんですけど、
でもやっぱり同じように考えてる人ってきっといると思ってて、
それがまさに古典の深井さんとか、
それにもうなんていうか、
悲壮感を持って挑んでるんですよね。
誰かやらなあかんのになんでやれへんみたいな、
何かある種こう、義憤的なものを持ちながら、別にやりたいわけじゃないと思うんですよ。
僕も深井さんの話聞いてて共感したのは。
僕も別に何か若者支援をやりたいわけではないんですよね。
なんか別にユースと絡みたいわけでもないっていうか、
正直、別にユースとして見てないから、
一人一人の人と出会っていくっていうのは楽しいし、
それがたまたまユース世代であるっていうだけで、
ユース世代と仕事するのが楽しいとかそんなことは別になくて、
なので必要だと思うからやってるし、
高齢社会もたまたま入った業界ですけど、
必要だと思ってるからやってるし、
もしそれが児童分野であっても、
僕はたぶんこの仕事必要だなと思うからやってたと思うんですよね。
でもそういう教育とかも含めて、
教育システムは本当に球体全位としてるっていうか、
教育の画一化とレントシーキング
それも国と一緒でね。
日本っていうのは公教育は一つなので、
一つっていうのは同じ教育指導要領をもとに、
もちろんオルタナティブスクールとかフリースクールとか、
今でこそ出てますけど、
9割が同じ教育システムでやってるわけですよね。
こんな国っていうのは先進国の中ではないわけで、
いびつですよね。ちょっと良くないですよね。
日本は普通にレントシーキングって言って、
利益誘導ですよね。
自分たちの業界に利益誘導するっていう、
ロビイングをちょっと悪く言ったみたいな言葉ですけど、
基本ロビイングっていうのは絶対必要だと思っていて、
ただやっぱりそれがちょっとレントシーキング化してるっていう、
レントシーキングは状態化してる。
国のチェック機能みたいなものが働いてなかったり、
働いてたとしても短期的な利益にみんな流れ込んでいくので、
それがギガスクール構想みたいなものもそうですし、
一気にテック系の企業が日本の教育界に入ってきたわけですよね。
そういう欲望だったり、
いろんな思惑が教育業界に入ってきて、
教師からしたらたまったもんじゃないですよね。
子どもたちももうたまったもんじゃないっていうか、
うちの子を見てても、
長女とかはなんとなくやりこなしてたのかわからないですけど、
次女とかもタブレットで宿題や何やつって、
何かのプリントは書かなあかんとか、
いろんなことをやってるんですけど、
これ何か一個一個ちゃんとフィードバックあんのかな、
みたいなふうに思うわけですよね。
漢字これ書き間違えてるから書き直しさせて、
それができてるかチェックしてみたいな。
それをいかに回すかっていうところもあってて、
教育的側面をどう図るかとか、
子どもたちがそれで豊かな体験をするかとか、
自分の中の感覚とか、
あとは考えとかが育ってるかとか、
そういうものは本当に置き去りで、
人との対話の中で自分の意見だったり、
感情を調整するとか、
本当に実は生きていく中で大切なことっていうのが、
なんか置き去りになってるんですよね。
で、往々にしてシステムみたいなもので、
そうなっていきがちっていうか、
なんか組織維持の、
これは内田達郎さんがどっかで書いてたことですけど、
何か事業っていうかね、成果っていうんですか、
価値を生み出すことを、
その組織維持のためのコストが上回ったときに、
その組織は終わっていくと、
これは対意ですけど、そういうことをおっしゃってて、
まさに日本っていう、
日本全体がそうなっているし、
企業の中にもそういう企業がある。
やっぱり、
自分たちがご飯を食べていて、
安定して、安心して、
余計なことはせずに、
価値を生み出してる、生み出してない、
関係なく自分たちが生活していけたらいいんだと。
そういう保守的なこと、
そういうマインドが日本に蔓延してて、
それでずっといけるんだったら、
僕もこんなことは言わないんですけど、
どう考えても日本はまずくなっている。
経済成長はしてないし、
ヒエラルキーと組織の価値提供
経済成長がいいのかっていう批判に対しては、
さっき答えた通りっていうかね、
基本、
何ていうか、
さっき答えた通りっていうのは、
すごい雑ですけど、
やっぱりいろんなものが、
現実考えると、
経済成長っていうかね、
やっぱり新陳代謝は必要ですよね。
その結果として、
必然的に経済成長するはずっていう感じですかね。
それにはやっぱり計画経済なんてものは、
機能しないわけですよね。
今言った話で、
計画経済とか、
組織の中でも、
平等主義みたいなものが蔓延すると、
組織論で言うと、
その組織って絶対衰退するんですよね。
ヒエラルキーがすごく批判されて、
今だと能力主義批判とかが結構、
日本でも、
多く語られるようになってて、
その良い側面はあるんですけど、
これは僕が読んだ本の中で、
組織デザインっていう本があって、
官僚的組織ってすごく批判されますよね。
何だろう、
組織開発ってそういうもんっていうか、
ヒエラルキーをうまくデザインするのが、
組織デザインだと思うんですよね。
これは、
この方は、
沼上さん?
せっかくなので、
正確に言っておこう。
沼上剛さんっていうね、
ひとつ橋台の教授ですけど、
今現役なのか、
ちょっと定かではないんですけど、
そうだよな、みたいなことが
普通に書かれているんですね。
ヒエラルキーがあった方がいい組織と、
そうじゃない組織っていうのは、
確かにあると思うんですけど、
でも、
ヒエラルキーが一番悪いものかというと、
そうではなく、
むしろ、
ヒエラルキーがない組織って、
さっき言ったみたいに、
実はものすごく品質悪くなるんですよね。
それって、
多分社会主義国家の中でも起きてたことですよね。
その計画経済的にやって、
ものすごく福祉サービスの品質が低下したと。
そうだよなと思うんですよね。
人間って、
やっぱりこういうふうにしたいとか、
人間そのものが持つエネルギーのパフォーマンスを
どう出すかっていうので、
計画経済的な、
ある種角にオペレーション化して、
みんなが同じ品質でやりましょうっていうことじゃないですか。
そんな中で、
人間がパフォーマンスを高めるかと言うと、
実はそんなことなくて、
やっぱりある程度ヒエラルキーがあったりとか、
能力がある人が、
能力高める人が、
経験がある人が、
やっぱりヒエラルキーの上にいて、
価値判断をするわけですよね。
僕も管理職なんで、
それはちょっとダメとか、
こっちの方向でいきましょうとか、
っていうのをやるわけですけど、
でもだんだん、
自分の安心・安全を優先しようとすると、
ヒエラルキーを取り除いていくんですよ。
だって脅威だから、
なんていうか、
努力して、
これもマッチョに聞こえちゃうと思うんですけど、
品質とか価値提供に対する努力をしたくない人にとっては、
ヒエラルキーってすごく脅威なんですよね。
これはね、
人間の業っていうか、
組織論だけでは語れない、
人間論みたいになっていくんですけど、
やっぱり自分の見たくない部分に、
見ないといけないわけですよね、
仕事っていうのは。
業務の得意・不得意とか、
これが進んでる、進んでないとかって、
如実に結果として出てくるので、
それはいろんな物語があっていいと思うんですけど、
その能力主義批判って、
僕はその拠り所の一つだなと思ってるんですけど、
別にその能力だけで人を判断するっていうのは確かに良くなくて、
学歴・社会なんて最大のものですけど、
学歴でその人の価値が決まるわけではないですよね。
でも、
学歴一つとっても、
やっぱり何かしらの、
ある程度の人間社会を維持するための
指標として働いてて、
その指標のうちの一つであることすら否定してしまうと、
それちょっとバランス悪いんじゃないと思うんですよね。
じゃあ例えばすごく、
知的能力が必要とされる分野で、
じゃあそんなの学歴なんて関係ないよとか、
それはちょっと違うっていうのは
誰でも分かることだと思うんですよね。
でも、
それぐらいになってるっていうか、
平等主義がいきすぎて、
そういう人たちに合わせた言論がたくさん生まれてきて、
不解散はじめ、
やっぱり日本を維持していくために
頑張ろうとしてる人が、
逆に気持ち疑われるみたいな、
意味のわからんことになったりとか、
するわけですよね。
僕はもう別に、
みんながみんな頑張ろうって言ってるわけじゃないんですけど、
パレートの法則とかって言って、
頑張る人、頑張らない人がいるっていうのは、
人間とか生物学的に言っても、
人間が集団を形成したときにそうなるんですけど、
その割合の問題だと思ってるんですよね。
やっぱり社会を維持していく中で、
頑張る人の割合が減っちゃうと、
ソランインフラも、
教育水準も、
いろんなものが維持できないわけですよね。
だからやっぱり、
デフ会さんもおっしゃってましたけど、
やっぱりお金と人材を、
さっき言った3つのイシューみたいなところに、
統合化していくことはやっぱり必要なんですよ、
どうしても。
そこは誰でもそこにジョインできるかと、
そうじゃなくて、
それぞれの分野に適した人とか、
能力だとかお金っていうのが変わってくるので、
そういう当たり前の話と僕は思うんですけど、
そういう普通の議論がしたいなというふうには思うというか、
福祉業界っていうのは、
国と民間の課題領域をどう分けるか
やっぱり、
前も話したとおりに、
純市場的なので、
どうしても計画経済的になるっていうか、
回していけばいいし、
その中でもちろん、
すごく経営努力されてるわけですけど、
そういう会社はあるんですけど、
どうしても計画経済的に回していくっていう方が、
今現時点においては、
すごく優先になってる気がするんですよね。
だから、
僕も国っていうものに期待してたところはあるんですけど、
世の中変えるには、
やっぱり法律とか行政とか、
そういうものにアプローチしていく必要があるんだと、
いわゆる左翼的な思想ですよね。
もちろんそれは、
一方では必要で、
これも中長期的に見たときに、
いわゆる女性の権利であるとか、
LGBTQの方々の、
結婚制度の問題とか、
そういうものを、
制度を変えていくっていうのは、
これはもうめっちゃ必要ですよね。
とはいえ、
就労支援とか若者支援とか、
あらゆるものを、
国が変えられるっていうのも、
またちょっと、
偏った考えで実は、
だから僕はちょっと、
転校したっていうのは、
そういうことなんですよね。
なんか全然あかんぞって感じなんですよ、
国って。
国って、
平等的にやらざるを得ないんですよね。
それがいかに平等に分配されるかっていうのを、
法律の整備っていうのは、
そういう形で、
やってるわけですよ。
分配先を、
法律に則ってやっていくために、
定義をしたりとか、
するわけですよね。
高齢介護でいうと、
ケアマネを例にとって言うと、
そういう介護度の判定みたいなものを、
できるように、
国家資格の制度から作っていくと。
そういうわけですよね。
こういうのがあらゆる、
福祉的な分野でなされてると。
教員もそのうちの一つですよね。
教育指導要領みたいなのもあって、
教員試験があってみたいな。
なので、
そういうふうに、
国っていうのは運営されていくんです。
国から地方自治体に、
降りていくと。
でも、
国の課題、
国が解決できる課題領域と、
やっぱり民間がやったほうがいい、
課題領域というのが、
普通にあるっていうだけなんですよね。
これは、
イシューから始めよとかを、
読んでもらうと、
すごく分かるかもしれないですね。
誰でしたっけ?
イシューから始めよの人ね。
あれすごく名著だと思うんですけど、
やっぱり解ける課題領域っていう、
解く課題領域に対して、
国がアプローチするのか、
民間がアプローチするのかとか、
さっき言ったヒエラルキーがある組織で、
挑んだほうがいいのか、
もっと自由度の高い、
メンバーシップ型のチームで、
取り組んだほうがいいのかとか、
それって、
選択だと思うんですよね。
それを選択するために、
統合的な視点が必要になると。
それが文化人類学的な創用が必要になるというか、
でも人間ってこっちに進んだほうがいいですよね、
とか、
それで、
選択ができるようになるというか、
言文値が必要になる側面って、
そういうところだと思うんですけど、
持続可能な企業と自分の働き方
統合していくには、
ロジックが必要で、
ロジックというか、
考えのコアが必要ですよね。
その時に、
人文値が必要というか、
自分たちはどう生きていくんだとか、
人間の歴史を考えると、
こうなっていくものだとか、
統合していくってなった時に、
それを、
いろんな、
各論を、
まとめ上げるためのコアみたいなものが、
文化人類学であり、
歴史学であり、
広く言うと、
人文値っていうことなのかなと、
思っておるというところで、
またまた、
厚語りをしてますが、
とはいっても、
僕一人でできることは、
本当にちっちゃいことで、
あるんですけど、
今話したように、
中長期の視点を持って、
何かこう、
社会課題に取り組んでる、
今儲ければいいとかじゃなく、
でも、
何か儲けなくていいっていうのも、
違うっていうか、
そこをちゃんとバランスを取っていける、
企業がもっと出てこないと、
より短期的な利益に集中すると、
そういう文化的なものが失われて、
結局その、
利益を上げようにも、
内事もないし、
文化基盤もないし、
人々のつながりもないし、
経済圏が生まれないんですよね。
経済圏の土台ごとぶっ壊す、
みたいなことになっちゃうので、
短期利益を追求すると。
とはいえ、
何か金にいらないようなことを、
持ち出しで、
やっていくってなっても、
それは持続可能性ないわけですよね。
国がやってることは、
どっちかっていうと、
国の、
本来過平的ニーズがある部分を、
どうしても、
予算は削りたいっていう、
圧力が働くので、
その民間に流していくっていう、
やり方をしてますよね。
これは、
ある意味で、
地域活動したい人とかっていうのが、
動員されていくわけなんです。
それはそれでいい側面はあるんですけど、
本当にそれでいいんだっけ、
みたいな議論をする場は、
必要だなと思いますよね。
国の責任って何なの?
委託するだけかい?
一回、委託してしまえば、
それを良くしていこう、
よくわからないし、
どうしたいね、
みたいなことになっていくので、
国もそうですし、
今みたいな、
ひいた目で、
このアジェンダは、
短期的に、
利益とか、
じゃなく、
解いていかないといけないんで、
とはいえ収益需要は必要だから、
こっちで収益をしっかり稼ぎながら、
こっちこういう活動もしていこうか、
みたいな、
そういうバランス感覚のある企業が、
増えていってほしいな、
という風に思っている、
っていうところで、
その目的には、
個人の中でバランスを取っていこうと、
思っていたつもりなんですけど、
福祉の仕事をしながら、
企業をしたり、
個人事業で、
プラスの給料を稼ぎながら、
と思っていたんですけど、
やっぱり、
生活を削っている感がすごいあるし、
もうちょっと選択肢があるんじゃないかな、
という風に思っている、
っていうのが、
今の、
僕の考えていることになります、
ということで、
どうなっていくんでしょうか、
でも、
昨日はめちゃくちゃ体調が悪くなって、
久々にちょっと発作って言うんですかね、
これはね、
なった人はわかると思うんですけど、
また急に来たりするので、
ちょっと疲れてたんだろうなと、
思うんですよね、
家族のことと、
自分の働きのことと、
転職のサイトとかも、
めちゃ見てたんで、
良くなかったなと思うんですけど、
フェルマータの事業のことであるとか、
いろいろ考えてて、
自分を思い出さないといけない、
と思って、
合気道的体づくりをした翌日に、
そういうのが来るっていうのが、
感じるものがあるというかね、
やっぱり立ち止まってみると、
ものすごい、
この1ヶ月、
合気道的体づくりがなかっただけで、
体を忘れてしまうので、
これは非常に良くないですよね。
なので、
3人の青木への敬意
深井さんは、
僕はすごくリスペクトしてるし、
コテンラジオも聴いてるし、
コテンの活動っていうのは良いんですけど、
深井さんだからこそ、
出来てることってすごくあると思うんですけど、
なんか僕としては、
お前誰やねんって感じですけど、
深井さんにものすごく幸せになってほしいし、
子育てもされてるって言ってたんで、
これからそのお子さんとの時間と、
自分の事業とっていうことは、
なんか深井さんが、
これからどんなふうに変わっていかれるのかって、
めちゃくちゃ興味があるんですけど、
そう、なんかそういうね、
クラシコムさんとかもそうですよね。
まあなんか、
クシクモというか、
クラシコムの社長も、
青木さんっていう名前でね、
はい、
これはあの、
何だろう、
3人、3人の青木は、
結構リスペクトしていて、
本当に直接お世話になってるし、
青木新平さんはまさにこう、
いつもありがたいというか、
いろんなご縁をくださったりとか、
まあ、
本当にありがたいですよね。
青木さんがいなかったら、
こうはなってないなって思うんで、
まあ、
行動的体づくりしかり、
うーん、
なんか、
そうですよね、
いろんなことしかりですね、
個人事業をちょっと進めようとか、
なんかそういうのも、
青木さんの活動の影響って、
めちゃくちゃ受けてると思うんで、
そうですし、
最近はクラシコムの青木さんの、
えっと、
考え方、
面白い経営手法ですよね、
勉強しない経営みたいな本を出されたんで、
もう速攻でポチったんですけども、
まあ、
クラシコムさんみたいな会社が
どんどん増えたらいいなという感じで、
はい、
もう一人の青木は、
格闘家の青木真也なんですけど、
うーん、
青木真也は、
やっぱり変わってますよね、
で、
特に女性は嫌いだと思います。
僕はすごく好きで、
人間くさいし、
うーん、
なんだろうな、
不器用な人だなと思うんですけど、
ある種器用ですけど、
うーん、
なんか、
でも人生を通して、
格闘技っていうものを通して、
自分を表現してる人で、
なんていうか、
応援してるっていうか、
なんでしょう、
もちろんこの前、
朝倉みくるとね、
来陣で試合をして、
うーん、
まあ、散りに行ったっていうかね、
うーん、
まあ、もちろん年齢的な衰えはあったと思うんですけど、
守りに入らず、
最後、
腕十字を取りに、
アグレッシブに取りに行ったけど、
やっぱり反応速度とか、
スピードが全然ダメで、
パウンド食らって、
そのままKOになっちゃったんですけど、
まあ、そういうチャレンジを、
なんか、
なんていうか、
行進のために、
うーん、
なんか見せたって感じがして、
いや、なんか僕はやっぱり、
こう、
なんていうのかな、
彼の人生はやっぱりどうしてもウォッチしちゃうんですよね。
うーん、
確かになんか、
自分の経済圏を描くのはすごく上手くって、
そういう意味でもなんか、
うーん、
参考になるっていうか、
はい、
青木を僕はこれからも、
なんていうか、
ウォッチしていきたいですし、
自分の人生にちょっとでもね、
取り入れていきたいなと思うんですけど、
まあ、今日のタイトルとしてはどうですかね。
なんでしょうか。
難しいですね。
いろんなことをいつも話すんで、
うーん、
まあ、
3人の青木っていうのもね、
最後にちょろっと話しただけなんで、
なんだろうな。
うーん、
なんか形容し難いですね、
今日の話ってね。
うーん、
ちょっと、
なんでしょう、
近況報告にしちゃおうかな。
楽するときのね。
はい、
まあ、ちょっと考えてタイトルをつけようと思いますが、
今日はこんなところで終わりたいと思います。
それでは。
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