第61回/雑談:MS-DOSに始まり、Windows系、FreeBSD、Slackware、OS/2、超漢字、Ubuntu、LMDE、Manjaroへの道
2026-05-01 52:03

第61回/雑談:MS-DOSに始まり、Windows系、FreeBSD、Slackware、OS/2、超漢字、Ubuntu、LMDE、Manjaroへの道

【低音質】第1回OSオタクの話の録り直し版になります。52分(いつもどおり暇人用)


それはNEC PC-9801XX(詳細不明)を夏休みに親戚から借りるところから始まります。

嘘です。らじおでは言ってませんが、一番最初に触れたコンピュータはPB-100でした。その後MSX+(それゲーム機)、学校のメインフレーム、そしてキュッパチと繋がって行きます。

DOS時代当時のパソコンは大変高価なもので、「40万円」と言っているのは多分As本体の値段で+10万円(CRT、プリンタ)ぐらいしたと思われます。

またオーバードラオブプロセッサの話が登場しますが、As用のODPは調べたところ、486DX4やAm486DX5などを挿し替えていた様です。

あら?「隣りにあったODPソケットに挿した」とかAIが言ってる…いや、それは無かったと思うんだけどなー。

話に出てくる下駄(CPUをソケットから外さず上から被せる)のタイプは、386向けだった様です。

自分の実体験と記憶が交わり合うほど遠く昔のお話 アハハハ。

Wnnについても調べました。

やはり当時のFreeBSDやLinuxでの日本語入力はWnnだったみたいです。

Wnn+kinput2(金髪)懐かしい…けど、よく覚えてない(笑)。


録音環境はいつもどおりで Q2/2018 世代スマホに、マイクはAmazonで1,119円で購入した4pinタイピン型マイク。

アプリは最初からOPPO Reno Aに入っているレコーダーアプリ、ノイズリダクション等の加工はしていません。

このマイクは大きめの音圧で録れる(94.0db位)ので、89.0dbにダウン。

録りたてを一度Audacityに通してmp3を再構築しています。今回は3ヶ所カット。

感想

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00:00
おはようございます。時間は大体6時半。日付は実は2日連続で4月21日火曜日になります。
昨日の帰りにも実は録音してるんで2日連続っていう感じですね。
ネタとしてはね、1本にまとめてあったんだけど、その1本にまとめてあったのを分割しました。
分割しましたっていうかね、たぶんこれやったら2時間ぐらいいっちゃうんじゃないかなと思って、分けましたね。
なんで、その1本分の残り半分っていう感じです。
いやー、そっちを先にアップするつもりでいるんで、先にそちらの方が聞けるタイミングになっているはずですが、何分全く編集してない。
まず、自分の趣味の話を0回から6回ぐらいまでの間に、もろもろ人となりの説明をするために説明していると思うんですけど、それの焼き直しです。
あまりにも音が悪すぎちゃって、あれ。
なんでダメだなと思って、将来的には決してやるかもしれない。
で、昨日くっしゃべってたのはMMORPGの文だったんですけど、
MMORPGがね、以前に撮ったやつよりも詳しい説明ができたから、良かったと思った、帰って。
そのまんま配信に乗っけようかなと思ってますけど、
なんか1回ぐらい下打ちしたような気がするから運転してて、なんでもう1回ちょっと中身を確認して、そういう不愉快な箇所は編集で消すみたいな、そういう感じですかね。
まだその構成もしてないです。
はい、ということで2分の1残り。
何の話をしようかと思ったかといえば、
0回から6回までの間の、私ネトラジビスタさんの人となりの説明をするための話なんで、
そりゃもう、ここまで聞いていただいてる方がいらっしゃるかどうかわからないですけど、
仮にいらっしゃれば、そりゃもうOSでしょうっていう。
03:04
OSでしょうっていうことで、ちょっと前のトラックが邪魔なんだけど、走行車線から抜こうと思ったら、そっちにもニラいたっていうね。
以前より、1000よりじゃないよな。
これ1回から、0回から6回の焼き直しだから、以前もクソもないんだよ本当は。
私ネトラジビスタさんはですね、MMORPG以上にOSオタクという側面があります。
なんでそのOSオタクについての説明をさせていただこうと思ったんですけど、
ちょっとトラック邪魔なんで先に抜いちゃいますね。
はい、ということでスパッとカレー抜いたところで赤信号につかまるみたいなね。
OSオタクの側面2話ですけど、なんでこうなったかっていうところを話さないといけないと思うんで、
まずOS変歴をお話ししましょう。
マイクロソフト中心に先にお話しすると、
そもそもですね、OSがあるコンピューターを初めて触ったのは、
NECの9801…なんだったかな、RAとかDSとかそんな感じだと思うけど、
夏休みに親戚のおじさんにパソコンを借りて自由に使っていいって言われたぞって言って、
うちの親父から託されました。
まあちょっとさあったけど、結局当時ってインターネットもなければ、
そういう書籍をうちの親父も一緒に貸してくれるわけじゃなかったから、
はっ!みたいな、これで何しろという、そういう状態でしたね。
なので本当は起動して、これで何するんだろうっていう状況で、
電源を無理矢理ダウンしたり、コンセント1個抜いたかもしれない、もしかしたら。
さすがにそれはやらなかったと思うけど、おじさんに聞いてシャットダウンしたと思うんですが。
そう、それが出会いでしたね。
なので一番最初の出会いは、謎の箱っていう印象だったんですけど、
じゃあ初めて自分の手にしたパソコンは、何だったかっていうと、
06:01
NECの9821ASっていう機械で、486DXが入ってましたね。
で、DX2だったかな。
で、OSは当初買ってきた時にやっぱりパソコンのパの字も知らなかったんで、
○ぐらいしか知らなかったんで。
買ってきて、じゃあいきなり触れるのかと思ったんですよ。
そしたら、N88BASICが起動してですね。
これ、昔の98ペケ1系を購入された人たちだと、
DOS時代の98を購入した人たちだとあるあるなんですけど、
昔はですね、パソコンとOSは別のもんでした。
あれ抱き合わせて売るようになったの、いつからなんだろうね。
よくわかんないけど、多分OS入りのパソコンもあったと思うんですが、
結局あれだよね、製造ラインからさ、人の手通さずにそのまま流したら
OS入ってないよね、それは。
っていう状態。
なので、もう夜も遅かったもんですから、その日はそれで終わっちゃったんですよ。
あれ、立ち上げたらN88BASICっていうのが出てきた。
それで終わり。
で、翌日、翌日っていうかね、当日ね、
私のパソコンの支障に電話かけて、
なんかN88BASICっていうの起動したって言ったら、
それOS入ってないじゃんっていう話になって、
何OSってみたいな。
まあさすがに何OSっていうのはなかったか。
なかったな。
え、DOS別売りなの?みたいな、そういう話だったような気がする。
で、翌日買いに行って、
で、それがね、えっと、
3.3Cとかそんなんだったような気がする。
MS-DOS3.3C。
まあはっきり言ってね、もうよく覚えてない。
3だったのが覚えてる。
で、MS-DOSをですね、
まあその日また家に帰ってからインストールして、
いいカッコいいカッコいいって言いながら、
フロッピーディスクでインストールしながら、
ハードディスクは乗ってたんですよね、ちっちゃかったけど。
240MB。
まあ今の240GBだと思ってください。
もうちょうどほんとそれぐらいの間隔ですね。
で、それにフロッピーでDOS入れて、
で、やっとMS-DOS起動するようになって、
ただDOSしか入ってないから、
今度じゃあここで何するのっていう状態ですよね。
ソフトいるなっていうことぐらいは分かってましたけど。
で、やっぱり師匠に電話かけて、
09:00
あのDOS入れたよーっつって、
でもうち動くソフトねーわ、ははんとかって言ってたら、
じゃあフリーソフト線みたいなのあるから、
それ休みの日に持ってってやるよーっつって言って、
で、えーっと、
まあ師匠が勝手にごちゃマンとハードディスクの中に入れてってくれましたね。
しばらくはそれで遊んだりしてたんだけど、
えーそういう高価な、
なんつったってね、プリンター、モニターもちろん別売りだから、
プリンター、モニターを買って、
全部でね40万ぐらいした覚えある、
もちろんローンです。
で、えーっと、
せっかくそういう高価なおもちゃを手に入れたんで、
今度はですね、環境が揃ったっていうことで、
本屋さんに行って、
初めてのMS-DOSみたいなそういう本を買って、
勉強を始めたっていうのが、
当時のコンピューターあるいはOSとの出会いっていう感じですね。
で、その後ですね、Windows 3.1が発売されるわけですよ。
すぐに買わなかったな、お金がなくって。
で、しばらく経ってから買いましたね。
もう、お宅の方々がみんな手に入れた後ぐらい。
それじゃわかんねーよな。
2、3ヶ月後に買いましたね。
で、えーっと、NC-98B上のWindows 3.1をですね、
今度DOS上からセットアップですよ。
当時、Windows 3.1はやっぱりフロッピーディスクだったんで、
フロッピーディスク何枚だっただろうっていう感じですけどね。
で、フロッピーディスクでキーココキーココキーのをインストールして、
で、Windows 3.1が初めて立ち上がって、
で、チャチャーンですよ。有名な音ですけど。
まあそんな話してるとむちゃくちゃ長くなるんで、
まあWindows 3.1はありましたよ。その頃はまだNECでしたよ。
で、Windows 95の時代になるでしょ。
Windows 95を、
タダで送るから買ってっていうWindows 3.1が入った、
初めてのDOSVキーです。AT互換キー。
それがですね、富士通のFMV590っていう機械だったんですけど、
そのFMV590はですね、名前のごとく4じゃなくて5っていうのはPentiumだったんですけど、
Pentiumのことね。
Pentiumの90MHzっていう型番だったんですよ。590。
12:03
で、買った当初はWindows 3.1が載ってました。
発売時期忘れたけど、
確かWindows 95が本当クリスマスあたりに発売されてると思うんで、
記憶だと。
その手前で結局Windows 95の乗り換えチケットを付けるから、
買ってっていうのがそれだったんですよね。
なので、Windows 95は買いにはいってないです。
買いに行ったんだけど、
さっき言った師匠のWindows 95を買いに行くのを付き合って、
夜中にお店に行ったみたいな、そういう感じですね。
テレビ局来てたみたいな。
で、3.1はそれまでNECの9821で使ってたんで、
そのまんま使えるじゃないですか。
別に新鮮味なかったですけど。
Windows 95。
Windows 95がね、やっぱフロッピーで入れたような気がするんで。
いや、そんなことないか。さすがCDか。
で、インストールして。
95は95でやっぱ新鮮でしたね。
初めての32bit OS。
マルチタスクOS。
次世代みたいな。プラン&プレイみたいな。
そういう感じでしたね。
あとはグラフィック周りが本格的になりましたよね。
3.1の頃からもちろんハイレゾリューションっていうのは対応してたんで、
DOSのようにアプリケーションレベルで対応しないと
ハイレゾリューション表示できないようじゃなくて、
もうOSが対応してるからアプリレベルでの対応が必要なんですよ。
結局DOSの頃ってね、アプリケーション対応だったんですよね。
基本がVGAで、アプリケーションが対応してると
それがハイレゾリューションになるみたいな。
ただですね、ベーサ互換って言われるような
ビデオボード拡張だったんで
リフレッシュレートが低くて60MHzとかだったような気がするな。
50とかだったかな。ちょっとはっきり覚えてないけど
ほんとちらつきましたね。
あの時代に液晶があればきれいに映してくれたと思うんだけど
あの時代はCRTの時代なんで
もうほんとちらついちゃって見に悪かったんで
自分はDOSでハイレゾ対応になってる
例えばゲームとかもあんまやんなかったですね。
VGAでそのまんま使ってた。
それがWindows 3.1になって各社
当時グラボじゃなくてビデオボードって言ってましたけど
ビデオボードメーカーが各社ドライバ対応で
15:01
そのリフレッシュレートについても調整してくれるようになったっていう感じですよね。
はい。
95から98、98セカンドエビディションMEですね。
その間にNT3.51だとかNT4.0とかにも触ってるんですよね。
3.51でもかなりOSが好きな人たちは興味そそるものがあったと思うんですよ。
当初そこまで安定してなかったけど3.51ぐらいまでいくと
もうかなり安定してましたね。
ドライバーが原因じゃない限りは
OSのせいで落ちるっていうのはまず体験としてない感じ。
4.0になるとさらにそれが進んで
究極的だったのがWindows 2000ですよね。
Windows 2000のSP3だとか以降
SP5ぐらいまで確か出てると思うんですが
クソド安定OSで
しかもWindows 95系の互換性もむちゃくちゃ高かったですね。
当時からもうすでにそういう状況だったんで
Windows XPはもう大文句すごかったじゃないですか。
互換性すごいとかって。
だからそんなの2000使ってる当たり前だよみたいな感じだったんだけど
2000も当初はそこまで互換性高くなかったんだけど
更新が進むにつれて互換性がすごい上がりましたね。
で、XPでしょ。
XPが結構長かったんだよね。
その後Vista。
Vistaの後に7。
7がまた結構長かった。
本当に一個飛ばしてマイクロソフトっていいOS作るんで
そういう意味では11は本当はずれでしたよね。
8と8.1を一緒にしちゃってますけどね。
その後10。
10がまたむちゃくちゃ使いやすいOSだったんで
11ははずれで次の12が当たりOSになるかなっていう予想ですけど
ただその間にね、世の中の情勢がだいぶ変わってきたんで
さてどうなるやらっていう感じですね。
Appleが頑張ってるし、それ以上にここから放つ
Linux陣営のほうの頑張りがだいぶ日の目を見るようになってきたんで
12が出る頃にそれがどうなってるかっていう感じですけど
Windowsについてはそんな感じですね。
でその合間合間に
例えばWindows 95が出た後ですけど
IBMの、まあIBMとマイクロソフトなんだけど本当は
IBMの代名詞になりましたね。
18:00
その後IBMが開発を引き継いだんで一緒で
OS2 WarpでV3が有名ですけど
実際にV3が本当集大成的なOS2 Warpでしたが
私は買ってません。
私も買ってたのはその手前でですね
OS2 Warp V2ですね。
Warpつかなかったのかな?
いやついたと思うよ確か。
それ多分95と同じぐらいだと思うんだよね。
だから95からMEの間にOS2 Warp触ったり
NT触ったりしてますね。
であと超漢字。
超漢字は結構ね散発的に触ってんだよね。
出たての頃も触ったし
あとはXPの頃も触った覚えがあるな。
超漢字2とかになってたような気がするけど
当初はね無料版があったんで
一番最初ね。
それ使って実心化芯面白いとか思ってたんだけど
なんだろう
ショートカットあるでしょ?Windowsの
あれよりもさらに権限を持ってる感じ
実心と化芯っていうだけあって
うちの師匠曰くAppleのMacOSのAliasかな
みたいなこと言ってましたけど
聞いたことないので全くわかんないですね。
余計なこと言うのやめよう。
あ!とか言いかけたけど言うのやめよう。
って感じです。Windows系については。
あとWindows周りにまつわるOSについてはですね。
ついでなんで歴代持ってたパソコン一覧を
お話しておくと先ほどお話した通り
一番最初に手に入れた機械は
NECのPC9821ASでした。
ASシリーズの初代ですね。
ASシリーズその後AS2、AS3とかってなるんですけど
私が買ったのはその初代です。
1がついてないですけどね。ナンバリングはない。AS。
その後手に入れたのが富士通のFMV590。
ただですね、590を手に入れた後にですね
NECの9821ASを高校のやっぱり違う同級生に
安く譲ってるんですよ。
なんで代わりに当時の984さんがあったもんですから
NEC98の4さんはNEC98でしか動かない。
21:01
だからもちろんDOSのエロゲーとかの話ですけど
なんでないと困るっていうことで
中古でですね、NECの9821NB7っていうのを買いました。
これノートですけど。
ハードディスクが40GBくらいしか入ってませんでした。
40GBじゃない、40MB。
で、FMV590はですね、それ以前ですね
NECの9821ASの頃からカスタマイズ自体はやってたんですよ。
例えば下駄って言われるオーバードライブプロセッサー。
もともと乗ってるDXの上に乗っけるんですよ。
だから下駄って言われてたんだけど。
自分が持ってたのはね、バッファローで
あんま互換性高くねえなとか
使い勝手、いやでもね、メモリー
当時MS-DOSってコンベンショナルメモリーを
開けなくちゃならなかったんだけど
そのコンベンショナルメモリーはね
開けるためにバッファローの
メモリー管理ドライバー類が
結構良かった覚えがあるんだよな。
だからIOデータではなかったと思う。
世間はIOデータの方が評価良かったような
記憶がありますね。
で、590でしょ。
590のもろもろ、例えばサウンドブラスターだとか
そういうのを流用して
初めて自作作ってますね。
初めての自作だったから冒険するのやめようと思って
ASUS、個人的にはASUSとか呼んでますけど
ASUSですね。
ASUSのマザーボードを買った記憶。
その後もろもろね、自作街道爆心って感じなんですけど
自作はですね、Windows3.1の後だから95か
95から始まってVistaまで続きました、自作は。
Vista使ってる最中に重かったらいいなと思って買った
違うわ、XPだ。
XP使ってる最中にもう次買わないとなってなって
買ったのがHewlett PackardのカスタムPCですね。
Made in Tokyoのやつですね。
まあデスクトップですよ。
で、それがまた長かったんだよな。
Core i7の920だったんですけど
XPに始まってVistaもそれ使ってた。
で、10になる時に8は飛ばしたんで
24:00
違う、だから7だ。
7で使ってる最中にさすが買ったらいいなってなって
今度はTSUKUMOのホワイトボックスですね。
で、それがRyzen3の3100で
今メインでまだ動いてるっていう機械ですね。
だんだんスペックそこまで最新追っかける必要がなくなったんで
うーん、あのネトゲもね
今メインでやってるネトゲないし
たまに動かすね、FF14くらいだったら別にそれで十分なんだよね。
ということで、今使ってるメインは
Ryzen3の3100プラスGeForce1650Tiって感じですね。
で、今載ってるOSはWindows
8Kは飛ばして10、11と上げましたね。
10ほんとギリギリまで使った。
で、ESU使ってっていうのは嫌だったんで
そこで11に上げましたね。
嫌だったっていうかさ
ESUもタダで使えるの1年だったから
で、しかもね、OS自体の進歩はないでしょ。
セキュリティアップデートだけになっちゃうっていう話だったから
じゃあもういいかみたいなWindows11大嫌いだったんですけど
今でもあんま好きじゃないですか。
ただ、Windows11もね、カスタマイズして
もういらないものをジョリジョリ削ると
Windows10みたいになるよ。
そう、だから今はそんな感じで使ってますね。
はい。
それが機械な話でしょ。
はい。あ、で、ここで初めて
Unix-like OSに移りますね。
実はその合間合間なんで時系列とは離れちゃってるのが申し訳ないですけど
私にとってUnix-like OSはですね
3機に分かれてます。
それも詳しくこの後ちょっと説明しますけど
一番最初はですね
これね、ちょっと複雑なんだが
9821ACEの頃は使ってないですね。
FMV590使ってた最中に
NECの9821NB7を手に入れてるんですけど
そこです。そこで初めて
FreeBSD 3.0リリースを使い始めました。
で、これはですね、FreeBSDは
4.0リリースまで続きます。
で、ちょっと調べたんですけど
FreeBSD 3.0リリースが
リリースされたのはですね
1998年10月だそうです。
10月16日って書いてあったけど
で、その後ですね
4.0が出るんですけど
これが2000年の
27:03
2000年の3月14日
ホワイトデーですね
にリリースされてるみたいですね。
4.0までは使ってるんで
まあしばらくですよね。
例えばだけど2001年くらいまでは
使ってたんじゃないかな。
もうはっきり言うとですね
その頃の記憶ないです。
で、NB7がまたね
モニター、液晶には
VGAでしか表示できなかったんですよ。
外付けのモニターに接続すれば
SVGAも出たんで
フリーBSD使いながら
XF86コンフィングだっけ
X11の環境を作って
やっと表示できたとかっていうのを
当時のメーリングリストのFJなんかに
報告してるんですけど
それは外付けのモニターに
接続してしてますね。
ちょっと待って。
0なんで。
で、同時にね
追いついちゃうからいいです。
当時フリーBSDと同時に
ちょっと触ってたのが
Linux98
かっこ98かっことじ
みたいですけど
触ってました。
で、この機械では個人的に
X動くとこまで行けた記憶ないんだよな。
なんだけど
兄弟マイコンクラブ
AIに聞いたら
X動くようになってましたよって
最終的にはって教えてくれましたね。
自分はそこまで行けなかったんで
第一期のUNIX-like OSの場合は
もう完全にフリーBSD時代でしたね。
Linuxをほとんど触ってない。
今のが
1998年から2000年にかけてっていう感じですよね。
2001年くらいかな。
第2期に突入です。
これなんで第2期かっていうと
DOSV機で
Linuxを触るようになるからですね。
それまではNEC-98で
NEC-98版の
フリーBSD
あるいはLinuxを触ってたんですけど
AT語関係違う。
DOSV機。同じだけどね。
DOSV機を触るようになりました。
30:02
Linuxで。
それがバインリナックス
これワインっていうのかな。
バインリナックス
とプラモリナックス
これ両方とも
日本産なんですよね。
日本語が使えるっていうのが当時のLinuxではすごい
フリーBSDでも大変だった記憶。
UNNって知ってるかな。
WNNって書いてUNNなんだけど
当時日本語入力それだったんですよ。
今の
モズクに比べるとだいぶアホなんだけど
辞書は揃ってたんで
特に単漢字変換とかでは苦労しなかった覚えですね。
連文節になるとすごいバカだったよって記憶があるけど
そのUNNを動かすのが
当時未熟な私にはそこそこ大変で
フリーBSDでは動かせたけどやっぱLinux98では動かせなかった記憶があるな。
このバインとかプラモが
確かに記憶だと
日本語環境を
インターフェースも含めて結構充実させてくれてた
記憶があるんだよな。
完全に日本語対応Linuxっていう感じだったんですよね。
当時のソフトウェアデザインか何かあってCD付きで買ったりしてたんだけど
それなんかでも日本語Linuxとかって大々的に表紙に書いてあった覚え
ちょっと当時のソフトウェアデザイン
引っ越しの時に捨てちゃったんだよな。もったいない。
バインの方はもう多分開発終わっちゃってますけど
プラモの方は最新版が2024年か何かに出てて
まだ続いてるんじゃないですかね。
なのでプラモはつい最近も実は
32bit CPUが乗った機械を
サンパイに出す時にハードディスクを初期化してくださいって書いてあって
ただの初期化だともちろんリカバリできちゃうから
何か方法ないのかなと思ったら
LinuxのコマンドでDDとかシェアード使えばいいよっていうのが書いてあって
33:02
プラモ386だからっていう32bit版をダウンロードしてCDに焼いて
それからブートしてDD使いましたね
つい最近も生きてるプラモを使ってますね
それが多分さっきの2021年の後になると思うんだよな
BSD4.0リリースの後ね
ここは意外と繋がってると思うあんまり間が開かずに
ここから次の第3期Ubuntuの18.04までいくんですけど
18.04だから2018年ですよね
それまでの間はLinuxフリーBSDについては
多分ほぼ触ってないと思いますね
仕事がクソ忙しかった時期っていうのもあるんだけど
もう一つの側面があって
PDA期とか勝手に書いちゃってるけど
PDAにドハマりした時期なんですよねこの時期
ちょうどその間が
Windows CE発売以降徐々に興味の比重がPDAに移り
特にSIGMARION、SIGMARION2、Linux Zaurusの頃が絶頂期だった記憶
確かにそうなんですよ
SIGMARIONでキーボード付きのハンドヘルドPC
しかもWindowsじゃない
Windows CEベース
で結構ですね
Excelワードとかもあったりして
案件物が流れてしまいました
ということで
そういえば今日BGM全然意識しないで喋ってたな
BGMめっちゃ小さくなかった?もしかして
まあいいか
古いのBGMに変えました
案件物流れるみたい
ここはカットしちゃってもいいかもしれないな
PDAにドハマりした時期っていうのが結局
SIGMARIONに始まって
ゼロ・ハリバートン
入りましたね
でSIGMARION2
2がほんと明記で
ほんと長く使ってた
1も明記だったんだけど
1は結構
2に乗り換える頃には
重かったらくなってましたね
3はせっかく1・2で
あのサイズ
そのVGAの半分ぐらいのサイズ
モニターの液晶の解像度だけど
36:00
それがね
900×600ぐらいになったんだよね
だから画面もでかくなっちゃって
何インチぐらいあったんだろうあれ
10インチとか11インチとかあったんじゃないのかな
せっかくねこんまくって可愛かった
SIGMARIONが
そうやって大きくなっちゃったんですよ
まあただね
当時は若かったからよかったけど
今みたいに老眼が入ってくると
SIGMARION3の方がいいかもしれないですね
だからもしかすると
老眼世代とかから
画面がちっちゃくて見えないとか
そういうクレームが
あったかもしれない
SIGMARION3は買ってないです
代わりに買ったのが結局
ザウルスだったんですよね
SL750Cだったっけかな
ザウルスを買ってますね
でそのザウルスが
いわゆるリナックスザウルスで
リナザウ
あのリラ
リラじゃない
リナックスが乗ってるザウルスだったんですよ
でリナックスザウルスはですね
今でも
世界的にも人気があってですね
英語サイトとかも見つけることができますよ
インテルのXスケールっていうね
あれアーム互換になるの?
よくわかんないけど
インテルがPK-86じゃないCPUを作ったっていうね
当時結構話題になりましたけど
CPUはそれです
それにリナックス
カーネルあれ2とかかな
詳しくね調べた覚えないんだよね
だから当時リナックスザウルス使ってたんだけど
しかもそれ以前に
フリービエスディーだとかバインリナックスだとか
プラモとか使ってたにもかかわらず
リナックスザウルスはですね
リナックス部分を触ってないですね
全然
リナックス部分触らなくても
リナックスザウルスは面白かった
マジで
フリーの
リナザーウ用のアプリなんて結構
ネットに転がってたんで
それ使って遊んでましたねやっぱり
基本はねスケジュール管理だったんですけど
手帳代わりだったんで
ということでですね
Windows CEに始まり
Windows系はポケットPCも使ってますね
SIGMARIO、SIGMARIO2、ポケットPC
流れとしては
Windows CE 2.1かな
そのデータ当初買って
合間にね
ファーム3Cとか買ったりしてんだよね
なんだけど最後
ポケPまで使ってますね
Windows C系
あれあのまま残せばよかったのにね
今となれば
39:00
結局だってそれが
Windows本のベースになってるはずだけど
Windows本がね
終わっちゃったから
そのまんまWindows C系も終わっちゃった感じですよね
もったいない
2012年から2016年の間
本当に多忙で仕事が
全く触ってないですね
OSとしてはWindows 8
8.1の時代なんですけど
この頃はマイPCは7のまんま使い続けてます
はい
第3期
Ubuntuの18.04なんですけど
えっと
2019年の4月に
AMDの
APUって言われた
A4 CPUが乗った
ノートパソコンを手に入れます
なんで
18.04なんですけど
なんだけど使い始めは
19年の04ですね
1904
そこで初めて
Ubuntuっていうものを触ります
なんじゃこりゃみたいな
今でもはっきり覚えてるのは
まずUbuntu自体も
Ubuntuって何ぞだったんですけど
漫画を見て
その後漫画を見たりしましたね
そういや
デビアン
デビアンって何ぞみたいな
そういう感じでしたね
まあ
デビアンっていう
音の響き自体は
知ってましたけど
雑誌とか読んでると
目にしたんで
なんだけど
当時の私にとっての
その体型的には
レッドハットか
スラックウェアだったんですよ
Linuxって
そこにデビアンっていうものが登場したんで
デビアンって何ぞみたいな
でUbuntuの18.04
20.04
22.04
24.04と使います
ただ途中でノームの使い勝手
すごい気に入らなくて
えー
18.04の途中だったと思うんだけど
もしかしたら
20.04に変えるときかもしんない
Xubuntu
個人的にはつぶんつと言ってますが
に乗り換えてます
でつぶんつつぶんつと続いて
で24.04のときに
やっぱつぶんつで
アップデート
アップグレードですね
したんですけど
実はですね
18.04
20.04
22.04
24.04
すべてですね
18.04はないけど
そのあと20.04
22.04
24.04
すべてアップグレード失敗してて
入れ直してるんですよ
で一番ひどかったのが24.04
へのアップグレードで
どうひどかったかっていうと
ブラウザが全滅しました
ChromeもChromiumも
Firefoxも
全部起動しなくなっちゃって
42:01
でもちろんね
インストールしても
動かないっていう感じでしたね
入れ直してもね
依存関係とか
そこまで詳しくないんで
あるいは
そこまでしつこく
調べる
今現状で
トラブルが起きてるOSを
直すんであれば
入れ直した方が早いっていう
感覚でしたね当時
だったんで
もう24.04で
ポイントリリースですよね
2年ごとにアップグレードする
Ubuntuの形式が
すごい嫌になりました
それ以前から実験的に
実はですね
Arch Linux系の
マンジャロを使ってたんですよ
実験機で
マンジャロのローリングリリース
っていうの
都度更新がかかるローリングリリースに
だいぶ浸水
しかけてたんで
もうUbuntu系を捨てました
24.04で
24.04の
リリースタイミングで
マンジャロに変えてます
結局リリースタイミングで
アップグレードしたら失敗して
もういいわ
って言って捨てた感じですよね
マンジャロはマンジャロで
その後いろいろトラブル出るんですけど
それはね
全然解決できるトラブルだったから
未だにマンジャロを
使ってるよっていう感じですね
もう一回整理すると
Ubuntuを
18.04から使い始めて
24.04まで使って
メインの
ノートパソコンはその後
マンジャロに変わってます
っていう流れですね
メインじゃないけど
サブのデスクトップがあるんですよ
第10世代のCore i7
GeForceの1070が
乗ってる機械なんですけど
デスクトップで
それについてはですね
Ubuntu 24.04が
入ってます
なんで24.04が入ってるかっていうと
ウェイランドを
真っ先に使いたかったから
っていうことで
ウェイランドを動かすために
その機械には
Ubuntu 24.04が
入ってますね
ただこの26.04のタイミングでは
アップグレードするつもりないです
もう今んとこずっとアップグレード
Ubuntu系は失敗してるんで
もうアップグレードはしないって
心に決めました
だってプロにすれば最終的に
10年使えるんだもん
じゃあいいじゃんそのまんまで
って感じですね
Windows系みたいに
あるいはAndroid系でもいいけど
アプリケーション側が
対応しない頃には
機械のほうも
触る機械がなくなってるでしょう
インを踏んでる
そういうくだらない話はいいか
はい
ということで
45:00
今言った通り
Ubuntu 24.04も
ライブで動いてますよ
あともう一個ですね
セミローリングリリース
と言われてますけど
Linux Mint Debian Edition
実はですね
今日のLinux 界ワイハード
で一番最初に
登場した
AMDの
A4 APUが
載ったノートパソコンに
入れてあります
去年のね
9月ぐらいに入れたんじゃないかな
6を
もっと前だ
7月ぐらいに入れて
たまに動かして
遊んでたんだけど
Aはデビア早いし
安定してるし
別に最新追っかけないから
これでは
マジでLinux Mint使うぐらいだったら
Debian Edition使うわ
なんて言うと
Linux Mintファンに怒られてしまいますが
はい
ということで
まあ
7が出たんで
今年の頭やばい
そろそろアップグレード期間
終わっちゃうと思って
なんかねUbuntuのアップグレード失敗が
目の前を
よぎったんですけど
6から7
成功しました
なんも問題なかった
ただアップグレード自体に
めっちゃ時間かかったけど
お昼過ぎに
休みの日の
お昼過ぎにアップグレード始めて
終わったのは暗くなってたから
5時とかそれぐらい
だから5時間ぐらい
Uにかかったんじゃないのかな
まあでもアップグレードで
5時間で終わるんだから
しかもその当時のね古いさ
機械で
十分ちは十分ですよね
なんでLMDE 7も
動いてます
はい
メインのノートパソコン以外に
もう一個
その手前で
メインで使ったノートパソコンもあって
それもマンジャロですね
はい
でもう一台ですね
実験機ってさっきひそかに
出てきたんですけど
ライフブックの
第2世代かな
4i5
560Mが
乗ってるノートパソコンがあるんですけど
それは実験機なんですよ
本当に
ちょっと触りたいディストリビューションがあると
その機械にインストールする
っていう感じですね
で今は
何入ってたっけかな
よく覚えてないっていうぐらい
そういう実験機です
次はですね
マンジャロクラス
i3を入れるつもりで
48:02
いたんだけどタイル型のね
ウィンドマネージャーを試したくて
どうしようかな
みたいなもうね興味が薄れてきた
だって実際実用としてはね
i3多分使わないですよね
i3使うぐらいだったら
XFCEが入ってる
マンジャロクラスを今使ってるんで
そのXFCEの
ウィンドウ設定
タイル設定をするか
あとはさらに
それをねスクリプトで
自動化するやつがあるんで
XFPY
だったっけかな
Pythonで書かれてますとかって書いてあったけど
それをね
拡張で入れてやれば
いいだけの話なんで
なんで
まあなんだろう
XFCEベースで
いいかっていう
そういう感じですよね
わざわざi3っていうね
新しい環境に調整しないでも
はい
そんなとこかな
Linuxは
まあ今に至る
設定
っていう感じですね
なんか歴代PDAとかも一応
リストアップされてる
Windows CEからポケットPCって使ったよ
Sigmarion 1,2使ったよ
当初のWindows CEと
ポケットPCについては
もうモデルは覚えてないよ
PAMはPAM3Cだったよ
でLinux Xerousは
SL7PK0C
750だった覚えがあるんだけどなぁ
ちょっとわかんないですね
たぶんねマジで750だと思う
最悪間違ってても
740
はい
で原初時PCについては
今お話した通りです
ちょっと1台漏れてるんだけど
デスクトップPC
でも途中で言ったのは
デスクトップPCで920
Core i7の920持ってるんですけど
ユーレットパッカードの
それはですね
Ubuntuの
22.04が入ってますね
で実はですね
うちの家で唯一
デュアルブートの機械で
Windows 10も動くようになってます
ESUしてね
まあもう終わっちゃうから
どうでもいいけどさ
あの機械もそろそろ
あれだな廃棄だなって感じですよね
長い間お疲れ様でした
ですよ
Windows XPから
i7に乗り換える時に
買ってるんでもう何年
使ったんだろうっていう感じですね
ご隠居さんですよ完全に
ただあの機械が動くと
電気代がかさむんで
もう基本的には
使わないですね
爆熱
CPUですからね
51:02
そんなとこですね
ちょっともう走ってるけど
次信号止まったらそこでまとめますか
いや先にまとめときますか
時間はですね
今の時点で51分50秒
やっぱ小市が喋れたな
はい
OSオタクの
かいでした
朝撮ってるんで
朝公開しようと思いますが
昨日
撮ったやつを
先に公開すると思うんで
こいつは
1週間後かな
だとすると来週の金曜日ですね
久しぶりにストックたまった
っていう感じですね
はいここまでお付き合いいただき
ありがとうございます
金曜日朝公開なんで
まだこの後1日ある方
あるいは土曜も仕事だよ
日曜も仕事だよという方
頑張ってくださいまたお付き合いください
ありがとうございます
それじゃあ失礼します
52:03

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