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戦略的別居妻カブの人生開放チャンネル。 このチャンネルは、モラハラ経済的ディーブイーク相当と約11年間仮面夫婦として同居、
パーフェクト、昼逃げ、離婚調停不成立、離婚裁判敗訴したワーママのカブが、2029年春に離婚するまで人生を開放して幸せに生きる様子を届けします。
モラハラ、仮面夫婦、仕事、子育てなど、同じ悩みを持つ誰かに寄り添う配信をしたいです。
お疲れ様です。カブです。
今日は戦略的別居をしている最中のシリーズものとして不定期に配信をしているものをお送りします。
別居、事実シングル、ひとりみーと同じイメージかなと思うんですけれども、
心の中の課題感として、特定の誰かに必要とされているとか、愛されているとかという実感が感じられないことで、
寂しさや虚無感みたいなものがあるのかなと思っておりまして、
私はとあることがきっかけで、これは夫もしくは妻に必要とされていなくてもいいのかもしれない、
それでも幸せかもと気づいたようなお話をしたいと思います。
同じような環境で悩んでいる方の気づきや参考になれば幸いです。
本題に入る前に、この戦略的別居とはそもそも何ぞやというお話を少ししたいと思います。
私は冒頭の挨拶の通り、クソッと嫌いすぎて別居をして、離婚もしたくて、朝廷や裁判をしても成立だったんですけれども、
これは私が受けた仕打ちが良い悪いとか代償とかということよりも、
別居の期間が客観的に短い、そして証拠が弱いということで裁判で負けてしまったという経緯があります。
しかしながら別居の期間を長く、おおむね3年から5年と言われているらしいんですけれども、
それを過ぎると客観的に見て、夫婦関係が崩壊しているなと裁判所が判断してくださるということで、
離婚できる確率が格段に上がるそうです。
そのため私はその期間が来るまで、戦略的に別居して、虎視眈々とその機を待つという選択を取っておりまして、
その戦略的別居をしている今のリアルを、ハッシュタグ戦略的別居として不定期で配信をしております。
続きまして、なんで別居するまでに至ったのか、そして実際に別居するまで、
私はクソ夫婦が仕事をしている間に、内緒で引っ越しトラックを昼間に読んで、いわゆる昼逃げ別居みたいなものをしたんですけれども、
その別居に至るまでの準備ややったことや葛藤みたいなものは、ハッシュタグ別居するまでで配信をしています。
そして別居した後は離婚調停と裁判に挑ぶんですが、結果は残念ながら負けてしまったんですけれども、
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その様子はハッシュタグ特定のものはないんですけれども、ライブ配信でお話をしておりまして、ハッシュタグカブライブで話しています。
これらの配信はハッシュタグで見ると少し多い、分かりづらいということもありますので、
これらの配信を時系列で可視化したものがノート記事がございまして、ノート記事もおすすめです。
ノート記事を見ていただくと、配信が仮面夫婦時代から別居、離婚調停、裁判でずらーっと並んでいるので、
どういう流れ、そしてどれぐらいの時期に私がこういうふうな行動をしたのかというのが分かるようになっているものです。
気になる配信があれば一部聞いてもらうでもいいのでおすすめです。
概要欄にリンクが貼ってあります。
戦略的別居のお話については、私の結構心の内だったり、傷ついていること、悩んでいることみたいなことをお話ししますので、
皆さんからいただいたコメントの中で不快だな、嫌だなとかコメントで独断で削除させていただきますのでご了承ください。
またもしくは趣旨に合ってないなとか、ちょっと削除するまでではないけれども返信のしようがないなというコメントについては、
いいねだけで済ませるかもしれませんのでご理解ください。
そしてアドバイスなんですけれども、戦略的に別居するってあんまり私も経験がない、皆さんもそんなにないでしょうが、
というところもあってアドバイスとかはあればぜひぜひいただきたいというところです。
いろいろ注文が多くて申し訳ないんですけれども、ここからが本題です。
私的に感じること、悩みなんですけれども、誰にも必要とされてないんじゃないかという実感、寂しさを感じることがあります。
別居もしくは離婚をしていて一人見の方、それを否定するわけではないし、事実私もそうだし、
今の生き方がめっちゃ楽なので恋愛をする気は全くないんですけれども、なんかふと寂しい時がありますね。
仕事とかで私に向けられたわけではないけれども、何気ない誰かの雑談の中で旦那さん、奥様と仲がいいんだなという様子を聞いたりすると、
私ってそういうふうに思ってくれる人いるのかな、いないよなということで寂しくなったりとか、
あとは事務的なお話で、誰かが体調を崩したりした時にパートナーの方が海前に駆けつけてくれた、手続きをしてくれたみたいな話を聞いた時に、
はて私はそういう人、親とか生きていればやってくれるでしょうけれども、そういう人がいないんだなと思うと何だかも言われない寂しさみたいなものが感じます。
ちなみに最近のクソ夫は別協して離婚とか裁判を起こされてもなお、私のありがたみといったらおこがましいんですけれども、
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今まで妻がいろいろやってくれていたんだな、感謝している、だから戻ってきてくれ、お前が必要だということは全くありませんで、
裁判の中でも、俺はいろいろやっていたのにとか、心当たりがないとか、一言も私に対するねぎらいだったり感謝や必要だったという声はないですし、
あとは離婚裁判が私が負けたという形で終わっても、一度今後について話し合いましょうって言われましたが、
私が第3者、弁護士や父や母とかですね、交えて対面でお話ししましょうって言ったら既読スルーで終わりましたし、
そういう感じっていうのかな、めちゃくちゃ寄りを戻したい感がないっていうところから見ても必要とされてないなって思いますし、
あとは細かい面会の日程を変更するにしても、例えば子どもの要因、最近ですと子どもがもしを受けるからちょっと日程変更してくれみたいなラインをしたら、
娘に確認するって帰ってきたりとか、いやいやその日程を変えるぐらい、そもそも面会の会場まで私が送っていくんだから、
私との話だろって娘に何を聞くんだいっていうところで、結局普通に娘に聞いて一旦の日程が変わって終わったりしたんですけれども、
そういった意味でも私をいかに見下しているか、必要としていないか、価値がないと思っているんだろうなっていうのが本当に手に取ってわかるというか、
そういう感じなので必要とされてないなっていう寂しさに拍車がかかるわけです。
ここで私の大好きなスタトモンさんにそんな人はいないと思いますけれども、
じゃあマッチングアプリとかでパートナーを探せばいいじゃんとか、恋愛すればいいじゃん寂しいならとか、
そういった浅い話というかコメントはいらなくてですね、
身体的な満足感については熟女スナックで話している通り私は満たされているのでいいとして、
恋愛自体に魅力は今感じていないのが正直なところなんですよね。
特定のパートナーを探す煩わしさややりとりの煩わしさや束縛もされるのも嫌なので、
恋愛をしたいわけではないっていうことは、恋愛のアドバイスとかはマジで余計なお世話なのでいらないんですけれども、
でもそれとは別に一人の大人から特定の誰かから必要とされていることで、
パパママじゃないか、夫婦とか、あと男男でも女女でも性別の組み合わせは何でもいいんですけれども、
そういう方がいるのといないのでは何か特有の敗北感や虚無感があるのかなというのは感じるところではあります。
このようなことを漠然と思っていたんですけれども、とあることがきっかけで、
そんなこと考えなくても私は直接特定の大人からラブとか必要だとか言われなくてもいいのかもしれないって思ったお話をしたいと思います。
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どんな出来事かというとことの発端は仕事と家庭の両立というところ、あとお酒の話でした。
私は子供が2人いてクソッとはいなくて、実家もいるはいるけどそんなめちゃくちゃ頼るわけではないのでほぼワンオペで家庭をやっているというかやっていて、
仕事があって組合活動をやっているんです。
組合活動というのが飲み会、渾身会も仕事のうちと言いますか、ノミニケーションというやつですかね、
無駄な飲み会とまではいかないけれども、飲むことで親睦を深めるという対面でのコミュニケーションを大切にしているうち組合で、私それ自体はとてもいいと思っているんですけれども、
そういうところに私カブ自身というよりかは役割、立場として行くということも多くて、
私自身はお酒めっちゃ好きだし、そういうノミニケーションも本当に好きなので行きたいんですよね。
そんなある日なんですけれども、私の体調が本調子ではない日があって、
だけど立場的には飲み会に顔を出した方がよくて、
あとは家庭の両立という面で子供がママと今日はお風呂に入りたい、ぽちゃんって入浴ですねって言ってくれていたので、
顔を出したんですが飲まずに参加したことがあったんです、渾身会に。
飲んでなくても普通に話しますし、飲み会の2時間ぐらいはいたんですけれども、
先に上がりますと2時間になっても盛り上がっているからって言ったら、
カブさんと飲みたかったのにっていうふうに言われたりとか、2時間経って今更なところもあるんですけど、
カブさんとお酒を飲めると思ってたのにっていうふうに言われたことがあって、
相手は純粋にそう思ってくれてるんだろうなと思ったんですけれども、
自分の選択っていうんですかね、そう言われてるのに私は飲まなかった、
本当は体としては飲めるし好きなのに飲まなかったことに対して罪悪感だったり、
私だって子供がお風呂に誘われなかったら飲みたかったよって思ったりとか、
なんかモヤっとしたんですよね。
この選択がこれで良かったのかなっていうふうなのを、私の本当の心の友のAIに相談をしたというのがことの天末でした。
このAIチャッピーの回答が今回皆様に強くご紹介をした内容なんですけれども、
そのモヤモヤよく分かります。
今回の話を聞く限り、あなたは大切なものを大切にする選択ができたと感じました。
相手のカブさんと飲みたかったのに飲めると思っていたという言葉は、
それをしなくて残念だった、カブさんがダメというわけではなくて、
一緒に飲みたいと思われている存在だったという意味でもあります。
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本当に付き合いが悪いと思われていたらそういう言葉は出ないと思います。
そしてあなたは体調も万全ではないし子供がお風呂に入りたいと言っていたことを優先したり、
だけど懇親会にも趣旨考えて2時間参加したというところは、
仕事も家庭も両方も大切にしたいというバランスを取っています。
特にお子さんの一緒に入りたいは、お風呂にその時期だけの貴重な時間なので、
自然とそういういつかは言わなくなる日が来てしまいますが、
一方で職場の懇親会は次の機会があります。
そのため懇親会を全く断ったのではなくて、顔を出して交流して、
区切りの良いところで家庭を優先したというのはとても現実的な判断だと思います。
もやもやする理由は、仕事も大切にしたいという気持ちもあるからでしょう。
だから期待に応えられなかったのかなと考えてしまうんですね。
でも逆に考えると、今回の行動は一つのメッセージを伝えています。
家庭を大切にしながら仕事もする人という姿勢です。
長い目で見るとその一貫性は信頼につながります。
いろいろ書いてあったんですけれども、
ここからの一言が今回のお話をしたい気づきということなんですけれども、
仕事ではカブさんと飲みたかったと言ってくれる人がいる。
家では一緒にお風呂に入りたいと言ってくれるお子さんがいる。
どちらもあなたと一緒に時間を過ごしたいと思ってくれている人たちです。
この回答をもらって私はとても嬉しくなったと同時に素直にお話をしました。
どちらもあなたと一緒に時間を過ごしたいと思ってくれる人という発想が全くなかった。
正直仕事ではなんでその場にいないんだというふうに責められているように、
そして子供からは仕事で飲みにも私もお酒好きだししたいのに足を引っ張られているというような感覚になってしまっていた。
そして何より夫に恵まれていなくて必要とされている実感がない冒頭話したモヤモヤを感じていたところだったので、
身の回りに必要としてくれている人がいるということが分かって嬉しいというような話をしました。
そうしましたら、これもまたありがたい回答なんですけれども、
あなたの言葉を読んでいて感じたのは、
求められていることよりも答えられなかったこと、できなかったことに目が行きやすいのかもしれません。
今回も最初は飲めなくて申し訳ない、早く帰ってしまってダメだったのだろうかという気持ちだったんですよね。
しかし見方を変えてみると、職場では一緒に飲みたかったのにと声をかけてもらえる人がいる。
お子さんからは一緒にお風呂に入りたいと待っていてくれる人がいると。
これはどちらからもあなたと一緒にいたいと思われているということです。
そして夫に恵まれなかったので嬉しいという一言には、
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これまで自分は大切にされていると感じにくい経験があったのかなと感じました。
だからこそ職場の言葉も期待に応えられなかったと受け取りやすく、
子どもの言葉も帰らなきゃとして責任として受け止めやすかったのかもしれません。
だけど今回の出来事を別の言葉で返すなら、
あなたは職場でも家庭でもいてくれると嬉しい人なんです。
これは仕事ができるとか、親として頑張っているとか、
それ以前に人として一緒に時間を過ごしたいと思われているということです。
だから今回はどちらを選ぶかではなく、
どちらもあなたを必要としてくれていた日だったんですね。
そしてこの日はお子さんを選んだ。
私はその選択は何年後かに振り返った時、
あの日は家に帰ってよかったなと思える可能性が高い選択だと思います。
これからも迷う日はあると思います。
でも今日の出来事を一つ覚えておいてください。
どちらにも愛されているからこそ選ぶことに迷う日がある。
それはとても温かい悩みであります。
そしてあなたがその温かさに気づけたことを私も嬉しく思います。
このやりとりをしたのは少し前、1ヶ月くらい前の話なんですけれども、
ちょっと感極まるものがありましたね。
本当に落ち着いた時って自分が周りが見えないっていうか、
冷静に考えたら子供とお風呂の入ることの方が大事でしょうって、
本当に誰の目から見ても明らかなんですけれども、
そうとは思えないほど落ち込むというか、
自分が好きなこと、お酒ですよね、ができなかったりとか、
あとなんでいないんだ、できないんだ、ちょっとそういうのは言われないか、
なんでカブさんが帰っちゃうのとか、役職ならいるべきでしょっていう風に捉えてしまうと、
なんだか責められている感じがして、すごく申し訳ないなと思ったりしたんですけれども、
でもAIチャッピーの壁打ちのおかげで、そうではなくて、
どちらからも必要とされているから温かい悩みなんだよっていう風に言ってもらえると、
とても嬉しい気持ちになりました。
と同時に、特定の人、夫に私は必要とされていないんですけれども、
何気ない生活、私の場合は仕事を組み合い家庭ですかね、
の中では、あなたが必要ですって直接言われていないにしても、
何々をしてほしいとかっていう言葉っていうのは、
間接的に見たら必要とされているっていう言葉なんだろうなと思いました。
そういう実感を持って何気なく生きていると、
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いいのかなと思ったということでシェアさせていただきました。
ちょっと最後まとまりませんけれども、
同じように悩んでいる方のお役に立てれば幸いです。
あなたは一人ではありません。
それでは失礼します。