はい。 で、どっから始めるのっていうのが一番ネックというか難しいところにはなったんですけれども、
はい。 結構難しいんですよ。いつからって考えるのかっていうのはすごく難しくて、
はい。 一旦三聖堂国語辞典を引いてみました。
はい。 武士という項ですね。
はい。 で、まあまあ、例文とかが後ろにつながるんですけれども、
なんていうんですっけ、朱子というかな意味の部分にはですね、
昔武芸を収めて主君に仕えた男と書いてありました。
うんうんうん。
まあ、それで間違いはないんですけれども、なんか他にいろんな条件つきそうじゃないっていう部分もあったりして、
はい。 なんか詳しくないんですけど、昔漫画でこういうのあるんだって思ったので、
区下侍とかってね。
おお、はい。
なんか区下に仕える武官ということですかね、言ってみれば。
ええ、ええ、ええ。
まあ、護衛とか警備とかをする人?
はい。 っていうことだと思う、そういう感じの漫画があったんですけどね。
あんまり読んでないんで詳しくないんですけど、そういう人たちは武士なのかみたいなところもありつつだとは思うんですけど。
で、まず自分なりに歴史遡ってみていくと、すごく遡るとまず弥生時代。
国がね、有名なのは日美子の山大国とかあったけど、他にも国が乱立していたから、争いとかがあったので、いわゆる領地争いとかに起因する殺し合いという意味で戦争が起こってたわけで。
はい。
武器とかもこの時代からあるので、武士とは言えないけど、戦士兵士と言えるような人はいたんだろうというのが弥生時代。
で、明確に戦があったのがわかっているところでいくと、古墳時代にあったのかな、現代の言い方でいう古墳時代にあたるところで、
白戦国の戦い。昔は白戦国の戦いって言いましたけど。
外国と戦ってますね。
で、戦士兵士という人はいたんでしょうけども、これも武士なのかっていうとちょっと違いそう。
さらに時代を下りますと、大宝律令の中に、衛士と先森って言葉が出てきます。
衛士ってのは、衛兵とかみたいなことですね。で、先森は自衛隊に近いのかな、言い方としては。防衛の人。
守る人とか。
そうですね。防ぐ人という字で言うとね。
で、大宝律令は701年ですよというのも吹きしとくんですけれども。
それから、冬の章の何回目に出てきたか忘れましたけど、坂上の何菓子さんという人がいましたよね。
田村丸さんが、はい。
若いの人は違う人でしたけど、若いというか100人以上の人は別の方でしたけど。
その先祖にあたるのが坂上の田村丸さんですかね。
時期的には、8世紀末から9世紀初頭ぐらいに生きてた方で、
ウィキペディアを見ると武漢という表記になってます。
武士とは書いてない。
平安初期ぐらいの人。
9世紀初頭なんで、8百何十年という時代ってことですよね。
平安中期に入ってきますと、明確に武士と思われる人が出てきていて。
平野政門、藤原住友。
平野政門の乱、藤原住友の乱って言ったり、違う言い方もありますけども、
935年から941年、藤原住友はでも武士なのかな。
どうなんでしょうね。
イメージは海賊さんですけどね。
なるほど。
確かにね。
海賊か。
ウィキペディアでは貴族海賊になってますね。
なるほど。
チャットGPTさんによりますと、藤原住友は武士として扱って良い存在です。
ただし、成立期の武士、初期武士という位置づけになります。
へー。
という人がいますと。
まさかとは問題ないかなと思いますね。
平安後期になりますと、平昌国、平野清盛。
平安末期になりますと、朝日将軍、木曽義中。
末期から鎌倉初期にかけて、源将軍家から鎌倉の前期に入るかどうかは見えますけど、
中期後期は執権鎌倉法上司となってきて、
この後が南北朝から室町に入っていくというところが、太平紀の時代に入っていくのかなっていうのが、
私なりにまとめたところがこんな感じでした。
なんか資料がないと喋れないなと思って。
こいつ出版社どこかな。
本を一冊買ってきまして。
出版社エクスナレッジっていう会社ですかね。
エクスナレッジ。
日本の合戦解剖図鑑っていう本を購入しました。
何とかの解剖図鑑っていうシリーズは、結構いろんなものが出てるやつの一つなんですけど。
で、これ今回の合戦ということで、広く日本の合戦。
まさに白月の絵から始まって、その後ずっとね。
どこまで入ってるんだろう。
白月の絵から始まって、西南戦争までの戦争やらっていうのが載ってる本なんですけれども。
この本で戦をざっと調べてみました。その時期のやつね。
だから、白月の絵から。
これ省略されてる。さっき言った藤原の住友ランとかは入ってないので、ちょっと全部が網羅されてるとは言えないんですけど。
文芸の駅、公安の駅まで。
で、19の戦やら、乱やら、駅やら、戦いやらっていうのが入ってまして。
ちなみに20番目に出てくるのがですね、南北朝に入ってくるってことなんですけど。
千早城の戦いですね。
あえて言いましたけど、別にこの本題とは関係ないです。
これをざっと見てみたんですね。あんま詳しくは調べてないっちゃ調べてないですけど。
そもそもじゃあこれどういう戦いだったかっていうのをまずラインナップとして紹介していくと。
白月如恵の戦いが、唐白城vs和国久太良で663年。
続きましてが人心の乱で、大山の巫女と大友の巫女。読み方あってますか?
当時の方がいいのかな?わかんないですけど。
あってます。大丈夫です。
672年。
だから、白月如恵から9年後ですかね。
そうですね、すぐでしたね。
ちょっと間が空いて、太良の正門の乱。正門破れてますので、勝った方先に言う形になってたので、藤原忠文vs太良の正門、939年。
豊の入港、藤原の高い家vs豊、1019年。
これあれですね、大河ドラマの光る君にも出てきたっていうね。
ありましたね。
平和な感じのやつの中で戦乱が珍しく描かれているという感じですね。
続きましてが、ちょっと待って、読み方を調べてなかったので、ちょっと微妙なんで、ちょっと待ってくださいね。
全九年の合戦、僕は教科書で全九年の益って習った気がするんですけど、この本によると全九年合戦っていうふうに書いてありました。
娘も言ってました。
そうですか、じゃあそうなんだ、今は。
はい、益って私と主人だけが言ってて。
娘たちは、え、合戦じゃないの?って。
これは、今ちょっとわからないところを調べてたんですけども、
藤原の成人と水元の頼吉組vs安倍の頼時、安倍の定党による合戦で、1051年。
で、同じくっていうか、この続きものでね、後3年合戦がありまして、
こちらが水元義家vs清原の家平となります。
もう30年後ですかね、1083年。
八幡太郎義家ですね。
何かと名前が出てくる人ですね。
続いては保元の乱。
五白川天皇vs須徳上皇となってまして、1056年。
この辺はね、名前自体は作人一緒で、もうすでに出てきてる2人なのかな?
が戦ってるっていう話ですね。
戦ってるっていうか、彼らは武器を手に取るわけではないのであれなんですけど、
対立構造としてはこの2人の対立構造。
で、ここでね、この辺からかなり武士の色合いが濃くなってきていて、
この保元の乱に続く平治の乱。
平野清守vs源義友。
1159年と。
続きましてが、これで清守の天下になって、その後の流れということで、
石橋山の戦い、大尾場陰地下vs源義友。
1180年ですね。
同じく1180年、藤川の戦い、源義友、武田信義vs平野清守。
書いてあった通りに書いてますけど、武田がね、我が地元の武田が出てきたなっていうところもあります。
はい。で、次が3年後なのかな。
栗から峠の戦い、木曽義仲vs平野恒森。
その翌年、藤川の戦い、源の典より&源義常vs木曽義仲。
朝日将軍が追いやられる形になりますね。
で、同じく源の典より&源義常vs平野恒森。
同じ1184年のことで、市の谷の戦い。
で、その翌年、八島の戦いで、義常vs源の恒森となりまして、
限兵戦としては最後が断の裏の戦いで、
1185年に源の典より&源義常の連合軍に平野森軍という形になってますかね。
で、ここで兵器滅びましたとなって、続いてが欧州攻め。
これなんか欧州攻めって表記だったんですけど、なんか違う言い方あるんじゃないかなとは思ったんですけど、欧州攻めとなっておりまして。
名目上の大将として、源の頼朝vs藤原の康平。
次が昇旧の乱で、北条頼時vs後鳥羽城口。
1221年。
で、本当に最後のところが文芸の域が北条時宗vs中列王となってましたね。
まあ、不備来犯と考えてもらってもいいのかもしれないですけど。
同じ対戦カードで、広安の域が1281年というふうになってました。
で、最初の薄木之恵の戦いと、鳥居の入港と、一番最後の文芸の域、広安の域は、言ってみれば国際戦争ですね。
外国と戦ってるという意味で。
それ以外のところを見てたときに、明らかに大将が武士かどうかというのは抜きにしても、
武士が戦ってるよねってなってくるのは、平野正門の乱ぐらいからなんですよね。
939年。
中では、ほげの乱なんかみたいに、天皇と城口の対立っていうところで武士が戦ってるっていうのもあるんですけど。
こんな感じになっておりました。
で、やっぱりグレーゾーンの感じがするなと思ってるんですよ。
この辺の人たち、誰が戦ってたのって兵士というかね。武将というか。武人というか。
で、調べてみた感じ、薄木之恵の戦いで戦ってた人は、名前がある大きい有名な人でいうと、
安倍の平夫という人。この人はクゲで間違いないようです。
太宰の…なんだっけな。総帥とかの帥。太宰に帥って書くんですけど。
この辺はね、調べたときに、なるほどこうやって読むんだって思って覚えてたつもりだったんですけれども、覚えてなくてですね。
なんていう字とかわかりますか。
読み方も出ました。紙付け野の若子です。
縄文にのって書くやつですね。県の国の紙っていう、紙下の紙っていうことですよね。
で、紙付け野の。紙付け野が成というか、宇治。
で、宇治の後なので野がついて、若子は幼稚園の地っていう字に子供の子と書いて若子です。
っていう人がいまして、この人は豪族ということになってました。
表現としては将軍とも言われてるんで、この戦争における将軍っていう意味だと思いますね。
それから、安住の平夫っていう人もいまして、この人も久芸で大規矩という役職だったり、
あとこれまたすごい難しい名前がいるんですけど、ちょっとこれも調べたいですね。
ぷよさんですか。
あ、そうかな。
ぷよこうしょうさん。
あ、違う。えっとね、違いました。出ました。
えっとね、えちのはたのたつくです。あ、たくつです。ごめんなさい。もう一回読みますね。
えちのはたのたくつです。
えちのはたのたくつ。
えっとね、えちっていうのは、ぱくっていう字。ぼくっていう字。
きへんに、カタカナのとっかく。
これに市区町村の市。
で、これでたぶん、えち。
で、のは、なんていうか、読まないというか、井の上ののって漢字で表記されてないよねみたいな意味ののが入って、
で、はたって、秦の始皇帝の秦ですっけ、この字。
で、はたですよね。
これでえちのはたが、たぶん、氏。
で、のと入って、たくつなんですけど、田んぼのたに来るに、港の意味のつですね。おうつとかのつ。
で、たくつって読むんですけど、これどう考えてもはただって読めちゃうんですよね、真ん中のね。
そうですね。下の名前が田んぼのたから始まるんで。
ちょっと変わった名字の方ですし、なんかパクっていう字がついたりするんで、なんとなく虎井系かなっていう印象もあるんですけど、ちょっとよくわからないです、この辺は。
で、この人は、小三下っていう役職だったみたいです。
小三下。
小三下か。小さい山下って書いて小三下って読むらしいですね。
えー。
十九階中十四位だそうです、階位として。
だからこの上に大専例があるんでしょうね、十三番目にきっと。
はい。
っていうような役職。だから九中のこの十九階の中に入ってるんで、クゲと見ていいかなと思うんですよね。
はい。
で、次が、この辺は要するにクゲと思われる人と豪族かなっていう人がいますね。
あれ言いましたっけ、言ったよね。
安住野平夫、平夫っていう人が二人出てくるんですけど、安部野平夫と安住野平夫っていう人が出てくるんですけど、同じ字ですね、名前が。
はい。
ちなみに比べるに羅生門の羅に夫と書きますね、平夫。
はい。
で、次の人臣の乱が大浜の王子と大友の王子の戦いなんですけれども、大浜の王子の方には、村国の御寄りかな。これは豪族みたいです。
はい。
象がいしょうしっていうのになってるんで、送るっていう字ね、象は送る。たぶん死後送られてるっていう意味の象だと思うんですけど。
で、がいしょうしって僕が読んでるやつは、外に小さい紫とか書いてしょうしがたぶんあって、その頭にがいってついてるんじゃないかなと思います。
はー。
次の人に、この人の名前も呼びづらいな。小坂部の佐吉という人で、黒子の神ですね、役職的には。
はい。
小坂部は小さいに子供の子に平和の平っていう字。部活の部っていう字ね。
はい。
で、下のね、さひちがめっちゃ難しくて、かねへんに、これそって読むんだっけな。何年何組の組の字の作りの部分ですね。
あーはい。
っていう字と、かぎって、かぎ括弧とかのかぎって言うとわかるかな。かねへんにはいくのく。
はい。
あーはい。かぎ詰めのかぎ。
あーそうですね。この難しいかねへんの二文字で、さひちと読むらしいです。
はー。
っていう人がいたり、あともう一人、大浜の王子の方、大浜の巫女の方で言うと、大友の不敬。福に負けると書いて。不敬。
はい。
この人はクゲで、象大菌虫っていう役職なんで、この人もクゲですよ。
で、大友の王子の方では、異気の唐国とか、犬界の異気味っていう人がいたりします。
はい。
異気味に関しては漢人って書いてあります。漢人っていうのは、官僚の管理人と書いてるので。
あーはい。
文官か武官かはわかんないんですけども、武士というのともやっぱりちょっと違いそうだなと、いう印象を受けました。
はい。
で、この辺まで調べて、結構力尽きて、えーと、平野政賀殿乱の時に、えーと、平野政賀殿乱を制圧した人が藤原忠文っていう人なんですけども。
はい。
政賀にいたのが藤原秀里という人で、この人はどうも武士らしいです。
はい。
なので、この辺から武士の時代っぽいなと、いう感じです。
で、武士といえば、作家さんは頻度来ると思うんですけど、厳平統吉って言葉があると思うんですよね。
はい。
源平、藤原、橘。
はい。
この4家の血統以外じゃない武士っていうのは基本的には考えられないという言い方で、ちょっと大雑把な言い方になりますけど、そういうふうに考えられていて。
はい。
で、じゃあそれぞれのルーツがどんなとこなのかなというふうに調べてみたんですよ。
はい。
まずは、一番古いのが実はさっき言った藤原秀里。
はい。
885年生まれで、この人は藤原氏としては、武家としての藤原氏では一番最初の人っていうふうにチャットGPTさんが教えてくれました。
はい。
で、同じような調べ方をした結果、兵士は、違う、次は橘が古いのかな。古い順っていうか、生まれたのが古い順で言うとね。
はい。
橘の君よりかな。この場合は君よりって言ってもね。
君より。はい。
公家家っていう字に頼むですね。
はい。
音読みするんだったら近来とか読むのかもしれないけど、近来。わかんないな。
近来かもしれないけど、橘の君よりだと思います。
この人が藤原秀里の御子下なんで、同じような世代。
違うん?違いましたね。もっと古いのが兵士の祖、高持王とかも言われたりしますけども、平野高持。
はい。
この人が親戚降下。皇族だった状態から家臣に席を下ろすという言い方でいいかな。親戚降下なので。
親戚降下をしたのは889年なんで、この人が親戚降下をしたのが、4歳とかってことはないと思うので。
平野高持が親戚降下をする2年前とか4年前に、藤原秀里とか橘の君よりとかが生まれてるという感じになります。
最後残った源氏なんですけれども、源御次長ってことになってまして、この3人に比べるとずば抜けて遅くて912年となってました。
なおかつ、政和源氏なんですけれども、親戚降下したのはこの人の代じゃなくて、この人の父親の代に親戚降下していたので、
親戚降下して一旦久劫でその後武士ってことなのかなっていうのが、ちょっとはっきりはしないんですけど、そういうことなのかなというふうに思いました。
という感じで、さっき話した藤原秀里は平野政門の乱で戦ってたりする人で、この時武家の藤原氏が始まってるということになりますね。
それからもう一つね、さっき戦乱をいくつか挙げてたんですけれども、前九年合戦で負けた側が安倍の頼時と安倍の貞人って人なんですけど、
大鵠っていうか、出鵜のほうですね。東北の日本海側のほうに支配地を持ってた人で、この人は明治安倍なんですよね。
なんで安倍なのかよくわかんないんですけど、さかのぼれば安倍の貞明とかとも同じルーツなのかもわかんないんですけど、ただこの人たちはここで戦的には負けているんですよね。
その後ね、五三年の駅のところでは清原って出てきてるんで、これ政少納の家も清原なんで、関係あるのかないのかよくわかんないなっていうのがあるんですけど、
安倍の頼時と安倍の貞の系譜は、数代後に、3代ぐらい後に、奥州藤原氏になってるようです。なので安倍から藤原に宇治が変わるんですよ。
で、なんだかんだあって、よりともにまた源氏の者に滅ぼされる形になるんですけど、この安倍とか奥州藤原氏っていうのは武士なのかっていうと、安倍はさっき言った四子では当然ないし、
ルーツが安倍である藤原氏が原平統吉の党ではないのも明らかなので、いわゆる各式としての武士、武家はこの四家から出るものですっていうのとは外れたところにはあるけれども、
かといって武士じゃないかといえば武士ではあると。現状として。現状とか実態として武士ではあるということで。形式的な武士とは異なるけれども在一武士というか、そういうものと考えられるというふうになっておりました。
はい。
なのでこうして、武士の時代が始まってね。八幡太郎、吉家が話に出てきましたけれども、源のよりともとか、日田義貞とか足利隆氏っていうのは吉家の系譜ですね。八幡太郎の直系になりますね。
ちなみに武田信吉は、新羅三郎義光って言って、八幡太郎吉家の弟。三男坊というか、八幡太郎吉家のお父さんから見て三男坊。
たぶん酒井さんご存知かと思うけど、八幡太郎吉家と鴨二郎吉なんとかと、新羅三郎義光っていうふうに三人。なんか産を使った神社だかなんだかの名前から来てるんですよね。新羅とか八幡とか鴨とかっていうのは。
あ、そうなんですか。
確かそうだったはずです。
へー。
富士川河川とかで、源のよりとも軍と武田信吉軍っていうのが平氏と戦ってるわけなんですけども、ここは実は八幡太郎吉家の血統が絶対的だっていう目線?長男だからっていう意味で見ると、武田の方が割と格は下と言えば下とも言える感じにはなってますね。
その辺がちょっと微妙に。あとね、さっき出した鴨二郎のところはあんまりいないんですよ。戦国時代とかにルーツが鴨二郎吉なんとかですよっていう人があんまり出てこない感じなんですね。
吉津奈。
吉津奈か、そうですね。
はい。
ちなみに木曽吉仲はどうなんだろうな。清和源氏、吉高隆ってなってますね。
へー。
吉高隆ってどういうやつですかね。
清和源氏。
ため吉の次男とかなってるんで、たぶん八幡太郎よりは後で分かれてるのかな。この辺なかなか難しいですよ。
だから木曽吉仲のルーツである源の吉高っていうのは、吉友の兄弟になるので、より友吉恒の父親が吉友ですから、より友から見ておじぐらいのところに位置するのが吉高なのかな。
そうですね。
兄弟?
そうですよね。だから吉仲って、木曽吉仲ってそもそもより友兄弟から見たらいとこなので、そういうことですね。だからやっぱり八幡太郎系の系譜ってことですね。
鴨二郎吉津奈の系譜はたぶんね、パッとしないと思うんですよ。出てくるかな。
そうですね。あんまりパッと出てこないですね。何に出てきたとかっていう話があまりないですね。
またチャットGPTに聞いてみようかな。
源の吉津奈の子孫で活躍した人は?って聞いてみました。
河内賢治のより友の子で、より良し良しへと並ぶ兄弟にあたりますが、良し良ほど後世に大勢力を残していません。
それでも、吉津奈の子孫からは、中世、近世にかけて活躍した人物家系がいくつか出てきています。
吉田だっていう人がそのぐらいの時代?
高井武田氏もここに書いてあるけど、たぶん違うと思うんだけどな。
ここに書いてある武田氏が一応、チャットGPTによると出てきてますね。
怪しいですね。
日田氏、足利氏との関係としては、基本的にはこの家は、日田氏は良し家なんですけれども、
良し津奈流の一部がこの地域にいたりした。
貨審団にいたのかな?
だからパッと見、ザ・この人っていう名前は出てきてはないっぽいですね。
5・3年の駅の諸配分で、良し家流が優位になったとかってことが書いてあったり。
地方に弱かったとか、そういうことがあるみたいですね。川本二郎。
そんな感じの源氏ということになっておりまして。
で、この後にね、さっき言ったみたいな千早城とかの話になってくると、南北朝っていう感じになってくるのかな。
県務の申請があって南北朝っていう感じになるのかもしれませんけど。
一応今の時点での予告で話しておくと、5月6月で太平紀話すじゃないですか。
夏場咲夜さんが何かをするんですけども、夏の章ね。
秋の章で私また大体の日本史回ってくるので。
ここは切り方難しいんですけど、室町将軍家っていう話をしようと思っていて。
で、室町将軍家が滅びる頃になると、今年の大河ドラマに繋がってくるのかなという形になるんですね。
まあまあまあ、まあそうですよね。
彼らが、この豊臣兄弟が活躍し始めた頃にはまだ、将軍家、まあ残ってますよね。将軍家としてもまだ残ってるんで。
はい、残ってますね。
そういう感じに繋がっていくかなと思っております。というところですかね。
僕もちょっとあんまり詳しくないところで調べたので、結構雑だったんですけど。
まあ初めの方でね、どんな感じだったのかっていうと、前九年で戦ってた阿部より時とかが、実は王子藤原氏に繋がってるとか。
まあ知ってる人は当然のように知ってたかもしれないけど、私は初めて知ったので面白かったりもしたんで。
まあ良かったかなと思っておりますが、咲夜さんはどうでしたか、この昔の武士の話。
あの、お名前についていくのに必死で。
そうですね、難しい名前がね、いっぱい。もう読めないですよ、あの、光月なんとかみたいな。
光月なんよね。
若頃ね。
ちょっと図でまとめてみたいなとは思いました。
ああ、そうですね。やっぱりこのぐらいの時代の人って、なんかやっぱり苦芸の名前だなって感じしますよね、なんとなくね。
あの、小さ小兵衛とか。
ああ、そうです。
大友とかもそうだけど。
はい。
生きのかな国ってめちゃめちゃ面白い名前ですけどね。生きって生きの国の生きなんですけど。
はい。
島がありますよね。
ええ。
ただ木の字が、生きの国って書くと木って人鞭じゃないですよね。山辺に支えるですか。
山辺ですね。
そうですよね。僕が見た本だとこの人の木の字は人鞭、歌舞伎の木ですね、人鞭に支える。
へえ。
生きのかな国って言うんですけど、かな国っていうのが韓国って書いて、かな国なんで。
ああ。
生きかな国なんですよ、今の読み方するの。
はいはい。
っていう人が、大友の巫女の方についてたのかなっていう人がいたり。
はい。
だけど犬飼いの生き身っていう人は、五十に君って書いて、生き身って読むんですよ。
はい。
はあ。
この辺はね、だからまだ不思議な名前が多くて。で、この後は藤原の秀里とかになるんで。
はい。
急にわかりやすい名前になる。
そうですね。虎井系の方はやっぱり難しいですね。
そうですね。この後出てくる名前は、まあ割と源氏兵士、多少大童とか武田とかも入ってくるけど、貴曹とかも入ってくるけど、まあ割とわかりやすい名前が多いですよね。
読み方も、下の名前も難しいのあんまりいないし。
まあこの辺になると、武士の時代だなって感じがしてくるのは、やっぱり大和の政門乱ぐらいからなのかな、イメージとしては。
で、そんな感じがしました。
はい。
というところで、次回、さつきの回からね、大兵器やりますんで、そちらもお楽しみにしていただければと思います。
はい。
はーい。