どうも、ヒデドンです。今日は京都の鴨川のデルタっていう出町柳、
左京区の出町柳の近く、もう川沿いで撮ってます。なんで今入っている音は、鴨川のせせらぎです。
今日はゲストで、南さんをお招きしました。おはようございます。
おはようございます。南さんは、9月の中旬に行われるかもがわデルタフェスティバルというお祭りの去年と一昨年も実行委員長されていて、
そのお祭りの中で最後に盆踊りがあるんですけど、それを含めて全体のお話を聞けたらいいかなというふうに思っています。
かもがわデルタフェスティバルは非常に多様な人たちが集まって、
盆踊りの時間も前も含めて全映ダンスも。
全映何だっけ?芸術賞?
そう芸術賞。しかもただ見るだけじゃなくて、途中からはみんなも上がって一緒に盛り上がりましょうっていう。
小学生がむちゃ大抵上がってましたね。
練習会も盆踊りの練習会もあるんです。
去年は初めて全映ダンスの練習的なこともやって盆踊りだけじゃなくて、すごいなっていう。
あ、そう。出てましたよ。一緒に。
全映ダンスあの人たちがやった後に、ワークショップで来た人たちもいますみたいな。
小学生とかで?
そうそう。
っていうので言うと、僕はすごいああいう多様な雑多な感じが好きで、
特に去年はその全映ダンスの時間で盛り上がって疲れて盆踊りをあんまり進めないくらいすごい特殊な。
なるほど。
なんであんなに多様なというか。
ちなみにですけど、本部にいるとなんかいろいろいろんな人が来たりとか、なんやかんやでいろいろ気にしてて、
プログラムまともに見えてないんですよ。あの場にはいるんだけど。
あんまり実は頭に入ってないです。でも小学生が何で上がってたのとかは覚えてます。
なんであんなに多様であり混沌とした空間が生まれ得るのかっていうのがすごい謎。
地域性っていうのはあるでしょうね。
どういう地域性なの?
西武高度があったりとか吉田寮があったり熊野寮があったり、そういうところからカルチャーができてたり。
であと、デルフェスって呼んでるんですけど、カムカデルタフェスティバルのこと。
そのデルフェスのテーマは多文化共生っていうことなんですけど、
この地域自体がいろんな国の方が、それこそ元田中って言ったとこに駅があります。
永山電車の。
出町柳が京阪の最中であり、永山電車の始発。
その次の駅ですね。
一応カムカデルタフェスティバルっていうのは妖精学部っていう学部のイベントなんですけど、
一応元田中もギリギリ妖精学部入るか入らないかぐらいの場所。
そこにモスクがあるんですよね。
結構多様な国の方がどうやら住んでいるらしいと。
兄弟の留学生とかも当然いるでしょうし。
でも定住してるいろんな方もいるし。
デルフェスの中では妖精小学校の子供たちがアリランダンスを披露してくれたりとか、そういうコーナーも。
アリランダンスと。
韓国、朝鮮民族のダンスですね。
伝統舞踊みたいな感じなのかな。
子供妖精の小学生。
もともと経緯でいうと、妖精小学校ももともとは今よりもっと多様な国にルーツを持つ子供たちがかつてからいて。
かつてから。
もう何十年前から。
それこそ自分の親が卒業したのはもう多分70年近く前なんですけど、その頃から。
実際に南さんはいくつぐらい?
僕ですか?僕自体は41です。
僕ここの学校出てないですけど、別の学校行ってたんで。
学校はここなんですけど、出てないですけど、親が出てて。
その頃から民族楽器っていうのがあったんですよね。
そういう他の国にルーツを持つ子が特に朝鮮とか。
70、80代の方が小学生の頃から。
戦後ってことですね。
そうだと思います。はっきりしたことは知らないですけど。
デルフェスでもう一つやってもらえませんか?みたいな中で、そういうことを多分かっていうテーマがあるんで。
やろうかっていうのをやったりとか。
あと、小学校って今、僕らが小学生の頃はなかったけど、
地域に密着した授業みたいなのをやるようになってるんですよね。
多分どこの学校でも。
養成小学校って結構少ない。
全校生徒が120人前後ぐらい。
そんな少ない?
少ないですけど。
結構エリア広いし、子供さんいそうなエリア。
そうなんですよ。
京都市内の多分査協区の中でも3間も除いて、町側の中ではかなり少ない学校なんですよ。
若い人もいて、ある種活気のある地域って言っちゃう。
でも若い人って言ってもやっぱり下宿生してる学生とかが多くて、定住者はかなり高齢化してるんですよね。
古い自衛住宅の団地とかがあるエリアなので。
長男大生がたくさんいるし、若くて活気あるように見えるけど。
そこの活気はあるんだけど、ファミリー学校みたいな感じの活気ではない。
子育て世代がたくさんいるわけでもない。
そういう感じのエリアではないんですよ。
ちょっと離れるとそういうエリアあるんですけどね。ここは違う。
小学院とか行くと全校生徒800人とかいるんですよ。
仕事柄、京都の学校の数、どこの小学校に数が多くてみたいなことを調べたりしてるんですけど。
それでそういうのが出てると調べると、小学院とかは電車で3駅離れるだけなのに、
養成小学校の5倍ぐらいいるんじゃないかな、小学生。
すごいな。
それぐらい。そういうエリアなんですよ、ここ。
学校で地域に密着して何者かの授業をやるというのを各学校多分やってるんですけど、
養成小学校は神奈川デルタフェスティバル実行委員会と、
あとはここの地域、このお祭りは左京西部の生き生き市民活動センターというところが共催してるんですけども、
そこの事業として小学校と連携して、
ブラジルの文化を教えに行ってるんですね。カポエイラとか。
誰が教えに行ってる?
地域で活動している方。
やってますね、地域。
いいやさんとかね。
太鼓の。
そういう方々が教えに行く出前授業っていうのをやって、
それのやつとかもデルフェスで披露とかもしてくれてますね、小学生が。
出前授業で学んだ。
活動してる人、デルフェス出てくれるんで、その時に一緒にやってくれたりとかしてたりとか。
そういうこととかも、小学校とも組んでいろんな国の文化を学ぶっていうのもここの小学校やってるんですよ。
そんなのもあったりとか。
あと、デルフェス屋台出ますけど、
他の一般的な地域の夏祭りとかと出てる屋台の経緯が違うのもありますよね。
全然違います。
いろんなところに出展してる中の一つじゃなくて、地元の人たちがその日だけやる。
それもそうだし、他国的屋台っていうテーマで台湾ビールが食べたりだとか、
メキシコの料理が食べれたり、日本料理が食べれたりとか。
あれ結構近隣のエリアのお店が。
ただ大阪とか遠方から来てるわけじゃなくて、
査協区だったり神岡の比較的近いところのお店に出てもらってる。
確かにいろんな国の料理がある。
そうなんです。
だからそういうお店が周りにあるっていうのも多分かっていう。
確かに確かに。
さっき小学生が、話があちゃこちゃ飛んでるかもしれないけど、
小学生が減ってるみたいな話がしたんですけど、
デルヘスやってる場所が養成二郎公園っていう、
今僕たちがいるデルタから歩いて。
と出町柳から。
すぐここのデルタの真ん前に出町柳の駅があって、
そっから歩いて5分ぐらいのところにあるところが会場なんですけど、
そこは要は市営住宅の団地になってて、
もう50年ぐらい前ですかね。
今ちょうど建て替え時期に入ってるんですけど、
50年ぐらい前に作られた団地なので、
要はもう高齢化してるわけですよ。
建物自体も老朽化してる。
老朽化してるし、そこに住んでる人も高齢化してる。
市営住宅の趣旨的に、
さっき言ったような高齢化して人がいなくなったから、
そこにどんどん新しいファミリー層が入ってきてみたいな感じにならない。
ただひたすら高齢化するみたいな状況になっちゃってるので、
このまま放っといたらまた寂れちゃうなみたいなところを、
将来に向けてどう持続発展させていくかみたいな、
街づくりミーティングっていうのが何年か前からもあって、
そこらへんの流れとかも含めてやっている。
お祭りなんですね。
ここの地域の魅力は何かって考えたときに、
僕も最初の段階から参加してるわけじゃないので、
細かい経緯とかは話しきれない部分もあるんですけど、
多文化とかそういうのがこの街の特徴だよねっていうことで、
そこを打ち出していこうかみたいなところでやっている。
そういうお祭りですね。
その中に多文化っていうのは、多国の文化もあるけれども、
それこそ盆踊りもそうだし、
この地域の中にお寺があって、
そこで六才念仏の系文化財が流行ってましたね。
それも披露していただいてたりとか、
あとはお祭りの神輿ですね。
田中神社の神輿会の方にもご協力いただいて、
日本の文化も含めた多文化。
っていうのを融合させてっていうのを、
この地域の特徴・魅力という風に築けてやっているお祭りっていう感じですかね。
なるほど。
多文化共生とかって最近ね、言われてるけれども、
これほどちゃんとできてるというか、
かんまりお台本じゃなくて、できてるっていうのがすごいな。
盆踊りも本当にいろんな国の人が踊ってるし、
老若男女踊ってますよね。
地域のご年配の方も踊ってますし、
近くから遊びに来た学生さんとか子どもたちも踊ってますし、
外国の方も踊ってます。
それは僕、以前に気づいたんですけど、2年前かな。
初めて参加した時に、ここの盆踊りの踊ってる人たちは、
体がすごい滑らかというか。
要は、踊り慣れてない人ってロボットダンスみたいに極端に言う。
極端に言うとロボットダンス。
僕はそっち側だから。
そんな南さんを前にして言うのはちょっと言いづらいですけど、
やっぱ体が柔らかいって、柔軟性が高いとかじゃなくて、
動きが滑らかっていうことは、思考も滑らかというか、柔軟性があるんじゃないかと。
逆にロボットダンスは、思考がちょっと硬い人って仮定して言うと、
デルフェスの人たちはすごい柔軟な人たちが多いっていう僕の…
根拠がある話ではないんですけど、何にも根拠ないんですけど、
なんとなくの話であるんですけど。
デルフェスに集まってくる人ってやっぱり普段から…
査協区って本当にいろんなものに触れ合える場所なので、
別に査協の人だけが来てるわけじゃないと思うんですけど。
なんかやっぱり、普段から柔軟にいろんなものに触れて、
いろんなものに対応してる人が多いんじゃないかなと。
この出町柳という場所の周りっていうのが、
本当にいろんなものに触れやすい場所なので、
都会過ぎるわけでもなく、田舎でもなくなので。
ちょうど地理的にもその誤書があって、
ここの出町柳。
商店街もあるし、団地の独特な性格もあって、
学生街もあるし。
学生街があって商店街があって、
昔から誤書みたいな何千年みたいな歴史文化があり、
市長寺みたいな文学の施設みたいなところがあり。
こんな雑多な場所ってなかなか世の中探してもないのかなと思って。
そういう場所の周りにうろちょろしてる人たちが来るわけなので、
普段からそういう柔軟性を持っている人たちが
集まってきてるのかなっていうのは、
なんとなく思うところはあります。
全国的にも珍しいんじゃないかな。
あそこまで火曜かつカオスが来るかを。
やっぱりこの出町柳っていう場所の特性はあると思う。
それをまとめるのって、それはそれで難しさってあったりするんですか?
僕、別にそんなに対して一人にまとめてるわけでもなくても、
地域のそれこそ共済でやってる一線の方とか、
すごいいろいろご協力いただいてますし、
地域の、ここの地域って実は省内会とかあんまないんですよ。
なので、それの意味もあるのかもしれないんですけど、
万端は知ることがない。
ただ情報も行き届かないみたいな。
そういうこととかもある中で、
まちづくり協議会っていうのを立ち上げようという動きが
2、3年くらい前から始まって、
今それの準備会っていうのが立ち上がってるんですね。
まちづくり協議会準備会っていうので、
地域の根拠した方にお米配るみたいな活動をしたりとか、
そういうのをやってるんですけど、地域の方々が協力した。
そこのまち協の人たちも協力してくれてたりとか、
皆さんが本当に協力があって、
みこし会もそうだし、
皆さんの協力があって成り立っているので、
誰かのとかではない。
関わってる人が本当に地域の町内会の人だけじゃなくて、
もっと関係人口的な、
本当のことを言うと地域の人だけでこれができたら一番いいんですけど、
正直それは難しいんですよ。はっきり言ってそう思います。
もっとそういう関係人口的に、
以前の職員さんとか、ここに働きに来てる人とか、
職員さんの中にもこの地域に住んでる人もいるんですけど、
そういう人たちが動いてくれてたりとか、
いわゆるその町内会的な、
地の人だけがやってるわけじゃないから、
ここまでできてるんだと思ってます。
例えば、デルフェスって一応メインの日は1日なんですけど、
期間が、今年どうなるかまだ分からないですけど、
去年まで期間があって、1週間とか。
プレイイベントがあるんですね。
子どもたちの去年だったらお化け屋敷みたいなのがあったりとか、
それこそボードにの練習会があったり、
ボードの練習会もわざわざ滋賀から、
温度鳥さんがわざわざ来てくれてやってたりとか、
その辺やってるのもなかなか予想はいないと思うんですけど。
確かに温度鳥さんが来て練習会するっていうのは、
なかなか珍しいですよね。
そういうのも、そういう団体さんの協力があってからこそできることで。
例えば、街歩きも実はあって、
下村さんっていう京都芸術大学が、
それもここから自転車15分くらいのところにあるんですけど、
そこの先生をされている方が、歴史とかそういうのがお好きな方で、
その人が大体2週間くらい前に地域の街歩きをやってくれるとか。
本当にこの養成学区の根っからの住人じゃない人が、
いろいろ動いてくれてるんです。
それがあってこそのこれです。
本当に地域だけでやってるわけじゃなくて、
でも理想は地域だけでできたらいいけど、
今はそこまではまだいかない。
あと、ボランティアも去年やらせてもらったんですけど、
あれって公募でやってる感じですか?
あれは、サイトに広告出したりとか、
スラッシュ作って地域に貼ったりとか、
あとは大学の方に、大学のボランティア。
僕はいろいろ街作りの活動とかもともとやってきた関係で、
例えば同社大学さんとか京都産業大学さんとか、
そういったところにつながりがこの国に持ってたりとかだったんで、
ボランティア集めは結構僕のミッションだったりとかもしたんですよ。
その辺は実行委員長になる前から、
ボランティア関連は僕が結構中心にやらせて。
なかなかあの規模のやつを。
そう、大学の学生さんがやってくれるんで。
やっぱりボランティアの経験とかが、
例えば一日だけなのでどこまでになるかわからないけど、
就職の時にボランティア経験がありますっていうのをアピールするとか、
あとは普通に単純に好きな学生さんもいたりとか、
経験になると思って。
あと友達作りのために参加するとか。
そういうモチベーションでやってくれる学生さんが結構いらっしゃって。
で、うちはボランティアって言っても、
例えば開催時間がお昼の3時から夜の9時までだとすると、
あと準備時間とかもあると。
ずっといたら高速時間8時間とかになるんですけど、
8時間ずっと任務についててねとかそういうことではなくて、
本当に2時間とか3時間だけ交代して、
ヒフトでどっかに配置ついてって。
あと残りの4時間は自由にお祭りを楽しんで、
盆土に戻ってください。
他国籍料理にもいろいろおいしいもの食べてくださいとか、
パフォーマンスを見ててくださいとか。
そういう形にしてるので、
それにどこまで魅力を感じてくれてるのかわからないですけど、
あくまでもお祭りを楽しみにしてくれる中で、
2、3時間だけちょっと力かけてねみたいな形のパフォーマンスにさせてもらって。
まあそれが参加しやすかったりするかもしれない。
と僕は思ってます。
あくまでも遊びに楽しみに来る延長でちょっとだけ手伝ってみたいな感じで。
そうですね。あれはね、学生も十分楽しめる。
最後の盆土居が1時間半くらいあるので、
シフトの調整で全員、基本的には、
ボランティアに来た人は盆土居の時間を楽しめるように調整してるんですけど、
とは言いつつ日帰しのほうで休憩しちゃってる人もいますけど。
まあでもまだクソ暑いですね、あの時期は。
そこが難しいところでね、なるべく夕方に涼しくなってからがメインイベントになるように、
いろいろ工夫は毎年試行錯誤で、時間もちょっと短くしたりとか。
あんまり日の高い時間からやっちゃうと、飛ばしちゃうと待てちゃうんで。
なるほど、なるほど。
確かに結構ね、プログラムが多くて、日中からね、やってたりとか。
企画してる側は、夕方くらいから人が増えてくるだろうみたいな感覚で企画してるんですけど、
蓋開けて見たらもう3時くらいから公園の中に人ぎっしり。
いますね。
で、結構ちょろっと顔出しに、いろんな関係者とか知り合い来るじゃないですか。
ちょっと顔出しに挨拶だけ来て、30分くらいだけで帰ろうと思ってたみたいな人が、
なんか気づいたら2時間、3時間。
まあそういう魅力があるね。
そう。
確かにね。
すごいね。
まあなんか、いろんな人来るから、思わぬ知り合いと会って話し込んじゃいましたとか。
なんか食べたり飲んだり、あとパフォーマンス見てるうちに、
なんかずっと見てたら気づいたらこの時間までいちゃいましたとか。
まあそんな感じで結構みなさん、長いされる。
滞留される。
いいんですけどね、でも。
で、今年もやる。
今年もやりますね。
じゃあその実行委員長を2年やってみて、その感想とかあったら。
いやーもう、僕そのもともと、
あの地域の出身ということで実行委員長をやらせてもらったんですけど、
地元の人がやっぱり中心にはいくべきだろう。
いろんな人の協力のもとに成り立っているけれども、やっぱりその中心は地元の人であるべきだろう。
で、僕が実行委員長になる前の年ぐらいから、
一応実行委員会には本格的に関わり出してはいたんですけども、3年ですね。
最初の頃は地域の人があんまり参加しなかった。
最初に言ったように高齢の方ばっかりなんですけどほとんど。
それは3年前だったね。
だからもうなんか外から聞いてなんかやっとるわうっさいなみたいな、
多分そんな感じだったんじゃないかと思うんですよ、地域の人からしたら。
それがなんやろうみたいな感じで徐々にこう、
一応チラシとかも毎年ポスティングとかするので、
徐々になんかこの時期になったらまたやっとるわみたいな感じで、
ちょっとずつちょっとずつ。
お祭り自体は去年が第5回だったんですけど、
1年目はコロナでちょっと気分縮小でやってたので、
公演でやるのは4回目だったんですけど、
あの規模でやるのは、盆踊りとかやるのは。
徐々になんかやっとるので、
地域の方が興味を示してくれて、
来てくれるようになったっていうのは、
地域の出身者としては嬉しいこと。
なんか外から来た人が、
始めからもちろん地域が発生するという趣旨でもやってるんですけど、
実態としてなんか外から来た人ばっかり集まって、
触りてたわみたいに、
多分最初の頃は地域の人から見えちゃってたのが、
だんだん地域の人を、まだまだ足りないんですけど、
まだまだ足りないけど、
ちょっとずつちょっとずつ巻き込めるというか、
この地域でいつもやってるよねみたいな存在に、
徐々に今なりつつある。
それはその実行委員長やった2年間の中で、
3年間の中で、その前の年から来るまで3年間の中で、
手応えを感じつつある。
まだ足りないけど、あります。
別に僕は何をやったってわけじゃないんですけど、
ちょっとずつそれは。
地域の中で例えば、これも生き栓さんのあれなんですけど、
ふれあい食事会って言って地域に1回、
地域内にある生き栓の向かい側にサロンって呼ばれる施設があるんですけど、
そこで食事会っていうのがあって、
料理をみんなで食べて交流しましょうみたいな会が、
それが2、3年前から月1回ずっと続いてきて、
そういうところにも地域の人がちょっとずつちょっとずつ入ってきてたりとか、
そこで出るフェスコンでやるからまた来てねみたいな話があったりとか、
一部のおばあちゃんたちは手伝ってくれてたりとか、
そういうまだまだ関わってくれる地域の人は全然、
ほんのごく一部ではあるけれども、
ちょっとずつそういう地道な盆取りの練習家もそうです。
ことを、要は当日だけじゃなくて、
年間を通じてそういうなんやかんや地域でお米配りもそうだし、
お米配りとか街づくり協議会準備会がやった事業なんですけど、
だったりとかそういう関係団体が地域に向けてやってるいろんな事業の中で、
出るフェスもやってるからみたいなのをちょっとずつ浸透させていってるのが、
本当に徐々に徐々に形になってるのかなっていう手応えですね。
それも今後は継続していくと。
形はいろいろある。
同じ形があっていう形ではないかもしれないけれども、
もちろんずっと何かしらの形で続けては。
街地域はまたいろいろ考えると思います。
食事会は多分ずっと続く。
一当面は続いていくと思いますけど。
食事会ってのはサロンの近く?
サロンの中で、サロンで月に一回、
木曜日、台の木曜日にやってるんですよ。
で、地域の?
誰でも来ていいよっていう形はしてるんですけど、
その施設を、行き線を使ってる方とかも結構ありますし、
あと地域の方だったり、通りがかりの人とか。
僕もちょっと今、個人的には離れたところで仕事してて、
普段あまりここの地域に頻繁には関われてないもんで、
直近の食事会の状況までは正直細かいところは把握しきれてないんですけど、
まあでもそういう感じで、いろんな人が関わってやってくれてますね。
そういういろんな人の種まきがちょっとずつ形になってくるということになってます。
まあでも面白いですね。
最初は、第1回とかは外から来た人たちが中心だったけども。
いや、中心はそう変わんないです。
地域の人たちは一緒にやってはいるんだけれども、
結局参加者が外から出演者の知り合いだとか、
知り合いが店出してから来たとか、
結局そういう関わりの人ばっかりが来て、
地元の人たちは横目に見ながら何かやってるわ、で終わっていた。
そういうのが、回を減ることに、
公演の中に地元の人たちが足を踏み入れるようになってくれたというか、
そういう感じはしてます。
最後に話したいことは?