ぼやきアーカイブ Log No.45 守らせてくれよ、この笑顔 再生開始
はい、どうもクヌギです。お疲れ様です。
今回は、PRAGMATAのネタバレ回をやろうかと。
はい、いろいろね、いろいろね、ちょっと止まっちゃった。
はい、もうネタバレは気にせず、あれやこれや喋りたいと思うんですが、
これ喋ってるのは、もうまさにゴールデンウィークの真っ最中なんですけど、
聞いてる方には関係ないことであるんですけど、
俺はいつも夜に撮るんですね、こういう、こういうっていうか、
まあ、ポッドキャストのね、収録を夜にやることが多いんですけど、
今日はちょっとね、昼間にやってます。
はい、まあだからといって何か変わるってことはないと思うんですけど、
ひょっとしたらなんかこう、外からの物音とかそういうのが入ったりするかもしれないですけど、
まあ、もし入ったらまあご容赦くださいってとこですかね。
うん、まあちょっと軽く雑談、雑談といってもPRAGMATA関連なんですけど、
えーと、そう今回のこのポッドキャストを準備するにあたってとか、
まあ相変わらずPRAGMATAはまだプレイしてるんですけど、
実況でもね、PRAGMATAをちょいちょい見ながら、
PRAGMATAの実況を見ながらPRAGMATAをプレイするっていうような生活をしてるんですけど、
こう見ててね、びっくりするのはね、
あのハッキング、PRAGMATAはハッキングと呼ばれるパズルと、
あとはまあ三人称シューティング、合わせたゲームですけど、
そのハッキングがね、めちゃめちゃ速い人がいるんですよ、実況見てると。
あれなんであんな速いんだろうな。
オートハッキング使ってるのかなと思うんですけど、
まああれです、オートハッキングっていうのはあるんですよね、PRAGMATAの機能の中で。
ズルみたいな機能もあるんですよ、オートハッキングって。
自動でやってくれる、ペペペペペってやってくれるっていうのがあるんですけど、
それ使ってんのかなって思うぐらい速いんですけど、
まあどうもそうじゃないっぽいんですよね。
まあどうやら見てるとPCでプレイしてるっぽくて、
マウスでやんのかな、PC版でのハッキングって。
だからマウスだと比較的こう、一筆書きパズルみたいなね、
そういうのはマウスみたいなポインティングデバイスって言うんですかね、
ああいう方がやりやすいってことなのかな。
ちょっとPC版、PC版買うのかお前って感じですけど。
まあでもね、どうだろうな、どうだろうな。
俺キーマウでプラグマタできる気がしないんだよな。
やっぱコントローラーかな。
まあそもそもプラグマタに限らず、PCでゲームすることはありますけどね。
ちょっと前までサイバーパンクばっかPCで遊んでたりしましたけど、
それもキーマウじゃなくてコントローラー使って遊んでるんだよ俺は。
断然コントローラー派なんですよね。
FPSとかをPCで遊ぶ方々、ゲーマーの方たちはキーマウには慣れてるんだろうと思うんですよ。
やっぱりエイムってことになるとマウスの方が断然有利なんだと思うんですよね。
なんだけど、やっぱちょっと俺はキーマウ無理かな。
コントローラープラスマウスみたいなのができるんだったらね。
それ操作できるのかって気もしますけど。
そういうんだったらできるのかもしれないけどちょっとわかんないですね。
で、ちょっとそれで思ったんですけど、
プラグマタはあれですよね、2人同時プレイあっても良さそうですよね、このゲームシステムって。
要はもうほら、完全にヒューを担当するプレイヤーとディアナを担当するプレイヤーっていうのを分けちゃえばいいわけじゃないですか。
なんか良さそうなんですけどね。実際できたりするのかな。できないよね多分ね。
やろうと思えばできる。コントローラーをカスタマイズして分担させるみたいなことできる?
わかんないけど。
でもひょっとしたら実装したら面白いんじゃないかなって思いますね。
PCじゃなくてもコンソールでもPS5でもスイッチ2でもワンコンとツーコン。
ワンコンとツーコンって分け方が難しいか。難しいかな。
スイッチ2だったらコントローラーを2つに分けられるからそれでうまくボタン配分できるかもしれないですね。
みたいなのをうまく割り振って2人でプレイとかできるかな。できないかな。どうだろう。
ちょっとスイッチ2版持ってる方に試してみてほしい。何勝手に無茶振りしてんだって話ですけど。
PS5だったら単純にコントローラーを2つ繋いでそれでワンコンとツーコンみたいな感じで
うまくできそうな気がしますけど。できるっていうか現状のゲームシステムでは厳しいと思いますけど。
でもスイッチ2だったら工夫して2人同時協力プレイみたいなのは無理か。
だってトリガーがあれだもんね。スイッチだとL2って言い方しないけど。
銃構えて剣銃でトリガー引くのはR側だからコントローラー2つに分けてやっちゃうと無理か。
ソフト側の対応が必要かもしれないけど、同時プレイとかできたらプラグまたちょっと面白くなるような気がしますね。
多分だけどアイデアとしてはあったんじゃないかな。ひょっとしたらすでに開発側のね。
でもそれで当然そういう機能を実装するとしたら工数もかかるしテストもしないといけないしみたいなのがあるからやってないっていうことなのかもしれないですけど。
おそらく俺でも思いつくんだから開発者も思いついてたんじゃないかなとも思うし。
ひょっとしたらアップデートでそういうのが来たりしないかなとかねちょっと思ったりしましたね。
まあでもね、そんな2人同時プレイの機能が追加されても俺には関係ないんですけど。
やめろ、やめろそういうの。
一人モンとしては全然同じやってくれる人いないからな。
オンラインで協力プレイとかできるんだったらあれかもしれないけど。
まあまあいいや、それはね。
ということで、はい、じゃあまあとどど本題に入りましょう。
プラグまたの物語的なネタバレ込みであれこれ喋っていこうかと思います。
当然ネタバレなのでプレイした人向けに話します。
気にしない方はこのまま聞いてもらって全然構わないですけど、個人的にもできればこれプレイした後で聞いていただきたい。
ネタバレ回って毎回悩むんですよね。
悩むっていうかどうしてもあれなんですよ。
やっぱりネタバレ回ってあんまり聞いていただけないんですよ。
ぶっちゃけ再生回数悪いんですよ。
もうこれはしょうがないんだけど。
やっぱりプレイしてない方が聞きづらいっていうのはやっぱりみんな避ける。
やっぱりみんなネタバレは嫌だよねっていう話ですよね。
まあ気にしないっていう人もいると思いますけど、気にする人は聞かないってことになるから。
ネタバレ回ってことでプラスになるってことはないんですよね。
再生回数がプラスになるってことはないんですよ。
どうしたってマイナスの要素しかないんで。
なのでそういう意味ではちょっとね、ポッドキャストをやる側としては悩ましい部分ではあるんですけど、
とはいえネタバレ回をやらないという選択肢はないんでね、うちの場合。
なぜならそういうのを気にせず、ネタバレとか何も気にせず喋りたいことを喋りたいからっていう理由でポッドキャストを始めたんで、
だからまあ悩ましいと言ってもやっちゃうんですけど。
じゃあ本題に入りましょう。
はいじゃあ始めますか。
プラグマターネタバレ回ですね。
まあなんですけど、とりあえずここ最近ずっとプラグマターについて、物語とかについてね、
なんかぼんやり考えながら暮らしてるんですけど。
暇なのかって話ですけど、別にそんなに暇じゃないと思うんですけど。
前回もちょっと言ったんですけど、やっぱりこのゲーム親子がテーマ。
まあ疑似親子っていう言い方をしてもいいんですけど、親子がテーマなのかなと俺は思ってます。
まあ分かんないですけどね、開発者さんがどういう思いを込めてこのゲームを作ったのかまではちょっと俺はよく知らないんですけど。
でそんな中で、いわゆるビデオゲーム、テレビゲームで親子を扱ったものが、
まあどんなものがあるかなみたいなのをちょっと考えたりもしたわけです。
これについては前回のネタバレなし回でもちょっと言いましたけど、
それについてまあちょっとぼんやりしゃべろうかな。
前回も言いましたが、ここ最近のゲームでちょっと思い出したのはやっぱデスストですよね。
これもちょっと親子関係的なものはあるっちゃあるけど、やっぱりプラグマターとはちょっと違うかなってところですよね。
BB、ブリッジベイビーっていう赤ちゃんと一緒に旅をする話でしたね。
このブリッジベイビーっていうのがゲームシステム的にも結構重要な位置にあると。
BBがいないと敵の位置がわからないんですよね。
なのでBBが調子が悪くなったりするとゲームプレイにも事情が出るのでプレイヤーとしては困ったりみたいなところは、
まあちょっとプラグマターにも近いかなってところですね。
リアナーがいないとハッキングできないわけですからね、プラグマターでは。
この辺はまあちょっとプラグマターと似てるかなと思う。
反面、あんまり親子関係という感じはプラグマターに比べるとちょっと薄いみたいなことは前回も言いましたね。
まあそれなりにBBに対して愛着は沸くんですけどね。
デスストランディング1の方ですね。
次のゲーム。
他にまた親子を扱ったゲームとして思い出したのは、
まあこれも前回も名前出しましたが、やっぱりラストオブアスですかね。
これもジョエルとエリーっていうね。
ジョエルが男性、オッサンですね。
エリーは女の子みたいな感じで、
その2人が一緒に旅をするというロードムービー的なゲームになってましたね。
これがやっぱりプラグマターとの比較では強いかな、印象としては。
比較するのがちょうどいいみたいな感じはしますね。
ただ、ラスアスは親子ものでもあるけど、やっぱりそれ以上にバディーもの。
親子ものとバディーものがどう違うんだって話もあるんですけど、
バディーものの側面の方がどちらかというと近いかなと思います。
バディーものってなんだって話なんですけど、
定義としては、いわゆる2人のキャラクター、人物がいて、
最初はうまくいってない、人間関係がね。
何なら仲が悪いみたいな関係性だったのが、
だんだんお互いを理解していって、
やがて一つの生涯というか目標に向かって進んでいく
みたいなものがバディーものの定義かなと思うんですよ。
これってよく言われることみたいですけど、
バディーものっていうのは構造的キャラクターの関係性とか
そういう意味では恋愛映画、恋愛ものの物語に近いというか、
ほぼ一緒みたいなことを言われるようです。
確かにそうですよね。
最初あんまりあいつのこと好きじゃないみたいな、
お互いをそういうふうに思ってた2人のキャラクターが
だんだんお互いを理解するようになって、
最終的に両思いになるみたいな感じなんで、
バディーものと恋愛ものっていうのは大体似てるっていう。
これは確かにそうだと思いますね。
ラサースに関してももう本当にそんな感じですよね。
ジョエルとエリーは最初うまくいってないみたいな感じなんですけど、
特にジョエルがね。
ジョエルは昔娘を亡くしてるんですよね。
だから娘を思い出すような女の子と接することに
トラウマっていうかそういうのを積極的にやらない、
むしろ避けてるみたいな印象がありましたけど、
そこで最初ギクシャクしてるんだけど、
だんだん仲良くなってく、満ち溶けてくっていう感じになるんですよね。
旅の相棒というか親子みたいな関係性になってくっていう流れですよね。
ラサースで印象的なのはやっぱり
途中でエリーパートがあるってことですよね。
エリーを操作するパートがあるんです。
どちらかというと最初の方はジョエルがリードしてる感じなんですけど、
ちょっと途中ジョエルが負傷してしまったりとか、
あとはエリーがこう、
なんでしたっけ、ちょっと細かいこと忘れちゃったけど、
変な良からぬ集団にさらわれちゃったみたいな展開がありましたよね。
そこから脱出するみたいなパートがあって、
そこでエリーが一人でなんとか頑張るみたいな展開がありますよね。
だからお互いがお互いを助け合うみたいな局面もゲームとして表現されてて、
ラサースパート1は本当によくできた名作中の名作だと思いますね。
パート2はまたちょっと変わってくるんで、ここでは何も言いませんけど、
ラサースはやっぱりプラグマターを考える上でもちょっとちょいちょい思い出した作品でしたね。
あとはね、
これは前回も思い出して叱るべきだったなと思うんですけど、
親子を扱ったゲームで、人によっては真っ先に思い出すんじゃないかっていうゲームがありましたね。
プリンセスメーカーですよね。
プリンセスメーカーはまさに親子を扱ったゲームと言えるんじゃないかと思いますね。
だからいわゆる育成ゲーム的なものの元祖ですよね、おそらく。
ほぼ元祖なんじゃないのかな。
ちょっとこの辺詳しく調べてないのでわからないですが。
プリンセスメーカーは神様的な存在から扱った、扱ったというか授かった小さな娘を文字通り育てていくゲームですよね。
俺ね、ちょっとしかやったことないんで何とも言えないんですけど、
あれは本当に育てる、育成ゲームとしてのゲームなので、
育成ゲームとしてのゲームって言い方おかしいですけど、
そこに焦点が置かれている感じがしますね。
なのでね、親子を直接的に取り扱っているゲームではあるんですけど、
じゃあこれプラグマターと似通っているかというとやっぱりなんか印象は違うんですよね。
なんでしょうね、この辺の違いはちょっとうまく言語化できないんですけど。
これプリンセスメーカーが好きな人はあまり気分が良くない、気分を害するかもしれないですけどこういう言い方をすると。
若干プリンセスメーカーに関しては娘を親が良いように扱っている感がちょっとありますよね。
ありますよねっていうか、俺にはあるんですよ。
なんかちょっと自分好みにカスタマイズする的な側面をちょっと感じる。
もちろんそういうゲーム性だから別にそれ自体を否定はしないですけど、
そこが面白いっていうところではあると思うんですけど、
だからそこが違うのかなっていう気がしますね。
プラグマターはプリンセスメーカー的な育成要素ってないですからね。
ハッキング能力を強化するみたいなそういう成長要素はありますけど、
いわゆる娘を育てるみたいな部分はないと言っていいんじゃないかなプラグマターに関しては。
そこが違うのかなと思ったりしました。
そんな感じかな。
親子を扱ったゲームについてぼんやり考えてたのは。
これがこの後の話にどう繋がるのかっていうのは正直あんまり繋がらない気もしますけど、
ほぼ雑談レベルなんですけど。
そんなことを考えたりしましたね。
再三ここまで親子物だ、バディー物だみたいな話をしてきましたが、
じゃあ親子物ってなんだって話ですね。
これは一般的な定義があるのかどうかはちょっとわからないですけど、
俺の考える親子物っていう感じですかね。
疑似親子物っていうのはどんな物語かっていうことをちょっとぼんやり話そうかと思うんですが、
親子なので親が子に対していろいろお世話を焼いたりとか、
そういう描写っていうか状況を描いた物語ではあると思うんですけど、
そうじて親側となるキャラクターがあんまりうまくできてないみたいな設定が多い気がすると。
そんな気がしますね。
要するにラッサスで言えばジョエルがそうですけど、自分としては不本意なんだと。
不本意だけど女の子を預かっちゃったんで何とかしないといけないみたいな状況になって、
いやいや、もしくはうまくできないみたいな状況が続きつつも何とか父親になっていく話みたいな。
そういうのが疑似親子物なのかなっていう。
ラッサスもプラグマットもそうですけど、
父親になる気もなかった人物が子供と接する中で父親になっていく。
父親としての自覚が芽生えていくみたいな物語が疑似親子物、親子物と言われる話の型というかテンプレなのかなと思ってます。
映画で言うとまさに前回も名前だけ出した気がしますけど、
そして父になるって映画があるじゃないですか。
これ邦画ですけど、あれね、あの映画大好きなんだけど、
ちょっとあまりに内容が重くて、そんな繰り返し見てないんですけど、
これぜひね、面白いので見てほしいんですけど、
どんな話かというと、舞台は日本ですよ。
日本なんだけど息子がいますと。主人公が父親。
確か福山あさるさんが演じてる父親が主人公ではあるんですけど、
息子を育ててました。福山さん演じるところのキャラクターはすごいエリートで、
ちょっとお金持ちみたいな感じの家庭なんですけど、そこで息子さんを育てていました。
ただその息子が実は自分の血を引いてないってことがわかるんですね。
病院側がちょっと取り違えてしまって、
だから同じ日に生まれた別の男の子と入れ替わっちゃってる状態だったっていうのがわかると。
じゃあ自分の本当の息子っていうか、血がつながった息子はどこにいるんだってなって、
相手側の、もちろんそちらにはそちらで別の家庭があるわけじゃないですか。
だから他のお父さん、他の両親のもとで自分の息子はそっちで育ってるわけですよ。
これをきっかけにして2つの家庭の交流が始まる。
最終的にどうするのかという話ですよね。
その子供を元に戻すっていうか、要するに後退するのかっていう問題も出てくるわけじゃないですか。
さあどうするみたいな話なんですよ。
見ててちょっとお腹痛くなる感じ。
いたたまりない話ではあるんですけど、
すごい面白いですよ。面白いのでオススメなんですけど。
この映画は親子物ではあるし、
ある意味疑似親子物と言ってもいいのかなって思うんですよ。
というのは福山さん演じる主人公って、なんかどっか冷たいんですよ。
父親らしくないっていうのかな。
子供を子供として見てないみたいなところがあって。
でも今回の事件というか、実際にどうするっていう、
今まで息子だと思ってた子が血は繋がってないっていうのが分かって、
それでそのトラブルの中で、
じゃあ父親ってなんだろう、親子ってなんだろうみたいなことを考えて、
今まであまり子供に真摯に接してこなかった主人公が、
ちょっと考え始める、真面目に考え始める。
だからそういう意味で本当の父親になるっていう話だと思うんですよ。
だからタイトルがそして父になるだと思うんですけど、
そういう意味でこれは父親子物って言ってもいいのかなと思うんですよね。
そして父になるオススメなんで、見てくださいみなさん。
そんなことを考えたりしましたね。
でもじゃあこれプラグマタとどう関係するのっていうと、
あんまりないかもしれないですけど、そんなことを考えたりしましたね。
じゃあプラグマタが親子物とは言ってるけれど、
今さゆさんが言ってるような、そして父になるみたいな物語とはプラグマタはちょっと違うと俺は感じてるんですけど、
じゃあどんな話だったかっていうことなんですが、
これもちょっと前回一言でざっくり言っちゃいましたが、
継承の話だと俺は思いました。
はい、そう感じましたね。
いわゆるさっきも言った、親子物、疑似親子物、もしくはプリンセスメーカーっていうゲームもそうですけど、
親子を描くとどうしてもお世話要素が入ってくるじゃないですか。
教育っていう意味ではプラグマタも近い部分はあるんですけど、
食事の世話とか異色獣の世話とか、そういう部分に焦点が向きがちだと思うんですけど、
プラグマタにはあまりないですよね。
そういうイベントっていうか、シチュエーションはないと。
それはそうですよね。
食事の世話とかする必要ないですからね、プラグマタ。
ディアナは人ではないので、そういう要素はないんじゃないんですけど、
じゃあプラグマタで描かれている物語っていうのは、
世話をするというよりは子供に何を教えるか、何を伝えるか、何を残すかみたいな物語になっているなぁと感じましたね。
だから具体的には遺伝子を残すんではなくて、いわゆるミームの方ですね。
昨今はミームっていうとネットミームとかの方が有名になっちゃってる気がしますけど、
文化的遺伝子っていう意味ですよね、本来はね。
ネットはつけないでくださいね。
ネットミームのネットはつけないで。
だからいわゆる生命の遺伝子、ジーンと呼ばれるやつですね。
ではなくてミーム、文化的遺伝子を伝える話になっていると感じました。
で、プラス子供の自立というか、育ちというか、子供を送り出す親みたいな、そういう感じですよね。
プラグマターを最後までやった方はそういう印象を受けるんじゃないかなと思います。
まさに最後のね、セリフの部分がそれを言っていると思うんですよ。
ヒューがディアナに対して海を見てこいというわけです。
で、最後の最後、ディアナは一人で私やってみるっていうわけです。
この私やってみるっていうのは、俺の解釈だと一人でやってみると。
ヒューがいなくても一人でやってみるよ、頑張ってみるよっていう意味だと俺は思ってるんですけど、
そういう意味で親は子に何を伝えるべきかっていう話と、
そしてそれを受け取った子が自分の足で立って生活していくみたいな物語を、
ちょっとだいぶ圧縮はされてますが、描いた物語に見えましたね、プラグマター。
これだけ聞いてね、プラグマターやってない方がこれどれだけ聞いてるかわかんないですけど。
やってないでこれ聞いてると何のこっちゃって思うかもしれないですけど。
さっきプラグマターは継承の話だと、親は子へ何を残すべきかみたいなものがテーマとして描かれてるんじゃないかなみたいなことを言いましたけど、
じゃあ具体的にプラグマターの物語の中でどうその辺が描かれてるかっていうのを話したいんですけど、
まずヒューとディアナっていうメインキャラクターの2人がいますが、
ヒューはディアナに対して何を教えたか、何を残したかっていうと、
作中でいろんな会話をしてるじゃないですか、ヒューとディアナ。
そこで地球ってどんな場所とか、あとはヒューがこれまでに旅してきた場所とか、どんな子供だったかとか、なんかそういう話をしてるんですよね。
新しい世界の存在というか、ディアナに伝えていた。
その最たるものとして描かれるのが海ってことですよね。
月にはない、月にも海と名前の付くところは場所はあるかもしれないですけど、
いわゆる月の海ではなく地球の海水に満ちた波が押し寄せるあの海が作中では象徴的に使われてますよね。
ディアナは海が見たいというくらいですからね。
もっと他にいろんな世界があるんだよっていうのをヒューはディアナに教え続けたという部分はあると思います。
これは若干拡大解釈にはなるかもしれませんが、いろんな可能性、ここではない場所というか、未来というか、
そういう可能性があるんだよっていうことをディアナに伝えたのかなとこれは感じましたね。
あとはこれはちょっと違うかもしれないですけど、死というか、そういったものに関してもちょっと教えたのかなっていう節はあるように思ったかな。
死っていうか、要するに壊れるっていうのはどういうことかっていうことですね。
序盤あたりでディアナが猫を追いかけてちょっと高いところから転落しそうになるっていう展開があるんですけど、
そこでディアナは何とも思ってないんですよね。また壊れたら直せばいいじゃんっていう言い方をするんですけど、
ヒューにとってはいやいやいやっていう話なんですよね。壊れたら困るからっていう。
あの時のヒューが言ったお前がいなくなると困るんだっていう言い方は、ハッキング担当がいなくなると困るんだっていう意味ではあるとは思うんですけど、
でもあそこに若干のそういう問題じゃないんだよっていう含みはあったようには感じますね。
これはただ深読みしすぎかもしれないですけどね。ただその後のいろんな展開を考えるとやっぱあれはあれで必要だったのかなっていうふうには思いますね。
ああいうことを教える場面というかね。人とプラグマとの違いっていうのを少なくとも想像できるような予知を残したきっかけにはなったのかなと思います。
要はそういうことを教わってなかったから後のエイトと呼ばれるキャラクターはああいう傍挙に出たっていうふうに考えられなくもないのかなっていうところですかね。
なのでヒューからディアナに関して何を残したのかっていうのはそんなとこかな。未来の可能性とあとは死というか壊れるということは壊れたものは元に戻らないっていうこともあるんだよみたいな、
ちょっと若干拡大解釈かもしれないですけどね。そんなことを伝えたのかなってところですかね。
作中で出てくるもう一つの親子関係っていうのがありますね。これもプレイした人ならお分かりだと思うんですけど、ヒギンズ博士とエイトっていう二人のキャラクターの関係性も親子と言っていいと思います。
ヒギンズ博士はプラグマタを開発した人ですね。だからディアナとエイトの生みの親なわけです。開発者ですからね。
エイトというのはディアナ以外のもう一体のプラグマタ。正しくはディアナの後に作られたプラグマタではあるんですけど、構造というか設計としてディアナよりはちょっと年上みたいな感じで開発されている、製作されたプラグマタですね。
この二人の関係も親子に近いんだと思うんです。親子に近いんですけど、ヒューとディアナのそれとはだいぶ関係性が異なると。
つまり言ってしまえばヒギンズ博士はエイトを人として扱ってなかった。あくまで物として扱っていたっていう関係性ではあるんですけどね。
結果としてヒギンズ博士はエイトに何を残したかっていう話なんですが、ヒギンズ博士は今言ったようにエイトを物扱いしていた。物扱いと言っても若見にしてたってわけではないと思うんですけど、人間の子供として接しては少なくともいなかったってことっぽいですよね。
プラスヒギンズ博士は実の娘デイジーを救うべくいろいろ頑張っていたんですが、それがうまくいかなかったんですよね。ある理由によって。
ある理由ってここでぼかさなくてもいいんですけど、会社都合によってある事件というか事故が発生してしまってデイジーは死んでしまうと。その結果博士は絶望してしまうわけですね。
絶望した結果、この辺ちょっと詳細に描かれてないのでわからないんですけど、ルナフィラメントで作った薬を自分に投与したんですかね。自分を使って実験したのかもしれないですね。
結果としてヒギンズ博士は変性ルナフィラメント、デッドフィラメントと呼ばれるものに侵されてしまって博士も死んでしまうと。
その死を見取ったのがエイトだったってことですね。死を見取った際にエイトは何かしらヒギンズ博士からいろんなごちゃ混ぜの感情みたいなものをどうやら受け取ったらしいですね。受け取ったみたいな描写がありますね。
それをエイトはエイトなりに解釈した結果、デッドフィラメントを地球に送りつけようという結論になると。
なんでそうなるのっていう感じがしますけど、要するに作中ではエイトは言ってますが博士の悲しみというか絶望を地球に届けなければいけないと。
地球にそれを届けることイコールデッドフィラメントを地球に届けるっていう風に繋がるのが正直俺としてはよくわからないことではあるんですけど。
デッドフィラメントを地球に送ったら何が起こるかっていうのはわかってないわけではないと思うんですよ。エイトはね。
なのにそれを送ろうとして、当然そのデッドフィラメントを地球に送るということにおそらく施設にいるいろんな人間のスタッフたちは賛成するはずないわけですよ。
なので全員消しちゃうわけですよね。
デッドフィラメントに飲み込ませちゃうんですよね。
皆殺しにしてしまったと。
その辺も含めてちょっとやってることで極端というか。
エイトはおそらく人が死ぬということをうまく理解してなかったんだと思うんですよ。
現象としては知っていたのかもしれないですけど、人の死というものが何をもたらすのかっていうところまではあんまり考えが至っていなかったのかなっていう気がします。
単にそのデッドフィラメント、博士の悲しみ博士の絶望を地球に届けるんだっていうことしか考えてない。
その結果他の人がどうなろうとそこは関係ないと。
この辺がですね、ディアナとエイトの違いというか。
言ってしまえばもちろんディアナとエイトは違う個体ですから。
プラグマタではあるけど違う個体なので考え方が違うと言われればそれまでなんですけど。
こういうエイトが極端なというか人の心を理解しないような振る舞いをするというのはおそらくその理由はヒギンズ博士にあるんだろうと思いますね。
つまり物扱いしてたからということですよね。
ちゃんと教えなかったからエイトにちゃんと言ってしまえば人間の子供に接するようにしていろんなことを教えていれば
多分ディアナと同じような考え方というかそうにはなったんだとは思うんですけど
そうはしなかったのでああいう極端な考え方に走ったってことなんだろうと思うんですよ。
この辺がなかなか考えるとちょっと重いっていうか
結局教育というか環境によって何か決定的にずれちゃうみたいなことはあるのかなみたいなことを考えさせるシチュエーションではありますねということですかね。
ここまでプラグマタの話親子の話であると
親は子に何を伝えるべきかみたいなことを描いているじゃないかなんてことを言ったりしましたよ。
ざっくりまとめるとそして子は親のもとから育っていくと
そういう展開になっているのかなっていうところですかね。
ここからは物語に対して思うことというか不満パートに入ります。
プラグマタはそうじて好きなゲームです。物語的にも全然いいと思うんですよ。
いいと思うんですけど何が物足りなかったかっていう話なんですが
ヒューですね。ヒューの描き方にちょっと不満があります。
ちょっとなのかな。結構多めに不満があります。
というのは見せ場が欲しいですねヒューに。
ヒューに見せ場を与えてやってほしかった。
かっこいいヒュー。かっこいいと思うんですけど
いろんなディアナに対してすごいいい父親な振る舞いをしてるっちゃしてるんですけど
でもちょっと違うんじゃないっていう気がするんですよ。
言ってしまえば子供を守る展開。つまりディアナですよ。
ディアナを守る展開を描いてほしかったかな。
描けてましたか?プラグマタで。
みんなこのゲームをプレイするとディアナを守りたいと思うと思うんですよ。
この子のために何かしなきゃって。
だからそれがエンディングの最後の最後にディアナだけを地球に送り出すっていう展開にはなってると思うんですよ。
そこにつながってると思うんです。
これプレイしてない人はちょっとあれですけど
ヒューは作中の出来事によってデッドフィラメントに侵されてしまうんですよね。
だからやがて死んでしまうと。
そう遠くない近いそのうちすぐに。
分かんないけど時期は。
分かんないけどもう助からないみたいな状況になっちゃってるんですよね。
しかもデッドフィラメントって地球に持ち込むわけにはいかないですから
有機物をどんどん吸収してその分ガンガン質量が増えていくみたいな厄介な物質らしいんで
地球に持ち込むわけにはいかないから
だからディアナだけを地球に送り出してヒューは月面で静かに最後を迎えるみたいな展開になってるんですよ。
だからディアナを守ってやるというか
そういう父親らしい振る舞いをしてないわけじゃないんだけど
でもねちょっとこれはないんじゃないって正直思っちゃったな。
ありましたかねディアナを守る展開。
明確にあるのは途中ディアナがエイトの攻撃を受けて壊れちゃうんですよね。
壊れちゃうっていう言い方はちょっとあれですけど怪我をしてしまうわけですよ。
片手と片足を失うレベルの怪我をしてしまうわけです。
そこでディアナを治すためにヒューが頑張るみたいな展開もあるっちゃあるんですけど
あのシーンはちょっと良かったですよね。
子供を病院に連れて行くみたいな状況ですよねシチュエーションとして。
大丈夫か大丈夫かって言いながら声をかけながら病院に連れて行くみたいな
あの状況はとても良かったと思うんですけどあの展開はね。
でも結局ディアナに頼っちゃうんですよ。
これはゲームシステム的にもしょうがないのかもしれないけど
要はハッキングをしないと敵を倒せないっていう設定というかゲームシステムになっちゃってるので
どうしてもその怪我をしたディアナに手伝ってもらいながら進んでもらうみたいなことになっちゃってるんですよね。
俺はねそれが大変不満ですね。
不満です。
そこはさお父さん頑張ろうよ一人でってちょっと思っちゃったな。
思っちゃいましたねあれ。
そのディアナとヒュー傷を負ったディアナにね無理してもらって
ディアナを修理するためのなんか部品みたいなのを取りに行くんですよね。
リアクターだったかな。
部品っていうか要は電力不足でディアナを修理しきれなかったので
電力を発生するためのリアクターっていうものを取りに行くっていう展開になって
それを二人で取りに行くんですよ。
そこは俺一人でいい。やっぱり物語的には一人でいいと思うんですけどね。
でもまあハッキングできなくなるしっていう理由なのかな。
二人で取りに行くっていう展開になります。
そのリアクターをなんとか取りましたと。
その後ディアナを修理するための機械に入れてリアクターをセットしてみたいな展開になるんですけど
そこですごい強い敵が出てくるんですよね。
すごい強い敵が出てきてヒューはそいつと一人で戦うことになるんですよ。
戦わなきゃいけなくなるんですよ。
ここでディアナを俺が守るっていう熱い展開になるんですけど
あそこは良かったですよ。すごい良かったんだけど
でも最終的にヒューは勝てないんですよ。言ってしまえば。
勝てない。
結局時間稼ぎだけしてなんとかディアナの修理が終わって
その修理が終わった怪我が治ったディアナが
スーパーパワーを発揮して敵を一撃の下に葬り去るっていう展開になるんですよ。
子供を守ってないじゃん。
守ってないんだよな。
そこが本当に不満ですね。
ここだけに限らず
物語の中でちょいちょいカットシーンとかでね
ピンチに陥る場面とかありますよ。
その時って大抵ディアナがなんとかしてるんですよ。
最初に例えばボットと戦闘することになって
なんだ攻撃は全然効かないぞっていう時も
私できるかもって言ってディアナがハッキングしてくれるわけじゃないですか。
もちろんその後で銃で止めを刺してるのはヒューですけど
そこでも切り札になってるっていうか
焦点が合ってるのはディアナなわけです。
その後はじめてのボス戦で
ミサイルがいっぱいバーってきて
こいつは避けらんないってなった時も
私に任せてって言ってディアナが叫んで
オーバードライブっていう大技を使って
なんとかするわけですよね。
ミサイルを一網打尽にした上で
ボス敵を大ダメージみたいなこともするわけですよ。
あとはイズスっていうボットを操っている
総合管理しているAI
イズスっていうのがいましたけど
そいつを止める時もヒューは手も足も出ないわけです。
でもディアナがなんとかするわけですよね。
止まれって言ってイズスを止めるのがディアナですよ。
で、エイト。
デッドフィラメントを地球に送ろうとしている
もう一人のプラグマター
悲しいプラグマターと対決する時も
止めを刺すのはディアナなんですよね。
私はセブンじゃない。
セブンっていうのはディアナが
かつて呼ばれていた名前ですけど
そうじゃなくて物としてのプラグマターではなくて
私はディアナなんだっていう
私はディアナって叫びながら
オーバードライブみたいな技を繰り出して
エイトを退けるわけですよ。
見せ場が全部ディアナなんですよ。
もうちょっとヒューに見せ場っていうか
かっこいいお父さんを見せる場面があってもいいんじゃないかなって
ちょっと思っちゃったな。
どうですかね。
ディアナを守りたいってみんなプレイヤーは思ったと思うんですけど
守れてます?
違うよね。守られてるよね。
っていうのが本作最大の不満かな。
これなんとかな仕方ない部分もあったのかもしれないけど
なんとかならんかったかな。
かっこつけさせてあげてくれよヒューにも。
っていうね、そこなんですよね。
ヒューが頑張ることによってディアナが助かる。
さっきのディアナが怪我して何とか時間を稼ぐっていうのは
そういう展開に見えなくもないけど
演出としてディアナのほうが目立ってるんで
そういうふうに見えないんですよ。
通常の戦闘とかはヒューとディアナが連携して戦ってる感はすごいあるんですよね。
だからハッキングで弱体化させて
よくやったって言いながらヒューがバンバンバンって打ったりとか
ゲームシステム通常の戦闘ではそういう感じはするんだけど
ことカットシーンになるとディアナが目立って
ヒューに焦点が当たってないんですよね。
ディアナ可愛いからね、そっちのほうが目立つのかもしれないけど
もうちょっとさ、もうちょっとなんとかならないかなっていう
思っちゃったりしましたね。
で、こっからはね、あれですよ
僕の考えたプラグマタの話みたいなことをしゃべりますけど
あのね、さっき言ったディアナが怪我しちゃってなんとかするじゃないですか
なんとかするっていう展開があるじゃないですか
あそこはやっぱりヒューが頑張るべきだったかなと思うんですよ。
で、最後の最後、ディアナが助けてくれるっていうか
助けてくれるっていうか
ディアナと2人でなんとかするっていう演出にしたほうがいいと思うんですよね、個人的には。
で、思ったのはリアクターですね。
そのディアナが怪我をしてしまって
でも電力不足で直しきれないと
そのリアクターというものを探しに行く展開になるってさっき言いましたけど
やっぱりあそこはヒュー一人で行くべきだったと思うんですよね、個人的には。
あそこでディアナが強行に私もついてくって言うんだけど
だからこの辺が若干今風なのかなとも思うんですよね。
守られてるだけじゃないよっていうことを表現したかったのかな、物語として。
子供だからって言って守られるだけじゃないんだよっていうことを
表現したかったのかもしれないけど
でもぶっちゃけ俺から言えば今までディアナはヒューを守ってきてくれてるじゃんっていう話ですよ。
そこぐらい頑張らせてくれよお父さんにっていう感じは俺はしましたけどね。
だからあそこはやっぱりヒュー一人で行くべきだったと思うんですよ。
じゃあどうやってその道中の敵を倒すのかって話ですね。
リアクターというものを取りに行く。
でも途中にはボットがたくさんいる。
そいつらを倒さなきゃいけないってことになった場合どうするかって話ですよね。
でもそれってゲームデザイン次第だと思うんですよ。
ひたすらそこでステルスでもいいじゃんって思うんですよね。
ひたすらボットをかわしてかわして先に進むっていうゲームデザインでも俺は良かったと思います。
ただ世の中にはねステルスが苦手っていう人もいるから
あんまりそういった振り切ったゲームデザインにはしづらかったのかもしれないですね。
あとやっぱり今までできてたことができなくなるっていうことに対して
すごいストレスを感じるプレイヤーっていうのも多いのかもしれない。
俺は嫌いじゃないですけどね。
そういう不利な状況をなんとかプレイヤースキルでなんとかするみたいな展開は熱いじゃないですか。
俺は熱いと思うんですけど。
でも人によってはめんどくさいっていうか
主人公が弱体化する展開ってすごい嫌う人いらっしゃいますよね。
俺は別に一時的なものだったら全然アリだと思うんだけどな。
物語の緩急としてすごい楽しいと思うんですけどね俺は。
で、だからゲームデザインとして
ヒューが一人でステルス的なプレイでリアクターを取りに行くっていうのが
難しいということであればいいじゃないですか。
ヒュー単体で敵を倒せる武器を用意すればいいじゃないですか。
一時的にでも。
これね、なんのこっちゃ、お前何言ってんだって思うかもしれないですけど
もしこれをね、プラグマターまだプレイしてないとかクリアしてない人が
聞いていらっしゃるんだったらそう思うかもしれないですけど
プラグマターね、あるんですよ近接武器が。
ジャックハンマーっていうね、敵をぶん殴る
そう、ハッキングなしで物理でぶん殴る武器があるんですよプラグマターって。
でもね、これね、クリア後なんですよね。
一回本編をクリアすると使えるようになる武器なんですよ。
あのね、この武器はクリア後じゃなくて
このディアナのピンチで登場させるべきだったと思いますよ。
いや本当にそう思いますよ。
ここじゃん、だってこの武器が輝くの。
一番輝くのはクリア後じゃないよ。
ディアナがピンチの時にジャックハンマーが使えた時
もうこれか、いやロマンって言い方あれだけど
ここでしょ、一番役に立つの。
こいつで、これがあればディアナを助けられるっていうところで
一番光輝くと思うんですけど、ここで登場させた方が。
ジャックハンマー出た時笑いましたもん。
これ、これは違うだろうってクリア後に思いましたよ。
これはあそこで使うべき武器だろうって。
だからあそこでディアナを助けるためのリアクターを取りに行くシーン。
ヒューが単独で施設の中をあちこち探索するシーンで
ジャックハンマー一つで背中にはディアナはいないんですよ。
その状態でなんとかジャックハンマーで道を切り開いていくっていうのが
俺は良かったと思いますけどね。
その後、リアクターを取ってディアナの元に帰るじゃないですか。
リアクターをセットして修復装置みたいなのを起動させると。
そこで強敵が襲ってくるわけですよね。
これはオリジナルの展開ですけど、そいつもなんとかジャックハンマーで
なんとかしようよ、そういう展開にするべきだったんじゃないかなと思うんですよ。
だって最後の最後ですよ。ディアナ今直している最中ですもん。
ここの時間稼ぎぐらいはかっこいい場所をかっこいいというか
ガンガン敵を蹴散らす。もういいですよ。ここだけ無双ですよ。
無双シリーズ張りにジャックハンマーで
例えば強敵じゃなくて、すごい雑魚敵でもいいから
すっごい敵がわらわらわらわら出てくるような展開にすればいいじゃないですか。
だからもうここだけあれですよ。タワーディフェンスですよ。
ジャックハンマー一つでどんどん湧いてくるポットを
蹴散らしていくみたいなゲームにした方が
俺は盛り上がったんじゃないかなと思いますけどね。
あの強敵。あの強敵もかっこいいですけどね。
その並いる敵をなんとかヒュー一人で蹴散らしました。
守り切ったなってなって、そこで一旦ヒューのいいところを見せた後で
ディアナが目覚めて、強敵が出てきて
二人で倒すっていう形にしたら、全然印象違ったと思うんですよね。
本来、元々オリジナルの展開だと
ディアナの一撃で倒しちゃってるじゃないですか。
確かにあれはディアナの新しく使えるようになった力
削除プロトコルっていう力が新しくディアナに備わるんですけど
それの演出ではあると思うんですけど
やっぱりディアナとヒューがいて初めて成り立つんだっていう風に見せた方が
俺は良かったと思うんだよな。あそこも。
だからディアナの一撃で撃退するんじゃなくて
削除プロトコルを使った後に
カットシーンでもいいです。演出でもいいんですけど
ヒューがとどめを刺す。
絶好のタイミングでとどめを刺すみたいな見せ方にすると
ヒューもちょっとお父さんの面目薬女っていうかね
そういうのがあって良かったんじゃないかなって思いました。
ジャック・ハンマーの登場のさせ方はやっぱ違うと思うな個人的には。
あれはもっとそこじゃないだろうって。
ジャック・ハンマーが輝くのはディアナがピンチの時だろうっていう風に
俺は思いましたけどね。
そんなとこかな。
あとは不満点もあったかな。
不満点といえばラストもそうなんだよね。
最後の最後、エイトと戦った後に
ある巨大なでっかい敵と戦うじゃないですか。
その時も最終的にそのピンチを脱するのは
ディアナのスーパーパワーみたいな感じになっちゃってるんですよね。
ヒューは他にないのか、手段は方法はないのかみたいな
若干慌ててる時のドラえもんみたいな状況になってるじゃないですか。
役に立たない感じの。
役に立たないお父さんみたいな感じで
私に任せて、最終的にディアナが何とかするみたいな風に見えちゃってるので
最終戦の演出もいいと思うけど
やっぱりちょっとディアナ頼りに見えすぎちゃうのが
俺は不満かな。
やっぱりあそこは2人で頑張ってるっていう感じのゲームにしてほしかった。
ディアナばっかりが頑張ってて
ヒューはひたすら
ディアナ大丈夫か?みたいなことを言ってるけど
もちろんあそこで色々
敵の攻撃を避けたりみたいなことをしてるのはヒューだと思うんですけど
ただ、あの最終戦だと半分イベント戦闘みたいになっちゃってるんで
プレイヤーとしてはほぼ見てるだけなんですよね。
ハッキング以外はほぼ見てるだけみたいな感じになっちゃってるんで
そのせいもあって
あの最終戦のイベントでは
ヒューの存在感がだいぶ減ってしまっている感はありますね。
そこも個人的にはちょっと物足りなかったかな。
そこでちゃんとヒューとディアナが2人で頑張ってるみたいな
見せ方をしてくれれば
人によってはそう見えてたかもしれないですけどね。
でも俺にはちょっとそう見えなかった。
ちょっとディアナに負担をかけすぎなんじゃないかっていう
そんな印象ですね。
はい。
色々喋ってきましたが
喋ってきましたけど
こんな感じかな。