00:07
Days of Life with Games
Bright Bit Brothers
どうも、ワンピー・カワサキです。
どうも、ツーピー・ハセガワです。
この番組は、かつてゲーム少年だったワンピー・カワサキとツーピー・ハセガワの二人が、
ゲームにまつわる様々な話題で、古きを訪ねて新しきを知る番組です。
はい。
ということで、ブライトビットブラザーズSTAGE164です。
はい。
今回のテーマは、
任天堂64!
はい、ありがとうございます。
ていうか、64なんですかね、これ。
64ですかね。
任天堂64なんじゃないですか。
64。
はい。
ということでね、ゲームハードです、久々ね。
うん、うん。
だいぶ久しぶりじゃない、これ。
久しぶりですけどね。
前やった何かも覚えてないもんな。
プレイステかな。
ああ、プレイステでしたっけ。
そう、123。
おお、だいぶ前ですね。
1、2、3。
ああ、めっちゃ前じゃないですか。
164ですよ。
そう、今回は164だから64ですね。
ああ、久々の長谷川さんの語呂合わせ来た。
忘れた頃にやってくる、長谷川語呂合わせ。
これは任天堂のハードですね。
うん、そうですね。
いつ頃のハードですか、これ。
はい、1996年6月23日に。
96年。
平成8年ですね。
これを聞いてしまうとプレイステの2年後に出たのかって思っちゃいますね、どうしても。
ああ、そうです。
任天堂のハードで、うちの番組聴いてる人は触ってる人も多いと思うんですよね。
スーパーファミコンの次のハードだったわけですね。
そうね。
だからこれはある意味スーパーファミコンが長く人気がありすぎた弊害でもありますね。
はい。
この辺りね、今回はどうしてもね、ポジティブな話だけでは済まない感じがしますけど。
そうです。ちょっとどちらかというと、任天堂64というよりは、あの頃呼ばれていた次世代機ゲーム機戦争というね。
ああ、激アツの時代ですね、ハード戦争。
あの時代の話をしようかなと。
これは64のタイトルで聞きに来た人が果たしてどう思うかというのも楽しみですが、ではその辺りは本編で話していきたいと思います。
今回もよろしくお願いします。
よろしくお願いします。
任天堂64、64ですか、1996年6月23日、任天堂から64ビットCPU搭載の末置き機ですね。
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末置き型ゲーム機として、希望小売価格25,000円税別で発売されたゲームハードになりますね。
対応メディアはロムカセットでした。
で、コントローラーパックっていうのが対応ストレージになってて、コントローラーがね、4つ刺さるみたいなね。
ああ、そうですね。
ちょっと変わった形の黒い色のハードでね。
そうですね。スーファミが白じゃなくなって、64でさらに黒くなったみたいなね。
で、キャッチコピー、皆さん覚えてますかね。
えー、あったっけな。
ゲームが変わる、64が変えるっていうキャッチだったんですけれども、実際非常に任天堂に変化をもたらしたハードになるわけです。
ゲームより任天堂の方が変わってしまったというね。
で、1993年8月22日にファミコンスペースワールド93っていうものがあったらしくて、ここでね、1995年の末に64ビット機を250ドル以下で発売するよって公表したらしいです。
で、この頃は名前がまだなくて、プロジェクトリアリティーみたいなね、言われ方してて。
で、この後海外の方でね、小出しにされてた発表の中で、ウルトラ64なんて呼ばれたりもしていったそうです。
まあ日本ではね、全然名前がなくて、あ、任天堂新しいゲーム機出すんだなーっていう。
ただ僕の印象としては、まだ全然スーファミ強くて。
だから任天堂が次世代機を出す、まあ次世代機なんて呼び方も多分してなかったし。
そうですね。
まあ新しいゲーム機が出るんだなって意識は全然この当時は僕はありませんでしたね。
で、結局ですね、1995年の8月11日に正式名称を任天堂64に決定しましたという発表があったそうで、
その年の11月24日にファミコンスペースワールド95があって、ここで本体とコントローラーを世界初公開したみたいですね。
なんかゲームソフトもスーパーマリオ64ともう一個ぐらいなんか出てたみたいですけど、
まああの形とかがね世の中に知れ渡ったのはこのタイミングだったそうで、
同時に価格が25,000円ですっていうのも発表があったそうです。
で、発売日は1996年4月21日になりましたよと伝えたそうなので、結局この予定通りには発売できなかったということなんですね。
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で、その遅れてしまいますっていうのを1996年の3月8日に発表してるんですけど、これがですねゲーム開発が遅れてるので延期しますと。
あーソフトの方がね。確かにソフトなかったらね、ハードだけ出してもしょうがないですね。
しょうがない。何人にも使えないですからね。最近のゲーム機はハードの中にちょっと遊べるものが入ってたりしますけど、
この頃はそんなもんはないので、やっぱりゲームの開発を待って出たのが6月23日だったということで、
じゃあロンチタイトルがあるわけですけれども、スーパーマリオ64、パイロットウィングス64、最強ハブ将棋、この3タイトルだけです。
はー。そうかそうか。そうなんですよね。
こんな感じで船でしたというかね。発売された任天堂64なんですけれども、出たのは96年ですが、高のぼること2年前、1994年っていうのが、
いろんな企業がね、様々な企業がスーパーファミコンの16ビットを超える32ビットの高性能なゲーム機を発売しますよということで、世に送り出してた年なんです。
はいはい。で、だいたいこの年にハードが5つぐらい出てるのかな。そうですよね。
なんですけれども、他にもね、いろいろあるんですけど、この当時メインだったものっていうのをちょっとお話ししていくと、
まず1994年の3月20日に54,800円で3DOリアルが出ます。そうか。はい。
だから先陣を切ったのは松下電機だと。そうか。全くゲームメーカーじゃないとこね。そうです。
初年度の販売台数目標100万台に対して、9月末の時点で30万台という。
どんなもんなんやろう。微妙か。苦戦だったと思うんです。なぜなら値下げしたんですよこの後。
あ、そうなんや。ソフトなかったからな。そうです。3DOリアルなんですけど、結構海外の要件みたいのがあったりとかしたんですけれども、
これね、今回調べて僕初めて知ったんですけど、3DOリアルの次世代機っていうのが開発されてたらしいですね。
知らないですよね。知ってる方もいるのかな。なんかM2っていう通称があって、今M2って言ったら全然違うことですけど。
信頼の移植メーカーM2ですが、M2という名前のものが開発されてたらしいんですが、
この権利も売却して松下はハード事業から撤退してしまいます。最終的な国内販売台数が60万台だったそうで。
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国内で60? 海外も同じぐらい売ってたと思いますが。
それじゃあかんな。 ちょっと今回は国内メインで話していきます。
だから初年度目標100万台にも結局最終的に到達しなかったと。国内ではね、ということなんですよね。
最初に出たのが3DOリアルでそういう結果なんですが、次に出たのがNeoGeo CDです。
そこも入るんか。そこも入れますか。
これちなみに川崎さん持ってたりします?
NeoGeo CDは持ってないな。NeoGeoは持ってますけどね。
じゃあ本体があるんだったらOK。いらないですね。それは買わないのはわかります。
ただCDの利点もあるわけですけれども、1994年の9月9日に発売されて49,800円という。
3DOリアルに比べたら安いですね。 確かにね。
それも高いですけど。 そうね。5万円ですからね。
ただ本家から比べれば。
でもNeoGeoは6万円くらいでしたっけね。
何が安いってソフトが安かったんですよね。
そもそも低価格でNeoGeoと同じママ移植のソフトを販売していくために作られて、そのためのCD-ROM採用だったわけです。
結果数分かかる労働というものが生まれ。
もうね、これ経験した人トラウマですからね。
これが不評で当たり前ですけど、本家NeoGeoよりも早く販売終了になってしまったというね。
ハードなんですけれども。国内販売台数55万台という。
それでも結構売れてるな。
やっぱりみんな期待したと思います。
そうね。NeoGeo欲しいけど高いからっていう人が買ったんでしょうね。
過去ね、うちの番組のリスナーさんでも購入したというコメントをいただいてましたし、僕の友達も持ってて、しかも嫌気が刺してバイトして普通のNeoGeo買ってましたから。
偉い。遠回りしたな。
そう。ちょっとね、遠回りしちゃったけど。
でも正解です。
っていうNeoGeoCDもあり、その次がですね、皆さんご存知、セガサタンが出てきます。
セガサタン早かったんですよね。
はい。1994年11月22日。
そうやそうや。
お気づきですか?NeoGeoCDといい、サタンといい、この後出てくるハードといい、なんかこう発売日の数字を綺麗にしてきてますよね。
なんかね、揃えてるんですよね。
そういうブームもあったのかなと思うんですが。
限界いいんでしょうかね。
本体価格44,800円ということで。
このセガサタンについてはこの後も話してるわけですけど、
特徴としてですね、面白いなと思ったのが、セガハードで唯一世界販売台数が1000万台を下回ってるハードです。
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あー逆か。
はい。
あーそうか。
ただ、セガの悲願というか、国内販売台数で任天堂の同世代機を初めて上回ったハードでもあるんですよ。
マジか。
そうなんです。
そうか。
そうなんです。
いやでも、そうやわ。感覚的にも64とサタンやったら、サタンやな。
ですよね。
うん。
はい、そうなんですよ。
はぁー。
どうですかこの二面性。
いやめちゃくちゃ快挙じゃないですかそれ。
そう、快挙なんですよ。
すごい。
快挙なんだけど、アマタールセガハードで唯一世界販売台数がフルはないんですよ。
いやこれ、まあすごいなあ。
不思議ですよね。
上手くいかないんですよね、やっぱりね。
なんでセガはこうなんだっていうね、面白いなと思うんですけど、
皆さんセガサタンの思い出がいっぱいあると思うので、これいずれセガサタンの思い出募集しますので。
そうですね、やりましょう。
はい、詳しくはそこでいろいろお便りいただければと思います。
はい、で次に出るのがマシン打ちというか、1994年12月3日。
はい、もう皆さんお気づきのプレイステーションがですね、3万9000円で。
ね、これもうソニーがね、価格競争に勝った瞬間ですよねこれ。
そうなんですよ。
この裏側にはね、サターンとプレステどっちが先出るかっていう。
はい。
もう熾烈な争いがあってね、私一ユーザーとしてめちゃくちゃドキドキしながら見守ってましたよ。
はい、そうですね。
これ絶対後から出す方が値段下げてくるの分かってたんだよ。
うん、そうそう、せざるを得ない流れがありましたよね。
あった。でそれをお互い探ってるんちゃうかってやっぱり言ってました、ファンの間では。
でもあの頃ってゲームの情報種もしっかり根付いてたから伝わるんですよね、それがユーザーにってしっかりね。
だって雑誌も煽ってましたからね。
うん、煽ってましたよね。
プレイステーションはですね、ソニーのハードですけれども、ソニーとしてはゲーム業界初参戦した、もう初代のハードですよ。
そうか、じゃあ3DOと同じですね。
うん、そうですそうです。
松下とソニーは家電メーカーから初ゲーム業界参入と。
そうですよね。
やっぱりスーパーファミコンとかのヒット、もちろんPCエンジンだったりとかね、ゲーム機が産業としてやっぱり認められたってことですよね。
そうですよね。
うちの会社も作っていくぞってことで、家電メーカーが入ってきてるわけ。
ほんとそうですよね。
でもうね、松下とは違うみたいな言い方するとちょっとあれですけど、ソニーのプレイステーションは世界販売台数約1億200万台の。
桁が違うな。
大大大ヒットで、市場一番売れたと言えないのは、後続期のプレイステーションがさらに強いからなんですけど。
化け物の次にもっとすごい化け物が出てくるんですが。
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まあ、任天堂時代を終わらせたっていうね。
ほんとそうですよね。
ハードなんで、詳しくはBBブロスステージ123で。
いい宣伝。いい宣伝が入った。
どうやって新しい時代をね、見つけたか。
プレイステの話はしましたからね、そちら聞いていただければ。
そっちも面白いんで、ぜひ聞いてみてください。
これで終わりじゃないんですよね。これで終わりだと川崎さんが残念があると思うんですけど、
1994年12月23日、もうクリスマス直前、もう年末。
そうですね。
49,800円で、みんなご存知、PCFXだ。
知らねえよ。
いやいや。
すごいタイミングで出てるな、しかし。
いやでも期待してたでしょ、川崎さん。
いやいや、あのね、サターンプレステ出た後にFXってもうニュースにもならないですよ。
そうですか?
私、だからPCエンジン好きですけど、FXは擁護できないですからね。
そう、そんな川崎さんが好きなPCエンジンの後継機というかね、だったんですよ。
で、まあね、ほんとにこのね、川崎さんの態度がすべてを物語ってますが、
一応ね、アニメ戦略とか、イメージキャラクターのロルフィーちゃんなんて、覚えてますか?
結構可愛いキャラデザーでしたよ。
だから方向性は悪くなかったんかな?そっち強かったけどな。
ちゃんと独自展開をしてたんですよ。
そう、それはわかる、それはね。
ただちょっと時代を見破ったというか。
そうね。
はい。結果1998年6月に撤退を正式発表ということで。
というかもうその前に終わってましたけどね、既に。ソフト出てないから。
国内販売台数11万台というね、厳しいですね。
これは、てか11万台買ってくれた人がいるのか。
そうなんですよ。
すごいなあ。
みんな多分ね、その11万台の8割は天外3のために買ってると思います。
ですよね。ほんとそうだと思いますけど。
他にもね、途中でも言ったんですけど、出てたんですけど、ここら辺のハードが94年に出たということを指して。
すごくない?1年でゲームハードそんな出る年ないですよ。
そうなんですよ。
すごいな。
これが全てがこう、要は前時代よりはマシンスペックが上がってるということで。
メディアが取り上げる時に作った言葉が、次世代行きゲーム戦争という。
ほんと戦争ですよね、マジで。それだけたくさん出たらね。
そうなんですよね。これほんとに日本の景気も物語ってる気しませんか。
ですよね。国内メーカーですもんね、みんなね。
そうなんですよ。
すごいよな。考えられないですね、今だと。
64の話じゃないのかって思われると思うんですが。
そろそろじゃあ64に話します。
すいません、94年はまだ現れてないんですよね、64が。
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もうちょっと待っていただきたいんですけど、第一ラウンドと言いますか。
その1994年の年末はどういう結果になったかというと、プレイステーションが30万台出ました。
年末に出たのに30万台ってことね。
そうです。
すげえな。
PCFXの約3倍。
そりゃそうだよ。
じゃあサターンどうなんだと。
こっから先はサターンとプレスでの一騎打ちというかね、そういう話がちょっと続いていくんですが、
川崎さん途中で言ったように冷戦というか、発売前からもう価格戦争してるんですよ。
本当にすごかった。
どうかしてますよね。本当に発売前から値下げをやんなよ、いつ発売だよみたいな情報戦がね。
これもうこれより以前のゲーム機のハードでこういう経験多分みんなしてないと思うんですよ。
最近でもそうないですよ。
ないですね。そこまでじゃないですよね。そういう流れのせいで予定した価格から5000円下げて発売したのがセガサターンなんですが、
Vサターンというのも出てましたね。
ありましたね。
Vサターンとサターン合わせて50万台を発売ということで。
すげえ。
第一ラウンドはですね、セガ勝利なんですよ。
やった。やったなあ。
で、噂レベルらしいんですけど、バーチャファイターね。この時の格ゲーって言えばもうバーチャファイターでしたから、
もうバーチャファイターはですね、本体より売れてたらしいです。
出た。どういうことやろ。
これはね、本体が買えなかったわけですよ。
そうか、やっぱり失わすなってましたもんね。
そう。だからソフトはじゃあ先に押さえておこうと。
どうせサターン買うんだから、バーチャンも買っとけばいいやっていう人がいっぱいいたんじゃないかっていう。
じゃあもうあのジョイスティックもめっちゃ売れたでしょうね。
でしょうね。
ちなみにプレステもやっぱり最初の本体台数があんまり出せないんで、やっぱり30万台で止まったっていうような流れだったと思うんですよね。
だからどっちのハードも次世代既戦争だっていうメディアの煽りもあって、すごくいい滑り出しで、もう売りたいけど足りないよみたいなね。
いやだってもう発売前からめちゃくちゃ盛り上がってましたよ。
うんうんうん。盛り上がってた。
世間的には。私の周りでもどっち買うみたいな話してましたもん。
そうなんですよ。どっち勝ち組み。買うならね、いい方欲しいからみんな。
そのタイトルとか見てね、俺はこれが出るからこっち買うとか、いや俺はこっち買うとかね、結構それで盛り上がってましたよ。
発売前から。
僕はあんまりゲームやらない人にどっち買えばいいと思って聞かれたりしましたから。
あーそう。すごい時代やな。
ですよね。で調べてたらちょっと面白いの見つかって、1994年の11月22日、要は発売された頃から翌年の1月20日までの秋葉原メッセさんの売り上げランキングっていうのがありまして、
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1位セガサタンなんですよ。2位意外、ネオジオCD。
ネオジオ自体は人気あったからな。タイトルいっぱいあったからね。
秋葉原メッセさんっていうところもあるかもしれない。3位プレイステーション。4位スーパーファミコンです。
わーすごいな強いな。
そうなんですよ。確かドンキーコングがね、スーパーファミコンのドンキーコング出たりして、まだ強かったんですよ。
いや強いでしょ。だってゲームあんましない人はスーパーファミコン買いますよ。
そうですね。でも本体はまだね、この次世代機出ても、まあまあ出てもあんまないからっていうのはあるけど。
値段もね安いですしね、スーパーファミコンはね。
そうですね。それはあります。もう段違いに安いですからね。で5位が3D用という。
わーすごい。でもね、一瞬とはいえプレイステオリ、ネオジオCD売れてるってすごいな。
そうですよね。まあ格ゲームブームだったし。
やっぱりタイトルが良かったんですよね。
そうですそうです。ネオジオのソフト自体はもうすごくいい時期だったじゃないですか。魅力的なものばっかりだった。
もうソフトはね、格ゲーム好きだったら絶対欲しいソフトばっかりでしたからね。
しかもそれがね安い値段で買えるからね。
はい。というね、結果で始まっていくんですけど、じゃあ第2ラウンドの1995年いきましょう。
まずですね、1995年はプレイステーションの行くぜ100万台のCMで始まっていくわけですね。
7月には1万円値下げしますよーっていう情報を。
1万円!?
そうですよ。もう半年で1万円下げちゃうんですよ。
いや恐ろしいですね。
恐ろしい。どうかしてますよ。でこれを5月のE3で発表したそうなんです。
だから多分海外でのプレイステーションの価格出したりした時にドルで言ったんだと思うんですよ。
なるほどね。
でまぁ日本でも7月には安くなりますよっていうことを言ったことに対してサタンはどう動くかというとですね、
ありがとう100万台キャンペーンっていうのを打ち出していきます。
やってたなぁやってた。
そうやってたんで。
やってた。
覚えてますよね。
覚えてる。
言ってた言ってたと思って。これでですね、プレステは行くぜって言ってるけどこっちも行ったからっていう。
そうね上手いですね。
先行し達成してますからっていうアピールとともに7月のプレステの1万円値下げの前に6月ですね、
バーチャファイターリミックスがついた状態で34,800円というね。
本気ですねもう。
そうなんです。
本気で勝ちに行ってますね。
そう。多分流血してますこの戦いで。
大人気ないやろっていうくらい本気ですね。
ない。ないですよ。
全力やん。
勝てば完軍ですから。もう手放せないですよ。だってちょっとセガファンには失礼ですけど、多分初勝利なんですよ。
24:01
すごいっすよね。でも確実に勝つ方法取ってますよ。
そう。そうなんです。だからもうちょっとね肉を切らせて骨を断つじゃないけど、多分痛い値下げだと思いますよこれやりすぎてると。
指針としてははっきりしてますからね。ライバルよりも絶対下げるというか。
でね、バーチャファイターリミックスって確かテクスチャマッピングしましたよみたいなバーチャですよね。
プレステは3D強くて、サタンはちょっとねみたいなところもこのバーチャファイターリミックスをくっつけることでね、
いやいやうちも行けますからみたいなことをしたかったのかなっていうふうに思えるんですけど、
そういうわけで1995年は年末年始商戦に向けてバーチャ2も出してですねセガは。
しかも5000円キャッシュバックっていうのも初めてですね。
これがこう実って200万台以上売ったと。
いやすごいな。大成功じゃないですか。
そうです。もう200万到達ですよ。
わあすげーな。
もうありがとう100万台って言ってた年の末にはもうその倍まで行ってますから。
いやすごいすごい。
でこれもっと売れたんじゃないかって話があって、なぜなら本体在庫がなくなるほどだったんですよ。
すごいじゃないですか。
だからもう大勝利なんですよ。
いやこれはセガ内部盛り上がったでしょうね。
でしょうね。
やったぞと。
そうそうそうそう。やっただけのリターンがあったからセガにとって1995年っていうのはすごくいい年だったんだと思うんですけど、
じゃあニンテンドーはっていうことなんですが、
じゃあ次世代機は来年出しますよっていう延期を発表したり、
ただスーパードンキーゴング2だったり、
ドラコンクエスト6かなが出たりということで、
スーパーマイコンはもう前年に引き続き好調だったので、まだ余裕が全然あります。
という中で第2ラウンドもセガ大勝利っていう結果なんですけれども、
その翌年第3ラウンド1996年はですね、正月にすごく盛り上がっているセガの人たちもびっくりしたすごい発表がありまして、
まずドゥンっていう音でPS6が出ますと。
全然言葉がないまま、当時としては驚きの3Dのビジュアル画面がずっと流れて、最後の方でファイラルファンタジー7始動って出るんですよ。
いやーこれはですね、当時相当衝撃的な映像ですねこれは。
ですよね。この締めの言葉と、いつものPlayStationってあれしかセリフを発しない60秒のCMがめちゃくちゃインパクトがあって。
そうですね。これはその時代背景とかいろんなことを知らないと、今聞いても全然何の不思議もないですから。
確かにそうですね。
今当たり前ですから。
ただこの時は異常事態だったんですよね。
27:03
それをね、正月のCMでみんながテレビ見てる、今みたいにネットないですから、YouTubeないんで、みんなが見てる正月に流すんですよ。
これ衝撃の理由は一応説明した方がいいんでしょうか。
お願いします。
そもそもファイナルファンタジーシリーズというのはですね、ずっとNintendo HARDで発売されてたんですよね。
そうですね。
今後もNintendo HARDで発売されていくであろうと誰もが思ってたわけですよ。
ところが突然それがPlayStationロゴで発表されたというところで、おいどういうことやこれはと。
ファンならずゲーム業界全体がざわめいてたと思います。
いやこれ僕が情報に疎かったのかわからないですけど、事前に噂とかもなかったと思うんですよ。
これはもう絶対極秘事項で動いてます。
ですよね。
これだっておそらくですけど、ソニーとしてはどうしても欲しかったんですよ。
だからこのソニーの本気度、スクエアの本気度というか。
別にね、ソフトメーカーがどのHARDでゲームを出すかって自由なんですよ。
そうですそうです。
でも今までの付き合いとかそういうのがある中、ある意味裏切りと取られてもしょうがない行為、別にないんですよそんなルールはね。
ないけどその当時の空気としても裏切ったって感じはありましたよね。
というか何が起こってるんやったらね。
ということはNintendo HARDでは出ないのかってことですよね。
そうですそうです。
Nintendo HARDでも出るしプレステでも出るのかならいいわけですよ。
これはどういうことっていうね。
だからそのね、123回で話してるそのプレイステーションのブランド作りの上手さっていうのが根付いてる中で、
ドゥンっていうあのプレステロゴのCMで始まるっていうのもすごい強かったと思うんですよね。
だからその一言もプレイステーション1000倍ですって言ってないんだけど、
あのCM見たらソニーしか見えないですから。
そうですね。
イメージ作りというかそういうのがソニーは上手かったですからねCMがね。
そうなんですよね。
ファイナルファンタジーはもちろんファミコンから出てたわけですけど、
やっぱりスーパーファミコンっていうマシンスペックをすごく遺憾なく発揮してね、
美麗なドット絵だったり。
本当にスーファミ時代にファイナルファンタジーってもう1弾も2弾も大きいタイトルになったイメージがあるんですよ。
それがプレステに移籍してしまうっていうのが正月早々流れてたら、
発売日は12月発売ですみたいな感じで、
はるか先ではあるわけですよ。
もう1年先だなっていう感じではあるんですけど、
衝撃たるやっていう。
これだからユーザーだけじゃなく、
実はゲーム開発会社とかメーカーにとっても結構衝撃で、
あの任天堂のハードでヒットしたメーカーのスクエアがプレイステーションに移籍したのかというのはですね、
30:08
言ったらそれだけプレイステーションが魅力的なハードプラットフォームであるという証明になったわけですよ。
となるとどうなるかというと、他のメーカーもじゃあうちもプレステでやってみようかと。
はいはいそうなりますよね。
そういう呼び水になってるわけですね。
なります。
でユーザーもサターンもまだ持ってない。
プレステも持ってない。
どっち買おうかなって思ってる中で、
あっじゃあFF出るんだったらプレステの方がいいのかなって、
やっぱり傾くと思うんですよ気持ちがね。
プレステは大きかったですね。
そうなんですよ。これはもう本当に分岐点だと思うんですよね。
そうですね。
そうなんですよね。
で結局プレステはこの年の6月に1万9800円まで値下げします。
いやもうすごかったな。もう下げすぎやろ。
そうなんですよ。
ここでじゃあプレステ買っとくかっていう人はいっぱいいたと思うんですよ。
でしょう。
でそれだけじゃなくて既存タイトルをベスト版と称して低価格で再販売っていうことも始めたんですよ。
商売が上手かった。
そうなんですよ。本当に上手くて流れ作るのが。
ちょうどこの頃ってゲームの中古販売がいろいろ問題になってたんですよね。
そうそうそうそう。ありましたありました。
ゲームショップがたくさんできて中古販売が盛んになって、
で中古販売自体はメーカーに一切利益が入らないので、
メーカー側としては全然おいしくないんですよ。
でこれどうするかっていうともうこうなったらメーカー側が中古販売したらええんやと。
中古じゃないですよ厳密に言うとね。もともとのタイトルを低価格で売ると。
それでもその利益になりますから。
かつての名作を低価格で売るというベスト版商法はこれは本当に素晴らしいなと思いました。
上手いですよね。
ウィンウィンですどっちもね。
もうね製造するためのお金を使ったわけで。
ユーザーは嬉しいですよね。
ベスト版って言い方もいいですよね。
面白いから安くてもう一回皆さんに提供です。
廉価版じゃなくて今まで出たゲームの中の面白いゲームを低価格で提供しますね。
っていうことを始めて。
これヒットしましたねこれめっちゃ売れてましたね。
ただプレステっていうのはやっぱりソニーはね今までゲーム開発してきてなかったから、
ちょっとソフトのラインナップがっていうところはセガの方がどっちかっていうとずっとやってるから信頼感があったわけですけど、
96年になるとポポロクロエツ物語だったりパラッパラッパーだったり話題作としてはザグミがすごかったトバルナンバーワン。
ここらへんが96年に出しててるんですよね。
プレイステーションのオリジナルタイトルがたくさん出た。
そうなんですよ。だから独自作品も展開しつつっていうもうやれること全部やってるんですよね。
そうですね。
で一方サターンはですね。
3月に通称白サターンと呼ばれているというか僕は呼んでましたけど、
33:01
安くなった後期型というサターンが発売になっています。
買ったな。
2万円でね白いの。白いのかっこよかったですよね。
であとはですねちょっと面白い話題だと年の初めにワープ遺跡事件っていうのが。
これねまたさっきのファイナルファンタジーとはまた別件でね。
そうなんですよ。別のねちょっと衝撃な話題があったり。
東京ゲームショーでしたっけ?
そうだったかな。
ゲームショーでね。
ワープっていうメーカーがね。
Dの食卓っていうヒットタイトルをね3Dioで発売して、
でそれがプレイステで出るって言ってたかな最初。
そうです最初そうでした。
でゲームショーの発表でねプロモーションムービー流してて、
プレイステのロゴがボワーンと出たらグニャーンってモーフィングしてセガサターンになるっていう。
なるっていうね。
いうムービーを流して大騒ぎになったっていう。
なんですよね。
かっこよすぎるやろ。
ロックですよね。
ロックすぎますよすごいですよ今思ったら。
問題児でしたからね。
かっこいいな今思うとかっこいいななんか。
ただこう話題を作るぞっていうんじゃなかったですかね。
イーノケンジさんという人の会社なんですけど、
その方なりの考えがあったっていうのがね。
いろいろ事情があって、
言ったらイーノケンジさんの教授なんですよ。
そうそうそういう感じでしたよね。
かっこよかったです。
男気ってやつですあれは。
そうねそういう感じは伝わってたし。
こういうことがあったり、
あとですね、X指定のゲームっていうのをサタンが導入していて、
野村病院の人々とか。
メーカーで言えばエルフとかが参入して。
PCのアダルトゲームをね移植するというか。
これはある意味強かったんですよ。
プレステは絶対できなかったんですよ。
ちょっと違うお客さんを取り込んでいくぞっていうこともやっているんですよね。
自社からはパンザードラゴン2だったり、
ナイツ、バーチャロン、桜大戦の年なんですよね。
やっぱりこうよりコアファン向けのタイトルが増えてくるんですね。
だからやっぱりこう本当に人気作っていうのが結構揃ってたし、
やっぱりサタンは性価が強いハードだったなとは思うんですけど、
ガングリフォンだったりガーディアンヒーローズだったりもこの年出ているので、
タイトルとしてはプレステに全然負けない。
見方によってはプレステ以上に充実していた年だと思うんですよね。
なんかそろそろハードごとの色というかね、特色がユーザーにもだいぶ分かってきたことですよね。
伝わってた頃ですよね。
最終的に96年っていう年にファイナルファンタジーは出なかったんですよね。
そうね、延期ですよね。
延期になってしまったもののプレステは500万台に届きまして、
全世界合計で1000万台を突破しています。
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すごい。FF出る前にそんだけ言ってたんですね。
そうなんですよ。だから期待だけでそこまで売ってるんですよ。
ネサゲとかね、他のタイトルの充実とかも全部使ってもうサタンを追い越したんですよ。
ただサタンも国内では400万台っていうね。
すごいな。
そうなんですよ。そこまで離されてはないんですよ。
で、96年には今日の主役である任天堂の64か。
いよいよね、言ったら一個前のハード戦争ではもう勝者だった任天堂がついに新ハードで参入。
万弱でしたかね、スーファミは。本当に徳川幕府みたいなもんで。
そうですよね。
めちゃくちゃ長期政権だった任天堂の64は夏に出て半年で100万台以上売りました。
うわ、すごいな。やっぱすごい。
そうなんですよ。
やっぱりマリオ強いですね。
そうです。
やっぱりちゃんとマリオが一緒に出せたというのがね。
はい。ロンチ3タイトルしかなくても100万台売っちゃう。やっぱ期待ですよね。
これ、任天堂へのね。これで役者が揃って第4ラウンドですけど、1997年どうなっていくかというと、
まず1997年の始まりはプレステでドラゴンクエスト7が出ますよっていう発表で始まります。
そうかそうか。そうやそうや。これもう前年のFF遺跡に続いての衝撃発表ですよ。
ですね。結果論ですけど、ダメ押しですこれね。
ちなみにこの時はスクウェア・エニックスじゃないですからね。
そうですね。そうだそうだそうだ。
スクウェアとエニックスは別の会社です。
そうだ。だから任天堂としてはまたしても強力なタッグパートナーを失ってしまったという。
この辺り実はソニーが引き抜いたというふうに見えなくはないんですが、そういうわけでもないんですよこれ実はね。
スクウェアとエニックス側にも任天堂以外で出したい理由があったんですね。
ありましたね。
これはだから任天堂側にも多少非のある事情があったというのは言っとかないと。
なんかこうソニーが悪者っぽいから。プレステがね。そういうわけでもいろんな事情があってね。
はい。僕覚えてるんですけど、ドラゴンクエストはその時一番売れているハードで出すんですっていうことを言ってたと思うんですよこの時ね。
ってことはプレステがやっぱり一番だったってことなんですよね。
これでもうプレステは勢いを増すわけで、5月には750万台を突破しているという。
39:05
すごいなーすごいすごい。雪だるま式ってやつですね。
そうなんですよ。
どんどんどんどん。結局普及台数が増えれば参入するメーカーが増える。
参入するメーカーが増えればタイトルが増えて、欲しいタイトルも増えるし。
そうですそうです。
ということですね。もう両巡間ですよね。
そうなんですよ。
一方、セガもですね、大発表があったんですけど、覚えてますかね。1月にバンダイとの合併を発表したんですね。
あー、だからあれかな。ちょうどタマゴッチの頃かな。
そうです。
はいはいはい。いやーこれ幻の。
はい。幻のセガバンダイになってしまうんですよ。
これはでも大ニュースでしたよこれ。激震です激震。
わずか4ヶ月で白紙になってしまったんですが。
これね、ほんとこの年もうめちゃくちゃ楽しかったですよ。覚えてるわ。
いやびっくりした。
もうゲーセンでゲームしながら、コンシューマーゲーム業界も大騒ぎでね、もうめちゃくちゃ楽しかったな。
合併ってまだどこもしてなかったんじゃないですかね。してたかな。たぶんしてないんじゃないかな。
この辺りかな。だってこの頃は合併しなくても各メーカー儲かってたから。
そうなんですよ。
だからこの辺りからちょっとずつバブルが終わって陰りが見えてくるんですよ。2000年に向けてね。
だから我々としても有名なメーカーがくっつくっていうのなんて想像だにしてないですよね。
しかもポジティブな理由じゃなかったですからね。
まあね。こういう事件でセガは始まっていくんですけど、
サターン自体はですね、サターンを紹介した時に言ったんですけど、北米では売り上げが震わなかったんです。
セガハードで唯一世界販売台数が1000万台を下回ってるハードっていうことなので、
だから北米のセガとかではサターンは失敗ハードだっていうような意見が出始めてたらしいんですよね。
そういうイメージがついちゃったんですね。
次世代機やった方がいいんじゃないかっていうような声がちらほら出てたようです。
あ、もう次のハードを出せと。
はい。
厳しいなあ。そういう問題じゃないやろ。
ただ今回ね、絡んでくるハードじゃないのでしっかり調べてないんですけど、
実際ドリームキャストっていうのは早く出るわけですけど、
96年くらいから開発し始めてたっていうような話を聞いたことがあるんですよ、確かね。
なるほど。
だからもう本当に実際動いた方がいいよねっていうような状況だったんでしょうね、海外の市場の動きとしては。
まあでも次世代機開発っていうのはあの頃は必ずやってたんじゃないですかね、言われるまでもなく。
42:02
まあそれでもやっぱりここら辺でちょっとプレイステーションとの明暗が分かれてくるというか。
まあそのユーザーから見てた時ですらやっぱり玉数の差が大きかったですね。
そうなんですよね。
タイトル数が圧倒的に違ったんですよ。プレステのタイトル数すごかったんですよ。
プレステはタイトル数が多かったし、なんかバラエティーに富んでたんですよね。
で、やっぱりサターンは得意不得意が分かり始めてきちゃってて、アクションだったりスポーツは強いんですよ。
で、やっぱRPGが弱いっていうのがずっとあったみたいで。
ただこの97年っていうのはグランディアが出てたり、カルドセプト、デブルサマナーのソウルハッカーズだったり、
あとヒット作としてはJリーグプロサッカークラブを作ろうの2とかね。
なのでソフトとしては充実してて、ただそれよりも僕がすごく印象に残ってるのは、
秋かな年末ぐらいのイメージだったけど、セガタ・サンシロウのCMが盛り上がったっていうね。
そうなんですよ。だから決して悪くなかったし、
セガタ・サンシロウのCMは本当に単なるゲームハードのCMっていう枠を超えて、
藤岡博史さんがいっぱいテレビ出たりとかで、ちょっとしたブームになってたように思うんですが。
そうですね。あれはセガのCMの中では成功した例ですね。
そうですね。めちゃくちゃ面白かったですけど、ただそういう盛り上がりが本体の販売にはあんまり結びつかなかったようで。
そうですね。やっぱりソフトがないとハードは売れないですから。
そうなんですよ。なのでこの年の売上台数は100万台にも届かなかったようで、
まだから400後半ぐらいで年を終えたみたいなんですけど、プレステの方は18,000円にさらに下げしてますし。
もう本当にさっき川崎さんが言ったようにこの時点でソフト揃ってるしいっぱいあるんですよ。
そんな中でもこの年はグランツーリスも出てるんですよ。
川崎さんも好きなテイルズオブディスティニーだ。
あと海外のリスナーさんがすごく評価していた悪魔城ドラクエXとか。
本当にいいタイトルも出てるんですよね。
国内だけでの1000万台という大台も達成して、もう本当にプレステが勝ったなって感じになってるわけですね。倍差がついちゃったわけなので。
で、64はどうか。
タイトルの判断がやっとここで出てきますけど。
前年夏に出て100万台売って好調だろうと思われたんですが、64もですね。
3月には16,800円で値下げしてるんですね。
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もともと25,000円でスタートしてるので次世代機の中では安いんですよかなり。
だけどセガとプレステが価格競争して下げていっちゃったもんだから。
まあニンテンドーも下げざるを得ない。
正直このニンテンドーの値下げに関しては失敗だったなと思いますね。
これってプレステが値下げした理由と全然違うんですよ。
プレステの値下げって攻めの値下げなんですよ。
ニンテンドーの値下げも完全に妥協というか、ネガティブな値下げなんですよねこれ。
弱気の値下げなんですよ。
これ今のニンテンドーでは考えられない販売戦略だと思います。
これ今なら絶対やらないですこんなことに。
この16,800円で値下げしたタイミングで64はソフトゲームタイトルどんだけあったのかっていうのをちょっと数えてみたんですよ。
11タイトルしかないんですよ。
そこなんですよ。だから本体の値段どうこうじゃないのよ。
遊ぶものがないから、下げられても。
ここがもう本当にこの頃のニンテンドーがダメだったところですこれ。
一応この年はスターフォックス64だったり、自話売れしていくから起爆剤にはならないんですが、ゴールデンアイだったり007が出てるんですけど、
ただもう本当にいかんせんゲームがないと。
いや少なすぎますよ。いくらなんでも。
なんですよね。なのでもう本当に97年で次世代気戦争っていうものがほとんど順位付けされたと思うんですよね。
最後の年ですかね、第5ラウンドとして98年を話していくと、5月21日にセガは倒れたままなのかというキャッチコピーとともに、
ドリームキャストが新聞広告で発表されました。
これもニュースになりましたね。これはもう一般ニュースやワイドショーが取り上げてました。
取り上げてもらえることは良いんですけど、周知されるというのは良いんですけど、やっぱり94年の末に出たサターンからまだ4年ですからね。
いやこれ本当この時代の時間の流れの速さというか異常ですよね。
速い。
消費スピードが尋常じゃないというかね。
速いなとすごく思います。もう出るんだと。
いやおかしかったあの時は。
この新聞広告が21日に出たんですけど、本気だなって思うのが翌22日に11月X日逆襲へっていうキャッチコピーで、
発売日のちょっとやんわりした発表を新聞広告にしてるんですよね。
この時の新聞広告覚えてます私。ほんまに2面というかバーンとね。大々的にあれお金かかってますよ。
ですよね。
全国紙にあんな広告売ったら。
そうこういう発表の仕方ってなかったですもんね。雑誌とかで出るとか。
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だからセガもプレステ的なプロモーションに切り替えてきてたんですよね。
そうなんですよ。
ゲーム業界っぽくなくてちょっとセンセーショナルというかインパクトのあるプロモーションにシフトしてって。
でもこれがねセガには合ってなかったんですよね多分。そういうことじゃないね。中身で勝負してほしかったんですよね本当はね。
どうしてもねセガとサンシローも面白かったけどどうしてもやっぱ後追い感がありましたね僕は。
あるしそういうことじゃないですよ。面白いゲーム出せばいいんですよそんなことよりも。
弾がないといくら箱の宣伝したってしょうがないですから。
そこもそうだしやっぱりこういうことはソニーの方が上手で。
当然ね。
はいこのセガのすごく自虐的だったりお金がかかっている発表の直前にプレステはFF8の発表してるんですよ。
もう容赦がないですよね。
そりゃそうだないや容赦ないというか別にもうプレステは多分頑丈にないでしょもうその頃は。
多分ほぼ勝利宣言ですよ。
ですよねもうね。いやだって次世代機の次のハードのものが出てくるっていうことに対してFF8をぶつけるんだもんなんかすごいなっていう。
でもねそのユーザーからしたら新ハードより新タイトルですよ。
そりゃそうですね。信頼がね違うFFずっと面白かったし。
それもありますしやっぱりゲームですよ。新しいハードが出ますって言われたけどじゃあそれで何が遊べるのどんなゲームがね遊べるのということなんで。
だからドリキャスと一緒になんか魅力的なタイトルが何タイトルか言えればまた違ったんですけど。
サターンの時はバーチャがあったんですよ。
なので結果的にドリキャスはずっとサターンでラインナップに入ってたバーチャ3が出るハードになるわけですが。
ただもうその頃はねバーチャ1,2の頃のような人通力みたいなパワーはもう。
実はねバーチャファイターのネームバリュー自体ちょっと落ちてきてたんですよ。
それはそのバーチャ自体の問題だけではなくたくさんのライバルが増えてしまった。
3D格ゲー自体ももうたくさん出てましたから鉄拳とかデッドアライブとかね。
ちょっと飽和状態だったんですよね。
そうそう飽和状態ですね完全にね。
プレステはFF8だけじゃなくてね。
いろんなことをやっててやっぱりもう充実してるんで。
ソニー自体もヤルドラの展開を始めたのが98年。
結構思い出すと遅いんだなぁと思うんですよね。
そうですねなんかプレステの初期からやってるイメージありますけどね。
だからやっぱり本当にさっき川崎さんが言ってるのに時間の流れがすごい早かったんですよ。
あのね密度が濃すぎるわそんな短い期間やったんやと思って。
覚えてますもんねめちゃくちゃ。
でまぁちょっとこれは小ぶりかもしれないですけど僕はすごく楽しんでたSAIっていうパズルゲーム出したりね。
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そうそうプレイステーションブランドのねパズルゲームは非常にこの頃評判で。
だからお金かかってないけど中毒性があって繰り返し遊べるゲームというかね。
だから家電メーカーで失敗すると言われたソニーがここに来てちゃんとしたゲームを作ってソフトで成功してるというのはある意味皮肉ですよね。
そんな中でずっとゲーム作ってきたセガがハードを作ってソフト作れなくて負けてしまうというねこれがなんか悲しかったですけどね当時は。
でプレイステーションっていうねその市場にねやっぱり入ってきたメーカーとかも結果を出し始めていて。
ゼノギアスが出てるしテンチューが出てるしGTAも出てるし鉄拳はもう3なんでマシンパワーすごい出せちゃってるし。
あともうメタルギアソリッドが出てるんですよ。
あーそうかすごいなー。
強すぎますねこのラインナップね。
まあ良順感ですね。
やっぱりサードパーティーはサターンとプレステでどっちで出すと言われたらまあそれはプレステで出しますよね。
分母が大きいわけですから。
だからもう延熟期だし両作がどんどん出てるしプレステがあれば遊ぶも困んないなみたいな感じでしたからね本当に。
で64話というと本体価格を14000円まで下げました。
ただこの時点でのタイトルも数えてみましたが72タイトルしかないんですよ。
あーだいぶ増えましたね。
ただ72タイトルって多分プレステの1年分もないかもしれないですね。
いやでもねその任天堂って任天堂製のゲームタイトルで考えたら年間にそんなたくさん出さないんですよ。
だから量より質の任天堂のタイトルで考えれば70で決して少なくはないんですけどおそらく中身が伴ってなかったんでしょうねやっぱりね。
まあやっぱり量より質の戦略はあったとは思うんですけどそれ以外の読みもいっぱいありはするんですがただ海外での売り上げって悪くないんですって64っていうのは。
あーそうじゃあ国内が弱かったのか。
そうなんですよね。で98年は年末にゼルダの伝説時のオカリナが出るということで名作、傑作が64は何気に生まれているハードではあるんですよね。
ただ次世代起戦争っていう視点で見ると98年は11月にドリームキャストが発売されたということで実質サタンは退場になると思うんですよね。
まあそれはねシンハードメーカーが作ってしまったらね。
そうですよね。
しかもこれドリキャストの失敗の要因の一つはやっぱり広報互換してないというね。
ですよ。
これはデカすぎますね。今までサターン遊んできた人たちを一旦もう全部リセットさせてしまうというのはどうかなと思いました。これ当時私はなんでと思いましたねやっぱり。
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いや本当にこれサターンのソフトが遊べれば全然全然とまではいかないけど。
いや全く違う結果になってたと思いますよ。乗り換えてますからね。
ただ本当にそのサターンユーザーたちもねまあ遊べるんだったらっていうのでねもうちょっと。
いやいや絶対プレステ1から2に移行した時ぐらいのことにはなってるはず。
そうなんですよね。プレステはまあこの時もう覇者ですけど2がもっとバケモンになったのはやっぱりそれやってるってことですよね。
まあこれねハードを買うきっかけになったソフトの回にね話しましたけど。
プレステ2が売れた理由は1の資産そのまま持ってった上にDVDが見れたっていうもう最強の状態で。
いやもう恐ろしいかったですね。売れる要素しかないってやつで。
買わなきゃ損だなっていう感じでしたから。
懸念点としては僕が思ってたのはソニーって値下げしてるからまだいいやって思ってたことはありましたけど。
安くなってから買おうって結構いたと思うな。
こっちが学んじゃったっていうのはありましたけど。
まああの新しいモン好きの人たちはねすぐ買ってましたしね。
でまあサタンは大丈夫ですけれども64はというと発売から2年半経っててもやっぱりもうプレステの背中も見えない状態ですよね。
これね今ねちょっと思い出したんですけど。
発売タイトル数が少なかった理由の一つが64が実はゲームを作りにくいハードだったという話を聞いたことがありました。
そうですねその話もね最終的にしようかなと思うんですけど。
じゃあ後でしましょう。
なので第5世代と呼ばれるハードタッチだったんですね今日名前を出したのは。
このゲーム機の争いの勝利はもうプレイステーションSEということでね。
トップシェアを獲得したんですよねソニーがねゲームメーカーじゃなかったのに。
本当にそうですね。
本来なら後出しとはいえ任天堂が絶対派遣を取るだろうと思ってましたからねゲームファンは。
まさかそれがこんなことになるとはというので驚きました当時。
最初は本当に戦いが始まった時はまだだってスーファミが存在感あったんだもん。
ある意味スーファミが強すぎたせいで任天堂が出遅れたというのもちょっとあったかもしれないですね。
だから本当にゲームが変わる64が変えるがちょっと皮肉になっちゃうというかね。
というわけで64の話と言いつつ次世代規制戦の話にはなってしまったんですけど。
じゃあ64っていうものはって話していくとやっぱり任天堂がですねサードパーティーの参入を制限していたり
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あとCD-ROMっていうディスクメディアを採用しなかったり
あと評判はいいんですけどやっぱり独特なコントローラーだったりっていう
そのハードがいっぱい出てくる中でソフトメーカーがじゃあこっちのハードでもこっちのハードでもこっちのハードでも出して
少しでも売れるようにしようっていう時流の中で64だけが異質だったから
他社のハードで売れてるソフトっていうのが64に来なかったっていうのがあるんですよね。
サードパーティー参入が少なかったんですよね。
その理由っていうのはやっぱり任天堂の姿勢というかね。
まあ少数声だって言えばそうなんですけれどもやっぱりこう逆の言い方した方がいいのかな
プレイステーションは123回で話しましたけどとにかくサードパーティーが参入しやすいような環境を作ったんですよね。
当然ね自分たち新参者ですからで自分たちソフト作れないんでね
その分たくさんのサードパーティーゲーム作り慣れたメーカーにうちのプレイステーションで出してほしいというので
呼び込むためにねいろんな努力をしてたと
っていう差も出たし何より64ビットで作ってしまったっていうのがオーバースペックだったんでしょうね。
そうですねプレイステは32ビットですからね。
だから任天堂は16から64まで一気に駆け上がったんですよ。
そうですねでも正直その32ビットと64ビットの差がユーザーには伝わってなかったですね。
そうですそうです。
むしろプレイステの32ビットの方が魅力的に見えるゲームが多かったんですよ。
僕はもう本当にそう見てました。
本当に64はまあ僕の趣味もあるけどテクスチャ領域が狭いのかちょっとガビガビした絵作りっていうイメージが強かったし
ただその開発している人たちからすると開発に莫大な時間と労力がかかるようになってしまって。
そうなんですよ。
任天堂ですら開発がやっぱ困難だったから最初の延期でもこれが出てるんですよね。
そうですよね。自社タイトルが延期してるっていうのがいかに開発が難しいハードであったかっていうのを表してて。
ゲーム開発の遅れを理由に発売日本体延期してるわけですから。
なんせプラットフォーマーがゲーム作りにくいものをサードパーティーが作れるわけがないんですよね。
延期とか何なら中止っていうタイトルが多くて結果的にタイトル不足になってそうなると本体を牽引できないっていう悪循環というか。
海外で売れてたり海外のメーカーが面白いゲーム作ってたりっていうのはちょっとこの開発体制だったり
癖みたいなのが海外はうまく開発できてたっていうような見方もあるみたいで。
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まあ確かにね。
そういうところもいろいろあって震わない結果になって。
実際発売された96年って10本しか出てないですよゲーム。
そうですね。だから争いとして結果任天堂がソニーに負けたというよりは半分くらい任天堂の自滅に近い感じはしますね。
そうなんですよ。
トータルで64って96年から2002年までゲーム出てたんですけど全世界で400タイトルしかないんですって。
わーそうか。
で国内で発表されてるのがそのうちの208しかないんですよ。
これはかなり少ない任天堂のハードの中…まあバーチャルボーイとか抜くけどかなり少ない部類に入るんじゃないかなと。
で最終出荷台数としては全世界で3293万台ということで。
あーそう?
はい。言ってるんですよ。
でこの内訳見ると国内は554万台。
北米が2064万台。
でその他の国で675万台ということで。
北米ではもう本当にうまくいったので、確か何かで宮本さんが言ってたんですけど、
北米で売れてくれてたからビジネスになってたみたいな。
あーそう。
確か宮本さんだったんですけど。
じゃあ国内はやっぱりだいぶ厳しかったんですね。
まあそりゃそうですよね。
この554万台っていうのがサターンにも届いてないですし、もちろんプレステにも届いてないんですよね。
なるほどね。
国内ではプレステ、サターンに及ばず。
で本当は価格を下げて対応したことで、業績的にも良くなく。
まあ海外で良かったから良いんでしょうけど。
あとゲーム防衛が天下を取ってたんでね。
そうね。
携帯機戦争では独り勝ちしてましたから。
この辺りかな。
これがなかったらまたきつかったかもしれないですけど、全敗ではなかったんですよね。
そうなんですよね。
っていうね、とこばっかり見るとちょっとまあどうなのかなっていうハードに見えちゃうんですが、
ただアナログスティックだったり振動機能っていうのを最初に搭載したハードは64なんですって。
64のアナログスティックは非常に、あとZトリガーね、あれはすごく良かったですね。
はい、そうですよね。
独特な形状のコントローラーで、僕触る前はなんでこんな形にしてんのかなって思ったんですよ。
そう、あれね触るとわかるんですよ。よくできてるんですよ。
絶対遊びづらいと思ってたけど、いじるとすごい使いやすいんですよね。
面白いんですよ。
手に馴染むってこういうことだなっていう。
Zトリガーとレバーで飛行機のジョイスティックみたいな握り方ができるんですね。
ゲームに合わせて持ち方変えても全然違和感がないというかね。
だからあの辺はやっぱりニンテンドーらしさありますよね。
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ありますあります。
ウィーコンみたいな感じでね。
それじゃなくてやっぱりソフトは少なかった小数性でやってたっていうのは嘘ではなくて、
やっぱりマリオ64と時のオカリナはその後の3Dアクションの基礎だと思うんですよ。
そうね、あのカメラZ注目とかね。
これ発明したのはここら辺のタイトルじゃないですか。
そう、だからソフトウェア内でのシステムとかよくできてたんですけど、
結局そういうタイトルの割合が少なすぎたんですよね。
途中で名前出した007は64を遊んでた人って結構みんな遊んだんじゃないかなと思って。
僕ですらやってますから。
日本ではFPSとしては最初に触ったタイトルなんじゃないかなっていう。
ドゥームとかね、ゲーマーの人はそっちからっていう人もいると思うけど、
もうちょっとライトな人たちにもFPSを届けたタイトルとしては。
3DのFPSはゴルデンアイちゃうかな。
ドゥームは2Dでしたからね、一応。表現的には。
ですよね。こういうタイトルも出てるし、あとはやっぱりスマブラが出てるっていうこと。
ああ、そっかそっか。一作目は64でしたからね。
同じように一作目として出てるのがやっぱり動物の森なんですよ。結構後期ですけど。
こうやって名作もちゃんと排出してはいるので、
だから後々芽吹くものがちゃんと64からは生まれてはいるんだけど、
やっぱりちょっとハードとして扱いにくかったっていうね。
今の任天堂から考えるとなかなか信じられない失敗ですけど、
ただやっぱり負けたのには負けたなりのちゃんと理由があるなっていうのが、
改めて調べるとわかりますね。勝因のない価値はあるけど、敗因のない負けはないって言われてるように、
やっぱり負けるべくした理由はちゃんとあるなって思いますね。
だから改めて調べて思ったのは、任天堂って最近はハードスペックが低いメーカーっていうイメージがあると思うんですよ、僕はね。
でも64の時ってみんなの倍いっちゃったから、それが悪い方に働いたっていうのもあって、
その経験もあってやっぱり立ち返ってね、やっぱりゲームハードはゲームソフトあってだなっていう。
でもそういう感じはしますよね。やっぱりハードスペックではなくタイトルなんだと。
ハードっていうのはそれをどう遊ばせるかっていうことなんだっていうのが次のWiiで出てきますね。
次の次か。
だからこの次のね、キューブもトップシェアは取り戻せなかったですけど。
任天堂のちょっと停滞期というかね。
1:06:02
ただね、この時に生まれた面白いゲームはね、今も遊ばれてるんだから。
それはそれでやっぱすごいなっていう。
黒歴史とまでは言えへんかな。
そうですよね。
サテラビューぐらいまで行くと。
あれとかバーチャルボーイぐらいは黒歴史かなとか思いますけど。
いや、今回話さなかったんですけど。
なぜなら僕が全然わかんないからなんですが、64DDっていたじゃないですか。
ありましたね。
あれとかも黒歴史なのかなって。
そうですね。
何だったのかなあれって。
本当そうですよ。早すぎたっていうのもあるけど。
Days of Life with Games
Bright Bit Brothers
ではそろそろエンディングなんですけども、今回はレトロゲームプレイレポート、新しいタイトル発表ということでしょうか。
今回から遊んでいく新しい古いゲームはですね、前回ゼルダを話したので、ゼルダから何か遊びたいなっていう気持ちになりまして。
いろいろ考えたんですけど、ゼルダの伝説、夢を見る島デラックスをやろうかなと。
いや、悩んだんですよ。トライフォースも投げ出しちゃってるので。
1作目やってよ、1作目。
1作目もね、やろうかなと思ったんですけど。
まあいいですよ、いっぱいのありますからね。
あの夢を見る島デラックスは、夢を見る島のカラー版ですね。
ああ、そっかそっか。
はい、そうなんですよ。で、ちょっといじったこと、いや結構やったんだけど、なんかあんま覚えてないですよ。
クリアはしてないの?
クリアしてない。
そんなばっかりですね、ゼルダ。
そうなんですよ。ただね、部分的に覚えてはいるので、で、面白かった記憶はあるんですよ。
ああ、じゃあやってください。
神々のトライフォースの続編なのかな、話的には。後日語なんですけど、ボタンがゲームボーイで合わせて少ないんですよね。
ああ、なるほど。
たぶん遊び心地は初代に近いんですよ。なので、まあこのくらいがちょうどいいのかなと思って。
いいじゃないですか。
結構ね、スイッチでリメイクされたから、遊んでる人も多いと思うので。
ちなみにハードは何ですか?
ゲームボーイカラーになります。夢を見る島デラックスはカラーですね。
なるほど、わかりました。じゃあ次回からはゼルダで。
はい。
こちらもね、メジャータイトルですから、遊んだ方もたくさんいらっしゃると思いますので、長谷川さんがどう遊んでいくか興味はありますけども。
結構ね、遊んだ人多いタイトルだと思うんで、ああ、あったあったみたいな感じで聞いてもらえるかなと。
もしかしたら僕もね、あったあったって言うような気がするんですよ。やったら思い出すと思うんですよね。
わかりました。では、いつもの告知お願いします。
はい。ブライトビッドブラザーズでは番組に対するご意見ご感想、あなたのゲームの思い出やゲームにまつわるエピソードなどお便りをお待ちしています。
1:09:06
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よかったら番組ツイッターアカウントフォローしてください。よろしくお願いします。
よろしくお願いします。ということで今回は任天堂64というよりは任天堂64発売当時の次世代ゲーム機戦争というね。
はい。非常に我々世代からすると思い出深い都市の話なんでだいぶ興奮してしまいましたね。
いやー本当にね思い返してもあの頃はゲーム業界の話題にことかかなかったですね。
めちゃくちゃ盛り上がってましたね。その当時働いてた中の方たちは大変だったと思いますけど。
まあ一ユーザーとしてはね非常に盛り上がってどのハードが派遣を取るだろうね。値段いくらで売るだろうみたいな話を色々してましたけども。
その辺がね盛り上がってきましたが、もう一つね最後に告知がありまして。
思い出のゲームグッズというテーマで皆さんのゲームグッズに関する思い出やエピソードなどを募集しております。
ゲームグッズというのがねどういうものかというと、ゲームキャラクターのフィギュアだったりね、それが印刷されたグッズですね。
だからタオルとかTシャツとかUFOキャッチャーのプライズとかでもいいですし。
なんか駄菓子屋でしか売ってないような変なものとかね。
それはもうバッタモンじゃない?
そういうのもあったんですね。
あとは攻略本も一応ゲームグッズですね。
そうですよね。今回は含めていきます。
あとはね前回も言いましたけど周辺機器はちょっと違うかなと思うんですが、アクセサリーはどうかな?
いいと思います。
コントローラーになんかちょっとつけるようなものとか、ゲームボーイの画面を大きく見せるものとかね。
ありましたね。
そのあたりは各自で判断していただいて、いけるかなと思うものでも送っていただいたらこちらの方で判断して紹介させていただきますので。
次回のステージ165の方でいただいたお便りコメントは紹介したいと思っております。
皆様の思い出のゲームグッズお便りお待ちしております。
お待ちしてます。
送り先はツイッターでハッシュタグつけてつぶやいていただくか、ツイッターのDM。
もしくはブログのメールフォームから送っていただくか、番組宛のメールアドレスに送っていただくなどそれでも構いませんので、皆さんの送りやすい方法で送っていただけたらなと思います。
お願いします。
我々も考えて話しましょうか。
佐川さんとかもゲームグッズ持ってるはずなんで。
そうですね。
いろいろありましたもんね。
1:12:02
なのでね、こんなあたりはちょっとそんなあったなとかね、皆様の楽しい思い出、ちょっと悲しい思い出などね、期待して待っておりますのでよろしくお願いいたします。
よろしくお願いします。
では今回も最後まで聞いていただいてありがとうございました。
ありがとうございました。