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STAGE82「シューティングゲーム」
2022-01-16 59:49

STAGE82「シューティングゲーム」

今回のテーマは「シューティングゲーム」 近頃ではFPSやTPSなど3Dゲームを表すジャンルとして使われることが多いですが、 かつての「シューティングゲーム」といえば 2Dを主体とした縦スクロール、横スクロールなどのゲームを表す呼び名でした。 今回はシューティングというジャンル名についての話や 80年代から2000年代までのシューティングの最盛期から衰退期までの歴史を 振り返りながら「シューティングゲーム」の話をしております。 皆さんの思い出の「シューティングゲーム」は何ですか? STAGE82「シューティングゲーム」 B3_stage082.mp3 25.0MB) ArtWork

感想

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00:07
Days of Life with Games
Bright Bit Brothers
どうも、ワンピー川崎です。
どうも、ツーピー長谷川です。
この番組は、かつてゲーム少年だったワンピー川崎とツーピー長谷川の2人が、
ゲームにまつわる様々な話題で古きを訪ねて、新しきを知る番組です。
はい。
ということで、ブライトビットブラザーズSTAGE82です。
ありがとうございます。
今回のテーマは、
はい。
シューティングゲーム。
ついに。
はい。
手薄なとこが。
久しぶりのゲームジャンル回ということでね。
はい。
今までやってきたのは、アドベンチャーゲームとパズルゲーム。
そうですね。
で、あとはトラックボール。
あははは。
で、しばらくね、ジャンルはやってなかったんですが、
はい。
なんせね、あの、ジャンルって結構広くなるから、
そうなんですよね。
ちょっとね、避けてたんですけど、
今回シューティングゲームを選んだのはですね、
結構この番組であんまり紹介してないジャンルなんですよね。
そうですね。2回くらい。Rタイプと、
長谷川さんのやつね、あのメガドラエル。
はいはいはい。
あ、そうか、あとギャラが88とかね。
そうか、そうですね。
なので、今回ちょっとシューティングゲームをね、補充しようということで。
はい。していきましょう。
シューティングゲームのね、タイトルの紹介をしようと思ったんですよ。
はいはい。
でもどうせなら、まとめてタイトル紹介していきたいなという話になった時に、
じゃあまずシューティングゲームのね、ジャンルの話をしてから、
そうですね。
入った方が分かりやすいんじゃないかということで。
はい。
長谷川さんね、今まで番組の中でも何回も言ってますけど、
あんまりシューティングゲームは遊んでないですよね。
そうなんですよ。下手でね。
いやいや、私もうまくはないんですよ。
はい。
好きですけど、決してうまくはなくてですね、
シューティングでクリアしたことあるゲームはほとんどないです。
難しいですよね。
そうですね。何度も繰り返して遊べばクリアできるという意味ではね、
長谷川さんの好きなアクションゲームと近いと思うんですが、
ちょっとそれでもね、アクションゲームとはやっぱり違う感じですよね。
難しくなっていったのかがなんていうか、
飛躍的に難しくなっていってしまったので、
そうなんです。
話も出ると思うんですけど。
そうなんです。その辺の話もシューティングゲームの歴史の話とか、
タイトルの話なんかをしていきたいと思いますので、
今回もよろしくお願いします。
よろしくお願いします。
03:00
まずね、最初にシューティングゲームという名前の由来というか、
アドベンチャーゲームの時もそういう話をしたんですが、
どういうものをシューティングゲームというかという話なんですけど、
これ分かりやすく敵を撃つことがメインのジャンルなんですけど、
略す場合ね、ロールプレイングゲームだとRPG、
アドベンチャーゲームだとADVとかね。
シューティングゲームの場合はSTG、
もしくはSHTと略すこともあるみたいです。
最近ではSTGの方が主流なんですかね。
かなり広い意味で使われてるんですね、シューティングゲームというのは。
そうですね。
もっと大きい分類が上にあって、それがアクションゲームじゃないかと言われてるんですね。
なるほど。
アクションゲームの中にシューティングが含まれるんじゃないかと。
これね、一番最初シューティングゲームと呼ばれていたものが、
実はテレビゲームじゃないんですね、これ。
そうなんですか。
この言葉自体はね、1970年代前半の光線銃のゲームで使われてるんです。
なるほどね。
この頃のシューティングゲームというのは射撃ゲームとほぼ同じ意味だった。
この70年代の光線銃ゲームって何かというと、
任天堂が発売した光線銃シリーズというおもちゃがあったんです。
これ長谷川さん知ってますかね。
知らないやつだと思いますね。
それテレビで遊ぶんですか?
違います。
テレビゲームではないんです。
おもちゃなんです、これ。
え、どこに向かって撃つんですか。
そう思いますよね。
でこれね、考えたデザイナーの方、ゲーム&ウォッチを手掛けた横井軍平さんです。
出た。さすが。
銃と的をセットでおもちゃとして撃っていたと。
なるほどね。
的はね、例えばバネが仕込まれた瓶の形をした的があって、
それに向かって銃を撃って光線が当たるとパーンと跳ねると。
もしくはね、こっちの方だった長谷川さんもしかしたら見たことあるんちゃうかなと思うんですけど、
壁掛けの的でライオンの形した的があって、
そこに向かって銃を撃って当たるとガオーっていう。
知らない。
知りませんか。これ私これ覚えてたんですよ。
そういうおもちゃがあったんです。
もう単純に本当にその的に光が当たると的がリアクションするというだけの。
これがめちゃくちゃ売れたんです、当時。
だって動かないんでしょ、ライオン。
だから置いてあるオブジェクトを撃ってリアクションがあるという。
なるほどね。
だから遠く壁か何かに置いて離れて銃を撃って当たったらガオーとかリアクションするというおもちゃがあったんです。
ただこれはやっぱ当時としてはすごく珍しいおもちゃだったんですよ。
実際弾は出てないですからね。
光が当たってそうやって動くと。
そこですよね。
そうそう、安全でしょ。
ちょっと未来的な感じのおもちゃだったんですよ。
これが売れたことで、73年にニンテンドーは子会社を作りまして。
ニンテンドーレジャーシステムという会社を作ったんですね。
この70年ちょっと前に流行ったボーリングね。
06:02
ボーリングがすごく遊びとして流行ってたんですけども。
そのブームがこの頃は終わってまして。
そのボーリング場の跡地を利用して光線銃の技術を使った大型レジャー施設レーザークレーというものを作ってたらしいんですよね。
この辺はビリヤードが流行った後に、ビリヤードがあった場所がカラオケボックスになったっていうのと同じ流れなんですけど。
なるほどね。
これが73年にニンテンドーが会社を作って、翌年の74年に西武劇を題材としたワイルドガンマンを業務用射撃ゲームとして作ったと。
なるほど。
ここでテレビゲームに使われてるんですよ、この技術が。
ただですね、このニンテンドーレジャーシステム、第一次オイルショックの影響で経営が悪くなってお客さんが来なくなってですね。
このレーザークレーシステムというところに結構お金かけてたらしいんですよ、これからこれが来るぞと。
お金をかけてたんですが、このことによってかなり借金をすることになったと。
しょうがないですね。
そうですね。決して見積もりが甘かったわけではないと思うんですが。
予測はなかなか読めないですね。
予測できないですからね。
だからニンテンドーも今みたいに会心劇を続ける前は結構失敗してますから。
こういうものがシューティングゲームと言われていたんです、最初は。
この後ですね、テレビゲームでスペースインベーダーがヒットして、いろいろなシューティングゲームが生まれて、
テレビゲームの中での2D画面で遊ぶシューティングゲームというのが一般的なシューティングゲームと呼ばれるようになったと。
ただ初期の頃はですね、やっぱりアクションゲームって言われてたみたいなんですよ。
83年のパソコン雑誌のログインという雑誌で、ゼビウスを紹介してた文章で戦闘ゲームという名前がついてたと。
ゼビウスがシューティングゲームと呼ばれていなかったんですよ。
そうなんですね、最初そうだったんだ。
これだからパソコン雑誌という媒体のせいもあるかもしれないですけどね、もしかしたら。
他のパソコン雑誌ね、こんにちはマイコンという雑誌があったんですけど。
そっちではゲームのジャンル紹介で、アクションゲームをスペースインベーダーなどの反射神経を競うゲームっていうふうに説明してたと。
だからスペースインベーダーもシューティングというよりはアクションゲームとして捉えられてる。
この言葉自体がね、広まった原因というか、これはっきりした原因かどうかわからないんですが、一説として1982年に公開された機動戦士ガンダム3巡り合い空編が広めたんじゃないかという説があってですね。
これなぜかというとですね、予告編でガンダムラストシューティングとか宣伝ポスターでラストシューティングっていうふうに売っていたと。
でこれがそのシューティングという言葉自体を広めるのに一役買ったんじゃないかという説があるらしいです。
09:05
じゃあなんかこのタイトルが出たからっていうようなパチッとしたスイッチみたいのがなくて、なんとなくグラデーション的にいつの間にかそうなってたんですかね。
なんかね、今ではもう本当にシューティングといえば弾打つゲームって当たり前だと思いますけど。
そうですし、最初に意識したのってグラディオスかな?
おそらくね、やっぱりなんだかんだ言ってインベーダーは絶対シューティングと言われてたはずなんですよね。
ただインベーダーが出た当初はそこまで普及したジャンル名ではなかったみたいな。
僕個人の感覚だとバトルシティ遊んだ時にあれも弾打つけどあれシューティングだと思ってなかった。
確かにあれはアクションゲームな感じしますね。
だけどグラディオスはシューティングだと思ってました。
グラディオスの時には我々シューティングというジャンルは認識してたってこと?
そうですよね。漫画とかでもそう言ってたもん。
で、一般的に私たちが知ってたということはもう浸透してたはずです。
だからその前ですね、多分私たちがもっと若い時にははっきりとした名称では呼ばれてなかったという感じですね。
じゃあですね、このシューティングゲームという意味。これやっぱり細かく分かれるんですね。
アクションゲームでもね、アクションRPGとかアクションパズルなんていう言い方しますけど、
シューティングもね、分かれていくんですが、まず大きく分けて3種類。
2Dシューティング、3Dシューティング、ガンシューティング。
なるほど。
で、このガンシューティングというのがさっき言ったね、光線銃とかその銃のギミックを使ったものがガンシューティング。
で、テレビゲームで使われるのはこの2Dと3D。
これもう説明するのもなんですけど、2Dというのは画面に表示されるものが2次元のもの。
で、3Dシューティングは画面に3次元で表示されるものが3Dであると。
だから3次元に表示されていれば、ポリゴンじゃなくても3Dシューティングというのかというところはまたちょっと難しいところで。
そういうものは擬似3Dというふうに表現してたみたいですけど。
なるほど。
だから3Dっぽいゲーム画面ってあったじゃないですか、当時。
うん、ありましたね。
あれは厳密に言ったら擬似3Dと。
3D表現が明確に出てくるまでは多分3Dというふうに言われてたと思うんですけど。
スペースハリアーとか、ああいうのは?
ああ、そうですね。あれも3Dと言えると思いますけども、今となっては擬似3Dですね。
さらに2Dシューティングは画面がスクロールするかしないかで2種類に分かれますね。
固定画面シューティングとスクロールシューティング。
固定画面シューティングの代表はインベーダー。
スクロールシューティングなんかいうのはいくらでもありますから。
画面が動くものと。
さらにスクロールシューティングも大きく分けて4種類。
12:01
縦スクロールシューティング、横スクロールシューティング、縦横両スクロールシューティング、
そして多方向スクロールシューティング。
これ例あげていくと縦スクロールがゼビウス、スターフォース。
横スクロールがグラディウス、Rタイプ。
縦横スクロールがアレスの翼、サイドアーム。
サイドアームってそこだっけ?
サイドアームは上下左右、面によって変わるんですね。
そして多方向スクロール。これがアサルト。
そしてサンダーフォースシリーズ。
そしてもう皆さんご存知、バンゲリングベイト。
これが多方向スクロール。
この辺はもう見れば分かる分け方だと思うんですけど。
最後にね、3Dシューティング。
これはですね、視点の取り方で分類されると。
もうこれだから完全に本当の3D表現のゲームということでね。
擬似3Dではなくて。主観視点のものをFPS、ファーストパーソンシューティング。
3人称視点のものをTPS、サードパーソンシューティングというふうに2つに分けられる。
現代ではこちらの方が主流なシューティングというジャンルの意味になってますけどね。
そうですね。確かにいつの間にか逆転したな。
この辺はね、シューティングの歴史をたどっていくとね、よく分かるんですが。
ではですね、ここからは実際にその年代と発売されたシューティングのタイトルを見ていきつつ、
シューティングゲームの歴史をたどっていきたいんですけど。
まずね、もうスタート地点は1978年アーケードで発売されたスペースインベーダーから。
もうここがスタート地点でしょう。発売メーカーはタイトーと。
こちらね、日本のアーケード史上最大のヒット作と。
当然世界的にも大ヒットしてます。
その売上がかなり莫大なんですけども、その売上記録は未だに塗り替えられてないそうです。
基盤の販売台数。国内だけでタイトーによる純正品が約10万台。
タイトーが許諾したメーカーから発売されたものが10万台。
そして許諾なしのコピー品が30万台。
この辺がね、当時の状況をすごく説明してるなと思ったんですけど。
なのでとりあえずひととり合わせると約50万台が日本中で出回っていたと。
これもう爆発的大ヒットですね、当時でいうと。
家庭用ゲーム機じゃないですからね。
ゲーム基盤ですから。
ただまあ本当ならね、タイトーがもっと儲けていたであろうところを、
この許諾なしのコピー品の人たちが儲けてたというのはやっぱりちょっと腑に落ちないですが。
この50万台出回った期間が1年半。
で、このいわゆる許諾なしのコピー品を作っていた会社の中には、
後に家庭用ゲーム機向けコンシューマーゲームソフトの有名な会社になっているところがあって、
世界的に有名な会社もあります。
15:01
結構あります。
この辺は説明しないんで、興味があれば調べてみてください。
そしてですね、スペースインベーダーっていう名前自体はタイトーの登録商標になってますんで、
使えないんです。
そして2018年にね、発売から40周年を迎えた時にタイトーが、
インベーダーが初めて表に出た6月16日をスペースインベーダーの日っていう風に決めて、
日本記念日協会に正式に認定されていると。
6月16日はインベーダーの日ということで。
そうか、6月16日なのか。
ね。
いいですね、これちゃんと認められてるっていうのは本当に。
いやなんかたまにインベーダーの日って言ってるなと思ったけど、6月16なんですね。
しかも語呂合わせではなく、発表会で発表した日ということで正式なインベーダーの日ですね。
そしてですね、このインベーダーに続いて翌年。
これだけインベーダーが売れましたから、他のメーカーがこのジャンルのものを作らないわけがないということで、
1979年、ギャラクシアンが発売されます。
こちら言わずと知れたナムコ。
ギャラクシアン相当早かったんですね。
そうですね、早いですね。
やっぱりシューティングの歴史の中でも相当古い。
そしてインベーダーにインスパイアされたとはいえ、決してパクリではないね。
そうですね。
別のものとしてやっぱり。
すごい進化させたんですね、短期間で。
そして翌年、1980年、ムーンクレスタが日本物産から販売されます。
そしてその翌年、81年、ナムコからギャラが。
そして83年、ナムコからゼビウスが発売されます。
早いな。
この間にもいろいろ他のメーカーも出してるんですが、ざっくりと有名なところだけ紹介していくと、
やっぱりナムコが相当この短期間でシューティングゲームを連発していると。
ただこのギャラがからゼビウスへの進化は本当に当時衝撃的だった。
だからここまでは固定画面シューティングだったんですよ。
ゼビウスで縦スクロールシューティングになる。
しかも地上空中打ち分けるというね。
もう本当に別物です。
全くインベーダーとは違うものになった。
この70年代終わりから80年代最初にかけてのシューティングタイトルのヒットによって
シューティングゲームというものが当時のテレビゲーム業界で主要なジャンルとして定着していくんですね。
この頃にはおそらくみんなシューティングゲームと呼んでいたはずです。
この後さらに盛り上がってたくさんの名作タイトルが発売されてシューティングゲームは繁栄期に入っていきます。
そして1984年スターフォースが発売されます。
このゼビウスで進化した縦スクロールシューティングゲームをさらに別のものとして進化させたのがこのスターフォースだったんですが。
これ当時発売されたメーカーがテイカンというメーカー。
後のテクモなんですけども。
18:01
これがねスターフォースがすごかったのはですね。
インベーダーからゼビウスに進化した空中地上打ち分け弾を区別なく一つのショットで地上空中どちらの敵も壊すことができるような。
そうですね。
これがゼビウスを遊んでた私からするとちょっと違和感あったんです。
分かります。どういうことだって。どこ打ってんだって。
この弾は一体どうなってんだって最初は思いました。
ただですねこのスターフォースが発売されたおかげでこの縦スクロールシューティングというのはさらに進化していく。発展していく。
ちなみにこのスターフォースの音楽を担当した方はマスコツカサさんという方ですね。
マイティー・ボンジャクとかね。やられてる方です。
確かにスターフォースも名曲ですから。すごく音楽がいい印象に残ってます。
あとパーサーというのを取ると連射が速くなるというパワーアップ要素が入ったのも大きかったんじゃないかなと思いますけど。
そしてこのスターフォースが発売された同じ年1984年スターフォースから3ヶ月後1942が発売されます。
こちらカプコンですね。
この辺がね面白いですよね。
SF世界観だったところに歴史を持ってきたと。
そうですよね。確かに確かに。
この辺は今のカプコンを彷彿とさせるね。同じテーマというかジャンルでありながらもちょっとテーマを変えることで違うゲームにしてくるという。
バイオハザードが鬼武者になったみたいな感じですね。
この後1985年ここがねすごいんです。
85年は月ごとにちょっと紹介していきたいんですけど。
めちゃくちゃ出てる。
ここからシューティングゲームがめちゃくちゃ出ます。
1985年2月にエグゼドエグゼス。
カプコンから。
そして3月にコナミからツインビー。
5月にコナミからグラディウス。
そして同じ月にカプコンから戦場の王冠。
そして6月にスターフォースのファミコン版が出ます。
これでですねファミコンにもシューティングブームが来るわけですね。
これなぜかというとファミコン版が出ただけではなくですね。
以前ハドソンの回でも説明しましたけどハドソン全国キャラ版というのがあってですね。
その公式ソフトとしてスターフォースが任命されたことで家庭用シューティングゲームというのが一気に盛り上がったんですね。
要するにみんなが目的を持ってねゲームを遊ぶようになったと。
上手いとすごいっていうことになったんですよねあれはね。
そうなんです。今まではね一人で遊んで満足してたものが。
友達と競い合うという要素ができて。
しかもそれがローカルではなくね。
大やけにみんなの前で優劣を決めるということができるようになったと。
これは本当にねやっぱハドソンはすごく功績が大きいと思います。
そうですね確かに。
これがなければ家庭用でここまでシューティングが流行ったかどうか正直ちょっと怪しいところはありますね。
そうですね。もっと時間かかったかもしれないですね。
アーケードではこの時点で十分ねシューティングゲームというのはもうこのツインビーグラディウスあたりでもう相当盛り上がってますから。
21:07
そして1985年12月スペースハリアーがセガから発売されました。
きましたねここで大物。
シューティングゲームという概念を全く違うものにしてしまった。
確かにそうだな。
この当時はおそらく3Dシューティングゲームと言われてたんじゃないかなと思うんですけど。
いやーびっくりしたろうな。
いやーびっくりしましたね。しかもプラスね筐体が稼働するということで。
曲もいいしね。
本当にこのスペースハリアーというのもゲーム業界に与えた影響がすごく大きかった。
そして1986年3月にファンタジーゾーンがセガから発売されました。
そして同じ年86年6月にハドソンからスターソルジャーが発売されました。
これも満を持してスターホースと同じくハドソン全国キャラ1公式ソフトとして発売されまして。
こちらはですねスターホースは最初言ったみたいな定間のソフトを移植したという状態だったんですけども。
スターソルジャーはハドソンオリジナルタイトルです。
売り上げが100万本。
あー納得。
考えられないですね。今の時代シューティングゲーム100万本売れるっていうのは考えられないですけど。
この年にモーリ名人と高橋名人の対決を題材に描いた映画。
ゲームキング高橋名人vsモーリ名人激突大決戦っていうのがね。
ありましたね。
公開されてゲームとの相乗効果で大ヒットです。
子供が子ぞって映画化に行くという本当にすごい現象が起きてたんですこの時。
これ大人からするとなんでこの2人が人気あるのか全く理解できなかったんですけど。
できないでしょうね。誰なんだって。
そうそう。子供からしたらスターですから。
高橋名人の16連射に対してモーリ名人は14連射って言ってたかな。
連射力は劣るんですけども、テクニカルなゲーマーであるという風な感じで売り出しててですね。
パワーの高橋名人とテクニックのモーリ名人みたいな感じで扱われてたんですよ。
連射の仕方もそれぞれ特徴があってね。
高橋名人は振動させて打つ打ち方なんですけど、
モーリ名人は人差し指中指揃えて伸ばして打つという打ち方で。
この辺も子供ながらに熱い設定だったんですよ。
このタイプの違う名人同士が対決するって。
これほんと盛り上がりましたよ。私すごい覚えてます、この時。
雑誌も盛り上げてたんですよ、コロコロとかが。
長谷川さんこの辺とか覚えてます?
なんかスイカを指でついて。
それはもう、当時の子じゃなくても知ってますもんね。
YouTubeとかで流されまくってるから。
あれはね、本当に映画の演出としてやらされたみたいですけど。
そういうことがあって、ここでアーケードコンシューマーともに
シューティングゲームというのが爆発的に人気になってですね。
24:03
この後さらにいろんなゲームが出てくるんですが、
86年7月にスターソルジャーが出た1ヶ月後に
サラマンダーがコナミから発売されました。
横スクロールシューティングゲームといえばコナミというところが
続編を出したということでかなり話題になったんですが、
この後さらに横スクロールシューティングゲームが流行ってくるんです。
これまでは縦スクロールシューティングゲームが多かったんですけども、
やっぱりグラディウスからグーッと来てサラマンダーが出て、
この後さらに横スクロールシューティングゲームのジャンルを確立する対策が出ます。
それが87年の2月に発売されたダライアスです。
これが横スクロールシューティングでなければ発売されなかったゲーム。
テレビモニターを3台横につなげて遊ぶという。
これがタイトーから発売されまして、究極の横スクロールシューティングゲームですね。
その後同じ年87年の7月にRタイプが発売されます。
進化が早いな。
覚えてますよ。私この時ゲームセンターで本当に行くたびに新しいゲームが出てると。
で、出たばっかりなのに上手い人がいるっていうね。
本当にねすごかったんですよ。
このRタイプと同じ年にセガがアフターバーナーを発売しました。
こちらスペースハリアに続いて奥行きのあるシューティングゲームですけども、
世界観は戦闘機に乗って進んでいくというのと、
筐体が稼働するという大型筐体。
だからここに関してはセガは独自路線ですね。
そうですね。確かに。
これセガじゃないと出せなかったですね。
これは他のメーカーは真似できなかったですね。
そして同じ年87年10月にタテシューの人気をさらに盛り上げる
究極タイガーが東アプランから発売されます。
これはタテスクロールシューティングゲームですけども、
パワーアップが多彩であるということと、
かなり派手な演出と時期がヘリコプターであるというところが結構特徴で、
タイトルも究極タイガーという非常にキャッチーなタイトルで、
漢字を使うというね。このサラマンダーもキャッチーだったけど。
だいたいこの頃のゲームってカタカナが多かったんで、
ただこの究極タイガーというタイトルが東アプランの今後の方向性を決めた感じはしますね。
そうですよね。確かに。
ここから1988年、アイレムがイメージファイトが発売します。
そして同じ年にナムコがオーダインを発売します。
オーダインね。
これ意外とファンタジーゾーンから結構間空いてるんですね。
ファンタジーゾーンのすぐ後かなぐらいのイメージだったんですよ。
ゲームシステムがちょっと似てる。
そして89年、Xマルチプライがアイレムから発売されまして、
カプコンからはエリア88。
そしてタイトーからはナイトストライカーが発売されてます。
ナイトストライカーがさっき言ってたギジ3Dですね。
奥行きのあるシューティングということで。
こちらが80年代最後になるんですけども、
80年代というのがゲーム業界全体を引っ張るジャンルとして、
27:02
シューティングゲームが大いに発展した年だったというのは、
今挙げたタイトルだけでも十分伝わると思うんですけど、
これ以外にもたくさんシューティングゲームだけでもっとたくさん出てます。
もうこの頃になってくると、
ハードウェアとプログラム技術の進歩に伴って、
グラフィック、サウンドがどんどん盛り盛りパワーアップして、
それに合わせてゲームシステムや難易度といった、
ゲーム内容もどんどん進化して加速していったと。
遊ぶ側のプレイヤーもどんどん上手くなっていったんですね。
ワンコインクリアとか、
ハイスコアを目指して競い合うというプレイスタイルが定着してきたんです。
その結果、スコアアタックイベントとか、
以前話したゲーメストのハイスコアランキング、
各ゲームセンターが協賛して、
ゲームセンターで集計したハイスコアを雑誌で集計して、
日本一のスコアラーを決めるということも盛んになりまして、
ここまでシューティングゲームが受けた理由というのは、
敵を撃つ、敵の弾を避けるというシンプルで分かりやすいルールと、
パターンを解析して練習することで、
練習した分だけ先の面へ進める。
ハイスコアが狙えられるという、
シューティングゲームという特徴なんですね。
アクションゲームも似たような感じではあるんですが、
長谷川さんはアクションゲームのほうが得意だと思うんですけど、
シューティングは人によってはこっちのほうが簡単なんですね。
その弾を避けるという行為が、
例えばアクションゲームだとジャンプとかね、
いろんな動作で避けますけど、
シューティングは時期で弾を避けるだけですから、動かしてね。
位置移動するだけって言えやそうですけどね。
だからシンプルと言えばシンプルなんです。直感的というかね。
レバーとボタンで避けるという操作ではないので、
なのでこういうシンプルながらも、
本当にやり込み要素のある要因が受けて、
これだけ流行ったんじゃないかと。
この1980年代はアーケード、コンシューマー問わず、
ビデオゲームの中心ジャンルとして確立されたんですね。
ゲーム会社は当然たくさんのメーカーが、
シューティングゲームを作ってですね。
会社によってはシューティングゲーム開発専業の
ゲームメーカーも現れたのがこの頃だと。
さっき言った東亜プランね。東亜プランがこの頃から
シューティングに特化したメーカーになっていたと。
結局タイガーのヒットで、やっぱり会社の方向性が
そっちに行ったっていう話を聞いたことがありますね。
もうこれは間違いないと思います。
そしてここから90年代に入っていきますけども、
1990年、コナミから。
パロデュースだ! 神話からお笑いへ。
そして同じ年に、ライデン。
西部開発からが発売されますね。
こちらの前、ゲームエストの回でね、
パロデュースがやたら評価が高かったっていう話を
30:00
してましたんで、この頃ですね、あのゲームエストの話は。
で、パロデュースだ!はもちろんね、
グラデュースがあってこそのゲームであるんですけども、
やっぱりね、横スクロールシューティングといえば
あったんですね、イメージは。
ここで出てくるライデンね、これ西部開発。
こちらもシューティング専門に近いメーカーですね。
そうですよね。ライデンもすごい流行りましたよね。
流行りました。この頃から漢字のタイトルの
シューティングゲームは後派だというイメージがね。
漢字シューティングありましたね、いっぱい。
ありました。だから後派なイメージなんですよ、すごく。
確かに。
だからもう俺たちはカタカナのシューティングより
こっちだぜというね、漢字の派閥が生まれてたイメージもありますけど。
そして翌年91年、サクセスからコットン、
タイトーからガンフロンティア、そして同じく
タイトーからメタルブラックが発売されています。
この辺りからですね、ちょっと軽量が変わってくると。
可愛らしいキャラクターだったり、ちょっと今までのね
戦闘機とかとは違うものが戦うシューティングゲームが
ちょっと出てきだしているという。
そして92年、ラストリゾートがSNKから。
そしてソニックウィングスがビデオシステムから発売されています。
ラストリゾートが横周、ソニックウィングスは縦周ね。
この辺なんかも、ラストリゾートはどっちかというと
ハードな世界観でしたけど、ソニックウィングスはちょっとライトな感じの
キャラクターがいる、キャラクターを結構押し出した感じのゲームでしたけどね。
でこの辺からちょっとずつですね、今まで戦闘機が主役だったシューティングが
少しずつキャラクターゲームの要素を帯びてくるんですけども。
翌年93年、東亜プラン開発の抜群が発売されます。
あー、そうか。
こちら開発東亜プランですが、販売はタイトーですね。
そしてライジングから魔法大作戦。
ライジングね。
そして最強から戦国エース。
そうですね。確かにキャラ化してきましたね。
ね、少しずつ。でこれの影響も間違いなく格闘ゲームなんですね。
そういうことか。
格闘ゲームブームと、あとはベルトスクロールゲームとかの影響もあるかもしれないですね。
あれもキャラクターですから。
プレイヤーが感情移入しやすいキャラクターという要素を入れてきていると。
ただあくまでもこの時はまだまだ要素の一つだったんですね。
そして95年、ここでシューティングゲームの歴史がちょっと動くんですが、
開発、経緯部、販売アトラスのドンパチが出ます。
あー、はいはい、ドンパチね。
そして同じ年に最強からストライカーズ1945が出てます。
この95年に特筆すべきはドンパチ。
これね、弾幕系元祖ではないんですね。
元祖の元。元祖の元なんです。
ただ、やっぱりこれまで出ていた縦スクロールシューティングに比べると、
非常に弾数の多いゲームだったのは確か。
画面に出てくる弾が非常に多いゲームというのが印象深いのがこのドンパチなんですけども、
33:01
そうですね。シューティングやらない僕でも名前は聞いてたし、
なんか盛り上がってるなと思ってましたね。
あとやっぱりこのタイトルのインパクトね。
そうそう、資料バチって書いてたドンパチね。
これかっこいいんですよ。
あれは上手いと思った。
で、敵もね、本当に蜂の形してるっていう。
本当この読み方上手いんですよね。
ちょっと暴走族っぽい感じもしますけど。
そうですね。
でもかっこよかったです。
かっこよかったですね。
で、この翌年ね、1996年。
ADKからティンクルスタースプライツ。
そして開発ライジング。
販売エイティングから早急グレンタイ。
早急グレンタイ、はい。
さらにレイストームがタイトーから発売されました。
で、ここでですね。
3Dシューティングゲームとしてレイストームが。
ああ、そうか。そうですね。そうだったそうだった。
この前にももしかしたら出てたかもしれないんですけど。
家庭語とかであったかもしれないですね。
ただシューティングゲームの中で初期の頃の3Dゲームといえば。
やはりこのレイストーム。
で、なぜレイストームがそこまで人気があるかというとですね。
やっぱり3Dでないと表現できないホーミングレーザー。
そうですね。
これですね、やっぱり。
めちゃくちゃかっこよかった。
これは2Dでももしかしたら表現できたかもしれないんですが。
このホーミングレーザーのかっこよさだけでこのゲームを遊んだ人はたくさんいたと思います。
これでね、シューティングゲームに戻ってきた人もいたんじゃないかな。
そして今までシューティングゲームやらなかった人も遊んでみたくなるぐらいかっこいい画面。
そういう意味では、ドンパチっていうのはシューティング好きな人たちが盛り上がってたんですけど。
そういうんじゃなくて。
そうですね。だからこの96年なんかはね、このティンクルスタースプライツもかなり特殊なシューティングで。
対戦シューティングゲームですからね、これ。
2画面分割で戦うっていうね。
だからここでちょっとね、シューティングゲームっていうのが過渡期に入ってきて、
さらにいろんなジャンルというか、細分化されていく感じになっていくんですよね。
ここら辺でね、長谷川さんが最初の頃言ってた、
ちょっと自分には難しくて遊んでなかったというね、当時の風潮というかね、
イメージがこの辺で出てくるんですが、
それが先ほど言ったドンパチから派生したゲームがですね、
この翌年に出て、ここからまたシューティングゲームというものがある特定の方向へ加速していくんですけども、
1997年3月にドドンパチというのが同じくね、ケイブ開発アトラス販売で発売されます。
これが弾幕系の元祖と言われるゲームです。これは間違いないと思います。
ここでシューティングゲームというものが方向性が一つはっきりしたというのがこのタイトルなんですけど、
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内容的にはね、敵の撃った弾を避けて敵を倒すという基本的なシューティングゲームの要素をですね、
極限まで高め、1画面に最大245発っていう敵弾が表示されて、しかもですね、特徴としてもう一つ、敵の弾のスピードが遅い。
これね、普通の敵弾っていうのはやっぱりプレイヤーを倒すためにある程度の速さで飛んできて避けにくくするという発想で敵は弾を撃っていたんですが、
このドドンパチから大量に撒いた弾をゆっくり飛ばしてくるという。最初見た時に本当にびっくりするビジュアルでしたね。
すごかった。なんていうんだろう。花火が炸裂するのをゆっくり見てるみたいな。
グラディウスの処理落ちで弾がゆっくり飛んできてる。あの感じなんですけども、弾の数が尋常じゃない。
本当に気化学模様に見えるぐらい弾幕と言われるやつですね。本当に弾幕です。
しかもですね、その弾幕こんなもん避けれるかってパッと見もう絶対避けられない。ですけど内部的に磁気の当たりが極端に小さい。
当たりというか磁気のやられ判定ね。これを極端に小さくしたので、見た目より避けれるという。
このゲームシステムが話題になって、しかもシューターの魂をですね、呼び起こしてですね、大ヒットです。
ここから弾幕系シューティングというものが発展していく。思想、元祖なのがドドンパチ。
ちなみにドンパチの頭に怒りという漢字を足してドドンパチです。この名前もかっこいいけど。
これが97年。ここでシューティングゲームの歴史が変わったというね。ターニングポイントの一つだと思うんですけども。
有名なメーカーのものをたくさん紹介してますけど。シューティングゲームって他のゲームジャンルより参入しやすかったんですね。
作りやすかったと。人数が少なくても作りやすいジャンルのゲームだったんで。この時格闘ゲームがもう流行ってまして。
格闘ゲームのコストってもう異常に高いんですよね。それに比べればシューティングゲームの方が安く作れて当たった時のメリットが大きいということで。
新しくシューティング作るメーカーも増えてたと。そして翌年1998年にトレジャーからレイディアントシルバーガーが発売されて、同じ年ケイブからエスプレイドが発売されます。
この辺りよりシューティングゲームに対してのキャラクター性が強くなってきたのがこの頃。
これは最初の格闘ゲーム部分よりもより強く影響を及ぼしているところかなと思います。キャラクターというものがゲームと切り離せない要素になってきてるんですね。
キャラクターグッズっていうものが売れてましたもんね。
そうですね。シューティングゲームがやっぱり難しいというものになってきてたんです。
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特にこのドドンパチの出現により、もう遊ばなくてもわかる。見ただけで難しいというのがわかるゲームが出てきたわけですね。
ドドンパチはストイックなシューティングなので、キャラクターとかいないのでね。
だからよく知らない人は、もう飛行機が飛んで戦うシューティングゲームは難しいものだというイメージがこの頃ちょっと…。
そうじゃないですかね。あの画面見て、ワナビーっていうか、自分もああなりたいっていう思う人は少なかったんじゃないかな。もちろんいたとは思うんですけど。
そうですね。ただ本当に私も個人的にはドドンパチ見た時に、あ、もうシューティングできないなと思いました。
ただこれはドドンパチが悪いではなく、ドドンパチはあくまでもシューティングを好きな人に向けて作ったタイトルであって。
好きな人たちが作ってましたからね。
そうです。だからこれはあくまでも結果なんです。
ドドンパチがめちゃくちゃ売れたからこそイメージに残っていて、そういうシューティングが難しいというイメージに繋がってしまった一端ではあるんですけども。
ただ他のメーカーはね、ちゃんと初心者の人でも遊びやすいゲームとか入りやすいものを作っていますから。
あくまでも1タイトルとしてね、そういうものが出たということなんですが、この後1999年、ギガウィングがカプコンから発売されます。
これ開発はね、匠というところなんですね。
そして2000年、サイバリア。こちら開発がサクセス、販売がタイトー。
そして2001年、イカルガ。これナオミ基盤ね。
懐かしいですね。
懐かしいですね。
こちら開発、発売ともにトレジャーという。
そうですね。
こういう感じで2000年代のシューティングゲームがあるんですが、とりあえず歴史に関してはここまでとりあえず紹介します。
そしてですね、先ほどもちょっと触れましたけども、この80年代の終わりから90年代に始めた頃に、ちょっとシューティングゲーム人気に限りが見えてくると。
この衰退した要因については、いろいろなことが言われてるんですけども、大きな理由がいくつかあって、
まず1つ、ゲーム内容のマンネリ化と高難易度化。
そしてゲーム回転率の悪さ。
そしてもう1つが、多ジャンルのヒット。
そうですね。本当そう。
これ1つ1つ説明していくと、ゲーム内容のマンネリ化と高難易度化というのはですね、
シューティングに限らないんですが、ある1つのジャンルが人気出るとですね、やっぱりそれに似たものを作るわけですよ、各メーカーが。
それによってですね、見た目の変化があまりなく、さらにシステム的にも同じようなゲームがどうしても量産されてしまうと。
それによってプレイヤーが、なんか新しいゲーム出たけど、またなんか前にも見たようなゲームやなと。
ということで遊ばなくなってしまうと。飽きてしまうということですね。
そうなるとどうなるかというとですね、ちょっとゲーム遊びたいなというライトユーザーが離れていってしまってですね、
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残るのはそのジャンルを一生懸命遊ぶ上級プレイヤーになって、そうなると作り手側はですね、上手いプレイヤーに合わせてゲームを作ることになると。
するとどうなるか、難易度はどんどん上がっていく。
すると初心者はシューティングは難しいなと、取っつきにくいなというイメージがやっぱ定着してしまったと。
この難易度の上昇については、ゲーム内容だけじゃなくて、一部メーカーの情報統制によってゲーム雑誌とかに攻略情報が載りにくくなったと。
そうなんですよ、わかる。僕攻略とかじゃなくて単純に映画見たかったんですけど、一部のシューティングってゲームメソッドとかに全く載らないやつとかあったんですよね。
あれってやっぱり情報を出さないようにしてたみたいですね。
この辺はゲームの寿命を長くしたいというメーカーの人だったと思うんですが、これが結果攻略しにくくなったことでやっぱりプレイヤーが離れていったんじゃないかと言われているようです。
この辺が難しいところでね。
もう一つの要因がゲーム回転率の悪さ。
これたびたびこの番組でも話してますけど、いわゆるインカムってやつですね。
1日でお金をいくら稼ぐかということで、この回転率っていうのが先ほど話した高難易度化とも密接な関係があると。
回転率が悪いっていうのはワンプレイの時間が長いっていうことなんで、それを解決するのにはどうすればいいかというと、ゲーム内容を難しくするわけですね。
するとどうなるか。回転率が悪いから難易度を上げる。難易度を上げるから初心者が遊ばなくなる。
すると上級者がワンコインで長時間プレイする。回転率が悪くなるという見事な悪循環になってしまうと。
この結果プレイヤーの全体数が減ってしまう。新規ユーザー入らない。一部の人は遊んでくれるので一定数は稼げるけども、徐々に減っていってしまう。先細ってしまうという要因があったと。
そしてここにさらにシューティングにとって悪いことが起きてしまったのが他ジャンルのヒット。
アーケードゲームに限らずコンシューマーゲームもこの頃はヒットしてまして、ロールプレイングゲームや対戦格闘ゲーム、パズルゲームなど他のゲームジャンルに次々ヒット作が出てきてですね。
いろんなところにユーザーが流れていったと。今までゲームを遊ぶといえばゲームセンターだったんですけども、ファミコンで遊ぶ人もいるし、この頃にはスーファミが出てたのでスーファミで遊ぶ人もいれば、出たばっかりのプレイステーションで遊ぶ人もいると。
プレイステーションが出た頃というのは家庭用ゲーム機も大ヒットしてますから、ゲームセンター以外でも高品質なゲームが遊べるようになってきたと。
ゲームセンターに行かなくてもゲームセンターみたいなゲームが家で遊べると。
なら1回100円入れて遊ぶよりお得じゃないかということでゲームセンターに行かなくなった人も多かったと思います。
このシューティングゲーム衰退の一番大きな他ジャンルのヒットの要因が格闘ゲームなんです。
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絶対そうでしょうね。
これは間違いない事実だと思います。
ちなみにストリートファイター2、1作目が発売されたのが1991年3月。
そして93年にバーチャファイターが発売されます。
なのでこのアーケードのシューティング界隈にはこれが致命傷になってます。
いやもうシューティングに限らずね。
パズルはぷよぷよが出たからまだインカムの回転が良い道が残ったんですけど。
ベルトスクロールとかも格ゲーにやられた気がしますね。
もう一気に減りましたね。
この格闘ゲームというのがまず抜群のゲーム回転率。
そうです。
ゲームセンターは喜んで。
プレイヤーはワンプレイの時間はシューティングゲームより圧倒的に短いものの時間あたりの満足度がシューティングゲームより高い。
そうですね。毎回違う体験できますからね。
これが格闘ゲームの強いところ。
さらに対戦で勝ち抜けば、勝ち続ければ長時間遊ぶこともできる。
そうですよね。上手いことが凄いことじゃなくて得なことも兼ねてるんですよね。
昔は長く遊べることが得だったんですけども、格闘ゲームでは長く遊べることプラス勝つことに対しての喜びとか直接的な快感があったということで。
シューティングでハイスコアを競うというのも快感なんですが、直接的な喜びではないんですよね。
誰かと比べることで間接的なものなので格闘ゲームは直接相手とぶつかり合って優劣を決めるという。
そしてさらに魅力的なキャラクター性というシューティングの弱いところを埋めてきてですね。
圧倒的な注目を集めてシューティングゲームから一気にアーケードゲームの種類を奪い去ってしまったんです。
そうですね。そう考えると川崎さんがティンクルスタースプライツの名前を挙げるのはわかるな。
そこら辺を取り込んでどうにかしようとしてたシューティングですもんね。
シューティングに対戦要素を入れることで。
あとキャラクターもね。
回転率プラスキャラクターというのは狙いどころは優秀なんです。実際人気ありましたしね。
間違ってはなかったんですが、ただそうなってくるとシューティングじゃなくてもいいんじゃないかという人もいるんで。
まあそうかそうか。
それは人それぞれだと思いますけど。
そしてですね結局一つのジャンルが人気出てしまうとですね、ゲームセンターの設置面積というのは限られてますから。
格闘ゲームを入荷した分は何かを減らさなければならない。
となるとその時選ばれる基準は回転率になってしまうんです。
となると回転率の悪いものから入れ替えられてしまうということで必然的にシューティングゲームの筐体が減っていくと。
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そうですね。そうすると開発もできないということですよね。
ただですねそれでも希望はあってですね、シューティングゲーム自体は遊ぶ人がいなくなったわけではない。
減りはしましたけどゼロではない。絶対需要はあるわけです。
シューティングを遊びたいという人は。
だからここでまたヒット作が出れば帰り避けるぞというかというとそう簡単にはいかないわけですね。
その理由がこの状況で残っているシューティングプレイヤーというのはいわゆるマニア化してしまっているわけですね。
マニア化したプレイヤーというのはですね、多くの人は革新的なゲームを求めていないんです。
今まで遊んだものの進化版とか続編を求めていると。
ということで結局人気作の続編のマニア向けなタイトルしか作られなくなる。
メーカーとしてもそこを作らざるを得ないということになって、
結果先ほど言ったみたいに初心者離れがさらに加速してしまうという悪循環が生まれてしまったと。
それを象徴する出来事っていうのが94年の東亜プランの倒産です。
このシューティングゲームをメインに出していたメーカーが倒産してしまったというこのニュースはやはりこのゲーム業界の中でも
シューティングがついに終わったかというイメージになってしまったんですね。
さらに同じ年にアイレムもアーケードゲーム事業から撤退します。
同じタイミングだったんですね。
アイレムもシューティングに力を入れていたメーカーでしたから。
横スクロールでね、いろいろ癖のあるのを出して。
Rタイプで一時代気づいたんですけど。やっぱり時代の流れには逆らないというか。
そしてコナミも1990年代後半にはビーマニシリーズなど音楽ゲームをメインコンテンツにするようになっていたと。
コナミはここに移れたから残れたんです。
これがコナミがずっとグラディウスだけを作っていたらちょっとヤバかったかもしれない。
確かに音ゲーのヒットは大きかったでしょうね。
この頃のゲーセン知ってる方は格闘ゲームと同じく音ゲーがバンバンゲームセンターに増えてきたはずです。
回転率もね、固定時間だから基本的には。
リプレイ率がめちゃくちゃ高いんです、ビーマニは。
高い、あれは。
なんせ練習して上手くなるとどんどん進めますから。
練習したくなるんですよね。
目指してるところというかゲームシステムとしてはシューティングゲームに近いんですけどね。
上手くなると長く遊べるということ。ただ長く遊べるがないんですね、音ゲーはね。
絶対上手くなろうがプレイ時間は変わらない。
そうそう、固定極数で終わるのが基本の仕組みでしたからね。
ここがメーカーとゲームセンターにも受けたと。
あとギャラリーに見せれるというのが強かったんですよね。
シューティングもね、ギャラリーに見せれたんですけどね。
ただその見る側も理解してなきゃいけないですよね、シューティングはね。
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だから本当にね、こうやって色々調べていくと衰退する要因というのはたくさんあって、
それらが全てこうやっぱりシューティングゲームに不利な方向に働いてしまってたんだなと。
という感じなんですよね。
ただね、ここからね、シューティングがなくなってしまうということはないわけです。
このシューティングゲームから撤退するメーカーが相次ぐ中で、
タイトーなど一部老舗メーカーは制作を継続する。
そしてケイブ、サイキョー、ライジングのように
シューティングゲームに新たに参入するメーカーも出てきたと。
これがね、90年代後半で紹介してたメーカーがここですね。
新たにこの苦境の中、シューティングを作ろうという気概のある人たちもいたと。
ただこの状況でシューティングを作ろうと思っているということは、
ただ単に他のメーカーと似たようなものを作ろうという人たちではないわけです。
これらのメーカーはですね、シューティングゲームの初心者離れに
強い危機感を持って、何とかしなければということで
色んな要素を見直して改善したゲームを作っていくわけです。
で、格闘ゲームに習ってキャラクター性を強化したり、
あとは自動難易度調整システムを実装したりね。
だから上手い人は敵が強くなる。
上手くない人は敵が弱くなるというね。
そういうシステムが導入されたゲームもあったんですね。
あとはボムの標準装備。
それと一面の低難易度化。
一面だけはどんな人でもクリアできるようにするとかね。
あとは絶対ボムを入れて、どんな状況でもボムさえ使えれば死なないという状況を作るということで
初心者でも遊びやすくなる工夫を凝らすんですね。
ただいろんな努力をここでするんですけども、
残念ながらそれも根本的な問題解決にはならない。
いろんなことを試した結果、結局小手先の要素よりも
初心者を取り込みつつ上級者が納得できるようなバランス調整というものを目指さないといけないということに気づいて
またシューティングゲーム自体がステップアップしていくということで
90年代から2000年代にかけてというのは結構シューティングゲームが大変だった中
それでもその中から見るべきものがたくさん作られた時代だったんですけども
やっぱりユーザー層の獲得までにはならなかったと。
結果マイナー化、ニッチ化が進んでいったんですよね。
今でもシューティングゲームというジャンルは確立されて残ってはいるんですけども
これが最初に話した一般的な人がイメージするシューティングゲームというのは
現在バトルフィールドやコールオブデューティー、あとはフォートナイトとかPUBGなどのものが
シューティングゲームと呼ばれる状況になっていると。
我々なんかシューティングゲームって聞くとまだ縦集横集ってパッと出ますけど
おそらく今の若い子たちはシューティングゲームと聞いてもその画面は出ないと思います。
そうか。確かにスプラトゥーンとかやってるちっちゃい子とかね。
54:02
そうですね。シューティングゲームと聞いたらスプラトゥーン。もしくはエイペックス。
打つゲームですからね。言葉としては間違ってないんです。
シューティングゲームのジャンルの中の一つなので。
ただやっぱり我々の前世紀の頃のシューティングゲームというものは
ジャンルとしては残ってますけども、今ではその主流を指す言葉ではなくなっていると。
今回この辺調べてみてね。シューティングゲームのその衰退っていうのを調べてて感じたのがですね
実は格闘ゲームもすごく似ているなと。
これ皮肉な話なんですけども。シューティングゲームを衰退させた格闘ゲームが
同じような道をたどっているというね。
そうですね。高難易度化。
まんねり化。高難易度化。で、初心者離れして
初心者取り込もうといろんな初心者向けのシステムを入れるけれども取り戻せずに
一部のマニアが遊ぶゲームになってしまったというのは本当に
シューティングゲームと同じ道をたどっています。
ただシューティングゲームと違ったのは
eスポーツに採用されたことですね。
そうですね。
これのおかげで本当にちょっと違うものとして今残っていると。
確かに。
あとは家庭用でオンラインのゲームが遊べるようになったことで
ゲームセンターじゃなくても対戦ができることは
格闘ゲームにとってはラッキーだったなと。
これがいつまでも家で友達呼ばないと遊べないという状況だと
家庭用の格闘ゲームというのは多分衰退していっただろうなとは思います。
そうですね。
ということでエンディングなんですけど
今回はちょっと長くなってしまいましたので
長谷川さんのレトロゲームプレイレポートの方ちょっとまたお休みということで
最後本当にシューティングと格闘ゲームというジャンルがすごく被って
話してて途中でだんだん悲しくなってきたんですけど
いやー僕はBBブロスを初めてレトロゲームを見直す中で
やっぱりレトロゲームが好きで今何か発信している方っていう中に
シューティング好きな方がすごく多くて
多いなと思うんですよ。
すごく楽しそうに話すんですよね。
この時代これ良かったなみたいなね。
そういうのを見ていると自分がそこ同じ時代にいたけど
あんまし触れてなかったのがちょっともったいなかったなって
そうですね。それはそう感じるかも。
私は幸いシューティングゲームも下手ながら遊んでましたから
当時のゲームとか思い出は多少あるんですけど
確かに改めて振り返った時に
今若い人が当時ゲームセンターで対戦格闘ゲーム流行ってた時のことを知りたかったという
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感じる若い人もいるみたいなので
それと同じことだと思いますね。
あれを経験してたのは私たち本当にラッキーです。
めちゃくちゃ恵まれてると思います。
シューティングの良い時代から東亜がなくなって
最強とかが出てきてっていう
移り変わっていく中でも
中身がちゃんと洗練されていってるというか
アイディアがいろいろあったんだなっていうのを
今なっていろいろ分かってきて
畳から見てるとね、やっぱり触れてみないとそこが分からなかった
話聞くのは面白いなと今なっておるし
あと家庭用で結構作られてた名作っていうのが
もっと知らないですよね。
そのゲームセンターにあったやつは
行ってたから目には知ってるんです。
やってはいないんだけど
戦国エースとかすげー流行ってたし
知ってるんだけど
確かにね、家庭用ゲームは目に触れる機会というのがね
限られてますからね。
こんなのあったんだなみたいなのが
今になってでも新鮮で面白いですよね。
知っても。
ではいつもの告知にお願いします。
ブライト・ビット・ブラザーズでは
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BBがアルファベットでブロスがカタカナを付けていただけると
見つけやすくてとても助かります。
よかったら番組ツイッターアカウントをフォローしてください。
よろしくお願いします。
よろしくお願いします。
ということで今回はシューティングゲームの話をしたわけですけれども
実はですね、この間ね
新年特別企画的なことをやりましたけど
もう一つね
新年というか2022年
最初の企画として考えているのが
このシューティングゲームをちょっとここで一気に補充しようかと
いっぱい話してもう
シューティング成分をちょっと濃くしていこうということで
ここからですね、しばらくシューティングゲームのターンが続きます。
なのでちょっとね
シューティングゲーム興味ない方はどうかなと思うんですが
そういう方でもね、伝わるように説明していきたいと思いますので
引き続き聞いていただけたらなと思います。
ということで今回も最後まで聞いていただいてありがとうございました。
ありがとうございました。
59:49

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