ボーリングがすごく遊びとして流行ってたんですけども。
そのブームがこの頃は終わってまして。
そのボーリング場の跡地を利用して光線銃の技術を使った大型レジャー施設レーザークレーというものを作ってたらしいんですよね。
この辺はビリヤードが流行った後に、ビリヤードがあった場所がカラオケボックスになったっていうのと同じ流れなんですけど。
なるほどね。
これが73年にニンテンドーが会社を作って、翌年の74年に西武劇を題材としたワイルドガンマンを業務用射撃ゲームとして作ったと。
なるほど。
ここでテレビゲームに使われてるんですよ、この技術が。
ただですね、このニンテンドーレジャーシステム、第一次オイルショックの影響で経営が悪くなってお客さんが来なくなってですね。
このレーザークレーシステムというところに結構お金かけてたらしいんですよ、これからこれが来るぞと。
お金をかけてたんですが、このことによってかなり借金をすることになったと。
しょうがないですね。
そうですね。決して見積もりが甘かったわけではないと思うんですが。
予測はなかなか読めないですね。
予測できないですからね。
だからニンテンドーも今みたいに会心劇を続ける前は結構失敗してますから。
こういうものがシューティングゲームと言われていたんです、最初は。
この後ですね、テレビゲームでスペースインベーダーがヒットして、いろいろなシューティングゲームが生まれて、
テレビゲームの中での2D画面で遊ぶシューティングゲームというのが一般的なシューティングゲームと呼ばれるようになったと。
ただ初期の頃はですね、やっぱりアクションゲームって言われてたみたいなんですよ。
83年のパソコン雑誌のログインという雑誌で、ゼビウスを紹介してた文章で戦闘ゲームという名前がついてたと。
ゼビウスがシューティングゲームと呼ばれていなかったんですよ。
そうなんですね、最初そうだったんだ。
これだからパソコン雑誌という媒体のせいもあるかもしれないですけどね、もしかしたら。
他のパソコン雑誌ね、こんにちはマイコンという雑誌があったんですけど。
そっちではゲームのジャンル紹介で、アクションゲームをスペースインベーダーなどの反射神経を競うゲームっていうふうに説明してたと。
だからスペースインベーダーもシューティングというよりはアクションゲームとして捉えられてる。
この言葉自体がね、広まった原因というか、これはっきりした原因かどうかわからないんですが、一説として1982年に公開された機動戦士ガンダム3巡り合い空編が広めたんじゃないかという説があってですね。
これなぜかというとですね、予告編でガンダムラストシューティングとか宣伝ポスターでラストシューティングっていうふうに売っていたと。
でこれがそのシューティングという言葉自体を広めるのに一役買ったんじゃないかという説があるらしいです。
じゃあなんかこのタイトルが出たからっていうようなパチッとしたスイッチみたいのがなくて、なんとなくグラデーション的にいつの間にかそうなってたんですかね。
なんかね、今ではもう本当にシューティングといえば弾打つゲームって当たり前だと思いますけど。
そうですし、最初に意識したのってグラディオスかな?
おそらくね、やっぱりなんだかんだ言ってインベーダーは絶対シューティングと言われてたはずなんですよね。
ただインベーダーが出た当初はそこまで普及したジャンル名ではなかったみたいな。
僕個人の感覚だとバトルシティ遊んだ時にあれも弾打つけどあれシューティングだと思ってなかった。
確かにあれはアクションゲームな感じしますね。
だけどグラディオスはシューティングだと思ってました。
グラディオスの時には我々シューティングというジャンルは認識してたってこと?
そうですよね。漫画とかでもそう言ってたもん。
で、一般的に私たちが知ってたということはもう浸透してたはずです。
だからその前ですね、多分私たちがもっと若い時にははっきりとした名称では呼ばれてなかったという感じですね。
じゃあですね、このシューティングゲームという意味。これやっぱり細かく分かれるんですね。
アクションゲームでもね、アクションRPGとかアクションパズルなんていう言い方しますけど、
シューティングもね、分かれていくんですが、まず大きく分けて3種類。
2Dシューティング、3Dシューティング、ガンシューティング。
なるほど。
で、このガンシューティングというのがさっき言ったね、光線銃とかその銃のギミックを使ったものがガンシューティング。
で、テレビゲームで使われるのはこの2Dと3D。
これもう説明するのもなんですけど、2Dというのは画面に表示されるものが2次元のもの。
で、3Dシューティングは画面に3次元で表示されるものが3Dであると。
だから3次元に表示されていれば、ポリゴンじゃなくても3Dシューティングというのかというところはまたちょっと難しいところで。
そういうものは擬似3Dというふうに表現してたみたいですけど。
なるほど。
だから3Dっぽいゲーム画面ってあったじゃないですか、当時。
うん、ありましたね。
あれは厳密に言ったら擬似3Dと。
3D表現が明確に出てくるまでは多分3Dというふうに言われてたと思うんですけど。
スペースハリアーとか、ああいうのは?
ああ、そうですね。あれも3Dと言えると思いますけども、今となっては擬似3Dですね。
さらに2Dシューティングは画面がスクロールするかしないかで2種類に分かれますね。
固定画面シューティングとスクロールシューティング。
固定画面シューティングの代表はインベーダー。
スクロールシューティングなんかいうのはいくらでもありますから。
画面が動くものと。
さらにスクロールシューティングも大きく分けて4種類。
縦スクロールシューティング、横スクロールシューティング、縦横両スクロールシューティング、
そして多方向スクロールシューティング。
これ例あげていくと縦スクロールがゼビウス、スターフォース。
横スクロールがグラディウス、Rタイプ。
縦横スクロールがアレスの翼、サイドアーム。
サイドアームってそこだっけ?
サイドアームは上下左右、面によって変わるんですね。
そして多方向スクロール。これがアサルト。
そしてサンダーフォースシリーズ。
そしてもう皆さんご存知、バンゲリングベイト。
これが多方向スクロール。
この辺はもう見れば分かる分け方だと思うんですけど。
最後にね、3Dシューティング。
これはですね、視点の取り方で分類されると。
もうこれだから完全に本当の3D表現のゲームということでね。
擬似3Dではなくて。主観視点のものをFPS、ファーストパーソンシューティング。
3人称視点のものをTPS、サードパーソンシューティングというふうに2つに分けられる。
現代ではこちらの方が主流なシューティングというジャンルの意味になってますけどね。
そうですね。確かにいつの間にか逆転したな。
この辺はね、シューティングの歴史をたどっていくとね、よく分かるんですが。
ではですね、ここからは実際にその年代と発売されたシューティングのタイトルを見ていきつつ、
シューティングゲームの歴史をたどっていきたいんですけど。
まずね、もうスタート地点は1978年アーケードで発売されたスペースインベーダーから。
もうここがスタート地点でしょう。発売メーカーはタイトーと。
こちらね、日本のアーケード史上最大のヒット作と。
当然世界的にも大ヒットしてます。
その売上がかなり莫大なんですけども、その売上記録は未だに塗り替えられてないそうです。
基盤の販売台数。国内だけでタイトーによる純正品が約10万台。
タイトーが許諾したメーカーから発売されたものが10万台。
そして許諾なしのコピー品が30万台。
この辺がね、当時の状況をすごく説明してるなと思ったんですけど。
なのでとりあえずひととり合わせると約50万台が日本中で出回っていたと。
これもう爆発的大ヒットですね、当時でいうと。
家庭用ゲーム機じゃないですからね。
ゲーム基盤ですから。
ただまあ本当ならね、タイトーがもっと儲けていたであろうところを、
この許諾なしのコピー品の人たちが儲けてたというのはやっぱりちょっと腑に落ちないですが。
この50万台出回った期間が1年半。
で、このいわゆる許諾なしのコピー品を作っていた会社の中には、
後に家庭用ゲーム機向けコンシューマーゲームソフトの有名な会社になっているところがあって、
世界的に有名な会社もあります。
これがねスターフォースがすごかったのはですね。
インベーダーからゼビウスに進化した空中地上打ち分け弾を区別なく一つのショットで地上空中どちらの敵も壊すことができるような。
そうですね。
これがゼビウスを遊んでた私からするとちょっと違和感あったんです。
分かります。どういうことだって。どこ打ってんだって。
この弾は一体どうなってんだって最初は思いました。
ただですねこのスターフォースが発売されたおかげでこの縦スクロールシューティングというのはさらに進化していく。発展していく。
ちなみにこのスターフォースの音楽を担当した方はマスコツカサさんという方ですね。
マイティー・ボンジャクとかね。やられてる方です。
確かにスターフォースも名曲ですから。すごく音楽がいい印象に残ってます。
あとパーサーというのを取ると連射が速くなるというパワーアップ要素が入ったのも大きかったんじゃないかなと思いますけど。
そしてこのスターフォースが発売された同じ年1984年スターフォースから3ヶ月後1942が発売されます。
こちらカプコンですね。
この辺がね面白いですよね。
SF世界観だったところに歴史を持ってきたと。
そうですよね。確かに確かに。
この辺は今のカプコンを彷彿とさせるね。同じテーマというかジャンルでありながらもちょっとテーマを変えることで違うゲームにしてくるという。
バイオハザードが鬼武者になったみたいな感じですね。
この後1985年ここがねすごいんです。
85年は月ごとにちょっと紹介していきたいんですけど。
めちゃくちゃ出てる。
ここからシューティングゲームがめちゃくちゃ出ます。
1985年2月にエグゼドエグゼス。
カプコンから。
そして3月にコナミからツインビー。
5月にコナミからグラディウス。
そして同じ月にカプコンから戦場の王冠。
そして6月にスターフォースのファミコン版が出ます。
これでですねファミコンにもシューティングブームが来るわけですね。
これなぜかというとファミコン版が出ただけではなくですね。
以前ハドソンの回でも説明しましたけどハドソン全国キャラ版というのがあってですね。
その公式ソフトとしてスターフォースが任命されたことで家庭用シューティングゲームというのが一気に盛り上がったんですね。
要するにみんなが目的を持ってねゲームを遊ぶようになったと。
上手いとすごいっていうことになったんですよねあれはね。
そうなんです。今まではね一人で遊んで満足してたものが。
友達と競い合うという要素ができて。
しかもそれがローカルではなくね。
大やけにみんなの前で優劣を決めるということができるようになったと。
これは本当にねやっぱハドソンはすごく功績が大きいと思います。
そうですね確かに。
これがなければ家庭用でここまでシューティングが流行ったかどうか正直ちょっと怪しいところはありますね。
そうですね。もっと時間かかったかもしれないですね。
アーケードではこの時点で十分ねシューティングゲームというのはもうこのツインビーグラディウスあたりでもう相当盛り上がってますから。
そして1985年12月スペースハリアーがセガから発売されました。
きましたねここで大物。
シューティングゲームという概念を全く違うものにしてしまった。
確かにそうだな。
この当時はおそらく3Dシューティングゲームと言われてたんじゃないかなと思うんですけど。
いやーびっくりしたろうな。
いやーびっくりしましたね。しかもプラスね筐体が稼働するということで。
曲もいいしね。
本当にこのスペースハリアーというのもゲーム業界に与えた影響がすごく大きかった。
そして1986年3月にファンタジーゾーンがセガから発売されました。
そして同じ年86年6月にハドソンからスターソルジャーが発売されました。
これも満を持してスターホースと同じくハドソン全国キャラ1公式ソフトとして発売されまして。
こちらはですねスターホースは最初言ったみたいな定間のソフトを移植したという状態だったんですけども。
スターソルジャーはハドソンオリジナルタイトルです。
売り上げが100万本。
あー納得。
考えられないですね。今の時代シューティングゲーム100万本売れるっていうのは考えられないですけど。
この年にモーリ名人と高橋名人の対決を題材に描いた映画。
ゲームキング高橋名人vsモーリ名人激突大決戦っていうのがね。
ありましたね。
公開されてゲームとの相乗効果で大ヒットです。
子供が子ぞって映画化に行くという本当にすごい現象が起きてたんですこの時。
これ大人からするとなんでこの2人が人気あるのか全く理解できなかったんですけど。
できないでしょうね。誰なんだって。
そうそう。子供からしたらスターですから。
高橋名人の16連射に対してモーリ名人は14連射って言ってたかな。
連射力は劣るんですけども、テクニカルなゲーマーであるという風な感じで売り出しててですね。
パワーの高橋名人とテクニックのモーリ名人みたいな感じで扱われてたんですよ。
連射の仕方もそれぞれ特徴があってね。
高橋名人は振動させて打つ打ち方なんですけど、
モーリ名人は人差し指中指揃えて伸ばして打つという打ち方で。
この辺も子供ながらに熱い設定だったんですよ。
このタイプの違う名人同士が対決するって。
これほんと盛り上がりましたよ。私すごい覚えてます、この時。
雑誌も盛り上げてたんですよ、コロコロとかが。
長谷川さんこの辺とか覚えてます?
なんかスイカを指でついて。
それはもう、当時の子じゃなくても知ってますもんね。
YouTubeとかで流されまくってるから。
あれはね、本当に映画の演出としてやらされたみたいですけど。
そういうことがあって、ここでアーケードコンシューマーともに
シューティングゲームというのが爆発的に人気になってですね。
この後さらにいろんなゲームが出てくるんですが、
86年7月にスターソルジャーが出た1ヶ月後に
サラマンダーがコナミから発売されました。
横スクロールシューティングゲームといえばコナミというところが
続編を出したということでかなり話題になったんですが、
この後さらに横スクロールシューティングゲームが流行ってくるんです。
これまでは縦スクロールシューティングゲームが多かったんですけども、
やっぱりグラディウスからグーッと来てサラマンダーが出て、
この後さらに横スクロールシューティングゲームのジャンルを確立する対策が出ます。
それが87年の2月に発売されたダライアスです。
これが横スクロールシューティングでなければ発売されなかったゲーム。
テレビモニターを3台横につなげて遊ぶという。
これがタイトーから発売されまして、究極の横スクロールシューティングゲームですね。
その後同じ年87年の7月にRタイプが発売されます。
進化が早いな。
覚えてますよ。私この時ゲームセンターで本当に行くたびに新しいゲームが出てると。
で、出たばっかりなのに上手い人がいるっていうね。
本当にねすごかったんですよ。
このRタイプと同じ年にセガがアフターバーナーを発売しました。
こちらスペースハリアに続いて奥行きのあるシューティングゲームですけども、
世界観は戦闘機に乗って進んでいくというのと、
筐体が稼働するという大型筐体。
だからここに関してはセガは独自路線ですね。
そうですね。確かに。
これセガじゃないと出せなかったですね。
これは他のメーカーは真似できなかったですね。
そして同じ年87年10月にタテシューの人気をさらに盛り上げる
究極タイガーが東アプランから発売されます。
これはタテスクロールシューティングゲームですけども、
パワーアップが多彩であるということと、
かなり派手な演出と時期がヘリコプターであるというところが結構特徴で、
タイトルも究極タイガーという非常にキャッチーなタイトルで、
漢字を使うというね。このサラマンダーもキャッチーだったけど。
だいたいこの頃のゲームってカタカナが多かったんで、
ただこの究極タイガーというタイトルが東アプランの今後の方向性を決めた感じはしますね。
そうですよね。確かに。
ここから1988年、アイレムがイメージファイトが発売します。
そして同じ年にナムコがオーダインを発売します。
オーダインね。
これ意外とファンタジーゾーンから結構間空いてるんですね。
ファンタジーゾーンのすぐ後かなぐらいのイメージだったんですよ。
ゲームシステムがちょっと似てる。
そして89年、Xマルチプライがアイレムから発売されまして、
カプコンからはエリア88。
そしてタイトーからはナイトストライカーが発売されてます。
ナイトストライカーがさっき言ってたギジ3Dですね。
奥行きのあるシューティングということで。
こちらが80年代最後になるんですけども、
80年代というのがゲーム業界全体を引っ張るジャンルとして、
してましたんで、この頃ですね、あのゲームエストの話は。
で、パロデュースだ!はもちろんね、
グラデュースがあってこそのゲームであるんですけども、
やっぱりね、横スクロールシューティングといえば
あったんですね、イメージは。
ここで出てくるライデンね、これ西部開発。
こちらもシューティング専門に近いメーカーですね。
そうですよね。ライデンもすごい流行りましたよね。
流行りました。この頃から漢字のタイトルの
シューティングゲームは後派だというイメージがね。
漢字シューティングありましたね、いっぱい。
ありました。だから後派なイメージなんですよ、すごく。
確かに。
だからもう俺たちはカタカナのシューティングより
こっちだぜというね、漢字の派閥が生まれてたイメージもありますけど。
そして翌年91年、サクセスからコットン、
タイトーからガンフロンティア、そして同じく
タイトーからメタルブラックが発売されています。
この辺りからですね、ちょっと軽量が変わってくると。
可愛らしいキャラクターだったり、ちょっと今までのね
戦闘機とかとは違うものが戦うシューティングゲームが
ちょっと出てきだしているという。
そして92年、ラストリゾートがSNKから。
そしてソニックウィングスがビデオシステムから発売されています。
ラストリゾートが横周、ソニックウィングスは縦周ね。
この辺なんかも、ラストリゾートはどっちかというと
ハードな世界観でしたけど、ソニックウィングスはちょっとライトな感じの
キャラクターがいる、キャラクターを結構押し出した感じのゲームでしたけどね。
でこの辺からちょっとずつですね、今まで戦闘機が主役だったシューティングが
少しずつキャラクターゲームの要素を帯びてくるんですけども。
翌年93年、東亜プラン開発の抜群が発売されます。
あー、そうか。
こちら開発東亜プランですが、販売はタイトーですね。
そしてライジングから魔法大作戦。
ライジングね。
そして最強から戦国エース。
そうですね。確かにキャラ化してきましたね。
ね、少しずつ。でこれの影響も間違いなく格闘ゲームなんですね。
そういうことか。
格闘ゲームブームと、あとはベルトスクロールゲームとかの影響もあるかもしれないですね。
あれもキャラクターですから。
プレイヤーが感情移入しやすいキャラクターという要素を入れてきていると。
ただあくまでもこの時はまだまだ要素の一つだったんですね。
そして95年、ここでシューティングゲームの歴史がちょっと動くんですが、
開発、経緯部、販売アトラスのドンパチが出ます。
あー、はいはい、ドンパチね。
そして同じ年に最強からストライカーズ1945が出てます。
この95年に特筆すべきはドンパチ。
これね、弾幕系元祖ではないんですね。
元祖の元。元祖の元なんです。
ただ、やっぱりこれまで出ていた縦スクロールシューティングに比べると、
非常に弾数の多いゲームだったのは確か。
画面に出てくる弾が非常に多いゲームというのが印象深いのがこのドンパチなんですけども、
内容的にはね、敵の撃った弾を避けて敵を倒すという基本的なシューティングゲームの要素をですね、
極限まで高め、1画面に最大245発っていう敵弾が表示されて、しかもですね、特徴としてもう一つ、敵の弾のスピードが遅い。
これね、普通の敵弾っていうのはやっぱりプレイヤーを倒すためにある程度の速さで飛んできて避けにくくするという発想で敵は弾を撃っていたんですが、
このドドンパチから大量に撒いた弾をゆっくり飛ばしてくるという。最初見た時に本当にびっくりするビジュアルでしたね。
すごかった。なんていうんだろう。花火が炸裂するのをゆっくり見てるみたいな。
グラディウスの処理落ちで弾がゆっくり飛んできてる。あの感じなんですけども、弾の数が尋常じゃない。
本当に気化学模様に見えるぐらい弾幕と言われるやつですね。本当に弾幕です。
しかもですね、その弾幕こんなもん避けれるかってパッと見もう絶対避けられない。ですけど内部的に磁気の当たりが極端に小さい。
当たりというか磁気のやられ判定ね。これを極端に小さくしたので、見た目より避けれるという。
このゲームシステムが話題になって、しかもシューターの魂をですね、呼び起こしてですね、大ヒットです。
ここから弾幕系シューティングというものが発展していく。思想、元祖なのがドドンパチ。
ちなみにドンパチの頭に怒りという漢字を足してドドンパチです。この名前もかっこいいけど。
これが97年。ここでシューティングゲームの歴史が変わったというね。ターニングポイントの一つだと思うんですけども。
有名なメーカーのものをたくさん紹介してますけど。シューティングゲームって他のゲームジャンルより参入しやすかったんですね。
作りやすかったと。人数が少なくても作りやすいジャンルのゲームだったんで。この時格闘ゲームがもう流行ってまして。
格闘ゲームのコストってもう異常に高いんですよね。それに比べればシューティングゲームの方が安く作れて当たった時のメリットが大きいということで。
新しくシューティング作るメーカーも増えてたと。そして翌年1998年にトレジャーからレイディアントシルバーガーが発売されて、同じ年ケイブからエスプレイドが発売されます。
この辺りよりシューティングゲームに対してのキャラクター性が強くなってきたのがこの頃。
これは最初の格闘ゲーム部分よりもより強く影響を及ぼしているところかなと思います。キャラクターというものがゲームと切り離せない要素になってきてるんですね。
キャラクターグッズっていうものが売れてましたもんね。
そうですね。シューティングゲームがやっぱり難しいというものになってきてたんです。
そうですね。そうすると開発もできないということですよね。
ただですねそれでも希望はあってですね、シューティングゲーム自体は遊ぶ人がいなくなったわけではない。
減りはしましたけどゼロではない。絶対需要はあるわけです。
シューティングを遊びたいという人は。
だからここでまたヒット作が出れば帰り避けるぞというかというとそう簡単にはいかないわけですね。
その理由がこの状況で残っているシューティングプレイヤーというのはいわゆるマニア化してしまっているわけですね。
マニア化したプレイヤーというのはですね、多くの人は革新的なゲームを求めていないんです。
今まで遊んだものの進化版とか続編を求めていると。
ということで結局人気作の続編のマニア向けなタイトルしか作られなくなる。
メーカーとしてもそこを作らざるを得ないということになって、
結果先ほど言ったみたいに初心者離れがさらに加速してしまうという悪循環が生まれてしまったと。
それを象徴する出来事っていうのが94年の東亜プランの倒産です。
このシューティングゲームをメインに出していたメーカーが倒産してしまったというこのニュースはやはりこのゲーム業界の中でも
シューティングがついに終わったかというイメージになってしまったんですね。
さらに同じ年にアイレムもアーケードゲーム事業から撤退します。
同じタイミングだったんですね。
アイレムもシューティングに力を入れていたメーカーでしたから。
横スクロールでね、いろいろ癖のあるのを出して。
Rタイプで一時代気づいたんですけど。やっぱり時代の流れには逆らないというか。
そしてコナミも1990年代後半にはビーマニシリーズなど音楽ゲームをメインコンテンツにするようになっていたと。
コナミはここに移れたから残れたんです。
これがコナミがずっとグラディウスだけを作っていたらちょっとヤバかったかもしれない。
確かに音ゲーのヒットは大きかったでしょうね。
この頃のゲーセン知ってる方は格闘ゲームと同じく音ゲーがバンバンゲームセンターに増えてきたはずです。
回転率もね、固定時間だから基本的には。
リプレイ率がめちゃくちゃ高いんです、ビーマニは。
高い、あれは。
なんせ練習して上手くなるとどんどん進めますから。
練習したくなるんですよね。
目指してるところというかゲームシステムとしてはシューティングゲームに近いんですけどね。
上手くなると長く遊べるということ。ただ長く遊べるがないんですね、音ゲーはね。
絶対上手くなろうがプレイ時間は変わらない。
そうそう、固定極数で終わるのが基本の仕組みでしたからね。
ここがメーカーとゲームセンターにも受けたと。
あとギャラリーに見せれるというのが強かったんですよね。
シューティングもね、ギャラリーに見せれたんですけどね。
ただその見る側も理解してなきゃいけないですよね、シューティングはね。
だから本当にね、こうやって色々調べていくと衰退する要因というのはたくさんあって、
それらが全てこうやっぱりシューティングゲームに不利な方向に働いてしまってたんだなと。
という感じなんですよね。
ただね、ここからね、シューティングがなくなってしまうということはないわけです。
このシューティングゲームから撤退するメーカーが相次ぐ中で、
タイトーなど一部老舗メーカーは制作を継続する。
そしてケイブ、サイキョー、ライジングのように
シューティングゲームに新たに参入するメーカーも出てきたと。
これがね、90年代後半で紹介してたメーカーがここですね。
新たにこの苦境の中、シューティングを作ろうという気概のある人たちもいたと。
ただこの状況でシューティングを作ろうと思っているということは、
ただ単に他のメーカーと似たようなものを作ろうという人たちではないわけです。
これらのメーカーはですね、シューティングゲームの初心者離れに
強い危機感を持って、何とかしなければということで
色んな要素を見直して改善したゲームを作っていくわけです。
で、格闘ゲームに習ってキャラクター性を強化したり、
あとは自動難易度調整システムを実装したりね。
だから上手い人は敵が強くなる。
上手くない人は敵が弱くなるというね。
そういうシステムが導入されたゲームもあったんですね。
あとはボムの標準装備。
それと一面の低難易度化。
一面だけはどんな人でもクリアできるようにするとかね。
あとは絶対ボムを入れて、どんな状況でもボムさえ使えれば死なないという状況を作るということで
初心者でも遊びやすくなる工夫を凝らすんですね。
ただいろんな努力をここでするんですけども、
残念ながらそれも根本的な問題解決にはならない。
いろんなことを試した結果、結局小手先の要素よりも
初心者を取り込みつつ上級者が納得できるようなバランス調整というものを目指さないといけないということに気づいて
またシューティングゲーム自体がステップアップしていくということで
90年代から2000年代にかけてというのは結構シューティングゲームが大変だった中
それでもその中から見るべきものがたくさん作られた時代だったんですけども
やっぱりユーザー層の獲得までにはならなかったと。
結果マイナー化、ニッチ化が進んでいったんですよね。
今でもシューティングゲームというジャンルは確立されて残ってはいるんですけども
これが最初に話した一般的な人がイメージするシューティングゲームというのは
現在バトルフィールドやコールオブデューティー、あとはフォートナイトとかPUBGなどのものが
シューティングゲームと呼ばれる状況になっていると。
我々なんかシューティングゲームって聞くとまだ縦集横集ってパッと出ますけど
おそらく今の若い子たちはシューティングゲームと聞いてもその画面は出ないと思います。
そうか。確かにスプラトゥーンとかやってるちっちゃい子とかね。