00:00
(ジングル)
中川:お疲れ様です。第2回生き延びラジオです。 この番組は、生き延びるためのラプソディがお届けしています。
汲川:制作は生活を延命している。生活は制作を延命している。「生き延びるためのラプソディ」は、生活と制作を結びつけたり、結びつけざるを得ない状況で活動する美術作家の集まりです。このラジオでは、制作と生活に関わったり関わらなかったりすることについて、時に緩やかに、時に真剣に、気の向くままに話していきます。パーソナリティは、顔の大きさが平均より2割大きい汲川洋平です。
中川:お相手は中川晶子です。
汲川:第2回生き延びラジオ、今回はあをば荘で公開収録しております。
中川:はい。 私はオンラインで参加しております。
汲川:よろしくお願いします。
中川:よろしくお願いします。
汲川:第2回にして公開収録ってどういうことなの?っていう感じなんですけど。「あをば荘」は東京都墨田区にあるオルタナティブスペースで、今回は、「あいまのいとま」っていう企画の一部として公開収録しております。「あいまのいとま」は、あをば荘の企画展の間にある、何も企画がないときに、それでもちょっと開けて、何かやりたいことを緩くやってると言いますか。占い、占星術の占いと、タロット占いもできますよっていうことで、もちろん作品も展示しております。そうですね、そういう理由もありまして、今回のテーマは「制作とデスティニー」です。
中川:そういう理由も。
汲川:ちょっと占いに寄せたほうがいいのかなという。
中川:そうですね。打ち合わせの時に。
汲川:そうですよね。そういう判断で。
中川:次のテーマどうしようっていう話がありましたね。
汲川:そうですね。
03:00
中川:制作と占い、制作とスピリチュアルみたいな方向はどうでしょうっていう提案をしたんですけど。
汲川:私はもうちょっと硬い感じで、制作と運命とかで提案したと思うんですけど、間を取ってデスティニーなのかな?私はテーマ決まってから、「デスティニー」ってなんだろうと思って。デスティニーって、避けられない何かではなくて、目指すべきというか、たどり着いたところとか、そういうニュアンスらしいです。デスティニーだと。中川さんは、「デスティニー」っていう響きから、どんなことが思い浮かびました?
中川:私も同じように言葉の意味とかは調べて、「制作とデスティニー」なんで、なぜ制作するに至ったかみたいな、そういうところから話題を広げるのが自然なのかなと思ったりしてるんですけど。
汲川:なるほど。
中川:なんで美術の方向に行ったのかとか、今こういうスタイルでやってるのかとかもかなり偶然の要素が大きいと思っているので、そういう方向性で、汲川さんの話も伺いたいなと思いました。
汲川:そうですね。今の今までその視点が欠けてましたね、私。
中川:大学に入られたのがちょっと遅めだったと伺ったんですけど、美術系の。
汲川:そうなんですよ。最初は一般の大学に進学しました。工学部だったんですよ、理系で。情報系の工学部にいたんですけど、結構別に行きたい大学でも学科でもなかったんですよ。本当は建築学科行きたかったんですけど、地元の大学。なんかセンター試験で大失敗して、絶対受からないから。受かるとこ受けるか、もう一年頑張るかみたいな。そこで担任の先生に説得されまして、進学したんですけど、だんだんやる気なくなってしまって、大学にも行かなくなってしまい辞めようと思ったんです、大学を。辞めますって言いに行ったら、今後の身の振り方が決まるまで休学にしておきなさいって言われまして。
06:10
中川:なるほど。
汲川:休学にして、自分のやりたいことをやっていないおかげで、今私はこんなになってるんではないかと思って。この今の状況、苦しい状況になってるんじゃないかっていうのがあって。過去を振り返ってみたら、美術とか図工が好きだし得意だったんで。「美術やろうかなー」と思って、地元の美術予備校、画塾とか美術予備校を検索して、見つけた一番良さそうなところに、お話を聞きに行ったんですよ。「美術予備校ってどういうところですか?」みたいな感じで相談しに行ったんですけど、対応してくれた予備校の一番偉い人、社長みたいな先生が対応してくれたんですけど、父親の中学校の同級生だったんですよ。
中川:おー。それ、デスティニー、ディスティニー
汲川:ちょっと盛り上がってしまって、「じゃあ、明日から来るか?」みたいな感じになって、「お世話になります」みたいな感じで美術予備校に行ったんですけど。ただ、その美術予備校の校長が、40年くらい前に最初から予備校だったわけじゃなくて、最初「絵画教室を始めます」って言って始めたらしいんですけど、「洋平くん、絵画教室ってどう?」みたいなことを、校長がうちの親に言ってたみたいで。で、私に「美術を習う?」って話が来て、私はやる気満々で、「通いたい、通いたい」って言ったんですけど、うち、習い事をめちゃめちゃ多くやらされてて、私、当時。すでに週5習い事があったので。「やっぱりなし」って感じで言われて、4歳か5歳だと号泣した記憶があったんですけど、で、何か十数年を経て、行きたくて号泣した……
中川:通うことに。
汲川:通うことになって。これはディスティニーなんですかね?
中川:ご縁の一つですね、でもね。
汲川:そうですね、ちょっとそんなことありますかっていうような感じも。
中川:へー。そこから美術を学ぶことが始まってっていうか。
汲川:そうですね、でも最初は建築科に行きたかったってこともあって、美術系の建築行こうっていう考えでやってて、ただ、大学2回目なんで、さすがに全部自分でお金出さなきゃいけないでしょうっていうことで、国公立じゃないとってなった時に東京藝大の建築科しかなくて、最初の半年は全然ダメだったんですね、記念受験っていうか、「本番がどんな雰囲気かちょっと見てこい」みたいな感じで行って、1年半後はテストの点数も取れたし、センター試験。何かやらかさなければ受かるでしょうっていう。先生と私の自認と一致してて……、で、大事故をして落ちたんですね。ただ、やることがないから次の年も一応予備に通い始めたんですけど、「彫刻の課題やってみる?」って言われて、「同じ立体表現だから息抜きになるんじゃない?」って言われてやってみたんですけど、そしたらなんか「向いてるんじゃない?」って言われて、夏期講習を彫刻で取ってみたんです。そしたら楽しくなってしまって、夏休み明けから突然彫刻に変更しますって言って。なんか、彫刻家の方が諦めないで制作続けてたら、彫刻家っていう存在にはなれるんじゃないかと思って、建築は就活で躓く恐れが高いなと思って、年齢的に。
10:42
中川:そうなんですか。
汲川:わからないですけどね、結局私、就活生まれてこの方一度もしていないので。で、金沢美術工芸大学の彫刻専攻を受けることにしたんですけれども、私は「ギリギリいけると思います」っていう判断で、強行、無理矢理受けたんですね。結果、補欠合格でギリギリ引っかかりましたね。で、今につながってるっていうか、私的にはだいぶ人生舐めてるなっていう感じも。
中川:すごい苦労されてるなって印象ですけど、聞いてたら。
汲川:はい。私は美術を志して彫刻を始めた理由はそんな感じです。中川さんの話を聞きたいです。
中川:私のデスティニーというか、私はですね、広島市内に生まれ育っているんですけど、本当にちっちゃい頃から広島市の中に徒歩圏内に3つぐらい美術館があって、広島市現代美術館と広島県立美術館とひろしま美術館っていう3つの美術館が歩いたり自転車10分とかで行ける範囲にある環境で育ったんですね。子供の頃から「行くところないから美術館に行く」っていう感じで、結構よく行ってたんですね。すごい古典絵画とか、いろいろ彫刻とかも見て育って、普通に好きだなとも嫌いだなとも思わずに大きくなってきたんですけど、特にそんな感動とかなく、「美術って退屈だな」ぐらいに思ってたんですよね。でも、小学校6年生の時に広島市現代美術館に奈良美智さんの個展が来たというか、ありまして、それがすごい衝撃だったんですけど、小学生の時。「こんな可愛くてこんなぬいぐるみとか置いちゃって」みたいな思って、「これってアートなの?」って思って。その時は「こんなの芸術じゃなくない?」みたいなことを親にすごい言ったんですよ。「これってアリなの?」みたいなことを聞いたり。文句めっちゃ言ってたくせに作品集買ったりとかして。
13:27
汲川:響いたんですね。
中川:響いたんですよね。「こういうのもアリな世界があるんだ」っていうのが最初のデスティニーかなっていう感じで。
汲川:そうですね。地元に美術館いっぱいあったっていうのは。
中川:そうですね。自然と囲まれて育ったっていうのはあるんですけど、抵抗なく大きくなってこれたというか、展示を見るとか、作品を適当に眺めながら歩いたりとか、そういうことには全然抵抗なかったですね。
汲川:奈良美智さんの作品見て、「これアリなの?」っていう感想が出てくるのが、もう美術作品に普段から触れてないと出てこない感想なので。小学生の時点で結構、「美術って何?」って聞かれたら、ある程度の答えっていうか、中川さんの中にあったんじゃないかなと思いますね。
中川:そうかもですね。そういうジャンルの美術がアリなんだっていうことは知ったわけですよね、小学校の時。
汲川:はい。早い段階で。
中川:教科書とか、中学になると美術の教科書ってもらうじゃないですか。あれに載ってる作品が、奈良美智的なものがほとんど載ってないっていうことに、なんかがっくりしてしまって、ちょろっとは載ってるけど、なんか「私がやりたいのとなんかちょっと違うかも」みたいなことを考えたりしながら、中高と過ごしていて、美術部ではあったんですけどね。
15:16
汲川:美術部だったんですね。
中川:中学生の時とかは美術部だった。高校生になっても美術館通いみたいなことはしてたんですが、あの時の刺激みたいなものがまた欲しいなみたいな。
汲川:奈良美智ショックみたいな衝撃、もう一度なんか。
中川:そうそう。それが刺激を受ける場所っていうのがほぼないので、インターネットとかでもそんなに上手に探せなくて、昔は。それが情報を得られるっていうのは、美術手帖ぐらいしかなかったんで、私。本屋さんでめくってみたりとかして、「あーこういうのがあるんだ」ぐらいですけど。そのままもう大学受験でどこに受けるかってなった時に、当たり前のように「地元の美術大学しかない」って思ったんで。そこしか行く場所がないというか、なんか楽しそうなところがないっていう感じですね、他に。なので自然とでした。
汲川:中川さん結構、自然と美術に興味持って、自然と美術の方向に行ったタイプだったんですね。
中川:そうですね。
汲川:そうなんですね。私はなんか突然20歳超えたら様子がおかしくなったぞ、みたいな感じで。
中川:それは珍しいパターンですよね、逆に。私にとっては割と自然とそっち方向に歩いていくみたいな感じだったんで、若い時に。悩むことも全くなく進路とかで。今に至るって感じで。なんか、その職業選択みたいなこととかも全然悩んだことなくて。
汲川:そうなんですね。
中川:就職活動もしたことないんですけど、私も。
汲川:そこは一緒なんですね。
中川:だってなんか続けてれば、続けるの自由だしって思ってるんですよね。それでお金を得ようと思わなければ一生できるじゃないですか。
汲川:そうですね。
中川:なんか、そういうものだと思ってますね、私は。
汲川:中川さんもなんか言われたことないですか?美術の。
18:00
中川:え?何が?
汲川「好きなことやってて羨ましい」みたいな。
中川:言われますね、でも、「そうなんだよー」って言いますけどね。「そうなんだよって本当にありがたいことです」みたいな感じですけど。
汲川:そうですね、なんか。
中川:でも、結構学生の時からそういう、なんだろう、こういうふうに生きていきたいっていうのをずっと決めてきたんで、自分が。
汲川:素晴らしいですね。私も美術の方向に舵きってからはそういう考え方で生きてきたんですけど。その前まではね、その考え方ができなくて。やっぱりその、自分の好きなことやってなかったっていうことよりかは、やりたいことやってないって言っても自分で決めたわけじゃないですか。進学先とか。自分の決定を自分の責任で選んでるみたいな、自分でしっかり決めたっていう、自己決定感みたいなのが欠けてたんだなっていうことで、今はなんかもう全部自分でやるって決めたことを。やるって決めたんだからこれが正解だったって思われるように頑張るのが正解だと思って生活してますね。
中川:そうそう、なんか、なんだろう。幸福度みたいな、自分で思う幸福度みたいなものが、自己決定感で決まるっていう記事というか、論文みたいなのを読んで。
汲川:たぶん同じの見ましたね。
中川:見ました?私も何年も前からそれが気になってて、何が幸福感を決定づけるかみたいなところでいろいろ見てたら、そういう記事を見てそこで結構納得しましたね。自分が決めて選んだっていう。私自身は子供の頃からすごいわがままで頑固で、って親に言われて、全然周りに配慮しないみたいなことを言われて育ってきてるので、もうボロクソなんですけどね。それが結果的には自分の中では自己決定感につながってるっていうのはありますが、焼け野原になってる可能性もありますね、周囲が。
汲川:でも、ご家族と仲良さそうですし、全然大丈夫じゃないかなって思います。
21:07
(チンという音)
中川:「生き延びるためのラプソディ」について伺っていいですか?このタイミングで。
汲川:私視点の話になってしまうので、客観的事実ではない可能性もあると思って聞いていただきたいですけど、そもそもの発端は、私の中では、私が心臓病の手術をしてしばらく何もせず家にいた時に、中塚さんが東京で展示をしていて、その展示のお知らせみたいなのを見た時に、展示のコンセプトみたいなのが「仕事と制作の両立に疑問を持ち始めている」みたいな感じの文章が載ってて、中塚さん、あんなに頑張ってたのに、辞めちゃうのかなと思って、私はすごく残念に思って、ただ、心臓の手術をしたばっかりなんで、静養中ということでおとなしくしてたんですけど、全然頑張ってほしいなと思って、無理して見に行ったんですよ。無理して見に行って、ちょっと話ししてたら、そこに偶然、某インディペンテントキュレーターの方が……。3人で最初作品の話とかしてたんですけど、グループ展とか展示を企画する話みたいに途中でなって、中塚さんが少し温めてたっていうか、生活と制作を関連付けた展示の企画をちょっと考えてて、たぶん、私が見に行った展示の、仕事と制作の両立に疲れているみたいなのを発展させたんじゃないかなって私は思ってるんですけど、制作と生活の話、企画を聞いたときに、私も参加するべき企画にしか聞こえなくて、そのときに。完全に真っ只中にいると思ったので。ただ、当時制作はしてなかったんですね。もう制作できないのかなとか思ってて。ただ、それまで作ってたちっちゃい作品とかあって。「作品あるのに展示しないのおかしいですよ」って言われて、「生き延びるためのラプソディ」の企画を聞いたときに、「もうちょっとやってみるか」っていう風になって、グループ展の企画の話も、当時キュレーションのコンペ、富山県にある「ギャラリー無量」っていうギャラリーで、キュレーションコンペっていう、当時というか今も続いていると思いますけど、キュレーションのコンペがあって、コンペ出してみようということで、出したのが始まりで、コンペ自体は通らなかったんですね。ただそのコンペ案、企画案の講評っていうか、企画に対しての評価みたいなのを丁寧に送ってくれるコンペだったので、それを中塚さんが読んだときに「本当に最後まで迷った」みたいな書いてあって、「やらせてください」ってお願いしたら、させていただけることになった。「生き延びるためのラプソディ」の発足にまつわる話はそんな感じです。
25:22
中川:生き延びるための制作みたいなことをしている人たちの集まりということですよね、そもそもは。
汲川:そうですね。生活と制作が関わっていることは、自明のことっていうか当たり前のことで、誰もがそうだとは思うんですけれども、その中でも特に制作と生活の関わりが制作に反映されているような作家が集まって。発足の意味は偶然だなと思ったんですけど。
中川:汲川さんがそこに向かって、自分から動いていったみたいな側面もあるじゃないですか。
汲川:振り返ってみると結構不思議なんですよね。最悪、道中で悪くなったり倒れたりするかもしれないなーとまで思ってたのに、見に行くって何の気まぐれだったのかなっていう。虫の知らせじゃないですけど。
中川:引力的なものがあったんでしょうね、そこに。
汲川:そうですね。
(チンという音)
汲川:道を選ぶっていうのは、選ばなかった道を切り捨てるっていうか、選んだものを選ぶっていうのは選ばれないものがあるから
27:13
中川:そうですね。
何かしらを切り捨てながら進めていくっていう。
中川:デスティニーがどこまで遠くまで行けるかっていう。抵抗するっていうか。今こんな感じになっちゃって、どうですか?
汲川:いやー、私は面白い人間になりたいなっていうのを美術始めてからはずっと思ってまして、面白い人間になるための選択を積み重ねてきて、今の髪型に到達。ユニークな個体にはなれたかなと。
中川:めちゃくちゃ長い反抗期って感じですね。
汲川:そうですね。長いっていうか、遅れてきた反抗期?
中川:一生反抗していきましょう。じゃあ。
汲川:そうですね。もはや何に反抗してるのかわからないんですけど。
中川:デスティニーに反抗していく。
汲川:反抗なのかな?反抗って言うとなんか、え、パンクとかそういうことなのかな?
中川:反抗してる感はね?でも。
汲川:まあ、そうですね。そっか、反抗的なんですね、私は。
中川:反抗してる感ありますね。しかも貴重面な反抗って感じ。
汲川:貴重面な反抗でかつ反抗的かというと、「公開収録やったら面白いなと思ってるんですけど、どうですか?」って言われたらやりますって言っちゃったりとか。受け入れるのも得意なんですよね、反抗的なんですけど。……得意なのかな?いろいろ受け入れてた時の自分が出てくるのかもしれないですね。基本が従順っていうか、成長過程において自分の意思表示をしなかったりとか、受け入れてずっと育ってきてるから、ふとした時に小さい時の従順な自分が出ちゃうのかなっていう。
中川:やっぱりデスティニーが始まっちゃってますね。じゃあ、そこで。
汲川:発音練習したんですよね。デスティニー。
30:02
中川:もう一回お願いします。
汲川:デスティニー。ちょっと待って、ちょっとデカかった。
中川:でかいー。耳元で言われたみたいな衝撃がありました、今。
汲川:マイクの方を向いて言っちゃったんですよね、今。顔の横にマイクがあるみたいな感じで喋ってたんですけど、改めて丁寧に言おうと思ったらマイクの方を向いちゃった。あと、ちょっとアクセント強めるのに音量ミスっちゃった。
中川:真面目だな。
汲川:真面目ですねー。真面目に反抗してますね。
(チンという音)
中川:そろそろ「たすけてくみちゃんコーナー」に行ってもよろしいでしょうか。
汲川:はい、「たすけてくみちゃんコーナー」。
中川:行きますよ。はーい、行きます。
中川:ここからは「たすけてくみちゃんコーナー」です。悩みなくして健やかさなし。マッチョがやめられない強がり人間・不完全相談家。汲川洋平がお悩みについて考えるコーナーです。今日は東京都にお住まいの蟹甲殻類大腿部歩脚身取出器具さんからお便りをいただいています。「同居人がご飯を食べた後、お皿を流しで水につけてくれません。お願いした後しばらくはつけてくれるのですが、また何日かするとなかなかつけないようになります。どうしたらつけてくれるようになると思いますか。ちなみにご飯は私が作って配膳もしています」汲川さん、いかがでしょう。
汲川:なるほど。ラジオネームが読むの大変そうだなっていう。カニフォークのことですね、これは。
中川:第0回のカニフォークのこと。
汲川:踏まえてお悩み投稿していただいてありがとうございます。割とよく聞きますよね、これは。カレーの時とかだと「ちょっと……さすがに……」って、SNSとかで見かけるんですけど。どうしたらいいですかね、これは。つけてもらってなかった時に、すごい嫌そうに洗っている姿を見せつけるとか?
中川:精神攻撃。
汲川:ないだろうと思っているんだと思うんですよ、これは。別に後からつけたっていいじゃんとか。大したことはないだろうっていうことなんだと思うんですよね。あとは、たまに食器を洗ってもらったら分かるんじゃないですかね。水が溜まっていない状態の。まあ、ただ、身の負担もないことを言うと、食べ終わったらすぐ洗えば水つけなくていいんですけど。
33:29
中川:はいはい。確かに。
汲川:昔は毎回洗ってたんですけど、最近は毎回体力なくなってきたから水をつけるようにはなったんですけど、水つける時に自分で思っているのは、「いや、本当は今洗えばいいんだけど……」。ちょっと後にしたいなっていうので水をつけるんですけど。これは一言声がけするといいんじゃないかなって思います。すごい常識的な回答で申し訳ないんですけど。ごちそうさました後に、「水つけてくれると助かるー」とか一言言うといいかなと思います。中川さんどうでしょう?
中川:いろんなパターン考えたんですけど。カルマみたいなものをその人に返すっていう意味では、水につけてない皿をその人の枕元に置くとかそういうパターンもありかなって思ったんですよ。
汲川:そっちのアイディアだったら俺結構出るかもしれない。
中川:でも、それだとちょっと同居人の角立つじゃないですか。さすがに喧嘩になっちゃうのは避けたいんで。平和主義者の回答としては、そもそもシンク?流し?流しに水を溜めておくんですよ。なみなみに。そこにスルッと入れるだけで水に浸かるようにする。お水代かかっちゃうけど、シンクに流れていかないような。
汲川:必ず水に浸かるっていうね。
中川:そうそうそうそう。そういうパターンもありかなって思いました。
汲川:構造的にはそれが正解ですよね。相手の行動を変えなくても目的は満たせてっていうので。
中川:そうそう。でも、ただ相手の意識も変えたい気持ちはあると思うんで。そういう時は多少の抵抗として枕元とかに置くとか、次のご飯のターンの時に汚れた皿をそっちに集中させるみたいな。汚れの取れてない皿を使って出すみたいな嫌がらせ。
36:07
汲川:ちょっとご飯粒ついてるとか。
中川:そうですね。自分のお皿がピカピカだけどもみたいな。そういう因果応報的なパターンもあるかなって思うんですけどね。
汲川:因果応報っていうのをワードで、私の脳細胞がすごい活性化して、解決案っていうか、がちょっと浮かびました。
中川:何でしょう?
汲川:これはですね、皿を水につけてもらうことにはもう執着しないでですね。
中川:はい。
汲川:面倒くさいことをしてあげてるっていう、道徳的優位に自分が立っているって思うことで。自分が貧乏くじ引かされてるとか、いらない苦労をかけられてるみたいな認識じゃなくてですね。私は今、道徳的優位に立っているから、自分が徳を積むチャンスをくれてありがとうみたいな。
中川:徳とかって……幻だから。すいません、徳全否定ですいません。
汲川:全てそうなんですよ。愛とかお金も幻なんですよ。だって。
中川:愛とかも幻だしね。
汲川:愛とかお金とか、正確なことは忘れましたけど、「その言葉があれば便利だから」っていう理由で生まれるらしいんですよね。金とか。
中川:そうそう、ちょっと納得できないな。
汲川:徳もそうです。お金と同じ徳を積んでるっていう。お金の仲間。
中川:じゃあお金が欲しいですよね、だったら。
汲川:有料……、100円?100円貯金とかにすればいいんですかね。水つけなかったら。
中川:水つけてない度に100円を入れてもらうとか、そういうこと?
汲川:そうです。至らないことをする度に100円貯まっていく貯金箱を作るとか。
中川:でも、なんかあれですよ、私みたいなタイプからつけない側の意見を言いたいんですけど、つけない側の意見としては、一日を疲れて帰ってきて、いろいろ仕事とかやって帰ってきて、ご飯を作ってもらったのはすごいありがたいんですけど、食べ終わって、食べ終わるまでしか算段に入ってないんですよ、体力の。エネルギーっていうか。そのプラスワンみたいな、そのプラスワンで水につけるとか、次の楽になるための一手みたいなものができないのはすごくわかるんですよね。
39:12
汲川:まあ、やっちゃいますよね。
中川:食べ終わったら今日の任務が完了みたいな感じになっちゃうのはすごいわかるなって思って。
汲川:疲れてたら、私は洗濯物を洗うところまではたどり着けたんですけど、洗い終わったものを干すっていうのが、もうたどり着けなくて、次の日もう一回洗うところあるんで。
中川:その手間が結構地味に、水に皿をつけるっていう一手間が、人によって使うエネルギーみたいな、ポイントみたいなのが違う気がするんですよ。
汲川:優先順位は低いんですね、たぶん。
中川:うーん、優先?
汲川:残り少ない体力を振り分ける、なんか他にあって。
中川:そうそうそうそう。なんかそれが、「明日の朝でもいいんじゃないか」って思ったりしてるのかもしれない。
汲川;私のおすすめはやっぱり、道徳的優位に立っているっていうのは、皿洗い以外にも結構応用が効くので。
中川:道徳とかない人いっぱいいますからね、私みたいに。
汲川:うーん、性善説なのかな、私はもしかして。「良い人でありたい」っていう気持ちは、ある人の方が多いかなって勝手に思い込んでたんで。まあ、私の回答は道徳的優位に立ったと思うっていう回答です。
中川:私の回答は道徳的優位というものは存在しませんので、水につけやすい環境を整えてあげましょうということぐらいですね。
汲川:相手に無理強いはしない方がいいよってことですね。
中川:はい。
汲川:締めのセリフをお願いいたします。
中川:え?あ、「たすけてくみちゃんコーナー」の?
汲川:はい。
中川:いきますよ。
中川:「たすけてくみちゃんコーナー」では、引き続き皆様からのお便りをお待ちしております。名解答は保証できません。共感より先に解決策を探してしまうかもしれませんが、真面目に考えます。「こんなことで悩むのは自分だけかも」と思うことも歓迎です。助けてほしいこと、困っていること、考えてほしいことをお送りください。詳細は概要欄をご覧ください。
42:11
汲川:ありがとうございます。「たすけてくみちゃんコーナー」についてなんですけれども、おそらく今回か次回で最終回になる。
中川:え、そうなんですか?
汲川:可能性が高い。とにかくお悩み相談が寄せられていないので、「たすけてくみちゃんコーナー」は、「たすけてくみちゃんコーナー」……。意味合いがちょっと変わってきてますね。「助けてください」っていう。
中川:「俺を助けてくれ」っていうコーナーになりました。
汲川:でも、当初からその目論みは透けてましたよね、おそらく。本当に何でもいいので、よろしくお願いします。
中川:何でもいい(笑)
(チンという音)
中川:デスティニーの話もうちょっとしていいですか?
汲川:お願いいたします。
中川:私のエピソードトークになっちゃうんですけど。
汲川:お願いいたします。聞きたいです。
中川:卒業制作の話なんですか、私、大学地元の美術系の国公立に進んで、現代美術の専攻に進んで、卒業制作を作るっていう段階になって、いろいろ今と同じスタイルがもうできちゃってたので、考えるばっかり。いろいろ考えたり、本を読んだりするばっかりで、傍目には何もしてない人になってたんですよ。
汲川:本読んだり考え事してる時間が長くて。
中川:とか音楽でライブやったりとか。学校にずっといるけど何もしてない人みたいな感じになっていて、ずっと。大学4年の卒業制作発表する時に、自分で「これだ」って思ったものを出したら、教授陣にハンコをもらわないと卒業の単位がもらえないっていうシステムだったんですね。
汲川:なるほど。そうですね。
中川:で、「これは作品じゃないから認められない」って言ってくれない方もいて、私は「卒業できない」ってなって、その時に卒業された先輩が助けてくださったり、プレゼンテーションの仕方とか教えてくださったりして、それでひっくり返ったんですよ。卒業させるかさせられないかの瀬戸際みたいなところで、そこがたまたま評価がひっくり返った瞬間があって。
45:23
汲川:これがなぜ作品なのかっていう説明する感じのプレゼンだったんですか?
中川:私の作品そのものは、女子トイレをハックしてて、大学内の女子トイレを全部自分が封鎖して、そこに「音姫」っていう音を鳴らすシステムを各個室に設置していて、それをパソコンで制御して一斉に音を鳴らしたりするみたいな。音姫のザーっていう水が流れる音、電子音ですけど。それが一斉に流れたり、一つずつ奥から流れていったりっていうので、音だけの作品だったんですよ、それも。
汲川:はい。なんか普通に面白いですけどね。
中川:その時は先生方には認められなくて、あんまり。「これは何も作品じゃない。作ってない」って言われて、それを言葉で説得できるだけの強さも自分になかったんですよね。それを助けてくださったのが当時の先輩だったり、卒業生の方々とかキュレーターの方がいらして、そういった何人かの方にご尽力いただいて、たまたま卒業できたっていう形だったんですけど、そこでデスティニーを感じましたね。
汲川:作品かどうか以外の思惑?学内でゲリラ的にそういうことをやる人が増えたら困るなーみたいな、管理する側の思惑が反映されているような。実際どうかわかんないですけどね。お話聞いてそれもあるかもなって思いましたね。
中川:作品でないってことはないんですもんね。だって。
汲川:全くないです。
中川:めっちゃめんどくさい。
汲川:作品って、だって極論したら、自認というか作った人が「作品です」って主張をしたら、作品になるところはあると思うんですよね。質はどうあれ。やっぱり作品だって本人が言ってるっていうのは、まず作品がどうか判定するので、欠かせないっていうか、それがないと作品じゃないと思うので、極限まで作品の条件みたいなのを突き詰めていくと、本人が作品だと思って制作したやつは、作品であってしかるべきだと私は思いますね。
48:40
中川:作品か作品じゃないかのラインみたいなものが、その時の大学では先生方が決めるものだったんで。
汲川:明文化されたりはしてないんですか?
中川:はしてないんですけど、まあ、感覚ですよね、多分。先生方の。
汲川:完全に感覚、好き嫌い。
中川:っていうところもあって、それが本当に当てにならんなとは思ってます。そういうところ。
汲川:なんかその、判断を撤回っていうか変えた?なんか別に作品の内容は何も変わってなかったんですか?説明が?
中川:変わってないです。説明の仕方はちょっと変えたかも。
汲川:大変でしたね、なんかすごいですね。
中川:卒業制作でそういう、ありかなしかみたいな話に自分が直面できたんで、そこが、先生に認められることが大切じゃないっていうのは大事でしたね。その時は、「おー、そっか、こういう判断されることもあるんだ」みたいな風にも思って。評価みたいなのが当てにならんなっていうのは、学生の時には感じましたね。
汲川:卒業制作でショックなこと言われたっていうか、ちょっと権威側からちょっと受け入れられなかったみたいなのが共通してて、すごい親近感が強くなりましたね、今。
中川:そうですね。権威側から受け入れられないからこその「生き延び」ですかね。
汲川:権威側に受け入れられてたらね、なんか「生き延びる」とかね、いらないでしょみたいな。「ラプソディ」でいいでしょ。いや、良くないね。まあなんか枕言葉で生き延びるためのとかはなんか……。まあでも全然評価していただいて、良いので評価してください。
51:02
中川:誰に言うてるの。
汲川:評価を受け入れないってことではないですよっていう。それを目的にはしておりませんがっていう。
(チンという音)
汲川:振り返った時に過去の出来事を再解釈するっていうのは、自分の作品で普通にやってるんで、自分が体験した過去の出来事とかも振り返ったら、まあ、なんか別な意味を感じて……、デスティニーを感じたりすることって結構あるのかなとは思ってますね。習い事めっちゃやってたのとかも、振り返ってみたら別の意味がね……ある……。すいません、ちょっとここはもうカットしていただきたい。もうどうにもならないです。言いたかったことは、作品でそういうことが起こるから、人生でもそういうことあっても別にいいよねっていうことが言いたかったんですよね。
中川:私の結論としては考えてて、この大きい流れみたいなものはあっても、その中をどう方向づけて泳いでいくかみたいなところはかなり自分の意思入ってるなっていうところを感じるんで。子供の頃、習い事をすごいされてた汲川さんと、全くしてなかった野放しの野生児みたいな、私とが今一緒にラジオしてるっていうのも面白いなと思っているんですよ。
汲川:はい、すごく面白いと思います。
中川:結局そういう方向性は、こっちに行きたいみたいな感じで泳いできてるというか。
汲川:そうですね。
中川:それがどこかで交わされるというか、すれ違う地点みたいなところに今あるのかなと思ってるんで。
汲川:たまたま一致してるというか、接点っていうか、近くなってる瞬間。
中川:そうですね。それはもうデスティニーと思って。
汲川:あとはあれですね、私の病気の話をすると、私は将来的に歩けなくなることはほとんど確定してるんですけど、歩けなくなることを分かってるからって、いろんなこと諦めたらつまんないなと思ってて、最終的に歩けなくなるっていうのは変わらないと思うんですけど、振り返ってみた時に歩けなくなるまで結構いろいろ頑張ったよなみたいな充実感とかは感じられるような生き方はしたいなと思ってて。振り返った時に、よりデスティニーを感じられるような生き方をしていきたいです。道の例えで言うと、できるだけ険しい道を好むので。歩きやすい道を歩いた歩いた話ってつまんないなと思っちゃって。
54:52
中川:そうですね。
汲川:私が何か判断するときの判断基準で、お話だったらどっちが面白いかなっていうのがあって、話が盛り上がる方を選ぼうかなみたいなところはありますね。今のところ、険しい方の道っていうか、大変そうな方を選んですごい楽しい人生を送れてるんで、これからもその調子でいけるかなって思います。……中川さんは、今何飲んでますか?
中川:今ね、ダンシングフレイムシャルドネっていうワインをボトルで購入してきまして、あと、スモークタンと一緒に汲川さんのお話をマリアージュしております。楽しいですよ。
汲川:楽しい……。羨ましいですね。私、なんか謎に緊張してる……。
(まとめ)
汲川:第3回生き延びラジオですが、
中川:第2回じゃないですか?え?
汲川:第2回ですね。第2回生き延びラジオ公開収録収りょう……。
中塚:ダメだ(笑)
中川:もうダメだー(笑)
汲川:第2回生き延びラジオ公開収録、いかがでしたでしょうか。今回はデスティニーというテーマが難しかったかなという印象です。中川さんはいかがだったでしょうか。
57:00
中川:デスティニーって言うと人生の話になっちゃうので、言っていいのかな、いけないのかなみたいなこともありましたが、汲川さんのことをよく知ることができました。
汲川:はい。ありがとうございます。例によって私が喋ってばかりになってしまったんですが、回を進めるごとに是正されていけばいいなと思っております。向上心はありますので、引き続き聴いていただけるとありがたいです。