不登校の息子を振り返って
みなさんこんにちは、あそびやさんのばばさくらです。 今日もね、不登校の話をしていこうと思うんですけども、
今日の話は、 息子の不登校をね、振り返ってみると
もう本当に、思い悩んだし、私自身、 悩んで悩んできた。どうしてこうなっちゃったんだろう?
って、悩んできたけれども、だけど後から 振り返って、よくよくよく考えると
私が望んだ通りの形になっていた。 すべては、私が望んだ形になっていたんだ。
っていうお話です。 ある瞬間に、それに気づいて
もう、愕然とするというか、 そうだったのか?って思ったという話です。
子供の成長と親の期待
どこからお話ししたらいいのかな?って思うんですけども、 まず息子が生まれた時のことを思い出してみると、
まあ、第一史だったこともあって、生まれてきてくれた時に、 もう本当に感動して嬉しくて、
命ってすごいなって思って。
とにかく思ったことは、 型にはまらなくていいから、自分の好きなように生きてほしい。
レールになんか乗っからなくていいから、 とにかく自分の思うように思いのままに、
思いっきり人生を生きてほしいって思ったんですよね。 だけどそれが1歳になり、2歳になり、3歳になりって成長していくと、
私の希望であれをやらせてみようかなとか、 これをやらせたらどうかなとか、そういうのはやっぱり出てくる。
で、それが何が彼にとって必要で、 何が必要じゃないかっていうのは、
わからない。まだ小さい時にはわからないし、 やらせたところでそれが、例えばその時、
あまり気が進まなかったとしても、 後から良かったってなるかもしれないし、
その後々になって、後々にならないと、 それが本当に必要だったのか必要じゃなかったのかって、
わからなかったりするっていう中で、 子育てが進んでいく。
正解は、もともと正解はないと思うし、 正解はわからないと思っているんだけども、
少なくとも彼の人生が豊かになったらいいなって思って、 いろんなことを経験させたりとかしていくんですよね。
小学校入学と宿題、習い事
で、その延長に小学校に入学するっていうのがあって、 そこから宿題が出ます。
宿題は全部やった方がいいよねとか、 習い事が始まって、習い事は休まずに行った方がいいよねとか、
そういうものがその延長線上にあって、 そういう中でだんだんいろんな辛さが見えてくる。
小学校2年生ぐらいのときには、 宿題がすごくたくさん出るようになって、
それが他の子さんたちに比べて、 明らかに全部こなすのは大変な状態だったりした。
で、そのときに、これ大変そうだなって思ったけど、 全部やらないのが正解かってそうじゃないし、
じゃあどこまでやるのが正解かっていうのもわからないし、 それでやればできるんじゃないかと思って、
横についてどことん付き合う。 それが結局彼を追い詰めたりとか、
その加減がわからない。 やれば乗り越えられるんじゃないかって思ったり、
でもそうじゃなかったりとか、 っていうことが日々いろんなことが出てくる。
本音と建前の葛藤
で、そういう中で、私の中のどこかで、 いや、もうそんなに大変ならやらなくていいんじゃない?
そんな大変な思いしてやらなきゃいけないことかな? っていう自分の中の思いと、
あとはその逆に、でもやらずには済まないよね? みたいな思いがあって、
自分の中のどっちが本音かって言えば、 そんな大変な思いにしてやるものじゃないよね?
っていうのが本音だったと思うんだけど、 だけどやっぱり頭で考えて、
その先を見通したときに、 いやでもやらずに最後までいけないからやらなきゃでしょ?
みたいになって、で、子供に対しては、 やらなきゃでしょ?だけを出していく。
で、そのうちに自分の中で、本音、自分の中の本音、 いやもうやらなくていいんじゃない?っていう本音を
自分の中で忘れていくっていうか、置き去りというか、 仕舞い込んでいく。
表現しなくなって、子供に出すのは、 やらなきゃダメでしょ?っていうのだけを子供に出していく。
っていうことをしてきたんじゃないかな?って思うんですよね。
で、これが、なんて言うんだろう。
今、あの時に立ち返れるんだったら、やっぱり両方を、
両方を子供に伝えてきたらよかったなって思うかな。
自分の中の、そんな大変な思いしてやらなくていいんじゃないかな?っていう気持ちと、
でもやらないでは済まないよね。この先のこともあるからっていうのを、
両方をちゃんと伝えていくことが、 必要だったのかなって思っていて、
で、なんで自分の本音を隠すかっていうと、
じゃあ、やらなくていいんじゃない?って言ったら、 子供はもう絶対やらないから。
でも、今思うと、両方言ったとしても、 結果は変わらなかったのかなって思っていて、
葉っぱをかけてもできる量には限りがあり、 葉っぱをかけなくても、
全然やらないことはなかったんじゃないかなって。 その差はそんなにわからないけど、
なかったんじゃないかなって思っていて、
両方の気持ちを伝え続けたら良かったんじゃないかなって今は思っています。
親の本音と子供への影響
それは何のためかっていうと、 自分が自分の本音を忘れないためっていうことが一つと、
子供って親の本音を見抜いてるって私は思っていて、
だから私が本当の本当の心の中では、
自分の思うように生きていいよ、 生きてほしいって私の本音が思っているってことを、
子供は多分キャッチしていたんじゃないかなって思っていて、
だけど口先では宿題やらなきゃダメだよとか言うっていう、
そこが子供にとってはわからなくなっちゃう。
親の本音がわからなくなっちゃう。 なんでそんなこと言うんだろうみたいな。
わからなくなっちゃう。切れちゃう。 親子のつながりが切れちゃう。
親の私が自分とのつながりを、 自分の本音とのつながりを見失ったとき、
親と子の本音のつながりも確実に切れるって思っていて、
今、子供を取り巻く関係って、 親からすごく見えにくくなってるなって思っていて、
例えばネットでのゲームなんかやってると、 そのゲームを誰とつながってやってるのか、
学校のクラスの子とつながってやってるのか、 全く見ず知らずの人とやってるのか、
もう見えないし、分かりようがないっていうか、
そういう子供がどういう世界にいるかっていうのが、 全然分かりにくい時代になってるなって思って、
そういう時に、親子の命綱って、 親子が信頼して話をできること、
それ以外に命綱は何一つないなって私は思っていて、
だから、宿題を多少やらなかったとしても、 信頼できること、話せることっていうのが、
何よりも今大事なものなんじゃないかなって思います。
息子の中学時代と気づき
でも実際は、そうやって私は、自分の本音は割と置き去りにして、
どっかでは自分の思うように生きてほしいって思ってんだけど、
あんまり子供にはそれは表現せずに、
中学生、子供の話を一生懸命聞いてたとしても、
私自身が自分の本音とか、そういうものと切れちゃってると、
うまくいかない。
その辺をうまく説明する言葉がまだ見渡らないんですけども、
それでそんなことしながら、子供、息子が中学生になった時に、
いろんな段階を経てある時、
もう本当に肩にはまる必要もないし、
レール通りである必要もないしって思った時があって、
その時に、あれ、待てよ、これって息子が生まれた時に、
私が本当に心から思ったことだったじゃないって、
気づいて、そこがピーンって繋がったっていうか、
もうその時に、本当にごめんって思って、
能天に雷が落ちたような感覚というか、忘れてた。
私がこれ望んだことだったじゃないって思ったんですよね。
息子への感謝と謝罪
息子はその通りに生きてきた。
私が生まれた時に願った通りに生きてきた。
なのに私は途中から水をさすことばっかり言って、
そんなことやってたら進学できないんじゃないかとか、
そんなことやってたらどうなっちゃうんだろうみたいなことを
うじゅうじゅうじゅうじゅ、横から水をさしてばっかりで、
何やってたんだろうって思って。
そんな水をさす私に負けずに、
自分の道をここまで貫いてきた息子、すっごいなって思ったし、
ありがとうって思ったし、ごめんって思ったし、
立派だなって思ったんですよね。
本当にそれに気づいた一瞬は衝撃だったなって思います。
子供を信じることの大切さ
そんなふうに思って振り返ってみると、
それまでに学校行かないとかはもちろんだけど、
その他に習い事を全部やめたりとか、
そういう時に私がえぇって思うようなことがいっぱいあったけど、
でもどれもすべて正解だった。
すべて、どんな選択もちゃんと先につながっていた。
だからすごいなと思って、もっと信じて大丈夫だった。
もっと信じてよかったし、子供に委ねて大丈夫だったし、
子供の方がむしろどうしたらいいか分かっていたっていうことを後から本当に思って、
時にはちょっと命がかかっちゃった時もあったんじゃないかなっていうぐらい辛かったと思うんだけど、
それでも頑張り抜いた息子、自分の道を貫いた息子に対して、
もうブラボーとしか言いようがない気持ちになったなってちょっと思い出して、
こんな話を今日はしてみました。
親子になる同意と未来への応援
たぶん、どんな親子もお互い親子になることを同意の上で生まれてくるっていうのでね、
彼も私を選び、私も彼を選び、親子として今回やってみようって生まれてきてるはずで、
それが本当にそうだったんだろうなって振り返ると思えるのでね、
だから今もまだ専門学校生で、これから先の道をどうしていくかっていうこと、
いろんな選択は2点3点しながら今も道は続いているけども、
でも今はどんな道も彼が選んだものが正解って本当に心から思っているし、
応援しかないって思っていて、
過去の自分に会えるなら全部信頼して大丈夫だったよって言ってあげたいなーって今思っています。
今日はそんなお話をさせてもらいました。
最後まで聞いてくださってありがとうございました。
じゃあねーバイバイ。