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はい、どうも。丸山のコミュニケーションです。 まずは、おめでとうございます。
ということで、今回は、決めたらそこまでという話をしていきます。 はい。
決めたらそこまで、ですね。 これは、誰かに何かの指示を与える。
そこまでやってくださいというようなね、そういう決め事だったり、 もしくは、自分自身に対してここまではやろうというような、
そういう決めるというようなことですよね。 何でもいいんですけれども、何かをそこまでというように決めたのであれば、
それはもうそこまででいいという、そういう話ですね。
というのも、決めたこと以上に頑張ろうとする人っているじゃないですか。 あなたが該当するかはわかりませんが、何かこう、成果というものに対して
ストイックに追い続ける人であったり、 言われた以上のことを必ずこなさなければいけないんだというように、
熱意がありすぎる人ですかね。 そこまででいいんですよと言っているのにもかかわらず、
その自分自身の中で、いやもっとこれ以上、もっとやったほうがいいというようなことであったり。
いずれにしても、その対外的にも内在的にも、決めたらそこまでで終わりではなくて、もっとやらないといけない。
これは終わりがないですよね。もっともっと、どこまでも青天井でというように。
やろうと思えば、時間を許す限り、生きている限り、何でもできてしまうので、ある程度のところで見切りをつける必要がある。
何事においても。そんな中でも、とりわけ自分自身に対して、もちろんそれもそうなんですけど、
対外的に誰かに対して指示を与えたり、お願いをしたりする場合に、
仮に相手がそれを達成した、できたとなった場合であっても、ここまでできたんだったらもっとできますよねというように、
それ以上求めてしまう傾向がある。そんな時にですね、決めたらそこまでにするというような、
そういう考えを持ってコミュニケーションを取ったほうがいいですよというようなことですよね。
何かしらの組織に所属をしていて、おそらく指示を与えるというような人は、いわゆる上役というようなことになると思うんですけれども、
どのポジションにおいても、組織の中において上役という人がやる一番のことは、下役の人、部下と呼ばれる人たちの心をグリップするということが、
まず一番できますよね。心をつかむ、尊敬をしてもらうと言ってもいいかもしれません。
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それはなぜかと言ったら、指示に従う、従わない、そのあたりに直結をしてくるからであって、
例えば指示を出したとして、10までやりましょうと決めて、相手が10を達成したとするじゃないですか。
そこまでやったんだら20はいけるよねと、葉っぱをかけて、もっともっとというようにですね、
このような指示を飛ばしていると、それは心をグリップできないわけです。またかというふうになるわけですね。
何回も繰り返すと、誰も言うことを聞いてくれなくなる。
例えば、もっと平易な例えで、グラウンドありますよね、学校とか。
そういうところで、例えばここを10周走ったら終わりですよというような指示を与えたとして、10周達成しました。
よし、じゃあ10周走れたんだったら、もう10周走りましょうというようになったら、いやですよね。
仮にあなた自身がそのような指示を受けた上で、さらにもっととなったら、ちょっと話が違うじゃないですかというように思うと思います。
あらゆる組織において、同じような現象が起こるわけです。決めたこと以上にやらそうとすると。
必要に駆られて、それ以上やらなければいけないというような状況になった場合には、もともとその指示を与える側の人間である人が、
もくさんを見誤っていたということになりますので、仮にもっととお願いする場合であっても、指示を出す場合であっても、
自分の概算目論みが違っていた。だから申し訳ないですけれども、もうちょっとやってくださいというようですね。
そういう心遣い、気遣いが必要ですよね。戦略と戦術というものがありますけれども、戦略を間違っていたらいかなる戦術を持ってしても、
基本的には望むところへ到達できないというようなことがあります。戦略を立てるのは誰ですかといったら、
それはいわゆる組織においては上役という人、指示を出す側の人ですね。自分自身の戦略が誤っていたからといって、
それ以上を無理やりやらすというのは、そこは素直に認めなければいけない。戦略を立てる側の責任において、
指示を出したにもかかわらず、そこでは足りなかったということになりますので、あらかじめ決めたらそこまでというようなことを
思っていれば、戦略を練る場合においても、今まで以上にブラッシュアップをしようとする、吟味しようとする、
そういう姿勢にもつながるんじゃないかなと思います。決めたらそこまでというような話、
片方の側の意見がちょっと強くなってしまいましたね。指示を出す側の人の話がメインになりましたけれども、
自分自身で何かを目標を決めるという場合においても、似たようなことは言えると思います。自分で決めた目標、
決めたならそこまではやる。そこまでやったらもうやらない。それが一つの決める決断という形でもありますので、
いずれの場合においても、何事も決めたらそこまでというようなこと、これですね、意識をして
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コミュニケーションをとっていくということです。つまり何が言いたいのかというと、決めたらそこまで、
決める側と決められる側、もしくは自分自身で決める、そのようなことがありますと、
これは特に決める側においては、決め事以上に何かをやらせようとすると、
それは決められる側の人の精神をグリップできなくなります。さらには何回も繰り返すことによって、
だんだんと決めたことすらもやっていかなくなります。どうせここまでやってもまたもっとやってくださいと言われるから、
であればやらないでおこうかなというように資金に関わるということですね。
どうしても後から決めたこと以上にやらなければならないとなった場合には、それは戦略を立てる、作戦を考える側の力量が足りていなかった、
往々にして起こりますけれども、そのようなことなので、決められる側に対して決めた側が、自分の目算が間違っていたから申し訳ないが、
もっとやってくれというようですね。一度自らのミスを、非を認めるということですね。その上でお願いをする。
そして自分自身で何かを決めてやる場合には、そこまで決めてやったのであれば、それは自分を称えて褒めてあげて、
もうあとはやらないというふうにですね。やらないことも一つの決断ですので、やらないことを決めるということですね。
決めたことを決めたところまでやったから、これ以上はやらないということを決める。そういうことですかね。
私も必要以上に頑張る人いますけれども、もちろんね、それはそれで素晴らしい。
誰にでもできることではないので、決めた以上にやってのける人というのはすごい人ですよね。
とはいえ、それを何回も繰り返していくと終わりがありませんので、ラッドレースですね。
終わりがあるから人は頑張れるというようなこともありますので、もし彼に決めたことを必要以上にやっていたな、
もしくは必要以上に指示を飛ばしていたかもなということがあるのであれば、決めたらそこまでというような考えを持ってみてはいかがでしょうか。
というようなところです。
はい。ありがとうございました。