1. あらしの創造の森
  2. コミュニティって結果的に生ま..
コミュニティって結果的に生まれるものなのか?
2026-04-10 08:32

コミュニティって結果的に生まれるものなのか?

「コミュニティは結果的に生まれるもの」という言葉に対して違和感を持ったので、そのことについて話してみました。自分は、コミュニティは意思を持って育てていくものだと考えています。

なぜそう思うのか、どのような思いがあるのかといった話をしていこうと思いますが、まだ語り足りない気がしています。このテーマについては、もっと深掘りして話してみたいです。 #コミュニティ #オンラインコミュニティ #仕事 #毎日配信
---
stand.fmでは、この放送にいいね・コメント・レター送信ができます。
https://stand.fm/channels/69a9405475c28fe699fd978b

感想

まだ感想はありません。最初の1件を書きましょう!

00:05
こんにちは、あらしです。2026年4月10日の放送を始めていこうと思います。 今日のテーマは、コミュニティは結果的に生まれるものであるって本当? っていうテーマで話していこうと思います。
で、えっと、 まあ、
なんかこれってよく言われるというか、なんかよく聞く話なんじゃないかなと思っています。 自分もなんか最近のミーティングでこういう話が出てきたりとか、
あと今朝読んだノートで、コミュニティは結果的に生まれるものであるから〇〇〇みたいな、 そんな感じのノートを読みました。
で、 まあ自分はそうじゃないんじゃないかなって思うから今日この放送をしてるんですけど、
いやなんか、すごい言わんとすることはめっちゃわかるなと思ってて、 こう一つ一つ丁寧に紡いでいったら出来上がるものだよとか、
あとは、まあ意図してコミュニティで作るものじゃないでしょみたいな感じ。
で、なんか、いやわかるはわかるんだけどなぁみたいな。
じゃあ自分はどう思ってるかでいくと、自分はコミュニティは、 えっと、
結果的にとは言わないけど、 意志を持って育てていくものなんじゃないかなと思っています。
で、なんか本当に、
コミュニティを作ろうってあんまり自分は そんなに思ってはないんですけど、
そもそもコミュニティって何なのかって話していくと、 自分は人と人との関係性の重なり合いであったりとか連鎖みたいな部分だと思っていて、
なのでこう箱みたいなのを作ってそこに人を集めてみたいな部分が コミュニティっていうものではないかなと思っています。
ただこう結果として生まれるものでしょっていう人って、
なんかどこかで箱みたいなのを用意してそこに人を集めて、
で、集め続けることがコミュニティっていうふうに考えているのかなって思う節がちょっとだけあって、
確かに箱を用意することをしたりとか、
例えばこういう属性の人に来てほしいって思うことはあるんですけど、
なんか人が集まれば結果的にそこに関係性が生まれるかというと、
いやなんかそうではないんじゃないかなって思います。
なんか自分もそういうイベントだったりとかこういう交流会みたいな部分にも定期的に参加してたりするんですけど、
で、その中で出会った人と話したりとか語り合うということもあったりするんですけど、
03:03
なんかそれをすることによって関係性がこう深まった、
まあ豊かになってたみたいな感じなんですかな。
なんかそういうふうになることって、
なんかただただそこで会うだけだったらあんまり起きないかなと思ってて、
で、自分は今こういうコミュニティの運営であったりとかコミュニティマネージャーっていうお仕事をしていて、
まだまだできていない部分は多いんですけど、
やっぱり意思を持った行動っていうのは心がけてるなっていうふうに思っています。
で、自分はコミュニティを森に例えることが結構多くて、
自分はこの豊かで美しい森、美しい、豊かな森ですかね。
いろんな関係し合って豊かな森を作っていく、そんなコミュニティを作りたいっていう話すことがちょくちょくあるんですけど、
この結果的に生まれるのがコミュニティだよねっていう考えって、
どちらかというと自然発生的で、そこに木があったりとかいろんな植物がある中で、
まあ何て言うんですかね、雑木林的な感じなのかなっていうイメージを持ってしまいました。
一方でなんか自分がイメージしているのは、
本当にいろんな種類の木々があって、動物もいたり風が流れてたり水が流れてたりっていう、
そういうコミュニティだと思ってて、
やっぱりコミュニティの中にはいろんな人がいる方が面白いと思ってて、
木々でいくと本当に大きい木もあれば小さい木もあったりとか、
なんか本当様々な植物がある必要があって、
じゃあそれが生まれるにはどうしたらいいかっていうと、
やっぱり水の循環であったりとか風が通ったりとか、
あとは光がどこにでも差すとか、そういうのが大事かなと思ってて、
雑木林的な自然発生的なみたいな話でいくと、
声の大きい人であったりとか、
あとはそこで生まれた文化みたいな部分が固まっていく、固執していってしまったりとか、
なんかそういうのがあったりするので、
確かに一時的には関係が生まれたりとか、
盛り上がり感っていうのが生まれることはあると思うんですけど、
それを持続していったりとか、
例えば他に新しい人が関わってきたときに居心地の良さだったりとか、
その人がまたその場所で豊かに育んでいける、
関係性を育んでいけるっていう風に考えると、
自然発生的に任せる、自然に任せるっていうのだけだと、
やっぱり難しい部分はあるんじゃないかなと思ってます。
だからこそ、やっぱり日々このコミュニティの運営みたいな部分で考えると、
どうやったら新しい人との接点を作れるんだろうであったりとか、
声を出しやすい場にできるんだろうとか、
06:03
あとは何か挑戦したい、やってみたいと思ったときに、
その場でちょっと試してみようかって思えるように、
どうしたらいいんだろうっていうのは、
やっぱり問いとして常に持っていて考えて、
それに対して小さいコミュニケーションが基本にはなるんですけど、
丁寧に目を配ってコミュニケーションしていくっていうのが大事だったりするので、
泥臭いことだと思うんですよね。
で、その中でやっぱりさっき最初に言ったみたいに、
意思を持ってっていうのはすごい大事で、
それは意図を持って、意図を持ってというか、
支配したいとかコントロールしたいとか、
それとはまた異なるんですよね。
何か自分が思っても見なかったところで新しい目が出たりとか、
新しいつながり、新しい関係性が生まれるっていうのは、
コミュニティ運営者としてはすごく面白みとかやりがいにつながることであったので、
自分が意図してないものが生まれたときにそれを排除したいとか、
何か思っても見ない人が来たら、
それはもう出て行けってしたいっていうわけじゃなくて、
本当にのびのびと余白の中で参加変わっている人が、
本当にそこで関わりたいと思い続けてもらえる場所であったりとか、
関わることによって豊かになっていくと思ってもらえるようには、
やっぱり意思っていうのを持って、
作り続けていく必要があるんじゃないかなと思っています。
なので、自然発生的に結果的にコミュニティが生まれるものっていうのは、
言わんとすることは分かるけれども、
でもそれはちょっと違うんじゃないかなが自分の意見です。
でもこれもあくまで自分がそう思っているだけで、
そうじゃないよって思う人もいると思うので、
ぜひぜひそういう方は、
というか何かそういう話とかもできたら嬉しいなと思っています。
今日はこんな感じの話でした。
今日も聞いてくださりありがとうございました。
それではまた明日。
08:32

コメント

スクロール