1. 拝啓、3000年の人類へ
  2. セルフ無量空処: 道行く人々..
セルフ無量空処: 道行く人々の人生、無限に発散す。
2026-03-30 16:54

セルフ無量空処: 道行く人々の人生、無限に発散す。

呪術廻戦でも有名な、「無量空処」。

あなたは、食らったことがありますか?

「道行くすべての人々に、豊かで複雑な人生があること」を指す言葉と共に、自分に術式をかけたはなしです。


○ この番組について ○

「はるか遠い未来の人類へ、現代人は何を残せるだろうー?」

Podcast番組「拝啓、3000年の人類へ」は、西暦3000年に向けて綴る「音声アーカイブ」です。

加速するテクノロジーの波間で、現代人が何を思い、どんな未来を夢見たのか。

教科書には載らない、その体温を、遠い未来へ届けます。


BGM素材:DOVA-SYNDOROME、効果音ラボ


X@echo3000_radio https://twitter.com/echo3000_radio

感想等は #echo3000 でツイートしていただけると喜びマス

感想

まだ感想はありません。最初の1件を書きましょう!

サマリー

カフェの窓際で人間観察をしていた語り手が、道行く人々一人ひとりの人生の複雑さに思いを馳せ、情報過多による脳のオーバーフローを経験する。この感覚を「セルフ無量空処」と名付け、他者の人生の豊かさを認識する言葉「損」や、情報過多でフリーズする感覚を表す「無量空処」に触れながら、現代社会における情報量と人間の処理能力、そしてAIとの関係性について考察する。

カフェでの人間観察と情報過多の感覚
先日、初めての駅で電車を降りたんですけど、 仕事だったので、朝の時間帯だったんですが、集合時間まで余裕があったので、
駅前にあるカフェの窓際で、朝のコーヒーを楽しんでいたんですよ。 もちろん窓際なので、
駅に向かっていく人がいるっていうのを眺めていたわけなんですけども、 ちょっと早めに着いたんですよね。朝の7時だったかそのくらいだったと思うんですけど、
まだまだ街の様子が寝起きと言いますか、 人がこれから増えていくような時間帯だったので、
カフェの目の前から見える通りがですね、人が増えていったりという形で、 どんどん人が足早に駅の中へと吸い込まれていくなぁっていうのをぼーっと見ていたんですけど、
不意に思ったことがありまして、 通りをすれ違っていく人たち、
一人一人が、 今日の朝ごはんがあって、
向かう会社があって、 昨日まで寝ていたベッドがあって、
そのベッドがある、まぁ帰る家があるんだなぁとか、 それぞれの方が自分と同じように時間を生きていて、
同じぐらい複雑な人生があるんだなぁとか、 そんな人たちが暮らしている、初めて降りたこの街も、
僕が生まれる前から確かに存在をしていて、 僕が死んだ後もきっと暮らしというのはこの街で続いていくんだなぁとか、
まぁボケーッと考えていたんですよ。 なんか急に飲まれていきそうだなっていう感覚がありまして、
なんでかなぁと思ったんですけど、 やっぱり通っていく人一人一人を見ながら、
なんかこの人がーとか、この人の人生がーとか、 この街の変化がーみたいな形で考えていると、
なんか情報が無限に発散していくなーっていうのを思ったんですね。 まぁ何が言いたいかというと、
この自分以外の他者の人生っていうのが無限に想像できてしまってしまうから、 無限に情報が湧き起こってきて、すごいなんか怖いなって思ったんですよね。
でその、見えてる人全員一人一人に対してそういう目で知覚をしてイメージをしてっていうところをやっていくと、
なんか脳の処理がオーバーフローしちゃって、 フリーズするような感覚があったんですよ。
これなんかすごいことだなと思っていて、なんか初めてこの何と形容すべきかわからないような感情と感覚みたいなのに落ちてしまったというのを自覚をしたんですね。
「損」と「無量空処」という言葉
で、この何とも言えない感覚と言いますか、感情というのか、道行く人々に、それぞれに今人生とかいろんな暮らしがあってとか、いろんなその人の生き方とか何かあるっていうのが、
これなんか単語として存在しないのかなって思ったんですよね。
で、まあちょっとネットを調べてみたところ、何とそれに類する言葉があるというのがわかったのが、今回メインの話なんですけど、
どうやら、Dictionary of Obscure Sorrows っていう、曖昧な悲しみの辞典という本と言いますか、
造語を集めたような書籍とか動画がどうやらあるということがわかりまして、これ何かというと、
ジョン・ケーニングという方が英単語を構築するプロジェクトをやっていて、
言葉ではまだ説明されていない感情を表す新しい言葉を作って定義をしているというプロジェクトがあるというのを知りましたと。
その中でその、損だという単語があるらしくですね。
その単語の意味が、道行く人それぞれが自分と同じくらい豊かで複雑な人生を生きているのだと気づく瞬間の感覚らしくて、
まさにこれだなと思ったわけですよ。
本当に人それぞれに暮らしがあって、豊かで複雑な人生があるということを知るというのもあるし、
自分以外の生き方っていうのが実際に目の前でひっくり広げられていて、それが毎日行われているっていうふうにいうところだと思うんですけど、
それを考えると何か素敵な言葉だなと思うと同時に、希望も感じられるなと思ったんですね。
で、そこで終わればよかったんですけど、一方でその道行く人々それぞれが豊かで複雑で素晴らしい人生を歩んでいるところでよかったんですが、
それを考えた時になんだか脳が情報あふれちゃってオーバーフローしちゃうみたいな感覚って、
こっちはごちゃになんかないかなと思って考えていたんですけど、これをもうちょっと整理すると、
自分が吸収しきれないほどの知覚情報といいますか、それが自身のすぐ外側に限りなく広がっているんだなというふうに自覚をした瞬間、
突如として無限の情報が体の中に流れ込んできて、頭痛いなぁとか、めまいするなぁとか、フリーズするなぁっていう感覚、
それを表したような単語というか何かないかなと思って調べたんですけど、ふと知ってるものあるなと1個思ったんですね。
これがタイトルにも入ってますが、無料空処ですね。
聞いたことある人結構いるかなと思いますし、タイトル見てあの話かなと思った方もいると思うんですけど、
この無料空処というのは漫画とか、さっきアニメもやってますが、呪術回戦で登場するキャラクターの五条悟るというですね、最強の魔術師がいるんですけど、
その五条悟るがですね、領域展開という、これもなんか術式の一つなんですけど、空間をこう作り上げて技が出るみたいなやつがあるんですけど、ちょっと表現が難しいんですが、
その一つに無料空処という術式がありまして、あ、これではって思ったんですね。
アニメとかで表現されているのは、この発動すると宇宙空間みたいなのが目の前に急に広がって、その技のこと術式と言ったりするんですけど、術式を喰らった人は膨大な情報量が流し込まれて、
人間って知覚をして、それが伝達されて行動するというような知覚動作の一連の流れがあるわけですけど、知覚と伝達が無限に終わらなくなって、結果としてその技を喰らった人は思考行動に移せなくて、何もできなくなってフリーズしちゃって、
かつ、脳がその無限の情報によってダメージを負うみたいな、ちょっとこれ言葉で表現してもなんだっていうのもあると思うんで見てもらうといいんですけど、それを喰らったアマティキャラクターが無限に物が見えて、無限に全てを感じ続けるっていう、それをダメージとして負うみたいな感じのものなんですね。
セルフ無量空処の体験と考察
これもうちょっと分かりやすく何か例えられないかなと思って、あの例えを用意してきたんですけど、体で例を例えましょうか。
今皆さんこのポッドキャストを聞いていると思うんですけど、基本的にあの僕のこの発信している言葉に対して耳を澄ませていただいているかなと思うんですけど、この瞬間皆さん他の感覚を遮断していることに気づいているでしょうか。
例えば今電車の中にいる人だったら、スマホを触っていると思うんですけど、スマホがこう触れている手の裏ってあるじゃないですか、その感覚って今言葉にしたからなんか触っている感覚急に思い出したりとか、今皆さんおそらく服を着ていると思うんですけど、さすがに裸で聞いている人いないと思うんですけど、着ている服が肌に触れている感覚もそうだし、
座っている方だったら、椅子に接しているお尻が潰れている感覚とか、地面に足をつけている方だったら、地面に設置している足の裏の感覚、正確には靴の裏だと思いますけどって感覚とか、あと口の中にある下の位置の感覚とか、あとは今イヤホンをつけている方だったら耳にイヤホンがついている感覚みたいな、こういった感覚って皆さん今遮断してますけど、
本来全部感じているはずでして、もしこれがですね、例えば体毛を一本一本単位とか、体の細胞を一個一個全部近くをしたらどうなるでしょうかと。
だいたい想像できると思いますけど、その近くを全部こう享受しようとすると、それだけでもずっと何もできなくなっちゃうみたいな、頭痛いみたいな感覚になりませんかね。
それがですね、無料空想みたいなものだと思うんですけど、ありとあらゆる、例えば目に見えるものすべてについて、一点だけじゃなくて全部見てしまうから、もう全部知覚しちゃって、あれもこれもあれもあれもみたいな感じになっちゃって、それを知覚するだけでもう動けなくなっちゃうみたいな。
そういうことが無料空想だと思うんですけども、冒頭お話をした目に映るすべての人々に対しての知覚といいますか、その人がどんな人でどういう人生を送っていて、その人に対して一人一人歴史がありそう、こういう感じかなっていうのを全部考えちゃうと、今お話しした通りで知覚をしすぎちゃって、もう頭パンクしちゃうみたいな。
そういう感じかなと思ってて、本来無料空想というのは五条悟が敵キャラクターに賭けるわけですけど、僕は自分自身に対してセルフ無料空想を賭けていたという感じかなと思いましたと。
ここまでの話をまとめると、いろんな人に豊かな人生があるんだなっていうのは損だという感覚で、それを元に僕は情報を処理できなくなるような知覚を感じてしまったことによって、セルフ無料空想をかかってしまったという形なんですけど、
今まで感じたことがなかった感覚をこうやって言葉にするというのも一つ面白いところなんですが、人間ってやっぱり普段何気なく感覚遮断と言いますか、感じなくていいものを感じなくなるように集中した際には知覚を制限してるんだなっていうのを改めて思ったってところだし、
目に見えているものを、目に見えるで留めているものって結構多いんだなと思いましたね。
人によっては例えば目に入ったものをすぐに読み上げちゃう人とかもいたりするわけですし、これってあれだよねっていうのを結構すぐ喋っちゃったりする、あっちこっちに話が行っちゃったりするっていうのはあると思うんですけど、
それって結構人によって知覚の幅があるから、そうやって捉えたものを遮断をしたりとか、それを取り上げようとするっていうところに結構コントロールがあるんだなと思いましたね。
現代社会の情報量とAIの未来
そうやって朝のコーヒーの時間に外を見ていて、頭がパンクしそうになるような感覚があったんですけど、それを破ったのが無意識に口に含んだストローから流れ込んできたアイスコーヒーの苦みですね。
より強い刺激が一点でもどこかに加わると、ふと我に加えるというのがあるんだなぁと今回思ったわけですね。
で、そんな自分自身にかかった呪いのようなものを解いたというところで終わったんですけど、僕らは今生きている中で、年を追うごとに目に入ってくる情報って増え続けているわけですし、
AIによって効率化が進むと言うけれど、作業自体はあるわけで、短時間でどれだけ密度高く何かができるかって言ったら、情報量をどれだけ高められるか、エントロピーがどれだけ高くなるかみたいな話になってくるのかなと思ったときに、
これ以上僕らってハードウェアとしての人間を超えて作業ってできていくのかなって思ったんですよね。結局我々が何か、例えばAIに指示をしたときに、その指示にかける時間っていうのに対してその時間よりも短くいろんなことがAIができちゃうってなっちゃうと、
僕ら自身が何か指示をすることがボトルネックになっちゃったりとかしていくわけで、僕らは脳みそパンクしそうになる一方で、AIとかロボットの方がいろいろできちゃうから、僕らいなくてよくねーみたいなことになりえないかなーとかっていうのをちょっと思ったりしたりしてますというところですね。
そんな中でですね、もちろん自分で考えることの重要性みたいなのを先週お話をしましたけれども、僕らが考えるべきこととか、僕らがちゃんと知覚すべきことって何だろうなーっていうのを、まあ考えるっていうのはここ何年かやっぱりやっていかなきゃいけないんでしょうね。
それをですね、まあちょっと今回自分がいろんな情報量を浴びすぎたときにこういう感覚があるんだっていうのを自覚したというところと、まあ実際にですね、いろんな情報が目に入ってくる中で感じたなというのが今回のお話でしたと。
まとめと今後の展望
で、まあそういうある種人間観察みたいなもんですけども、人間観察も行きすぎるとやっぱりですね、頭がちょっとパンクしちゃうというのもあるので、ほどほどにという形です。ということで、2026年3月の現代人でした。
エンディングです。今回はセルフ無料空所というところで、人に対する想像を人ごとに無限に考えてしまうと、あふれ出る情報が脳を破壊するというか、あのオーバーフローさせるんだなというところを自覚したと同時に、そういった他の人にも豊かな人生があるんだよっていう単語がですね、
まあこの動画とかも公開されてたんですけど、11年前からすでにあったというところに驚きを感じたというお話でした。いかがだったでしょうか。
まあ、このいろんな言葉の定義があるっていうのはちょっと面白かったので、別にまたエピソードでお話をしようと思っているので、これはこれでね、ちょっと調べたいなとまた思っております。
番組では感想を募集しています。
Xのハッシュタグエコ3000までお寄せください。では今回ここまでです。現代人の皆さんも未来人の皆さんもまた次回お会いしましょう。じゃあね。
16:54

コメント

スクロール