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必死のパッチで走っていた30代あんま子供達へプチ遺言
2026-05-03 23:10

必死のパッチで走っていた30代あんま子供達へプチ遺言

30代、結婚して住宅ローンを背負い、子供を授かり、勤め人を続けながらお金の勉強と投資を始めた頃の話です。
今の父ちゃんしか知らない子供達には、最初から何でも上手くやっていたように見えるかもしれません。
でも実際は、不安だらけで手探りでした。
住宅ローンの重圧、育児と仕事の両立、節約生活、夜中の勉強。
地味な積み上げを続けた30代が、今の土台になっています。
そんな父ちゃんアンマの新米時代のお話です。
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00:08
はい、ANMAのアップデートラジオ、おはようございます。始まりました。
はい、えーとですね、
そのうちのね、子供たちにもね、いつか聞いてもらえたらいいなと思いましてね、あの私の過去の
ことをベラベラ喋っております。はい、今日はですね、その
お父ちゃんANMAのね、30代前半からまぁ40歳くらいまでかな、アパートを購入するところまでの話をしてみようと思います。
はい、えーとですね、子供たちにすると、今のね、お父ちゃんANMAしか、こう、知らないとですね、なんとなくね最初から
その落ち着いていてね、最初から何でもわかっていて、こう全部ね、うまくやっていたようにこう見えるかもしれません。
でもね、全然お父ちゃんANMAはね、全然そんなことありません。
いろんなことをわかってないしね、いろんなこと手探りでね、手探りでしたね。
30代に入って、31歳、2歳。
今のね、神さんと結婚しました。 それはね、本当にね、嬉しい出来事でしたね。
山登りしてね、仲良くなったんですけどもね、この人とね、生きていこうってね、そう決めたのがね、30代の入り口でしたね。
で、結婚するとね、その不思議なものでね、あの、責任感が出ます。
自分一人ならね、適当でもね、いいかもしれないんですけどね、失敗してもね、こう、笑って済ませることができます。
20代のね、独り者時代にはね、あの、国家のね、国家公安の、警察様のお世話になったことがね、あったりするんですよ。
でもね、その、家族ができると、そうはね、いきません。
で、住宅交流をね、その、考え始めたんですよね。結婚して1年くらいかな。
最初はね、その、市川市の南部あたり。
でね、あの、中古住宅をね、見ていたんですよ。でもね、めちゃくちゃ高いですよね。
いくらだったかな。ちょっと、うろうぼえですけど、4500万とかくらいしてたのかな。
中古のね、地区20年くらいだったかな。かなりね、高く感じたんですよね。
5軒くらい見てね、これは厳しいなってなりましてね、その、なんだろう、見学する範囲をね、広げたんですよ。
03:08
普通にね、業者さんは、なんだろう、夫婦ペアローンで組めば大丈夫ですよ、みたいなことね、言ってたんですけどね、
いやー、ペアローンはちょっときついんじゃないかななんて、なんとなく、そういう嗅覚が働いてですね、
範囲を広げて、その、船橋の方とかね、あと、白石とかね、釜ヶ谷市とかね、そのあたりまでね、見に行きました。
するとですね、その、買えそうな価格帯でですね、その、しかもね、かっこいい家がね、たくさんあるんですよ。
あの、3000万円以下のね、あの、かっこいい家。
で、まあね、あの、かっこいい家、当たり前ですよね、新築ですからね。
今、振り返ると、その、中古のね、割安物件をね、買う道もね、あったんですよね。
財務的に考えると、絶対そっちの方が正解だったんですよ。
でもね、当時の私は、完全にね、新築振興派、新築、洗脳されてたのかな、新築振興派でしたね。
で、住宅ローンをね、支払っていけばね、いいわけだ、もうガンガン貯蓄しないでもね、いいんじゃないか、つってね。
あの、勤め人を続けてね、定年した時にね、栗上返済すればね、なんとかなるでしょう、みたいなね。
もう、めちゃめちゃ甘い、甘ーいね、考えを持ってね、住宅をね、探していたんですよね。
20軒以上見学したのかな。
で、何軒も見学していくとね、目線がどんどんどんどん上がっていっちゃうんですよね。
最初はこれぐらいの物件でいいじゃん、っていうのが、何軒も見学していくと、いろんな設備とかね、いろんなところを目が越えてきてね、
あ、これついてた方がいいな、あれついてた方がいいなってなっちゃうんですよね。
最終的にね、ちょっと背伸びしたね、新築こだてをね、買いました。
もう、えいやーっつってね、買ったんですよ。
で、購入時はね、すごくね、嬉しかったですね。
大沼さんの競争がね、好きでしたのでね、競馬場の近所にね、住めてね、喜んでいたんだよね。
住宅購入決済の夜ですね。
夜、引っ越し当日ではないですよ。
ただ本当に決済しただけ。
で、神美さんと二人でね、鍵を開けてね、家に入ったワクワク感ね、最高に嬉しいんですよね。
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無駄に雑巾掛けしたりしてね、あれは確かに嬉しかった。
で、雑巾掛けだけして、市川市南部のね、アパートに帰ってね、寝ました。
新しい家ってね、何もないんですよね。
その時、分かったんですけど、電話線もないし、テレビアンテナもないし、照明もないですよ。
カーテンレールもない。
もう本当にね、テントと同じだなって思ってね、本当に雨風しのぐだけなんだなって感じです。
カーテンはね、住宅のメーカーで見積もり出したらね、40万円。
カーテンですよ。40万円してね、それまでアパートで生活しておったんですけども、
一個建てになりましてですね、窓が多いんですよね。
ちょっとかっこいいカーテンとかね、ちょっとかっこいいカーテンレールとかね、
そういうのを選ぶとね、40万円以上することにビビりましたね。
結果ね、リビングだけちょっとカッコつけたものを選択してですね、
その残りはね、ニトリでね、チョイスしました。
でもまあね、いろいろ書くとか揃えることはね、とても楽しいものでしたね。
反面ですね、銀行ローンをね、背負ったんですよね。
初めて銀行ローンを背負った。
で、銀行のね、金償契約で名前と住所をね、20回くらい書くわけなんですよね。
住宅ローンをね、2本に分けたんですよ。
35年固定とね、3年固定のね。
35年固定はちょっと金利が高くて、3年固定は金利が安いみたいなね。
2本に分けたんですよ。
書類も2倍だから、本当に20倍以上書いたんじゃないかな。
そうするとね、ローンの重さがね、ずっしりとね、実感が湧いてくるんですよ。
住宅ローンの責任はね、重い。
月11万8千円。
これ、毎月来る。
でね、その時ね、ダブルインカムだからね、何とかなるかなっていう数字なんですけどね。
もし子供が生まれて、神さんが休んだらどうするんだ?ってね。
1馬力になった時払えんのか?ってね。
あの頃の感覚で言うとね、本当にね、イカダでハワイに向かう感じでしたね。
09:04
いや本当に、本当に、本当にハワイにね、着くのかわからない。
そんな感覚でしたね。
引っ越しの荷物を整理していた時ね、出会った本がありまして、
それがね、金持ち父さん貧乏父さんっていう本に出会ったんですよ。
これをパラパラと読んだらね、雷に打たれたような気分でしたね。
2006年か。
お金の勉強ってあるのか?って驚きました。
学校で習ってないよとかね、会社でも教えてくれないよねっていうね。
でも、お金の勉強、ファイナンシャルインテリジェンスって書いてあったから、
それを学べば、うだつの上がらない中小企業の勤め人でもね、何とかなるんじゃないかとかね、
思ったんですよね。
読み進めてるとね、持ち家は夫妻とかね。
住宅論はダメなの?みたいなね。
この間新築住宅買いましたよ、みたいなね。
ちょっと待てよ、ちょっと待て待てって言ってね。
おいらは競馬やってる場合じゃないぞってね、気づきました。
そこから、お金の勉強がね、始まりました。
2006年でしょ。
お金の勉強?
まあ、2026年。
20年間お金の勉強してるのか。始まりましたね。
株式の本を買ってきたりね、
節約の本を読んだり、
投資の本、資産運用の本を読んだりとか、
家計簿のことを考えるようになったり、
エクセルで数字を管理するようにしたり、
財務書票っぽいものを作ったのは2007年ぐらいだったのかな。
上井さんとね、夜な夜なキャッシュフローゲームをしたのもね、
あの頃でした。
学生時代でね、少しだけかじった簿記とか、
システムの勉強がね、ここで繋がってきたんですよね。
人生ってね、不思議なもので、
若い頃に無駄だと思ってたことが、
後で効いてくることがあったりしますね。
人生にね、無駄なものはありませんね。
で、そのうちね、子供を授かりました。
あれはね、本当に感動しましたね。
言葉ではちょっと説明できない、言語化できません。
12:01
出産の前日から上井さんにね、付き添ってですね、
陣痛の時間をメモして、
それを看護師さんに報告するんですけど、
その夜中ね、あまりにも痛かる上井さんがね、
不便でナースコールをしてね、
何度も看護師を呼んだんですよね。
で、その度にね、「はいはい、まだまだ、このくらい平気だよ!」
ってね、あしらわれるんですよ。
あしらわれた、本当に。
徹夜しましてですね、
その痛がるね、パートナーがね、
かわいそうでね、しょうがなかったんですよね。
で、お昼頃にね、生まれてですよ。
上井さんが苦しみから解放された時にね、
本当心の底からね、ほっとしました。
そういうことを覚えてますね。
同時にね、その、
責任もね、一気にね、増えたんですよね。
守る人が増えたんで、
生きるっていうことに本気になりました。
乱れた生活をして、
公安のね、お世話になるわけにはいきませんからね。
そこからね、生活はかなり忙しかったんですよね。
勤めにやって、家帰って育児して、
家事をして、お金の勉強をして、
投資の準備をして、
チャートをね、見まくっていましたね。
林寺太郎先生の影響ですかね、
毎日ね、馬帳って言って、
株価とね、出来高をね、紙に書くんですよ。
毎日。
週に一回ね、手書きのチャートをね、書いていました。
手書きのチャートってね、あれいいですよね。
まあいいや、ちょっと。はい。
まあとにかくね、せわしなくね、過ごしておりました。
子供がね、生まれた前後ですかね、
染め人の仕事でね、穴を開けてしまってですね、
心がね、病んでしまって、
少しの間ね、会社をね、休養したこともありました。
今ならね、分かるんですけど、
圧倒的にね、知識とかスキルがね、不足していたんですよ。
あの時はね、まあまあ、どん底だった気がします。
2007年、8年ぐらいのことかな。
で、そういうようなことをね、乗り越えていって、
人生のね、チャートがね、徐々にね、
どん底からね、徐々に徐々に上昇していったように思います。
15:05
勤め先でもね、現場のポジションを2年ぐらい経験しましてですね、
いろんな経験値をね、積ませてもらいましたね。
ただね、業績も悪くてですね、
常にね、プレッシャーを感じながら仕事をしていたように思います。
ただね、いろんなものが見えてきて視野が広がったというかね、
あの頃ね、本当に燃えていましたね。
しんどいけどね、前向き。忙しいけど希望があるみたいなね。
そんな時代でしたね。
友働きを守るためにね、家事とかね、
自分ごとにしてね、必死で、必死のパッチでね、
料理したりとか、こう、保育園の創芸とかね、
本当に踏ん張ってましたね。
時間を生み出す工夫とかもね、してたし、
鬼の節約もね、しました。
外食を減らしたりね。
毎週1回はね、圧力鍋でカレーを作成するんですよ。
カレーはね、食費が助かります。
食費も助かるしね、残ったカレーなんてね、
時間も助かるんですよね。
あとね、マルミアの麻婆豆腐。
マルミアの麻婆豆腐よく使ったな、あれ。
1つのパッケージに2個入ってるんですよ、麻婆豆腐の素がね。
最近はね、豊かになったから、マルミアは買わなくなったな。
麻婆豆腐はね、最近はクックドゥに変わりました。
クックドゥ美味しいんだよな。
もやしとかね、キャベツの炒め物とかね、
もやしはね、ナブルも作ったりとかね。
納豆もね、いろいろやったぞ。
納豆はいろいろ入れて楽しいんだけど、
結局ね、納豆はね、ネギを入れてね、
海苔で巻くのが一番美味いですね。
ほんとケチくさいですね。ケチくせーって感じです。
子供の自転車ね、最初の1台こそね、
新品用おばあちゃんにね、買ってもらったんですけどね、
その大きくなるにつれてね、サイズがね、合わなくなるんですよね。
で、中古ショップでね、何台かね、買いました。
節約ネタいっぱいあるな。
夜間のね、電力がね、安い契約だったんですよね。
エコ給とかなんかのね、安い契約。
だから、炊飯器とかね、洗濯機はね、夜中に動かして、
昼には絶対動かさないようにしてましたね。
昼間はね、電気代高い契約だったんだな。
18:02
ボーナスはね、もうほとんど使いません。
株式鉱山に入れたり、給料が出たらね、貯蓄鉱山に移したりですね。
その一発当てるようなね、派手な儲け話は何もないですよね。
地味な積み上げ。
でもね、その派手な一発より地味な継続の方がね、
強いんじゃないかなって思いますね。
地味なね、継続を2006年から、
5年続けたのか。
5年続けてですね、
同時にね、投資の勉強も5年間続けたんですよ。
著作と株式でね、少しずつね、少しずつね、
資産がね、増えていったんですね。
5年続けたら2011年か。
その頃になったら収益、不動産もね、
買えるんじゃないかなっていうね、スタート位置にね、
立てたんですよ。
2011年だから、リーマンショックと地震の頃ですね。
民主党政権でした。
日本全体の景気も悪くてですね、
一般的なサラリーマンでね、不動産投資とかね、
不動産投資やめとけよみたいなね、
投資なんで考えてないで地道にやるんだよっていうね、
そういう世相でした。
投資のことをね、表に出してペラペラ喋るようなね、
そういうようなことは控えていました。
で、振り返ると2006年、住宅を購入して5年間ですよ。
あっという間にね、過ぎ去ったんですけど、
なかなか辛い時期をね、必死のパッチでね、
過ごしていましたね。
で、38歳の時ですかね、
2012年に1棟目のアパートを購入できました。
で、その住宅ローンを背負った時に、
イカダでハワイに行くっていう気持ちだったんですけども、
アパートをね、購入した結果ね、
イカダにちょっとね、小さいモーターがね、
ついたような、そんな感覚になりました。
これはね、ハワイに行けるんじゃないかってね、
そういう感触をね、掴んだんですよ。
借金増えたんですけどね。
で、子供たちにね、伝えたいことがね、あるんですけども、
お父ちゃんね、アンパンもね、
最初からね、強かったわけじゃないんだよっていうことです。
賢くもなかったし、大きな不安もあったわけですよ。
でも、家族を守りたいと思ってね、
それがガソリンになってですね、
少しずつね、学んで、少しずつね、
動いていったんですよね。行動していきました。
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多くの人とね、同じ方向にね、歩かなくてもね、いいんですよ。
多分ね、その、勤め人でね、疲れて帰ってきて、
夜勉強する人ってね、少ないかもしれないですよ。
多分少ない。
でもね、多くの人と違う行動をね、選んで、
例えばその、勉強を継続して、
こう、突き進んで突き進んでいくと、
こう、めっちゃ面白い世界を見れることができるんですよね。
で、もしね、子供たちが将来、不安になっても、
大丈夫だよってね、伝えたいんですよね。
人生がね、出来上がってなくても大丈夫。
迷っていてもね、大丈夫。
大事なのは、こう、少しずつでもね、いいから、前に進むこと。
行動して、前に進む。
1ミリね、進むだけでもね、いいんですよ。
1ミリ進むだけで、その時はね、
自分をね、褒めてあげて欲しいんですよね。
子供にはね、褒めてあげようってね、伝えたいです。
30代のね、私、お父ちゃんアンマーもね、
かなりね、手探りでした。
でもね、あの時代があったからね、
50代のね、今ね、楽しくね、生きているんだと思うんですよね。
30代前半で結婚してですね、
30代後半、アパート買ってですね、
パッチパッチでね、仕事と勉強をして、
結果ね、いい方向にね、人生が切り替わっていった。
そんなことをね、思い出しました。
今日はね、子供たちにね、
私、アンマーのね、若かった頃のお話を伝えようと思ってお話ししました。
はい、今日も一日、アップデートしていきましょう。
アンマーでした。ありがとうございました。
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