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何になるか、より「どうありたいか」
2026-02-25 08:01

何になるか、より「どうありたいか」

​18年のブログ執筆を経て、今たどり着いた答え

​18年間のブログ執筆を経て、今、ワタクシが子供たちに、そしてかつての自分に一番伝えたいこと。
​それは「職業」という肩書きよりも
「生き方」という土台を大切にすることでした。

「何になってもいい。でも、今の君は最高に立派だよ」
​そう伝え続けることで、
ワタクシ自身の心も驚くほど軽くなりました。

サラリーマンを卒業し、大家として、父として、一人の「自由な人間」として今思うことを、ありのままにお話ししています。


アクセス数をあまり上げたくないし
シッポリ喋りたいのです
ハッシュタグは使ってません😅

まあハッシュタグ使っても
アクセス数は上がらないと思うけどw
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転んで学んで成長したい、ANMAのアップデートラジオ 業界最低速努め人卒業
オリジナリティゼロ真似子親のANMAです。おはようございます。 今日は、私が数年前に読んで、強く感銘を受けた、一冊の本のお話をしようと思っております。
北川康さんの、「賢者の書」という本なんですけれども、 この本も、いくつか感動した部分があるんですけど、今日のところは、一個だけお話ししようと思っております。
この本の中に、 何になるかは重要ではない。どうなりたいかが重要だ。
という、そういうフレーズがあったんですよね。 これ、皆様はどう思われますでしょうか。
面白いことに、江戸時代には、何になりたいかという概念は、なかったそうなんですよね。
農家に生まれたら農家になるしかないし、 武士の家に生まれたら武士、商人の家に生まれたら商人になるしかないわけじゃないですか。
職業の選択肢なんて、なかったわけですよ。江戸時代は。 でもね、現代はどうでしょうか。
親とか教師が子供に、将来何になりたいか早く決めなさいとかね。
銀行員とか医者とか公務員がいいよとか、早く目標を立てなきゃダメだよ、みたいなね。
そういうことを、普通に一般的に言う場面が多いと思うんですよね。
実は私自身もね、親にそう言われて育ちましたしね。
恥ずかしながら数年前、何年か前までね、 自分も子供に同じようなことを言ってしまってたんですよね。
余談なんですけど、努力主題で何人でもなれる現代って、 それはそれですごいですよね。江戸時代に比べればかなり恵まれてると思います。
この本が教えてくれたところは、違うところなんですけど、
どんな職業についても幸せが確定するわけじゃないですよ。
医者とか弁護士とかプロスポース選手になっても、 なったから幸せになれるってわけじゃなくて、
医者や弁護士でも幸せを感じられない人もいれば、
どんな仕事をしても毎日ね、 輝いてる人もいるんじゃないかっていうことを書いてたわけですよ。
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つまり、何になるかっていう肩書きは、 幸福とは直接関係ないわけなんですよね。
江戸時代の人々はね、職業の選択がなかったんですけども、
その代わり、自分はどういう人間でありたいか、
どういうふうに周りの役に致したいかっていうのを考えてたわけですね。
考えて磨き上げて生活していたわけですよね。
そこに江戸時代はね、幸福の種があったわけですよね。
そのところを読んだときに、 ああ、そうだったんだなとかね、
まあそうだろうなってね、私は思ったんですよね。
若い頃の自分に会えるんだと同じように伝えたいですよね。
何になるかは迷う必要はない。
それよりどんな大人になりたいかを大切にしなさいってね、 自分に伝えたいですよね。
死がないね、うたずながらないね、 サラリーマンでしたからね、
もう二十歳の時に就職したのかな。
どんな大人になりたいかを大切にしなさいよって、 あの時に教えてあげたいぐらいですよね。
最近はこのお話を子供たちに伝えまくっておりますね。
この本を読んでからかな、 その前からかもしれないですけど、
私もちょっと変化がありましてね、
子供に対してああしなさいとかこうしなさいってね、 口うるさく言うのをやめたんですよね。
まあやめたっていうよりか、 言う必要がなくなったのかもしれないですよね。
私が指示を出して正解を教えてしまったらね、
子供が自分でどんな人間になりたいかって考えるチャンスがなくなっちゃう、
考えるチャンスを奪ってしまうような、 そんな気がしたんですよね。
結果的にそれって子供のポテンシャルを 奪ってしまうかもしれませんから、
だから今はね、子供が自分なりにどうなりたいかっていうのを見つけるのをね、
横でね、黙って待ってるっていう、 そんな親でありたいなって思ってます。
黙ってとはいえね、何も言わずに放置してるわけじゃないんですけどね、
指示することをやめた代わりにね、 私が必要以上に褒めたたえることにしてますね。
例えば気持ちのいい挨拶ができた時とかね、
素直にね、ありがとうとかが子供が言えた時にね、 私はもう全力で褒めます。
おー素晴らしいぞーっつってね、 お父さんの子供の頃よりずーっと立派だよって言いますね。
旗から見れば大げさでバカ親かもしれませんけどね、 本気でそう思ってますからね。
あーしろこうしろっていう言葉は、 子供のことをコントロールしようとしてるわけですよ。
人のことをコントロールしようとするとね、絶対お互いが不幸になるんで、
そういうことは避けようと思います。
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でもね、この素晴らしいね立派だねっていうね、肯定してあげるとね、
子供が自分自身を肯定できるようになるかもしれないじゃないですか。
だからね、そういうことは大事にしてますね。
で、子供自身が自分が肯定されてるって感じるからこそ、
子供はね、自分がこれからどうなりたいかって、 安心して考えられるようになるんじゃないかなんて思ってます。
で、自分自身を肯定できる大人になってほしいものですよね。
もちろんね、謙虚さも兼ね備えてほしいですけどね。
最近はね、私は本当に否定的なことを言うことがなくなりましたね。
自然と肯定することが多くなりました。
この本だけじゃないと思いますけどね、いろんな本を読んだ影響がありますね。
自分はね、大切な誰かに対してね、つい正解を押し付けてないかっていうのをね、
常々考えるようになりました。
でも私ね、今はね、サラリーマンを卒業して公家をしていますね。
公家っていうのもこれも単なる手段なんですよね。
何になるかっていう手段。
それよりもね、どうなりたいかっていうことを大事にしたいんですよね。
今どうなりたいかって言えば、やっぱり楽しいこととね、挑戦することを大事にして、
家族とか仲間とね、笑って過ごせる人間でありたいっていうことが、
そういうことが答えになるのかななんて思っております。
皆様にとってね、どうなりたいかは、どんな形をしておりますでしょうか。
それでは今日はこの辺で、本日もアップデートしていきましょう。
アンマーでした。ありがとうございます。
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