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はいどうもアメショのユキです。
ティーマやニンジャだおで、AIアートクリエイターとして活動しております。
はいよろしくお願いします。
今日もね、今日は水曜日、木曜日か、すみません、木曜日でございますけれども、
今日もですね、私の田舎不倫の地方は雨でございます。
まあ今週はね、ずっと天気悪いし寒いんですよね。
まあこっちのね、藤小電波地区の特性ですかね。
うーん、そうそうそうそう。
まあちょっとどんよりとしてね、なかなか気も張れないところですけれども、
はい今日も元気にやっていきたいと思いますが、
今日でですね、ついに放送が400回を迎えました。
はいこれもね、ぼつぼつとずっと続けてきましたけれども、
あの一突起でまた迎えることができたので、
これを釘としてね、また新年度も頑張っていきたいなというふうに思っているところでございます。
思っているところなんですけども、今日の話題はですね、ちょっとお固めの話でですね、
400回記念というわけじゃないですけども、優秀なAI人材をどうやって育てるのかということについて、
ちょっとね、本日的な話をしてみたいなと思っております。
インドとかね、アメリカ、欧米なんかも、北欧なんかもそうですけども、
あとシンガポールとかね、まあ中国なんかも進んでいるところなんかはそうなんですけども、
AIに関する人材を育てなきゃいけないということで、国が取り組んでいるという話で、
前のUAEの話とかね、インドの話で、ちょっと話をさせていただいて、
前の回で話をさせていただいているんですけども、
そう、で、若い頃から、若い頃というか小さい頃からね、3歳ぐらいの頃から無理なくね、
シームレスに教育をして施していくということが、
その人材を育成するということにつながるよということについてね、
話をさせていただいたところです。
で、それはもう間違いのない話なんですけども、
で、他方ですね、
じゃあ日本ではやってないのかって、
日本でも教育してるはしてるんですけども、
これですね、そもそも、
じゃあどこの国でも教育やってて、やってるのに、
教育の質というかですね、教育の効果というべきなのか、あれですけども、
なぜ、例えば北欧とか、インドとかアメリカもそうですけども、
教育がね、進んでるって言われてて、
日本は教育、あれだけ一生懸命ね、先生たち忙しく仕事をしてる学校のね、
ことをやってるのにもかかわらず、
遅れてる遅れてるっていうふうに言われるのか、
これは多分ね、学力テストの結果ではね、
見れないですね。
世界の学力テストの順位だけでは測れないところがあるっていうふうに言われてて、
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その一つはね、社会的な問題が仕事に関する取り組みのやり方の問題なんだろうなっていうふうにね、
言われてます。
何かって言うとですね、
日本の先生って、日本の先生に限らないですけど、
日本人って労働時間が長いって言われてるじゃないですか。
そう、で、労働時間が長い割には、
日本の先生、教師っていうのは、
授業に割く時間って言うからですね、
他国に比べて非常に少ないんですね。
約3割って言われてます。
勤務の7割以上は、実はですね、
教育というか、授業以外のことをやってるっていうのが実態だそうです。
例えばですね、授業の準備とか、
授業の準備はそれでもまだ、
授業の一環なのかもしれないですけど、
例えば行事であるとかの準備であるとか、部活であるとかですね、
保護者の対応の調整業務であるとか、
そういったことに先生たちは追われてて、
子どもたちに十分に向き合えてないというのが、
勤務実態の調査から明らかになってますね。
そうそうそう。
で、じゃあ何でそういう、
じゃあ他国はなぜそれで上手くいってるのかっていうとですね、
実はそこにはですね、
根本的なその、なんだろう、
その仕事の設計位置の違いっていうのがあってですね、
じゃあ授業以外のことが大事じゃないのかって、
そんなことなくて、全部当然大事なんですけども、
日本ではその仕事は大事かどうかって、
優先順位はつけるのかつけれないのか、
いうような話になるんですけども、
全部優先順位高いんですね。
当然だからそれは他国でも変わらないんですけども、
他国ではですね、
その仕事は誰の職務として設計するのか、
いわば先生が担うべきなのか、
それじゃない人たちが担うべきなのか、
というような考え方をしているというのが、
大きな違いですね。
教師が全部やる必要もないし、
教師は教育と教育支援の専門職であるべきだというのが、
他国と日本の大きな考え方の違いだと、
いうふうに言われています。
例えば、教育先進国のフィンランドでは、
授業は先生がやる。
福祉・心理・適用支援なんかの、
そういった子どもの支援に関しては、
スティーデント・ウェルフェア・オフィサーという専門職であるとか、
サイコロジストという専門職の人がやる。
運営は自治体とか学校運営側で持つというふうな、
そういう専門職を個別に置くというのが、
日本との大きな違いですね。
日本は全部、かなり広い範囲で先生たちが抱えているんですけど、
学校運営という。
学校を先生が回しているのが日本のやり方です。
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他国は先生は教育の面だけを見る。
事業の面とその準備に関する面、
全部が全部それしかやらないわけではないですけど、
おおむねそうですね。
それ以外の部分については、
専門職のオフィサーたちがやるとか、
専門職の心理師さんとか言語師さんとかが担うというのが、
大きな違いですね。
アメリカにおいてもそうですね。
課外活動とかについては、
追加契約とか追加報酬の対象になりやすいというところで、
カウンセラーであるとか、ソーシャルワーカーであるとか、
エイドとか、
そういった多職種で分担をして、
項目を成り立たせる、運営していくというのが、
一般的なやり方だそうです。
なので、日本は一人にいろんなことを担わせて、
特に日本は最近まで、
先生が非常に迫急で、
長時間労働だと言って、
非常に不人気な仕事だというふうに、
みんな避けると言われてきたので、
見直しの動きが広まっていますけれども、
本来は給料の面もさることながら、
そもそもその仕事を先生にやらせておくべきなのか、
というところにスポットライトが当たらないと、
今後もずっと先生は授業以外のことを追いまくられて、
疲弊して辞めていくという流れは、
変わらないのではないかと思います。
そこが設計値の違いだろうなと思います。
それは言うと、
現場の先生たちの責任というよりは、
制度設計をしている教育委員会であるとか、
文科省とか、
制度を作っている人たち側の発想の問題なんだろうな、
というふうに思います。
当然その人たちも分かっているのでしょうけれども、
なかなか一時的にそうやって、
はい、こうですというふうにいかないのでしょうけれども、
例えば私の娘は特別支援学校に通っていますけれども、
特別支援学校はその辺は結構はっきりしていますね。
それでも先生たち忙しそうだなというふうに思うんですけれども、
普通の健常者のではない子たちを相手にしているという分、
専門家は結構進んでいるなというふうに感じます。
特に娘が通っている特別支援学校においては、
東京都を運営している学校においては、
そういうふうに感じますね。
だからより特殊性がまとめられるような教育の場においては、
ひょっとすると専門職に個別にタスキングするというやり方が、
徹底しているのかもしれないですね。
普通の学校のほうがむしろ、
先生たちがいろんなことを抱え込んで比喩をしていって、
事業だけに向き合えないし、
子どもたちに結果としては向き合えていないというような現実があるのかもしれません。
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そういうことですね。
今日は400回記念ということではないですけれども、
AIの人材を十分に作り出せる土台である、
そもそも先生たちがどうなのかということ、
教育に関してどういうふうな違いが他国とあるのかということについて、
今回ちょっとお話をしてみました。
でも、優秀な人材を作ろうと思ったら、
先生たちが十分に能力を発揮してもらえないと、
子どもたちが十分な学びを得られないというのは事実でしょうから、
そこは、だんだん専門職化というのを進めていってもらいたいなというのは、
いつだったら本音かなというふうに思っております。
それでは、今日も一日頑張ってまいりましょう。
今唯一の規定があります。
エンターテインディング・ノットン・アリューアッセルフ・パッド・エブルマン。
これだけでなく、みんなも楽しませる一日にしてまいりましょう。
それでは飯吹きでした。
ほなまた。