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#13 穂村弘先生の語る「寺山修司」が本当に面白い!言葉を使って世界を書き換える『演出家』のまなざし
2025-07-31 26:25

#13 穂村弘先生の語る「寺山修司」が本当に面白い!言葉を使って世界を書き換える『演出家』のまなざし

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【#13 穂村弘先生の語る「寺山修司」が本当に面白い!言葉を使って世界を書き換える『演出家』のまなざし】


※お詫び※

北村薫先生のお名前を間違えております。該当箇所は後日差し替えます。申し訳ございません。

・今日はずっと文学の話をします!

・第60回夏の文学教室「ひとりぼっちの文学史、世界とどう接続するか」を受講してきました・シェイクスピア「ハムレット」より「To be or not to be」の翻訳について

・ハリーポッターの「不死鳥の騎士団」発売日に英語版でまっさきに読んだ話

・レイ・ブラッドベリ「華氏451度」新訳版が良かった

・自分に合う翻訳本を探して読みたい

・言葉よりも「世界」の優位性を詩にした谷川俊太郎に対し、「言葉で作った世界もまた本物だ」と主張した寺山修司

・谷川俊太郎「画廊にて」⇒わかる、猫の絵よりも本物の猫を見ちゃうよね

・寺山修司「ボクシングはこれが正しい」

・短歌というのは一人称の世界、だが……

・穂村弘先生による寺山修司へのツッコミ、だがそれは寺山修司の「現代寄り」の視点によるものだったという話

・虚構と現実の「接続」(屋台崩し)

・三島由紀夫の最期について寺山が放った言葉

・雨にまつわるエトセトラ「雨が降れば……」


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00:12
こんばんは。この番組は、脚本家雨庭有沙が好きなものを好きなだけ語るポッドキャスト番組です。 好きなことをとことん語る好き語りと、そのルーツを探るルーツルーツ、
苗字の雨庭にちなんで、雨にまつわるエトセトラという雑学のコーナーが全体の構成になっています。 私の声はよく聞いていると眠くなると言われます。
そんな声のラブレターを聞きながら、ぐっすり寝討ちしてもらいたいです。 番組の感想は、ハッシュタグネムラブ。ネムが平和名で、残りはカタカナでお願いいたします。
というわけで、眠れぬ夜にはラブレター第13回です。 改めまして、雨庭有沙です。
今回は、この番組を登録させていただいているブックカテゴリーにふさわしい、全体を通して文学の話をがっつり話す回にしてしようと思っています。
というわけで、冒頭の雑談のコーナーも文学に関しての雑談をしようと思うんですけれども、 最近三島由紀夫が熱いです。
三島由紀夫について、後ほどもちょっと触れるんですけれども、
あのですね、wikipedia の三島由紀夫のページの充実さが今まで見たどんな wikipediaよりもすごいんですよ。
何か時間が空いたら読むようにしているぐらい、まだまだ読みきれないぐらい長く書いてて、
おそらく多分三島由紀夫ファンの方も多いし、その研究として取り扱っている方も多いんでしょうね。
なのですごくためになる wikipedia なんか充実してるけど本当に
引用元がちゃんとある wikipedia が三島由紀夫のページなんですよ。
私にとって三島由紀夫は金閣寺は読んだとか、三沃博さんと親交があったとか、
この日本において最後に侍として切腹をしたとか、この番組の第3回で触れたように私が通っている新宿のどん底という居酒屋に通っていたという認識しかなかったんですけれども、
改めて経歴を読んでみると本当に壮絶な人生を歩んだ方なんだなぁとか思いました。
最後その切腹した時にはもうニュースを見たうちのおばあちゃんが、あのお母さんが家に帰った途端転げ、玄関から転げ出し、何ていうの転がってきたらしくておばあちゃんが、
あんたーとか言って三島由紀夫が切腹してもうたーみたいなことを結層変えて言ったそうで、
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まあそうでしょうね、そのノーベル文学賞の候補になったとか、顔もまあかっこいいとか、本当にその時代を象徴する売れっ子作家である三島由紀夫が切腹したとなると、
センシェーショナルというか、当時としては本当に皆さんびっくりしたんだろうなと思います。
私は語れるほど本当に詳しくないし、作品も全然読んだことがないので、もっと詳しくなれたらこのポッドキャストでも取り上げたいと思っています。
というわけで、今日のテーマは、本村博史先生の語る寺山集二が本当に面白い、言葉を使って世界を書き換える一人ぼっちの文学史です。
今週の月曜日に第60回夏の文学教室という講座を受けてきました。
一人ぼっちの文学史、世界とどう接続するかというテーマで、1週間にわたって読売ホールで開かれている文学講座です。
本質的に孤独を伴う文学、そこから立ち上る言葉を通じて、私たちはどのようにして世界とつながり得るのか、その可能性を見つめ直しますというのが公式サイトによる説明です。
まず第60回というのがすごいと思います。
60年もの間続いてきた講座を今年無事に受けることができてよかったです。
ただ私これまでこの文学講座、夏の文学教室というのの存在も知らなかったので、今回の夏の文学教室を知ったきっかけは何だったんだろうと思っていて、
SNSであまり大ぴらに宣伝などはされてなかったし、実際に当日を迎えてみると参加者の方々も高齢の方が多かった印象です。
なので感想の投稿もあまりSNSでは見られない状態。本当に座席はほぼ満席だったんですけど。
私が参加した月曜日は小林薫さん、星野ふとしさん、本村ひろしさんによる講座の日でした。
小林薫さんについては、昔スキップ、リターンなどの時と人シリーズを挨拶していたので、この人があという考え深さがありました。
スキップとかリターンとかを図書館で借りてめちゃめちゃハマって読んでたんですけど、今思うとその前回話した時間SFの話なんですよね。
私が子供の頃なので、あまり時間SFってそこまで世に浸透してない時に書かれたっていうのがすごく、今思うとすごい作家さんだなと思います。
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いや、すごいことは確かなんですけれども。
小林薫さんはもともと高校で国語の教師をしていたということで、だからなのか壇上でお話される話もすごく面白くて、聞き応えがあってすごく楽しかったです。
小林さんがおっしゃっていたのが、60年続いたこの文学教室の初回から同じ読売ホールだったのかという疑問をどこかで言ったところ、
実際に初回に参加した方からそうだと教えてもらい、意気承認がいたと嬉しくなったということで。
そして読売ホールの建築家は村野東吾さんという方で、この日に小林さんが題材としたシェイクスピアが日本で上演されつつある頃には、
同じ有楽町にある日清劇場も村野東吾さんが手掛けた建築物なので、何か御縁を感じるという話をされていました。
小林薫先生によるシェイクスピアの講座もとても興味深かったです。
ちょうど今使っているノートパソコンの機能で、毎日何かのトリビアがトップ画面に出てくるんですけれども、
2B、not 2Bとは何の戯曲というクイズみたいなのが出てきた時があって、ハムレットだっけと思って調べたところだったんですよ。
なのでそれは私にとって御縁を感じてしまいました。
その2B、not 2Bというものにもいろんな翻訳があるそうで、有名な生きるべきか死ぬべきかそれが問題だという訳は今ではそうではないとされているそうです。
この日に小林薫さんが挙げていらっしゃったのは、世にある、世にあらん、それが疑問だというものでした。
それも含めてクラシック音楽を学ぶ人がまず楽譜を読んで曲を知るように、
我々は原点を読むべきではないのかという議論についても話されていました。
少し自分の話をすると、私は翻訳の文章が実はすごく苦手で、ハリーポッターについても英語で全部読んだくらいなんです。
ちなみに富士町の騎士団が新刊で出た時に海外にいたのですぐに読破したのが良い思い出です。
日本語の翻訳版が出たのが英語版が出た1年後とかなので、日本にいる誰よりも先に新刊の発売日に読み始めることができたというのはすごく嬉しい出来事で、
ハリーポッターに出てくる単語やイディオムを覚えていたおかげで、私は英検11級とかトイック860点というのを取れているので、
私の英語のスキルはハリーポッターのおかげだったりします。
とはいえなんですよね、とはいえ最近英語を読むのがしんどくなってきて、なので自分に合う翻訳を探すようになりました。
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最近読んだのがディストピア小説として有名なレイ・ブラッドペリの歌詞451度の早川文庫の新訳版というのを読んだんですけれども、
その時にびっくりするくらいすんなりと読めて、割と新しく翻訳された文章なら行けるのかなと思いました。
なのでもっかの目標はシェイクスピアの自分に合う翻訳の本を探して読むことです。
舞台ではよく見ているんですけれども、確かに劇局として読んでみたいし、楽譜を読むように原点に触れてみたいなと思っていて、
本当はその元の言語で読むのが正しいと思うんですけれども、ちょっとそれが今はしんどいので日本語の自分に合っている翻訳本を読みたいです。
さてさて本題に入ります。
本村博史先生の講座は、世界を書き換える試み、寺山秀次の言葉というタイトルでした。
それは寺山秀次は語読に対しての世界の書き換えの仕方が特殊だというお話です。
同時期に活躍されていた谷川俊太郎を例に出して比較されていたんですけれども、谷川俊太郎は世界と言葉における世界の優位性を描いている。
一方で寺山秀次は歴史、現実、私を言葉によって自由に改変できるとして、言葉で作った世界もまた本物だと主張していたということです。
ここで谷川俊太郎が言葉よりも世界を重視していたというものについて、2つ歌を例として挙げていらっしゃいました。
谷川俊太郎 画廊にて
画廊で猫を飼うべきではないと主人は言う。絵を引っかかれるからではなく、客が絵よりも猫を見てしまうからだ。
そして谷川俊太郎 リンゴ
赤いということはできない。色ではなくリンゴなのだ。丸いということではできない。形ではなくリンゴなのだ。
どのような表現をもってしても、この世界を作った神には到底及ばないという優位性を谷川俊太郎は詩で描いてきたということです。
私はこの画廊にてっていうのがすごく好きで、確かに猫の絵を飾っているところで猫を飼っていると、みんなお客さん猫ちゃん見ちゃうよなっていうのはすごく思っちゃうし、
それも表現の一つとして猫を絵にしたときに本物の猫には勝らないというお話であって、
リンゴも赤いとか丸いとして表現することはリンゴという存在には敵わないということなので、
12:02
その優位性、言葉に対して本物、世界が作ったものについての優位性を詩で描いたのが谷川俊太郎だそうです。
それに対して寺山修司は自らが言葉の神になることを望んだというのが譜村さんの指摘でした。
寺山修司の人物像としてわかりやすいエピソードを譜村さんは紹介してくださいまして、
ボクシングの真似事をして拳を握った寺山が親指を中に入れて原骨を作っていた。
それだと親指が折れてしまうから外に出して握るべきだという指摘に対してこれでいいんだと言い張ったそうで、
これは譜村さんは小学生の言い訳かよって言ってて会場がどっと笑っていたんですけれども、
原骨を作ってボクシングって殴った反動で自分の親指が折れないように外で握るんですけど、
ただ寺山もこれがいい、俺の拳はこれでいいと言い張ったそうなのでちょっと面白いなと思います。
また他のエピソードとして海外で舞台を上演した時に演出で使われた火を消防隊が消しに来たことがあったそうなんです。
その時に消防隊に対して寺山が君たちにはあの炎は消せない。なぜならあれは芝居の炎だからだ。
物語に登場しないあなた方本物の消防隊に芝居の火は消せないなどと言ったそうなんです。
もうなんかかっこいいっつって譜村さんもかっこいいって言ってたんですけど、本当に寺山さんだからこそ言えますよね。
今言うと何言ってんだこいつ早く消させろって感じなんでしょうけど、
その虚構であるその舞台上の炎っていうのは虚構のものでしか消せないので本物の消火師には消せないっていう、
なんかね哲学のようなお話にも思えてかっこいいなと思うんですけども。
そういったエピソードを踏まえて寺山修司の歌とそれに対する譜村ひろしさんによるツッコミを紹介させていただきます。
海を知らぬ少女の前に麦わら棒の我は両手を広げていたり。
これを普通の短歌では海を知らぬ私の前に麦わら棒の少女は両手を広げていたりになると譜村さんが指摘します。
短歌というのは一人称の世界なので自然的に私が見ている視界を歌にすることになるそうなんですけれども。
なのでその海を知らぬ少女の前に麦わら棒の我は両手を広げていたりの少女と我を入れ替えてその我が見ている少女を描くべきだというものはあるんですね。
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次の歌に続きます。
米一粒こぼれていたり日盛りの橋を渡りてゆく仏壇屋。
この歌については仏壇屋という詩のモチーフに対して生きている命として米一粒という表現なのはわかるが日盛りの橋にこぼれている米一粒というのは目に見えるだろうかという突っ込みがありました。
続けて次の歌です。
我が霧市二重の爪が心身とピースの缶に冷えてゆくらし。
このピースの缶というのは当時の煙草が缶に入っていたのでその缶に空き缶に対して爪を切って二重の爪が心身と冷えてゆくという歌なんですけど
爪を両手両足切ったところで爪がぴったり二重の訳がないだろうというのが小村さんの突っ込みでこれも会場がドーッと笑っていて
その両手両足切ったら二重じゃなく五重くらいの爪が空き缶に入るだろうというところなんですけど
続けて次の歌です。
亡き母の真っ赤な櫛ですきやれば鳩の羽抜けやまぬなり。
亡くなった母の櫛で鳩の羽をすいていたら抜けで抜けてしょうがないということなんですけど
その鳩逃げるんじゃねというのが突っ込みでした。
全てについて言いがかりかもしれないと小村先生は笑いつつ紹介されていたんですけれども
このように寺山修司が描く世界において数字すらコントロールされているということの一つの証であると語っていらっしゃいました。
ただこれは寺山修司は舞台の演出家や映画の監督の視点で短歌を読んでいたのではないかと続けていらっしゃいます。
現代の私たちは映像の一時停止やスキップズームが当たり前にできるので
寺山修司的な方向に感受性が変化しているから彼の演出をそこまで奇妙とは感じない。
だが当時の短歌の世界ではこのメタ的高次元的な視点は特殊で新しかった。
確かに今紹介した歌についてその映像を閉じて目に想像するとすごくしっくりくるんですよね。
海知らぬ少女について寺山が映画監督の位置から我である役者と少女の役者を海辺で演技させて
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カメラワークによって麦わら棒の我が少女越しに映っているのが映像として想像できるし
橋を渡る米一粒が見えないだろうというものについても
映像的に想像すればその一粒が光にきらめいてポトッと落ちるのが目に浮かぶんですよね。
ピースの空き缶に入れた爪についても演出だとしたら二重でいいんですよ。
脚本には二重と書いているのだろうし、芝居の小道具だとしたら缶の中は一層二重どころか空っぽなのかもしれない。
櫛でついている鳩がなぜ逃げないか。それは芝居の小道具だから。
そう考えてみると、後に映画とか映像の方にも寺山修司が進んだんですが、
その当時の短歌において、今でいうスキップとかズームとかの視点をもって短歌を読んだ方というのが寺山修司というお話です。
またいろんな寺山修司の演出についても語ってくださったのですが、
田園にしずという作品のラストシーンで屋台崩しという印象的な演出があります。
陰鬱とした青森の夜の田舎の家にいるはずの二人、それを取り囲む壁がバンと倒れて、
真昼間の新宿の街中に茶舞台と座布団で座っているというのがその屋台崩しという演出を使ったラストシーンなんですけれども、
あれは虚構の青森と現実の新宿が接続される瞬間だったと本村さんは語っていました。
まさに今回の文学教室のテーマ、世界とどう接続するかの通りだというお話でした。
寺山修司は虚構と現実をうまく接続しつつ、言葉によって世界を作り、自身は演出家として世界を学ばせていたのではないでしょうか。
という一連の講座で本当に面白く聞かせていただきました。
ちなみに冒頭で話した三島行雄についてなぜ興味を持ったのかというと、
これもこの日に本村博史さんが話してくださったお話なんですけれども、
あの三島行雄の最後について感想を求められた寺山修司が言ったものというのが、
あいつは音響設備の使い方を知らない奴だ、だったそうで、
まさに世の中を演劇的に学ざす人が寺山修司というお話なんですけど、
21:00
それもちょっと興味を持って調べちゃったんですけど、
三島行雄は切腹をする前に軍服を着て最後の演説をしたそうなんですね。
それを警察やら公安ですとか、メディアとかが見ていて、
本当にそれこそ当時の日本人が本当に注目したそうなんですけど、
その肝心な人生最後の三島行雄の言葉っていうのが、
結局何言ってるか聞き取れなかったらしいんですよ。
それに対して寺山修司が音響設備の使い方を知らない奴だと言い放ったそうで、
さすがにそれはウィキペディアには載ってないし、
寺山修司の方のウィキペディアにも載ってないはずなんですけれども、
結構ひどいですよね。
作家としての感想を求められているのに、
演出家としてのコメントになってしまっているし。
三島行雄ファンにとっては最後の言葉が聞き取れなかったっていう致命的なミスについて、
そんなピシャリと言い放されると辛いなと思いますね。
なので寺山修司と三島行雄、私は面白い男と思っているので、
これから色々読んだり調べたりして詳しくなりたいと思っています。
世田谷文学館のところで寺山修司の展示があって見に行ったのもあるんですけど、
興味はあるんですよ。
私の好きなプラスチックトリーの方とかカリガリの方とか、
そういうバンドマンが割と世代、寺山修司世代なのかなみたいで、
寺山修司の世界観から影響を受けた楽曲とかモチーフの作品とかが結構あるので、
寺山修司自体にはすごく興味があるし、
それもね、技曲を読みたいなってすごく思っています。
それこそ寺山修司は若くして亡くなった方ですけど、
もし生きていたらどんな映像、どんな舞台を上映していたのか、
スマホをどう使ってSNSではどんな発言をしていたのかすごく気になります。
これもご縁かなと思うのが谷川俊太郎との比較が最初に出ていたと思うんですけど、
谷川俊太郎の展示を渋谷パルコのホボ日のギャラリーで見たところで、
なので谷川さんについては本当につい最近亡くなられて悲しいことに。
でもそれを考えると寺山修司も今までおじいちゃんとして生きていたかもしれないと思うとね、
24:00
そしたらどんな風にスマホとか使って、きっとSNSもやっていただろうしと思うとね、
やっぱり人は長生きするべきだと思ってしまう。
三島由紀夫も自分が死んだ後に心はなくなってしまうのに作品が残ることは何とも辛いことだみたいなことを言っていたそうで、
そのあたりもすごく調べたいので、調べた結果をこの番組で紹介できたらと思います。
最後に雨にまつわるエトセトラのコーナーです。
今日は寺山修司の雨にまつわる名言をご紹介いたします。
雨が降れば洗濯物が乾かないし、天気になれば傘が売れないという不幸は、
視点を変えることによって雨が降れば傘が売れ、天気になれば洗濯物が乾くという幸せに変わる。
このように同じ状況でも視点を変えることで不幸が幸せに、幸せが不幸に変わることがある。
これは私たちの物の見方や考え方が私たちの感情や行動に大きな影響を与えることを示している。
という寺山修司の言葉なんですが、確かに。
というわけで、雨が降ろうがそれをマイナスに捉えることなくポジティブに考えればいいかなと思った次第です。
先週から前向きなのが一番だなとお話をしているんですけど、本当にそう思います。
というわけで、今回はここまでです。ここまで聞いてくださりありがとうございました。
そろそろお便りが欲しいです。お便りを募集中です。切実に募集しています。
概要欄にURLを貼っていますので、お気軽に送ってみてください。よろしくお願いします。
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ではではおやすみなさい。いい夢を。お相手は雨庭りさでした。おやすみなさい。
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