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こんばんは、あきらです。 はい、今日なんですけども
今日はね、私が小さい頃からあった、癖っていうかパターンって言ったらいいのかな。
それがね、長年私のその片隅のに住み続けて、それがね、なかなか攻撃性が高かったんですね。
まあ苦しかったって言いたいんですけども、そこからの変化。
書き換えっていう風にタイトルには書いてあるんですけども、違った角度から捉えた時に
その、まあオセロって言ったらいいのかな。オセロって白と黒じゃん。
そう、あれって、どっちが面白いかよくわかんないけど
私はずっと黒だと思ってたんだよね。そのパターンが。
でも、いや、違くね?みたいな風に
違う角度で捉えた時に白くなったんだよね。 白くなってすごく楽になった。
その体験をちょっとシェアしていきたいなと思います。
タイトルに書いてある通りね、私ね、周りと同じ生き方がね、できなかった人なんですね。
私が生まれた時代って昭和時代なんで、 今みたいにね、こういろんな人がいて、いろんな考えがあって
人それぞれ違う生き方があるよねっていう風に、 あまり認識がされない時代だったんですよ。
それこそ、右向け右じゃないけども、みんな同じが安心、安全、みたいなね。
そう、時代だったんですよね。 小学校1年生の時に
記憶にはないんですけど、学校に行けなかった時期があって
なんで行けてなかったのかっていうのは、ちょっと本当に記憶にないんでわかんないんですけど
ただ、学校の担任の先生が、私がそうやって学校行けない時に、みんなにね、クラスメイトのみんなに
なんかこういろいろメッセージとか書いてもらって、それをね
あの、私に? 私の家に届けに
届けてくれたのかな? なんかそれを
見た記憶っていうのはうっすらね、あります。 まあそういうことがあったり、中学生の時にはもう一回行けなかった時期がまたあるんですね。
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中2の途中から行けなくなって、中3の2学期から行き始めたんですよ。
夏休みが終わって、新しい学校に、まあ
そう、移ったんですよ。 親の事情で。
家庭内が結構ボロボロで、親があの
そう、別居するとかで、 私と妹とお母さんだけ引っ越しをしてっていう風になったんですよね。
で、まあ引っ越しをしたのがきっかけだった。 きっかけとして、まあ学校行ってみようかなーって思ったから、編入手続きして
新しい学校に行き始めたんですよ。
まあそんなことがあったりとか、 小学校の時、今でもはっきりこうエピソードとして覚えてるんですけど
すごい寒い冬の体育の時間に、 なんで私こんな寒い格好させられてるんだろう?みたいな。
当時は体操着と、半袖の体操着と、下ブルマですね。
クッソ寒いじゃないですか。 なのに、その
先生は、まあ長袖とか着てるわけですよね。
お前もブルマでいろ!みたいな思うんだけど。 すごく本当に寒くて
なんでこれさ、子供はなんでこの格好なの? 長袖着ちゃダメなの?っていう風にも、すごい切実に思ってたし
皮膚の感覚なんて、大人も子供も一緒だろうみたいな。 冬の体育はなんかすごい日向にいよう、いようって、なんか友達と寒いねーとか言いながら
日向にいたのを覚えてる。 そんな風になんかすごく疑問を持ったりとか
あとは、中学、そうね、新しい学校でも、なんかね、週末入る前かな?
放課後に、 担任の先生が、そのクラスの男の子に対して、なんかひどい
ひどく怒ってるんですよね。 結構周りが引くぐらい
なんですよ。 その男の子は、クラスの中でちょっと何だろう、勉強ができなくて
なんかこう、うーんと、なんて言ったらいいのかな? ちょっとだらしない子?
なんですよ。その子に対して、担任の先生、まあ男の先生なんですけど、すごい怒ってたし、 何かしたのかわかんないけども
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で、最終的に土下座までしてたんですね。 土下座までさせてたんですよ、その生徒に。
それを見た時に私は絶対ありえねえと思ったんですよ。 はぁ?みたいな。
いや、おかしいでしょって。 先生だけども、それはやってはいけないことだし
私は旗から見てて、 ただ単純に先生が感情任せに怒っている
っていうのを、ただただ弱い人間に当たっているんだろうなっていうのが、 まあ感じたんですよね、それを。
でも、周りの生徒は、なんか今日も怒られてるねっていう、思ってる人もいる、いたと思うし、
まあ別に、我関せずの人もいるし、
若干引いた人もいるのかなと。 わかんないけどね。
で、週末家で過ごして、ずっとそのことが私は頭から離れなかったんですよ。
いや、絶対おかしいよ、みたいな。
で、まあ週明けて月曜日に、そう、だから放課後にね、あの先生を呼び出したんですね。
理科の担当の先生だったんで、理科室に呼んで、
いや、あの先週の件なんですけどって、あれおかしくないですかって。
あそこまでする必要ってありましたって。
私から見たら、先生がただただ弱い生徒に対してやつ当たりをしていたようにしか見えなかったんですけど、みたいな感じで言ったと思うんですよ。
それに対して先生はね、あの、認めていて、まあそうだったと。
申し訳ないことをしたっていうのを私にしたんだけども、いや私じゃねえだろみたいな。
私に言ったって意味ねえだろみたいな。
そんなこともありましたね。
まあでも、その時先生に言われたんだけど、なんかこう、転入してきた時はね、私すごく大人しい感じの生徒に見えてたっぽいんですけども、
すごくそんなことを言われて、まあショックだったのか知らないけど、先生がね。
まさかこんな激しい子だったか、みたいな感じで言われましたね。
まあ、そうですね、私結構激しいかもしれないです。
そういうなんか、理不尽なこととか、あと高校の受験の時に、なんでみんな当たり前のように受験をして、当たり前のように高校に行くんだろうとかね。
すごく思ってた。
だから高校に行っても、3日で自主退学をするっていう結果になってしまったし、
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2週間くらい私はお父さんと口聞いてもらえなかったんですよね。
私立だったし。
とか、まああとは就職だよね。
まあ私は大学には行ってないんで。
みんな一般的なその時代だと、高校行って、大学行って、就職活動して、就職していくっていう流れになっていくんだけども、
そこも理解ができなくて。
そこのレールにも乗れなかった。
だよね。
だからね、ずっとキャリアに対して私はすごくネガティブな気持ちしかなくて、
私はそのレールに乗れなかったし、ずっとキャリアも築けてなかった。
っていうのが結構ずっと根っこの部分としてすごいあった。
もちろん学歴もないし。
仕事とかさ、先週まで働いてたけども、
働く時に必ず面接があって、履歴書と職務経歴書って出すじゃん。
その時にキャリアがないからすごく嫌なんだよね。
だいたい書類で本当に落とされる確率ってすごく多くて、私。
40代でキャリアないですよねって言われたら、本当にその通りで。
何してきたのって思われたりもするのかなって思ったりとか、勝手だけどね。
事実は本当にキャリアがなかったんで。
そういうのがずっと片隅に住み続けてたんだよね。
本当に昭和時代のみんなが乗るレールに全然乗れなくて、
なんでなんだろうなって常に思ってたし、
20代の頃はやりたいことすらもなくて、
母親に相談した時に、いつか見つかるんじゃね?みたいな感じで言われたことがあって。
いつかっていつで?みたいな。
周りの友達とかは、ほぼさんのためにこの学校行ったからほぼさんになるとか、
そういったのがあって羨ましいなとかってすごい思ったし、
なかったもんね。本当に。
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今あんのかって言ったら別に、職種で具体的なものってあまりなくて。
そうだ、職種で選んでたっていうのが、まず間違いだなっていうのに気づいた点はあるんだけどね。
そういった周りとは違う、普通じゃない生き方っていうのはね、変に追い目があった。
私は普通に生きてこれませんでした。みたいな。
っていうのが、ラベルとして自分に張り続けてたよね。
いろんな変わった経験とかって正直あるけども、だから何?って感じだよね。別に。
でも、そうね。それをね、どういうふうに変化をさせていったのか?
ここで大事なのが、やっぱり抽象度なんだよね。
抽象度という名の目線だよね。
今言えてなかった?
周りと同じ生き方ができなかったって、今いろいろ話したけどさ。
人とは違う角度で、特定のものを捉えてたわけじゃん。私って。
それがあったからこそ、20代中盤で副業をやり始めたりとか、30代でね、海外輸出業をやるとか、っていうのができたのかな?って今は思うんだよ。
そして、明日から私は海外に対して発信をしていくんですよ。
チャレンジの部分ではあるんだけども、この考えもあまりないんですよね。
ないっていうのは、去年の私、11月までケーキエナジーラボっていう気候のセッションに、4年間毎月通っていたんですよ。
練習会とか飲み会とかっていうのがあったんだけど、
気候を始めたきっかけは、だいたいみんな体調悪いとかさ、気力をアップしたいとか、いろんな抱えている問題から、
あとは私とかだったらエネルギーをもっと学びたいとかね。
そういったところから始まるんだけども、だいたいその、習っていくうちに何かしら良い変化っていうのが起きたりとかするから、
そっから独立して自分自身でビジネスをしていくとか、副業としてね、やっていくっていう人もいるんだけど、
飲み会の時に私言ったんだよね、みんなに。
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なんで日本でやるの?って。
この気候って、気候の世界ってものすごくニッチなものなんだよ。
スピリチャルだんじゃん。スピリチャルのパイと気候のパイって全然大きさが違うんだよね。
だからね、飲み会の時に気候誌として活動している人と話している時に、そうなんだよねって。
みんなスピキは好きなんだけど、気候って言うと全然反応薄いよねっていう話とかもしてて。
そう、そんなのもやっぱり少ないから、だから私はなんだろうこう、
じゃあ海外に出せばいいじゃんって、パイ広がるしってシンプルに思ったんだよね。
分母が少ないわけじゃん、気候になると。
日本人、対日本人にすればもっとパイは狭いけども、
でも海外、要はワールドワイドにしたら分母ってすごい数になるよねって。
可能性めっちゃ広がるよなって、私はただ単純に思ったんだよね。
それを言ったら、みんなシーンとしてて。
先生である谷山さんが、半分冗談で、英語しびりにしみたいな。
I cannot speak Englishとかなんか言ってたけど、
いやキャントじゃないけどね、と思いながら、まあいいやと思って。
ビジネスとか復業する時も、今は2,3年前から海外で外貨を稼ぐっていうのが、
縁がさ、縁安続いてるから、外貨でお金を稼ぐ。
増えてきたからあれなんだけども、
全然ビジネスも海外でいいんじゃないの?と思うんですよ。
だいたいそこを言うと、言語の問題が喋れねえしってなるんだよね。
喋れる人はいいかもしれないけどっていう風に思う人がほとんどだと思うんだけど、
私も別に全然喋れないし、正直もうだって、英語使ってなきゃ出てくるわけねえじゃんって。
何十年前だと思ってんだよみたいな。
だからその状態でもできるようなものをただ作ればいいだけじゃないですか。
AIもあるし、もっと言えば、今若干流行っている外貨を稼ぐ系の復業とか、
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ビジネスモデルってほとんど英語が喋れなくてもテキストのやり取りだからめっちゃ楽だと思うんだよね。
だってAIで作ればいいし、翻訳とかもあるし、
それこそもっと言ったらミーティングしなきゃいけないって言ったら、
AIが搭載しているイヤホンとか同時通訳みたいな感じでそういうのもあるから、
そういうものを駆使すれば、言語の壁ってほとんどなくなってくるんだと思うんだよね。
昔と比べたら。
だから、機構ってやってる人も結構知ってるけども、
国内だけだったら、狭いお客さんを奪い合うみたいな状態になっちゃうと思うんだよね。
どこの業界もそうだと思うんだけども。
だったら思い切って範囲広げたらいいんじゃないの?って単純に思ったから言ったんだけども、
みんなにはもちろんその考えがないんだよね。
この考えっていうのも、ある意味、同じ目線で捉えてなかったから、
ふと出てきたものだと思うんだよ。
ただ、その当時ね、私はそうやって言いながらも、自分が実践できてなかったから、
みんなと同じって言ったら同じなんだけどね。
でも、ずっと私は海外に対してビジネスっていうのをやっていきたいと思ってたから、
だから、明日からチャレンジで始めます。
いや、どんな反応なんだろうね。
ただね、本当にね、言えるのは、日本人ってみんなが思ってる以上に海外からしたら価値が高いんだよね。
インバウンドの人とかもさ、日本人ってすごい優しいとかさ、困った時にいろいろしてくれたとかさ、
食べ物美味いしさ、あと綺麗じゃん。清潔じゃん。
文化もすごい楽しいし、って言ってくれてるね。来てくれる人もいるじゃん。
日本人であることって、すごく資産が高いと私は感じてるんだよね。
今後、今もう始まってるけども、人口が減ってきてるわけじゃん。
私が生きてる間はもちろんないんだけども、何十年後かに日本人、純粋の日本人っていうのが確実に少なくなっていくんだよね。
今はもう当たり前じゃん、それが。
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だからこそ、もっともっと価値が上がっていくんだろうなと思って。
なので私は本当に海外輸出業をやっている時から変わらないものがあって、
日本人、日本を輸出していくっていうのが、ずっとやりたいものをやりたいというか、続けていきたいものでもあるんだよね。
海外輸出業をやっている時は、物を通して私は日本というものを輸出していたんだよね。
今度は私が媒体になるんで、私という日本人である私を媒体に日本というものを輸出していく。
それができたら面白いのかなと思ってるし、それをまた音声とか動画を使って、
私は国内に発信をしていくので、それを見た人が、私もやってみようかなとかできそうとかと思って、
自分の可能性がどんどんどんどん広がっていったら、すごい面白いのかなっていうふうにも思うんですよ。
だからまあ、抽象度結構やっぱ大事よね。
私はずっと大終点、気候指針の時は大終点というのが大好きだったんだけども、
なんで大好きだったんだろうと思った時に、私もともと多分抽象度が他の人とは違うところで生きている部分っていうのが、
ずっとじゃないけども、あるんだろうなって。
で、一気に下がる時があるんですよ。
何かに飲まれる時とか。そうするとものすごい恐ろしいぐらいに苦しくなったりとかするんですよね。
まあなんで最近もそういうことがあって、大終点の大事さっていうのを実感したんで、最近また使い始めてるんですよ。
私多分抽象度が低いのがあんまそこまで好きじゃないというか、そこの世界観で生きるのがちょっと厳しいのかなって。
タイプ的にね、って思った。
高いからいい、低いから悪いとかじゃないんですよ、もちろん本当にそれは。
好みなんで。どこの世界線が好きかっていう好みの問題なんで。
ただ、そう、私の過去を見てると、そういった生き方のが、この今の今世に対してはいいのかなって。
今のこの、このね、大山明さんにとってはいいのかなって思ってるんですよ。
なんで、まあいろんな人がさ、自分の中でさ、認められない部分ってあると思うんだよ。否定してる部分とか。
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ちょっと前に祝日に会った友達なんかもさ、すごいね、20代、25ぐらいの子か。
どうやったら自分の成長って実感できるんですかねとか。
常にね、こう、足りないっていうか不足している部分をずっと見続けてる子なんだけど。
それでね、大体の人がそれを埋めよう、埋めようとか。
じゃあ自己肯定感上げようと思うじゃん。
上げなくていいんだよね。で、埋めなくていいんだよね。
一番早いのは、私の設定それね、みたいな。
私ってそういう設定なんだっていうふうに、何だろう、理解してあげたら一番早いです。
攻めなくてもいいし、それに対して抵抗して、なんかこう、頑張って頑張って外から埋めようとしなくてもいいんだよね。
ただ、私ってそういうタイプなのね、今は、みたいな感じですかね。
いろいろ人によってね、何だろう、設定が違うだけなんですよ。
それを受容してあげて、さらに抽象度を上げて、それをオセロって言ったっけ?
オセロの白と黒じゃないけども、黒って捉えてる人が多いから、白く捉えられるような抽象度で見れたら
あなたの中の苦しいと思っているものの意味付けが変わって、オセロの白になるんじゃないのかなって思います。
私もそういうのいっぱいあるけどね。
はい、ということでちょっと長くなりましたけども、今回は以上となります。またでー!