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こんにちは。えっと、マイクがないって1回目に、探せばないよーっていうのを1回目に言ってたと思うんですが、今見つけたので、ちょっと接続して撮ってみています。
なんだろう、マイクがあるないで、ちょっと雰囲気、自分の雰囲気が変わりますね。
このラジオを撮るにあたって、どんな時間で、どんな体勢で、寝てるの、寝てるはないかもしれないけど、座ってるのか立ってるのかとか、窓に向いてる、自分が向いてるのか向いてないのか、あとは化粧してるかしてないか。
朝起き抜けか、夜寝る前かとか、いろんなこう体勢、自分の状態とかを試してみているんですけど、なんかどれがベストなのかまだわからなくて、その中でもマイクあるないって影響あるのかなっていうのが今回のちょっとトライだったりします。
今、娘が学校から帰ってきて、すごいいろんな学校で起きたことをわーっと喋っているので、ちょっと後ろの方で聞こえるかもしれないんですが、高校生っていっぱい喋ることあるよねっていうのが今思っていることです。
で、今日の本題なんですけど、人が話していることの共感ってどこまで何をすればいいのかっていうのが私にとってわからないっていう話です。
娘たち、今高校2年生と中学1年生の娘が2人いるんですけど、ママって共感しないよねって言われました。
で、私としては話についていっているつもりだし、子どもたちが言っていることに対してちゃんと相槌というか自分の意見を述べたりとか、会話をやっている工夫をしているつもりではあったんです。
しないっていうことを言われて、それについて結構考えました。落ち込んだまではいかないんですけど、なんでそんな風に思われるんだろうと。
仮に娘たちに共感できていないっていうことであれば、仕事でも皆さんに共感できていないし、会社員だともちろん仕事に対して共感できていないとか、チームとかね。
個人事業主でもいろんなクライアントさんがいる中で、皆さんの心の奥底であったりとか、コミュニケーションに共感できていないっていうのは結構有意識問題だなと思って。
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何に対して共感をしてどう反応することが本当はいいのか。それが心からやるのか形式的にやるのかとか、それは心からやった方がいいに決まってると思うんですけど、仕事の場面で完全に共感ができない相手って必ずいるじゃないですか。
それは属性があまりに違いすぎる。例えば自分より年が倍ぐらいの人で男性でバブルキーのものすごく猛烈サラリーマンの時代を過ごしてきた人に私が共感できるなんて言ったらおこがましくて無理ってなりますよね。
なので、共感の限界値だとかそういうのがあるのかなって思って、いろいろと子どもたちとやりとりをしていました。結論、今日話してた感じだと共感するのは無理だなっていうところに至りました。
もともともないんですけど、子どもたちが置かれている環境、学校でこんなことがありました、こんなことを周りから言われました、こんなことを思ってた時にこんなことを学校で出来事がありましたみたいなことに対して、私はそれを経験していないんですよね。
それは時代もそうだし、学校もそうだし、環境が違うんですよ。それを無理やり私の思ってた環境ではね、私が高校の頃はこうだったって昔話をしだすとそれは鬱陶しいじゃないですか。昔話をする人って嫌ですよね。
昔話をしないでそれは分かったよっていうのは、それはそれでなんかいらんこと?みたいな感じになるし、逆に突然意見を出したら、意見を出したっていうので、共感じゃなく飛躍して状況の良し悪しを判断しているみたいになっちゃうので、それはそれでダメみたいな。
何にしても共感のしようがないっていうことに気づきました。なので、高校生とか中学生に対してはもう分からないので、兄弟でやってくれということに私の中で結論付きました。
仕事に対してはどうなんだろうなって思ったときに、私は管理職をしばらくやっていて、メンバーの子たちが12弱いたんですけど、メンバーの人たちが思っていることをどうにかこうにか状況を理解しようとして、
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それを状況を理解した上で新しい仕事はどうだとか、それに対して評価はどうだみたいなジャッジをしなきゃいけない立場になりました。
共感はしようと思ってたんですけど、やっぱり今振り返ると共感なんてできないんですよね。
その時に持っているスキルも違う、視野も違う、情報も違うという中で、それを同じ目線で分かる分かるなんて言えるわけがないんですよ。
なので、無理だったなーって振り返ると思って、共感するということ自体、事実として諦めなきゃいけないのかなというふうに悲しく思いました。
分かり合いたいという気持ちはあって、お互いに分かり合おうというやりとりをどれだけ頑張るかということなのかなというふうに今は思っています。
本を読んでも分かる分かるそうそうそうみたいなのってありますよね。どんな世代の方が書いた本であっても、その一つのフレーズが自分の心を指すとか、それは昨日は私を指さなかったけど、今日いろんなことがあってから指したりとか。
言葉の持つ力だったり、それがタイミングとか、誰が言うか、いつ言うか、どこで言うか、みたいな5W1Hみたいな環境の違い。
例えば推しが言ってたら無条件にOKですよね、みたいなのもあったりすると思うので、そういう共感に対してどれくらい自分がどう共感してもらいたいかみたいなのを相手に伝えられるかみたいな、自分発信で相手にどう共感してもらいたいとするかとか、
私は共感してあげたいな、娘たちの言うことに対して、そこは共感したいなと思うけど、やっぱり世代を超えて兄弟で、姉妹で、言ってたかって、ママは共感してくれないんだって言われると結構難しい。
否定もしてないんですけどね。事実として言ってることが違うんじゃないとか、こんな考え方もあるんじゃないみたいなことを言ってるのが違うらしいです。
でも、そんなもんかな、親と子の関係なんてと思ったりします。
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この間、高校2年生の娘とロンドン、パリ、アムステルダムの旅に行ったんですね。
その旅の時はずっと2人で協力してその旅を前に進めなきゃいけない。
泊まっているところに出先から帰るとか、そこにトラブルが起きたときも2人で乗り越えなきゃいけないというので、すごい2人で一致団結して結構仲良くしたつもりだったんですけど、
帰ってきてみて娘が生活に戻り、私も生活に戻りってなってくると、やっぱりそれなりにそれぞれの生活があり、それぞれの世代の中での考えることがありっていうのがまた変わってくるんだなと思って、
寂しいのか、心強いのか、自分で考えて頑張ってほしいなって思う気持ち。
私は私で子どもたちの成長を喜ばしいと思うと同時に、そういう考え方で友達を受け入れてくれるのとか、
友達こんなふうに思うんじゃない?例えば男の子ってこう思うんじゃない?みたいなのを推測して話をするっていうのは思っても余計なお世話かなと思ってフフフッとしていたりします。
面白いな。共感って何なんでしょうねっていうのは、皆さんのお家での共感だとか、彼氏との共感とか、家族との共感、どこまで共感するか。
分かる分かるって言うだけじゃないってことですよね。言葉ってのは分かるじゃなくて心から分かってそれが表現できて、その表現に対して相手がしんみりそれ分かってもらったなって思うみたいな。
そこまでのことってできてるのかなみたいなのを聞いてみたいなと思います。
そもそもさーみたいなやつがあって、ちょっと余談なんですけど、AIの話なんですけどね、突然。
突然AIなんですけど、知り合いがXで東大出身の今大手の銀行で働いている知り合いの男性、全職で一緒だった男性がいるんですけど、めちゃくちゃ頭良い方ですよね。
実地での仕事もすごくうまくて、ITもよく分かってみたいな方なんですけど、Xでポストした内容が、みんなAIがなんでもやってくれるとか言うけど、
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なんでもやってくれるとか、四六時中やってくれるみたいなのって、実際何やらせてんの?みたいなポストをしたんですね。
ちょっとそのまんまじゃないんですけど、そういうAIが全部やってくれるからすごい、みたいな世の中の雰囲気に対して、そもそも何やらせてんの?っていうのを募集したんですよ。
そしたらそもそも何やらせてるかっていうのをいろいろ聞いてみると、大してやらせてないんですね。
自動化するって、自動化って何なの?みたいな。毎日毎分毎秒を確認することとか、何かある?仕事とか。
毎日定時に、前日この24時間に起きたことについてレポートしてくれとか。定時実行させるみたいなのがありそうだねとか。
聞いた時に答えてくれるみたいなのもありそうだねとかっていう、いくつか分類して分けてたんですけど、そもそもAIに24時間やらせることありますか?に対して、それだったらやらせてもいいよねみたいな。
納得できる答えって、たぶんものすごい多くの人。10万インプレッションとか言ってましたかね。それくらい見てる人がいても、そんなに対してやることはなかった。
であれば、AIがすごいみたいなのっていうのも、だいぶ局地的にキャッチーな話だなと思っていて。
で、そのAIがやらせてやってることっていうのは、それはそれで想像の範囲ないだったんですよ。なので、まあすごいかどうかで言うと、そうだよねみたいな内容でした。
で、それ自体は私は結構面白い示唆のある話だなと思っていて、さっきのちょっと共感に戻りますけど、共感って何なのだと。
子供が、親が子供に対して共感するって必要だって言われるかもしれないんですけど、その中身って何なのみたいな。
子供の気持ちになって、子供が言っていることをすごいそうだねって全て100%受け入れて、100%アウトプットとして賞賛するっていう話なのか、言ってること100%私の中では解釈するけれども、
出てくる言葉って、それってすごいわかるよねって言えるほどの自分の経験値がないということをどれだけ認めるかとか、
インプットとアウトプットのバランスの中でどれだけの相手に必要な情報を与えられるかみたいなことを考えると結構深いなと思っていて。
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なので、共感は共感って言ってもなんだかんだ難しいよねっていう何とも言えない結論の話でした。
私の中で結構悩みなんですよね。昔から愛子って結論よく言うよねとか、話をぐだぐだ、ぐだぐだって言ったらあれですね、長々とするのが苦手なんですよ、もともと。
言ってることを全体を4人とか4,5人とかで話してたら黙って聞いてて、黙って聞いてる中でみんなの確信を得ることをポツリって言うみたいな、そういうタイプだったので、
それはそれで、社会の中では生きづらい人間だなっていうふうにもともと思ってて、だから黙ってたんですけど、
そういうタイプだなって思ったりして、それを思い出したりしてました。
ちなみに夫は結構そういう時の対応も私らしいねって言ってくれるし、
感情に正直なタイプはどっちかっていうと私じゃない夫の方だったりするので、そのへんのバランスとか話の持っていき方っていうのはやっぱ大人同士、同じ世代同士何も言わなくても分かってくれるなっていうのは楽ちながらしてます。
いずれこれをちょっと聞かれると恥ずかしいんですけど、それはそれで、夫との会話の方が子どもたちよりも分かる時もあるし、逆に子どもたちと話してる方が女同士分かり合える時もあるので、
まあいろんな人がいていいよねとか思ったりしてます。
ちょっと長くなったんですけど、結構私の中で最近ずっと考えて、え、どうしたらいいの?みたいな悩みっていうか考え事。
悩みと考え事も違うと思う。悩んでるとか言われても、え、それただ選べないだけでしょみたいなのとかもあったりするので、
行間と同じくらい悩みって言葉にも結構いろんな解像度があるなと思ったりしてます。
めんどくさいやつだな、なんか話しててすごい思うけど。
だいぶめんどくさいんですけど、それくらい一個一個の定義について考えてうだうだ言語化したり、それを誰も傷つけない程度にね、やりたいなと思うんですけど、
傷ついちゃった人もいるよね、きっとって思うくらい結構ドライなタイプだったりするが、中身はめちゃくちゃ厚かったりするみたいな、そんなタイプの人です。
なんか恥ずかしいけど、まあそんな感じ。
では、以上でございます。聞いていただいてありがとうございました。
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またもうちょっとコンパクトに楽しい話ができるようにしたいと思います。
ではでは。