#36-1 建築や国際的な文化と医療とのつながり
2026-09-16 37:02

#36-1 建築や国際的な文化と医療とのつながり

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堀 寛史

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田代雄斗

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サマリー

今回のエピソードでは、理学療法に限らず、建築、アート、文学、さらには国際的な文化や歴史といった幅広い分野への興味関心について語られています。特に、建築においてはフランクロイド・ライトの作品や日本の建築様式との比較、ミホミュージアムやヨドコ芸品館といった具体的な建築物に触れ、その構造や自然との一体感に魅力を感じていることが語られました。また、アートや文学においては、作品そのものよりも、その背景にある物語や作家の精神性、クラフトマンシップに惹かれるという、堀さんの独特な視点が示されました。さらに、インドの文化や歴史、特にタージマハルやブッダガヤへの関心、そして国名が「インド」から「バーラト」へ変更される動きについても言及され、言語や文化の変遷、アイデンティティについて考察しました。教育システムについても、日本のリテラシー教育とアメリカの思考力重視の教育の違いに触れ、今後の教育のあり方について示唆に富む議論が展開されました。最終的には、これらの多様な分野への興味関心が、理学療法という専門分野においても、構造的な思考や多角的な視点を持つことの重要性につながるという結論に至りました。

導入と最近の興味関心
こんにちは、田代です。こんにちは、堀です。 Advanced Therapist エピソード36本目ということで、今回はあんまりちゃんと話すテーマを決めてないんですけど、前回も結構探究的な話もありましたし、あんまり理学療法に限らず、結構お互いなんか興味関心持っていることとか、あれこれ喋りつつ進めていけたらなと思います。
はい、よろしくお願いいたします。たまにはこんな回あってもいいよなということで、別になんか話す内容がないということじゃなくて、一旦難しい話いっぱいしてきたので、改めて自分たちのことも含めて話せたらいいかなというような感じになります。
興味関心って言った場合に、今あなたってどんな興味を持ってますか?今あなたってどんな関心を持ってますか?っていう質問って結構学生に対してやったりもします。それをじゃああえて田代さんに投げかけたときに、どんなことに興味を持ってますか?どんなところに関心を持ってますか?どう答えますか?
最近で言うと、お互い関西住んでるのもあって、ちょうどつい最近夜の芸品館っていうとこ行ってきたんですけど、建築とかアートとか、以前よりも最近やっぱ小説とか読むようになってきてますし、なんかその辺が興味関心としてあって、過去はむしろなんかゲームとかファッションとか好きな時期もありましたし、なんかスポーツみたいなハマってるって感じでしたけど、
なんかちょっと最近文化系に寄ってきてるなみたいな感じですかね。
文化といったときに、今まあ最初にそのヨドコ芸品館の話がありましたけど、ヨドコ芸品館ってご存じない方からすると、あれ足屋市、西宮じゃなくて足屋市ですよね?
足屋ですね。
足屋市にあるヨドコって会社の、おそらく社長かなんかの別荘か本宅かなんかですよね?
そうですね、なんか最初はそれもなんか今回調べたんですけど、山室さんだったかな、なんか桜正宗っていう、桜の方が最初に作って、そこからまあいろいろあって売りに出すことになって、ヨドコが所有してみたいな流れみたいですけどね。
その建物をフランクロイドライトってどう言ったらいいのかな?近代建設の産居所とかっていう風に言われるらしいんですね。僕はすごい建築が好きで。
フランクロイドライトとかってどれが有名かというと、フランクロイドライトランプって調べると多分多くの人が見たことがあるライトが出てきます。
建築の世界:フランクロイド・ライトと日本の建築
テトリスみたいにブロックが積み上がったけど、あれがフランクロイドライトの建築ではないものの非常に有名な作品ということになっています。
確かあった気がします。
日本でもちょこちょこ建てて、代表的なのは旧帝国ホテルですね。
今も帝国ホテルは完全に建て替わっているんですけれども、旧帝国ホテルっていうのを日本の戦前に建てた。
もともと1800年代の人なので。
超有名なのが落水槽っていう、聞いてる人調べてもらって見ていただくしか全くないんですけど。
落水槽っていうのが世界遺産になっている建物になります。
正確にはカウフマンさんっていう人の別荘を滝と川の上に建ててるんですよ。
落水、水が落ちる場所というところで、ちょうど2,3メートルぐらいの滝の一番落ちるところに家を建てて、家の下に滝が通っているという非常に複雑な建築を建てているのが有名なところですね。
四角さと2つの材質を組み合わせるというか、石と何かみたいなのはちょっと予測芸品感と近しいものがあるような感じがしますね。
そうですね。やっぱりフランクロイドライト自体が一つは自然との一体というところと、
あと日本の建築って石造り建築ってやってないですね。石造りをやるとしたら完全に城壁とかなんですよね。
建物そのものに石で組み上げていくっていう建築が非常に少ない国なんですけれども、海外っていうのは石造りの建築っていうのが基本になるわけですね。
分かりやすく言うと、ブーフー三匹の子豚で、藁の家、木の家、石の家、レンガの家なんですよ。
レンガ造りみたいなのが海外は非常に多いんですけど、日本ってもともとやっぱり地震大国なので、レンガ造りっていうとか石造りっていうのを苦手としているんですよね。
で、その中でああいう与度港の景品館なんてすごくいいなって。僕も行こうと思ってすぐ大学の近くにあるのに行っていないっていう。
ちょっとね、坂の上で行きづらい感じもありますし。
興味って言って建築って言っただけで建築のことをめちゃくちゃ喋ろうとしますので。
建築で突っ走ってもいいですけど、多分そうすると田代さんがあんまり建築に関してはそんなに。
めちゃめちゃ詳しくはないですね。なんとなく好きな雰囲気とかはありますけど。
滋賀県とか行ったこともあるんで、ミホミュージアムっていうところとか、佐川美術館とかあったりするんですけど、ああいう感じは好きだなとか。
知識っていうよりも感覚的にあるって感じで語れるような感じではないかもしれないです。
建築家と日本の建築遺産
ミホミュージアムはあれ、宗教、新自衆明界ですよね。
新自衆明界っていう、今もあるのかどうかよくわからないんですが、そこの創業者って言ったら怒るな、怒られるな。
それを新自衆明界を建てた人が美術コレクターで、美術コレクターのコレクションを集めた場所だと。
茂木ですよね、あれ。山の中に埋め込まれたもので、建築っていうのが面白くて。
特に古代仏教っていうのは、山の上だとか非常に人が行きにくいところにお寺を作るという傾向があり、それを模して作ってるんですね、あれ。ミュージアムって。
だからすっごいよくわからないところに山くり抜いて作ってるっていう、面白い。
しがらきじゃない、甲がしがらきっていうのがあって、展示物がものすごく有名というより、建築で非常に有名みたいですね。
面白い場所って言いづらいんですけどね。
誰が建てたんだ、あれ。設計は、でもよくわからないですね。アイ・エム・ペイっていう人らしいですね。
日本人の設計家ではないという。
でもどうなの、しがっていう言葉が出たら、しがは、あ、ど忘れした。しがで有名な建築家。
しがで有名な建築家。
外国人です。しが、あ、出てきた。完全にど忘れした。
ボーリズ。
ボーリズですね。ボーリズ建築が非常に有名ですし、このあたりだったら漢学ボーリズじゃないですかね。
堂手小学院でしたっけ。漢学でしたっけ。
漢学だったような気がします。
ボーリズ建築って日本の関西に非常に集まっていますので、そういうの回ってみるっていうの面白そうですね。
そうですね。堀先生の知識がふんだんに出てきそうな知識ですね。
いやー、もともと僕すごい建築が好きで、いろいろ見て回ってたので、建築に関してはいろいろ話ができると思いますが。
湖南女子もですよね。
よくぞ、ありがとうございます。湖南女子というと、今もう文化財になってるんですけども、村野東吾さんっていう建築家が建てています。
村野東吾さんですね。僕と生まれが同じ北九州市なので、北九州に結構建築があったんですけども。
結構ね、やっぱりもう古くなって潰されているとかっていう状況ですが、湖南女子はちゃんと文化財という形で残してくれているので非常にありがたい。
例えば田代さんとかで、もしかしたら見たことがあるかもしれないというのが、宝貝家のプリンスホテル。京都の。
地下鉄というか、北に上がる列車の終着点ですね。地下鉄の宝貝家。
あそこにコンベンションセンターとかあると思いますけど、横にあるプリンスが村野東吾作品です。
あーそうなんですね。ちょっとまたいつか行く機会があれば。
もう日本の建築家としてはかなりの数を立てている人だと思います。
本当に湖南女子がこの前、日本の大学建築八線かなんかに選ばれてましたね。
しかも湖南女子って基本入れないので、建築を見たいという人が入れないっていう。
他の大学って結構入れるんですね。
確かに。
だけどやっぱり女子大って入れないから、見たいが見れない大学という風になってます。
アートとクラフトマンシップへの惹かれ方
最近の興味関心でいくと、場作りというか、人が集まってお互いに刺激し合って何かが生まれるみたいな。
そういうのは興味があるんで、建築とかアートだったりとか。
興味湧いているのはその辺も影響しているかなって気がしますね。
確かにアートとか建築とか、全面的にアートと言われるものなんですけど、究極なくてもいいものなんですよね。
だけどなくていいものというのが人生においてすごく力を持つっていうのが非常に僕はいつも面白いなという風に捉えつつ。
今も多分やってると思いますけど、美の巨人たちっていう番組をずっと見てたんです。
最近も全く見なくなったんですけども。
一つの作品あるいは一つの作家を追いかけていく。
あとは何でも鑑定団がそれに対して値段をつけるっていう番組でやってて。
あとはNHKが美の壺っていうのをやってて。
大体この3つぐらいが非常にアートの説明をしてて。
あとYouTubeだともう本当先月かな。
なくなった山戸五郎さんの大人の教養というYouTubeチャンネルがそのあたりを非常によくやってたので。
そういうのを好んで見ている人たちというのは美術家ではなく美術が好きな人たちってやつですね。
だから美術を作る人と美術が好きな人たちっていうのは基本的に違うカテゴリーにいて。
僕なんかも完全に美術が好きな人のカテゴリーである。
かといって美術展はしょっちゅう行くか。
例えば今大阪市でフェルメル展やってますけど全然行こうと思わないってやつですね。
時計とかグッズとか好きなのは美術的な観点で好きって感じなんですか?
僕はクラフトマンシップが好きなんですね。
なので出来上がったものではなくて作る工程が好きなんですよ。
だから時計とか靴とかっていうのを作っている人の手がどれだけ入っているかというものが好き。
建築もちょっとその部分はあるんですけども。
このキャンティレバーってビヨーンと張り出した。
例えば廊下とかどういう風に作ってるんだろうとか。
そういう構造の仕組みとかを見ていこうとするのが好きかもしれませんね。
これ美しいなーではというよりはこの屋根の板金どうやって上手に曲げてるんだろうとか。
そういったことに興味があります。
映画とか漫画とか好きっていうのはそれとはまたちょっと違った観点って感じなんですか?
あとは物語でしょうね。
そのクラフトマンシップっていうと究極は作る時の物語なので。
設計から作品作りっていう一つの物語を読みともうとこうとすると。
だから美術品を収集してその美術品をめでるっていう感覚はあまりないんですよ。
その美術品の裏にある物語が好きです。
コレクションしたいとはまた違う。知りたいって感じなんですかね。
そうですね。
そのブランドが持っているアイデンティティだとか
そのブランドが似たようなものを作っててもこことここが違うとかっていう
微妙な差だとかっていうのを見たりしています。
だから靴すごいいっぱい持ってるんですけど
靴一つ一つの名前を全部理解していて
これがどういうラストでいつの時代に作られたか
そういう情報はほとんどあまり考えないんですよね。
そういうのものすごい詳しい人たちってやっぱりいるんですけども
例えばその靴を作った時にどういう心情で作ったとか
そっちの方が好きです。
じゃあ結構作家の精神性というか
生い立ちとかそういうのが気になるって感じですか?
そうですね。バックグラウンドは割と好きです。
またこれが、例えば僕村上春樹とか宮城谷正道とか
インドへの関心と文化の変遷
すごい好きなんですけども
その人のエッセイはあんまり読まないんですよね。
その人の考えではなく物語が好き。
ただエッセイからちょっと散りばめている
その人の生き方とかっていうのは興味があるんですけども
やっぱり一つの作品として練り込まれているものが好きですね。
エッセイが練り込まれていないとは言いませんけれども
エッセイって練り込まなくても書こうと思ったら書けるじゃないですか。
だからやっぱり練り込まれたもの
そこが根っこにあるクラフトマンシップというか
しっかり作ろうとする。目的を持っている。
そしてちゃんと何かを表現しようとするテーマがある。
そんなのに僕は惹かれるんだと思います。
なるほどですね。
今月9月末にインド行かれるっていうのもありますけど
インドで専門的に話すテーマはあると思いますけど
インド行ってこんなの見ていきたいなとかそんなのあったりするんですか?
タージマハルぐらいですかね。
僕インドに30年前に1ヶ月放浪をして
放浪の旅に出てたので
見たいものっていうのはそこそこ見たんですね。
例えば有名どこで言うとガンジス川
ベラネス、バラナシ
どっちが発音か正しいか分かりませんけど
ベラネスにしましょう。
ベラネスっていうカルカッタとデリーの間のところにある街に
ガンジス川っていうのが
もちろんガンジス川って広く通ってるんですけども
ガンジス川の蛇行する形が非常に聖なるものらしく
そこのところに人が集まって
ここは聖なるところだって目横するんだと
そこは絶対行きたいと思ってたわけですね。
いろいろな作品、小説だとか
あるいは当時長渕剛がガンジスって曲書いてて
すごい感動したとかっていうところで見て
まあとにかく汚くて僕はダメだったっていうところもありますね。
あとアジェンダエローラ遺跡っていうのがあって
それもどうしても見たいって言って見に行って
ただタワジマハルは見てないんですよ。
タワジマハルがその当時
インド人に騙されるのにものすごく疲れてて
タワジマハルってデリーから150キロぐらい離れた
アグラっていう町にあるんですけども
アグラはもう詐欺師だらけだと
あんなとこ行ったら心がやられるぞって
デリーに行った人たちにみんな言われたんですよ。
その人たち見に行ったんですよ。
若い僕はそれを信じて行かなかったんですよね。
今になって最も重要な
インドの建物を見てないっていうこと自体は
これダメやろっていうので
せっかく行くんでしかもデリーなので
そこだけは行こうと思ってます。
それ以外はほぼどっか行こうっていう気持ちはないんですよね。
インドは行ったことないんであまり想像つかないですけど
他に歴史的なものとか文化に触れるっていうと
あったりするんですか?
インドは歴史深いですよ。
近いところでいうとムガル帝国のものが
それこそタージマハルですし
それよりも以前の
例えば僕らに関係するところでいうと
ブッダガヤっていう町は
ブッダが生まれたところですよね。
それから仏教の発祥地なんかもありますし
カルカッタっていうと
有名なマザーテレサがいたところになりますし
ムンバイっていうところになってくると
ボリウッドって言われて
インドの映画をほとんどムンバイで作っていたりだとか
十数年前のアカデミー賞で
スラム・ドッグ・ミリオネアっていう映画があるんですけど
その舞台がムンバイなんですね。
今度は今のはどちらかというと北インドの話で
南に下がっていくとまだ完全に国が変わっていく様子が見れるんだと
食べ物も違う、言葉も違う
そういったところには全然僕は行ってなくて
なので僕カルカッタも行ってない
ムンバイとムンバイインで
そのままバーラナシに行ってデリーに行って
っていうのはあそこら辺をぐるぐる回ってただけなので
全然見るには足りないぐらいの
ただ我々日本人なんかよりも
ずっと古い文化を持っている国の一つになりますし
それこそ正確には
インダス文明はパキスタンなんですけども
インダス文明を持ってましたし
そのもうちょっと西に行くとチグリスユーファラテス
その辺りの影響を受けている国になりますから
最古の国と言っても過言ではないっていうのがインドです
仏教的なものに触れてこようっていうか
触れられる場とかってあるんですか?
ブッダガヤに行くと母大寺があります
仏教の聖地と名前の変更
要は母大寺っていうのは非常に象徴的なもので
おそらくその時の母大寺とは違いますけども
ブッダっていうのは後の話なので
シッダールタっていう
ガーダマシッダールタっていうのがブッダの本名ですけども
シッダールタが
要は悟りを広くためにずっと苦行に
苦行に勤しむっておかしいですけど苦行をやってて
その時に断食をやってたわけですね
その断食というのを母大寺の下でずっと断食をしていたと
その母大寺の下の断食で非常に苦しい状態の時に
ある一人の女性がヤギのミルクをくれて
それを断食をしている最中だけど飲んだんですよね
その時に彼は悟りを開くわけですけども
その悟りを開いた場所っていうのがブッダガヤにある母大寺なんですよ
その母大寺自体っていうのは今入れないんですけども
それこそ今から30数年前に事件があって
そこの下にオウム心理教の人たちがみんな入ったところで写真撮影して
朝原聖皇が要はブッダと関係があるって言って
そこで写真撮ってそれいっぱいあげたんですよ
すっごい問題になったんですあれが
そういう場所があります
なるほどですね
そういうのも撮れてきたら面白いと思いますし
手塚治虫様のブッダとかあの辺も読んだりしてるんですか
もちろんもちろん
あれはシン・ダルタの話ですよね
シン・ダルタっていうとヘルマイヘッセがシン・ダルタの話を書いてますね
そうなんですねシャリンの下
ノーベル小作家ですね
ちなみにインドのチップスですけど
インドって去年の万博の時って
インド館ってなかったの知ってます?
そういえばそうかもしれない
でもバーラト館ってのがあるんですよ
インドって国名変えようとしてるんですよね
インドからバーラトに変えようとしてるんですよ
万博の時はバーラトでやってたんですよ
そうなんですね
なのでインド館がないと
ネパール館の横にバーラトっていうのがあって
これどこだろうって思ってた
知らなかった
名前を今変えようとしているという
ヒンディ語なのかな
我々日本人が日本と呼ぶが
世界の人で日本って呼んでくれる国はほぼないわけですよね
全部ジャパンというと
これが例えばドイツもそうですね
ドイツって言っている人たちっていうのはすごく少なくて
ジャーマニーとか
あともう一個変な呼び方があるんですよ
ドイツって3つの呼び方で呼ばれてて
例えばオランダもそうですね
我々英語で表記するとネイザーランドって言いますけど
中国の人たちはホーランドって呼んでるわけですよね
同じようにインドもインドインドって呼ばれてるけど
多分彼らはバーラトって呼びたいんですよ
そうなんですね
元はそうだったけど今インドになってるから
本来あるところに戻したいみたいな感じですかね
思います
モディ首相って非常に世界的にも
事実はどうかわかりませんけども
非常に優秀な政治家首相としてかなり長くやって
日本とも非常に仲がいい首相ですけども
モディ首相がそれをやりたいと
脱植民地らしいですね
植民地の時に呼ばれた国名であるということで
だからムバールの時に大英帝国が入ってきて
大英帝国がおそらくインドでインディアンっていう風な言い方をして
ちょっと別紙的な意味があるから
元々のヒンディ語のバーラトに変えたいというようなことを言ってるみたいですね
なるほど
自分たちのアイデンティティっていう感じですかね
言葉の定義と学問の体系化
非常にいいと思うんですよね
ただ僕らってインドっていう印象がめちゃくちゃ強くて
例えば筋肉症状態って番組知ってます?
知ってます
日本インド化計画とかですね
それが全部伝わらなくなっちゃう
日本バーラト化計画ってなって
インドってもちろん別紙的な意味があるから
すごくその人たちが嫌だという国民の気持ちを知りつつ
短くてスペルも短くて非常にいいんですよね
確かに
だから我々はインドがいいんですけど
ただバーラトになったら我々はそれを受け入れなきゃいけないし
例えば最近国名を呼び方をちゃんと国際統一したのがジョージアですよね
元々グルジアって呼んでたんですけども
ジョージアに変えたりだとか
あとちょこちょこどっかあるのかな
例えばチェコソルバキアがチェコとソルバキアに分かれたりだとか
そういったのはいろいろあると思うんですけども
古くからある国が突然完全に読み方を変えるっていうのは
こんだけ大きい国だったら初めてでしょうね
そうですよね
現代人からすると結構国ってかっこたるもので
あんまり変わらないようなイメージ持ちがちですけど
それも近年のことで今後も変わり得るところではあるんです
なので名前の付け方が別紙的な名前の世界ってやっぱりちょこちょこあるんですね
パッと思いつくのがロシアだとかあっちの方の人たちの民族ってスラブ人っていうわけですね
ヨーロッパっていろいろな民族がいると思いますけど
代表的なのがゲルマン人とラテン人とスラブ人がいるんだと
スラブの語源はスレイブなので奴隷なんですよね
奴隷民族っていう風な名前になってくるから
多分本当は嫌なはずなんですよ
だからそういったのを少しずつ変えていきたいとかっていうこともあるでしょうし
ちょっと似たようなところで言うと
日本の言葉の中でも例えば殺すとかそういった言葉をできるだけ使いたくない
そうなってくると結構日常の中に殺すっていう言葉が
例えばダブルプレイとかって日本語で書くと二殺とかって書くんですよね
そういう将棋の言葉だとか野球の言葉とかにそういうのがものすごく入ってて
それを表記しちゃいけないってなったらすごく困るんですよね
だから名詞一つを変えるのはいいと思うんですけど
漢字を使っちゃいけないってのは結構きついなと
例えば名詞を使っちゃいけないってことで言うと
僕が理学療法士になった時っていうのは地方症って言ってたわけですよ
それがいつの間にか認知症っていう言葉になったし
あとは分裂病って言ってたのが防護失調症に変わりましたし
そういったいろいろ名前が変化していくっていうこと自体がすごくあるんですね
最初認知症っていう言葉がついた時僕は個人的にはすごい反発してたんですよね
なぜかって言ったら不認証
妊娠ができないから不認証
認知ができる認知症じゃないですかだったら
認知症なんですよ普通は
認知症って言われて認知が認知がってみんな言うようになって
あれは名前としては僕は良くないなぁとは思いました
防護失調症は逆に良かったと思うんですね
別に分裂してるわけじゃないので
確かにだんだんまた医療に入ってきましたね
そういう言葉の定義というか言葉というところですね
ぜひ今日知っておいてほしいのはバーラトですよっていう
すみませんまだ僕がいっぱい喋ったのでどうぞ
国際的な話と建築みたいなところで構造の話とか
そこも医療と通じてくるとかあるんですか
もともと僕がすごく構造に興味を持ったことがあるのが
自分が家を建てるまでに建築家の勉強会とかよく行ってたんですね
建築って一生いわゆるデザインをする建築家と
構造をやる建築家って簡単に言ったら大きく2つに分けられるんですよ
もちろん専門はいっぱいさらにあると思いますけど
必ず構造計算っていうのを出して
構造計算が通らないと家って建てれないんですね
構造計算っていうのはどの部材をどこにどういう風に配置することによって
どれぐらいの自信だとかどれぐらいの強度に耐えれるっていう計算があるんだと
昔はそれを結構手計算でやってたけど
今から20年近く前に東大のすごい優秀な建築家の人が
自分でそれの構造計算の要は人工知能で作って
ここに何パイの何の柱を入れたらどれぐらい耐えれるとかっていうのをやってたんですね
これって理学療法に使えるじゃんと思って
患者さんに対する過重量でどれぐらいのところにどういう負担がかかってとかっていう
実際に理学療法の中ではそれは全然実装されてないので
あの時にその人たちからいろいろ聞いて僕が実装しとけばよかったって今思ってます
なるほどでも最近も理学療法推論とかでもオントロジー的な発想とか
全然違う分野から応用できるとこ探すみたいなとこも結構面白そうな気がしますし
そういうとこから興味関心を広げておくと積み上がってくるみたいなCMもできそうなと思いましたね
僕からすると今のダシロさんの話ってすごく当たり前なんですね
つまり多分野に対して非常に意識を向けて
多分野からいろいろ学ぶっていうことを僕は当たり前にやってきたんですけど
チャッピーといろいろやり取りするとあんまりそんなことしないって言うんですね
多分野っていうものに対して興味を持つってすごいエネルギーがいるんですよ
そこからやり直さなきゃいけないので
建築をやるために相当建築の本は読んだんですよ
ただそこに構造計算に対する本とか
どういうふうにそのCADを使って図面を引くとかそういうことはやっていないんですけど
そもそも建築とは何かみたいな文献とかいっぱい読んだんですね
それで建築っていうものに対してすごく興味を持って
実際家を建てるのに建築に関する論文3本書いたんですね
だから一つのことに対して非常に手を伸ばしたいタイプである
でもそういうことは普通しないんだっていうこと
普通をどこに定義付けるかによりますけれども
みんなもっといろんなのに興味を持てばいいのにと思ってます
もともと地の巨人的な人とかで多分野またがるのが当たり前というか
そういう時代もあったとは思うんですけど
だんだん学問が細分化されすぎて資格取るならここを学びましょうとか
科学も分断というかその学問が体系化されてるのが一般的になりすぎたから
他分野に触れづらくなってるのかなみたいな気がします
そこはだからあえて批判的に言うと体系化された学問って僕ほとんどないじゃんっていうのが
僕のいろいろなものを見た結果なんですね
体系化しようとしているのが学問であって
体系化できている学問って相当少ないなというふうに
例えば哲学って何ですかと言われて
共通定理を持っている人たちってほとんどいないと思うんですよね
理学療法って何ですかと聞かれると
おそらくほとんどの人が法律の話をするんだと
だけど法律ではない理学療法の目的だとか手段だとかっていうのを説明してっていうと
途端にできなくなる人たちが多いんですね
だから構造化定式化されてるかと言われると割とされていない
それを暗黙のうちにやってると思い込んでる人たちが多すぎるっていうのが
僕のある種の全体的に関する批判です
そうですよね
理学療法の構造的思考と教育
自分も大学院とかだと科学的に考えていたことが多かったですけど
でも考えていけばいくほど一つの分野だけだとわからなくて
結局過去学んだこととか他のところに広げていかないと
わかんないこともあるなっていう感じだったんで
深掘っていけば自然とそうなるなっていう感覚は自分にとってはあるんですけど
だからよくいろいろな人が
これだから全体に対する文句を言ってるわけじゃないんですけども
いろんな人がいろんなところで抗議をしていると
例えば理学療法に関する人が
例えばTKA述語の抗議をしていると
だけどTKAについてめちゃめちゃ詳しく説明しなければ
その話って成り立たないんじゃないとかって僕思っちゃうわけですよ
だけどTKAとしてもう受け渡されたものの述語の話をして
それに対して変形性膝関節症は?って話をするんですね
TKAは変形性膝関節症ではありませんっていうのが僕の主張なんですね
だってもうないんだもん
要は歯を抜いた後に虫歯って言ってるような感じがあって
そのあたりにを説明とかしてて
違和感持たないのかなといつも思ったりするんですよね
我々は手術もしてないんだから
なんでそこについてすごく詳しく言ってるんだろうっていう
その辺がだから自分たちが関われるところとか
線引きをしっかりした方がいいのかなとは思いますし
前半だとかなり幅広い話もありましたけど
そういうの知ってるからこそ
自分たちはここみたいなことを見えるかもしれないんで
両方必要だろうなと思いますね
なのでフォーカスをインアウトする能力っていうのが
非常に重要であるというところ
いつもこの話の中でもいう座標ですよね
座標っていうのを1軸で見てるのか2軸で見てるのか3軸で見てるかっていう
その違いというのは
自分の中で常に意識しておかなきゃいけないよなと思ったりはします
そういうのが前回の探究学習とかの話だと
若いうちからそういうことをやっておくと
そういうのがしやすくなるっていうところですかね
と思いますよと思いますというのが
ちょうどたまたまピボットで
海外の教育に関する説明をしてたんですね
結局日本っていうのはどちらかというと
非常に強いリテラシー教育をやって
手計算で微分積分を解けるような能力を身につけていくんだと
そうではなくてアメリカとかがそれがいいというわけじゃないですよ
アメリカとかはもう電卓使って授業を計算させて
いわゆる解き方というもの自体の考え方を教えていくということになりますし
あとは自分が何ができるということ自体
そして何をやってきたかというのをものすごい固めていかないと
大学に入れないらしくなってしまいます
日本はどんな人でも決められたテストを受けたら入れるという
教育のあり方にどちらがいいというのは分からないが
違うことをやってきていると
実際に日本の教育がいいという人ももちろんいるだろうけども
失われた30年間というのに国家が発展していないというものは
そういった教育の部分というのは絶対影響しているんだろうなと思ったりはするんですよね
教育というもの自体はちゃんと考えて変えていかなきゃいけないよな
というのを常々思ったりはしています
前半もいろいろ話してきましたけど
興味関心の広がりと今後の展開
ここから引き続き話していくというとまた違った興味関心の話もしてもいいし
また教育につなげていってもいいかなと思うんですけど
完全に興味関心です
教育に行くとまた教育の話が続くので
もうちょっと田代さんの興味関心
自分の興味語れるか分からないですけど
なのでそれをまた僕が拾って奪い取っていくという
じゃあそんな感じでいきましょうか
前半じゃあ一旦こんな感じでありがとうございます
ありがとうございました
37:02

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