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#31‐1 ゲスト:大島部屋親方 大島勝さん
2026-05-01 14:24

#31‐1 ゲスト:大島部屋親方 大島勝さん

今月のゲストは、 

大相撲の元関脇力士であり 

現在は大島部屋親方の大島勝さん 

にインタビューさせていただきました。 

 

【今週のテーマ】 

・現役時代について 


【番組内容】

 スポーツ×街づくりをテーマに、30年のスポーツ界でのキャリアをもつ常田幸良が、

スポーツを通じて街を盛り上げる様々な人にフォーカスを当て、掘り下げていく番組です。

番組の感想は各媒体のコメント欄、または X(旧Twitter)で #ビルドアップローカル

でよろしくお願いいたします。

【配信日】  毎週金曜日

【出演】  パーソナリティー: 常田幸良


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サマリー

元大関力士で現在は大島部屋親方の大島勝さんが、現役時代のモンゴルでの相撲との出会いから日本での苦労、そして数々の取り組みについて語ります。特に、幕下優勝をかけた一番や、最高齢での幕内最高優勝を果たした際の心境、そして部屋閉鎖という困難を乗り越えた経験が語られました。番組の最後には、リスナーへのプレゼント情報も告知されました。

大島勝さんの相撲との出会い
今月のマンスリーゲストは、大相撲の元関分け履歴史であり、現在は大島部屋親方の大島勝さんです。
今週は、大島部屋方の現役時代についてインタビューをしてきましたので、お聞きください。
大島部屋方、どうぞよろしくお願いいたします。
モンゴルの出身ということなんですけれども、1992年にモンゴル国からご来日されて、大相撲さんになるために来られたと思うんですけれども、大相撲との出会いというのは、きっかけは何だったんでしょうか。
モンゴルは、1990年までは社会主義だったんです。
日本の情報も当然ながら入らず、民主主義になった時に、民主主義党の国境というか、それが開けて出入りができるようになった時期になって、
こっちから当時の朝日国さんが、国会議員の先生を通して、モンゴルからスカウトというか、弟子を入れたいという話が来たみたいです。
それがモンゴル相撲連盟に来て、モンゴル相撲連盟がテレビで放送して、その呼びかけみたいな。
それをたまたまうちの父親が見ていて、年齢も体重も身長も全部そこに当てはまったので。
社会主義から民主主義になったばかりで、国自体が結構不安定だったから、将来何していいかというのはあまり決めていなくて。
その時期だった。
お父さんが行けって言って、たまたま受かっただけです。
モンゴルの夫婦というモンゴル相撲連盟があると思うんですけど、親方もそのご経験というのは?
誘われたけどやらなかったです。
身長が高かったんで、バレーボールとかバスケとか、親戚の人が陸上やって、砲丸投げとかやってたんで、それもやって。
いろんなことやってました、相撲以外は。
相撲以外は、そうだったんですね。
球技がすごく好きだというのを初めて知りまして、すごく意外だなと思いました。
寒いから室内のスポーツの方が盛んな。
年中できるんで。
だけどまた日本からスカウトに来られて、日本に来られて、日本の大相撲をご覧になった時に、その時の印象は?
来日当初の苦労と日本食への適応
すごく不安でした。
何にも分からないんで。
うちの部屋って午時起きだったから、午時に起こされてやろうと思わなかった。
部活みたいな感じで、夕方ぐらいからやるもんだと思って。
だいたいスポーツってそうじゃないですか。
そうですね。
朝5時から起きて。
早朝から起きて。
まずそうするとショックだったんで。
あとご飯と。
あと団体生活ですよね。
今まで家からあんまり出たことないのに、急に2,30人で同じところに住むって、すごいびっくりしました。
今岡田さんのご飯の話に出ましたけど、お相撲さんってご飯たくさん食べるじゃないですか。
来日された時は日本食はいかがでしたか?
全然食べれなかったです。
やっぱりそうなんですね。
そもそも滝田でのご飯時代から食べたことないんで。
じゃあ、慣れるまで相当時間がかかったんですかね。
いや、割とかかりなかったです。半年ぐらいだったのかな。
半年で一回逃げてるから、戻ってきた時はこういうもんだと思って、もう一回戻ってきてるから、そっから割と早かったです。
一度目の脱走と親方の説得
ごめんなさい、逃げてるっていうのは、部屋を逃げた。
脱走ですか?
モンゴル大使館行って、そっからモンゴルまで帰った一回。
え、そうなんですか?
その後どうやってまた戻られたんですか?
親方がモンゴルにまた来てくれて、絶対やった方がいいし、強くなるからって言われて、
子供だからね、まだ16、17歳だから、そうなのかなと思って戻ってきちゃった。
そうですか。
でもまた親方が言った通りに、もう一回制約されて。
一人では絶対無理だと思うんだよね。
極秀山とか他の仲間もいたんで、それでどうにかなった。
助け合いみたいなのはあったんで。
心に残る取り組みと幕下優勝
なるほど。その後ずっと稽古を積まれて、元気に頑張られて、
親方が一番その中で、特に心に残っている取り組みというのは何でしょうか?
心残っているというか、やっぱりこれに勝ったら重量というのがあるわけですよ。
マクシタの9枚目だったと思うんだけど、6戦全勝して、
もう一番勝てないと上がれないんですよ。
それはやっぱり勝った時にむちゃくちゃ嬉しかったよね。
しびれますね。
これでセキュリティーだと思った時。
それが一発。その後は3勝とか優勝とかいろんなのがありますけど、
そこがひとつ転換でもあるよね。
大島部屋、極下遊説記にも真珠竜を挙げられて、
まさにその同じ心境だったんでしょうね。
それを経験しているから、同じくらいたぶんドキドキしたし。
やっぱりそうでしょうね。
見ている方がものすごいドキドキするんですよ。
やっている方もどういうあれか、今時の方はわからないけど、
見ている方がドキドキする。
そうすると親方、真珠竜を掛かった大市場の、
前の晩から緊張して、睡眠も取れないか。
なかったね。まだ21歳くらいだったから、
周りにもこうされて、緊張するんだけど、いけると思ってたんやろうな。
たぶん。わからないけど。
多少の緊張するけど、絶対やってやろうと思ってたんだろうな。
親方、土俵に上がる前の準備というか、ルーティンというか、
メンタルの整え方と稽古
メンタルの整え方とかって、何か特別やられたことってあるんですか?
そういうのを作らないようにしてた。
ああ、そうですか。普段通りという。
できるだけね。だけど、どこかで何かしら作っちゃう。
食べ物にしたって。
よくない時にたまたま気分転換で焼肉屋さんに行って買ったら、
顔みたいに毎日焼肉屋さんに行ってくるから。
だからこれあくまで気持ちの問題だから、
前の日にやっていく。そのままそのままうまくいったら、
次の日になるべく同じことしようかなと思う。
なるべく作らないようにはしてたけど、いくつかあったと思うな。
なるほど。
大変激しい競技だと思うんですけども、
ケガとか当時、また調子を崩す時があったかと思うんですけども、
そういった時はどんな乗り越え方をされてたんですか?
当時の浅木くんさんは、めちゃくちゃ小さい体で大漬けになってるから、
ものすごい稽古したっていろんな人が言うんだけど、
僕らもどっちかというとそれだった。
稽古の量ですか?
稽古の量もそうだし。
痛いって言ったらあまり休ませてもらえなかった。
肘が痛い、肩が痛いとかいろんなことがあるけど、
当時の親方が言ったのが、じゃあ下半身は鍛えれるだろって。
なるほど。
今度は膝が痛い、足首が痛いって言うと、じゃあ上半身は鍛えるだろって言われたら、
やるしかない。
周りがバンバンやってて、自分だけは別メニューだとちょっと罪悪感感じる。
なるほど。精神的にも強くなりますね。
それだと多少痛くても、やった方がいいなと思って、やってる最中治っちゃう。
気づいたら治ってる。
そうですか。
だからそれくらい強い体と強い気持ちだと思うんだけどね。
40代まで土俵に立ち続けた理由と教育
親方が40代まで土俵に立ち続けられた理由というのは、
やっぱりその傾向とか。
いや、一番隅々じゃないですか、多分。
親方の存在もやっぱり。
当時はもうすぐやらされてる感があったんで、当時は理解できなかったです。
そうですか。
それが後々生きたのかなと思うようになって、
30代になってから。
でもそういう印象深い偉大な方が。
すごかった。やっぱり教育に関してはすごかった。
それが時代といえば時代だし。
厳しかった。
それが厳しいと思ってないんですよ、みんな。
30、34でみんな引退してて。
最高齢での幕内最高優勝
自分らがその時期近づいた時、まだ全然できそうな感じだったから。
30、34で辞めるとかって一回も思ったことない。
なるほど。
親方の優勝の時の話をちょっとお伺いしたいんですけども、
土地王子さん戦ですね。
当時最高齢の優勝、幕一優勝ということで。
37の時。
約37歳8ヶ月か。
ですか。
その時の優勝の瞬間の気持ちをお聞きしたいなと思うんですけども。
まず優勝できると思ってないよ。
まずそこ。
15日あるじゃないですか。
初日から。
その時は高島部屋が閉鎖になって、友人の部屋で合併して、最初の場所だったんで。
合併するのにいろんなことがあって、
ちょうどその時の友人の部屋が受け入れてくれたっていう形なんだけど。
そこで一応部屋貸し穴としていたから、
10何人で行ったんで。
部屋貸し穴がしっかりしないと、
せっかくだから最低限勝ち越さなきゃと思って。
年齢も年齢だし。
って思ったらその場所で優勝しちゃったっていう。
その時、なんで大島部屋にいる時優勝しなかったの?って人もいたけど、
部屋がたまたま4月で閉鎖になったら、
分かんないね。大島部屋でいたら5月してたかもしれない。
なんとも言えない。
だから親方が丁度定年になってた時だったから、
優勝パレードの車に乗せることができた。
うちの当時の親方って乗ったことないと思う。
元気の親方とか。
元気の親方って乗れないの。
優勝した人が帰ってきたら部屋でこうやって、
酒ついて待たなきゃいけない。
だから辞めたからオープンカーに乗れた。
過去の浅井富士さんの前の伊勢川の親方は、
4回ぐらい優勝したの。
その時もオープンカーに乗ったことない。
俺の時最初で最後の初めて乗った。
それはエピソードですね。
そうです。だから俺はそれぞれでちょっとした恩返しができたのかなと思って。
あの景色って多分親方って何十年この業界にいるけど
一回も味わったことないと思う。
たくさんの人の真ん中走っていくわけだから。
気持ちいいですよね。
気持ちいいと思うよね。
番組の締めとプレゼント告知
今週は大島部屋の元関分け力士であり、
現在は大島部屋親方の大島勝さんにインタビューさせていただきました。
次週は大島部屋を設立した背景と弟子の育成についてお話を伺いたいと思います。
常田幸永がお送りしているビルダップローカル。
本日はここまでとなります。
番組の感想は各媒体のコメント欄かXで
ハッシュタグビルダップローカルをカタカナでよろしくお願いいたします。
そして、いつも番組をお聞きくださっているリスナー様に素敵なお知らせ。
今月のゲスト大島勝さんからプレゼントをいただきました。
大島部屋のオリジナルタオル、ブランケット、ミニクッション、各種を抽選で計3名様にプレゼントいたします。
詳しくは渋沢くんFM公式Xをご覧ください。
皆様のご応募、どしどしお待ちしております。
お相手はビルダップローカル、番組ナビゲーターの常田幸永でした。
それではまた。
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