奇声がイメージなんだね。
そういう、撃退みたいな。
退散、みたいな。
よくわかんない。
言われたことないから。
ありそうです、それは。
イメージで、なんだ。
動物が来た時とかに、
みたいな、威嚇仕返せそう。
もとやさんは。
でも、そうか。
出さないわ、絶対変な声。
恥ずかしいもん。
奇声とかあげられない、私。
キエーとか言ってる人、よく出せるなって。
そこはそうなんですよ。
そこが恥ずかしい。
そこが、そこがそうなんだよなって。
私、結構社会的なソーシャルアニマルだから。
よくあんな声出せるな、みたいな。
恥ずかしいこといっぱいあるから。
急になんか、恥ずかしいとか、嫌々っていうのありますよね、めっちゃ。
そうね、その気合大好きだけど、その恥ずかしいもある、みたいな。
めっちゃ、それもとやさんだな、なんか。
もういいよ、ちょっと読んでください。
次。
今日の。
今日の振動。
振動ネーム、相当東京。
もとやさん、ぽんにぃさん、こんにちは。
最近、震える事象に出会ったので、初めてメールを送らせていただきます。
私は、優しいという言葉に震えます。
このメールを送っている時には、自分の中できちんと整理できていない感情なので、きちんとまとまった言葉になっていないですが、ご容赦ください。
例えば、優しいという言葉を使う時は、基本的にプラスの感情表現だと思います。
困っている人を助けたり、気配りできたりする人を基本的に優しいと形容するのだと思うのですが、
バイト先で新しい帰ってきた人に手取り足取りを教えることも、彼、彼女のためにあえて何も言わないことも優しさだなと思っています。
自分は先輩にしっかり教わったり、怒られたりした方が、早くバイトの中に慣れて嬉しいのですが、
そうじゃない人も一定数いて、教育における優しさって難しいなぁと感じる今日この頃です。
もちろん、教育だけじゃなく、恋愛や友情でもそう感じることが多々あるので、
安易に優しいという言葉を使えず、ブルブル震えています。
これからもこの番組が末永く続くことを願っています。
優しい。
優しい。
優しい。最後。
最後。
優しい。
優しい。
でも、これ確かに、今より顕在化してる問題として、厳しく接するのも大事っていうのと、厳しく接されると怖いっていうのとか、
人にとって嫌がることが、もうバラバラになってきてるから、
何が優しいの?みたいな。
って結構、難しさが増えてるというか。
こと、総統統教さんからすると、教育。
はい。
つまり、先輩というか、指導者とかがいたときに、何が優しいの?みたいな。
のが、すごい大きい話ですよね。
なるほどね。
結構、でもそれ、あれか、何回かメンタルについて話しているわれわれの中での議論。
はい。
何回かあるよね。
ちょっとありましたね。
その、優しいって、確かにね。
でも、今聞いてて思ったのが、優しいっていい意味で使われると思うんですが、流れで聞いてたときに、私はすごい逆を連想しちゃって、優しいっていい意味で使われるっけ?
優しいって悪い意味で使われるよなって、とっさに思って読んだら、あ、いい意味の方なんだって思っちゃったんだけど。
普段、どこに言いますか?
優しいねって言ってるときって、本当は何が言いたいの?ってときない?
それは、そういうコミュニケーションもちろんありますけど、その、なんだろうな、なんか、それなんかすごいこう、めっちゃ裏。
ポインティーに優しいねって言われて、嬉しい?
もう別にあんまり嬉しく、あんまり言われないタイプなんですよ。
え、本当?すっごい言われてそうだよね。
意外と、いやそうなんですよ。
めっちゃ言われてそうだよね。
言われてそうじゃないですか。
優しいねって。
でも実は、あんまり別に優しさランキングで言うと多分、低い方なんで。
ちなみになんて言われる?私が生命力強そうだとしたら。
楽しそうみたいな。
楽しそう?
楽しんでる。明るい。
ああ、面白い。
その、まとってる雰囲気だけで、優しいとは意外と言われないんですよ。
なるほど。
それは別に優しくないからだなって思う。
そう?
なんかね、多分、すごい根本的な考え方としては、自分より他人を優先する時とかに結構、いろんなシーンで、優しいは優しいってなると思うんですよ。
優しいとははそうかもね。
あんまり、どこか自分を優先するなって思われてる。
そうなの?実際。
結構そう。
あ、そうなんだ。意外な。あ、そうなんだ。
そうですね。
それはだから、自分が楽しんでるとか、明るいってそうやんみたいな。
人のために明るいわけじゃなくて、自分がただただ明るいとか、自分がただただ楽しいだから、なんかやっぱ別に優しいとは思われてない気がする。
てか、あんまり言われないです。
優しい、でも確かに優しい、ポインティ優しいねって言うのって、優しいって言うのは、こっちが感じたことで実際に実感として生まれた感情じゃない?優しい。
ポインティが優しいなって思ったっていうか。
でもその、ポインティ楽しそうってさ、なんかちょっと違うよね、種類が。
なんかその、相手には何も発生してなくて、
ここで関係として。
そうそう、様子を見て、なんか明るいねとか、楽しそうでいいねみたいな。
あー、なるほどね。
明るいね、楽しそうでいいね。楽しそうでいいねってめっちゃよくない?でも。
いやー、だからありがたいです。
言われる言葉としてもね。
嬉しい嬉しい。
楽しそうでいいねは多分、それを言うってことはつまりはないと思う。楽しそうでいいね。
楽しそうでいいね。あ、言い方にも言うな。
まあまあ言い方。
ごめん、無責任だなっていう時とか楽しそうでいいねって。
でもめっちゃありますよ、そういうのも。楽しそうでいいよねみたいな。
あー、お前はっていう。
結構そういうタイプ。え、もとよさん優しいねって言われます?
あのー、ほとんど言われないんですけど。
なんでそんな、なんでそんなためがあったんですか。
でもその、こういう優しさってあるんだよっていうフレーズをよく子供に使ってる。私が。
あー、まあまあ一見ね。
こういう優しさもあるんだよって。
一見優しいとわかんないけど、
これって引きで見たらみたいなやつありますよね。
そうそう。
それってでもなんかその、他の人が注釈してほしいですよね。
そうだね。
もとよさんがそれやって、自分で言うと、なんかすごい説得みたいになっちゃうから。
そう、説得だもんだって。
本当はね、気づいてもほしいですよね。
洗脳してるの。
これって優しさなんだって、もう変えちゃいたいから。
これも優しさなんだよっていうので、全部ごまかしちゃって。
なんかその、別の人がそれ言うと感性するやつですよね。
そうだね。
あれって優しさなんだよみたいな。
でもだから、優しさはだから、確かにいろんな厳しいも優しいし、優しいも優しいから。
だからそれで言うと、やっぱね、ちゃんと敷かれる人とかって、結構すごいなって思ってて、
それってやっぱり相手に敷かれるかどうかっていう、自分より、相手のためをもってこれを言ったほうがいいっていうのをちょっと優先してるじゃないですか。
で、もちろんその、パワハラとかにつながってくるとか、つまり叱る気持ちよさを優先してる場合は、自分を優先してるから、相手にとってやっぱ優しくないんですけど、
なんかその、いやもうここはもう、嫌われ者勝手でもちゃんと注意しようみたいなのって、それもだからやっぱり、そういうのも優しさのうちですよね。
そこをそのさ、嫌われる勇気じゃないけど、そこをちゃんと役割として、演じられるかではないけど、そこに立てるかって、また人としての一ランクあるよね。
ありそう。あとだから、相手嫌われるじゃないにしろ、ちょっと場の空気悪くなってもいいから言うとか、関係性に水さすけど言うとか、
それちょっとだから、自分の心地よさとか、安全性じゃないけど、ちょっとやっぱリスクとってるじゃないですか。
そうね。
しかも相手のためとか、場のためとか、なんかそれはやっぱ本当は優しいけど、実は理解されないみたいな。
ある?例えばそうやって、人とご飯食べたり、人と飲んだりするときに、ちょっとリスクとってでも、言いたいこと言おうみたいな、ナーナーにはしないぞみたいな、ちょっと空気悪くなってもいい子みたいにしてるとかある?普段。
うーん、あんまりないですね。
優しくない。
あー、そういう意味ではね。それってでも本音を言わないとも違う?
いや、言わないとは違うんですけど、なんかこう、別に、もちろん大きいね、ことが大きい問題だったら、もちろん多分指摘したりとか、いやそれどうなんですか?みたいなのは、もちろん言ったこともあるんですけど、
基本的には、なんかあんまり、なんかそういう場面もないな。ちょっと薄いかもしれないですね。
うーん、しゃべっているときに。でも例えばさ、つまんないもん見たときとかさ、そういうときってつまんなって言うの?ポイント言って。なんかあんまイメージないな。私はちなみにめっちゃ言うよ。
でもやっぱ相手に、相手には言わないっすね。
相手にな、そうだね、相手に言わないや。
でもこれだから、そのなんだろうな、優しさと暴力を変換すれば、これは相手に言うのが優しさだな、みたいな、なんかそのこともでき得るじゃないですか。
まあでもこれが好きな人もいるのか、で、まあね、その回避したほうが穏便ですけど。
でも別につまんないもの見たときはつまんないとは言いますけど、でもそれはやっぱ本人には別に言わないんですよね、普通。
うーん、まあそうだね、それはなんか言う必要は全くない気がする。聞いてきたら言う。
聞いてきたら。
本当のこと教えてって言ってきたら、言っていい?って言って、言ってもいいの?って言って、言う。
まあ求められたらですよね。
求められたら、本当に求めてくる人には言うけど、基本的にはだって、ね。
でもだからあんまりそういう、そのご意見ちょうだいみたいなことになんないんですよね。
うーん。
なんか例えば友達が、なんか本当のことでいいから俺の悪いとこ言ってみたいな。
うん。
ないっす。
まあないよ、でもそれはない。
まあないか。
あ、でもこの間、その友達がめちゃくちゃ注射打ってて顔にね、で、それをもうやめたほうがいいって言ったの私は。
うんうん。
あのなんか、じゃあ痩せるために、マンジェラっていう。
マンジャロです。
マンジャロ?
はい。マルジェラに近づいちゃってます。
なんだっけ?なんだっけ?
マンジャロです。
マンジャロ?あ、有名なんだ。有名ってか、流行ってるんだ。
ま、社会問題ですね、むしろ。
あ、そうなんだ。やばいな、あれは。
えっとね、糖尿病の人に投与する薬なんですよ。
薬みたいなもの?
そう。で、脳に指令出して、お腹空かなくさせる。
痩せ薬でしょ、だから。
ま、だからほんと痩せ薬じゃないんですけど、
あ、はいはい。
ま、変な流行り方しちゃって、で、ほんとにもうその、結構問題になってるやつです。
そっか。
ま、健康リスクも一応あるとされている。
あ、だから、そう、それを打ってるって言ってて、
あの、打たなくていいって言ったの、私は。
で、腹は出てていいって言って、
うん。
なんか、ちゃんとしっかり言ったの。
はい。
顔ももういいって。
うんうん。
やってもいいけど、もういいって。
はいはいはい。
あの、っていうのは、すごいちゃんと言おうと思って、
うんうん。
言ってたんだけど。
はい。
でもなんか、それすらも言うか言わないかっていう線引きがあるじゃん。
ま、そうっすね。
だって本人やりたくてやってんだからさ。
うん。
うん。だからなんか、言わなくていいことかなとか思いつつ。
うん。
でもなんかやっぱり、うん、言うね、なんか。
うんうんうん。
言う、それはなんか、あ、だからそれ関係性によるかもね。
うん。
なんか本当のことだし。
はいはいはいはい。
やっぱり、その人の、一応その人のためを思って、
うんうんうん。
言おうと思って言ってる。
基本的にはいいんだよね。
うん。
やりたかったらやればいいんだけど。
うん。
でも、きれいになりたくてやってるんだよね。
はいはいはい。
そうすると、そのままやったほうがきれいじゃなくなるよねっていうラインを越えたときは、言うよっていう。
うん。
今でやめたほうがいいよっていう。
はいはいはい。
うん。
ま、確かにその本人の中で、そのもう線引きとか、ここら辺で止まろうかなっていうのが、分かんなくなっちゃうことはめっちゃあるでしょうね。
うん。
その、その辺にしときやっていう。
そうそうそうそう。
で、結構周りのね、人が言ってくれると助かったりしますもんね。
別にその、その注射だけじゃなく。
そうそうね。でもなんかやっぱりすごいセンシティブなことでもあるから。
それはほんとそうっすね。
基本みんな言わな、言わなかったかるけど、でも私はまあもう言ってみたけど、でもやめねえって言ってたけど、その人は。
あの、行くって言ってたから、もう今、気合入ってるんだ。
真っ向から気合入ってますね。
気合でなんとか。
気合だなあ。
気合も私好きだからなあって。
それはそれで好きだなあって。
まあまあまあ。
そこまで言い切られたらみたいなね。
来んか!ってなったっていう感じではあるけど。
でもだから、でもそれで言ったら、ここに来る時ですら、やっぱり嫌われないための話し方ってあって。
でもその、これ言ったら嫌われるなあとか思いながらも、やっぱり喋ってる。
喋るようにしてる。逆に言うと。
それ言わなかったら、しょうがないじゃんって。
嫌われても、まあ嫌われるんだけど、これを言ったら。
でも言わないも違うよなあと思って。
いつも来る時に一回確認するよ。
どういうことですか?
あの、嫌われてもいいかって言う。いいかっていうか、もうしょうがないって言って。
それはセーブしたら、結局その、じゃあ喋んなくていいじゃんっていう話になりかねないから。
だからやっぱり、リスクを取ってる気持ちはちょっとある。
ここで、なんかその自分の考えを開示することって、リスクじゃん。
で、やっぱり何を言われるかもわからないっていう中で、自分はこう思うっていうこと自体がもうリスクだから。
そうですね。
でもやっぱりそのリスクを取らないと、だって意味ないよねっていうこととかはあるんじゃない?
ありますね、めっちゃ。
なんかそれで言うと、そうですね、リスク取って他人に優しくしたことか。
なんか、途中で、たぶん途中で言ってあげればよかったんですけど、
まあまあでも、大人だし自分で何とかするかって思って、感化してきたんですけど、とうとうもうさすがにっていう。
見過ごせなくなっちゃってね。
見過ごせないで、という、ちょっとぼかして言ってますけど、
その事象があって、で最後こう、いやこれは言わないとって思って言ったんですよね。
指摘というか注意というか。
でももうその時って、もうその、なんか竜がごとくの、すごいバズってる画像で、
なんかもう殺すしかなくなっちゃったよっていう画像があるんですけど。
それワンシーンがあるんだ。
ワンシーンがあるんですよ。
本当にちょっと近い気持ちというか、もう途中で変えてくれたらよかったのに、
もうこの時の、もう今ラスト注意って、もうこれもう戻れないじゃんみたいな。
もう遅いの、その段階で言ってはいるものの、もうすでに遅いの。
てか多分途中で、問題の隠しに、ちょい触れぐらいで注意できたらよかったのに、
もう問題が全面まで来てて、もうこれを言わないとダメみたいな状況になって、
でもこれを言うってことは、もうかなり相手と問題がもうがっつりくっついちゃってるから、
もうこのばっさり行くしかないみたいな。
なるほど。その人自身を否定することになる。
もうちょっと近づいてるというか、途中で改修してくれって思ってたけど。
なんで途中で言わなかったの?ちなみに。
いやーなんか、
なんとか。
なんとかなんねえかな。
自分でなんとかなんねえかなって、できれば自分でなんとか修正してほしいな。
そう。
介入したくないなっていう。
そう。で、それはたまに起きることというか、
途中が、責任フェーズが長くて、責任取るぞってなるときは、
もうかなりの問題が発生してるみたいなのとか結構あるんですよね。
あー、ポインティーがそうしがちってことなの。
しがち。感化しがち。
ギリギリまでなんとかなってくんねえかなって。
まあでも全部のなんか、期限ギリギリ癖の人間関係バージョンなのって今初めて思いましたけど。
同じことしてるかも。
確かに途中で計画的に取り組めばよかったんだっていう。
でも、
これ、さっきのはちょっと抽象的だったんですけど、
抽象的なまま、もとやさんもなんか、これ1回見過ごそうとか、感化するかっていうので、
問題がもう全面まで来て、言わんと責任取らんとみたいなとき。
逆のほうが多いかも。
途中で。
うん、なんか、言わんくていいよみたいなことも全部言ってしまうほうが思い当たるかも。
言う、そうだね、どっちかっていうと。
言わなくて、それこそ勝手になんとかなったのに、みたいな。
あー、それはそれでね。
言わなくてみたいなパターンも全然あるし。
ありそう。
1回こうなっただけじゃん、みたいなのも、なんかやっぱり、ちゃんと言葉にしちゃう癖が、だいぶ収まったけどね。
だいぶ収まったけど、ちゃんと言葉にしてしまう、声を上げてしまう癖があるから、逆かもね。
逆っすね。
うん。
うん。
なんかその、塩梅が調整できたらいいな。
一緒にね、割れば。
でもやっぱりその、演出とかしてて1ヶ月とかっていう稽古、例えば期間内とかだったら、やっぱり早いうちに解決しないとっていうのは、もう嫌ほど経験したから、やっぱりその、見過ごしてなんとかなったこととかがないし、やっぱりな、そりゃそうだよな、みたいな結果にしかならないし。
プロジェクトというか、ここで公演が決まってるとかって、やばいやばい、もうこれ最初から言わないと、とかなるじゃないですか。
例えば仕事とか、友達とか、関係が結構、永続していくというか、ずっといるな、みたいな時って、見過ごし放題っちゃう、見過ごし放題じゃないですか。
そうだね。
そこのほうが難しいんですよね。
わー、これ、この仕事先の人に、もう、たぶん行ったほうがいいんだよな、みたいな。
あー、でも確かにね、躊躇するね、ちょっと。
なんか、でもどうにかなんか、改心してくんないかな、みたいな。改心って変なんすけど、なんか心変わりしてくんないかな、みたいな。
でも私のほうが圧倒的に迷惑かけてるんだよ、人に。
私のほうが言われるほうなの。
はい。
私、人になんも言えない、だから、そういう意味で。
あの、絶対私のほうが迷惑かけてる側だから、基本的には言えないけど、
あとどっかで、自分もそうなんだけど、おじさんとおばさんは無理って。
あの、直んねえって思っちゃう。
おじさんとおばさんはもう直んねえって思っちゃうから。
まあもう、形が決定された。
もうすごい、やっぱ形状記憶がすごいから、なんか20代、30代に、なんか言ってるのは見てて、そうだね、言ってあげなって思うけど、
そうね、やっぱ40代とかの人に言ったら、そのエネルギー違うとこ向けよって思う。直んないんだから、どうせ、みたいな。
まあでも確かに、大きくは変化しないけど、まあちょっとじわじわになっちゃいますよね、たぶん年代が上になると。
じっくりじっくりというか。
うん。やっぱ変えられた試しがないし、そのエネルギーが本当に、本当にそこにエネルギー使った後とかのとろう感すごいし、
なかなか、だからその相手によるかも。
うんうんうん。
これ早く言ってあげたほうがいいっていうのと、これ言ってもしょうがないみたいなところで。
なるほどな。
だって、それはでもやっぱり、思っちゃうな、ダメか、やっぱりその40でも50でも、あなたダメだよって思ったら、ちゃんと向き合わないとダメか。
いやまあ言いたいことわかりますけどね。
うん。でも、もう仕上がっちゃってるんだもん。
まあね。
もう、それで言ったらいいって思っちゃう。
でもなんか仕上がってる人は仕上がってる人で、なんかその、こう言うとこっちに行ってくれそうみたいなのありますよね。
その、北風と太陽というか。
うんうん。
全面的にいきなりこう変えるのは無理でも、こっちこっちみたいな、こっちこっちみたいな。
本当にその、すごく具体的な事例だったらあるかもね。
メールの返信もうちょっと早くくださいとか、絶対5分前にいつも来てくださいとか、そういうことであれば、直る可能性はあるか。
もっと幅広くその人間性に関わるようなところまで行くのは難しいなと思うけど、
でも今話してて思ったけど、40代50代ももう無理、無理無理って思っちゃうし、
じゃあ20代になんか言えるかって言ったら、言っちゃダメだもんね、だってもう。
でも言っちゃダメまではないでしょ。
言っちゃダメなんでしょ。
言っちゃダメまではないでしょ。
言っちゃダメまではないのか。
ないですけど、まあ結構その、なんだろうななんか。
こっちは変わらない、こっちはなんかあの本当に。
言わないでっていう空気。
そう言わないでってなるっていうので、
この狭間の人しか言えないのかなもう、なんか言えるとしたら。
それもう30代だけですね。
30代か。
生き残ってるの。
残ってんの。
30代はタフなのかな、そのなんか言われることに関して。
でもね、それはやっぱ明確に結構違いあると思いますね。
20代前半、今20代前半の人と今30代の人はちょっとやっぱ違いますね。
その体勢みたいなもの?
やっぱなんか物心つくあたりにスマホが当たり前にあるかないかとか、
やっぱ本当に大きい境目というかな気がしてて。
30代の方がちょっと大丈夫?
そうなんですよね。
頑丈?
なんかね、まあまあざっくりですけど、
やっぱ人生の半分より長くスマホがあるかないかみたいなのが結構大きいと思ってて。
で、やっぱ30代ってちょうど半分ないぐらい。
そうか、そうなのか。
生きてきた年数の方がスマホ時代より長いんで、ちょっとやっぱ違うんですけど、
こっからはそのスマホがある時代が人生の大半っていう人がめっちゃ増えていくんで。
それとでも怒られなれないことってどう相関関係があるの?
やっぱこう、SNSの炎上とか、なんかこうチヤホヤされてる人とか、
なんか見るとか、自信を多分失いやすかったりとか。
結構ダメージを、しかもスマホからも受け取ってるし、そこで結構疲れたりとか。
根拠のない自信を育てる時間がないってことだ。
そうっすね。
根拠なかったもんね、なんか。
根拠ない自信を今後持つのは相当そのスマホと断絶された世代とかじゃないと、なんか結構難しそうっすよね。
だってその、なんだろうな、こう、例えば見た目がいいとか、なんか頭がいいとか、面白いとか、全部根拠あるじゃないですか。
根拠がついた、箔のついたものばっかり見ることになるから、しかも周りの同世代もそこを見続けてるから、なんかこうすごい不安感とか。
比較できちゃうってことでしょ?
数値化じゃないけど、すぐ分かっちゃうってことね。
あとやっぱ、すごいその、生まれてからずっと多分炎上を見てると、それこそもっとやさんが言ってた、かなり社会化されてるんで、自分を責めたりする声も超強いというか。
だからなんか多分その、言われたもっとやさんが、じゃあ例えば20代の人に、じゃあなんか仕事して、ちょっとこう注意したときに、なんかこう、たぶんもっとやさんの奥に、いろんなその引用コメントが勝手にこう見えちゃったりとか。
えー、なにそれ。
なんかその、だから言われたことより。
私の言葉で、以外に。
なんか言われたことより多分重く受け止めちゃう人が、多いんじゃないかなっていう。
あー、なるほどね。
うわ、だからその辺があるからな。だからその優しさがさ、いろんな種類、バリエーションが出てきちゃうわけでしょ。
うーん、あー、そうですね。
私今、書いてる作品があって、それちょっとその優しさに関係するので。
えー、そうなんですか。
そうそう。
それ結構早めに言ってくださいよ。
え、なんでなんで。
なんか、すごい急に出てきましたね、なんか。
でもやっぱり、行き着く先ってこうなるんだって書きながら思ったけど。
要するに、みんなに心地いいものを作っていこうとすると、みんなにとって優しいものを作っていこうとすると、結局、そうじゃないものを排除していくって話になるよねっていう。
そうですね。
そう。だから、出来上がった、仕上がったものはめっちゃ優しいものなんだけど、気づいたら、その周りに排除したものが、残骸のように、屍がすごい汁と溜まってるみたいな光景だな、これって。
でも、この真ん中だけ、優しい。なので、覆われている。
ここは優しいんだけど、そのためにどれだけのものを切り捨てた?みたいな。優しくないもの全部は。
それって、っていう話じゃん。
優しいって、だから、すごい極めていくと、めっちゃ怖いなっていう。
なんか、話はちょいずれするんですけど、最近、とある映画を見て、その中で描かれたシーンで思ったのが、
なんか、現代を生きる人類にとって、一番公平で、一番穏やかなものって、全員一斉に死ぬことなんだみたいなのを思ったことがあって。
それはポインティーが思ったの?
その映画で描かれてるのを見て、その映画の死の描き方が、一斉に全人類が死んだんで、めっちゃ穏やかなんですよ。
ハッピーエンドとして描かれてるの、なんだった?
最初、ハッピーだと思えなかったのに、なんか、その明るい音楽と穏やかな、いろんな死のシーン。
なんか、ボートの上で死んでる人もいるし、手術中に死んでる人もいるし、なんか、祈りながら死んでる人もいるし、
いろんな、生まれたばっかりの子どもとも、おじいちゃんも、結婚式してる人も、全員死んでる映像だったんですけど。
なんかその、これは確かに、唯一、めっちゃ公平かつ穏やかだなって思ったんですよ。
なんかその、初めて、これ、人が思う平和にかなり近いぞ、みたいな。
理想に近い。
全員死んでるのに。
で、なんか、すごくね、公平だったりとか、平等だったりとか、穏やかだったりとか、
そのピースをみんな、やっぱり志してるじゃないですか。
でも、これめっちゃ、そのピースの概念に合致するぞって。
行き着く先、ここだぞって、これ言ってんだぞって。
合致するわと思って。
確かに、全員、死を免れる人は未だいないじゃないですか。
確かそこだけは共通してるというか。
全部今バラバラになってるけど、死なない世代とかは出てきてるから。
それはもう完全にみたいな映像で、それは初めて思いました。
だからやっぱりその、それ言ったら、その人はそういうことを表現したかったのかもね。
その平和とか幸福とか、それこそ優しさとかさ。
つまりこういうことなんですけど、っていうことよね。
ガチでそれやるとこう、みたいな感じにちょっと受け取って、
で、わあ、それ考えてなかったなって思ったけど、
確かにその、なんか一斉に一気に死んだらかなりピースになっちゃうみたいな。
今だから優しいが、もうなんかちょっと分類されすぎてるかもね。
だってとはいえ、じゃあ子供にどういう子供になってほしいですかって言われたら優しい子って言っちゃうもん。
じゃあ優しい子でいいじゃんって普通に自分より他者を思いやれて、
おにぎりとかあってもさ、人にあげるとかさ。
そういう子のほうがいいじゃん、そりゃ。
なんだったの今の映像みたいな。
でもさ、一番シンプルな素朴な優しいだけでいいんだけど。
あれですよね、なんか柳瀬隆。
ああ、あれでも怖いよね。
あれでも、あれ怖いけど。
頭食わすって怖いすごく。
柳瀬隆はあれはヒーローを考えたときに、やっぱあれにたどり着くっていう。
あれって何かが言いたいんだよねって思っちゃう。
おにぎりですよ。
じゃあおにぎりじゃないじゃん、自分の顔じゃん。
それは自分より。
おにぎりじゃないよ、あれは。自分の顔だよ。
自分よりあなたですよっていうのの一番がアンパンマンじゃない。
いや、あれ絶対違うと思うんだよ、私。
あれ優しさじゃない。
それはすごい怖い、怖い。
過去に一人もいなかったやつ、キャラクターの中で自分の顔食わせるやつって。
優しさと自己犠牲は違うと思うんですよね。
なんか自己犠牲してる人は違うよねって思っちゃう。
それ自己犠牲じゃないですかって優しさに見せかけて。
でも自分を犠牲にして。
自分を減らしちゃダメだよ、絶対に。
だから無限にあるんじゃないですか。
顔を焼いてくれるから?
そう。
無限って言えんのかな、それ。
でもあれほぼ無限ありましたね。
だって。
そう、あれ無限って言う?
おじさんいないとだってもうなくなっちゃうしさ。
結構一個一個ちゃんとかまどを買って、ファン工場を買って付けないとダメだしさ。
新しい顔用って言ってますもん。
そう。あれ無限じゃないって。
違う違う違う。
あれを無限と捉えると湧いて出るから、いくらでも人にあげていいよっていう解釈になるのか。
結構抽象的な存在なんじゃないですか。
愛と勇気だけが友達って言ってるし。
柳瀬先生の絵本怖いんだよ、アンパンマンって。
読んだことないですよ。
すんごい怖いの。
原作?
原作、アンパンマンまだ3、4頭身ぐらいあって、なんか怖いの人間みたいで。
ちょっと大きいんですね。
2頭身とかじゃなくて、2.5頭身とかじゃなくて、ちょっと大きくて。
本当に砂漠を、砂漠でも水も食料もなくて死にそうな男のところにヒューって飛んできて、
砂漠の人のところにまって着地して、
これをどうぞって言ってアンパン渡すわけ、自分の声ちぎって。
で、ありがとうって言って、食べて。
じゃあって言って飛んでくのね、アンパンマン帰ってくのね。
砂漠に置き去りにしてアンパン、アンパンだけ、地獄じゃない?
砂漠で死に、ガシしかけてる時にアンパンもらうって。
連れてってくんないんですか?
連れてってくんないの。
飛んで帰っちゃうの、じゃあって言って帰ってって、半分の顔になって、
その帰り道に森の中でなんか泣いてる声が聞こえたから、その半分の顔でヘロヘロになって降りてくの。
で、子供がいて、蝶を探しに来た子供がいて、
そしたらその子は乗せてってあげるの。
マントの背中に飛んでくるヒューって。
で、「僕を食べなさい。」って言うの。
で、その子はだから、飛んでるアンパンマンの背中に乗りながら、アンパンマンの顔を食べるわけよ。
で、アンパンマン顔なくなるの。
胴体だけで飛んでくんだよ。
怖くない?なんか悪夢じゃない?
確かに悪夢っぽい。
悪夢っぽいよね。なんか私、私がその子供だったらトラウマになると思うんだよ。
自分を食わせていくっていう行為をさせるっていう。
ちぎってもくれないんだよ。ちぎってもくれないで直接食べろって言うわけ。
最後まで食べたら飛ばなくなりそうで怖いっすね。
で、子供を降ろした後に飛べなくなっちゃうの。
あーそうなんだ。
ギリギリなんかアンパンマン小御所に着くんだけどっていう。
もう胴体だけでね。みたいな感じで。
なんか多分アンパンマンはすごい優しいことしてるつもりなの。
その砂漠の旅人もそうだし子供もそうだけど。
私結構両方にとってのその親的外傷みたいなすごいよなと思って。
後遺症みたいな。もう二度とアンパン食べらんないじゃん二人とも。
確かに確かに。そうっすね。
だからなんかめちゃくちゃその優しさという名のもとにめちゃくちゃ残酷な残虐な行為をしているっていう
絵本を柳瀬先生って書きたかったんだって。
なんでそんな。
え、だって怖いんだって本当に。
さあこれが優しさだよっていう。
確かに優しさとは言ってないか。アンパンマンのテーマは。
と思ってこれが優しさって思ってたら怖いって思っちゃう私。
まあでもなんかそういうそのちょっとだから人じゃないんでしょうねちゃんとね。
アンパンマンっていう存在なんでしょうね。
なんかそこにはやっぱりなんか自己犠牲とかっていうテーマは私は勝手に読み取ってしまうんだけど。
やりすぎだと怖いよみたいな話でもあるんですかね。
うん。
その。
それこそほら言うじゃん。あなたのためよっていう言葉は結構その毒としてね吐かれるっていうんで。
まあなんか似てるのかな。
僕の顔食べなよっていうね。
うん食べなよ。
まあでも確かにてか。
まあ明らかにあらすじだけ聞いたアンパンマンの情報全く知らないであらすじだけ聞いたらホラーっすもんねめっちゃ。
うんホラーです。
怖みたいな。
でもなんか優しさっていうの基本そうだっていう。
あんまり優しいっていうことに対していいイメージを持ってないのかな。
子供にはね優しい子がいいなとか思うけど。
その優しい私が子供に優しい子の優しいと今巷にあふれる優しいは言葉は同じなんだけどなんか多分質感が違うんだと思う。
でそのアンパンマンも。
あれもあれで違う気がする。
あれはなんかすごく自己犠牲は絶対優しいじゃないとちょっと思ってるから。
自分すり減らしてまで誰かに優しくするべきなのかっていう問題はあるじゃない。
まあ確かにすり減らしの拠地ですよね顔を上げる。
無限に湧くなら大丈夫。
なんで顔を上げるんですかね。
なんか脇とかお腹からでもいいじゃないですか。
なんで顔からいくんだろう。
だからなんだろうねあれに言いたいことがあるのか本当に優しいのか本当に違うこと実は見せたかったのかは謎だけど深いですよだから。
ただ単にそのなんか笠地蔵とかさみたいにおじいさんが笠かけたら次の日地蔵さんがなんか返してくれました。
その優しさイコール善みたいなものじゃない。
シンプルな話じゃない。
でもやっぱりが面白いよねでも結局は。
優しさって善かみたいなとこまでの問いが発生するとなんかやっぱ面白いなって思っちゃうけど。
これもだからそうじゃない優しさって善なのかっていう。
まあそうですね。
振るえるんでしょ。なんで振るえるんだっけ。
でもまあそういうことか優しさの種類がありすぎて。
あとそのどの優しさで行けばいいのかみたいな感じじゃないですか。
今回どれの優しさで行こうみたいな。
すべての人が思ってるのは私にとっての優しい頂戴ってことだもんね。
そうですよね。
それがわかんねえよっていう。
もうそれがあと読みづらいっていうことじゃないですか。
外したら優しいじゃなくなるから。
でか確かに優しいことをしたいって思ってる人にとって一番避けたいのは優しくないこと。
だけど外すと速攻間違いになるから。
だからその難しい。
相手にとって嬉しいこととかしたいだと、
グラデーションがあるけど、相手にとって優しいと思ってたことが実は違うみたいなのって、
多分成語の合ってる間違ってるがめっちゃでかいんじゃないですかね。優しいことしたい人にとって。
そうかもしれないけどさ、なんかあれなの?
優しく思われたいみたいなことって、
我々って言ったらあれだけど、感覚としては優しい人と思われるより、面白い人と思われた方がいいじゃん。
そこはあんまりもうもはやどうでもいいの?
どうでもいいんじゃないですか。
いやでも、それはまあ性格。
それはもうあんまりどうでもいいのか。
性格が、やっぱみんな別に面白い人の方がいい、優しい人よりっていう人じゃないじゃないですか、全然。
え、どういうこと?うんうんうんうんそうだね。
みんな、なんか自分はどうありたいって聞いたときに、面白い人ってなる人の方が少ない気がします。
そうか。
体感2割ぐらい。
ポイントは何ですか?どういう人でありたいですか?
いや、面白い人ではありたいですけど、やっぱ、でもその、面白い意外と、でも面白いより楽しい人の方が。
違うんだ、それ。
うん。
面白い人だね、楽しい人だね。あ、確かに。え、何が違うの?
いやでも適性もあるかもしれないですね。
楽しいと面白い、なんで楽しいのがいいの?幸せそう。
なんかやっぱ広い方に行っちゃうというか、面白い人って、面白い人だと思ってもらえるか、面白くないと思われるかっていう。
あー、受け取り手のね。
そうそうそうそう。そこでやっぱもう分かれるけど、自分はこういう面白い人で行くっていうのが結構大事じゃないですか。
うん。面白いと思われようが思われまいがっていうね。
そうそうそうそう。受ける人は受けたらいいし、受けなかったら大丈夫ですみたいな。
楽しそうはもうその、やっぱ自己完結してるからか。他者の評価に依存しなくて済むからってことか。
だから楽しい、一緒にいて楽しいとか、場が楽しいとか、見てて楽しいとか、なんかそういう方にやっぱ行きがちだし、それが向いてるなって感じです。
楽しそうおじさんになるのかなポイントは。日本を代表する楽しそうおじさんで。
あとやっぱ面白い人は、めっちゃ好きなんですけど、いっぱいいるしなみたいな。
あー、なるほどね。
いっぱいもいないけど。
いや、いるよいるよ。いろんな面白い人いますね。
でもなんか、それはもうその人たちが向いてるから任せたみたいな。
ジャンル作っちゃうんじゃない?
楽しいっていう、ブルーウォーシャンに。楽しい意外といないなみたいな。
なんか意外と、まあ目向いてるって感じですね。
なるほどね。いいところだね。
やっぱあと、面白いかどうかって結構真剣勝負じゃないですか。かなりそのジャンルが。
で、そのジャンルを楽しむものとしては、その真剣勝負は大好きなんですけど、
じゃあ実際自分がその真剣勝負で、面白いかどうかって自分はどうなんやみたいなのは、あんま向いてないですね。
なるほど。ちょっと離れたとこで、ゆるくそれを楽しんでるぐらいのポジションがいいってことか。
そうです。
そうですって言っちゃった。
そうです。
そうか、いいな。
なんかそれが、そこの面白い人になりたい、ありたいっていうのと、優しい人でありたい、なりたいとかはもうかなり違えてると思いますね。その価値観を。
あといい人とかもありますね。いい人でありたいとか。
いい人でありたいな、そうだね。
でもなんか難しいのが、優しい人とか。で、面白い人は自分の面白いとか、自分の面白いと他人に面白いと思われないなとかの説中でよく悩むけど、
いい人とか優しい人でありたいってなると、結構現代がムズってなるのは、めっちゃ理解できるなって感じですよね。
人にとっての良いとか優しいが、あまりにも多様化しすぎてて。
そうすると、こっちにどっちにとってもいい人とか優しい人でいれないみたいな、ジレンマが結構でかそう。
どっかでリスクを取るっていう。
私はリスク、ちなみにリスク取れる人でありたいっていうのはあるよ。
なるほど。
腹決めれる人でありたいっていう、いざという時にね。
っぽいですね。
そうだね。
確かに、もたやさんは。
そう、単純なの。いざという時に腹決められるやつかどうかみたいなとこで人を見ちゃうかもなっていう。
いや、それはもう過去、もたやさんの過去ですごい感じたこともあります。
わかんない、でも私も腹決められるかわかんないもん、いざとなった時にね。
いざとなった時に腹決めてました。
だから、いざとなる時に決めれるようにいつもシミュレーションしておくんだよ。
おー、なるほど。
決めれるかわかんないから、決めれるような人間であろうっていうイメージをしておくっていう。
逆にだから、打ち合わせとかでちょっと議論して、ちょっと空気楽しくしようとかあります。
ポインティーがね、ありそう。
ちょっと楽しくしちゃおうみたいな。
その場をね、楽しくふわっとして。
でもそれはその方がいいという算段でやってるんでしょ?
そうした方がいいよねっていう。
もちろん、もちろん。
でも身がある方がいいって思った時はそうしないわけでしょ?
そうふわっとすることで、ここはちゃんと話し合った方がいいなを使い分けてはいるってことですね。
でもやっぱ楽しい人で。
ずっとガチだとしんどいからっていう。
楽しい人でありたいなっていうのがこう。
ポインティーいたら楽しいなって。
強くなっちゃうというか。
いいね。
そうっすね。
ポインティー呼んどきゃいいんだ。
ちょっと楽しくしたいなとか言って。
ポインティー呼んどいたら。
あの人いたら楽しくなるよみたいな。
これ難しいのが、楽しむ側にやっぱ回っちゃうと、結構かなり無責任になっちゃうんで。
そこの塩梅ですね。
楽しませる時は、やっぱ責任を取る、取んないといけないけど、
例えばじゃあ、友達2人が喧嘩してますって時に、楽しませるというか、和ませて楽しませるってなったら、
はいっていかないといけないけど、
もし自分が楽しむ側にちょっと針が触れたら、
やってんねーみたいな感じになっちゃうから、楽しんでるやつただのみたいな。
ここがでも、これは本当に良くない時もあるというか、そこは気をつけてますね。
ずっと楽しいだけでもダメだよっていう。
そうそう、とかなんか、無責任な楽しみみたいなのは、さすがに大人だし。
でも、そういうポインティーがあるとき、ふとしたときに、楽しさゼロの顔してたら、ドキッとするね。
なんか、全部、なんていうの? いいね。
なんていうの? いいね、だけど。
なんか、楽しくない瞬間があるポインティーみたいな。
それはでも、あんのかな?わかんないですね。楽しくない、苦手なのもあるか。苦手みたいな。
でもやっぱり、あるに越したことないよね。楽しいときじゃないだけの。
私だって、ガチも欲しいけど、ゆるさも欲しいから、私は。
私もナンパなものと、コウハなものが、セットが一番強いと思ってて。
だからやっぱり、ガチだけでもしんどいし、私は両方欲しいの。
だから、常にいろんなものの、両面が欲しいっていう感じが、一人の人間の中にあるが、一番魅力的っていう考えがあるから。
だから、楽しい中に、たぶん、いっぱいとか、すんごい楽しくないポインティーとかいたら、いいよね。
すんごい楽しくない。
すんごい楽しくないポインティーが、一人の人間の中にあったほうが。
たまにはあるか、わかんないな。でもなんか、全然確かに、用意してないかも、全然。楽しくない。
だから、なんか、ガチャって、ポインティーの家にガチャって、私が彼女で帰ってきて、そのときに、もう全然楽しくなさそうなポインティーが、
黙って、一言もなんも喋らないで、ご飯食べて。
なんも喋らないの、ポインティーが。
ご飯食べて。
一緒に向かってる。
ごちそうさま、とか言って。
家だとそう、とかすごいいいよね。
それ、怖いっす。
えー、ほんと?いいじゃん。
怖いっす。
ほんと?
でも、僕、常々思ってたのは、
私、彼女だったらいいけどな。
芸人さんが、やっぱ楽屋で静かとかって、すごい色気がある。
でもそれに近いですよね。
明暗というか、オンオフというか。
そうそう。
楽しくないポインティー見せられたら、グッとくると思うけど。
色気か、確かに色気かもね。
それがだって、すごいこう、なんだろうな。
それって、タコ君でもなんで、
まあまあ、そういうもんか。
まあまあってか、楽さとかギャップなのか。
作ってる作ってないとかって話じゃなくて、
なんか多面体、多面的な方がやっぱり複雑だし、面白いし。
まあ、そうっすね。
うわー、でもマジで。
それがなんか、多面体が好きなのは、
結構自分の面が少ないからってのがありそう。
面が少ないんだ。
うーん、やっぱ度と愛がちょっと少ないっすね。
度と愛か。
だから、作品とかはやっぱそういう、
めっちゃ緊張感あるものとか、めっちゃ重たいものとか。
そういう方が好き。
自分にないものを元にね。
ない。めっちゃ怒ってる人とか。
じゃあ優しさはどうなんですか?
その優しさをこれから身につけていこうと思うんですか?
何で優しくないかしないけどね。
優しさか。
いやー、まあでもそういう手前で問題がもう破裂する前に、
手前で突っつかないとなっていうのは、まあ常々思いますよ。
苦手というか、まあやらないといけないなっていう感じ。
私なんかいろいろ優しさについて言ったけど、
最終的にはすっごい優しい人間になりたい。
すっごい優しい人間に生まれ変わりたい、私は。
生まれ変わりたいまで言っちゃった。
もうなれないんだ。
もうなれないけど、
常にここに優しい人間でありたいなっていう感覚は残しておきたいね。
生まれ変わりたいくらいが、すごい。
なんか本質であってほしい。
誰もがそう思っててほしいって感じかも。
優しい人間になれないけど、
でも優しい人間でいたかったなっていうところが、なんかいいなって思っちゃう。
優しい人間でいたかったなって。
それがこう、なんですかね、前世というか。
なんかね、まあありたいですよね、それはちょっとは。
だってその優しいって、なんかやっぱり優しくないじゃんっていうところで締めるより、
とはいえなんだかんだ優しい人間に生まれ変わりたいってところで、なんか締めたい。
そうですね。
わかります。
わかります。
親切、親切でありたいに近いかも。
なんだっけ、愛に親切は勝つか。
え、なんすかそれ。
親切は、愛に、ん?親切は愛に勝つかな。カート・ボネガットのなんか言葉で言ったっけ。
違うか、違うかも。の小説に出てきた聖書の言葉なのかな。
ちょっと今忘れちゃったけど。
あ、でもボネガットっぽいな。
なんかその、親切に愛は勝つ。ん?どっち?
親切は愛に。
親切は愛に勝つか。
はい。
そう、だから愛よりも親切の方、積み重ねた親切の方がその強いって言ってるの。
それもわかるなと思った。
うんうんうん。
愛ってすっごい大きい言葉だから。
確かに。
なんかぼんやりしちゃうけど、実態がないけど、親切って実態あるじゃん。
うん、確かに。
今このふたをこうやって開けてあげるとかっていう、目に見える善の行為じゃない?
そっちの方が強くない?って言ってるんだけど、それもめちゃくちゃわかるなって。
愛は、うんそうだね。
あとやっぱ、愛はこう愛する対象をこう選ぶけど、親切はあんま選ばないというか。
うん。
なんかそれが多分いいっすよね。
うん。
なんか、それが勝ってそう。
うん。だから親切をじゃあ、なんか変なまとめ。
変なまとめ。
はい。
親切最強説だ。
親切で。
親切最強説だ。はい。ですね。
はい。
はい。
じゃあエンディングお願いします。
はい。
えーと、この番組ではあなたが感じ取った震える事象を募集しています。
なんかいろいろね、何でも、何でも震えてもらったら何でもいいので概要欄のリンクから送ってください。
毎週聞いてほしいので、この番組のフォローとコメントもお待ちしています。
はい。
はい。じゃあ今日もありがとうございました。
またねー。