"ちっぽけなうた" 2003.11.30
心の機微にいちいち反応して疲弊して行く。
休んで、
何も考えないようにして、
距離を取って、
少しずつ自分を取り戻す。
その繰り返しにまた疲弊する。
いっそ心なんてなければ楽になれるのかと思う。
しかし残念ながらそれは今に始まったことではなく、
20年以上前から同じようなことに遭遇し、
悩み、
やり過ごしている。
その事実と経緯と創作との割合は忘れても、
当時好き勝手書いた詩を通して己の思考の切れ端は残される。
そしてそれを"ちっぽけ"と自虐して届けるのである。
届け先は誰かではなく自分だったのだから何という皮肉だろう。
同じことで悩んでいても20年はやり過ごせる。
なら大丈夫と同じスタンスで続けるとしたら、
さらに20年後の60代になった僕は同じようにやれやれと思うのだろうか。
心を抱きしめて向き合うことを面倒がらずに続けるとしたら、
何か違う未来が見えてくるのだろうか。
定まらない。
定まったひとに触れると羨んでしまう。
いつも見下されている気がして苛立つ。
そんな自分を惨めに思う。
振り向いてくれないひとを追いかけても不毛なのに追いかけてしまう。
愛されたい。
愛してくれるひとに気づかずに。
大事にされたい。
甘やかされたい。
不都合な対象は切り捨てたい。
言葉にすればするほど失われる信頼に恐れ、
真っ当なふりをする。
僕の主体性はどこにあるのか。
願いがあったとして、
実現するために他者と競り合う自信も批判される覚悟もない。
得体の知れない社会と己の規律に振り回されて浮遊している。
いやになる。
そりゃ定まらないよな。
不都合な対象は紛れもなく僕自身なのだから。
それでも僕の人生は続く。
ささやかな祈りと抵抗を詩と朗読と概要欄に託して、
僕は日常に折り合いをつけている。
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