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宗教と色のついたお金
2025-04-03 55:23

宗教と色のついたお金

セーフティネット、いや、いつでもそこで快適に過ごせるセーフティクッションが必要なのかもしれない


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00:00
はい、そろそろ東京ネイティブ水上です。
みらです。
これそんな長くならない気がするんだけど、私もまだなんか話すこと決まってないから。
最近この私、プラットフォーム3っていう東中野の本屋さんによく行くんですけど、
そこに宗教二世を終わらせたいっていう陣があって、
著者がもとさんっていう人が書いてて、25年1月24日に入れた本なんですけど、
ついこの間。
まだ実は読み終わってなくて、何ページまで読んだかな。
34ページくらいまで読んだんだけど、
なんかまあこのもとさんがどういう風に育ってきたかとか、
宗教二世として、
親との子とか宗教との距離をどう取っていくかみたいな話が基本的に書いてあるんですけど、
前回のみらさんの話で、
8歳の時に生まれ変わったっていうことがあって、
唐突に言ってしまった。
まだね、もとさんの生まれ変わり瞬間まで私は読んでないんだけど、
あれもあったな、
洗脳が解けたきっかけっていう章があって、
親御さんからの信仰が自分の中でなくなった、
真実じゃなくなった瞬間。
そうそう。
それが彼は、書いてあるから言っていいと思うんだけど、
男性が好きだっていうことを母親にパミングアウトした時に、
それは言っちゃダメなことだよっていうお母さんに言われて、
なんだそれって思ったっていう。
なんかその宗教で、
すごくいろんな人を愛さなきゃいけないみたいなことをすごく教えていったのに、
それは言っちゃいけないことだよっていう風にいきなり言われて、
なんか宗教の全てが信じられなくなったみたいなことを、
今だいぶいわやくしすぎたからちょっと違うこと言ってる気がするけど、
そういう風に書かれていて、
そこから宗教に対する距離感みたいなのを取れるようになってきたっていう話が書いてあって、
それでNHKの最近、クローズアップ現代かなんかで、
オウム心理教の施設の中で育てられた子どもたちが、
一旦山梨の児童相談所に預けられて、
そこから大人になっていった人たちがもうだいぶ成人して結構経つんだけど、
平成7年くらいかな、だから。
30年くらいね。
その人たちの後を追った特集だったのね。
03:06
今どうやって生活してるのかとか、その当時のことどう思ってるのかみたいな。
その中でも10歳の時まで教団の中で育って、
10歳から外の学校とか行き始めたっていう人の話が載ってて、
その人もさっき皆さんが言ってたみたいに、
私の人生は10歳からスタートしたんだと思ってると。
だから10歳までみんなが経験してきたことをできなかったから、
10年遅れで全部やってるのであって、
それは大変なことなんだけど、
そういうものとしてやってるんですみたいなインタビューの受け答えをしていて、
私の人生はやっぱり10歳からスタートしたんですっていう言い方をしていて、
なんかすごく悲しいけど近いものを感じたというか、
この3つの話からね。
なるほど。宗教二世か。
っていうことを最近聞いて、だから、
でもなんか私それは悲しいとも一方で思いつつも、
いつからでもスタートできるっていう意味ではなくて、
とも思ったんですよ。この本もそうだし、
もとさんだってこれがだから、
20何歳とかの時にカミングアウトしたって話になったと思うんですけど、
20歳の私って書いてあるな。
20歳の時に言ったって話だと思うけど、
そこからでも全然できるし、
宗教施設で育てられた10歳の人も、
10年間ブランクだったけど、
そこからスタートして、
社会の中で生活できるようになるわけだし、
別にどこからでもスタートができる。
どこからでもどんな社会にも入っていける。
っていうのが人間の力なんじゃないかなっていう風に言ったんですよね。
そこって結構忘れちゃうというか、
いろんなものを持っている人とか、
上手に生きるための歴史みたいなものを、
背負っている人のことばっかり考えることが多いけど、
そんなものがなくたって、
ゼロから何歳でも築き上げることができるし、
06:03
そういう力は人間の中にあるんだっていうことを、
いつだって確認し続けることの方が重要なんじゃないかなって私は思っているっていう話ですね。
すごいちゃんとしたこと言うなって思ったんだけど、
ちゃんとしたこと?
でもそれはさ、
今さ、ごめんなさいちょっと違うかもしれないけど、
宗教二世っていうものをさ、
安倍元首相の事件とかもあって、
宗教二世っていう存在を撲滅しようじゃないけど、
防止しようみたいな動きがあるでしょ。
なるほど。
で、僕はそれについて、
ちょっといろいろと思うとこもあるんだけど、
宗教二世だったとしても、
ユウくんの話はさっき捉えの違う方向にちょっと、
なんだろうな、
腐らすとというか言ってしまうと、
宗教二世だったとしても何歳からでも、
自分の人生っていうのは、
二世とか関係なくだけど、
自分の人生って開始できるよみたいなさ、
っていうのは、
すごい暴力的でもあるのかなっていう気もする。
でもそれはそれで真実だとも思うんでね。
だから多分多くの宗教二世だった人たちが、
そういう存在をなくしてほしい、
親の信仰を強制されたくないみたいな、
声を上げてる人って取り返しがつかないからっていう風に
考えてる人も多いんじゃないかなって。
人生はそのどっかのピリオドで変わるんだけど、
それはでも取り戻せるわけじゃないみたいな。
取り戻せるわけではないと思う。
開始できるだけってことだよね。
ただそれとはちょっと違って、
そういう考えの人たちは本当にそうだなとは思うんだけど、
他方で、
親の信仰を強制されないっていうのは、
それはどういうことなのかなって思うんだよね。
そんなことあり得るのかってこと。
我々って、
09:00
社会の中で平均から大きく逸脱している信仰を有しているから、
親の信仰を強制されたくない。
よくりい世俗的でない人たちがそうなるでしょ。
そういう人たちの子供を世俗の世界に引き入れる。
言ってしまえばそういうことをやろうとしてるわけだよね。
宗教人生を防止するというか、
いなくの自由を確保するというか。
それって少数宗教への弾圧と何が違うんだろう。
本当そうだと思う。
NHKの人も最初のシーンをよく彼女が覚えているのは、
自分たちの均衡な取れた世界に警察が乗り込んできたという言い方をする。
それまでは警察とか外の世界というのは壊さなければいけないものなんだけど、
それによって自分たちが壊されるというひっくり返るような経験をして、
そこで全てがめちゃくちゃになってしまったという話なんだよね、10歳の時に。
何だろう、この問題を考えてもずっと何も書いてない。
難しいなって思ってるんだけど、
僕は伝統宗教に身を置いていたし、
新宗教というのは必ずしも何か名前を書いたからじゃなくて、
自分の中にきっとあるんだろうと思うから、今も身を置いているとするならば、
もっと出見信者的な身の置き方を以前していたから、
それから今問題になっている宗教二世の人たちが所属していた教団というのは、
言ってしまえば商売がたきなんだよね。
全部潰れた方がいいんだよ。
伝統宗教からするとね。
でも伝統宗教側から懸念の声が出ているのは、
宗教って大きな幕を見た時に、
親からの教訓をなくそうみたいなのは、
伝統宗教にも適用される話なんだよね。
宗教教育をやめよう。
私的な場での。
それはつまり家庭教育をやめようということなんだよね。
道徳とか倫理という言い方してもいいかな。
宗教と信仰と教育とか道徳とか倫理って、
綺麗に分類できるもんじゃないと思うんだよね。
分類しているのは言葉の定義として、
12:01
学問的にたまたまそこに線を引いているだけというか、
しているとするならば、
全部それはつながっていると思っている。
その言葉が存在する前から。
だから、宗教二世という存在をなくしたいとか、
親から信仰を強制されない社会にしたいっていうのは、
私的な、
なんだろうな。
ほぼ全部の文化の否定に近くなってくる。
人間の世代から世代への営みというものを否定する。
人間というのは子であって、
今この現実に生きている人たちだけに価値があって、
それ以前にこの状況を作り上げたり育んだりした人たちの繋がりとか、
というものに価値を全く見出さない。
共産主義かな。
極端に言えばね。
もちろんこの宗教二世の人の問題は重要だし、
でもこうやって考えてくると、
宗教二世で苦しんだという人たちが、
存在したりとか生まれてくることは、
必要悪として受け入れなきゃいけないのかということになってくると、
そこで気にしているのも、
なんだろうって思うんですよね。
僕自身が宗教にずっと関心があって、
高校時代、
同級生にエホバの上人の人が何人かいて、
僕の高校って大学行かない人も多かったから、
エホバの上人の方って基本的に大学行かないんだよね。
その後仕事して奉仕活動っていうのをするから。
でね、僕集会とかにも参加してたんだよね。
エホバの上人の。
で、王国会館にも地元のやつに2回か3回くらい行って、
年1回くらいの洗礼、バウテスムだっけ?
あれを金沢の本田の森ホールでやるのよ。
そこにも行ったのね。
友達の家に行って、
そういう話をそこのエホバの上人のお母さんとしたりしてたんだけど、
彼らの家庭が、さっきゆうくんが言ったように、
15:03
警察が乗り込んできたみたいな。
同じように、
秩序、社会的に本当に悪なのかっていうのはなかなか難しい。
確かに、やっぱ、
いろんな読み物を見るときに、
やっぱ、休日とかに知り合いのいいかもしれない家に行って、
宗教の勧誘をするみたいなこととかって、
すごい辛いだろうなって思うし、
これはやっぱり僕が伝統的な暮らしをしてきた人、
たまたまだったから言えることなんだろうなと思うんだけど、
なんか、もうこの問題どうしていいか分かんないって感じ。
僕が何かする人はないんだけど、
ないって言うと違うけど、
何かする人はあると思ってるんでしょ?
思ってるかな。
思ってるでしょ。
僕が伝統的な宗教に属していたとすると、
彼らが受ける辛さの一端は、
それってさ、距離の問題なんだよね。
多分、真ん中からの距離が遠いと辛いんだと思うんだよね。
だから、その距離の真ん中を、
っていうものを僕が作ってたというか、
に僕はいたというか、
僕がやってた行為によって、
すごい遠くに、
僕が行っていた行為、
僕が支えていたものによって、
苦しんでいる宗教二世の人がいるとも言える。
多分、宗教二世の人ってこの後、
伝統宗教に経営したりはしないし、
多分、日本人がよく言う、
普通の日本人っていう感覚に、
多分、なれないと思うんだよね。
この先も。
だから、どこからからやり直したとして、
ずっと、神とは呼ばないけど、
何かが見ているというか、
これはしちゃダメだという感覚とか残ってたりするのをし、
昔から土御山に行って、
神社お参りしてお祭りに参加したねっていう思いでは、
そこで土買われる、
みんな日本人それは外形的なもので、
18:01
イベントだと思っているけど、
イベントを通して植え付けられる倫理観とか道徳とか宗教信っていうのは多分あると思うんだよね。
むしろイベントだって見直すこと自体がそうかもしれないし、
でもその感覚はもう手に入らないんだよね、彼らは。
僕が言った伝統宗教は、
みんなにもっと我々に関心を向けて欲しいから、
イベントじゃないんです。これはこういう意味がありますって言うじゃない。
イベント以上に、
イベントなんだけどもっと強く強化してるんだよね、それを。
社会、人々の中に伝統ってものをもっと強化しようとしてるの。
その行為によって、
そこから遠い距離にいる人たちが苦しんでる。
だから僕が悩まないわけにいかないなっていう感じ。
なんかでも、皆さんの場合面白いのは、
別に親が伝統宗教のすごく熱心な、
担い手みたいな。
ではなかったりするわけでしょ。
僕と同じ立場ではないけどね。
でもゆうくんのお家もそうだけど、支える側ではあったよね。
その日本の巨大伝統宗教2つあるとしてさ、
どっちにも神話的な家庭で育ったんじゃないかなと思う。
僕がその仕事というかその立場を選んだのは、
僕自身のいろんな、
家父長的な価値観とかいろんな反発心とかがあったんだと思う。
その後で友達と話すとね。
なんか私やっぱりそこが一番大きいと思っていて、
伝統的かそうでないかっていうふうに分けられること多いけど、宗教って。
信仰とか信仰宗教とか伝統宗教とか。
でも多分あんまりあれは本質的な分け方ではなくて、
どっちかっていうと多分、
その社会において支配的な宗教がいなかった話なんだと思っていて。
社会的か否かっていうのを、
世俗的かどうかっていうふうに言うこともできるだろうね。
宗教の世俗化みたいなことってある種の大衆化でもあるし、
それって世俗化、大衆化、支配化というか
ドミナントになるってことだと思うけど、
21:02
支配的になるっていうことは同時に起きることであって、
それっていうのは結局、
共通言語になるってことだと思うんですよ。
宗教的現象が。
共通的言語になった時に、
もう宗教は宗教と呼ばれなくなり、
その人たちの価値観とか道徳とか、
基本的な概念みたいなところに直結するんだけれども、
でも信仰宗教とかを見るとよくわかるのは、
そのすぐそばに違う価値形態の社会が存在していると、
やはりそこの間にはコンフリクトが起きる。
それはやっぱり言語が共通されていないから、
っていうことなのかなっていうふうに思っていて、
それはだから過去の2回話した男性と女性の問題とかと結構近い。
男性がドミナントな社会において、
男性が使っている言語が自然とされるから、
そこに何の疑いも持たれないし、
そこで生きていくっていうことに関しては何の不自由もないし、
どこからか侵害されるとしたら、
それは国の外の話になるんだけど、
でもやっぱりドミナントでない体系の中で生きている場合は、
ジェンダーの場合だったらトランスジェンダーの人とか、
女性の人とかってそうだと思うんですけど、
ちょっと外に出たら、
すぐ自分と違う言語を喋る人しかいない世界になっちゃうから、
数とかじゃなくて、そういう方が支配的だってことだね。
支配的な言語ではないからっていう、
支配的な考え方とか支配的な態度ではないから、
ちょっと外に出るだけで全て敵になってしまうっていうのは、
少数派の宗教においても起きることだし、
各種いろんなマイノリティと呼ばれる、
マイノリティだから数じゃないんだな。
そう、数じゃないね。
だからそういう風になってしまう、
社会的な状況だと思うんですけど、
に言えることなんだろうなって思うんです。
24:02
前回、男性が男性の権力を自覚するのって難しい。
僕自身もそう感じてるっていう、
僕の友人の事例もそうだしっていう話をしたけど、
それは男性が自分たちの言語というか、
自分たちの文化みたいなのが支配的だから、
気づけないんだね。
で、そうじゃない女性とか、
マイノリティにするだと、
その支配者の言語文化っていうのが、
自分たちと異なるコンフリクトしてるから、
それを、
見ることができるというか、
要因に自覚することができるということなんだね。
その中に少数宗教の人もいるっていう。
宗教は、
ジェンダーの問題とまたちょっと違うのは、
言語によって作られてるところですよね。
言葉によって、
人と人との間の分けるじゃないですか。
要はその言葉を、
持っているか持っていないかによって、
さっき皆さんが言ってたみたいに、
言葉をより理解してる人が中心に近くて、
より理解していないかのように振る舞う人が、
中心から遠いとされたりとか、
それは全て言葉によってコントロールされているのが、
宗教という現象なのかなというふうに思いますね。
ちょっと、
世俗的なというか、
現実的な問題に戻ると、
優君が今お話した背景があるからこそだけど、
宗教二世の問題とか解決するのは容易ではなくて、
僕が最初の方に言ったように、
これを本当に、
そういう、
宗教二世の発生を止めようということは、
突き詰めると共産主義というか、
全体主義みたいな感じになるしね。
国家による学位的な教育のみだけみたいなね。
全体主義につながる、
家庭での教育とか、
様々な教育みたいなものを許さないということに、
27:00
様々な道徳だったり倫理だったり、
許さないということ。
それっていうのはもう、
少なくとも僕の認識では、
この国においては、
それは、
絶対に許容されない状態として、
皆さんが認識されると思うんですけど、
我々は今まで歴史を通ってきて、
それを良しとしないことにしたわけじゃない。
そういうの、全体主義というものを。
それはちょっと分かんない。
そうじゃない人もいる気がするけど。
そうじゃない人もいるけど。
我々って誰やねんって思ったけど。
信仰によって差別されないということですよね。
今の憲法を信じている人はそうだね。
だと思っているんですけど、
つまり何かというと、
入り口を、
中共二世という存在の入り口を止めることはできない。
じゃないかなって思ってて。
出口をケアするしかない。
出口のケアっていうのが、
出口を、
出口っていうものを、
混乱にさせているっていうのは、
それはそれで、
家父長生とか親族というものもあるのかなと思うんだよね。
20歳になったりとか18歳になったら、
完全な子で生活することは許される。
そうであるべき。
これまでそうでなかった。
親の影響でそういう状態になかった時に、
そこに手助けは必要なのかなみたいな。
出口のケアを過ごしていく。
だから、セーフティネットを厚くしようみたいな。
雑なことを言っちゃった。
いやでもそうだと思う。
宗教人生に関わらず、
宗教人生の人ってさ、そこの環境から飛び出ようとしたら、
一切がっさり自分が今まで持っていた、
親が持っていた資本みたいな方、
僕らはさ、大学、
親がいるから大学っていうものに進学できた。
お金借りたりとかもあったと思うけど、
そういうものから一切逃れて、
ゼロの状態で資本を築かないといけない。
それっていうのはすごく苦しくて難しいこと。
それによって他の同じ世代の人たちと大きな差が開くとか、
それを宗教人生に関わらず、
虐待児とか、
もっと別に若い人じゃなくても、
それをやっていくには、
セーフティネットの水準を上げて、
30:03
上げるとともに広げるっていうことしか、
僕らはできないのかなって。
それを良しとする。
それを支持するというか、
ことしかやっぱり、
のがいいのかなって思った。
網でしょ。
ネットだからさ。
でも、網だけど、
転校開会にして、
転校を疎にしてもらさるだっけ?
転の断りっていうのは、
荒く見えても、
あまねくみんなに適応されて、
包み人を必ず見てまた出てくれますよみたいな感じじゃないけど、
学校を引っかかるネットを用意してあげる。
漏らした人がいたら、
その漏れた人に注目して、
次は漏らさないぞっていう社会。
そういう社会にするんだっていう意識がやっぱ、
持ち続けることが大事。
なのかなって。
どうした最後?
どうした最後?
また薄っぺらいリベラルのこと言っちゃった気がする。
大事だと思います。
それはどうやってするかですね。
そうだね。
ちょっと前もあれとかは、
個人というものが仮定されて、
世帯とか家族に、
社会福祉を提供するのではなくて、
個人に対して提供しなきゃいけないっていうことで来たわけですけど、
提供されるものが、
行政的なものだけでいいのかとか、
あるいはお金を、
与えることでだけ。
出すみたいな話。
量的に全然今は足りてないから、
まずそれはすごくベーシックなものとしては必要なんだが、
そういう行政がやることだけで、
33:08
本当に全部まかないきてるのかなっていうのが、
きっと若い人たちは感じてるでしょうねっていうのは、
キャッチしてるところではありますね。
行政の役割を否定するとか、
縮小しようってことではなくて、
それが足りない。
システム自体が昔作ったシステムだから、
インフラ的なものを考えなきゃいけないと思いますね。
それがもうちょっと人間スケールで作り直されるべき時に来てるような気はしていて、
それはどうしたらいいかちょっと私も分かってないですが、
難しいですよね。
税金を集めて再分配するっていうのは、
すごくいいシステムで今のところワークしてると思うんですけど、
それによってすごく無職化されるから、
誰からの税金を受け取ってるのか分からないじゃないですか。
人間の生活ってそれとはすごく乖離したことをしていて、
人間というかヒューマンスケールの毎日会う人との交流っていうのは、
さっき私とミラさんの間でも、
先週多めに払ったから今週払ってねみたいな話とかがあったけど、
でもそれってこの人からこの分を私はもらったから、
この分こうやって返そうかなみたいなのとか、
お金のレベルでゴブゴブになってないけど、
何かの部分で返してもらってるって思えたりとか、
逆に返してもらってないことを許容したりとか、
36:03
人間同士だったらするわけじゃないですか、雑用とか。
でもそれが無職透明化されたときに、
すっぽりそれがなくなっちゃって、
誰から来たお金か分からないまま給付されたりとか、
誰のところに行くか分からないまま税金として取られていったりとか。
それは今まで逆にそれを良しとしてきたというか、
これは誰にも気兼ねする必要ないあなたのお金ですよっていう意味で、
無職透明なことを、より無職透明なものにしてきたのかなっていう気もする。
それが都市化みたいなことだと思うんですけど、
それで大丈夫なのかなっていうか、
それがどんどん進むと、
フリーライドしたらかっこいいみたいな気になるし、
率先してお金を出そうみたいな気持ちにもあまりならなくなっていくから、
結構生きていくの大変。
すごい、なるほど。結構今衝撃的かもしれない。
そうなの?
行政じゃない何かっていう話は前、
そういうのあるよなって思うんだけど、
みんなどうやって、
恩じゃないけど像よ。
かしこりとも違うんだろうけど、
自分が受けてるこれっていうのは、
どなたのおかげなのかしらっていう。
私のこれは誰のためになるのかしらっていう。
私はおかげを得てて、
それを誰かにまたやればいい。
直接じゃなくてもっていう。
全部それは、
その意識がないんだよね今。
勝手に吸い上げられて勝手に配られる。
だから、どれだけ吸われるものを絞って、
受け取るものを増やすかっていうのが、
かしこいみたいな。
僕それがね、許せない。
39:00
僕が何が許されないのかわかった。
僕ね、ふるさと納税やってないんだけど、
それが許せないっていうのはあるね。
あれなんかそれの最たるものだと思う。
最たるものだね。
本当に倫理のかけらもない。
このポッドキャラクター何回も言ってるかもしれないけど。
今年はね、本当にね、
パートナーがお米も高いしやれって言うからさ、
やろうかなと思ってたけど、やっぱり許せないんだよね。
そうだよね。
でも見方を考えたら、
これはこの地元を応援してくれる人たちのっていう、
色がついたお金を行政が受け取るっていう意味もあって、
簡単だと思うんだよね。
ただ今はそれを、
どれだけたくさん返礼金を受けて、
どれだけ節度できるか、
どれだけ得できるか、
それに民間事業者が返礼品を取りまとめるサイトを作って、
そこに手数料を載せて、
自治体に寄付される金額からピンハネして、
さらに利用者にはポイントを還元して、
またそれを助長させているわけでしょ。
犯罪的だよね。本当に。
得、マクロ、ミクロとの関係においては得するんだと思うよ。
ただそれを許される社会って、
一体何?っていう。
てか、国自体がさ、
本来の税の、目的税の意義とか失って、
右に左にお金を移動させちゃったりしてるでしょ。
人から取っているお金に対する誠実さも失っているのかな。
財務省を昨今批判している人たちに
賛同しているわけじゃないんだけど。
自売席の保険とかを、
結局、国々から返納しないみたいなことがあったりもするみたいだし、
例えば我々会社員が健康保険組合に入っているけど、
そこから後期高齢者への協力金だったかな。負担金として。
組合収入の3分の1程度を渡しているじゃない。
みんな知らないけど、健康保険組合は結構危機感を持って告知してるでしょ。
でも、今の後期高齢者の人たちは、
それがどれぐらいの金額で、
どれだけ現役の人たちが収めたお金の、
どれだけの大金をそこに回ってるかってことを自覚してないよね。
うちのじいさんとかも全然自覚してないもん。
だから、無駄に尻尾もたっていくのやめろって言ったんだけど。
そういうことなんだと思うんだよね。
みんなその人から集めたお金に対する政治さを失ってるし、
もらうお金に対して、
42:02
その、もらうお金を作った人というか、
出した人に対しての政治さも失ってるんだろうなって。
それはでも、それはこの社会がその、
与えられるお金とか取られるお金ってことを無職にしてきたから。
もう一回米で納める?
税ってね、力しろとかさ、
代わりなんだよね、全部。
税というのはね、力だから。
だから税っていうものが、
なんか全然変わってきてる、
すごい過渡期にいると思いますね、今ね。
それさ、
そうすると、
こないだアメリカでトランプさんが大統領になって、
いろいろ大変だけど、
トランプさんを支持する人の気持ちも分かるなとも思うのね。
結局こう、リベラルな人たちっていうのは、
正しいことを言っている。
でも正しいことを、
みんな自由に生きれたらいいとかさ、
みんなに権利があるんだっていう正しいことを言って、
けど、なんだろうな、こう、
本当にこれまでリベラルな人たちが救ってきたような低職徳の人というかさ、
これまで目を向けてた人たちからやっぱ見放されてるし、
そういう人たちがトランプさんを支持したのかなっていう気もするというか。
あと、自分を守ってくれる感覚みたいなの。
でも、みんなさ、日本の政治もそうかなって思うけど、
ゆうくんが話してくれたような話じゃなくて、
今あるお金をどう集めるか、もっと集めないようにするか、
今使っているお金をもっと使うようにするか、使わないようにするか、
今あるお金の使い方を変えるかみたいな話に終始してて、
全部お金の話だけ。
無色透明の集められた水に入ったバケツを量を減らしたり増やしたり、
もしくは小さく分配したりとかそればっかりで、
そのお金を社会から集めるっていうことが、
45:04
社会の人々にどんな影響があって、
どうみなさん、これを持続的なことにしていくには、
税をどう使うかというか、どう捉えてもらうかみたいな話というか、
あんまりないのかなって。
もっと税金安くしますっていう話に終始してる人だか、
集め方は言わないけど、使い方だけ言う。
使いだけ横断振る前に言う政党とか。
で、政権になってるからこそ、どっちも中途半端にしか言えないか。
でも本当に何か必要なのは、
それはでも我々が無色透明な社会になっちゃってるから、
無色透明な人たちからすると、そういう出るお金が、
出すお金が減るか、
自分に出てくるお金が増えるかしかものを考えられないから、
そういう政党にしか投票できないみんな。
そういう政党しかないのかなって。
だから、保守もリベラブルもみんな信用できないんだね。
そうよ。政治家さんのことはあんまり信用できないよ。
どうしたらいいのかな。
だから、僕らで宗教、
小さく無色透明なお金をやめよう、教を作るしかないのか。
そうだね。そうだと思います。
ひどい。何の話してるの。
政府転覆の話です。
危ないよ。特効が来るかもしれない。
君側の勘を打つ。
私の今、お金に色がついてるって話は確か、
人類学者の小川沙耶香さんが言ってて、
彼女はインフォーマル経済の研究をずっとしてる人なんですけど、
チョンキンマンションとか、タンザニアの商人、都市を生き抜くコーチの本を書いてる人で、
今、立命官で結構偉くなってますけど、
小川沙耶香さんとかが研究してる人達っていうのは、
もう色のついたお金しかないわけですよね。
銀行とかないから、誰それからお金を借りて、
そのお金を元でにビジネスして、
ビジネスうまくいったらその人にお金また返してとか、
あいつからの借りがあるから安く仕入れるとか、
あいつは最近いないから信用下がるとか、
そういうのが顔の見える範囲とか、
48:01
Facebookのグループとかで行われてるっていうのが小川沙耶香さんの研究なんだけど、
そういうことっていうのは現場では置き続けているはずなんですね。
無色透明な税金というものが大きくうごめいているように感じる日本という国の中にいるんですけど、
色のついたお金使おう協をつくまるまでもなく、
そういうお金の使い方をしている人は実はたぶんいっぱいいて、
その人たちとか自分自身がちゃんとお金を使ったり使わなかったりするってことで、
変わってくるものもあるんだろうなっていう気はしてますね。
ちょっと僕が間違えてるかもしれないけど、
色のついたお金でやり取りする界隈というと、
他から見たらすごく劣等で、
一種不正とか腐敗とかにつながる状態になるというか、
民間同士だと別にたぶん関係ないんだろうけど、
それが公的になるとそういうふうに捉えられる。
輪色とかね。
輪色とか色がつくお金って、
つまりそういう過社会に近い。
今日本ってすごい汚職というか精錬度ランキングではすごく上位でしょ。
たぶん世界で最も汚職の少ない国だと思うんだけど。
政府をクリーンにしていったら、
そこにぶら下がる公企業とかそこで取り入れる民間企業、
さらにその倫理観をつつ売られるまで浸透させた結果がこれだったりするのかな。
そういう可能性はあるよね。
あとその色をついたお金の界隈の話を聞いて思ったのが、
インスタとかでいるクリエイティブ界隈の人たちが自分たちでずっと仕事回してるのを見て、
なんかやってるなと思うと、
ああ、またこの人とこの人がコラボして、
またこの人がこいつの宣伝、
この広告インフルエンサー使って、
またこのフリーランスのやつが食い込んできて、
今度こっちのやつがブランド立ち上げたらまたこいつが広告出しやがってみたいなさ。
確かに。
色のついたお金がずっと回ってるでしょ。
うわーと思って見てたけど、
えー、なんか今僕らがしてた話ってそっちの方が健全じゃないっていう話なのかなと思って、
51:03
すごい反発を覚えちゃった。
でも、
でもそれはさ、やっぱ監視されてないからダメなんじゃない?
監視されてないから?
ちゃんとそれは、なんか、やっぱ必殺、あの、シークレットにあるじゃん。
その、要は、ワイロも。
クリエイティブ界隈も?
クリエイティブ界隈も。
クリエイティブ界隈はさ、随意契約でも許さないじゃん。
民間だからさ。
ワイロもそうだね。
でも無人口とか頼もし口とかはさ、
あー。
もう広場でやるからさ。
あー。
みんな知ってるわけじゃん。
預金口。
だってあの人が今月のくじ引き引いて、
当たって、みんなのお金もらって、
じゃあ何に使うんだろうっていうのはみんな見てるから、
そこで行われることってやっぱり違うよね。
そうね。
お金の質が。
いやー、いいね。
いやー、ここ、前回の話もそうだけどさ、
あなためっちゃ人類学者だね。
何かよ。
すごい。
めっちゃ感心するわ、やっぱり。
あとね、あなたがね、とうとうとね、
そう、
なんか私の味方みたいなのをさ、
喋ってるときさ、
めっちゃ横浜の商人の長老っぽいんだよな。
慣れるから、じゃあ。
そう。
なろうかな。
なろうかな。
だいたいね、論法として、
みなさん、
こういう吐息、
信仰に対して、
日常の困難とかをまずエピソードを紹介するのね。
私自身もありました、みたいな。
では、こういうとき、
主は何とおっしゃっているでしょう。
何とか書、第何章をご覧ください。
って読み上げる。
ここで言う何々とは何々のことで、みたいな。
私自身もこの政府に救われ、
その後、信仰を取り戻すことができました。
みたいな話がこう、
何本もあるのね、集会では。
なんかそれを思い出しちゃった。
その中で一番上手い、やっぱり長老みたいな人は、
あなたみたいな感じで、
エピソードしかなくても論理だけで、
現実の皆さんの状況に、
個人に寄らないで喋ったりするんだよね。
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強いよ。
サイコパスなんだな。
俺も長老も。
みんな優しい。
山の上人の集会行くと。
あれで苦しむ人もたくさんあるけど、
あれで家から出れるようになった人もいるんだろうなって。
怖くなるよ、でも。
普通の、
世俗社会にいて、無職社会にいて、
ああいうとこに行くとやっぱり。
納得、
この人言ってること正しいかもなとか、
この人言ってることって、
理にかなってるなって思ったら、
注意しろ。
そうだね。
っていう話だね。
話したいなと思ったけど、
頑張ってもう一個やるか、
今話そうか。
この辺で切っておきましょうか。
では、
おやすみなさい。
55:23

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