1. そろそろ東京ネイティブ?
  2. 相手を喜ばせたい
相手を喜ばせたい
2026-08-24 56:59

相手を喜ばせたい

寝ながら股関節ストレッチ / キックボクシングと盆踊りワンツー / 自分のことばかりから脱したい / 温泉旅館と寝苦しい夜 / 精神分析の終了と気づき / 「おせっかい」という名の支配欲求 / おせっかいをやめたら「自己中」と言われた件 / 「おせっかい」と「安心させるコミュニケーション」の違い / 相手の基準・タスクを減らす配慮 / 愛とは何か? / アンドロギュノス説(一体化)vs 愛着(関係性の積み重ね) / 『星の王子さま』のバラとサンクコスト / 「今生はこの人」という決定 / 相手の反応を観察する「本気(マジ)」 / 恋人フルセットの押し付け / 丸くなってきた人間関係の好み / 再び中央線の本屋さんへ

感想

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サマリー

このエピソードでは、リスナーから寄せられた「自分のことばかりから脱したい」「相手を喜ばせる人になりたい」というテーマについて、二人のパーソナリティが深く掘り下げていく。話は、相手を喜ばせたいという思いが、実は相手を支配したいという「おせっかい」という名の欲求に繋がっていたという精神分析での気づきから始まる。おせっかいをやめた結果、「自己中心的」と言われた経験も語られる。 次に、「おせっかい」と「相手を安心させるコミュニケーション」の違いが議論される。相手の基準やタスクを減らす配慮が安心に繋がるという視点から、相手の内心を正確に理解することの難しさや、自分と似た基準を持つ相手との関係性の築き方について考察が進む。愛とは何かという問いに対し、アンドロギュノス説(一体化)と愛着(関係性の積み重ね)の対比が示され、『星の王子さま』のバラの例を挙げながら、関係性の中で愛着が育まれるという見解が示される。 最終的に、相手を喜ばせるためには「本気」になること、つまり相手の反応を観察し、関係性を真摯に育もうとする姿勢が不可欠であることが強調される。恋人フルセットの押し付けや、相手の基準を無視した「おせっかい」は、本気ではないと指摘される。人間関係の好みも「丸く」なってきているという話から、中央線の本屋での対話へと繋がっていく。

キックボクシングとテーマの導入
はい、えー、そろそろ東京ネイティブ?です。 ミラです。
今、ミラさんは寝ながら股関節を回しています。
最近、キックボクシング始めたんですけど。 みんなびっくりしてると思うよ、キックボクシング始めたって。
キックボクシングってさ、なんていうの、ほんと大会とか出ない、エクササイズみたいな感じね。
ほんと初心者の。それで股関節が硬いって言われて。
上げなきゃいけないから上まで足を。 そう、上がらないってことね。
とか、回す感じとか。 あるんだ、そういう動きが。
今、私の目の前でキックボクシングをやってくれてるんですけど。
すんの。
ボードにしか見えなかった。 ええ、どうして。
やっぱり時期的な問題はあるのかな。 ボードでいいか、なんか受け身をとっているっていう。
寝転がってるからね。 寝転がりながらさ。
あ、すごいすごい。やってるやってるパンチを。 なんていうんですか、そういうの。
ワンツー。 ワンツーね。
だからその足上げるやつがなんか、 ボードリーみたいなんだけどな。
動きが。 どうして。
分からない。
そうそう、で、テーマが。 また導入が下手。
今日導入下手。
とにかく早く入りたいから本当に。 そうだね。
えっとね、なんだっけな、テーマで送ってたのが。
あなたがね。 そうそうそう、私がね、何日か前に。
あ、自分のことばかりから脱したいっていうのと、 相手を喜ばせる人になりたいっていうのを送ってます。
「相手を喜ばせたい」というテーマの背景
これどういうことですか。
いやでもさ、先週話した内容とも結構近いんだけど、
先週その、みなさんのさ、部下がなかなか成長できないというか、
あのー。 課題がね。
そう、受け取る相手のことを考えて情報発信とか、 仕事ができていないっていう話なのかなって私は理解したんだけど、
なんかそれって結局今言ったみたいに、その相手を喜ばせるとか、
自分のことばっかり考えるみたいなことではない振る舞いだと思うんですよ。
やっぱり自分のことばっかり考えてると、
なんかそういうことができないというか、
相手を喜ばせようみたいなのにならないというか、
と思うんですね。
で、私はやっぱり相手を喜ばせる人間でありたいなーって思ったんで、多分このテーマを送ったんだと思うんですけど。
なんかきっかけがあったの?
これなんだっけなー、これ24日に送ってるけど何があったっけなー。
僕はだいぶいろいろ考えたよ。
誕生日直前にいろんなことを、いろんな時勢を、いろいろ送ってくるなと思って。
あ、これわかった。
これは新潟の焼子神社っていうところの門前町で、
泊まってた時の夜に送ってるわ。
なんかすごいね、やっぱ温泉旅館っていつも思うんだけどさ、
なんかエアコン調整が難しくてさ、
何の話?
集中管理されてるやつあるじゃん。
個別のエアコンがあるんじゃなくて、吹き出し口の風量調整するやつ。
なんかさ、あれさ、
難しい。
湿度が下がんないんだよね。
あー、そう。
なんか湿気が…
あるまま?
そう、冷たい空気が出てくるから気温は下がるんだけど、
なんかすごい湿気た感じ?
湿気た感じのとこ苦手なんですよ、とにかく。
で、なんかそこで寝苦しい感じの時にこれ考えてたんだわ。
えぇー?
相手を喜ばせたい?
相手を喜ばせるってどういうことかな?とか、
なんか自分ばっかりみたいなのじゃないのってどうやったらなれるんだろう?とかっていうのを考えてました。
精神分析と「おせっかい」という名の支配欲求
あー、どういうふうに思った?その時。
うーん、その時どういうふうに思ったかはちょっともう忘れかけてるから、
あれなんですけど、
なんだろうなぁ、
まあなんかその、
この間行くのが終わったというか辞めた、
あの、精神分析通ってたのが2年間ぐらいあったんだけど、
あ、もう終えたのあれ?
そうなんですよ、この間辞めたんですよ、もう。
あの、お金もないし。
で、でも、そこで見えてきたものとして、
結局その、私は相手を喜ばせたいと思って相手を支配していたっていうことに、
その2年間通じて気づいたっていうのがあったんです。
で、なんかそれはある種なんだろうな、
自分から去っていってほしくない。
うん。
けど、それをどうしたらいいかわからないから、
相手に取り入るというか、
相手が喜ぶだろうおせっかいみたいなことを、
どんどんしていくことによって、
相手をある種、相手の身動きをある種取りなくして、
自分の手元に置いておくみたいなことをやっていたんだなーっていうことに気づいたんですね、2年間ぐらいかけて。
で、そう思っていったはずなんだけど、
それで、だからなのかな、わかんないけど、
その、おせっかいするみたいなことをあえてちょっとやめてたみたいな時期があって、
で、その中で、
そういったあと、先々週に言ってたみたいな、
本気出してる感じがしないみたいなのも多分相まってるんだけど、
おせっかいもしないし、本気も出してない感じだと、
すごく自己中心的に動いてる感じに見えるんですよ。
それまでは、おせっ、本気は見せない、本気パフォーマンス、
本気を見せる行為はしてない、消去してないけど、
おせっかいはしてるっていう状態から、おせっかいを抜いたってこと?
そう、なんもしない人みたいになってるから。
ほんと自分のことしか考えてないみたいな。
それ、いつやってたの?最近まで。
それは、この1年半年ぐらい、
3月ぐらいまでの半年とか?
そんなぐらいでたぶんやってたと思うけど。
誰に対して?
いろいろだね。
いろいろな人に。
結構近しい立場にある人が多いと思う。
おせっかいやりたりとか、自分から離れないようにコントロールするっていうのは、
自分の近い人に対してやること多いから、
それをあえてやらないみたいなこととかをやってたと思うんだけど、
そうすると、今度は、
自分のことしか考えてないんだね、みたいなことを言われたりとか、
そんなことがあったんだよね。
それを思い出したんだとか、湿気で充満する部屋の中で。
湿気で充満する部屋の中で思い出したの?
そうね。
「おせっかい」と「安心させるコミュニケーション」の違い
それで、人を喜ばせる。
真に人を喜ばせるってことはどういうことなんだろうって思ったんだよね。
どういうことだろう。
それは、相手を喜ばせる人になりたい。
でもさっきの先週の話だと、
相手が安心する。
コミュニケーションするみたいな話。
とも結構、地続きなのかなと思ったんだけど。
どうなんでしょう。
おせっかいと違うのか、それは。
そう、おせっかいと違うでしょ。
おせっかいって親切な押し売りみたいなところがあるから、
結局、おせっかいも自分のことしか考えてないんだけど、
私が良いと思う。
支援みたいなものをやります。
先回りしたりとか。
ていうことでしょ。
安心するっていうのは、コミュニケーションっていうのはそうではないわけだよね。
だから、
安心するのはもうちょっとなんていうの。
不安にさせないみたいなところに近いかもしれない。
あと、その不安にさせないとか、
安心するみたいなものの、相手の状態って
仕事の話から
始まっちゃった。
その発想が来てるから、
全部に当てはまるかわかんないけど、
相手に考えさせないみたいなこともあるかなと思ってて。
相手のタスクマネージャーに不要なタスクつくまないみたいな。
仕事だったら、
あれやっといてくださいって言われた後の
コミュニケーションで、
分かりましたって言うとか、
分かりましたと同時に、
まずこういうところから始めて、
その後確認した上で、
作業内容が合ってるか確認したら、
残りやりますねみたいな。そういうステップを提示するとか。
何か聞いて、
帰ってきたことで解決したかしてないか
返すとかね。質問して答えもらったけど、
それで完了したのかしてないのか。
とか、完了したか
とか、返答の内容で解決したか解決しないかをすぐに言えなかったら、
分かりました。それで試すので一旦試してまたご報告します。
また質問させてください。
っていうコミュニケーションを取るとか。
全部相手のタスクマネージャーからタスクを削除してあげる行為だと思うんだよね。
安心する。
もうちょっと指摘な関係でもそういう場合あるなとは思うんだよね。
相手に
今自分のことどう思ってるだろう?
みたいなとか。
これを
してもらったから返さなきゃみたいなとか。
そういう不安みたいなものを
CPUを逼迫させるマネージャータスクを
生じさせないとか、それを終わらせてあげるみたいな。
ことなんじゃないかなっていう気もする。
それはおせっかいだと
できない時がある
じゃないかなとは思うけど。
安心っていうのは
もうちょっと考えるとそういうことで
それをする方法に
いろんなタスクを削除する
っていうことがどういうことか。
ファーストケースバイケースでどうやって
消してあげられるかは変わるけど。
そういう行動が安心させる行動なのかな?
まあそうでしょうね。テクニカルにはそうなんだけど
私はもっと根本的な問題の話をしてて
その相手が安心する
状態というのは
もちろんトートロジーみたいなこと言うけど
相手の中にあるわけじゃないですか。
相手が安心するかどうかは相手が基準を持っているわけでしょう。
ってことは相手の基準の中において
安心する情報だったり記号だったりを
渡してあげる必要があるわけじゃないですか。
だから相手が
タスクが目に見えている方が安心するっていう
基準を持っているんだったら今みなさんが言ったみたいなことをすれば
相手は安心するじゃないですか。
でもそれよりももっと例えばこの人はどんなゴールを持って
動いているのか知りたいみたいな人もいるじゃん。細かいタスクは
どっちでもよくてみたいな。でもあんたがちゃんと
自分と同じゴール感を持って動いているかどうか
が重要ですみたいな。そっちの方が安心しますみたいな人だったら
そんな別にタスクを受け取りました、やりときますみたいな話ではなくて
こういうゴールに向けて
こういうことをしなきゃいけないから私はこうやって動きますねとか
をコミュニケーションしてくれる方が安心するみたいな。
だから何を持って安心するかは
なんとなくの
教科書的な答え
みたいなのはあるけど、でもやっぱり最終的には
その人がどう感じているかというか、その人の中にどういう
安心の基準があるかみたいなのによってくる。
だからそこで重要なのは
わかり間違っても
情報の発信側にはそれはないということなんですよ。
安心の基準みたいなもの。
情報の発信側に安心の基準がない。
基準がないというか、相手の基準に合わせないと
あまり意味がないというか、コミュニケーションの。
おせっかいと呼ばれるものは
それを自分の基準においてやってしまうということです。
自分が安心することを相手にしてあげる。
自分が安心する基準に沿った行動を
相手にすると。
そう思うと
多分同じ目的というか
おせっかいとそうでない安心にしする行為
というのは
それほど遠くないものなんだろうね。
行為自体は変わらないと。
それがどのような効果というか
その行為を
選んだその行為の
効果とその発信基準みたいなもので
おせっかいになるかそうでないかというのが
決まっちゃう。
決まっちゃうというか、よくない
効果を生じさせる
手段というか
行為をおせっかいと分類されるということかもしれないし。
そうだと思う。結局同じことをするんだけど
受け取り手にとっておせっかいなのかそうでないのか
というのがあって
でもこの話そっち側に持っていくと違うんだよな。
自分基準の行為と相手の基準
私は結局
相手をコントロールするためにおせっかいをする
みたいなことをやってるから
やってたからそうではない手法で
相手とコミュニケーションを取りたいという感じ?
もう一回言って。
おせっかいでないやり方で相手を喜ばせるにはどうしたらいいか
ってことかな。
そうだったらおせっかいは
事後の評価としてのおせっかいもあるけど
自分発信の行為、自分基準の行為みたいな
でもある。自分の基準の行為じゃないことで
コミュニケーションしたことが今のところない。
どうなんだろう。
でも例えば
自分基準じゃない行為なんてものが本当に存在するのかなって
いうのもあるんだよね。
相手の立場に立ってみたいなのも
仮想的なもので
それの制度の話になってきちゃったりするのかなって
自分の中に相手と
言うものをどれだけ
正確になのかある程度の
デフォルメで再現してるのか
だって相手の内心は分かんないから
分かんないね。
それかユウくんがおせっかいをやいてる相手が
ユウくんの心と
僕は心っていうのは基本的に
自分の心も含めてブラックボックスだなと思ってるんだけど
アルゴリズム的に
インプットとアウトプットで測ると
ユウくんの心に入った
インプットから出てくるアウトプットっていうパターン
Aを入れたらBが出るっていう心をユウくんが持ってるとしたら
ユウくんがおせっかいをやいてる人は
ユウくんがおせっかいをやきたい人はAを入れると
Aが出てくる人におせっかいをやいてるんじゃないのかなというか
つまり自分基準で相手に何かしちゃおうと思うんだけど
みんなそれをやってる?自分基準でやってるけど
自分と似たような心を持った人にそれをやるとおせっかいじゃない
それはそうだと思う。
ユウくんは自分とは異なる人に
おせっかいをやきたがってるのかもしれない。
自分とは異なる世界とか
異なる思考みたいなものを
する人に対して自分
何かしてあげたくなっちゃう。
でも自分と似てないから
自分がしたいことを
相手にするとおせっかいになっちゃう。
相手を求めてない。何の価値も感じられない。
ミスマッチはあるのかもしれない。
相手の心ってものを
結構受け取って
正確に受け取ってそれに対して
自分の欲求じゃなくて
受け取ることができた相手の心を
に対して
安心するという状態になる行為を
みんながやってるとしたら
そうではないんだけど、その場合は
ユウくんがおせっかいをしちゃってると思うんだとしたら
そっちの場合はユウくんは
きびを受け取ることができてないって話になっちゃうんだけど
そうだと思う。受け取ることができてないと。
どっちかはわかんない。みんな自分と似たような
相手に自分が喜ぶ方法を
ぶつけてるだけでたまたまそれがうまくいってるだけかもしれないし。
それはそうだね。 ビニエスはそうだもん。みんな喜ぶ方法
喜ぶかどうかみたいなのは似てるから。
ビジネスって中ではね。だからさっきの話って成り立つなって思うんだけど。
確かに。じゃあ学べるんだね。そういう意味ではね。
学べる余地があるのかな。 あなたの部下の子はね。
でも対等な個人だと
相手の心をつぶさに観察して
正確に理解するか、自分と似た心を持つ人
を相手にするかになってくるのかなって。
まあそうだね。 生活の全部がそうでしょ。
愛着と関係性の積み重ね
仕事と違ってさ、全部が
で関わるから。
でも悠君は相手の心を自分は理解できてないっていう感じなの。
に思ってるのね。それともどう?
自分と関係ない相手におせっかい
焼きたがってんなみたいな。
魚食えないアメリカ人にめっちゃ寿司食わせようとしてるみたいなさ。
そういうことはしてないと思うよ。さすがに。
だから結局私もその部下の人と同じで
自分が何を
してんだろうというか
どこに向かえば
相手を喜ばせる
相手が喜んでると感覚
できるし
それに合わせた行動ができるんだろうみたいなのは
思うのかもね。
皆さんの部下の人はそうは思ってないかもしれない。
私の場合はそうだね。
でもさあ
おせっかいも試行錯誤でしょ。
そうだと思う。
私は試行錯誤だし
自分と相手の間で正解が決まるというか
そういう部分もあるよね。
もちろん何か手助けというよりかは
そういう細かい日常の話だと
ずっと発散しちゃうんだけど
例えば誕生日に何をあげるとか記念日にどうするみたいな話だと
花を贈ったら喜ばれるか喜ばれないか
みたいなそういう分岐の積み重ね
AIが学習するみたいな感じで
経験がまだ浅いときは花を贈ったけど
あんまり喜ばれなかったというか
花はその場の
花自体はプレゼントとしてはこの人は見なさない人で
花というのはその場の飾りみたいな感じだけど
ある人は花を贈るということ自体が特別な思いが
こもったものだという風に受け取って喜んでくれたみたいなね。
そうするとまた次の行動が
変容するというか自分のね。と思うんだよね。
あとは
他の場所ではなんてことないんだけど
その人との間では最初に出会った
場所みたいなものが重要になったりとか
思い出の何かみたいなのがあったりとか
だんだん習慣
またこのお祭りに一緒に来た
その次の年も来たまた来たみたいなものの積み重ねが
それを正解にしていったりとか
もあるじゃない。
例えば毎年このなんてことないキーホルダーを交換するみたいなことでもいいし
それが特別になっていく
特別じゃないのにとか
本当は最初は正解じゃなかったのに正解になっていくみたいなこともあるよね。
確かに。
でもそれはやっぱり受け取り続けた場合に
それが生じるのは。
受け取らなかったら。
最初じゃなくても途中でとか。
そこに何か問題があるところだよね。
あるんだと思う。
何回も経て途中から受け取らなくなったら
最初から自分と認識が間違ってたか
その時に受け取らなかった
渡したっていう行為じゃない
以前に2人の関係が変わっちゃったか
そうだよね。
そうだね。
おせっかいは
仕事でもおせっかいしてると思うんだよね。
でも打率がある程度あるからおせっかい許されてる
今のおせっかいだなみたいなことを
そこまで言ってくるの?細かいよとか
またそんなにありがとうねみたいなこともあるけど
打率高いから許されてるみたいなこともあるかもしれないよね。
確かにそうだね。
人間関係でもそうなのかもしれない。
どうやって?
観察かな。
でも分かんない。どうすんだろう。
観察。
でもやっぱね、最初の話に戻ってくるけど
どこに戻ってくるの?
本気になれるかじゃない。
めっちゃ戻ってきた。
本気になれないと観察しようって思えないもん。
相手に何か具体的な対人関係とかも踏まえてでしょ?
このおせっかいとかってさ。
でも、例えば
おせっかいをしてるだけで満足するっていうのは
結局、例えば恋愛だとして
恋愛で自分がずっと尽くしてますみたいな
お弁当作ったりとか
なんかやったりして
いろいろかいがいしく世話してんだよみたいなのって
それがもし
相手がどう受け取ってるのかとか
そもそも受け取ってんのかみたいなことを気にしないでずっとやってるってことは
本気じゃないよね。
なるほどね。
自分がやってるってことに満足してるだけであって
恋人っぽいことみたいな。
そうそう。やった結果相手がどう感じてるのかとか
相手がどう変化したのかとか
相手がどのように喜んだかとかっていうのは
興味があんまない状態って
本気じゃないよ。
それがだから難しいなって思うのが
恋人っぽいことをおせっかいとしてやってるっていうのも
普通の常識の範囲内で
やっていると嬉しいこととか
安心とかと重なってくると思うんだよね。
おせっかいじゃなくなることもあると思う。お弁当作るみたいな行為で
嬉しいじゃない
してくれると。ただ
常に嬉しいかというかはまだ置いといてだけど
そこに重なる範囲が大きい。
普通は。一般的な
恋人らしく尽くしたいみたいな行為と
多くの人が喜ぶ行為みたいなのは大体重なってるんだけど
状況とかで複雑に変わっていって
喜ばれなかった時に
これはちょっと違ったのかなってなるかならないかみたいな。そうじゃなくって
おせっかいを受け取らなかった相手を攻めるみたいなことに
分岐があるかもしれないなと。重ならない範囲に
出ちゃった行為が
攻めるとかまではいかないにしても結局
変化を観測しないっていう態度は
本気になってないってことだと思うんですよ。
相手の嬉しいと重なったかどうかを観察
しないってことだよね。やりっぱなしになって。
それは必要…そっか本気か。
「本気」で相手を喜ばせること
本気があるかどうかになってくるんだと思っていて
結局なんで最初の話に戻るかっていうと
本気を作ることは難しいと思うんだ。
そうね、確かに。だから結局
ここの問題においては
最初の問い立てに戻ってきちゃうんだけど
おせっかいばっかりして
相手がどう思ってるのかを顧みないということは
やっぱりその関係性において本気になっていない
ということであって
自分のやってますよアピールみたいな
しかも誰にアピールしてるのみたいな
多分自分にアピールしてるんだけど
受け取る相手としてはそのやってますアピールに
付き合わされてるみたいな感じになって
苦しくなるんだろうなと。
でもね、僕は思うんだけど
やってますよアピールしてる人も
安心を相手から
提供というか
相手から安心させられる対象でもあると思うんだよね。
それは相手の視点ってそういうことだから。
確かに、それを与えてないってことでもあるよね。
だからそうなる。
おせっかいを
発射し続けるのもあれなんだけど
それを受け取ってくれる
嬉しいとか嬉しくないとか関係なく
受け取ることが
相手の安心であるっていうことを受けできる人
とかだと
おせっかいしてる側の行動も変わるかもしれないし
変わらなくても成り立つよね。
その関係っていうのは。
ということは、おせっかいをやってて
相手におせっかいを話し続けた側も
安心を与えられない人だとすると
それを受け取らなかった人もそうなんだと思うよ。
もちろん難しいものもあるよ。
難しいというか
難しいというか
安心だね。
アンドロギュノス説と愛着説
もう一人の自分を見つけるしかないね。
アンドロギューノスだ。
人間は自分の側々を探し続けているから。
そこ?
そこでギリシャに戻るの?
そういうことになるんじゃない?
そんな人いないんじゃないの?
そんな人いないけど、だんだん
癒着してくるんじゃない?
ずっとどうにかして
向こうをそういう対象に変容させていく?
それは私が言うコントロールな感じがするんですよ。
なるほどね。
一体化させる?
プロトコルに合わせさせる?
なるほどね。アンドロギューノスは
作れる? そういうことね。
そういうことか。
インディペンデントな関係で
安定したいってこと?
安定したい。そうね。
双子惑星みたいな
融合せずにぶつからずに
融合せずにちゃんと
コミュニケーションしたいって感じ?
本当はみんなそうなってるよね。
アンドロギューノスも見たことないでしょ。
なるほどね。
でも
ユウくんは一旦自分のおせっかいを受け止められるだけの
器のでかいやつを見つけるのがいいんじゃない?
っていつも言うよね。
でもあなたが好きになる尖ったやつらは
ちょっと違うのかもしれない。
最近変わってきたよ、好み。 丸くなった?
最近出会った人たちみんな丸い。
一人覗いて。
丸くない人を
一番好きかもってなってたけど、その人は
多分
私のことを一番に考えてないなっていうことがわかったので
早々に切ることができたので
それはでも確かに大事。
リストに残ってる人たちは
怖い。ミランダみたいなことを。
逆的に丸いと思うよ。
本当。
ゆうくんから恋愛させていくたびにたまに思うことがあるんだけど
おせっかいの話と近いんだけど、ゆうくんにとって愛って何なんだろう?
と思うんだよね。
深い。
たまに思うのが、愛は
二人の関係の中にあるとかではなくて
ゆうくんの中に愛というものが
すでにあって、これの引き受け先を探していますみたいな
風に見えるときあるよね。
それを打破したいって話だ。
そうではないと私も思ってるから。そのモデルではないと思ってて。
そうなんだよね。
そのモデルではないと思っているから。
だからそのモデルだとやっぱりアンドログマスを
見つける必要があると思うんだよね。
同じものを愛だと思っていて。一体化できる。
同じものを愛として受け取れる人が必要
って話になるんだけど、やっぱりそのモデルだと
説明できない事象があるから
相対性理論の方に
移行しなきゃいけない。
と思うんだけど
移行ができていないって話になる。
それは納得する。僕もアンドロギオン説よりも
「今生はこの人」という決定と関係性の構築
アンドロギオンの世界に
惹かれる部分もある。
愛というものについて考える時に
この衝動は何?みたいな
そういう考えも
ありだなと思うんだけど
女性フラズの
価値があるとはどういうことかっていうやつ。
愛というか執着
価値というのは執着。愛着か。
相対的なものというか
星野王子様の話があったけど
同じ花がたくさんあっても
大事なのは関係を繋いだこの花
それは最初から愛があるよりかは
関係の中に愛着があるってことだと思うんだけど
僕もそっちだなって
そっちで今納得しつつあるんだけど
そういう愛の解釈をしてるんだけど
なるほどね
そのモデルに移行したい
そこにはやっぱり
マジになる感覚が
必要なんじゃないかと
マジみたいなものも
難しいよね。相互的なんですよ結局は
どっちかが思えばいいとか
いう話じゃないから相手に思わせればいいとかそういう話でもないから
両方そうなっていく必要があって
嫌だからね
パートナー関係を作るっていうのはかなり奇跡に近いことですよ
奇跡に近い?
難しいよ
すごく正直なことを言うと
僕はあんまり難しいと思ってないんだよね
これ前東中野の本屋さんたちとも話した気がするんだけど
4人で話したでしょ
話したかな
でもそういう話だとなった後から振り返ってるんだよね
僕はいろんな人を愛せるだろうと思うんだよね
自分は
いろんな人と愛する関係をつなぐこともできるのかもしれないって思うんだけど
でも本当にそうなるかわかんないけど
とりあえず今のところ
今この瞬間は
今世はこの人って感じなんだよね
だからこの世に存在するこの人以外の人とも
そういう関係をつなげるだろうって
いう気はするんだけど
今世はこの人だなって
サンクコストと言うと違うんだけど
愛着の話みたいに
時間が長ければ長いほどそういう
確信がだんだん出てくるというか
そういう人同士
だと相対的な
愛というか
愛着での関係
が生まれるのかなって
ことなのかな
確かにね
あなたほど魅力的でこれほど
いろんな人と千切手はなげ出会いを
重ねている人がそうならないのがわからないんだよね
千切手はなげ
千切手はなげしてるでしょ
いろんな人と会ってるじゃん
それだけ
そんなに会いたくないんだけどね
引き寄せてるんでしょ
アンドロギノスみたいな
一致しないアンドロギノスみたいなやつら
ばっかり引き寄せてるのっていうかさ
ユウ君も不思議だけど
寄ってくる人たちはどういう人なの?
「マジ」になることと関係性の進展
どうして
ユウ君にもっと執着しないんだろうと思うし
執着っていうかお互い
そういう愛
愛着を持って深めていきましょうみたいに
なんで相手もならないのかというか
がわからないんだよね
とっかかりに
チビでデブでハゲでみたいな
モテないだろうこの人は
だから愛着を交換しましょうっていう
愛着を紡ぎましょうっていう人なかなか現れなくて大変なんです
っていう人はいるでしょ
何らかの条件が重なると
あなたはそうじゃないよね
マジに慣れてないんだと思うよ
マジっていうのはアンドロギノス的な
運命の人とかでもなくて
相対的な方に
関係性を紡いでいくところに入っていこうとするかどうかだと思う
そういうことね
たぶん
それは相互的な問題なんだけど
私の方にも大きく問題があるとするならば
あると思うんだけど
私もそこの部分で
お呼び越しになってしまうことが多い
開示できないのもそうだし
一歩踏み込もうみたいな感じにならない
その一歩のさ
一歩はどういう中身の一歩なの
踏み込むここまでは自然と
近づけるけど
今言ってる一歩の部分は何が含まれているの
今ミラさんが言ってるみたいに
自分を開示するみたいなのもそうだし
このような愛着を作っていきたい
と思っているみたいなこともそうだし
コミュニケーションするみたいなこともそうだろうし
限界にでもってことね
別に言葉にしてもいいと思う
だからその人が
どんなことを
私の何を受け取って
どのように変化したかをちゃんと見る
こともそうだと思う
そういったことを
やりたいと思ってこなかった
今まで
そこまで考えると
相手を喜ばす人になりたいっていう話と
そこがそうだなって
それってそういうことだよね
自分が渡したいものを渡して
相手の反応を見て調整するっていうのは
相手を喜ばす
当然のようにも思うじゃない
Aを渡して
Aを気に入ってもらえたら
Aの類似心をまた渡そう
でもB渡したら
Bはそんなに喜ばなかったらAに戻そう
その判断っていうのは
相手が喜ぶ方が
良しとしているからってことだよね
でもそこにその基準がなくて
そうか
なかったらそういう変容はしなくて
常にAを渡すみたいな
反応遺憾に問わず
それはもうちょっと卒業したいなって感じ
そんなことしてた本当に
恋人フルセットの押し付けと関係性の変化
そんなことはないんじゃないの
そんなことはなくもないのか
私の
主観からはそういうふうに見えることが多い
でもさ恋人になりました
これよしわしを置いといてさ
じゃあ恋人になったから
今日から恋人フルセットをお互い合意してますよねっていうのを
何の確認もなくさ
当然のことのようにことが運ぶってこともある
それを要求する人だっていると思うので
恋人になった瞬間から
我々はセミ公員です
このような条件と義務を負っています
条件と責任と義務と権利を
それに答える
本当にいろいろとそれは
良くないこともあるけど
それを向こうがそういう感じに来た時に
それを一旦全部それを受け入れる
それに答えるのも
愛着を紡いでいく行為なんじゃないかな
と思うんだよね
フルセットを押し付けようとする人も
相手から見たら安心させるべき対象
だから
でもそう
どっち側もやっぱり本気になる
ウェックしてなる
ことが起きるといいなって感じですね
そうですね
でもだんだん変わってきた
そう変わってきたから
これはまた中央線の本屋さんとお話ししましょう
よろしくお願いします
ではでは
56:59

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