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2026-09-25 28:33

#165 原動力【百百(ヒャクヒャク)】

第165回のキーワードは「ヒットへのマイニング精神」「時代に合わせたジョブホップ」「スキルを名乗らない現場とプロを名乗るコンサルの差」「豊かになったあとの原動力」「幸せな”小生活”」「足るを知る者は富むby老子」「ビジネスクラスで働く20代と寝る50代」


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🦜 あなたの耳に百の話を。人生漫談ラジオ「百百」(ヒャクヒャク)現代アーティストの立石従寛と現代人の陳暁夏代の深夜トークをポッドキャスト化。


宋の時代に生きた無文という禅僧は、悟ったのち、「百不知百不会(ひゃくふちひゃくふえ)」という言葉を残しました。知れば知るほど、経験すればするほど「無知」であることを知る。そんな境地に至った無文の雑談を届けます。台本なし。完全フリーセッションから紡がれる「百のお話」。

🦜出演立石従寛 IG @jukantateisi陳暁夏代 IG @chinshonatsuyo

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サマリー

中国と日本のコンテンツ制作や働き方の違いを、「マイニング精神」や職域を越えて動く柔軟さから考える。中国では生活のために働く原動力が競争や起業を促した一方、豊かさの到達後には小さな生活を重視する流れも生まれていると語られる。日本ではバブル後に大きな目標だけが残り、無理に世界一を目指すより、良いものを作り豊かな社会を維持する方がよいという見方が示される。2005年前後の航空便で見た、仕事をする中国の若者と眠る日本の会社員の対比から、日本企業の中国撤退や、専門性を生かさない採用・配属の問題へ話が進む。

中国のマイニング精神と職域を越える働き方
立石従寛/陳暁夏代による人生漫談ラジオ【百百】、先週の続きというか、ちょっとインスパイア。
いや、なんか、こう、本当に、そう、中国がそれすごく得意なのが、なんか、なんとなく感覚的にわかってきたんだけど、
実写が得意な国、実写が好まれるとか、アニメ漫画が好まれるとかっていうようなものではなく、コンテンツを作る上での精神性に、
マイニングってなんて言うんだっけ、発掘? 発掘?掘削? まあまあみたいな、そのマイニング精神があるかないかな気がしちゃった。
結局、同じ均衡でもさ、もうここに金があるってのはわかったとして、あとはそのもう、1メーターずれたら、当たんないけど1メーターずれたら、ドカーンと1億円入るみたいな、世界観でNFTもそうだし、
ビットコミもそうだし、なんかそういう感覚がしっかり備ってる感じがしていて、10億の場合は、なんかそのほんと微細なキャプションの作り方、なんとかの作り方みたいなもので、
0か100、0か1万みたいな差ができるってことを歴史的にもわかってますみたいな、人たちと日本で山下みたいなものはいらっしゃったけど、鉱山的な、そんなに大きな話じゃなくて、アメリカでもやっぱり西部開拓みたいなさ、そういう開拓精神の有無な感じがした。
あれ?
例えば、じゃあ今年ラーメンが流行ったらラーメン業をやるから、今はラーメンやってるって、ラーメンが浸れたら次はお茶を売りに行って、お茶のトレンドが終わったら次ドラマ作りに行くんですよ。これぐらいの領域でホップするんですよね。
そうなんだよね、それも似てるよね、すごく似てる気がする感覚的に。 でも日本はみんな一個ずっと私は何をやってる人ですみたいな、でも蓋を開けると別に中国でラーメン売ってる人ほどラーメンに詳しくないみたいな、たとえですよ。
そういう現象になってるから、なんか違和感がある、私結構。AIが流行ってて、AIの専門家を大して詳しくないけど名乗ってる人って結構いるじゃないですか、でも中国の100あるAIショートドラマ会社にいるエンジニアの方がAIに詳しい。
だろうね。現場でね。 そう、現場で量をこなしてるから。でも彼らがAI専門家として世に出ることないんですよ。そこへの知識量と力量の差と、肩書きを持たなきゃいけないという、持ったところで大したことないみたいな違和感結構あって昔から。捉え方の違いというか聞き方の違いみたいな。
そうだね。 結構思いますね。 確かにピンキリというか、そもそも専門家が持つべき知識の学術の方系なのか、本当に技術理論的な方なのか。 特に会社員ね。
生活のために働く原動力と日本の失われた30年
会社員だとね。ジェネラリストのはずだけれども、3年で肩書き使い回してってやつだからね。 で中国だと、じゃあAIの専門家やってた人が10年後にはタクシーの運転手になってるっていう。あんまりみんな何やって規定しないかもしれないですね。なんか生きてるだけみたいな。そこに仕事があったからやるみたいな。
そう、蓋を開けるとめっちゃ詳しいんだけど、別にそれを自分のタグにつけないっていうのは結構あるかもしれない。 だから別に好奇心、興味とかっていうよりは、本当に今まだしっかり、本当にみんなちゃんと飽きんどよね。
飽きんどですね。この話って生き方が違うっていう話なんですけど、この昇魂魂みたいなのって結局じゃあなんで人間が働くのかっていうところに行き着くというか、自分の生活のためでしかないですよね。突き詰めると。
で、明日のご飯を食べるために日銭を稼ぐっていうのが多分人間の根本だと思ってて。なんか中国で生活してるとずっとその感覚が近いんですよ。
これってさ、僕の中で佳境だと思ってるんだけど、それで合ってる? 佳境関係ないですね。中国国内での労働に対する感覚ですね。 それって根本っていつからなの?
わかんないですけど、本当に、ごめんなさい話戻すと、生きるために働くことが人間の本質だと私は思ってて、その時に初めて原動力が発動される。頑張るんですよ。目的を持って。
それが拡張された時に、じゃあこっちの働き方の方が効率がいいよね、の先に株式があったりとか会社という組織があったりとか拡張していくと思うんですけど、根本はよりよく生きるためだと思うんですよね。
そこに将来の夢も何もないと思うんですよ。本当に生活のためっていう言葉が中国の中ではあって、生活のために働いている。その生活っていうのは豊かな暮らしもそうだけど、豊かな暮らしによって得られる豊かな人生みたいな感覚なんですよ。
別にいいソファー買いたいとかじゃなくて、いいソファー買った先に得られる快適で心地よい人生の日々っていうのがゴールになってるんですね。この考えが中国ではあるんだけれども、これ私何の話がしたいかっていうと、日本の失われた30年の話がしたいんですよ。
なんで日本が最近経済低迷しているかっていうのは、すごくその違いを感じてて、この間のインスタのストーリーで親しい友達向けにあげてたとこ、ジュガンさん見てるかわかんないですけど、中国の80年代から今日までの20年と日本の戦後の20年の感覚が全く一緒って話を書いたんですよ。
生まれ故郷のやつだ。
から銀座ができてるんですよね。あの感覚に近いんですよ。でもあれってあの時の証拠の魂ってどこから来てるかっていうと、生きなきゃいけないっていうところが根底にあると思ってて、生きるためにゼロになった生活、なんだったらマイナスの状態の生活を取り戻すために奮闘するんですよね。
中国の小さな生活と日本が掲げる虚構の目標
その先に飲食やったり会社作ったり、みんなを助けたいから病院作ったりとかっていう原動力があると思うんですよ。この原動力こそが本来の形だと思うんですよね。一度経済バブルがはじけるとこの原動力が一度見失われてしまうと思ってて。
だから日本はそれが80年代に来て、平成で何が起こったかっていうと、もう原動力がないわけですよ。一度豊かになった。中国は今もうそろそろそこに来てるんですけど、同じ時間軸でいうと。ようやく最近ぐらいかなっていう感覚で。
最近もネソベリ族とか聞いたことないですか。何もやらずにだらだら過ごすとか。最近2026年の中国国内の単語で、豊かに暮らす族。小生活っていう単語があるんですけど、小さい生活って書くんですよ。
要は中国のバブル期ってだいたい2010年から2020年コロナ前ぐらいまでが日本のバブル期と同じ状況だったんですけど、そこでもうあらゆる機微を尽くした光景を見たわけですよ。
最近はもう別に1億で買った不動産が10億になることもないし、一攫千金のビジネスが作れるわけでもないしっていう状況なんですね。ある程度市場はもう固まってしまった。
だから自分の小さい生活を豊かにできるのが一番いいっていうトレンド用語みたいなのができてて。今年。ちょうど先月ぐらいですね。小さい生活族みたいな。
だから自分の機微を追い求めずに一攫千金で起業とか全員してたんですよ。2010年はもうみんな新鮮に行って起業するぞっていう村みたいなのがあったんです。そういうのが終わって、今は早めに隠居。
なんかちょっと田舎に都会の人が移住してすごい綺麗なお家作って家族で家庭再燃するみたいな。そういうのに変わってきてて。日本はそれが平成に1回来たはずなんですよ。
そうだね。ミニマリストってさ。 そうそうそう。もう別に目標ない夢ない。それはないですよ。だってご飯食べれるじゃん。そうなったらもう夢はないと思うんですよ。だから今日になってると思うんですよね。今日のこの状況。
夢がないのに、これ以上追求できないのに、もうてっぺんまで1回来たのに追い求められないですよ。追うものがない。だから原動力がないですよ。今の日本人には。原動力がないから、本来原動力がない状態だともうおのおの豊かになればいいだけのはずなのに、大きい目標を掲げちゃうからこけるんだと思うんですよ。
それって虚構じゃないですか。世界一を目指そうとか、これをやろうとか、何億円目指そうみたいな話って、もうそれをする必要がないんですよね。本来。
そうじゃなくて豊かな日本を一人一人が綺麗に守っていく維持していくだけで本来精神性は満たされるだけなのに、なんかこうでかい虚構の目標を掲げすぎててクールジャパンみたいなことになるっていうか。そう思ってるんですよね。これ以上はいらないみたいな。
そう思ってるんですよ。だから無理をしてる感覚に感じてて。無理しなくていいのにっていう。淡々とやってる方が、世界は逆にそういう日本が好きだし、別に今から競争社会に置いてかれることは良くないかもしれないけど資本主義で考えると。
でも今からあらゆる領域でどこかに勝とうって無謀っていうか。そんなことよりもいいものを作って世界がそれを求めるならそれでもう良くないみたいな気持ちはめっちゃある。
そう思います。
無理するだけニュースとかでもAIで世界一とか言ってると、えー?みたいな気持ちになる。もう遅いよみたいな気持ちになっちゃう。
今さらね。
航空便で見た日中の時代の逆転
失われた30年は、私はこの中国の発展と日本の発展のこの時代のギャップ。
60年代から80年代の日本と、80年代から2000年代の中国。だいたい20、30年のギャップを生活の上で体感してきたから、一番よく記憶に残ってるエピソードがあって。私ちっちゃい頃から飛行機よく乗るじゃないですか。
で、高校、大学1年生の時かな。だから2005年ぐらい。2005年から2008年ぐらいの時に、なんかよく飛行機で中国、上海、東京便を割と年数回往復する人生だったんですよ。
その時にすごい不思議だったのが、ビジネスクラスを見ると、日本のサラリーマンがスーツ着て乗ってるんですけど、全員寝てたんです。これ2005年ぐらい。
全員寝てたんです。で、ビジネスクラスに乗ってる中国人の若者は全員パソコン開いてたんです。これが私のすごい現体験なんです。
はいはいはい。面白い。
そう、なんかスーツ着た。いかにもスーツ着てるから仕事しに来てるじゃないですか。で、おじさんたちはだいたい、2005年の中国、東京便のフライトに乗ってるおじさんは基本寝てるし基本スーツだったんですよ。
だけど中国人は全員私服でみんなパソコン開いてたんです。で、その時にビジネスクラスって仕事する人が乗る、パソコン開く人が乗るべきフライトだよなと思って。
で、そのビジネスクラスに乗ってたパソコン開いてた中国人が全員2,30代だったんですよ。
当時。 そう。その2,30代でビジネスクラスに乗ってパソコン開いてる中国人と4,50代の寝てるスーツ着てるサラリーマンがすんごい風刺画みたいだったんですよね。
で、それを見た大学生の私は、なんかもう日本はダメになっていく時代が来てるんだなって、大学1年生の時に思ったんですよ。19歳の時に。
なんかこれからは多分中国はこれはもう追い越すなみたいな。今までは、それこそ私は生まれた時は何もない中国から生まれてるんで、ど貧乏な。
なんかその光景を見た時に、なんかもう立場は逆転していくんだなって思ったんですよね。 いいエピソードだよね。
特に2005年から2010年ぐらいの時に、ジャルアナに乗ると、日本の国会社に乗ると、もうビジネスクラスはスーツ着てるおじさんでみんな寝てる。
中国の東宝航空とか、中国の航空会社に乗ると日本人はいなくて、全員ビジネスクラスは中国の若者が乗ってたんですよ。
2、30代のビジネスマンが乗ってたんです。で、みんな仕事してたんですよ。商談の準備なんなのかわかんないですけど、みんなすっごい頻度でパソコン開いてて。
で、その光景がすごかった。今でもなんか結構覚えてるはっきり。あのなんかショックだったんですよね結構。
だから、もう時代が逆転するんだなって結構思ったっていう現体験がありますね。
すごい時代らしい時代の感じ。
飛行機で寝てる人たちは別にもうこれ以上努力することもないし、ちょっと現地の様子見に行こうかな、休憩ぐらいの気持ち。
何なのか単純にビジネス違うからじゃない。
どういうことですか。
領域違うからじゃない。そのITの人たちとさ。
パソコン開いてるからってIT以下は限らないじゃないですか。
時代的に2005年の若者でビジネスクラス乗ってるんだったら、たぶん大体ITで起業している人たちだったとして。
で、たぶん当時のおじさんでビジネスクラス乗ってるんだったら、ある程度の起業の部長以上の人たち。
ああ、そうですね。
社長人と部長人でしょ。
役員人。
役員まで行ってないんじゃないか。まあ行ってるかも。2005年だったら。
部長人。で、現地に見に行くだけっていう。
2005年…いや、というよりは産業がそもそも違うからさ。パソコンが仕事じゃない人たちじゃない?
だからどっちかと言って仕事してるしてないというよりは、産業の差がITの人たちが来てるんだなっていう感じの印象に聞こえた。
私の印象は違くて、IT系の人もいると思うんですけど、IT系って別に国外に行く必要ないんですよね、感覚としては。
だから結構日本に来てたんだったら、多分不動産とかITもあれど、あとはあらゆる商談とか、とにかく働いてたんですよね、パソコンを開いてて。
だけど2、3時間のフライトで、中国に来る日本人も多分いろんな業種があると思ってて、それこそおそらく現地法人がある会社の役員だと思うんですよ、部長職以上。
現地法人があって、要はスーツ着て、スタートアップって個人事業主とかって別にスーツを着ないんですよね。
私の中でスーツ着るのって会社員なんですよ。だから会社員が現地法人があって、ちょっと現地に見に行くとか商談しに行くとかで来てる人たちだと思ってて、
ただその人たちはおそらく現場からもう離れた身分な気がしてるんですよね。だから作業をする必要がなかった。
作業はその打ち合わせの資料とか準備物とかはおそらく他の誰かがやってるって思ってて、だからその時点で役回りとしては現代社会、今の今日で考えると取って変わられやすい。
今頃多分もうちょうど今年も定年退職していなくなってるぐらいの人たちが、当時ビジネスクラスで私が出会った寝てた人たちかなみたいな感覚があって。
全然ずれたこと言ってない。そうだろうなって。単純に時代の変わり目だよねって。
日本企業の撤退と専門性を生かす配属
変わり目に遭遇できたって思いますよね。結局今、2000年代に中国にあった日本法人の半分ぐらいが撤退してるんですよね。
それは撤退した理由は別にその半日とか1ミリも関係ないです。1ミリも関係なく競争社会に負けたからなんですよ。
縫いぐるみ作ってる会社は中国の会社の方がすごかったとかそういうぐらいの話で、どんどんアパレルもそうだしITメーカーもそうだし、どんどん撤退してって。
百貨店も日本の百貨店どんどん撤退して、香港系とかシンガポール系とかやっぱり中華系とか地元企業も出てきて、そこがどんどん強くなってって競争社会に負けたっていうところが理由かなと思ってて。
今残っている日本企業はあるんですよ。ユニクロとか無印良品とかそういう会社はもうほとんど現地に日本人を置いてないんですよ。現地の若手で社内は固めてて、社長まで中国人にして日本は本当にたまにチェックしに行くだけみたいな。
そういう運営方針でやってるところだけが残ってる。成長の時代差もあったし、戦後の70年代の企業家が2010年の中国に来たらすごい相性が良かったのかもしれないですけど、あの時の勢いとかでやる。
でもバブル弾けた後の日本企業のこのゆったりとしたスケール感で競争の激しいインドとか中国とか行くと生き残りにくいのかなってやっぱ思います。
そうだろうね。間違いないと思う。
採用とか現場の配色っていうんですかね、配属見ててもよく思うのが、即戦力を適材適所を配置しないんですよ。日本企業は。
例えば、わかんないですけど、すごく中国語が話せる、英語が話せる人を国際部門に置かないんですよ。全く海外も行ったことない人を国際部門に置くんですよ。
これは大企業どこでも発生していることでとか、日本の採用方針もそうで、大学で学んでた部門、大学院まで出て、博士まで出てた人とかも全然それと関係ない職に就いたりするんですよね。
これって自分が積み上げてきたスキルを1回閉ざしてる。全く別領域の人がその部門を担当したりしてて、でもスピード感があるところって得意なことをとにかく即戦力でやらせるんですよね。
あなたは、じゃあAIができるからAIよろしくみたいな感じになるんですけど、私が日本企業ですごく働いてた2015年とかは、全然即戦力を除外する採用方針を日本がやってて。
だからそういうのが今現れてるんだろうなと思ってる。この今の日本の経済効果に。
すぐ戦える人をそこに置けばすぐ戦えるのに、それをやらないからみんな辞めていくし、会社としても評価軸が設定しづらいというか。
最近日本もどんどん危機感を覚える風潮に変わってきてるじゃないですか。だから最近はどんどん専門家専門領域を配属するみたいな風にやっと去年今年ぐらいから変わってきたなってすごい感じますね。
それは大企業とかね。 大企業。やっと変わってきたなっていう感覚がある。それまではみんな大卒院卒で一律ゼロリセットして好きな会社入って好きな部勝手に配属されるみたいな。
すごい変だったんですよ私からしたら。なんでそれに強い子そこにはめないんだろうとかすごい変だなって思ってたんですけど、それは多分中国で就職した時にそういう配属だったから。得意領域は得意領域の人に任せるっていう。持ちは持ちやスタイルだったんですよ中国は。
だけど日本はゼロリセットでなんか要移動するからじゃあ大学出てなくてもよくないぐらいの感覚だったんですよね。このスタイルでやるんだったら。
不思議やね。 うん。でもなんかそこからもちろん目が出る人いると思いますよ。明確にいるしあの光る人も生まれるけどでも効率悪くないって思ってたんですよね。
でもそれはおそらくさっきの原動力の話とつながってて、要は追い求めるものがもうないんですよ。あと1年で会社をちゃんとやらなきゃ食いつぶれるっていうところじゃないんですよ。
だいたいみんななんとなく仕事して、今の日本の大手、なんかトヨタもパナソニックも資生堂もあらゆる業界がなんとなく仕事をしたらなんとなく給料入ってくるっていうこのなんとなくやってるっていう状況が多分20、30年続くともう目標がないんですよねあんまり。
そうなってくるとそういう配属の流れになっちゃうんだなってすごい思ってました。でも中国みたいにそのAIが流行ってるときにAI会社作らなきゃもうこの今の高速競争に勝てないと会社が潰れるっていう風になると目標が明確にあるから
トヨタされるかされないかの二択しかないというか。そうなってくるとみんなもそんな余裕ないからちゃんと専門職雇うし強い人をポジションに置くしっていう採用方針とか配置に変わってくるからそこの緊張感が全然違うのかなと思ったんですよ。
あの盛り上がっていますがちょっとせっかくなので続きも話していきたいからまた来週。100、100。
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