YouTube動画制作の現状と課題
おはようございます。詩吟YouTuberのheyheyです。
600日後の脱サラに向けて132日目なんですけれども、今日はですね、もう早速YouTubeの方が迷走しているので、ちょっといろいろ考えを整理していきたいかなと思います。
今、5本までですね、このもちべ詩吟というYouTubeチャンネルで動画を作ってきました。
台本ができたらですね、そこから動画としてやる流れはだいぶ慣れてきたかなと思います。
あとはこのアニメのキャラクターとかもですね、特徴だけ抽出しつつも、ただのそれを真似たというわけではない独特な絵柄を出すとかですね。
というのもできたし、オープニング動画をそれっぽく作ってみるとか、この効果音を入れてオープニングっぽく作ってみるとかもですね、
やれたりはしました。
今、ナレーションに関してはまだいっぺんとからそんなに抜けられていないんで、空とかああいった動画を一発で生成するやつからうまいこと、なんかセリフを出せたりしたらいいかなとかっていうふうに思っています。
が、やっぱり作れば作るほどですね、台本が一番鍵だよなというふうに思うわけですね。
今台本を本当にこねくり回していて、完全に瞑想してきたんで、ちょっと吐き出したいと思います。
高杉晋作を題材にした動画制作の模索
6本目はですね、初心に立ち返って高杉晋作の自生の苦を作る、それを題材にした動画を考えています。
面白き、面白く、なきこと、なきよう面白くみたいなやつですね、みたいな内容なんですけれども、じゃあそこを題材にしつつも、どうやったらより多くの人に見てもらえる動画になるのか。
それでいて、この詩吟というものをどうやって割り当てればいいのかですね、ちゃんと詩吟という要素があるからこそ差別化ができるんですね。
一方で避けたほうがいいっていうのは、この詩の背景とか、歴史、高杉晋作とはみたいな感じでいくと、他の競合の歴史系動画に確実に負けてしまうんですよね。
そういう王道な説明にするべきでもないし、この歌とはなんちゃらですみたいな風に入っていくと、歌に興味がある人しか入ってこないので、それも結局詩吟の発信の二の前になってしまうんですよ。
だからどうやったらここを抜け出せるかなっていうのが本当に、本当に、そろそろ頭が痛くなりそうなレベルですね。悩んでいます。
AIを活用した台本作成とメッセージ伝達の難しさ
台本は、データ自体はディープリサーチさせて学習して、チャットGPTもジェミニーも使って、いろいろな方向でリサーチさせて、そこからエピソードを抽出するっていう流れなんですけれども、
そのエピソードがどういうテイストにするのか、説教臭くならないようにしないといけないし、ナレーションが多くても、ナレーションしているお前誰やねんと、特に抽象的な思想的な話、この歌の捉え方とかを偉そうに語ったところで、お前はなんなんやねんという風に話になってくるから、そのあたりもあんまり難しいなと思います。
できれば、エピソードを淡々と紹介していきながら、何を言わんとしているのか、相手がふとわかるような、多分そういう構成の方が良いようにも思うんですよね。
この歌からこういうことが読み取れるとか、これはこういうことを言っているのではないだろうか、現代に当てはめるとなんちゃらであるとか、そんな風にやるとだんだんと説教臭くなってくるんですよね。だからこのメッセージの伝え方っていうのが本当に難しい。そもそも、そんなにメッセージ伝えるべきなのかっていう視点があるんですよね。
ベンチマーク動画から学ぶ、視聴者の視点
ベンチマークしているYouTube動画の江戸好奇心は、やっぱり本当によく練られているなっていうのは思うんですよね。何か強いメッセージ性があるかというと、ちょっと違うんですよね。
動画を作っている人がこのメッセージを伝えたいっていうものではなくて、江戸時代のこういう人はどんな生活をしていたんだろうか、ちょっと覗いてみようみたいな、そんな感覚でついつい見てしまうと。
それで見始めていくうちに、これはこういうことで、今で当てはめたらこうなんだなっていうのが言われるわけではなく、自分の頭の中で落とし込んで一つ何かを得たかなーぐらいの、多分そういうニュアンス、そういう立ち位置なんですよね。
このメッセージが伝えたいだから見てくれっていうのではない。ないんですよね。ついつい歌があると、漢詩があると、その人の考え方とかがすごく、これをもっと伝えなきゃ、もっと伝えなきゃ、それをよりよく伝えるために資源があるんだってなると、いよいよこのメッセージ性が強くなりすぎてしまう感じがあって。
客観性とストーリーテリングのバランス
そこから何とか脱却したいんですよね。客観的事実をより伝えたいことにつなげるようにストーリーを並べていくっていうのは大事ですよね。極力客観性を持つ。
客観性、いやでも別に視聴者は客観性を求めているわけじゃないんですよね。押し付けがましさがなければいいんですよね。客観性で行けば行くほど無味乾燥になってしまう教科書チックみたいな感じもやっぱりなっていくから、ストーリーの方がいいと。心動くストーリーが欲しいけれども、主義主張はいらねえよということですね。
主人公がやっぱり必ずいて、それは歌を書いた人が主人公。その主人公目線で物事を見ていってもいいのかもしれないですよね。高杉晋作は何々であった、何々であったみたいな、こういう第三者的な神様目線で言うのもなんかあれなんですよね。
本人の目線で色々書いてあって、こういう状況で、こういう気持ちで、こんな感じで、そういう時にこの歌が出てきたっていう風にした方がいいのかな。
詩吟の伝え方と制作への決意
かつあとはそこの詩吟への入れ込み具合なんですよね。詩吟とは何ちゃらであるみたいな話も正直極力避けたいですね。
言うとしても本当にさらっと、さらっと詩吟とはみたいな、さらっとだけ入れて、そういうのがなくても、この詩吟の形で歌を味わっていくというのがいいのかなと思いますね。
難しい、本当に難しい。台本をAIに書かせれば書かせるほどいよいよコンメを極めていってですね。だいぶ本当にきついんですよね。だんだん慣れてくるかなと思いきや逆なんですよね。
どんどん台本をもっと良くしなきゃダメだダメだっていう風になっていくというところがあるので、いまいった内容でもっとシンプルにブラッシュアップして、枠としては5分の制約ですね。
5分の制約の中でやった方が今は設計しやすいように思うかな。5分の中で本人主体で押し付けがましさがなく、だけれども今に役立つメッセージが学び取れるような感じかな。
でもモチベシギンなんですね。やっぱり現代の人の心を動かす、心をモチベートする、別にプラスじゃなくてもいい、ネガティブを避けるようなモチベでもいいと思うんですけれども、何かしらの心を揺れ動かすようなストーリーにしないと意味がないですね。
そこに一番バーンというところで資金を入れていく必要があるから。本当にもうどうしよう、やめたい気持ちは全然あるけれども、ここで手を動かさなかったら何も変わらないんですよね。
もしゆくゆく伝統芸能をプロデュースしていくってなった場合に、この問題はやっぱり絶対ぶつかってくるんですよね。どういうニュアンスで、どういう立ち位置で見せていくのかですよね。
そのあたりがやっぱり本当に難しいんですが、悩みすぎて手が止まって動画が作れないっていうのは一番ダメなんですね。とりあえずもう今夜台本をさっさともう1回決めて、動画作りに着手するしかないかなというところです。本当につらい。
エンディング
では一回こんな感じで終わりたいと思います。お付き合いいただきありがとうございました。バイバイ。