自己紹介と番組の趣旨説明
みなさん、はじめまして。haruと申します。 早速ですが、みなさん、スピッてますか? はい。
スピッてる。 意味が分かる方も、分からない方もいらっしゃると思うので、説明させてください。
番組タイトル、スピッてる日々。 このスピッてるというのはですね、スピリチュアルのスピです。
スピリチュアル、やってんの? やってるね? という言葉を訳したのが、スピッてる。
実際こういう言葉使いをするか分かりませんけども、 それをね、この番組では、訳してスピッてると。
そう表現をさせていただきました。 の日々、毎日ですので、
私、はるがですね、日々感じているスピリチュアルについて、 ザックバラにね、
お話をしていけたら嬉しいなと思っております。 毎回、何かテーマを設けてお話できたらいいなと思いますけども、
本日は初回ですので、私、はるがどんな人間なのか、 っていうのをですね、簡単にご紹介、自己紹介ですね。
自己紹介の回にさせていただきたいと、 そのように思っております。
そもそも私、はるですね、
スピリチュアルという点から、人生をですね、見つめ直してみますと、
波が、波があったんですね。非常に波があった。
スピリチュアル熱が高い時と低い時とでも言いましょうか。
ありまして、今はまあこんな放送やってるぐらいですから、 高めです。
高め。高めなんですけども、一応私なりのこのスピリチュアル感というのがありますので、
それも含めてですね、自己紹介をさせていただけたら嬉しいと思っております。 どうぞお付き合いくださいませ。
スピッテル日々、この番組はスピリチュアルをもっと楽しく、もっと軽やかに、みんなに感じて、ごめんなさい。
あの、ちょっとうまく説明できなかったのでもう一回やらせてください。
スピッテル日々、この番組はスピリチュアルをもっと楽しく、もっと軽やかに皆さんに感じていただくため、
私、春の日々の経験、体験、学びをシェアする番組です。
どうぞお気軽に聴いてください。
はい、というわけで自己紹介ですね。紹介は自己紹介をさせていただきたいと思います。
幼少期の不思議な体験
春はですね、40代の男性です。
40代の男性ですね。今は人をお相手にするお仕事をしております。
スピリチュアルの、すべて自己紹介していたらもう到底時間が足りないので、
この番組ではスピリチュアルという点から私の今までの生い立ちとかそういったものをね、お話をさせていただきたいと思います。
子供の頃ですね。子供の頃はね、やはり私だけじゃなく子供ってね、
こうやっぱり純粋ですから、いわゆるスピリチュアルメーターことですね。
これに非常に敏感というか、感じる人も多かったんじゃないかなと思いますが、
ご多分に漏れず私もそういう子供でしてね、不思議な体験というものを多く知っていたようです。
ようですというのは、私は記憶がほとんどないんですけど、小さい時の。
ほとんどないんですけど、親や周りの人から聞いた話です。
私はよく夜空を見上げるとね、あそこに何か丸い飛行機が飛んでいるとかね、
どんどん丸い飛行機みたいなのがこっちに近づいてくるとかね、
丸い飛行機みたいなのから光が出ているとか、なんかそんなようなことをね、言ったりですとか、
あとは異変の中にね、知らない子供がいるって一緒に遊ぼうって言ってるとか言ってみたりとかですね。
あとは、そうですね、親が思っていることを言い当ててみたりとか、そんなようなことをね、していたようです。
唯一こういう話で自分で覚えているものはですね、
私、雪国で育ったんですけど、幼稚園での出来事ですね。
私が幼稚園の軒下、建物の下で遊んでいたらね、屋根から雪がドドドドドッと落ちてきてね、
私、生き埋めになったんですね。
なったというか、これは覚えてない、生き埋めになったことは覚えてないんですけど、
後から聞いた話だと、生き埋めになって大変だったって聞いたんです。
私が覚えているのは、雪山から私を助け出そうとしている先生や大人たち、バスの運転手さんとか、
必死にスコップでかき出している、そういう様子をね、すごい覚えているんです。
で、私自身は雪に埋もれたという記憶はないんです。
周りの人から聞いて、あの日大変だったんだよっていうのを聞くんですけど、
私は雪に埋もれた子を救い出している親、先生、バスの運転手さんたちの姿を覚えている。
不思議ですよね。
私は埋もれているんで、埋もれているから見えないんですよ。
見えないのに、なんか私は、私を救出している大人たちの姿をすごい覚えている。
幸いね、何事もなく救出されましたけど、それがね、すごい覚えている。
今考えると不思議だなぁと思ったりします。
そういうような不思議体験をたくさんしてきたものですから、親たちが心配したんでしょうね。
よく話ですね、あなた、あんまりそういうことをみんなに言うと変に思われるから言うんじゃないっていうことをね、結構言われてきたんですよ、言うたびに。
なので、あんまりこういうのは言っちゃいけないことなんだ、みたいな風にやっぱり思うじゃないですか、子供はね。
なので、なるべくもうそういうのを言わないようにしていたら、あんまり見えなくなったんですね。
これは皆さん言いますよね、やっぱりそういうきっかけで見えなくなっちゃったり。
なので、それが幼稚園ぐらいの時でしょう、そこから小学校入ってから全くそういうのが逆になくなったんですね、何も。
何もなく小学校、中学校、高校、そうですね、小中高、小中高と何もなかったんですね、一切、何もない。
大学時代の宗教との出会いと学び
で、大学に行った時にですね、私、ある女性とお付き合いをするわけですけども、その女性がですね、とある信仰宗教に入信をしていたんですね。
はい。で、私、別に、宗教とか、ちょっと抵抗はあったわけではないのでね。
しかし、その彼女さんがすごく楽しそうに、真剣にその宗教に行かれていたので、私もデート感覚でね、一緒にその宗教に行くようになったんですよ。
で、お話をね、聞くんですね。その先生と言われる人たちのお話を聞いている。正直、ほぼ何言っているかわからなかったんですけど、唯一、わかったというか、こういうことを言っているのかなというのは、
いわゆる神様。神様というのは、その偶像的に崇拝するものではなく、自分のうちにあるなと。自分のうちにあるという話を、要はエレントされていた宗教ですね。
まあ、信仰宗教ってあまり良いイメージがない。まあ、いろんな事件がね、あったりしますから、あまり良いイメージを持たれない方がいらっしゃるかもしれませんけど、少なくとも私の肌感ではですね、その大学の時に出会った信仰宗教は悪いものではない。
むしろ、その後私は一応スピリチュアル的な学びを深めていきますけど、今思い返してみても、その宗教の言っていることというのは、ほぼ正しいというか、間違ったことは言っていないと思っています。この宗教のことが気になる方はですね、私は直接メールを送りますので、知りたいとメッセージくださいね。
で、その時に初めて自分の内なる神って何?みたいな感じになって、そこからね、ちょっとまた、そういうスピリチュアルめいたものを学び出したんですね。
そうするとね、いろいろ学びました。
まあ当然、仏教とかそういう宗教系?仏教、キリスト教とか、まあいろいろなイスラムとかそういったものも学びましたし、
チャネリング系ですか?エイブラハムさんとかですね、あの、あれ、あの、もう一人有名な、ちょっと思い出せないけど、いらっしゃいますね、とか、
またまた、やはり成功哲学的なもの、もう私、それで、まあその形は証明できないものに関しては私もスピリチュアルの中には含めているんですけど、そういったものとか、波動とかね、周波数とか、
またまた、まあ小読みとかは、まあどうなんでしょうね、どこまでスピリチュアルと言っていいかわからないですけど、まあいろんなことをね、あの、学んでいきましたね。
どれもね、その、まあ楽しいんですよ。普通に学んでいて楽しいし、生活に取り入れられるものは取り入れてやってみました。いろいろね。
スピリチュアルからの離脱とコロナ禍での変化
それがですね、まあもう社会人になってしばらく続くんですけど、あるときね、そのスピリチュアル、やっぱりそういうスピリチュアルのお勉強とかね、いろいろしてると、周りにもそういうスピリチュアルが好きですっていう人たちが集まるんですよ、私のね。
集まる。で、その当時なんでは30、30半ばぐらいだったでしょうかね。そのときにちょうど私が出会った、そういうスピリチュアルが好きな方々が、
当時の私からは、完全にね、地に足ついてなくて、実際の生活そっちのけでね、とりあえずけどこれをやっていれば救われるんですとか、
宇宙に願望投げとけばいいんですと言いながら、こう、なんていうんですかね、悪い意味で現実をがんむししている人たちばかりに出会ったんです。
それで結局そうなると、その当の本人も結果的にね、結果的に大変な思いをされてましたけど、その本人よりは周りにいる人たちがだいぶこう、お疲れのご様子だったんですね、その本人と関わる上で。
その姿を見たときに、スピリチュアルというのは一体何なんだろうかと、捉え方によってはね、人をダメにしてしまうものじゃないだろうかと、といういろんな思いが巡って、
一度離れたんですよ、離れた、スピリチュアルから離れて、こう、現実主義というかですね、ビジネスとかそういったもの、自己啓発とか、そういったものにちょっと傾倒する時期がありました。
なのでその時期は、どちらかというとスピリチュアルに傾倒している方々を、下げ澄んだ目で見ていたかもしれないですね。
それがまたしばらく続いたんですけど、コロナでだいぶ風向きが変わったというか、スピリチュアル的な表現をするとフェーズが変わったという表現をする人もいますし、
とにかく私もなんとなくですけど、私そういう力は今のところないのでね、何かそういうのを感じる力が、ないというわけじゃないかもしれないですけど、気づかないのであれですけど、
少なくともコロナ禍で何かが変わった、変わった、変わった、見方が変わった、私のものの見方が変わったんですね。
何かというと、世の中が二分されたと思いました。
コロナ禍においてもすごく幸せそうに楽しそうに過ごしている方と、コロナのせいにして常にネガティブなことばかり口にしている人たち、
これね、僕は完全に二分されたと思ったんです。
それに気づいたときにね、じゃあそこに何が違いがあるのかなと考えてみたんです、その両者にはね。
何に違いがあるのかと思ったときに、これ一つの答えがですね、ポジティブの方は、なんだろう、この目に見えないものを否定しない。
目に見えないものを否定しない。肯定をするかどうかは別にしても否定はしない。
いわゆるスピリチュアル的なことを否定はしない。肯定をしないにしないかもしれないけど、否定もしない。
はたまたネガティブに生活している方々っていうのは、わりかしそういうスピリチュアル的なものを全否定しているなという印象を持ちました。
要はその目に見えないものに何か価値を見出しているか否か。
そして目に見えないものこそがこの世の中を構成していることを認めることができるかどうか。
その違いなんじゃないかなっていうのをすごい感じて。
その頃から再び私はスピリチュアルというものを学ぶようになってきました。
現在のスピリチュアル観と今後の展望
正直言えば今でも地に足ついていないという表現が非常に抽象的だから、何とも言えない、わかりにくいかもしれないですけど、
これでちょっとわかっていただける方もいると思います。地に足ついていないスピリチュアル好きの方は正直苦手ですし、
苦手な分野はやっぱりありますよ。スピリチュアルの。
例えば潜在意識の書き換えとか、私どちらかというと潜在意識はあるとは思っているけど、
その潜在意識を持って自分の人生は支配されないと思っているので、
潜在意識の書き換え、もしくは潜在意識なんてそんな簡単に書き換えられるものじゃないよなと思ってしまっているところもある。
全否定はしないですけど。
のようにちょっと苦手だなと思うスピ分野もありますけど、否定はしないですよ。
これ聞いている方で潜在意識の書き換えとか注力されている方は全然それを否定するわけではないです。
好きか苦手かというだけの話です。
ありますけど、トータルで言ってもっともっとスピリチュアルというものを楽しく軽やかに知っていきたいな、
学んでいきたいな、そしてみんなとシェアしていきたいなという思いが今非常に強い。
なぜならやはりスピっている方は前提として明るいですね。
明るいです。スピっている方はね。
なのでそういった方々とどんどん交流をしていきたいなという思いで、
この番組を始めさせていただくことといたしました。
おそらくこれからの世の中はもっともっとスピってくる。
もうね、スピってない方が少数派になるんじゃないかなとすら思っています。
なので今のうちにスピルとスピリチュアル、ここをいまいちとしっかりと学んでいきたいなという思いでおります。
初回は自己紹介でございました。
そうですね、更新は週2回3回ぐらいできたらいいかなと思っております。
私のスピリチュアルの体験ですとか経験、学びを主に話をさせていただきますけれども、
その中で特にこれはちょっと効果があったなというものをどんどんシェアをしていきたいと思っておりますし、
将来的にはいろんなスピリチュアル分野の方々が一同に、一緒にみんなで情報をシェアして購入できるような仕組みを作れたら嬉しいなとも思っておりますので、
どうぞお付き合いいただきたいと思います。
それでは初回のスピってる日々、以上で終わりたいと思います。
また次回お会いいたしましょう。さようなら。