第二百五十七話『夢を諦めない』-【秋田篇】歌手 東海林太郎-
2020-08-01 12:58

第二百五十七話『夢を諦めない』-【秋田篇】歌手 東海林太郎-

秋田市出身の、昭和の国民的歌手がいます。
東海林太郎(しょうじ・たろう)。
丸いロイド眼鏡に、燕尾服。
最大の特徴は、直立不動で歌う姿。
彼の雄姿を後世に残そうと、秋田市は今年、「東海林太郎直立不動像」の建立を計画しています。
もともと県民会館に胸像はありましたが、今度は旧県立美術館前、千秋公園に向かう通り沿いに建てる予定です。
現在放送しているNHKの朝の連続テレビ小説は、名作曲家・古関裕而がモデルですが、東海林太郎も同じ時期を生きた同志。古関作曲の歌を歌っています。
紫綬褒章を受け、紅白歌合戦には4度出場、『赤城の子守唄』や『国境の町』などのヒット曲にも恵まれた東海林太郎ですが、実は、デビューしたのが35歳。
それまで南満州鉄道のサラリーマンをやったり、中華料理店を営んだ経験を持つ、遅咲きのひとです。
どうしても歌手になる夢を諦めきれなかった苦労人。
それだけに、歌に対する情熱は、すさまじいものがありました。
レコードに吹き込む録音の前には、何度も何度も歌詞を毛筆で書いたそうです。
「私は、歌の意味が知りたいのです。歌詞の後ろに鎮座している魂を理解したいのです。歌は、言葉が届かないと意味がありません。最高の形で言葉を届けるには、それなりの覚悟がいるのです」
歌の背景を体感するために、歌詞の舞台になっている場所に足を運び、文献を読み説き、納得ができるまで声を発することはなかったと言われています。
常に東京 神田 神保町の古本街に通い、歌詞のたったひとつの言葉も逃さない努力をしたのです。
当時、作詞家先生に意見できる歌手は、東海林の他、いませんでした。
彼はステージでファンから握手を求められても、断りました。
「ステージは命がけの真剣勝負の場所なんです。そこで握手なんて、考えられません」
愚直に、真摯に歌に向き合い続けた伝説の歌い手・東海林太郎が人生でつかんだ明日へのyes!とは?

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