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はい、みなさんこんにちは。この番組はポンコツ寄りとまま、夢野にわとりの日々をもっと事を話したり、娘のひよこちゃんとの成長の記録を投稿していこうというラジオになります。
本日は2025年1月の10日です。ということでね、毎月10日は桃竜門の日ということで、
みんなのとおりのザッキーさんが毎月10日は桃竜門、収録で幸せや健康長寿みたいな話題を皆さんで共有して、ハッピーにいきましょうということで、
2025年1発目の桃竜門の日ということで、参加させていただきたいと思います。
ということでまずは笑顔を作っていきましょう。せーの、みこ!
幸せということで、今日ちょっとだけ幸せというか、幸せを感じたことがまず一つあったんですけども、
雪がですね、ちらつきまして、うちの地域はですね、年に1,2回積もるかなっていう感じなんですよ。
ちらつくことはあるけど、そんなに積もる場所でもないけど、本当に年に数回、雪遊びが楽しめる程度に降ってくれるという感じで、
ただね、年々温暖化の影響なのか、一昨年とかはね、年末とかに雪降って積もったんですけど、
今年はですね、全然で、本当に久しぶりに雪が降ってるというか、舞ってるだけで、すぐにね、その日はやんじゃったんですけど、
という感じでね、それを見たら、最初は雪かなどうかな、くらいな感じで降り始めて、
雪だと認識されるくらいの雪だったんですけど、子供たちがね、娘がすごいね、雪だって喜んでて、
なんだかね、それを見てるとね、こんな、本当にね、ほんのちょっとの雪だけでも子供たちにとってはすごいものなんだなっていうね、
すごいテンションが上がる事態なんだなっていうのを見て、なんかほっこりしました。
雪ってその、なんだろうな、場所にもよると思うんですけれども、やっぱりね、たくさん降るところだとやっぱり厄介だし、
たくさん降らなくても、たまにね、積もる。見てる分だけにはいいんですけど、例えば仕事があるとかでね、運転しなきゃいけないってなると、
雪道怖いし、早く行かなきゃ間に合わないし、みたいなね、なんか嫌だなーっていうね、気持ちになっちゃうんですけれども、
その反面、やっぱね、それをすごい楽しめるっていうね、なんか良曲感じゃないけど、なんかそのやっぱり、
嫌だなーって思うこともあれば、楽しいなーって思えるような、そんなね、考え方もできるような、みたいな、なんかそういうのを感じました。
今日はね、そんなね、結構、二面性というか、その中で見つけたというか、気づかされた幸せみたいなのを話していきたいと思います。
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今日はね、割と重いテーマ、幸せの日なんですけれども、ちょっと私はね、そこであえてね、死の話をしたいと思うんですよ。
というのもですね、私の夫のお父さんが12月に亡くなりまして、がんで亡くなられたんですよね。
で、そこで思ったというかね、なんだろうね、幸せっていうよりかは、なんかその感謝っていう感じなんですよね。
なんか本当に悲しいんですけれども、自分からそんなの、親族としてはちょっと遠い距離にあるっていうのもあると思うんですけど、
やっぱりなんだろうな、その死っていうものを改めて認識したというか、感じさせてもらったというか、やっぱその人生の大先輩の姿を見届けたっていう気持ちがすごくあるんですよね。
で、がんで、再発でっていうことだったんですけど、ご本人もね、それでいろんな葛藤とか思いがあったと思うんですけど、
受け入れたっていうね、もちろんそれはね、私たちというか、私にね、そういうふうに見せて、本当に弱い部分は見せないっていう形で見せてくれたんだと思うんですけれども、
本人はね、実際はそれだけじゃないと思うんですけど、がんになって余命宣告みたいなのされるんですよ。で、それを最初は受け止められなかったみたいなんですけど、
私があったときは、たぶんある程度受け入れられたっていう状態で、いろんな話をしてくれたんですよね。
その亡くなる前、1ヶ月くらい前で、2ヶ月くらい前で、これから抗がん剤治療を受けるっていう前日っていうか、その前のくらいに会ったんですよ。
で、またそのときはね、食事とかも一緒にできたんですけど、そこからちょっと抗がん剤治療がね、結構厳しくてっていうことで、
もう治療はやめてっていう形で、自宅介護じゃないですけど、そういう形でね、最後まで迎えたんですけど、
2ヶ月前、抗がん剤治療を受ける前日は元気だったんですけど、そのときにね、お話しされたことがですね、
余命いくつっていうことが分かって、でも、分かったってことは、分かったっていうか、最後がね、分かるってことは幸せなことだっていうふうにお父さんが言ったんですよね。
それはやっぱり、自分が死っていうものに向き合うというか、それが分かったことによって、やっぱりその挨拶とか、自分が死ぬ前にやることとかの行動っていうか、
片付けじゃないですけど、区切りとかいろんな整理はね、できるっていう、そういうね、
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何だろうな、そういうのの準備をする期間みたいなのが分かって、良かったなっていうね、幸せかもしれないっていうこと。幸せかもしれないって言ったかどうかちょっと覚えてないんですけど、
良かったなって、良かったと思えるようになったみたいなことをおっしゃってたんですよね。だから、それを聞いて、なるほどなって、お父さんがいろいろ考えた末にね、
そういう気持ちに至ったっていうのも、あれだし、そういうふうに捉えることもできるんだなって思って。
お父さんは、本当にすごいいろんな方にも挨拶されて、手続きとかも、そんなにだから、亡くなった後に大変なことっていうのはこっちにはあんまなかったのかなってね。
急に亡くなられたりしたら、それこそいろいろ大変だったんじゃないかなって思うんですけど、やっぱりそういう使わない車をね、
そういうこともされてて、予金とかもいろいろね、お金の関係とかもやられてて、本当にそういうふうにも捉えられるんだなって思ってね。
【佐藤】いろいろ考えさせられましたね。考えさせられましたってことは、死を考えるって、死を見つめるってことは、生を考えるってことだと思うんですね。
この生きていることっていうのはね。生きてる間に何ができるかとかね、そういうことを考える機会をもらったなと思って、
なんか私もね、エンディングノート、いざ何かあった時のためのそういうのはね、やっておいたほうがいいなーって。
今年の一応目標、目標っていうか、やりたいことリストにね、それを追加しました。
本当にね、難しいと思うんですけど、いろいろ数あったと思うんですけど、やっぱね、そういうふうに見方を変えると、
すごいショックな状況でも、そういうふうに前向きっていうか、捉え方によってはそういうふうに思えるんだなっていうのを改めて感じさせられましたね。
というお話でした。別に暗くする必要はあれはないんですけど、でもなんか、すごいやっぱり命の重みじゃないですけど、そういうのを改めてやっぱりそういうね、
人生の大先輩から見せていただいたのは本当に、なんだろうな、やっぱ貴重な体験というか、それに対してありがとうございますという気持ちですね。
はい、ということで、あと何かあったかな。やっぱね、そう思うと、やっぱり年功序列じゃないですけど、
お子さんが先になくなっちゃったりとかね、そういうあれがあるじゃないですか、ニュースとか見てると。
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自分も親になったから、本当にそれはね、いたたまれないし、やっぱり年功序列でいかないとなっていう、なんていうのかな、気持ちになったというかね。
自分が死ぬ時ってどうなんだろうとかね、考えたりとかね、そういうのをしましたね。
本当に跡形もなくじゃないですけど、すっきりした状態でね、あんまり迷惑をかけずに、そういうふうに片付けられたらいいのかなと思ったり、いろんなことを思いました。
はい、ということで、今日も聞いていただきありがとうございました。またねー。