鎌田真樹子
横のつながりが必要だっていうのも自分はあって
それでいろんな方たちを会いに行ってね
三村律子
その後彼女は違法有害情報を相談センターっていうね
総務省の管轄の
近藤淳也
そうなんですか
鎌田真樹子
そうそうそう
三村律子
それのなんかチームが新しく作るということで、
お声かけいただいて、ちょうど私もインターネット関係の仕事をしてて、
何かないかなと思うと、かまたさんから連絡があって、
こういう仕事あるけど、どう?って言われるんです。
鎌田真樹子
はい、やります。
あ、そうですか。
そこはもう全部のところからの相談が来るんだよね。
三村律子
いろんなそのまあ 誹謗中傷ですよね
すごいあのやっぱり2チャンネルとかがものすごくね
延長したりするところの削除依頼とか
そういう方法を伝えたりとかいろんな人生のことを書かれたり
大変な
近藤淳也
大分そのあれですよね初期って言ったらですけど
インターネット黎明期の日本のネットコミュニティの健全化というか
そういうところに携わられてきたというところですよね
鎌田真樹子
私が相談役みたいな感じになって
その違法用有害情報相談センターが立ち上がって
それで何年ぐらいかなあれ
三村律子
2年か3年もうちょっとでしたかね
鎌田真樹子
何年今から6,7年前に
三村律子
ちょっと覚えてないですね
もう昔遠いなと
遠い昔
携帯のね、柄系がすごく流行ってた時だから
鎌田真樹子
まだインターネットも
スマホになる前だよね
近藤淳也
はいはい、もともとそういうご専門だったんですか?
鎌田真樹子
いや全然専門じゃないです
近藤淳也
なんかどうしてそういう白羽屋だったというか
鎌田真樹子
私はなんでしょうね
カッサマサポートやってたんですよ、いろんな意味で
近藤淳也
それは魔法のアイランドの中で
鎌田真樹子
マホーナイランドじゃなくて別のところでもカスタマーサポートとかもやっていて
で、なんかの友達の紹介ですよね
それでちょっとここでやっぱりマホーナイランドにその人が入ってて
で、なかなかそういう難しいセクションだからちょっと年齢の高い
落ち着いた方が欲しいという
大人が必要
そうそうそう、みんな若いですからで
それでやってくれないかっていう話があって
それでじゃあ行きましょうっていうことで行ったんですよ
霊明期ですねまだ携帯小説とかが上がる前ですから
それで初めて8年ぐらいかな私はそこでずっと仕事してて
その間ずっとインターネットの業界とかもすごい変わって
一時期アクセス制限っていうのが総務省の方で
子供たちがアクセスできないようにするっていうのを業界全体で
近藤淳也
出会い系サイトが問題になった時期っていう時ですよね
鎌田真樹子
それで業界同士の連携が必要だということで
様々本当にいろんなところはね
こっちの違法有害情報の方でも中央交換ということで
さまざまなコミュニティサイトの担当の方たちとお話をし合っていく
それでいろんな方たちが今ね
Facebookとかで繋がっていて
この方はこんな今こんな仕事してるんだとかいろいろですね
近藤淳也
なるほど
なんか当時エマーの認証がないと
バイモードの公式に入れないかなんかっていう感じでしたっけ
鎌田真樹子
そうそれでもね
近藤淳也
いろいろアドバイスを鎌田さんにもいただきながら
アテナの時によく取り付けようとなった人だったかな
だんだん僕も記憶が合って
三村律子
昔の話ですね
鎌田真樹子
それで京都にたまたま私たちはコンサートで来るので
月に1回とかね必ず来るので
その時にアテナのカスタマーサポートの方と
じゃあ情報交換こっちは東京の方のそのいろいろ業界の動向をお伝えしますよっていうことで
コンサルみたいな感じで入らせていただいて大変助かりました
近藤淳也
いやいやいやいやいやこちらこそ何回もアシエを運んでいただいて
鎌田真樹子
いやいやいや。
近藤淳也
定期的にお話させていただいてましたけど。
そうなんですよね。
鎌田真樹子
はいはい。
そんなつながりで、今日ね、たまたまその、
近藤さん何してるのかなっていうのは、
結構前からフェイスブックでつながったので、
こういう、なんていうか、全然不動産のほうのね、
シェアハウスをされてるっていうので、
なかなかね、泊まりじゃなくて、
結構、もう、日帰りで帰るってことが多かったんで、
三村律子
今日はたまたまに2日間連続コンサートに 京都と三輪湖とね
鎌田真樹子
あ、用事が2日あったんですか
そう、それで泊まらないといけなかったんで
それで、じゃあ、コントさんところに1回 面白そうだなと思って泊まってみようと思って
近藤淳也
じゃあ、安能京都僕が関わってやってるってことを ご存知だったんですか
鎌田真樹子
うん、知ってたんですよ
近藤淳也
で、ちょうどいいからって
三村律子
それも誘格っていうのがいい
鎌田真樹子
誘格がいいなと思って
三村律子
昔ね、かまたさんと私、あそめJPっていうサイトを立ち上げてたんですよ。
そのあそめっていうのは友情と書いて。
鎌田真樹子
そうそうそう。
近藤淳也
あそめね、友情。
三村律子
そう、ずっとやってて、結構色恋のね。
鎌田真樹子
色恋の話と、本の紹介で、あれはショコラか。
ショコラっていう、ペカヌジュっていつもそうやってなんか作ってきた。
近藤淳也
それは何?何が読めるサイトですか?
鎌田真樹子
いやいやもう今もうないからね本の可視化ができるって自分の
ショコラの方
三村律子
ショコラの方は本の可視化
別のサイトでね本をみんな本を持ってシェアするっていう
ショコラっていうのはショコのショコね
なるほど
近藤淳也
ちょっとオシャレな感じ
鎌田真樹子
そうそうそうそう
三村律子
チョコレートのイメージのみんなでシェアしようっていう
もう今ね今普通だけどシェアするのね
その本の可視化をしてみんなで読もうという文化的なね
鎌田真樹子
そうそうそうそう
三村律子
でもそれとは別に日本の文化っていうことを考えればやっぱり優柔じゃないですか
近藤淳也
やっぱりって言われても僕はリアルにはあんまり接点はないんですけど
三村律子
でもやっぱりご縁だと思うんです
こういう不税のある日本の文化で一番コアになるような建物で営業されてるっていうのは
いやすごいなやっぱり近藤さんはっていう話になってて
それ一回止まらなきゃいけないっていう話になって
鎌田真樹子
それでね誘ったんですよね
三村律子
こういう面白いとこあるから行かないって
鎌田真樹子
あのアテラの近藤さんだよって
いやもうね今日朝来たら急にバッタリ終わった
近藤淳也
まさかいるとは思わなかった
全然逆に事前に僕も認識できてなかったんで
鎌田真樹子
うわーってなって最初ちょっと誰だろうと思った
近藤淳也
声かけられて、あれ?って思って。
鎌田真樹子
びっくりしちゃいました、ここに。
「あっ、浜田さんだ」って。
近藤淳也
もう、久しぶりすぎて。
鎌田真樹子
久しぶりすぎてね。
すぐ繋がらなかったですけど。
そういえばそうだったな、
だんだん思い出されて。
近藤淳也
びっくりしましたね。
鎌田真樹子
嬉しいです、本当に。
近藤淳也
で、その「あそめ」っていうのは
何をしてたんですか?
鎌田真樹子
何をしてたんだっけ?
三村律子
友情のまつわるような。
お話とかだからな。
本の紹介です。
山本さんがいろんな友情関係の本を読んでて。
友情関係の本が好きなんですか?
鎌田真樹子
ジェンダーの本ですよね。
それで、そういうジェンダー絡みの男女に関しての、
すごいいろんな文献ってあるんで、
そういうのを紹介してたんだよね。
三村律子
そうなんです。
すごいね、エロチックなとこじゃなくて、
本当に日本の文化の、
鎌田真樹子
そうですよね、余売とかね。
近藤淳也
そうそうそう。
余売とかね。
三村律子
本当こういう仕組みがあるじゃないですか、日本独特な。
鎌田真樹子
祭りがあってね。
そういうことが実はそういうのをもう失っちゃってるんじゃないかっていう感じがしてね。
三村律子
それで日本はものすごくやっぱりね、衰退してしまって、
みんな元気がなくなってしまってるわけだから、
そこをねなんとか美しく
皆様にご紹介できたらいいかなっていう話をしてたんですよ
それでね
鎌田真樹子
ずっとメールマガジンみたいな感じで
三村律子
そうそう出してたよ
でその頃にちょっとタンス屋さん
そうそうそう
鎌田真樹子
タンス屋さん
タンス屋で楽天で浴衣を販売した
三村律子
着い方とかその、衣装も、だからリサイクルですね
鎌田真樹子
リサイクルの着物
そうそうそう、着物の販売もネットで、ネット販売をね、やってたんですね
近藤淳也
なんか色々やってますね
鎌田真樹子
そう、もう何でもやってたんですよ
三村律子
その当時、あんまりできる人がいなくて
鎌田真樹子
そうそうそう、ダンス屋さんもほら、なんていうの
あの、リサイクルでいろんなショップを作るんだけど、ネット関係が弱いから
三村律子
タイミングよくかけてくれるのかなっていうところがとても不思議だった時に
あの一番最初どう?って聞いたら
その井田紀真先生がこういう女の人どう?みたいな
近藤淳也
いつ頃の話ですかそれ?
鎌田真樹子
十分前やね
三村律子
1990年代でしょ?
鎌田真樹子
1990年代?
近藤淳也
きっとね
三村律子
千のくらいから始まる
人差しがばれちゃうよ
だからそういうとこを初めて聞いて
じゃあこれ何のつながりなんだろうって色々考えたりすると
あのまあこれセントの話になるんですけど
先ほどバスの話だよね
バスの中で話してたんですけど
鎌田真樹子
かわいいつぐのすけ
長岡なんですね私あの両親が
であそこは三度壊滅的にやられたところで
母親戦闘でさつまにやられたんですね
その時の藩主の
藩主じゃなくてカロウが
川井通之助っていう人
この間ちょっと前に映画になったんですよね
で、明治維新の
明治市の中でもちょっとこうあれで
柴梁太郎さんが「峠」っていう小説を書いて
その「峠」が映画化されたのかな
役所講師さんがやって
それで母親戦争で
京都から京都にやられたんですね
京都からこうみんな来て
で「欧州劣般」っていうのがあって
そこがその愛津と新潟の長岡半島、あと仙台、青森、あと山形か
そこがこう、欧州列帆というのを作って、最後戦ったんですよ、官軍と
それで最初にやられて、そこから愛津に行ったんですね、官軍は
その時にやられたっていうのがあって
川越の隙間、1回は長岡城を奪還するんですけど
小さいあれなんで、もう負けたわけですね
で、その後、次は誰だっけ
山本一郎くんが出たとこなんです、長岡って
山本一郎くんは今度は世界大戦で
あのまあねなんだっけあのあそこ
えっと一番最初先生攻撃したじゃないですか
近藤淳也
ハワイ?
鎌田真樹子
ハワイのそうそうあそこなんとか攻撃だった
三村律子
みんなもうあそこが
真珠湾攻撃
鎌田真樹子
真珠湾をやった人ということで長岡はもうあの壊滅すときに
空爆されたんですよね
三村律子
あとは自信があって
鎌田真樹子
それは結構最近ですね
三度の壊滅的なことをやられて
自分の中に負けるっていうのがあるんですよ
三村律子
そういう質が何でも社会に負けるっていう
叩かれるんですね
鎌田真樹子
叩かれるっていうか
近藤淳也
どういうことですか?
そういう運命があるってことですか?
鎌田真樹子
そういう
三村律子
正当なことをしようとするとね
やっぱり正当じゃない人たちが
鎌田真樹子
つぶしにかかるっていう。 そう、つぶされるっていうね。
かまたさんが正当じゃないことをすること? ちょいちょいちょい。
まっとうに仕事をやろうと思うんだけど、 筋としてはこうだろうっていう。
そこをこう主張していくと、 必ずつぶされるっていうのがあって、
先祖のあの亡霊が。 長岡の? 長岡の悔しさが、やっぱり身についてるんです。 身についてますね。
それもやっぱりある時になんで 負けるのすっごい嫌いなんですね
で負けたくないから戦わないんですよ最初から
で勝てるのだけ戦うのだけ そのくらい負けるっていうのは嫌いで
なんでこんなに自分はそこにこだわるのかなと思った時に
護身戦争の話があって ああこれだっていう風に感じたんです
もう先祖からずっと負けてきてんだよなんて
やられてやられてみたいな
でそれは今再評価されて
その映画になったりとか
そこで川井次之介が何を考えてたかとかって
そういうことが自分で読めるようになって
ああそうかそうかっていう
なんかそのそういう体質がこう
自然にこうなんか身に付いちゃったりだな
っていうのはありましたね
だからアイポリスでも一生懸命こうやってくんだけど
やっぱり結構ね、圧力が多かったですよ。いろんなところで。
近藤淳也
そうですか。でも逆にね、会社の中一つに閉じずに、
結構業界の横のつながりがすごく重視されている印象で。
鎌田真樹子
欧州列伴ですね。
近藤淳也
なんかその、まあそれこそ果てながら大勢なんだった時も、
本当にね、いろいろとアドバイスくださって。
鎌田真樹子
結構皆さん、IT業界ってそんなに横のつながりってないですよね。
近藤淳也
そこがなんか、その本当に一社の利益とか、
全然越えた視点をお持ちなんだろうなって 当時から思ってたんですけど
それはどうしてなんですか
鎌田真樹子
それは長岡の分
三村律子
だから世直しっていうか
正義の味方っていうのが もうミッションにあるね
鎌田真樹子
ミッションにあるんだと思いますね
三村律子
そうなんですか
鎌田真樹子
世界が良くなるようにっていうのは やっぱりいつもありますよね
三村律子
世界がすごい広いんですよ
近藤淳也
それは昔から感じますけど
鎌田真樹子
もともとですか
そうですね、きっと。
近藤淳也
なんでそうなったんですか?
鎌田真樹子
わかんないなぁ。
三村律子
たぶんそれがね、たぶん魂とかもともとの思って生まれた。
鎌田真樹子
そうそう、それで父がね、また、父が、うちの父。
あのー、あれなんですよ、陸軍士官学校で、
空襲で最後、その、なんていうの、あの、
菊野拷問症のタバコをねもらった後もらって出陣のちょっと前に戦争が終わったんですよ
それで帰ってきてあのまあ私は生まれてるわけなんですけど
そのその時の父も負けるっていうのがこうあってですね
近藤淳也
どうして?
鎌田真樹子
だって戦争に負けてくるから
近藤淳也
負けて帰ってきたから
鎌田真樹子
それで自分は死ぬだろうと思っていたのに
生き延びたと、生き延びて何かすることということで
父親が結構そういういろんなことを、やっぱり社会を良くするみたいな
そういう考え方だったんじゃないかなと思いますね
そういうのがやっぱりあって、そこがあるかなって感じですから今考えてみると
まあ死んだと思ったら色々、色んな形にできるぞって
死んだと人たちに対して何をしてたらいいかっていうことなんだと思うんですよね
強いね
近藤淳也
そういうのもあって別の方向に進まれたんですか
鎌田真樹子
いや「魔法のアイランド」が売却されたので
それをきっかけに独立したわけですね
それで羽田さんの猫にもさせていただいたという感じですけど
近藤淳也
「魔法のアイランド」はメディアワークスさんに
カドカワーのメディアワークスさんに買収されて
今門川さんが携帯小説ということを運営されていて
それのリニューアルの開発を
鎌田真樹子
アムシー会社はてなが手掛けているということで
近藤淳也
どこまでもご縁がなくなる感じなんですけど
なるほどなるほど
じゃあその売信の時に引っ掛けに次の道へという
鎌田真樹子
だって門川さんがそんな子供たちの健全なんて思わないですよ
ちょっと言いながら
健全化しようっていう感じはないし
だから私の役割はそこになかったんですね
近藤淳也
刑務というよりはやっぱり若手小説家の発掘とか
鎌田真樹子
そうそうそう
そういうところが手段なんですかね
小説もそうなんですよ
だからあまり必要ない部署になっちゃったんで
それでもう引き時だなと思って
それでそのコンサルティング エマの方がねまだ続いてたんで
エマの理事とかやりながら 色々コンサ
業界の育成に行ったわけですね
でもそれもだんだんだんだもうほら 携帯からスマホに変わってったので
それほどエマも結局なくなっちゃいましたからね
なのでその間に何するかなみたいのがあって
それでちょっと見たときにちょうど エニタイムスっていうサービスが始まって
ご近所サポートっていうやつなんですよ
立ち上がって登録してみませんか みたいな話があって
インターネット通用に出てて どういう仕組みになったのかな
その頃やっとシェアリングとか そういうことが流行ってきたときですよね
で、あの、要するにAirbnbとか、ああいう、こう、こう出てきて
近藤淳也
シェアリングエコノミティック
鎌田真樹子
そうそうそう、エコノミティック
で、それで、興味があって
近藤淳也
家事の共有みたいなのですか?
鎌田真樹子
うん、あの、家事をやるところもそうなんですけど
なんか、ご近所同士でサポートしてマッチングしていくっていう
そういうサービスのエンタイムですね、今もありますね
で、そこで、その最初に、一番最初に登録したら
あのなんかすごい自分の家の近くにね ここで掃除してほしいというのがあって
まあ普通の主婦ですから
普通の主婦?普通の主婦かな?あんまり普通の主婦じゃないですけど
お掃除とか別にできるし子育てでやってきてることに全部できるんで
ちょっと行ってみようかなっていう
どういう仕組みになってるかっていうのは最初興味があったんですよ
どうやるんだろうみたいな感じで使ってて
そしたらその依頼が来て
その依頼が来たときにすごく近くだったので
行ってみたんですね
そしたらどうやらねそのシステムの人で初めてのなんていうの
あのなるべくお客さんをみんなだから自分たちがオーダーして
やってもらうという感じだったらしくてどうもシステム関係の人だったんですね
やっぱりそのお家がそこの家に依頼が来た
サービス提供者のいいんだったんですか
サービス提供者の関係者で
あの依頼が来たの
でそこに行って
あの2時間掃除してきたんですけど
人のうちに初めて行ってね
近藤淳也
なんか面白いなと
そんなことしてたんですか
鎌田真樹子
そうそれで
綺麗に整えてあげて
なんか帰ってきたら喜ぶかなと思いながら
色々やってたら面白いなと
それでお金をもらえたわけですね
で、ありがとうございますとかってきて
値段が高くなるじゃないですか
それで、これ結構面白いなと思って
で、そこでやっていくうちに
トップのサポーターになっちゃったんですよ
近藤淳也
一番評価の高いお掃除してくる方みたいな
鎌田真樹子
それで、件数も多いので常に上に
近藤淳也
そんなにやってたんですか
鎌田真樹子
そんなにでもないんだけど
サービスの立ち上げだから絶対数が多くなかったんですよ
まだそんな
火事代行のマッチングサイトも少ない頃だったんで
あれがねアメーバーのアメーバーブログの社長さんが作った
あ、社長さんじゃない
そこにいた人が社長さんで女の人なんで
融資してもらって作ったサービスなんですよね
結構そのサービス的にはまあまああれしてて 技術者もいっぱいいて
本当に創業時にたまたま私がそこに行って トップになっちゃったんですよ
トップになるからいつもね依頼が来るんですよ
近藤淳也
なるほど
鎌田真樹子
それで常にトップサポーターなんで 信頼もあるし評価が繋がるじゃないですか
お掃除だいたい私にとってはクールだよ
近藤淳也
それでお掃除のプロって
鎌田真樹子
最初にお掃除なんですね
お掃除をしてするようになって
それでその頃にちょうどAirbnbが
ちょうど出てくる頃だったんですね
でその登録に行った時に
なんかね今Airbnbのお掃除する人がすごく少なくて
そういう依頼がきっとたくさん来ると思います
みたいな感じで
へー、ヤビーってなんだろうみたいな感じで
あのー、やってたんですけども
超大変になりましたね、ヤビーの掃除が
近藤淳也
増えて?
鎌田真樹子
増えて、もうそれでお掃除する人いないんですよ、なかなか
で、まあ、要するにその、こういうホラホテルの
ホテルの掃除ですよね
で、もうともかく
もう、一時期は夜中まで、もう
三村律子
もう、渡り歩いてして
洗濯機回してね
鎌田真樹子
そう、洗濯機回して、コインランドル行って。
ものすごい肉体労働してた。
三村律子
みむらさんもかかってたんですか?
私も、だから、かまぬさんにこういう家を、
鎌田真樹子
仕事し合いとかやって。
鎌田真樹子
ちゃんと科学なんですよね
それを読んでるともう夢中でほとんど読みましたね
それで実践していきながら
それで私は血統値を測る機械を持ってるので
血統値を測りながら
最初の頃ですね今はリブレイですけども
最初の頃はこうやって測りながら、何を食べるとこうなるのかっていうのが自分の実験ですよね
それでどういう食べ物がいいのかと
それで低糖質の普通のレシピみたいなものは全然作る気しないんですね
美味しそうに感じないんで
それを自分の好みというかね、美味しいもの
三村律子
美食家なので
近藤淳也
美味しくないと
鎌田真樹子
そう、美味しくないとやってられないですよね
近藤淳也
なるほどなるほど
鎌田真樹子
で続けられないんですよそれでそれを探求したというか
それでねその食をやろうと思ってちょっと作り置きとかを始め
ちょうどその頃タスカジさんとかね
出てきてその有名になったんですよ作り置きっていうのが
で皆さんがこうなんていうのお家に30代の人たちが
お家のお掃除もお料理も手伝ってもらうと
みんなだいたいみんな働いてるお母さんたちですね
それのマッチングサイトとかいっぱいで タスカジュがすごく有名になったんですね
島さんという人がいてね 作り置きのガイアの夜明けかなんかでて
すごく有名になっちゃったんですよ
で タスカジュもやってたんですけど ほとんど自分のエンジェルメスの方でもやってて
それで料理の方も始めたら 今度自分が血糖値が高血糖で糖尿病で
こういう食事だから低糖質の食事が得意ですよって書いたらば
そういうのでそのインシュリン抵抗性のある人が
晩ごはんのね食事を作ってほしいって結構大金持ちでしたけど
そこに行ってもうコンロが5個あるんですね
そこに行っちゃうの夕食を毎週作ったりとかでだんだんだんだんその
低糖質のどういうものがおいしいかとか
どういうのが皆さん食べたいのかとかっていうのをわかってきて
それで
人の家の家庭に行って作ってくるのと
自分自身の体の桁地見ながらっていうのと
どういう食べ物がいいのかっていうのを
ずっと本を読んだりして研究して
それで今の食
お弁当を作ろうと思ったんですよ
元々料理教室をやってたんですけど
コロナで
あの低糖質の料理教室っていうのを やってたんだけど
コロナで会う機会っていうのがほら だんだんなくなって
で まあそれはあのなんていうの
月に1回とかやってたんですね
その料理教室は
シェアキッチン借りて
あの 何?
お弁当?
うんうん
近藤淳也
っていうのは、テイクアウトはね、やっぱりみんなお家で食べた方が安全なので。
鎌田真樹子
で、それをやってみようかってシェアキッチンも面白そうだしと思って。
それで始めたんですけど、自分が低糖質で必要なお弁当ってね、ないんですよ、それがこの世にあんまり。
低糖質で私の口に合うもの。
三村律子
未食かな?
鎌田真樹子
ほとんどね、1軒か2軒ぐらいあるんですね
ザ・低糖質っていうお弁当があって
それとエサシっていうミシュランの取ったところが
体にいいお弁当ということで
低糖質にして作ったお弁当が
結構伊勢丹とか新幹線のエキュートとかに売ってて
で、それを食べてみても自分では「うーん、いまいちだな」と
で、外に行って買えないんですよね、なかなか
そういう、何使ってるか分かんない、醤油料とか
みんな甘いですから、甘さを感じるし
甘いって言っても砂糖じゃなくて、伊勢加ととか使ってるんで
ぶどうととかね
パーッと上がっちゃうんですよ
で、なんでこんなガチャがないのかと思うと
「あっ、あれだ」みたいな感じで
外食した時にあれだとかっていうふうに見てきて
そういうのが上がらない絶対食べても上がらないお弁当欲しかったんですね
で欲しいけどないからしょうがない自分で作って売ろうと思ったんです
それでもう自分のともかく自分の血統値が安定してて上がらないで
しかも美味しい
エサシのもまあまあ美味しいんだけど
メニューが決まってんですね
毎日食べられないじゃないですか
やっぱりメニュー変わってほしいっていうのがあって
だからそれを全部変えて
毎週違うメニューで
お弁当作ったんですよ
でそのお弁当を売ってくんですけど
LINEでグループを作って LINEに登録してもらって
そこで予約をとって その予約販売ですね
予約販売と店頭売りもするんですけども 結構そのLINEが予約に立ちましたね
近藤淳也
そうなんですね
そうそうそう
じゃあ今はお弁当を皆さんの分も作って 販売されてる
鎌田真樹子
もうしてたんですけど お連れが3月終わるんです
終わっちゃうんですか
一緒にやってる子が介護事業所を 設置上げるんで
余裕がなくなってきてほとんど 活動みたいなものですから
三村律子
それでもう今日はほとんど出ない ただそれで回ればいいと思うんで
鎌田真樹子
ボランティアのお弁当クラブ
もう人手がいないからお弁当クラブ ってのを作って
参加してもらう代わりに、おいしいまかないを食べましょうっていう話でね。
へぇ~。
三村律子
すごくね、もうデラックスなまかないで。
鎌田真樹子
そう、私を作るんですね。
近藤淳也
でも、なんか世の中的には必要とされてるんじゃないですか。
鎌田真樹子
そうそうそう。
近藤淳也
そのお弁当は。
三村律子
そのまかない食べたふたに、みんなね、お手伝いに来て、
まあそれでお料理もね、一緒に勉強しながら。
近藤淳也
なるほど。
鎌田真樹子
でね、やっぱりコアな方達はちょっと体悪かったり、
やっぱり気をつけなきゃいけなかったり、
鎌田真樹子
医学業界ですね
三村律子
そうなんですか
闇の世界の話とか言って
近藤淳也
なんで予防した方がいいんじゃないんですか
鎌田真樹子
予防しないんだって
儲からないじゃないですか
三村律子
予防業界の仕組みですね
近藤淳也
糖尿病の方がいいってことは
鎌田真樹子
糖尿病はものすごいドルバコスさんですよ
三村律子
糖尿病とねその腎臓病がねあるじゃないですか
鎌田真樹子
そうですよだって最後は全部
透析に行くんだから
宝石ってものすごいお金が借りますよね
それで、糖尿病…
三村律子
気がついちゃいけない
鎌田真樹子
そう、そう、そう
近藤淳也
じゃあ、不都合な真実
鎌田真樹子
そうそう、不都合な真実
今ここで語られてる
近藤淳也
いや、僕でも、昼ご飯に
ご飯とかパスタとか白いやつ食べると
大体めちゃくちゃ眠くなるので
昔はそこまでじゃなかったんですけど
鎌田真樹子
結構顕著で
こうやって下がった時に眠くなるんですよ
そうですよね、多分上がって、 上がって、下がっていって、
近藤淳也
ズーッと、もう、でも、すごい仕事にならなくなるんで、
最近ほんと炭水化物取れなくなったというか、 取らないようにしていて、
でも、なんていうんですか、どうしたらいいんですか、本当は。
鎌田真樹子
私のお弁当食べてください。
近藤淳也
さっきのいろんな本を読まれて、
海外でいろいろ研究が進んでいるという話でしたけど、
なんかその、理論としてはどういうふうに今、こう、やってるんですか。
鎌田真樹子
いろんな理論 パレオダイエットっていうのは結構
要するに人類が
体の臓器とか フォルモンの代謝とかいろんなものを
完成していった時期に 炭水化物はないんですね
だって濃厚が始まったのは 随分最近だし
近藤淳也
人類の何万年ってやつの間に ずっと進化してきてるわけだから
鎌田真樹子
穀物の栽培みたいなのがない時期は
近藤淳也
ない時期に体ができてるわけです
鎌田真樹子
動物とか木の実とか食べて
近藤淳也
海のものとか
そもそも糖質がなかったってこと
鎌田真樹子
糖質はほんのちょっと時々果物を見つけて 喜んで食べるとかってそういうことだと思うんですね
昔の今のような甘い果物なくて みんなちょっと酸っぱくてね
三村律子
渋いような身だから
近藤淳也
品種改良されてすごく甘くなって
木の実とかは?
木の実はいいんですよ
鎌田真樹子
糖質は入っちゃったらいいけど そんなに多くない?
三村律子
多くないですよね 油の方がおいしいです 木の実
鎌田真樹子
木の実とかはいいのね まだね
三村律子
私たちも木の実よく食べますから
ただ最近の木の実でも甘くないと流通に乗らないから
やっぱり甘くなるような肥料とかね
鎌田真樹子
あと砂糖まぶしたりね
近藤淳也
そうそう
三村律子
それはもう
近藤淳也
とにかく甘くないと触れないから
三村律子
なるほど
鎌田真樹子
人類のね今人間の普通の人は甘くないと美味しいと感じないように
近藤淳也
脳がこうそういうふうに
鎌田真樹子
中毒みたいなのが持ってるんですかね
だから麻薬の中毒よりも砂糖の中毒の方が
ずっと重症だっていうことをよく皆さん書いてますよね
抜けられないなかなか抜けられない
そのくらい依存性があるんです
砂糖の歴史がね、また恐ろしい歴史
近藤淳也
どうなったんですか、狩猟最終時代が終わって
鎌田真樹子
終わってそれで、体は別に炭水化物がなくても
無い状態でやってくる、そういう体なんですよね
ホルモンのバランスから、体社の
そういうものでできてるのに、ここだから1000年とか、2000年ぐらいか、農耕始まって、
その後、砂糖とかってのは、百何十年ですよね。
近藤淳也
そんな歳なんですか?
三村律子
そうです。
鎌田真樹子
奴隷貿易で。
三村律子
奴隷貿易から始まったって書いてある本があって、
砂糖。
鎌田真樹子
お砂糖。
砂糖きびのね。
三村律子
砂糖きびを植えさせて。
鎌田真樹子
アフリカから連れてきて、その人たちが作ったんですね。
三村律子
いろんなところに奴隷を使いながら 砂糖を皆さんに食べていただきながら
鎌田真樹子
じゃあまだ3世代、4世代ぐらいの話なのですか 砂糖を食べながら
長い人類の進化の過程ではなかったものだから 体が対応できないんですよ
多量の炭水化物を摂ると体が 退社できないというかね
それで負荷がかかるんですよ
そういうところから今のその難病 五大疾病みたいなものが全部出来上がってきてるんですね
なるほど
すごい論理的でしょ
近藤淳也
まあそう聞いたら
昔その例えば狩猟で一日中の山をかけて
獲物を追っている時のエネルギー源というのは
鎌田真樹子
ケトン帯です
近藤淳也
脂肪を燃焼していた
三村律子
そうそう脂肪をエネルギーに変えていって
鎌田真樹子
今でもほら、そうなんとかすると
何日間が生きてるじゃないですか、食べ物なくて
あれは自分の体の脂肪をチェンジしてるんですね
それで生きてるのね
そういうのが桁体で
そういう桁体になってくると脂肪を代謝する
要するにハイブリッドなんですよ、人間だから
糖質と脂肪
で、糖質の方がずっと稼働してる時はこっちが動かないんですよ
だから糖質ある程度制限すると こっちがこうなる時ですね
夜寝る時は食べ物食べないから ケトン体で回してるんですよ 夜中は
それでケト値がずっと安定して
それで下がるのは ずっと前にこう 上がっちゃったところで下がってるんですよ
で 普通はケトン体でずっと生きていて
近藤淳也
ケトン体っていうのは 体質のことですか?
ケトン体ってなんですか?
鎌田真樹子
ケトン体っていうのがあって、それが油の
三村律子
脂肪で、脂肪というか胃分でエネルギーに変えていって
普通の今の近代人で
鎌田真樹子
ケトン体が出るっていう、よく言いますね
三村律子
ケトン体が出ることはよくないっていうふうにされてる病院もあって
近藤淳也
無視と名前ですか?ケトン体
三村律子
そうそうそう、ケトン体
鎌田真樹子
全体的にケトン体
ケトン体ってちょっと調べてみてください
三村律子
難しいよね
鎌田真樹子
難しいよね、説明
近藤淳也
ケトン体
物質なんですね
脂肪の分解合成における中間代謝産物がケトン体
鎌田真樹子
それが発生するようになる体に発生するようになると脂肪代謝になってからです
ケトン体を発生しやすい食べ物というのがあって
それがMCTオイルだったり
MC?
Tオイル
MCTオイル
中砂脂肪酸です。
近藤淳也
ココナッツオイルを生成したものです。
鎌田真樹子
それをバターコーヒーに入れると、超強力な、
三村律子
一気にグーっといい状態になるんですよ。
鎌田真樹子
脳は糖を、糖がないとダメだとよく言われてたんだけど、
実はそのケトン体が通過するんですね。
脳にエネルギーがいくんです。
それがわかったのはかなり最近で、
だからそれまではね糖を取らないと頭がバカになるよっていう話しちゃったんですけど
鎌田真樹子
麻薬みたいにもんね。
三村律子
私あれね、本当に恐ろしい食べ物だと思いますよ。
近藤淳也
だって小学校の時に、給食でコッペパンとか食べされて、
鎌田真樹子
ちょっとなんか、みんな馬鹿になっちゃった。
三村律子
なんか舌をね、なんかこう、
鎌田真樹子
洗脳されたんじゃないかなと思って、鳴らされちゃったんね。
三村律子
お米食べてたじゃないですか、日本で。
鎌田真樹子
給食でお米出さずにパンを食べさせられて パン食べるとお米より幸せな気分になるから。
三村律子
やっぱりパンね、朝ね、ネスカフェとかの宣伝の時にやっぱ通すでしょ? それ見るとなんかちょっといい感じ。
近藤淳也
そうか、そういうすり込みによって体を傷つけてるかもしれない。
三村律子
そうです。脳が結構やられて、
麻薬と同じような成分が入ってるっていう 本にも書かれてますから。
近藤淳也
そうですか。
さっき炭水化物取ってる人は、見たらわかる。
三村律子
見たらわかりますね。
近藤淳也
どういうことですか、それは。
三村律子
やばい、なんていうかな。
ちょっと言えないです。
わかるようになりますよ。
近藤淳也
そうですか。
鎌田真樹子
感じるようになります。
近藤淳也
僕もトレイルランニングをするので
トレイルランニングってマラソンとかよりもやたら長いんですよ
100マイルレースとかが結構一般的なんで
2日3日走り続けるレースが多くて
鎌田真樹子
すごいですね
近藤淳也
夜通しで本当に昔の多分狩猟民族の生活に近い
三村律子
戦の時代ですか
鎌田真樹子
そうそう
近藤淳也
戦い
ちょっと眠くなったら山の中でちょっとだけ仮眠取って
また走り始めるみたいな
本当に昔の人類の
鎌田真樹子
たぶん、魂を、なんか、たぶんすごい、なんかよくわかんないですけど、無条件にこう、充実感というか、
近藤淳也
なんか僕はすごい充実感を感じるんですけど、もしかしたら、もともとやってたのが、これなのかなって、野山をかけるっていうのが、
なんかやっぱり人間の生き物的に、なんか、原点というか、
三村律子
なんかやっぱり濃厚とかじゃないんだよね、人間は。
近藤淳也
なんかそうなのかなって、思うんですけど、
鎌田真樹子
食べ物とかどんなもの食べるんですか、その感?
近藤淳也
それで本当に僕はあんまり 桁ん体とか知らなかったんですけど
やっぱり糖質を消費するような 体質だと全然持たないですよね
鎌田真樹子
ああやっぱりね
もうすぐバテちゃうんですよね
近藤淳也
ハンガーノックって言って 糖質が切れた瞬間に急に力が出なくなって
だから糖質をエネルギーに変える ような体質だと全然食べ続けないとダメなんで
結局脂肪を燃焼できるような 体質に変えていかなきゃダメで
割とみんな糖質抜いて長い距離走ったりとかっていうトレーニングをどんどんやっていくと
だんだん全然その糖分取らなくても割と脂肪燃やしながら走れるようになっていくんで
基本長いレース出る人はほぼみんなそれを意識して割と走ってる人が
鎌田真樹子
原子人ですねみんな
近藤淳也
結構トレイルランは親和性が高いと思います
三村律子
すごい良いですね
近藤淳也
そうですか
鎌田真樹子
そういう人はぜひ私のお弁当食べてください
そうですね、すごい相性がいいんじゃないかな
近藤淳也
だから一部の方はこのとこ
鎌田真樹子
つけてますね
近藤淳也
さっきのリブレイズをつけて
あだりとっててる方とか
あとそうですね、なんやろ、食べ物も
鎌田真樹子
アスリートの方はいらっしゃいますね、やっぱオキャストンで
近藤淳也
ああそうですか
鎌田真樹子
やっぱり助かるわ、つって
なるほど
それもそうだしやっぱりそういう体でないと
やっぱ健康に生きていけないんですよ本当は
いずれそういう中毒性の中でどんどんダメになってくるというかね
そういう体年取ったらもう歩けながらとかそういう風になっちゃうから
三村律子
やっぱり老化がねすごく進むような感じしますよ
鎌田真樹子
だからチェンジできればすごくその食事でこうずっといって
あと理論的にちゃんとねわかっていけば
すごくずっと健康に それこそもう今やってる100歳以上120歳まで生きれるっていう
そういう時代になってきてると思いますね
そういう人たちもすごく研究してて
何だっけあれ ライフスパンとか書いてる人たちがいるんで
人間は本当120歳ぐらいまで生きられると
それでどういうことがね
そういう長生きをしていく秘訣なのかっていうことをずっと研究してて
そこは必ずやっぱり同志制限というか
炭水化物控えめにというのは言われてるんですね
なるほど
すごく体を痛めるんです
これを言うとみんなとてもみんな認められないし
おいしいもの食べられなくなるというのがあって
結構あのね
三村律子
そう三大栄養素
炭水化物必須になってるじゃないですか
三大栄養素ね
炭水化物と蛋白質と脂質
だけどだけど本当は2大栄養素でいいんだよって言うとどのあたりからどっち方面から反対が来るんですか
いやそれはちょっとわかんない
国の政策としても世界中ではそれでがね 良しとされてるから今更あの炭水化物いらないですよって言ったらすべてが壊れるじゃないですか
鎌田真樹子
まあお米農家さんとかもちょっと困るかもしれないですね
近藤淳也
玄米でもダメなんですか?
鎌田真樹子
いや、同じなんです。
ちょっとだけ玄米の方がGI値は低いですね。
だけど、最終的に消化する糖質量は全然同じです。
近藤淳也
量は一緒ですもんね。
鎌田真樹子
ただ、ミネラルとかがちょっとあるよって話ですよね。
三村律子
あと、阿弥野さんもね、あるから玄米が悪いというわけじゃないけど、
どうしても満足しようと思うとたくさん食べるじゃないですか。
そうすると、やっぱり体に負担かかるし、
玄米はレクチンが結構あるので、
鎌田真樹子
レクチンって知らないでしょ。
三村律子
レクチンって言うと、私なんか肌が荒れるんですよ。
鎌田真樹子
植物の戦略で、グルテンがよく有名ですけども、
グルテンよりももっと大きくて、
食べ物が植物か食べられないようにする戦略を生まれ持ってるわけですね。
動けないから。
食べられないようにすると。
毒があるんですよ
その毒が人間の体もそれを取ると
やっぱりその毒にやられるっていうか
近藤淳也
それがレクチンなんですか
鎌田真樹子
そうそう
レクチンっていうのはだから
その一部にグルテンもあるんですね
だからアレルギーを起こすとか
要するに食物が食べられないように
するための毒を持ってるわけです
三村律子
それが皮だったり種だったりするわけですよ
だから身のところは
そこまでレクチンないんだけど
やっぱりガードするのにね 鎧みたいな感じで
近藤淳也
毒が入ってて
鎌田真樹子
玄米は皮があるから
皮がレクチなんですね
なるほど
近藤淳也
何を食べればいいの?
ビールは?
三村律子
ビールは別の問題がある
鎌田真樹子
別の問題?
糖質ゼロのビールです
近藤淳也
糖質ゼロならいい?
鎌田真樹子
ありますよ
それならばいいです
ビールが飲みたい
ビールが飲みたいですね
鎌田真樹子
ワインとかだったらいいんですよ 白ワインは逆に血糖値下げるし
ワインはやっぱりいいんです ポリフェノールがすごくあって
赤ワインもいい? 赤ワインもいいですよ