1. 志賀十五の壺【10分言語学】
  2. #49 芥川龍之介『蜘蛛の糸』朗..
2020-04-06 09:07

#49 芥川龍之介『蜘蛛の糸』朗読 from Radiotalk

#落ち着きある #朗読
このような状況、蜘蛛の糸を切らないようにしなければ。
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ある日のことでございます。 お釈迦様は極楽の蓮池の淵を一人でブラブラを歩きになっていらっしゃいました。
池の中に咲いている蓮の花はみんな玉のように真っ白で、その真ん中にある金色の髄からは何とも言えない良い匂いが絶え間なく辺りへ溢れております。
極楽はちょうど朝なのでございましょう。 やがてお釈迦様はその池の淵にお佇みになって、
水の表を覆っている蓮の葉の間から、ふと下の様子をご覧になりました。
この極楽の蓮池の下は、ちょうど地獄の底にあたっておりますから、水晶のような水を透き通して、山頭の川や梁の山の景色が、ちょうど覗き眼鏡を見るようにはっきりと見えるのでございます。
するとその地獄の底にカンダタという男が一人、他の罪人と一緒に蠢いている姿がお目に留まりました。
このカンダタという男は、人を殺したり家に火をつけたり、いろいろ悪事を働いた大泥棒でございますが、それでもたった一つ良いことを致した覚えがございます。
と申しますのは、ある時この男が深い林の中を通りますと、小さなクモが一匹道端を這って行くのが見えました。
そこでカンダタは早速足を上げて踏み殺そうと致しましたが、「いやいや、これも小さいながら命のあるものに違いない。
その命を無闇に取るということはいくらなんでもかわいそうだ。」と高急に思い返して、とうとうそのクモを殺さずに助けてやったからでございます。
お釈迦様は地獄の様子をご覧になりながら、このカンダタにはクモを助けたことがあるのを大思い出しになりました。
そうしてそれだけの良いことをした報いには、できるならこの男を地獄から救い出してやろうとお考えになりました。
幸い側を見ますと、翡翠のような色をした蓮の葉の上に極楽のクモが一匹、美しい銀色の糸をかけております。
お釈迦様はそのクモの糸をそっとお手にお取りになって、玉のような白蓮の間から遥か下にある地獄の底へまっすぐにそれを下ろしなさいました。
こちらは地獄の底の血の池で、他の罪人と一緒に浮いたり沈んだりしていたカンダタでございます。
何しろどちらを見ても真っ暗で、たまにその暗闇からぼんやり浮き上がっているものがあると思いますと、それは恐ろしい針の山の針が光るのでございますから、その心細さと言ったらございません。
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その上あたりは墓の中のようにしんと静まり返って、たまに聞こえるものといっては、ただ罪人がつくかすかな短足ばかりでございます。
これはここへ落ちてくるほどの人間は、もう様々な地獄の責め苦に疲れ果てて、泣き声を出す力さえなくなっているのでございましょう。
ですからさすが大泥棒のカンダタも、やはり血の池の血にむせびながら、まるで死にかかった蛙のようにただもがいてばかりおりました。
ところがある時のことでございます。何気なくカンダタが頭を上げて血の池の空を見ますと、そのひっそりとした闇の中を、
遠い遠い天井から銀色の雲の糸がまるで人目にかかるのを恐れるように、ひそすじ細く光りながら、スルスルと自分の上へ垂れて参るのではございませんか。
カンダタはこれを見ると思わず手を打って喜びました。
この糸にすがりついてどこまでも上って行けばきっと地獄から抜け出せるに沿いございません。
いや、うまくいくと極楽へ入ることさえもできましょう。
そうすればもう針の山へ追い上げられることもなくなれば、血の池に沈められることもあるはずはございません。
こう思いましたからカンダタは早速その雲の糸を両手でしっかりとつかみながら、一生懸命に上へ上へとたぐり登り始めました。
もとより大泥棒のことでございますから、こういうことには昔から慣れきっているのでございます。
しかし地獄と極楽との間は何万里となくございますから、いくら焦ってみたところで容易に上へは出られません。
ややしばらく登るうちにとうとうカンダタもくたびれて、もうひとたぐりも上のほうへは登れなくなってしまいました。
そこで仕方がございませんから、まずひと休み休むつもりで糸の中途にぶら下がりながら、はるかに目の下を見下しました。
すると一生懸命に登った甲斐があって、さっきまで自分がいた血の池は今ではもう闇の底にいつのまにか隠れております。
それからあのぼんやり光っている恐ろしい針の山も足の下になってしまいました。
このぶんで登って行けば地獄から抜け出すのも存外わけがないかもしれません。
カンダタは両手を蜘蛛の糸に絡みながらここへ来てから何年にも出したことのない声で、
「しめたしめた。」と笑いました。
ところがふと気がつきますと、蜘蛛の糸の下のほうには数限りもない罪人たちが自分の登った跡をつけて、
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これで蟻の行列のようにやはり上へ上へ一進によじ登ってくるではございませんか。
カンダタはこれを見ると驚いたのと恐ろしいのとで、しばらくはただ馬鹿のように大きな口を開いたまま目ばかり動かしておりました。
自分一人でさえ切れそうなこの細い蜘蛛の糸がどうしてあれだけの人数の重みに耐えることができましょう。
もし万一途中で切れたといたしましたら、せっかくここへまで登ってきたこの肝心な人群までも、
元の時刻へ逆落しに落ちてしまわなければなりません。
そんなことがあったら大変でございます。
が、そういううちにも罪人たちは何百となく何千となく真っ暗な血の池の底からうようよと這い上がって、
細く光っている蜘蛛の糸を一列になりながらせっせと登ってまいります。
今のうちにどうかしなければ糸は真ん中から二つに切れて落ちてしまうのに違いありません。
そこでかんだたは大きな声を出して、
こら罪人ども、この蜘蛛の糸は俺のものだぞ。
お前たちは一体誰に聞いて登ってきた。
降りろ降りろ。
と喚きました。
その途端でございます。
今まで何ともなかった蜘蛛の糸が急にかんだたのむら下がっているところから
プツリと音を立てて切れました。
ですからかんだたもたまりません。
あっという間もなく風を切って駒のようにくるくる回りながら
みるみるうちに闇の底へ真っ逆さまに落ちてしまいました。
あとにはただ極楽の雲の糸がきらきらと細く光りながら
月も星もない空の中途に短く垂れているばかりでございます。
お釈迦様は極楽の波水池の淵に立って
この一部死獣をじっと見ていらっしゃいましたが
やがてかんだたが血の池の底へ石のように沈んでしまいますと
悲しそうなお顔をなさりながらまたぶらぶらを歩きになり始めました。
自分ばかり地獄から抜け出そうとするかんだたの無慈悲な心が
そうしてその心相当な罰を受けて元の地獄へ落ちてしまったのが
お釈迦様のお目からみると浅ましくおぼしめされたのでございましょう。
しかし極楽の波水池の波数は少しもそんなことにはとんじゃくいたしません。
その玉のような白い花はお釈迦様のお見足の周りにゆらゆらうてなを動かして
その真ん中にある金色の水からは何とも言えない良い匂いが
絶え間なくあたりへあふれております。
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極楽ももう昼に近くなったのでございましょう。
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